あまり目立たない昼行灯のような女性っているもんだ。それがあるオフで隣り合わせに座る機会があって、話をしてみるとなかなか鋭い感性を持ち、鋭い切り口を持ち、鋭い話術も心得ている。ふーん…、いい娘やん…、と彼女のことを見る目が変わったのが、初春のこと。眼鏡をかけていて、紙は三つ編みで、普段はあんまり目立たない娘が、恋に芽生えて眼鏡を外し、髪を下ろすとびっくりするほど美人だったりすることがある。ちなみに髪を下ろすと言うことは、束縛からの解放という心理的な意味があるらしい。よく少女漫画にでてくるような展開だが、メンソールはこれに滅茶苦茶弱い。れから夏になってまたオフで会って、今度は真正面に向き合って座ることになった。その時に、「なんで、デートに誘てくれへんの?」といきなり聞かれてびっくりした。「麗奈はメンソールのこと好きとちゃうやろ」と聞き返すと、「一度デートして」と言われた。
あっさり系の中華というのが麗奈のリクエストだった。メンソールは、中華といえば北京系か四川系が好きだ。ちょうど会社を辞めて独立した時期でもあって、なかなかデートは実現しなかったのだが、しばらくしてから彼女から来たメールには「中華止めて上海ガニにしましょ」と書かれていた。うーん、上海ガニか…。メンソールも食べたことがないぞ。ということはどこが旨いか知らんぞ…、ということで、あちらこちらにメールで問い合わせて、店が決まった。
店に予約を入れ、麗奈にメールを打つ。
「店は予約したで。元町や。…ホテルは予約してもええかな?」
「あかんにきまってるやろ」
「飛び込みならええのか」
「飛び込みでもスライディングでもあかん」
「酔わせても眠らせてもあかんのか」
「それは犯罪やろ。もぉ〜、チャットとちゃうねんから…」
5分以内に返信してくる彼女は、いったい何の仕事してるんだろうか。横のものを縦にする仕事をしているらしいということは聞いたけど…。メンソールも5分ごとにメールチェックしてるから、メールでやりとりしているもののほとんどチャットに近いものがあった。これからはメールは止めてICQを使うことにしようと心に決めるメンソールであった。
麗奈とはJR大阪駅にあるホテルグランビュアロビーの、世界時計の前で待ち合わせした。JR大阪駅での待ち合わせは、中央コンコースの噴水前という場所が一般的だが、待ち合わせの名所なので、非常にごった返すし判りにくい。同様な理由で、曾根崎警察署前とかビッグマン前とかもメンソールは敬遠することにしている。「メンソール、世界時計なんかないやんか…」と世界時計を背にして待っていたメンソールを見つけて麗奈が近づいてきた。「これが世界時計や」とメンソールは背後にあった時計を指し示すが、「世界時計ちゅうのは、世界地図があって、時計がようさんあるヤツのことを言うんやで…」と彼女は譲らない。確かに、ホテルグランビュアの世界時計はデジタル式のものが一つあるだけで、一定時間ごとに各地の現地時間を表示するようになっている。待ち合わせしたのは15:30。ちょっと時間があるので、寄り道…、ということで、メンソールは阪急百貨店の地下にある『フローリスト花小僧』へ向かった。そこでバラの花束をオーダーして、麗奈にプレゼントした。「へぇ〜、嬉しいやん」と彼女は微笑んだ。
元町に到着すると、メンソールはキディーランドへ。実はカップスタックという遊びがあって、麗奈に説明するんだけど旨く伝わらない。それなら…、ということで現物を見せようとするんだけど、カップスタック自身は少し前に爆発的に流行する兆候だけを見せて、結局流行しなかったし、これを知っている人は意外と少ないかもしれない。そごうにもなかったし、元町商店街のおもちゃやもくまなく回ってみたけれど見つけることはできなかった。今度都島のトイザラスで買い求めておくことにしよう。
南京街でウロウロしていると、余計に腹が減ってくるので、少し早い目だったけど店に行くことにした。鯉川通りを北へ向かい、二つ目の筋を右手に折れる。目の前にはエレガンスという名のラブホが…。「先にこっちへ行っとけへん…?」と誘うが、「空腹で死にそう…」と拒否されてしまった。新鮮な魚貝類を使った上海料理がウリの『愛園』を訪れるのはメンソールは初めて。もっと大箱かと思っていたのに、以外とこぢんまりした、老舗の中華料理店といった感じ。4人掛けのテーブルが5つくらいしかない。個室もあるらしいけれど、たぶん二階なんだろう。電話予約したときには、日本語のよく判る女性の方が応対してくれたので安心していたのだが、100%日本語が通じるわけではないらしい。メニューは中国語のものと日本語のものが二種類用意されていた。中国語のものは料理名と値段しか書かれていないが、日本語のものは写真と値段が書かれている。それぞれに番号が振ってあって、その番号は相互に対応しているらしい。ということは中国語が読めなくても、写真を見て、その番号を言えばオーダーできるぞ…、と思ったのもつかの間で、日本語メニューの方にはかなり欠番がある。それなら仕方ない、メンソールの総力を挙げて中国語メニューを読み解いていくことにしよう。それには時間が必要だ…ということで、まずビールをオーダーして、じっくりとメニューを吟味することにした。
まず、上海ガニ。これを食べに来たんだから外すわけには行かない。麗奈はエビのぷりぷりを食べたいという。蝦という字は判るのであとは料理方法だ。メンソールが選んだのは赤炒の方。赤炒というのは醤油炒めのことだ。メニューを見ていると田鶏料理が目に入った。田鶏というのはカエルのことだけど、日本でよく食べられている食用蛙(牛蛙)とは違ってもう少し小振りのもの。美味しいという評判を聞いていたので、こちらもオーダーすることにした。炒めた方が好きなんだけど、麗奈の前でムキムキになったカエルの足を見せるのはどうかと思ったので、フライの方にしておいた。それから春巻き。蛋という漢字も一応判るので、玉子スープもオーダーしておいた。
春巻きは、小エビがそのまま入ったもので、そのぷりぷり感がなかなかセクシー。田鶏の方は、鶏肉と言うよりは川魚といったような感じ。骨がなければ河豚だといってもばれないんじゃないかと思う。予想通り麗奈は田鳥を食べなかったので、メンソールが一人前を全部食べてしまった。続いて待望の上海ガニが登場。メンソールにとっては初めての上海ガニで、意外と小さかったので驚いた。若い妙齢のウェイトレスが食べ方を説明してくれる。ミソは旨かったし、卵巣もクリーミーでとっても美味しかった。さすがに足を食べるのは骨が折れたが…。
メンソールが何より気に入ったのは、蝦の醤油炒め、とっても深くてクセになってしまうような味。この醤油炒めを食べに、もう一度来店したいくらい。それからカニ炒めは一度食べてみたい。
大阪へ戻ってきて、ディアモールを並んで歩きながら、メンソールは彼女の手を握った。「恥ずかしいやんか…」と彼女は言ったが、拒否はしなかった。しばらく歩いてから、二人同時に思い出したように周りを確認し、それから顔を見合わせて笑った。「紀香はどこにでも出没するからなぁ」と麗奈が言った。もちろん、二人の関係を紀香に知られたからと言って、別にどうってことはないんだけど…。
【店 名】 愛園
【ジャンル】 上海料理
【電話番号】 073-331-3354
【住 所】 神戸市中央区北長狭通り3-4-10
【営業時間】 12:00-14:30, 17:00-21:00
【定 休 日】 月曜日
【そ の 他】 少し北側に二号店の新愛園あり。でもこっちの方が美味しいらしい
