2010年08月01日

私がひとりで旅をする理由。

私の、旅に対する最初のイメージは、父親の部屋の中から始まりました。


父の部屋には、皮製の古いトランクがひとつありました。
キャリーが付いていないそのトランクはとても重く、ポーターさんがいた時代には活躍したかもしれませんが、今は使う人のいないような、古いトランクでした。

そして父は1本の洒落た色のマフラーを持っていました。
聞くと、それはヨーロッパのどこかの町で買ってきたものだということでした。

そのトランクからは、見知らぬ国の空気がしみ込んでいて、そして父のマフラーが知らない街の知らない店に吊るされているのを想像して、私はそこから旅の匂いを嗅いだのです。
こうして父が一人で重いスーツケースを持って、マフラーを巻いて旅をしているのが、私の最初の「旅のイメージ」となったのでした。

そして、父はこういうときには英語でこういうんだ…などと、色々と教えてくれたのです。中学生くらいだった私も、その言葉はたくさん覚えています。



いつか、父のように海外を一人で歩いてみたい!



そして私は大人になり、憧れていた一人旅をするようになりました。
子供の頃のイメージの中の父と同じように、私も知らない街をマフラーを巻いてスーツケースを持って歩くようになったのです。





   * * *




ところが、数年前にある事実を知ってしまった。


父が旅をしたのはツアーだったとか。一人旅なんて怖くてやらないとか。

マフラーはあまりの寒さに、短い自由時間にあわてて買えたのがあれだけだったとか。

父が教えてくれた英語も、ほとんど全てが間違っていた(間違っているというより、かなり直接的な変な言い方が多かった。Give me small moneyとか)ことは薄々気が付いてはいたけれど。





しかもね、昨日「今度、アメリカに一人旅に行くんだけど」と父に電話したら、そのイメージの主である張本人が「え?お前って一人旅好きなの!?そういう奴なの??」と言ったんだよー。


私はね、アナタになりたかったんだよぉー???


私は何に憧れて、何者になっちゃったんだ?  
Posted by miori_n at 18:03Comments(11)文句ある?

2010年07月02日

【募集】スキルや技術を投資・提供することについてのご意見

ここ何ヶ月かの間に、「プロボノ」という言葉が聞かれるようになりました。アメリカからやってきた言葉のようです。

寄付やボランティアとは違い、無償でスキルを提供することで社会貢献をすることを差すようです。wbsやNHKクローズアップ現代(両方とも、ネットで動画を見ることができます)などでも取り上げられ、これからこの言葉を耳にすることが増えると思っています。



これとは別に、技術やスキルを投資するという考えかたがあります。
技術エンジェルという言葉を使う方もいます。
それとは別に、事業が始まってすぐはお金がないので無償で制作などをする代わり、後に売り上げから%で頂くという考え方です。




前者のプロボノは、例えば弁護士や会計士の社会貢献だったのが、最近は制作に関することも増えており、webデザインやパンフレット制作などは、今後も増えていくと思われます。
後者はビジネスをやっている方なら、よくある話でしょう。頼んだ方も頼まれた方もいると思いますし、状況によって様々な解釈があると思っています。





私はデザイン業に関わっていますので、デザインの活用方法について常に考えています。また、弊社のスタッフがNPOと仕事をしており、ある意味、企業のプロボノ活動的な面も体験しています。(無償で請け負ってはいませんので、厳密には違いますが)

そのため、上記のような技術提供に関して、無知なために損をする制作者を減らしたいという考え方をしています。

なぜならば、上記の2つには、かなりの問題点を含んでいると考えられるからです。






様々な立場から、また当事者として関わった方の経験談など、色々とお話を伺いたいと思っています。
もしよろしければ、ご意見、体験談、コメントなどお寄せ下さい。

ツイッター(idはnaritomiです)、コメント欄、メール(なりとみ@tritone.co.jp ひらがなをローマ字に)、こちらの下の拍手欄からの匿名コメントなどで意見を送ることができます。
また、お会いしたときにでもお話をお聞かせ下さい。
ものすごく気軽な、テキトウな印象のコメントでもすっごく嬉しいです。

どうぞよろしくお願いいたします。

成冨ミヲリ







私の意見を読むと、それに対してのカウンターか、賛成意見になってしまう気がするので避けたいと思うのですが、漠然としていてよく分からない方のために、下に私の簡単な意見を述べました。制作者の立場から書いています。
興味のある方はご一読下さい。


  続きを読む
Posted by miori_n at 21:26Comments(8)コンピウタ綴り。

2010年07月01日

無愛想にお金を振り込むひと。

フリーランス、または商売を始めようとしている方へ。
あちこちに営業に行ったり、知人から仕事頂こうとするときの注意点。




あなたと一緒にやりたい。あなたがいると助かる。あなたは素晴らしい。
こんな言葉をくれる人がいるとする。

もう片方は、なぜかいつもケチをつけてくる。文句ばかりで常に不機嫌である。





どちらを取引先として選ぶか?





