「『君といると安らぐ…』というのは女性の母性本能をくすぐるために男性が考え出したセリフで、本来は『君といると興奮する』でなければ恋愛じゃない」と『スカートの中の秘密の世界』の著者でもあるランディー女史は言う。恋愛中は、男女共に興奮状態にある。睡眠も食事も、愛する人と共にとると、リラックスする暇がない。その興奮状態は一種の麻薬みたいなものなので、それが効いているうちは充足感があるのだそうだ。じゃ、切れたらどうなるのかな。

 『ハモンハモン』という店は、昨年夏に開催された【タパス探検ミニオフ】の会場となった店である。メンソールは昨年初夏に初めてこの店を訪れ、年末までに二回訪れた。ということは七ヶ月ほどの間に三回もリピートしていることになる。かなりヘビーなリピート率だ
 西区とか靫公園界隈が話題になり出したのは、昨年の春ではなかったかとの記憶があるし、メンソールが初めてこの店を訪れたのもこの頃だったと思う。駅からは比較的遠いし、ポツンと一軒だけあるような店であるにも係わらず、会社帰りと思われる OL達に占拠されていた。言えば、男一人だけでは入りにくい雰囲気のある店だった。
 
 初めて来たときは満席で入れなかった。それならということで、次回は開店と同時に飛び込んだ。なぜそこまで入れ込んだのかは、メンソール自身にもよくわからないが、それ以来何度か訪れたし、オフで使ったこともある。
 
 なにわ筋は大阪を南北に走る大動脈ではあるが、大阪市の中央部を走り抜ける堺筋、御堂筋、四ツ橋筋に比べると人通りはずいぶんと少ない。そのため交通量は多いが、なんとも言えない寂しさを感じさせる。オフィス街だということもあり、ちょっと横道にそれてしまうと、市街地ではなく郊外であるかのような錯覚に陥る。
 
 地下鉄四ツ橋線の『四ツ橋駅』を降り、一番北側にある出口を出て更に北へ向かうと靫公園がある。靫公園はなにわ筋を中心に東は四ツ橋筋、西はあみだ池筋にまで広がる、東西に細長い公園だが、なにわ筋以西の方がよく整備されているように思う。建設中の国際会議場により近いからだろうとメンソールは思っている。
 
 靫公園の南側を、西に向かう。5分ほど歩くとなにわ筋に出る。ちなみにこの交差点には靫公園交番前という名前が付いていて、その名の通り北西の角に交番がある。目指す店はこの交番のほぼ真向かい、靫公園の南側にある。
 
 店の壁はむき出しの合板といった感じだが、少し離れてみるとコルクで出来ているようにも見える。壁には店名が記されているが、じっくり見ないと見逃してしまうだろう。看板らしきものは見当たらない。扉の右側にはウィンドウがあり、多分店名の由来にもなったであろうハモンセラーノと呼ばれる生ハムが吊るされている。豚の太もも、そのまま一本分といったサイズなので、かなりの大きさである。
 
 日本には『錦を飾る』という言葉があるが、スペインでは、田舎を出て都会へ行って成功し、故郷に凱旋すると、ハモンセラーノを作って隣近所に振る舞うのだそうで、スペイン人にとっては思い入れのあるものらしい。

 メンソールはちらっと時計を見た。17:40。歌緒留(かおる)との約束は 18:00なので17:55くらいに店に行けばいいだろうと思って、時間つぶしもかねてコーヒーショップでアイスオーレを飲みながら、メールチェックをしていた。メンソールのハンディーフォンがメロディーを奏でる。「やっほー、メンソール。もう店の前におるで…」の声。いつもは3分遅れてくるのに、いったい今日はどういう風の吹き回しなんだ。メンソールは『ハモンハモン』からは5分くらいのところにいたんだけど、半分ほど残っていたアイスコーヒーを一気飲みし、Windowsを終了させるのにはちょっと手間がかかる。結局メンソールが到着するまでには10分くらいかかったかな。それでも時間は 17:50少し前。メンソールは遅刻した訳じゃないぞ…。

