2007年04月13日

犬にひかれて、ワラビ摘み

竹の子




お隣の犬、レンちゃんと家の前の川原に散歩に行きました。
今日はお隣さんが家族そろって朝から京都へ出かけてしまったので、レンちゃんはさみしそうだった。
「散歩いくよー」と声をかけると、喜んで飛びついてきて顔をなめられてしまう。
はりきりレンちゃんにぐいぐい引っ張られて川原まで走って行く。
対岸のコブシの花が満開だ。白いぽってりとした花は桜の薄紅とちがって、キリリとちょっと少年ぽい美しさ。

この間まで茶色に枯れてた川原も、ヨモギやスギナが芽吹いて淡い緑色に変わっている。
野生の草たちを、ひとくくりに「雑草」なんて呼ぶけれど、どの草もみんな生き生きと生命力に満ちて、なんて美しいの。

ヨモギのやわらかいみどり、
スギナのレモングリーン。
あっ、ワラビだあ。あっちにも、こっちにも。
わーい、イタドリもいっぱいある。

野草摘みに夢中になってしまったわたしを、レンちゃんはおとなしく待ってくれている。
ごめんね。紐をほどいてやると、ぱーっとうれしそうに駆け出していった。

ワラビを探すには、ワラビと同じ目線にならなければいけない。
腰の曲がったおばあさんのように、低く、ひくく腰をかがめて、ゆっくりゆったり歩を進めるのだ。
同じ場所を、行ったりきたり。見る角度を変えると、あっち側からは見えなかったワラビがみつかる。

ト音記号のように不思議な曲線を描きながら、地上に頭をもたげるワラビ。その美しさ、いとおしさに、心のなかで手をあわせながら摘み取っていく。

スギナはお茶に、ノカンゾウの若葉は今夜のおひたしにしよう。そうだ、竹の子の残りと菜の花を刻んで、今夜は竹の子ギョーサをつくろうっと。
「レンちゃん、かえるよー」
川原にわたしの声が響くと、どこからか弾丸のようにレンちゃんが駆けもどってきた。
両手にかかえきれないほどのイタドリやわらびを胸に抱いて、
坂を上っていくと、杉木立ちの向こうからちょうどチリリン部隊がやってきた。
自転車通学の中学生たちだ。娘の桜花は最後尾を走っている。
「おかえりー」
白いヘルメットにジャージ姿の天使たちがにっこり笑ってくれた。




  
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2007年04月12日

野草酵素を仕込みました!

おおいぬのふぐり












先週末、東京と岐阜から女友だち三人が遊びに来てくれました。はるばる熊野まで足を伸ばしてくれたのは、春の野草を摘んで野草酵素をつくるためです。

野草酵素は、摘んだ野草に砂糖と特別な酵素を混ぜて一週間から10日ほど醗酵させてつくります。
ヨモギをはじめ食べられる野草ならなんでもいいのですが、においの強いものはダメ。
わたしたちは山おく村にある我が家の畑や、梅の木の下に生えている野草をかたっぱしから摘みました。
ヨモギ、オオバコ、イタドリ、オオイヌノフグリ、ホトケノノザ、スイバに加えて、大量のびわの若葉に、大量の野生の菜の花たち。

我が家の畑のまわりには、白菜や大根、水菜やかぶなどがてんでに受粉して生まれた「名前のない野菜たち」がいっぱい群生しています。
白菜や大根、水菜やかぶなどは、十字架植物といって、4枚の花びらが十字架のように見える種類なのですが、これらは同じ畑に生えていると簡単に交配してしまうのです。

自然農法を学んだつれあいは、これらの種を取って、畑の周囲の草地にばらまきます。すると、これら野生の野菜たちはかってに芽を出し成長してくれます。どれも生命力の強い味わいです。
白菜とかぶのハーフちゃんや、水菜と白菜のハーフちゃんたちがいっせいに黄色い花をつけて、足の踏み場もないほどの菜の花畑をつくっています。

お昼ご飯には、ユキノシタと竹の子、たらの芽のてんぷらを揚げてうどんをゆでて山菜てんぷらうどんをいただきました。
「ごはんだよー」とわたしが声を張り上げて呼んでも、
東京から来たSちゃんと岐阜から来たTちゃんは、家の裏の竹林に竹の子ほりに向かったまま帰ってきません。
竹林まで見に行くと、ふたりは子どものように目をきらきらさせて、竹の子をどっさりほりあげていました。
「クワだけじゃ間に合わないから、石でほったのよ。石器時代の血がよみがえったー」とSちゃんは笑っていました。

夜は温泉につかってゆったりまったり。お菓子つくりの得意なSちゃんが焼いてきてくれたアップルケーキやTちゃんがもってきてくれた桜餅をいただきながらおしゃべりに花が咲きました。
都会でバリバリ働いている彼女たちにとって、自然のなかで無心にすごす時間は生命エネルギーの充電時間になったようです。よかった、よかった。楽しかったね。

あんなにいろんな野草をぶちこんだのに、砂糖とあわせて樽につけた後の野草酵素は、すーっと香りのいいおいしいお味でビックリ!
ぬかみそのように、毎日かきまぜなければなりません。そのお役目は岐阜のTちゃんがかってでてくれました。ありがとうね。

今度は梅の季節に、また遊びに来てください。梅摘み娘募集中でーす。
  
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2007年03月05日

春の雨とジャズ

昨日は春らんまんのよいお天気でしたね。九州では20度を超えた場所もあったそうな。
早生の山桜も、もう咲きはじめましたよ。ああ、春ですう。

今日は一転して雨。これからお天気は大荒れになっていくそうですので、みなさん、風に気をつけてくださいね。

庭の花たちに降り注ぐ雨を見ていたら、ムショウにジャズが聴きたくなって、今、MICHAL BRECKERの「NEARENESS OF YOU」を流しています。

サックスの名手であったマイケルは、今年のはじめ白血病でお亡くなりになりました。まだ59歳の若さでした。

このアルバムはわたしにとって大切な一枚なんです。
数年前、実家のある松本へ帰っていたときのことです。心身ともに老いてうつ状態になってしまった父や、咳止め薬による薬物中毒になって苦しんでいる弟の力になりたいと孤軍奮闘していたわたしは、マイナスエネルギーの満ち溢れる家のなかに、なんとか光を送ろうと努力していましたが、苦しくなって街へふらりと出ました。