もちろん、ちゃんと取引してくれるなら前者がいいけど、たいていの場合、お金を払うつもりがあるのは後者。お金を払うつもりだからついつい文句が出る。
前者は誉めておだてて「提案してください」「企画してください」「儲かったら払いますから」などと言うばかり。



私はデザインやイラストを売っているが、それらを受け取っても涼しい顔して誉めもせず、口座にお金を振り込む客が普通。


素晴らしいとか誉める人はお金くれない。
アイディアも提案も企画書もタダだと思ってる。
そして、誉めている時点で、こちらをプロと思っていないことも多い。
(実際、取引のあるお客さんで誉めてくれる方は「こんなことをプロの方に言っては失礼ですが、本当に上手ですね」という言い回しをしてくれます)





もちろんお互い気持ちよく仕事したいけど、口だけの人には要注意。
誉められるために仕事をするわけではないのだから。

特に駆け出しのころは、顧客をつかみ損ねやすいので、注意しよう!  
Posted by miori_n at 17:17Comments(8)社長ワアク。

2010年06月30日

自分の言葉を食べて、食中毒を起こす前に。

痩せたいと言ってしまうと、痩せない。
これは舞踏家の鶴山欣也氏が言っていたこと。
「言霊」という考え方に近い。

痩せたいと口にするということは、自分が痩せていないと繰り返し自分に呪文をかけているのと同じだという。だから、痩せたいのではなく、痩せてどうなりたいのか、それを考えたほうがいいとのこと。

痩せる先には、かっこよくなってモテたりするわけでしょう。
それをイメージしましょうとのことだった。



今日、メルマガに「自分のダメな部分を指折り数えるな」と言う内容のことを書いた。自分で作った呪縛に囚われてしまうからだ。自分はこれがダメ、これもダメと指を折るなということ。



同様に、○○はしたくない、という言葉を使う人ほど、それに囚われているなと思う。


結婚はしたくないという人ほど、結婚を意識している。結婚している人が愚痴をこぼすのを耳ざとく探している。結婚すべきでないという事例を探し回っては、結婚結婚と、人一倍、結婚という言葉を吐き続ける。


欲しいのはお金じゃないと言う人ほど、お金に縛られている。本当はお金で苦労していたり、お金があったりと願っている。それを認めないためにお金じゃないという。本当に気にしていなかったら、お金のことなんて忘れている。

サラリーマンにはなりたくないという人ほど、サラリーマンという生き方が気になってしょうがない。なんだか給料もらえて楽そうに生きやがって、どうせ自由がなくて社会の歯車になるんだろう。見下したり嫉妬したり、お腹の中にサラリーマンがいっぱい詰まっている。




自分の吐く言葉から自由になるのは難しい。
だから言葉にならない世界があるのかもしれない。




そうだ、絵を描こう。  
Posted by miori_n at 23:58Comments(9)文句ある?

2010年06月28日

あなたの自慢話が聞きたい。

本当は、自慢話って面白いものなのだと思う。

私は自慢話を聞くのが好きだ。仕事がうまくいったとか、なんかで賞を取ったとか、大学受かったとか、本出した、テレビに出た、モテる、なんでもいいけれども、しみったれた不景気話をされるよりは元気が出ていい。

でも面白くない自慢話がたくさんあるので、今回は面白くない自慢話について列記してみようと思う。




1)他人の自慢話

俺の友人は有名なタレントで、先輩にこんな人がいて…というのは、情報として入れるのは良いけど、それ自体が延々と続くとしんどい。
そしてあなたは何者なの?と聞きたくなるよね。


2)過度な子供自慢

子供が可愛いって話はとてもhappyで大好きなんだけど、3歳でもうひらがなを覚えて、英語も少しできて…という話は、もういいや。「十で神童、十五で天才、二十過ぎればただの人」だからね。


3)不健全なモテ自慢

俺、モテモテだよ〜というのは、えーあなたがー?なんて反応しながら楽しく聞くけど、不倫してるとかセフレいるとか、隠したほうがよいヘンな自慢話は、しないでください。反応に困ります。


4)控えめに言う

これ!
これはいつも思うんだけど、口を押さえて小さい声で言うのはやめたほうがいいと思います。かなり勝手な意見ですが。
「実はね、内緒なんだけど…誰にも言わないでね。えーどうしよう、言うのやめようかなー。ボソボソ」っていう自慢話は面白くないのが多いのは、なぜ!?
「そういえばこの間、社長に君は優秀だって誉められて、10万するディナーに誘われて、そこで紹介されたインド人の青年実業家と恋に落ちて、君しかいないって言われたけど男は貴方だけじゃないのよって振っちゃったわ」くらいがいいです。


