
乃南です。
えっと、夏見先輩からこっぴどくしかられちゃいました。
「ちょっと、乃南。被疑者に貫手をぶち込んだでしょ。もぉ、何考えてんのよ」
「先輩だって、被疑者に右フックぶち込んでたじゃないですか」
「あいつは冷蔵庫に麻薬を隠し持ってたから、それを上に報告しない条件で黙らせることができるの。乃南は本能に任せてぶち込んでるでしょ」
「だって…」
「とにかく、無期謹慎の処分が下ったわ。免職にならなかっただけ感謝しなさい」
「……」
「それから、今夜は暇でしょ。6時半にここに行きなさい。いいわね」
そういうと、夏見先輩は部屋を出て行ってしまった。私は、帰り支度をしながら考えた。夏見先輩が免職にならないように取りはからってくれたんだろうな…。先輩に渡された紙には、片町の「ダン・ル・シェル」と書かれていた。フレンチかぁ…。今日はこのまますぐ家に帰って、ビールでも浴びて、そのままベッドに潜り込みたい気分なんだけどな。
少し遅れて店に着くと、入り口で懐かしい人が出迎えてくれた。
「乃南、今度は謹慎だそうだな」って…。
なんか、泣きそうになって。涙があふれそうになって。ちょっと泣いちゃった。
「泣くな、乃南。まぁ、入れ」と、言って、メンソールさんが一番奥の席にエスコートしてくれた。
「乃南は、最初はビールだよな」
「はい」と、言うまもなくメンソールさんはビールをオーダーしてくれていた。
「川掌をぶち込んだんだってな。しかも顔面に…。立掌にしとけば良かったんとちゃうの」
夏見先輩は貫手って言うけど、メンソールさんは川掌っていう言い方をするんだって言うのは合同合宿の時に知ったんだったかな。
「でも、メンソールさん。ちゃんとおでこを狙いました」
「あたりまえだろ。川掌を使っていいのは、余程の実力差があるときだけだ。しかも、今回は乃南の方が実力は上なんだから、なおさら使っちゃダメだ」
最初に出されたのは、季節野菜のフリットで、さくさくした感じでビールが進んだ。メンソールさんって怒ってるときもなんか優しさがあって、素直になれるというか安心してられるというか…。
二皿目はパテ。乃南もパテは好きなんだけど、メンソールさんもパテとかリュエットとかは好きなんだって。
三皿目が手長海老で、四皿目がスズキ。濃厚なパテとやっぱり濃厚なスズキの間に軽妙な手長海老を挟んだのはなかなかいける。ススキって、淡泊な魚なので、料理法でいろいろなバリエーションが楽しめるんですけど、皮目をカリッと焼き上げて、それを濃厚なソースが下から支えているようでしっかりと共存しているような感じ。どちらが主でどちらが従という感じじゃなくて、一体化してると言えばいいのかな。
「ところで乃南、これからどうするんだ?」
「無期謹慎ですから…。とりあえず自宅に帰ってから考えます」
「そうか…」
テーブル席が二つしかない小さな店。店は通りに面していて、周りはずいぶん暗くなったのが解る。
「乃南。ここは、大阪城を見るベストポジションなんだ」
そう言ってメンソールさんが、店の扉越しに見える大阪城を指さした。店の前、通りを挟んで遮るものはなく、ライトアップされた大阪城が飛び込んで来た。
「悩んだときや辛いときは、下を見ずに、前を見るんだ。そうしないと、大事なものが目の前にあるのに見落としてしまう」
「メンソールさん、乃南のために?」
「そう。免職か、良くて無期謹慎だと言うことは夏見から聞いてたからな」
「で、乃南。メンソールのパートナーをやってみる気はないか?」
「パートナーって、ボディガードのですか?」
「それもあるが、結婚相談所というのもやってるからな。そっちもだ」
次に運ばれてきたのは、肉料理。胡椒の味がアクセントになって、タタキみたいな感じで、周辺にだけ火が通っているようで、中央もちゃんと暖かくて…。
で、デザートが出されて、プティ・フィールのマカロンを食べながらメンソールさんが言った。
「乃南、今日からメンソールのうちで生活しろ」
しばらく、メンソールさんの言った言葉の意味が分からなかった。
「あの、謹慎中なんで自宅待機しとかないといけないんですけど…」
「大丈夫、夏見が段取りしてくれてる。それに…」
「それに…、なんですか?」
と、聞いたけど、メンソールさんは答えてくれなかった。
メンソールです。今回は、片町にある『ダン・ル・シェル』に行ってきました。以前は本庄の方にあったんですけど、こちらに移転してきました。メンソールは、移転前の店も好きなんですけど、以前の濃厚さはそのままに、ちらりアクセントを効かせた料理は、なかなかにいい感じでした。乃南も書いてますけど、サンセットの時間を調べて、カップルで使うのがいいでしょう。もちろん、彼女は大阪城が見えるように座らせてあげてください。あとは、サンセットの時間を確認するのも忘れないようにしましょう。
で、感の良い方は解ると思うんですけど、『ナガオ・ウンダバ』のあった場所です。ちょいと駅からの便が悪いのが問題ですけど、苦労して歩いて行く価値は十分にあります。
(店 名) ダン・ル・シェル
(ジャンル) フレンチ
(所 在 地) 大阪市都島区片町1-7-19-102
(電 話) 06-6881-5509
(営業時間) 11:30-14:30、18:00-22:00
(定 休 日) 不定休
(席 数) テーブル2脚(8席)
(カ ー ド) VISA、MASTER、AMEX
(予 算) 8,000円くらい
(備 考) 全席禁煙
※用語解説
・被疑者
メディアなどでは容疑者と言われてるけど、被疑者が正しい言葉。容疑者はメディアの造語という説もあったようななかったような…。