高校生のころよく立ち寄った古書店のドアを開けると、店の中からジャズが流れていました。お店は代替わりしていて、息子さんでしょうか。わたしと同年代くらいのご主人が店番をしていて、店内は古書とジャスやクラシックのアルバムが並んでいました。どちらも品揃えがすばらしく、わたしの好みにもピッタリ。疲れも忘れてしばし書棚のあいだを行ったりきたり。
ご主人がCDをかけかえ、そして流れてきたのが、このアルバムでした。
耳にここちよいサックスの間から、懐かしい声が流れだしました。カリフォルニアでよく聴いていた、大好きなJAMES TAYLORの優しい歌声。
その瞬間、わたしの体中の細胞がまるで温泉に浸かったようにふわーっとゆるんで、体のまんなかがあったかくなってきました。気がつくと、わたしの目からは涙があふれ出し、困ったことにその涙はなかなかとまってくれません。わたしは、しばしの間、書棚のかげにかくれて泣きました。

音楽は、春の雨のように、優しくわたしの乾ききったこころに降り注ぎました。このときほど、音楽の持つ力にゆさぶられ、その力に救われたことはありませんでした。

このアルバムは売り物ではなくご主人の持ち物だったのですが、彼はわたしの申し出に対し快く売ってくださいました。

春の雨のように、慈雨のように、静かに乾いたこころ、へたりそうになるこころを抱きしめてあげられる。そんな音楽になりたい。そんな音楽のような人でありたいと思います。

マイケル、ありがとう。ずっと、ずっと、NEARENESS OF YOU




  
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2006年12月14日

イマジン・ピース・タワーにあなたの願いを送って



中学1年生のとき、生まれて初めて買った海外アーチストのアルバムが、イマジンでした。

ジョンについての予備知識などなんにもなかった田舎の女子中学生がなぜか大枚をはたいて買ってしまったレコード。

コソボ、アフガン、イラク、世界の各地で戦争が勃発するたびに、アフリカで内戦の嵐が吹き荒れているというニュースを知るにつけ、ああ、ジョンとボブ・マーレイが生きていてくれたら、世界はもっと平和にむかって団結できたのになあ。とおもってしまうんですよ。

でも、彼らはもう天界の住人だ。
きっと、毎日、平和の歌をセッションしてるんだろうなあ。
そこから地球人類に愛を送り、うたいつづけているんだろう。
彼らの平和への熱い祈りを実現していくのは、私たちひとりひとりなのです。
思いは、祈りはエネルギーです。たとえ、蝶のはばたきほどのささやかな波動であっても、そこからエネルギーの連鎖がおき続ければ、最後には大どんでんがえしを起こす力があるのです!

この世界に吹き荒れているネガティブパワーを吹き飛ばす、蝶のはばたきを起こしましょう。あなたの夢を、願いを、平和への祈りを送ってください。
 

以下は、ピースレターからの転載です。

あなたの「願い」や「夢」をアイスランドにできる平和の塔「イマジン・ピース・タワー」に永遠に保管しましょう!
 美しい国、アイスランドの首都レイキャビクに、平和の塔「イマジン・ピース・タワー」が、2007年10月9日─ジョン・レノンの誕生日─に完成予定となっています。
 参加者がそれぞれの願いを短冊に書き、木につるす参加型のオノ・ヨーコのアート作品「ウィッシュ・ツリー」を多くの国々でヨーコは展開してきました。集められた願いはなんと90万以上を超え、「イマジン・ピース・タワー」の下に納められることになっています。
 このタワーは、「私たちの願いが叶うという希望と確信を光として放ち、世界、そして宇宙に永遠に送り続けます」とヨーコは語っています。
 「ウィッシュ・ツリー」に参加できなかったみなさまは、下記のフォームに願いを書き込んで送っていただくことで、「イマジン・ピース・タワー」に永遠に保管されます。みなさまからのウィッシュ(願い・夢)をお待ちしております。

http://k.d.combzmail.jp/t/9m1z/60iwzy004asjodecsb
で「イマジン・ピース・タワーへウィッシュを送る」をクリックすると、メッセージを送る欄が開きます。




  
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2006年12月12日

すて猫 子猫

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12月の声を聞いたとたん、一気に冬が到来しました。
夜のあいだに冷たい霜が舞い降りて、駐車してある車をスプレーがけしたように白くおおい、枯れ草をガラス細工のようにふちどっている。
自転車通学のむすめには、「霜でスリップしないよう、気をつけてね」と声をかけて送り出す。
すると私の声を聞きつけて、どこからともなく「みゃー」と声が。
先月の末からうちのまわりに住み着いている黒い子猫だ。
カワイそうにコールタールを体にくっつけてまったようで、毛がみすぼらしくからまって張り付き、なんとも見栄えが悪い。
せめて、きれいにしてやらねば、貰い手もみつからんだろうと思い、天気のいい日に洗ってやろうと庭先にお湯を張った洗いおけを置いて、いざ洗い始めたのだが、案の定、激しく抵抗して逃げられた。
誰が棄てていったのか、この寒空に放っておいたらすぐに死んでしまうだろうな。
かといって責任を持って飼うこともできないでいる。
田舎の家では、たいてい縁側や勝手口の戸を開けている家が多いので、こっそりハイってきて台所の食べ物をかっさらっていく猫を嫌がる人が多い。
それに、耕してフカフカになった畑の土にウンコされるのも、猫が嫌われる要因である。
そんなわけで、猫好きなわたしだが、飼います宣言ができずに、無責任ながらミルクと食べ物を与えて様子をみている。
夜はどこかの家の縁の下で寝ているみたいだが、この先ますます寒くなってくる。まだ子猫のうちなら拾ってもらえる可能性もあるから、車にのせて街まで運んで小学校の前にでも置いてこようか。
うーん、捨て猫なんてしたくない。でも、飼えない、見殺しにもできないで、困っております。


わたしのエッセイが掲載されています。読んでね!

http://www.byakko.or.jp/essay/bno_essay2006/index.html  
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2006年10月09日