5)他人を貶める

あの人は分かってないわね。あいつは使えないな。あの歌手は歌が下手だね。みたいに、何かを落とすことで「自分は人と違って分かってる」自慢をするのはcoolじゃないと思います。事実として話している場合と、自分がすごいことを自慢しようとして話している場合の違いくらい、その場の全員が気が付いているはずです。


6)お金がある、結婚した、子供を産んだ

全て聞いていて楽しい自慢なので、私はOKですが、その場にいるメンバーを見て話題を選んで欲しいな、と思うことがあります。聞きながら笑顔は作っていても、心は泣いている人もいるかもしれない。



さあ、みんなで明るく自慢しよう!!!!!!  
Posted by miori_n at 21:22Comments(5)文句ある?

2010年06月24日

幻想の枷と自作の箱。

精神的な安定ってどこから来るんだろう。

生活の安定、お金があること、家族がいること、友人がいること、仕事があること、色々とあるのだと思う。
ただ、私の場合は、少し違う。

もれなく不安定な思春期を過ごし、もれなく「何かに対する焦り」を抱えた20代を過ごし、落ちたり上がったりのジェットコースターな気分を持て余していた私にとって、精神的な安定が訪れたのは30歳前後。
その頃に結婚をしているので、それかな?と思っていたが、実は違った。

不安定なときには、自分の力ではどうにもならないものに対して、怒りや苛立ちを抱えていたのだと思う。それは過去の後悔も含めて。
しかし、自分の力ではどうにもならないと思っていたものが、実は自分が創り出した幻想であることに気が付いてから、私は精神的な安定を手に入れた。

子供であれば、親の影響は大きく、自分の力ではどうにもならないことだと思う。そしてその呪縛は大人になってからも自分を縛ることがある。
しかしそれは幻想の枷であって、よく見てみると、その枷には刻印があったのだ。自分の名前の。

そのときに近くにいた人のせいにしてたけど、その人を選んだのも自分。親がこう言ったからと、もう大人になってからも誰かの言葉のせいにしていたのも自分。他人が自分を裏切った!と思っても、その人のことを信じたのも自分。



例えば。
私が高校生のとき、大学に入るための美術研究所(代ゼミ造形学校)の学校長に絵を見せたとき、どの大学を受けなさい…というアドヴァイスを期待していたら、彼は一言「大学に入ったら、すぐに留学をしなさい。場所はどこでもいいから」とだけ言った。まだ入ってもいないのに、なにを言うんだこの人は?と思ったが、そのときの言葉は強く印象に残った。

しかしバブルが崩壊し、家庭の家計が崩壊し、留学どころか授業料も払えなくなり、免除を取るために必死で授業に出て、画材や材料費を買うためにバイトをする日々となってしまった。学校内に出ている留学情報を横目で見ながら、授業料も払えないのになあと思っていた。そして私は4年間、一度も留学することなく卒業をした。

これは親のせいか?時代のせいか?


政府の交換留学もある。やり方によってはできたはずである。
私自身に知恵がなく、情熱がなかったのである。


それを認めてから、私は遅まきながら自分で海外に積極的に出て、言葉を学び、文化を学び始めた。自分でやっていることだから、好きにできるし気持ちがいい。うまくいかなくても自分の力がないからだと納得できる。

人のせいにしていたものが、本当は自分が作った箱の中。
結局は全部が自己責任。
そう思ったほうが気持ちは安定する。


例えば、私が雇った社員がウチの会社を乗っ取ったら(笑)、それだって自己責任だ。私が選んだんだから。
不景気になって倒産しても、景気のせいじゃなく自分のせいだ。だって倒れない会社だってあるのだから。


心の安定は、全ての責任を取ることだと思う。
「誰が責任を取るんだ!」と叫ぶより、自分が取っちゃえばいいと思うのだ。  
Posted by miori_n at 19:00Comments(3)文句ある?