 扉を開けて中に入る。L字型のカウンターは外壁と同じ色で、合板のような模様が入っている。たぶん 14席くらい。ストゥールの座席部分は赤キャベツのような色になっている。正面の壁には大きな黒板があり、この日のフードメニューが書かれている。右手側の壁にも黒板が掛けられているが、こちらはドリンクメニューだ。カウンターの角のところには専用のラックが置かれており、その上にはハモンセラーノが乗せられている。
 
 メンソールは、左手側のカウンターに席を取った。ここならば、ドリンクメニューが書かれた黒板も、フードメニューが書かれた黒板も一目で見渡すことが出来る。何よりのメリットは、この日のタパスの入ったショーケースををすべて見渡すことが出来るということだ。
 
 タパスというのは小皿料理のこと。日本で言うとたぶん大皿料理ということになるのだと思う。日本の場合は、大皿に盛ってあるので大皿料理、スペインでは、大皿から小皿に取り分けて食べるので、小皿料理と呼ぶのだろう。結果的には同じ食べ方をしているのに、国が変わると呼び方まで変わってしまうというのは不思議なものだ。
 
 スペインといえばカバ(スペインの発泡酒)だという人もいるが、メンソールはシェリーが好きだ。しかし、この店ではサングリアも捨てがたい。「メンソールのお薦めは何なの」と訪ねる歌緒留の声に重ねるようにサングリアをオーダーした。
 
 それからこの店ではハモンセラーノとトマトバケットは必ずサジェスチョンされるので、さきに注文しておいた。ハモンセラーノは、カウンター上のラックに載せられているものを、丁寧に一枚ずつ切り取ってサーブしてくれる。当然のことながら、一本ごとに味が異なる。今回のはあまり塩辛くなくいい感じに仕上がっていた。トマトバケットの方は、バケットにトマトをベースにして、いろいろな刻み野菜を入れたニンニク風味のペーストが乗せられているといったものだ。単純なものだが、口に入れたときのトマトの酸味と清涼感がなんとも心地よい。ハモンセラーノは、このトマトバケットの上に乗せて食べる。ハモンセラーノの塩味と、ひんやりと冷たいトマトの清涼感と、軽く火を通したバケットが奏でる何とも言えないハーモニーには虜になる。
 
 今年彼女に会うのは、正確に言うと二度目。去年最後に会ったのも歌緒留なら、最初に会ったもの歌緒留だった。彼女とは1月24日(日)に会う約束をしていたのだが、色々とあって六ヶ月も会えなかった。デートがキャンセルになったときには言い様のない空虚感に襲われ、彼女がメンソールにとって大切な人だということを今更ながらに実感した。
 
 歌緒留と最後に会ったのは、大晦日の深夜に参加したカウントダウン・パーティーだった。よほど仲良く見えたのか、「結婚すればいいのに…」とたくさんの人たちから言われた。「実は…、(結婚が)出来ない関係なんですよ」と答えると、すこし間があいた後に、「そうか。実は僕たちもなんだ」と言っ来る人がいた。ごく普通の、夫婦連れはお断りといったパーティーでは決してなかったにも係わらず、夫婦連れのいないパーティーだった。メンソールと同じ境遇の人、あるいは逆の立場の人というのは、表には現れてこないだけで、現実には沢山いるんだと、これほどまでに実感したことはなかった。

 メンソールがオーダーしたタパスは、カボチャのニンニク風味、シメジのトマト風味、鶏肉の南蛮風、オリーブのオリーブオイル漬け。タパスはすべて\350-均一。分量は男性ならば二口くらいで食べきってしまうくらいの分量だ。メンソールは、オリーブのオリーブオイル漬けが気に入っていて、ここへ来るたびにオーダーする。ところが、このオリーブが苦手な人が結構多いらしい。でも、ここのはちょっと手を入れてあるので美味しいのだ。
 「メンソール、苦労するよ。私はフリーだから良いけど、メンソールは違うでしょ」と歌緒留が言うけど、「その話は去年聞いたよ」とメンソールが返す。「私、可愛くないし、グラマーでもないよ」と彼女。「歌緒留は可愛いよ」とメンソール。「本当にそう思ってるの…」彼女は何度も聞き返し、そのたびメンソールは「本当にそう思ってるよ」と答えた。

