歌緒留(かおる)とはじめてデートしたのは6年前だった。その年の夏に開催されたパーティーで会い、その日のうちに誘った。その次に会ったのは、その3年後の夏に開催されたパーティーだった。その翌年の年末には、結婚しましたという手紙が来たが、その翌年末には離婚しましたという手紙が来た。今年の夏に開催されたパーティーで、彼女とは3年ぶりに再会して、その時にもう一度、メンソールはデートを申し込んだ。彼女は「いいよ」と答え、6年ぶりのデートが実現した。その時に、歌緒留は、クリスマスや年末が近づくと寂しくなると言っていた。じゃ、クリスマスに誘うとメンソールは約束した。でも色々あって結局歌緒留に連絡できたのは22日になってからだった。24、25日はもうどこも満席だろうということで、歌緒留の年末の予定を確認した。「29日まで仕事するから....」「じゃ30日に....」とデートの約束を取り付けた。
 
 歌緒留とデートする場合には、福島から本町界隈といったエリア限定の条件があるので、年末30日に営業している店を探し出すのに苦労した。『カヴォー・ラ・ヴィーニュ』も『エル・カバ』も『ハモン・ハモン』も『KANSIAN』も『サンタルチア』も『がるごっと』や『さかずき』に至るまで全部アウトだった。『Akka』と『ボンバール』は年中無休であることは知っていたけど、今回はオミットし、メンソール自身がワインのセレクトの的確さを絶賛する店であるバー『ラネックス』に決めた。メンソールが主宰している【大阪グルメ倶楽部】が【イベリア半島下見オフ】で使って以来半年ぶりである。
 
 28日にバー『ラネックス』の地図を書いて、歌緒留にファックスで送っておいた。待ち合わせの時間は18:00だったけれど、メンソールは開店と同時、17:30にこの店に入った。酸味のある辛口の白というのがメンソールの最初のオーダー。それに対して出てきたのは『アリゴテ』、青リンゴのような爽やかな香りの素敵なワインだった。チーズの盛り合わせもオーダーしたが、カマンベールが一種類と、あとはほとんどウォッシュタイプのものだった。添えられていたパンも、バスケットに山盛りになっていたし、バゲットやフォカッチャなど、種類も沢山あった。二杯目も白ワイン。名前は覚えていないが、黄金色でトップノートがミントを思わせる香り、とてもコクがあって、それでいてあっさりしたワインで、かすかに苦みがある。こんな味のワインは初めてだった。「好みの味でないなら取り替えます」とマスターが言っていたところを見ると、普通じゃないワインなのかもしれない。
 
 この時、歌緒留が店の扉を開けた。二ヶ月前に会った時は髪をアップにしていたので、ストレートヘアの歌緒留はとても魅力的に見えた。歌緒留は『ヤッホー』と言いながら入ってきた。メンソールはPuffyの影響で『ティース』と最近は言うけれど、それ以前は『ヤッホー』と言っていた。なんかお株を奪われたようで悔しかったりした。
 
 歌緒留が席に着いたので、白いバラの花束をプレゼントした。「え〜、どうして ....」と驚いて尋ねる歌緒留に、「Merry Chrismasと、今年一年お疲れさんと、それから来年誘ったときに断れないようにおまじない」と答えた。花を買うときに花屋の前でメンソールは悩んだ。歌緒留のイメージからすると紫のバラなんだけど、紫は好みが激しいと思ったので、白いバラにした。そんな話を歌緒留にすると、紫は大好きな色なんだそうだ。ちょっとリサーチ不足だったかな。
 
 三杯目は赤ワイン。名前は覚えていないが、渋みのあるワインとお願いした。「ねぇ、カウントダウンする店知らない」と歌緒留が聞いた。毎年年末は、カウントダウンする店で過ごすのだそうだが、その店は閉店してしまったのだそうだ。「中津に『サンドリオン』という店があるよ」と言ったのは良かったが、場所が説明しにくい。地図を書いて、回生病院の向かいだと説明した。『サンドリオン』のことは、『ラネックス』のマスターも知っていて良い店だと言っていた。けれどメンソールはこの『サンドリオン』はあまり好きな店ではない。良い店であることは否定しないが、とても寂しさを感じる店で、自分自身をじっくり見つめ直したい時に訪れるだけである。入り口の扉を開けると、いきなり階段があって、地下へ下りる。この階段を下りていくときに、メンソールは自分の心の奥深くへと下りていくような錯覚を覚える。逆に、この店を出るときには精神世界から現実の世界へと戻ってくるような錯覚に襲われる。
 