2010年06月22日

ゆる勉のススメ。

趣味を持とうと考えて、中国語を始めてみた。
趣味だから、勉強なのに楽しい。
気が付いたら数時間経っている。

子供のときに勉強はしたけれど、実は一番大事なことって、成績が良いことよりも勉強を好きになることじゃないだろうか。成績良くても勉強が嫌いだと、学校でたらそこで止まってしまうけれど、好きならずっと続けていけるもの。

勉強の楽しさを教えるのは学校じゃない気がする。
親、かな?
なんだろう。私もなにかきっかけがあった気がする。思い出せないけど。


別の側面から見て、勉強そのものを好きなるのは趣味としてよいと思うけれど、たまに本末転倒になることがある。勉強してると安心して、結果として目的を見失ってしまうとか。
例えば、プロのイラストレーターになろうとして、イラストの学校に行くんだけど、持ち込みも公募も出さないとかね。勉強が終わったらやる、とか。
でも勉強は終わらない。一生終わらないんだから、それなら最初からプロになる努力と勉強は並行すればいいと思う。卒業したら終わりなんてことはない。2年、3年とか月日でも区切れない。

そういう勉強もあるよね。目的のある勉強。


だけども、そういう「プロになるため」とかじゃなく、単なる趣味としても、語学って楽しいんだなーと、ふわふわ勉強している。

私はこれをガリ勉ならぬ、「ゆる勉」または「ふわ勉」と呼んでいる。



勉強そのものが楽しくたって、いいじゃない!  
Posted by miori_n at 20:16Comments(5)文句ある?

2010年06月03日

トイレ掃除がカッコイイと思っている社長は、家のトイレを掃除したことなんてない。

従業員より早く来て、会社のトイレを掃除することを自慢してしまうような方は、家のお風呂掃除やトイレ掃除や、台所の排水溝の掃除なんかをやってないんじゃないかしら。

だって毎日普通に掃除していたらそれが普通だから、わざわざ人に言わないよね。
自分が使った後のトイレをみんなが少しずつ掃除してたら、それなりに綺麗にしておけるんだよ。



なんてことを思いました。
トイレ掃除する社長ってカッコイイよねと言った、20代新人社長君のご意見を受けて。





人が嫌がることをやると、徳が積めて、それがポイントカードのように貯まっていって、いつか自分にもいいことが!みたいなのは、なんだか変だ。
みんなで少しずつ背負うか、やってくれる人に対価を支払って、そうやって楽をしよう!と言うほうが明るくて健全だと思う。


会社のトイレに何かを飾りたいけど、花とかだと日が当たらなくてかわいそうだし、ずっと悩んでいるんだ。
日めくりのネコカレンダーでも置くかな。  
Posted by miori_n at 18:40Comments(10)社長ワアク。

2010年05月24日

父のトマトスパゲッティー

子供の頃、父親が珍しく料理すると言って、土曜日に家族分の夕食を作った。
それがミートソースのスパゲッティで、どちらかというと甘くない、ちょっと気取って言う「ボロネーゼ」と呼んでいいような味のスパゲッティだった。

美味しかったけど、父が「美味しいだろ?」何度も聞いてくるのに違和感があって、いつもお母さんが作ってくれるご飯も美味しいんだけどなと思ったのを覚えている。

それ以来、父の得意料理はスパゲッティだ。


今でも、私や妹が父の家に遊びに行くと、必ずと言っていいほどトマト味のスパゲッティを作る。
そして、必ず「うまいだろ?」と聞いてくるのだが、なんとも微妙な味なのだ。
間違いなくまずくはない。それなりに美味しいが、違う。
言葉に出して「美味しい」と言う妹夫婦を見て、お世辞かしら?と疑うような、複雑な感覚。



先日、遅くに帰宅して、急いで夕食を作った。
トマトの缶詰があったので、えびや野菜をオリーブオイルで炒めてトマト缶を半分合わせて、塩のみで味付けした。
普段だったら、玉ねぎをじっくり炒めて甘みを出したり、赤ワインやワインビネガーを加えたり、野菜で作ったスープストックを加えたり、その他、ハーブやオリーブやケッパー、スパイスを使用してもっと味を多層に重ねるようにする。

しかし、時間がない中、10分でできたスパゲッティは、食べ覚えのある味がした。
美味しいけど、何かひっかかる、あの味。


そっか、岩塩だけで作ってるんだな。
逆にシンプルすぎて気が付かなかった。



初めて父のスパゲッティの謎が解けた上に、そのレシピを解析した私は、今後このスパゲッティを密かに「父のトマトスパ」と呼ぶことにする。



シンプルな世界も、それなりに面白いかもしれない。  
Posted by miori_n at 17:18Comments(7)作ろう。食べよう。

2010年05月13日

上達をするためには、必要ですか?

私は日常的に絵を描く週間がある。
日常的なので、意識したことはあまりない。

常に曲を作りながら歩く癖もある。
常にやっているので、意識はしていない。




うまくなるには、毎日やる必要があるか?









「あなたは上手に歩けますが、それには毎日歩く必要はありましたか?」









私は歩く訓練をしただろうか?
私は歩きたかったし、世界を見たかった。
遠くに行きたいと願う限り、今日も自分の足を動かす。  
Posted by miori_n at 19:30Comments(2)文句ある?