月夜の舟あそび

1bdcf178.jpg十六夜月の美しかった土曜の晩、三重県御浜町の志原川で毎年恒例の「観月会」がひらかれ、娘の桜花といっしょに参加してきました。

この催しは、志原川を守る会「あつまろらい」http://www.rifnet.or.jp/~syousuke/の主催です。
舟下りを楽しみながら、ゆったりと美しい月をながめました。水に映る月の光が銀色にキラキラ光り、手のひらですくいとれそうなほど。万葉人のような心地で、岸から鈴虫の声が響くなかをゆっくり舟は進みます。

月明かりのなか、舟に乗っていると、なんだか前世の記憶が甦ってきそうでした。ふと気がつくと、ここが熊野ではなくて、そう、葦原に囲まれたナイル川を下っている気がしてしかたなかった。

岸辺に着いてから、焚き火を囲み、月見弁当をいただきました。地元、御浜町のお店「おかげさんで」の手作り弁当で、栗ご飯や手作りこんにゃくの煮しめ、レンコンを梅酢であえたものなど、優しさのあふれる味をかみしめました。

食後は、わたしが自作の歌を唄いました。
月をみあげながら和歌を詠むように「月にむら雲」を唄い、娘の桜花の出生にまつわる曲、「桜花の子守唄」、そして、いきとしいけるものすべての平安を願った「メイ・ピース」など。
電気のない場所なのでほとんどアカペラで唄いましたが、そのせいかよけい、古代の人々が月を愛でて集い唄った祭りの原型のようなものを感じました。

この会に出席していた会員の鈴木氏から、「誰でも一ヶ月6キロは痩せられるスーパーダイエット」の情報を頂きました。
久しぶりにお会いした彼も、彼の奥様も別人のようにほっそりしていてびっくり。
鈴木氏は、NR(国立栄養研究所認定の栄養情報者)の資格を持つ方で、栄養学に加えてサプリメントの効用についても専門家です。糖尿病になった奥様を救うため,研究したダイエット法で、血糖値の上昇が少ない食物を選んで一日5食食べ、補助としてのサプリメントを使用するだけで劇的に痩せられる!そうです。
今週、熊野市と新宮市で講演会があるそうなので、これはぜひ出かけて、しっかり指導していただくつもりです。

熊野式「リセット・ダイエット」健康な体型にリセットする
10月11日 新宮市民会館大会議場 午後7より
10月12日 熊野市民会館大会議室 午後2時より

月を愛でて安らかな時間を過ごし、おまけに天よりの朗報までいただき、幸福な気もちで家路をたどりました。

  
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2006年09月12日

9・11の悪夢

ねこじゃらし






あの日、わたしは夢を視た。
都市の片すみにある広場には、2本の高いビルが双子のようにそびえている。
そこへ、乗客を乗せたバスが現れた。
あろうことか、バスは空を飛んでいる。
窓からは赤毛の女のおびえた顔と、黒い目と黒い髪をした無表情な男の顔が見える。
空とぶバスは、ビルに突っ込んでいった。

呆然とそれを見上げていると、今度は巨大な銀色のスプーンが飛んできて、残されていたビルをも破壊した。

次の瞬間、わたしは高層ビルのくだけた窓ガラスの前に立ちつくし、下界をみつめていた。
ここから飛び降りるしかない。
飛んだら確実に死ぬのに、それでもわたしは飛ぶしかなかった。
ドアの向こうから、死が押しよせてくる。
わたしは、はるか遠くにかすむ大地に向かって、飛ぼうと決めた。

久々に視た、生々しい悪夢だった。
あまりにも力の強い夢で、あまりにも超現実的な夢だったので、これは幽界、地獄界のビジョンであって、現実には起こりえないことだと思い心を落ち着かせて、よろよろと布団を出た。

夜、子どもとテレビ番組を見ていると、アトリエから母屋にもどってきたヒデさんが叫んだ。
「NHKに変えろ。ツインタワーに飛行機がッ突っこんだ」
画面に、青い空の下にそびえる2本の高層ビルが映った。一本のビルから真っ黒な煙が立ち上っている。

わたしは、頭の後ろを鉄アレイで弾き飛ばされたような衝撃を受けた。
夢で視た風景が現実になった。
それが信じられなくて、信じたくなくて、食い入るようにテレビ画面を見つめるわたしと家族の目の前で、もう一本のビルにも飛行機が突っ込んでしまった。

だから、あの事件はわたしにとって他人事ではない。
夢のなかとは言え、わたしはリアルにあの場のエネルギーを体感していた。

事件で亡くなられたすべての方々のご冥福を心よりお祈りいたします。
報復の連鎖のなかで犠牲となられたすべての方のご冥福をお祈りいたします。
犠牲者たちの、崇高なる魂たちの死をムダにしないためにも、

世界中の人々が、地球という平和な☆の上で、心やすらかに生きていけますように

平和を祈る、平和のために動く。やれるところからやる。
100円募金でもいい。著名運動に名をつらねることでもいい。平和のために、自分なりのなにかをカタチにする。そして、それをやり続ける。

祈り続ける、動き続ける、愛し続けよう











  
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2006年09月05日

セプテンバー・レイン

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今日から九月。
娘の新学期は、雨ではじまった。
引っ越してから乗り始めた自転車での通学なので、雨の日はまだ、わたしが送迎する。
久しぶりの学校には、なつかしい子どもたちの「おはよう!」が待っていた。
校舎の一部は改築工事中、丘の上の校庭には、来年から併設される小学校の建築のために資材が山積みされている。

日本ゆい一「飛び地のムラ」は、年々、子どもの数が減っていくばかり。熊野は、少子高齢化の最先端をいイッテいる。
地域の宝、かわいい赤ちゃんを産む年齢の女がほとんどいない、という現実。
そして、四十すぎて独身の男性の多いこと。
みんな、優しくて、男気のある、いいひとばかりなのに。
一昔まえまで熊野には、「夜這い」の風習があった。
独身男は、人妻を抱くことが可能だったのだ。
そして、お父さんのちがう子どもが生まれてきても、家族とムラ社会という二重の共同体が、すべてのいのちを受け入れてくれた。