 『ラネックス』のフードメニューは変わっていて、肉や魚といった素材名しか書かれていない、決まったメニューがないわけだ。メニューには「どの料理も時間がかかります」と書かれている。歌緒留がオーダーしたのは、トマトのパスタ。本来は 100gなんだけれど、150gにしてもらった。
 
 女性とつき合うときに、いわゆる『落とす』前と後の、どちらが面白いのかという話になって、メンソールは後の方が面白いと答えた。28日にメンソール勤務先の納会の時にも同じ話題が出たけれど、後の方が面白いと答えたのはメンソールだけだった。『落とす』までの駆け引きやスリルは確かに面白いけれど、男性と女性という意識が邪魔をしてより本質的なつきあいが出来にくいような気がする。『落とした』後も、男性と女性という意識は決して消えるわけではないけれど、それよりも人間として、一つの人格としてのつき合いが出きると思うし、その方が絶対に面白いというのがメンソールの主張。歌緒留は、「少数派の意見だと思うけれど、わかる気がする」と言っていた。
 
 歌緒留は、チーズよりもバゲットの方が気に入ったようで、しきりに「美味しい」を連発していたし、二回もお代わりをした。歌緒留はもともとパンがあまり好きな人じゃないので、よっぽど美味しかったんだろうと思う。「表面の堅さと内側のほこほこさのコントラストが良い」と、わざわざマスターを呼んで、「美味しい」と絶賛していた。
 
 次のワインは、ジンファンデル種のブドウを使ったもの。ということはオーストラリアかな。ジンファンデルで作ったワインは、かなり特徴的な味になる。だから、好みも激しいようだ。マスターはここでも「好みでなければ取り替えます」と言っていた。初めて飲むタイプのワインだったけれど、メンソールはこれが好きかもしれない。
 
 トマトのパスタが出来上がった。歌緒留は一口食べるたびに「美味しい」と言った。食べ終わるまでに少なくとも8回以上は「美味しい」と言ったと思う。トマトの酸味をモツァレラの濃厚さで包み込んだようなパスタで、とても爽やかな味だった。
 
 「メンソール、私ちょっと変わってるし、お奨めしないよ」と歌緒留が言った。「メンソールも変わってるから大丈夫」と言うと、「確かに変わってる」と言った後で、「しんどいよ。私はフリーだけど、メンソールは違うでしょ」と歌緒留。それにも大丈夫だと答えると、「ねぇ、どんな付き合いがしたいの」と歌緒留が聞いた。酔っていい気持ちと言って半分眠たそうな歌緒留の目がこのときだけは、鋭くメンソールを見つめた。「普通の恋人同士のように」とメンソール。「それならもう付き合ってるじゃない」と歌緒留が答えた。
 歌緒留を自宅まで送り届ける。「寒いね」と歌緒留。「暖めてあげよう」とメンソール。「身体....それとも心」と問いかける歌緒留が、メンソールは素敵に思えた。歌緒留が仕掛けたトラップであることはすぐにわかった。もちろんこの場合の答えは「両方」が正しい。
 
 前回のデートの時、歌緒留の家の前で抱き寄せて、ちょっと強引にキスをした。今日はその同じ場所で、歌緒留が「メンソール、キス」とせがんだ。前回と同じようにキスすると、「もう一度」と歌緒留。そしてキス。そして「もう一度」と歌緒留。三度目のキスを交わしながら、「泊まろうか」と言ったら、「バカ。今夜は帰りなさい」と言われた。
 
 この日メンソールが飲んだワインは9杯、歌緒留は7杯。この時に、しまった!!。ボトルでオーダーすべきだった....と後悔したが、後の祭り。メンソールは支払いの時にのけ反る羽目になった。
 
 それでもありがとう。今夜は素敵な夜だった。いい年を....。
 


【店 名】 バー・ラネックス(L'annexe)
【電話番号】 06-447-2737
【住 所】 大阪市西区靫本町2-5-1 丸文靫本町ビル一階
【営業時間】 17:30-26:00
【休 業 日】 日曜休み
【席 数】 全18席
【そ の 他】 予約は受け付けてもらえません

  
 
P.S.
 残念ながら閉店してしまいました。