2016年04月11日

言葉はたかだか、宇宙のオナラだ

ぼーっとしている状態は、ものを考えていないのではなく、とりとめもない断片的な思考でいっぱいになっている状態である。ものを考えないことの凄さというのは、思考でいっぱいになっている精神には理解できない。

4月8日(金)

綾瀬CHESSにて月例のワンマンライブ。先日訳したボブ・ディラン「Blowin' In The Wind / 風に吹かれて」を歌ってみた。歌詞はこちら。この日の動画も貼っておきました。
その答えは ああ友達よ 風に吹かれている

同日のライブからもう1曲、「骨」。この曲は現在制作中の新しいアルバムに収録している。



この日は風邪声だったのだが、ライブが終る頃には風邪はふっとんでいた。風に吹かれて消えてったのかもしれない。最近では珍しく前回のライブから3週間空いた。その間ずっと歌の録音や歌い方について研究していたせいか、この日はよく声が出ていた。

4月9日(土)

「‎ラテン系江戸仕草‬」というものについて考えてみた。
・宵越しの金は持たねえ
・江戸っ子だってね、寿司食いねえ
・火事と喧嘩は江戸の花
・三千世界のカラスを殺し、ぬしと朝寝がしてみたい
・浅草サンバカーニバル

わが人生について個人的感想を述べれば、収入が何倍あろうが、何分の一であろうが、幸福の絶対値は変わらないかったように思う。貧乏にはハッスルするエネルギーがボーナスとして付き、有り余る金があれば虚無が顔を出す。成功は腐敗の温床だ。どちらも幸福で不幸だ。価値は他にあると気付く。そこからじゃねえのか?

貧乏すぎると気力もなくなるという。そうかもしれない。他人のことはわからない。貧乏は俺の古い友達だが、それで気力を失ったことはない。貧乏で気力を失くす人が、金持ちになったら気力充実してやっていけるのだろうか。

これは社会制度の問題ではないし、カネの御利益を否定しているわけでもない。貧乏と不幸は全く別の事だと俺は思う。

貧乏には貧乏の、金持ちには金持ちの思想なり哲学なりがあって、どちらも当事者にとって真実なのだろう。両方を経験できたら一番いい。片面だけではなく両面を知ることになる。

4月11日(月)

現実の世界には、話に直接関係のない人や風景、脈絡のない発言、重要でない出来事がいっぱいあって、その中で自分のストーリーが組み立てられる。そのノイズ的な部分がリアリティに大きく関わってると思うのね。つまらないと思う歌は、そこがすっぽり欠落している。誰かの結論に興味があるのではなく、そう思う(感じる)ようになった経緯の中に何かがあると思うのです。

わかりきったことを歌っても、面白くもなんともないので、自分にもよくわからないことを歌ったりします。これはどうよって感じ。わかってることでも、わからないふりして歌ったりします。文章の書き込みもそんなところがある。

言葉は沈黙より遠くへは行けない。言葉はたかだか、宇宙のオナラだ。

神は言われた。 「光あれ」こうして光があった。 神は光を見て善しとされた。 神は光と闇を分け、光を昼と名づけ、闇を夜とされた。(創世記)

「神」もまた言葉。

意味は役割を終えて無意味へと飲み込まれ、僕らは名札を外して永遠と一つになる。(万有引力の法則/佐藤龍一)

あなたから(私から)言葉を差し引いたら、あなたは(私は)結局のところなんなのか。

言葉のない場所で命が生まれ、言葉のない場所で愛が花開く。

ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

まるで椿のように大輪の花を咲かせたチューリップのリッちゃん。左がおばあさんになったチューちゃん。

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【ライブ告知】

4/16(土)open18:30 start19:00
娯楽酒家 La stanza(046-277-7322)
「弦楽茶屋vol.74」
出演:佐藤龍一・Martin古池
大和市南林間 1-10-17
小田急江ノ島線南林間西口徒歩3分
2000円+1D

4/28(木/休前日) open19:00 start19:30
東中野 Music Bar Cafe じみへん(090-9242-6183)
生田敬太郎・佐藤龍一
中野区東中野1-46-11 HKOTA BLD.
投げ銭+オーダー

4/30(土)open19:00 start19:30
京成大久保 ワルツ(0474-72-4041)
生田敬太郎・佐藤龍一
習志野市泉町2-1-33
¥2,500+オーダー

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2016年04月07日

楽器は音楽という抽象的な海に漕ぎ出すボートになる

4月6日(水)

友達が「黒人はみんな歌が上手い」っていうから、「いや、歌の下手な黒人もいっぱいいるよ。見たことがないだけだよ」っていった。踊れない黒人も、リズム感の悪いブラジル人もいる。眼鏡かけてない日本人がいるように。

今はパソコンがあるから楽器を弾けなくても簡単に音楽が作れますと、楽器屋やソフトメーカーや専門学校がいう。それは半分本当で半分は嘘。趣味でやる分にはいいけど、楽器が弾けない職業作曲家など見たことがない。作曲能力はある程度演奏能力に比例すると思う。楽器は音楽という抽象的な海に漕ぎ出すボートになる。

