私の好きな細長橋
たまに寄って、変化がないかチェックしています。
変化といっても細かいことはわかりません。
「大きなヒビなんかが入っていないか、壊れていないか」、というか「そもそも残っているか」「知らないうちに撤去されていないか」を確認。
11月7日分をご報告です。

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うむ。

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相変わらず木の隙間からしか見えないけど、いつもの姿です。よし。

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もちろん進入禁止も前と変わらず。

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渡ってみてぇなぁ…

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あのトラスの間から大野川見てみたいなぁ…

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地震にも耐えたこの橋脚。
かっこいいぜ。

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下から眺めてみたいけれど、道わからず。
あと「細長繁栄記」の碑を見たい。ですがこれもどうやら林の中。
「細長繁栄記」の碑とは

深野区の旧国道細長橋の北側山林内に所在する石碑で、付近は明治頃に細長港が所在している。総高1.61mの凝灰岩製で、竹内節三の文、田口母山の筆で明治11年に建立されている。表は「細長は三重郷一万石と野津八千石の上納米を細長から船に積んで戸次の家島まで運んでいた。廃藩置県になって村民が許可を得て川ざらえをし沈堕の滝の下まで船を通すようになって細長は大変繁盛し、多くの商店ができて町をなした。」と書かれている。背面には通船の苦労と船頭株の氏名等があり、明治初期の交通の状態を知る貴重な資料である。
所在地:三重町宮野(細長)
指定年月日:平成17年3月31日市指定(昭和46年7月31日三重町指定)

引用:豊後大野市|指定有形民俗文化財
http://www.bungo-ohno.jp/docs/2015022000554/


以前の記事にも書きましたが、港跡と思われる石垣もちょぴっと残っています。
普段は草で見えませんが、草刈りが行なわれた後には見えると思います。
ただその草刈りがいつ行なわれているのかはわかりませんが…

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(↑たぶんあのへんに石垣があったようななかったような)


今回の細長橋探訪に合わせてもうひとつ確認したいことがありました。
それは近くの道路に残っているとのこと。
路面に目を凝らしていると、それらしきものを発見。

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たぶんこれだと思います。「40高中」という旧道路標示。
「40」の下に何か書かれていたであろう痕跡。

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ここでナウでヤングな方々に40高中の説明をば…
と思ったんですが、実は私もよくわかっていないのです(恥)
昔、高速車と中速車という区分があって、その2つの制限速度が40キロということだと思います。
詳しくは検索していただければもっと詳しくわかりやすい説明が見つかると思いますm(_ _)m

↓場所↓


が40高中です。
もしかしたらこの付近にまだ他にあるかも。見過ごしてる可能性大です。

どうしても「旧」モノに弱いんですよね。
昭和の旧車とかたまらんです。
軽トラが特に可愛い。

旧モノ × 道路ネタでもうひとつ。
大野町を走る国道57号にさりげなーく「注意 CAUTION」標識が残ってます。





(↓12/7追記)
撮りましたよ。