観ました…観ましたよ、神奈川県インターハイ予選、スラムダンク一挙放送。

湘北vs陵南戦は一気に7時間放映で、よぉし、時間も出来たし、観るぞ!と意気込んだものもやっぱり分割でしか観れなかったです…笑

わたしはゲームだけにやたらめったら特化したオタクで、漫画は読まないしアニメも全然観ないんです。勿論たまーにハマったりはしますが、回数は多くないんですね。

こう…ゲームだとコントローラーを握ってアレヤコレヤと考えながら操作出来るんですが、アニメを観ていると手持ち無沙汰な感じで、片手間に作業していたくてウズウズしてしまう。

これは悪い癖だと思います。ボーッと何かを楽しむ時間は必要なものだよと、よく助言を頂くわたしです(そういえば普段映画も全然嗜んでいない…)。

そんなんだから息切れして肝心な所でバタンキューしてしまうのだ。
青空を見上げ気ままに変化する雲を眺めて空想に遊んでいたあの頃(中坊)を、三十路った今だからこそ見習わなければならないのではないか。

と考えて兎に角!この時間はスラダンを楽しむのだ!な気持ちで息抜きしました。
笑いあり涙ありのストーリーに思い切り入り込んで、凄く楽しい時間を過ごせました。特に今回は、三井寿というキャラクターにグッと感情移入して、彼と一緒に涙する場面がありました。

※この先ネタバレあり※



中学MVPプレイヤー 三井寿

武石中学時代、チームの得点源として同中学を神奈川県大会優勝に導き、同大会の最優秀選手 を獲得した天才シューター。
同大会決勝で優勝への原動力となった安西の「あきらめたらそこで試合終了だよ」という言葉に感銘を受け、安西への恩返しを誓って強豪校(海南大附属や陵南など)からの誘いを断り湘北へ入学。
エースとして期待されるが、入部初日に1年生同士の紅白戦で左膝を負傷。入院して治療していたが完治する前に勝手に 病院 を抜け出して練習に参加し、再発させてしまう。
同級生のライバル となった赤木のその後の活躍を目の当りにし挫折。自らを「エース 」や「スーパースター 」などと称する自信家で少々自惚れた所もあり、挫折による影響で不良 化し、2年間も自暴自棄な生活を送り、不良仲間とつるんで過ごす。
出典:wikipedia
あの有名過ぎる名言を生んだキャラクターですね。安西先生…!
わたしは今まで三井寿というキャラクターに感情移入した事がなかったんですが(漫画を最後に読んだのも中学時代ですし)今回ニコ生公式で一挙放送されたvs陵南戦で、彼が試合中ぶっ倒れてしまうシーンがあります。
水分補給の為、舞台裏で後輩が買ってきてくれたポカリを飲むシーンがあるんですが、そこでひとり、彼が涙ながらに呟いた言葉にやられました。

何故オレは、あんなムダな時間を…!

上記Wikipediaの引用でお伝えした通り、中学MVPプレイヤー、高校バスケに於いても期待の星だった彼は、怪我をキッカケにグレてしまいます。
試合中に倒れてしまったのも、バスケを辞めていた2年というブランクが引き起こすスタミナの無さからです。

グレていた彼が再びバスケ部に戻るキッカケとなった安西監督に恩返しをする為にも、インターハイ最後の椅子を賭けた陵南戦は、何がなんでも勝たなければならない大事な場面です。

しかし、彼は倒れた。

彼が言った「ムダな時間」とは、ブランク=不良時代です。
自分に対しての怒り、不甲斐なさに打ちのめされた彼の姿に、なんとわたくし後藤も思い当たる節があるのか、涙を思わず溜めてしまっている!?

描けなかった5年間 描かなかった5年間



はい、絵の横に04と日付されているとおりこれは2004年、つまりわたくし後藤がピチピチの17歳の時の絵ですね。
…え?横に何か文字みたいなのが見える、ですって?気の所為です。気の所為という事にしてあげてください。

(凄くポエミーな文字の羅列があったなんて、言えない、言えないよ…)

グレていた訳では決してないんですが、ある出来事をキッカケにちょいと自暴自棄になっていた時期がありまして、その間は絵を全くと言っていい程描かなかったんです。期間は、ザックリと5年。

その17歳から22歳、約5年の間には、まあ色んなバイトを経験したり惚れた腫れたに脳内を支配されるが如く真っ直ぐ"恋愛"というものに猪突猛進状態だったりと、何も無かった訳ではないんですが、

美大生であれば、18~22の4年間は勉強している期間ですよね。

その間わたしは描けていないんです。
この差はかなり大きいと思います。画業を志しひた向きに努力する美大生が過ごす時間をわたしはほんの出来事でグレて自暴自棄になってボーッと過ごしていた訳ですから。

なので、
「どうしてあんなムダな時間を…!」
との台詞に、沢山思うところがあった訳です。

自分への怒り、不甲斐なさ。
気付けば三井と同じように、悔しさに改めて打ち震えるわたしが居ました。

しかし、ムダな時間とは切り捨てられない



2005年 スケッチブックより

"彼"に会う時によく身につけていたキャミソールとピアス、そして当時の髪型が描かれています。あゝ何だかとても恥ずかしい。

その"彼"も何人居たのか今となってはよくわかりませんが(※同時にお付き合いしていた訳ではありませんよ!)いわゆる恋愛というものをいい時期に沢山経験出来たのかなと。

何でそんな歳で昼ドラみたいなドロ沼恋愛してんの?と女友達から突っ込まれたり
兎に角純情純愛を貫いたみたいな真っ直ぐ彼と向き合った2年があったり

何処までも青く、互いを傷つけあっては慰め合う、その繰り返しの日々を送っていました。週に一回は大ゲンカ、泣き喚きながら彼にモノやら何やら投げ付ける事も珍しくありませんでした。
そんなわたしにでも真剣に向き合ってくれたあの日々を、ムダだなんて切り捨てる訳には行きません。とても大事な感情を、沢山覚えた期間だったのだと今は思っています。

わたしは多分、描かなかった5年間、今となっては塵と消えた結婚願望が何処かにはあったのだと思います。
しかし、同時に、描かなければならないという妙な使命感は消えず、夢を追うのか、それともこのまま地元で結婚して落ち着くのか、とても中途半端な、どっちつかずの日々を過ごしていました。

そんな中、ある出会いがありました


当時は美術の世界に全く関心がなく(子供の頃の夢は漫画家かイラストレーターという漠然としたものでした。それにしてももっと関心を持つべきだろうと今書きながらめっちゃツッコんでます)、画家はピカソとゴッホくらいしか知らない、そんなわたしの前に現れてくれた染色工芸美術。

中学時代からお世話になり、わたしの人生を変えてくれたといっても過言ではない医師T氏の誘いで、カルチャースクールで工芸美術を学びながら、みるみる内に美術のトリコになって行ったのです。

そのお話はまたの機会に綴らせて頂ければと思います。

努力が足りなかったと思うのであれば


それはもう、やるしかないです。描く事でしか取り戻せません。

これこれこういう理由で、出来なかった。美大生じゃないから、勉強しなかった。
それはただの言い訳です。

自分の経歴を、決して恥じるな。
恥じる事が必要なくなるくらい、努力すればいい。
わたしは中卒・独学(アクリル画)という経歴を、ピカピカに磨き上げて行く段階に居るのだと思います。
ただくっついてるだけの肩書きは、役に立たないですから。

足りない部分がある。
そう理解するアタマがあれば、
補える事が出来る…。

経歴を生かすか殺すかは、結局、自分の手にかかっていますよね。

…頑張ります!


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