庭先の白い朝顔たちが、九月の雨にぬれている。
この花たちが咲かなくなる日もそう遠くないかも。
「最後のひと葉」のヒロインのように、ヒデさんが竹とよしずを張り巡らして作ってくれた塀をみつめる。
おとなりからもらった、間引きの朝顔たちの苗が繁茂して、毎朝ごと、白とむらさきの花をいっぱい咲かせてくれる。
道路に面した方のヨシズ塀にも、どこまでも伸びていくみどりのツルがいい具合に描かれて、いっぷくの日本画のようだ。
川からたちのぼる朝もやにかすむ朝の柔らかい光のなかで、開いたばかりの白い花に、そっと唇をあててキスをする。

その花の向こうに、巨大な龍のような川が鎮まり、川の向こうにはまっすぐ、マヤのピラミッドそっくりの山が、神のように立ち、わたしたちここに暮らすものたちを、みえない手で優しく、強く、抱きしめてくれる。
テレビからは、親を殺してしまった少年の悲しみが伝えられる。秋のはじめの雨音は、少年のたましいを優しくつつんで、ひっそり泣いていた。

血を分けた子どもたちも、となりのココロンも、桜花の仲よしのマヤちゃんも、母さんを殺してしまった少年たちも、みんなみんないとおしくて、この子らのたましいが救われますようにと祈らずにいられなかった、九月の朝。







  
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2006年07月08日

自宅出産で生まれたおり姫さま





7月7日は七夕。そして、我が家の末っ子、桜花の誕生日です。

14年前、病院からはるか遠い山奥の家でさくらは生まれました。医師も助産士もいない、家族だけに見守られた自宅出産でした。事前に受けた検査で、「へその緒が首に巻いている」といわれていたので、緊急事態に備え、酸素ボンベやカンシ、赤ちゃんの心音をたしかめる聴診器などを用意してお産にのぞみました。
上の三人のお兄ちゃんたちも全員、自宅分娩なので、心配はありませんでしたが、お産はひとりひとり違います。決して、ミスが許されません。
わたしは、心を静かに澄みきらせて、ただ、体から響いてくる声に耳をかたむけていました。
必要な知恵は、ぜんぶ、この声が教えてくれました。
朝からはじまった陣痛が昼ごろ止んでしまったときも、体に聞いてみました。
「散歩して体を動かすのと、ひと眠りして体力を養っておくのとどっちがいい?」
答えは、「すこし、お休み」でした。
眠りから覚めると、おなかがしっかりと張って、陣痛が甦ってきました。それからはもう必死。呼吸法で痛みを逃がしながら、出産に備えました。
小1の光と小3の元気は、学校を早引けしてもどり、食器洗いや掃除などをして赤ちゃんの誕生を待ってくれました。

夜空に星が輝き、彦星と織姫が出会うころ、陣痛はピークに。
首が出たとき、たしかにそこにはしっかりとへその緒が巻き付いていました。でも次のいきみで全身が生まれ出たときには、へその緒が消えていました!

赤ちゃんは自然旋回しながら生まれてきます。
彼女は、するりとへその緒を外して上手に生まれてくれました。
2歳の大樹と上のふたりのお兄ちゃんに見守られて、むきだしのいのちはホカホカの湯気をたてて生まれてきました。
ストレスのない出産をすると、赤ちゃんは大きな声で泣かないみたいです。桜花は泣きませんでした。
そればかりか、つれあいがへその緒を切り落としたあと、しばらくして、ふうっと目をあけ、お兄ちゃんたちのほうをみて、ふわりと花のようにほほえみ、また目を閉じました。
家族の愛のなかで生まれてきた小さな、真っ赤な顔のさくらんぼうは、14歳の心優しい少女に育ちました。
桜花、生まれてきてくれてありがとう!









  
Posted by mio7711 at 11:50Comments(0)TrackBack(0)出産/育児

2006年06月22日

梅の木と小鳥

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梅枝


梅かご








今年の梅雨は、陽性型だそうで、があーっと降って、すこんと晴れる。緩急のついた梅雨でしのぎやすいです。
梅雨の晴れ間に、庭の梅を収穫しました。去年は豊作だったので、今年は裏年で実のなりも少なく、収穫は一日で終わりました。
苗木を植えたものの、なんも手をかけていないので、木はほぼ野生状態。梅の木の周りには、スペシャルサイズのイノシシがのたうちまわった跡があり、枝の下の方の葉は鹿さんにたべられていたりして、それでもけなげに毎年、実をつけてくれる梅の木たち。
実を摘み取りながら、心のなかでずっと、
「梅の木さん、ありがとう。植物を司る神々様、ありがとう」
と感謝をしていました。
すると、不思議なものを発見!

枝の先に張り付いたように形作られていたのは、手のひらに乗るぐらい小さな鳥の巣でした。
こんな細やかな細工を、くちばしだけで創るなんて小鳥って凄い。いのちって凄い!  
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となりのココロ

きゅうりの花

引越した家のお隣さんに、2歳の男の子がいます。
名前はこころ君。毎日、庭づたいに遊びにやってきます。
幼い子どもって、そこにいるだけで空気がふわっとなるよね。
若いときの私は、人間の子どもより猫の方が可愛いと思っていました。でも、母親になってからは世界中の子どもたちがいとおしくてなりません。
世界には、遊ぶことも学ぶことも許されない子どもたちがたくさんいます。ここに、アフリカの子ども兵士の詩を紹介します。
どうか、世界中の子どもたちが笑って暮らせるように、祈ること、動くこと、声にすること、やれることからやっていきましょう。クリックひとつで参加できることもあります。