 この店は、グランドオープン当時は、男性二人でやってたんだけど、今回はそのうちの若い方の人、実はこちらが店長、がいなくて、若い女性のアシスタントがいた。で、年輩の方の男性は、結構こだわりをお持ちのようで、前回オフを開催したときには、ジンフィズを飲もうとした参加者が、ジンフィズは食中に飲むものではないと、やんわりとオーダーを拒否されたことがある。今回はその方とじっくりと話をする時間があったんだけど、タパスはおつまみと言うよりは、メインの料理が出されるまでのオードブルのようなものと思ってほしいとのことであった。この店はパエリアが美味しい事で有名だからと言って、来店するならパエリアをオーダーしてもらっても、身体の方が受け入れる準備が出来ていない。ワインを飲みながら、タパスを何皿か食べるうちに、味覚が活性化してきて、メインの料理に対する準備が出来るのだそうだ。
 
 メンソールはサングリアをお代わりした。サングリアは500ml入りのデキャンタでサーブされる。そろそろメインに行きますか、とのことだったので、お薦めに従って、ショートパスタで作るパエリアをお願いした。パエリアと同じ作り方で、米の代わりにショートパスタを使うのだそうだ。もちろん、正しくはパエリアとは言わずにフィディウアと呼ぶ。イカスミ風とピリ辛風の二種類があったんだけど、ピリ辛風をチョイスした。
 
 オーブンから出されたものは、ショートパスタが立っていて、針山を見るような不思議な感覚だった。多少塩辛い目だけど、これがサングリアと合う。少し前に pochiさんが言ってたんだけど、ヨーロッパの料理は塩味がきつい。人間は本能的にナトリウムとカリウムの適正な比率を求めるので、カリウムの含有率の高いワインは、塩辛い料理と合わせると美味しく感じるのだそうだ。実際に、やや塩辛い目の料理を赤ワインと日本酒とどちらが美味しく感じるか実験したことがあったんだけど、確かに塩辛い料理には日本酒よりも赤ワインの方が合うような気がした。
 
 ショートパスタのパリパリ感が何とも言えずにセクシーだった。「私、とってもいい気分」と歌緒留が言う。「じゃ、抱いていいかな」とメンソールが聞くと、「バカ…、ダメに決まってるでしょ」と言われてしまった。それから「私なんか抱いても失望するよ」と付け加えた。
 
 メンソールは、昨年末から、歌緒留と四回デートしたけど、そのうちの三回、別れ際に「抱きたい」と言って、「バカ…」と言われた。そのことを彼女に告げると、「うそぉ…、そんなこと言ってないよ…」と言っていた。忘れてるわけだわな。同じ事を繰り返してるメンソールも、全然学習能力がないとは思うけど…。
 
 最後を飾ったのはやはりグラッパ。メンソールが飲んでいるグラッパを、「それ、何…」とか言ってメンソールからグラスを奪い、一口飲むと、「うん、ブランデーやな…」と言ったあと「メンソールのキスは、とっても甘くて気持ちいいよ」と言った。あまりに突然だったので、メンソールは飲みかけのグラッパを吹き出しそうになった。
 
 


【店  名】 タパス・バール『ハモンハモン』(Tapas Bar "JamonJamon")
【ジャンル】 バール(スペイン風バー)
【電話番号】 06-6443-8927
【住  所】 大阪市西区靫本町2-2-23 第二谷垣ビル一階
【営業時間】 17:00-24:00(金土は〜26:00)
【定 休 日】 無休
【そ の 他】 予約は受け付けてくれません