失恋したからといって、鯨飲して泥酔するのはシティーボーイのすることじゃないし、静かに、かつリーズナブルに飲みたいと思ったメンソールは、地下一階にあるパブのような店に行った。周りが騒がしいほど孤独を感じることが出来るし、精神的にこれ以上沈みようがないところまで沈めてしまえば、あとは上昇するしかない訳だし、第一沈んだままでいると、泣きっ面に蜂的なことが立て続けに起こるし、出来るだけ早く回復させた方が良いに決まってる。気がつくと、舞台では女の子が歌ってた。

あの娘を抱くのが好きで
私のこともキープで
好きだよなんてたやすく
腕をまわさないで

 まるで、メンソールのことを言われているような気がした。女の子がメンソールに向かって手を振ったような気がしたので、とりあえずメンソールも手を振った。しばらくすると、「ここ座っても良いよね」と女の子の声がした。カウンターが埋まっていたので、メンソールが座っていたのはテーブル席。普通の四人掛けとかのテーブルじゃなくて、往復で20人くらい座れそうな大きな長いテーブルだった。女の子は、メンソールの横に座ると、「私に手を振ってくれたよね」と言った。彼女をよく見ると、服装もヘアスタイルもメイクも全然違ってたけど、ボーカルの女の子に似てるような気がしないでもない。メンソールも昔ポップ系のバンドでドラムやってたんで、ボーカルの女の子が全然雰囲気変わるというの
は判らないではない。

 「バージン・キラーだな」、メンソールが言った。「えっ」と彼女が聞き返す。「Silvaのバージン・キラーだろ。さっきの曲」、メンソールは繰り返した。そのあと、ひとしきりSilvaやニューヨーク在住のAK(Kakihara Akemi)なんかの話をして、帰ろうとすると、「ねぇ、飲みに行こうよ」と女の子が言う。「ええけど、スナックとかカラオケとかは苦手やぞ」と、メンソールが言ったら、結局メンソールが店を決めることになった。で、北新地の堂島上通りに戻って、ワインバー『I Will』の横をかすめて『水月』へ。それほど派手な看板はないし、常連でなければワインバーとは判らないだろう。扉を開けると、意表をつく明るさで、カウンターのみの八席。ここでは、飲みたいワインの味をこういう感じと伝えるだけで、ドンピシャのワインが出される。「お腹の具合はどうですか」と店主が聞いてくる。そう言えば今日は、何も食べてなかったんだっけ。でも、胃の具合は余り良くない。店主は、今日の食材を教えてくれる。メンソールはうちわエビが食べたかったんだけど、胃の具合と相談してそれは我慢した。うちわエビというのは、年配の人ならウルトラセブンに出てきたビラ星人のような、もう少し若い人ならエイリアンに出てきたフェイスハガーの様な形をしたエビ。ビラ星人と言ったら、店主は笑ってたからメンソールと同世代なのかな。

 「じゃ、ブリにしましょう」と言うことで、焼きブリが出される。ブリの下に敷かれているものは、アンチョビとブラックオリーブを刻んであえたもので、その上にオリーブオイルがかけられている。ブリにも軽く塩がふられているが、アンチョビ&オリーブの塩味がブリの身に絶妙にマッチする。少し離れて、空豆のような平たい、空豆よりはやや小振りな豆が添えられている。素揚げにして塩を軽く振っただけだと思うけど、こちらの塩加減がまた絶妙で、ワインをがぶ飲みしそうになる。薄くスライスしてトーストしたバゲットが添えられ、それにブリの身を乗せて食べるようにサジェストがある。

 三杯目のワインはオーストラリア産のメルロー種のもの。結構変わった感じのセクシーな味で、昔、店主がまだ別の店にいたころにオーストラリア産のジンファンデル種のワインを薦められたことを思い出していた。まさにフラッシュバック。そのときは、モツァレラがたっぷり入ったトマト味のパスタを食べてたっけ。胃の具合が良さそうだったので、店主の薦めで牛肉をいただいた。内ももの脂身の少ない部分を、こちらも焼くだけ。味付けはシンプル。でも、旨い。カウンターバックのラックも味のあるレイアウトになってるし、器はどちらかと言えば和食器が多い。全然系統は違うけど、心斎橋にある『酒肆ボンシェビ』とかの内装を思い出してしまった。『酒肆ボンシェビ』はボトルも食器も装飾品もない。「何もない」と言えば、ソニンの『カレーライスの女』の歌詞だわな。

 ワインはグラスで800円から1,500円くらい。料理は一品が1,000円から1,200円くらい。リーズナブルなんだけど、ワインも料理も旨いので、ついつい食べ過ぎてしまう。まだ二月だけど、メンソール的には2004年の上半期ベスト3に入りそうな気がする店だった。

 最後に店主の寺下伸彦氏について。古いメンバーで、メンソールが主催した【生ハム&ワインオフ】に参加した人なら知ってるというか、会ったことがあるはずと言えば判るかな。靫公園の南側にあるスパニッシュ・バールの『ハモン・ハモン』で一次会、続いて少し西側にあるガラス張りのワインバー『ラネックス』で二次会というオフで、寺島さんは当時、この『ラネックス』におられた。更にさかのぼると、『ビストロ・ヴァンサンク』のソムリエをされてたこともある。


(店 名) 水月
(ジャンル) ワインバー
(住 所) 大阪市北区堂島1-3-29 日宝新地レジャービル一階
(電 話) 06-6344-5600
(営業時間) 18:00-28:00
(定 休 日) 日曜、祝日の月曜、1月1日〜1月4日
(店 主) 寺下伸彦