▽ミリオンフェイスキャンペーン(石関圭子さん)
 【ウガンダの子ども兵からのメッセージ】
ぼくは2人の人間を殺した。
AK47と呼ばれる小型武器で。
小型武器とは、
ぼくたち子どもでも扱える小さくて軽い武器のことだ。
でも、この武器は僕らの国では作っていない。
ぼくが使っていた武器は外国から入ってきたものだった。
ぼくらのことを
チャイルドソルジャー(子ども兵)と人は呼ぶ。
小型武器を持って戦う兵士だからだ。
でも、2年前までぼくはふつうの子どもだった。
家族がいて友達がいて幸せに暮らしていた。
ある日、大人の兵士が村にやってきてぼくを連れ去った。
ぼくはその日から兵士になった。
ぼくは人の殺し方を教え込まれ戦場で戦った。
逃げようとした友達は大人の兵士に耳を切り落とされた。
ぼくの目の前で友達が殺されていった。
女の子は大人の兵士に乱暴された。
怖かった。
家に帰りたかった。
お母さんに会いたかった。
運よく、ぼくは大人の兵士がいないときに
軍隊から逃げ出すことができた。
村に帰ってきたが、友達は誰もいなかった。
ぼくはみんなに「 人殺し 」といわれ
学校ではいじめられた。
家族や親戚からも怖がられ
前みたいな幸せは戻ってこなかった。
悲しかった。
寂しかった。
あるのは絶望だけだった・・・。
ぼくは何度も死のうと思った。
そして、何度も何度も自分自身に問いかけてみた。
ぼくは何のために生まれてきたのか?
ぼくはなぜ生きているのか?
ぼくは生きる価値がはあるのか?
ぼくにできることはあるのか?
「もし、ぼくに何かできることがあるなら、ぼくには生きる意味がある 」
ぼくはそう思った。
ぼくに何ができるか?
「ぼくとおなじ悲しみを、子どもたちに体験させたくない」
ぼくはそう思った。
ぼくには紛争の「悲しみ」を伝えることができる。
ぼくには平和の「喜び」を伝えることができる。
ぼくには、ぼくにしかできないことがある。
今、ぼくは先生になってそのことを伝えていこうと思っている。
ぼくの夢は学校の先生になること。
むずかしいかもしれないけど
あきらめずに夢を追っていきたい。
  (鬼丸昌也・小川真吾著『ぼくは13歳 職業、兵士。』より)

  
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2006年05月24日

天と地をつらぬく光


5月18日、19日の二日間に渡り、「世界平和を祈る会」の方々と、熊野で光のセレモニーをしました。
世界平和を祈る会は、宗教宗派に関わらず、祈りによる世界平和運動を続けている団体です。

人間の放つ想念エネルギーはとても大きなものです。
そのエネルギーを私利私欲のために使うのではなく、地球世界の平和のために使うことで、目には見えませんが、地上に大きな愛と光の波動が満ちていく、という実感を、今回、ひしひしと感じさていただきました。

18日は熊野本宮大社を、19日は標高1000メートルの山頂に建つ玉置神社を正式参拝し、印の奉納と世界192カ国の平和を祈願する祈りのセレモニーを行いました。

玉置神社では、私が各国の祈りのリードをさせていただきました。
約、1時間に渡って、世界192カ国、一国づつ国名を唱え、その国が平和でありますように。と祈ったのですが、国名を唱えながら、地球にはこんなに多くの国があるのかと改めて思いました。
その多くの国が、貧困にあえぎ、エイズに苦しみ、あるいは内戦にあえいでいる。
地球上のすべての人が幸せにならなければ、世界は平和にならない。世界が平和にならなければ、ほんとうの意味で、個人の幸せは実現しない。だからこそ、真剣に祈りました。

聖地とは、あるいは神社とは、天と地をつらぬく光の柱がたつ場です。その光に包まれて、ひとびとが罪穢れのマイナスエネルギーを浄めさる場所です。

しかしながら、現在、多くの神社には、参拝する人が置いていく私利私欲の想念エネルギーが降り積もっていて、それを天におかえしして清めるだけの力を持つコンダクターがなかなかおられません。
真剣な祈りは、マイナス想念のお掃除です。
個人の願望成就のための祈りではなく、ただひたすらに地球の平和を祈る祈りのパワーは、凄いものでした。
皆さんと祈りながら、鳥肌がたつくらいのエネルギーを感じ、すべての行事が終わったあとには、清々しさとうれしさで涙がこみあげてきました。

熊野は、古代から聖地と崇められるパワースポットです。
この地に住んで、この場のエネルギーの強さを、その素晴らしさも、また怖さも味わったきた私にとって、熊野に大いなる光が入り、この地が浄まることは、悲願でした。
その願いがかない、この地が大きく次元上昇したことを、今、はっきっりと感じています。そして、なにより、私自身が大きく清められ、力をもらいました。









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2006年05月08日

チャ、チャ、チャ、茶ーつみ!

f8e01b8f.jpg今年もお茶つみの季節がやってきました。
今日は、みごとな五月晴れ。日焼けしないよう、顔にはタヒチで買った、海がめ模様のロングスカーフを巻き、手首には、田舎のおばはんの農作業、必須アイテム、花柄の手っ甲をはめて、いざ出陣。
つんつんと可愛い芽を伸ばしたお茶の葉たち。陽射しに透かすと、きみどり色にもやいでキラキラしている。
やわらかい、うまれたての新芽を、そっと口にふくんで、生の葉の香りを味わいます。
ありがとう。
今年もよいお茶になりますように。
ふと見上げれば、梅の木にたわわに実った青い実たちも、ずいぶん大きくなってきました。お茶つみが終わったら、来月は梅の収穫。そして、梅干しつくりです。  
Posted by mio7711 at 21:49Comments(0)TrackBack(0)自然生活

2006年05月07日

引越しました




引越し、転校、とバタバタしていてしばらく日記がかけませんでした。みなさん、お久しぶりです。

前の家はそのまま、仕事場兼別宅として残し、三男の高校進学にあわせて、引越しました。
前の家では高校通学はムリ。マジック少年の三男は、寮ではとても練習ができないので、自宅から通学できるお隣の村に新築の一戸建てを借りました。

末娘は転校をよぎなくされたのですが、彼女は転校した中学校
にとって、救いのエンジェルとなりました。
僻地の中学校は、全校生徒あわせて13人ほど。
来年度から、複式学級を強いられるところだったのですが、娘が入ったことで複式がまぬがれたと、学校関係者も父兄の方々もたいへん喜んでくれたのです。

こどもたちは、生まれて初めて水洗トイレのある家に住めたので、よろこんでいます。
ダンナは前の家から、通い夫してきます。これも新鮮でよろしい。
新しい環境で、また新たなる出会いをいただいています。
明日は、車で30分の距離にある以前の家へ行って、一日、お茶つみでーす。

  
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2005年11月15日

鞍馬の火祭り2 宇宙とつながるとき

黒々と闇に沈んだ山の端が、発光するように、しだいに明るさをまして月が昇った。ふくらみかけた半月だ。
火祭りの当日は、夕方以降は町中に入ることさえできなくなる。さほど広くはない通りの左右は、見物客でぎっしり。立錐の余地もない。しかも、路上にしゃがみこむことさえ許されないようすだ。
天気予報では夜は雨とのこと、日が落ちてからは、吹く風も冷たく、祭りを観るためとはいえ、これじゃほとんど苦行だよ。
しかし、わたしたちは老舗の佃煮やさんの二階座敷でコタツに入りながら、祭りのハレ食であるサバ寿司をいただき、甘酒にしたつづみを打ち、ぬくぬくと祭りがはじまるのを待っていればよかった。
虎の刻参りをされているN女史のおかげで、今回、この家で祭りをみせていただけることになったのだ。しかも、後から知ったのだが、このお宅こそが火祭りの中心的役割をになっておられる家柄なのであった。どうりで、火祭りのパンフレットにはこの一家の写真が満載されてるわけだ。
鞍馬の火祭りは、鞍馬山にある由岐神社の例祭である。
天慶三年(940年)、都の大地震などで騒然とした世の平安を願い、都の北の鎮めとして、それまで御所に御まつりしていた由岐大明神を、朱雀天皇の命により鞍馬に遷宮する運びとなった。御遷宮のとき、道にかがり火を焚き、手に手に松明を持って鉾を先頭に行列した儀式が、火祭りの起源とされる。
「サイレイヤ、サイリョウ」と掛け声をかけながら、まずはお稚児さんたちがお母さんに手をひかれ、小さな松明を手に通りを巡る。
山つつじのしばを藤の根でまきつけた松明は、大きいもので4メートル、重さも100キロを越えるものもある。祭りのフィナーレには、黒しゅすの帯地で作ったふんどしをきりりとしめた半裸の男たちがかつぐ巨大な神楽松明が、お旅所と呼ばれる通りのメインスポットで燃やされた。
松明からあがるススと煙が目にしみて痛い、痛い。なみだ目になりながら、必死でシャッターを押し続ける。
鉦と太鼓のおはやしが、辻の向こうから近づいてくる。
大きな太鼓を力強く打っているのは、着物に白い割烹着姿の女衆たちだ。この家の美人娘が、バチを握って気合のあいったソロを響かせると、群衆から大きな拍手がわき起こった。
熊野の火祭りは女人禁制男の祭りだが、鞍馬の火祭りは、松明をかつぐのは男衆オンリーでも、女も子供もみんながいっしょに祭りを創っている。
鞍馬の人々は千年以上、毎年、盆よりも正月よりも、この火祭りを暮らしの中心に据えて生きてきた。
共同体のみんながひとつにまとまらなければ、このような祭りは行えない。
人間たちのもろもろの想いや問題は、共に祭りを行うことで浄化され、火祭りが生む巨大なエネルギーを心身にあびて、いやがおうにも人々の霊性、精神性は高まる。
松明を手にする男たち、それを見守る女衆、幼い子どもの手をひくばあちゃん、じいいちゃん。そして、祭りのために集まった人々。燃え盛る火、空にかかる月。すべてがひとつになって、今、ここで、みんないっしょに宇宙と繋がっている!
煙にやられて泣きはらしたようにはれた目から、また涙があふれてくる。胸が熱くなって、声を出して泣いてしまったけど、だいじょうぶ。「サイレー、サイリョー」の掛け声と群集のどよめきで誰にも聞こえないはずだ。
祭りがすべて終わり、女衆がきれいに通りを掃き清めてしまうと、それを待っていたかのように、天から激しい雨が降ってきた。煤もゴミもすべてが洗い流され、鞍馬では、明日からまた、来年の火祭りに向けての準備がはじまるのだ。

たいまつ火祭り2

  
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2005年11月07日

エネルギースポット探訪 京都鞍馬山

火祭り 1

秋の京都大阪を満喫してきました。今回の旅のメインは、鞍馬山の火祭り。熊野の火祭りとはまたちがった趣きのある美しい祭りだった。 鞍馬山のパンフレットには、
「鞍馬山のご本尊であられる尊天とは、宇宙の大霊であり、大光明、大活動体であり、人間をはじめ万物を産み育ててくださる宇宙生命・宇宙エネルギーであり、その働きは愛と光、力となって現れる」と書かれている。
曇りがちで冷たい風がときおり吹くなかを、急な山道を上って、やっとこさ鞍馬山の奥の院、魔王殿にたどり着いた。
ここには、650万年前、金星から地球の霊王(サナートクメラ)として天降った護法魔王尊が祀られている。
わたしを鞍馬へ導いてくれた友人のN女史は、さる霊能者の方と共に、この奥の院に、真夜中の寅の刻参りをなさっている方で、「昼間の奥の院は今日がはじめて」なんて涼しい顔をしていた。
わたしは、魔王殿の近くにたたずみ、地球の平和を願って静かに印を組んだ。指先が空気を切り、声が風にのって空へ立ち上っていく。自然のなかで印を組んでいると、すうっと心が鎮まって、風の流れや鳥の動きとひとつになれる。
印を組み終えると、木々の間からのぞく空が、いつの間にか晴れて澄んだ青色に変わっていた。そのとき、胸の奥に、声なき声が静かに響いてきた。
「この星に降り立ったときの気持ちをもう一度思い出しなさい。この星がいつまでもいのちに満ちているように、真剣に、全力で生きなさい」
この地球に生まれてきたのは偶然じゃない。ひとは意味もなくこの世界に舞い降りたわけじゃないんだろう。わたしのたましいは、今という時代を選んで、この地球に生まれてきたんだ。自分勝手な人生、甘えたりすねたりのくりかえしの人生を送っていたんじゃ、きっと死んでから後悔する!
今、わたしがするべきことを全力でやる。
その言葉をかみしめながら、山道を降り始める。気がつくと、涙がほほを濡らしていた。 
山には、夕闇が迫っていた。月が昇ったら、いよいよ火祭りだ。 (続く)





  
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2005年10月14日

さつまいも、やられました!

ねこじゃらし
朝、畑をみてビックリ!収穫まぎわのさつまイモ畑がぐじゃぐじゃに荒らされている。畑をとりかこんでいる石垣の石もところどころ、ボコッとくずれておる。
こっ、これは、イノシシの仕業だ!くうっ、無念!
さつまいイモ、ふかしたてのおいもにバターをのっけて食べるとさ、とろけたバターの香りと塩味がさつまいもの甘さをひきたてて、おいしいんだよね。
さつまイモ、うらごしして生クリームとあわせてさ、モンブラン風ケーキつくろうと思ってたのに。
さつまイモ、今年は夏あつかったから、さぞかし甘味ものってただろうに。
さつまイモ、あわてて掘ったら、イノシシの食べ残しがわずかに十数本、土の中から、、。
しかし、被害はさらに続いた。
翌朝、目覚めると、今度は里芋のなかでもいちばんクリーミィでうまーい、八つ頭がやられてる!おまけに、夜行性のイノシシだけではなく、昼には猿の一家が群れなして畑に参上!
「キツ、キッー、ウッキー!!」と、これは猿ではなく、猿を威嚇するわたしの雄たけびっす。
一日中、畑で吼えてるわけにはいかんので、畑に近い主人の仕事場のラジオを大音響で夜も昼も流しっぱなしにすることに。くわえて、夜は窓際から畑をライトアップした。
しばらくは効果があるだろうけど、敵もさるもの。すぐになれるやろうなあ。ああ、改造エアガンほしいっす。
イノシシの肉って、豚肉より美味しいんだよお。鹿みたいに臭みもないし、お味は濃厚でがっしりした豚肉ってかんじ。このあたりの旅館でも、山里の冬の名物「ぼたん鍋」として食べられているけど、塩づけした肉をスモークしてベーコンつくったら、うまいと思うな。
うちのさつまイモで肥育したんだから、食べる権利ありーっす!

  
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2005年10月06日

夏野菜もまだがんばっている

四角まめもう10月なんだよね。湧き水むらは、すっかり秋のなかです。背の高いススキがゆれて、お茶の木には白い、かわいいお茶の花が咲いてます。お茶の花って、お香みたいな高貴な香りがするんだよ。子どもが小さいときは、「お茶の実バクダーン!」と叫びながら、まんまるのお茶の実を投げあって遊んだものです。
秋になると、急に空の青が澄んできて、光をはらんだ雲が青空に透けて、見上げていると、まるで世界がぽっかりと水色の水晶玉のなかに入ってしまったような気になるのです。
畑では、夏野菜たちがまだがんばってくれている。キュウリもピーマンもオクラくんも健在です。
なかでも、この四角豆はいっぱいなってくれてうれしい。エスニック風味にニョクマムをたらしてさっと炒めても、和風に高野豆腐と煮ても美味しいよ。
先日見たテレビ番組では、フランス料理にも使われていたけど、この変わった豆の原産国はどこなんだろう?なんか、中近東っぽい感じがするんだけどね。秋雨前線はいやだけど、冬に備えて植えた白菜さんたちには恵みの雨です。  
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2005年09月12日

水ぼうそうと自民圧勝

f2c0e23f.JPGおいらんのかんざしみたいな彼岸花が咲きはじめ、湧き水むらにはすっかり秋の気配が。子どもたちが通う中学校では、次の日曜に体育祭が行われます。
しかし、中1の娘、さくらは5日前から高熱を出して寝込んでしまいました。熱とともに、全身に赤い発疹と水ぶくれがいっぱい!こっ、これは、水疱瘡では!
一般的に水疱瘡やはしかは、幼児期にかかる病気です。しかし、究極の過疎地で生まれ育ったわが家の子どもたちは、幼稚園にも通えず、同年齢の子どもたちとのふれあいの少なかったため、これら伝染性の病気にほとんどかかりませんでした。幼児期にかかれば軽くすむ病気も、年齢が高くなると症状は重篤になりやすいのです。
一番近い診療所に飛んでいきましたが、医師いわく「風疹でしょう」。なぬ?そんなわけないっしょ。水ぶくれできてるじゃん。私は反論しましたが、医師は「よくわからん」と解熱剤のみ処方。
別の医者に診せたかったのですが、高熱を出している娘を車に乗せ、隣町までさらに四十分走るなんて、酷に思えたんです。
その後も高熱は続き、発疹はどんどん増えて、さくらの体は必死でウイルスと戦っていました。自然療法で熱取りに効果があるとされる豆腐パスタを額にのせ、顔や頭を氷で冷やして、寝ずの看病を続けましたが、ついに熱は9度6分まで上昇。
懇意にしている別の診療所の医師に電話で相談すると、「水疱瘡は、ヘルペスと同じウイルス。かかったら早めに抗ヘルペス薬を投与した方がいい」と言われました。
そういえば、二男が高2で水疱瘡にかかったとき、病院でその薬を処方されたような記憶が。くうう、看病に追われていたとはいえ、早めにネットでしっかり病気の対処法を調べていれば!後悔さきにたたず。
すわ、選挙そっちのけで日曜診療を行っている村の診療所まで山道を走りました。車に布団を引き、苦しむさくらを寝かせ、頭に氷をあてながら。
「発症からすでに4日経過しているので、効果は期待しないでください」といわれながらも、もらった薬をその場で飲ませました。すでに峠を越えていたこともあり、薬の効果もあるのか、昨夜はやっと熱が37度台に下がりました。
熱が下がったら、急に食欲がでてきました。口のなかも腫れているので、固形物は食べられません。玄米をミキサーにかけて作った、とろとろ玄米クリームと自家製の梅干をひとさじずつ口に入れてやります。
ほっとひと安心して、テレビをつけたら、「自民圧勝!」じゃないですか。がっくりきましたね。子どもと平和を守る政治から、どんどん遠くなるアメリカと日本。
アメリカに住む長男は、「ブッシュとシュワちゃんの政策で、奨学金は減らされ、学費は上がった」と電話があったばかり。
子育ては、とりかえしがつかない大仕事です。医者まかせ、政治家まかせではダメなんだ。
自分から積極的に真の情報を求め、生きた知識を身につけて、自分たちの手で子どもと平和を守らなければならないと、私は決意を新たにしました。さくら、ごめんね。





  
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2005年09月03日

三男、大樹がマジックの世界大会SAM入賞!

マジックの世界大会SAMに初出場した大樹が、最年少で初入賞を果たしました。演じたのは、「愛のバースデイプレゼント」と題したストーリー仕立てのマジック。次つぎに彼女へのプレゼントを出現させ、続いて、グルーブ感あふれる音楽に乗せて、鮮やかな手さばきでカードマジックを披露。そして美しいラブソング、アラジンのテーマソングに乗せクマのぬいぐるみを空中浮遊させ、ラストでぬいぐるみがほんものの女の子に変わるというもの。
夏休みを返上し、汗だくで真夜中まで練習にはげんでいた大樹は、胃が痛くなるようなプレッシャーと必死で戦い、海外からも参加したプロやセミプロのマジシャンたちを向こうに回して、見事、初出場で最年少入賞。スコアの点数も大賞との差はわずかでした。審査員の先生方も「君は未来のスターだ」と大絶賛。演技が終わったあと、楽屋裏で号泣していた大樹。全力を出し切った者だけが流せる美しい涙だった。私たちの甲子園が終わりました。みなさんのあたたかい応援、ありがとうございました!大樹  
Posted by mio7711 at 23:21Comments(0)TrackBack(0)マジック

2005年08月21日

地球の回る音を聞きながら   平成野生家族  

地球のまわる音を聞きながら

この世に起こるすべての出来事は偶然ではなく、奇跡のような必然の連続なのかもしれない

8月19日発売の光文社の新刊です。アメリカ、屋久島をへて、ここ熊野にいたるまでのわたしたち一家の物語。
結婚願望ゼロ。、子どもなんて大キライ。都会志向だったわたしが、電気もガスもないアメリカの山のなかで夫と出会い、三日がかりの大難産のすえに長男を産みます。
大自然にいだかれ、四人の子を自宅出産して育てるうちに、わたしは自分がこの世に生まれてきたほんとうの理由を知りました。生きることは愛すること。親が子どもを育てたのではなく、子どもがわたしを育ててくれました。地球のまわる音を聞きながら  
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自然生活にハマってます

わたしと夫は、二十年ほど前にカリフォルニアの山奥で出会い、結ばれました
夫に出会うまでのわたしは、都会大好き、田舎と子どもなんてダイキライ。土なんて、気持ち悪くてさわれませんでした。そんなわたしが、田舎暮らしを通りこして、ほとんど秘境暮らしと呼べるほどの山奥暮らしを重ねるうちに、日々、自然からたくさんの愛と恵みをいただき、いつしか自然大好き人間になってしまいました。
自然農法を学んだ夫は、田舎暮らしの達人です
米や野菜、梅やお茶など、できるかぎりの食べものを自給しようとしてきました。
飲み水も生活用水も、すべて山の湧き水です。
トイレはぽっちゃんトイレ。溜まった排泄物は、畑を肥やし、土に還る、地球に優しいエコロジートイレです。(ああ、でも、憧れの水洗トイレ!)
お店がある町までは車で一時間。だから、畑の野菜でこんだて決めます。畑に野菜が乏しいときは、裏山の山菜が重宝します。そうめんをゆでながら、畑に青紫蘇をとりに走ります。お湯を沸かしながら、畑のとうもろこしを収穫します。もぎたてのとうもろこしは甘いよお!かたつむり サム  
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2005年08月19日

キュウリが食べきれません!

きゅうりの花夏空の下、かわいい胡瓜の黄色い花が咲いています。もはやジャングルと化した胡瓜畑には、りっぱな四葉(スーヨウ)胡瓜が、うじゃうじゃなっています。うちの夫いわく「この品種が一番、うまい!」たしかに、うまいとです。でも、家族四人、バッタのように食べても食べても、食べきれないとです。
だれか、胡瓜の美味しい食べ方、教えてください  
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夫婦ふたりの自宅出産

子どもたちは、みんな家で産みました。お産はすべて、自然出産です。長男はカリフォルニアの山奥の電気もガスもない布張りの家で二男は屋久島の白砂ビーチのすぐそばの家で助産師さんにとり上げてもらいました。
三男と長女、桜花(さくら)は、ここ熊野の湧き水村で夫婦ふたり力をあわせて産みました。お兄ちゃんたちは、母親の体から生まれ出てくる、新しいいのちを静かに見守っていました。
この写真は、生まれてすぐに撮ったものです。みんな、とろけそうな笑顔です。お産 さくら  
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2005年08月12日

水辺の生きもの

暑いっす。毎日、しょうこりもなく暑いっすね。
それなのに、とりたてて「今年は猛暑だ」と誰も言わんのはなぜ?
みんな、地球温暖化になれっこになっちゃたんすか
我が家の子どもたちは「今日も快晴。川日和だあ!」とうれしそうに叫んどりやす。湧き水村の谷川は、川底の小石が拾えちゃうくらい水が澄んどります。
5分も入っていたらクチビル紫のフジキ君色になるんですけど、もはや水生動物と化した子どもらには関係ないとです。泳いでると、魚が足をツンツンしてくるんす。
人魚気分で今日も泳ぐぜえ!玉置口  
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今年も梅干し漬けました!

今年も梅干し漬けました!我が家の梅の木は、十数年前に苗木を購入して植えたもの。ほぼ野生化しとりますんで、もちろん、完全無農薬っす。
ほんものの紀州梅干しは、大粒で皮の柔らかい梅を黄色くなるまで熟れてから漬けるんだよ。黄色く熟れた梅はフルーティーな甘い香り!今年は豊作でしたが、待てど暮らせど、畑に赤紫蘇が出てこん。
和歌山県本宮町で紫蘇ジュースを作っておられる、浅野さんの畑で摘ませてもらった紫蘇ちゃんに助けてもらい、美しいルビー色の梅を漬けることができたっす。
昔かたぎの、手加減なしにすっぱーくて、しょっぱーい梅干しだよお。うめぼし サム  
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湧き水村の滝

ここは熊野の山んなか、湧き水村です。
わたしたち家族の飲料水も生活用水もすべてが、森のめぐみの湧き水です。
火入れも消毒もされていない、生きた水です。
雨が降れば、泥がまじって茶色くにごる水です。
のどに甘く、肌にやさしい、いのちの水です。
畑の野菜たちも、野菜をつまみぐいに来る鹿やウサギやイノシシも、みんな同じ水を飲んでいます。
谷間に響く妙なる水音はたえることなく、耳を洗ってくれます。滝 さむ  
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