自分の楽器経験は(たいしたことないけど)ギターは中一から始めて、今年で50年になる。中学の時にブラスバンドで管楽器に触れた。トランペット、ホルン、フルートなど。譜面の読み方もそこで覚えた。ベースや打楽器はバンド経験で。キーボードは自己流。ハモニカは得意。基本は全部独学です。

ギターは続けててほんとうに良かったと思う。どれだけ助けられたかわからない。なにか別のことをこれから50年続けるなんて事は不可能だし。10年、20年続けると見えてくる景色ってものがある。それはきっとどのジャンルにでも言えることだろう。そういうものに出会えたのは幸福なことだった。

今制作中のアルバムのベースパートは打ち込み(サンプラーのプログラミング)になっているのだが、試聴した友人に「生で弾いたら」という御言葉をいただいて、きょうは久しぶりにベースを弾いてみた。自分の打ち込みのレベルに、自分の手弾きのベースが全然及ばないので、どうしようか迷ったあげく、寝ることにする。

4月7日(木)

ラヴィ・シャンカールの誕生日だからインド古典音楽の話する。インドのド・レ・ミはサ・リ・ガ・マ・パ・ダ・ニ・サっていうんだけど、演奏の最初にビローンビローンってチューニングみたいにひとつの音をならすよね。あれでドの神様を招聘する。それから次の音と移っていって、音階分の神様が座ったら、あとは神様が演奏するっていうんだ。

ラヴィ・シャンカールにはシタール奏者のアヌーシュカ・シャンカルと、ジャズ歌手のノラ・ジョーンズという母親の違う二人の天才的な娘がいる。どちらも60歳前後で授かった子らしい。ラヴィ・シャンカールと組んでタブラを叩いていたアラ・ラカの息子ザキール・フセインは、ジョン・マクラフリンとのシャクティや、ビル・ラズウェルとのタブラ・ビート・サイエンス等でも知られる当代一のタブラ・プレーヤーだ。

ザキール・フセインのテクニックで、一拍を7分割して(七連符)その8拍目(1+1/7)を叩くことで、一小節の中に架空の7拍子を作り出し、7拍子のソロをはじめるというのがある。リズムの上に別のリズム。それをカウント取りながら聴いているインド人も凄い。

マイルス・ディビスの演奏を解析した友人の話によれば、マイルスはあるキーでアドリブをやってて、突然ひとりだけ単三度上に転調してソロを続け、さらに三度上に転調して戻って来たという。コードの上に別の3和音を乗っける「アッパー・ストラクチャー・トライアド」ってのがあるけれど。スケール・オン・スケールって言ったらいいのかな。めちゃくちゃに聴こえる緻密なテクニック。

テクニックがすべてじゃないけど、引出しではあるね。豊富な資源を贅沢に使うか、少ない資源を有効に使うか。お金の話みたいだね。

ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

ボブ・ディラン「メランコリー・ムード」。フランク・シナトラのカバーだそうだ。1分以上あるイントロ、めちゃそそる。歌も渋くていい感じ。アルバム『Fallen Angels』は海外で5月20日発売。楽しみになった。



寝不足が続いて、風邪をひいたらしい。咳が出るので、風邪薬を飲んで午後3時過ぎまで寝た。窓の外は薄暗い空、湿った空気。散り始めたとはいえ満開の桜は幻想的で非現実的な感じでそこに立っている。「樹は立ったまま眠っている」。チューリップのチューちゃんは花を落とした。球根の為には首を落とした方がいいと言われたが、俺にはとてもそんなことはできない。立ち枯れのままにしておこう。

インドのゴアにいる友人からインスタントメッセージで「朝泳いだ。ツーリストがいなくなっていい感じだ」。インドはモンスーンが近い。猛暑の季節だ。そろそろ北に逃げないと死ぬぞ。

ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

【本日のチューリップ三姉妹】枯れてしまったチューちゃん(中央)に変わって次女リッちゃん(右)が白い花を咲かせました。左は開店準備中の末っ子プーちゃん。

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【ライブ告知】

4/16(土)open18:30 start19:00
娯楽酒家 La stanza(046-277-7322)
「弦楽茶屋vol.74」
出演:佐藤龍一・Martin古池
大和市南林間 1-10-17
小田急江ノ島線南林間西口徒歩3分
2000円+1D

4/28(木/休前日) open19:00 start19:30
東中野 Music Bar Cafe じみへん(090-9242-6183)
生田敬太郎・佐藤龍一
中野区東中野1-46-11 HKOTA BLD.
投げ銭+オーダー

4/30(土)open19:00 start19:30
京成大久保 ワルツ(0474-72-4041)
生田敬太郎・佐藤龍一
習志野市泉町2-1-33
¥2,500+オーダー

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2016年04月05日

千鳥ヶ淵の桜・デビュー前夜

4月3日(日)
【にちようびのチューちゃん】今がピークかな。妹たちはまだ赤ちゃん。無事に咲くといい。右がりっちゃん。左のちいさいのがぷーちゃん。

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前の晩テレビのニュースでライトアップされた千鳥ヶ淵の夜桜を映していた。このところ休みなく仕事していたので、夜桜でも見に行くか。

夜、友人と待ちあわせて、新宿ルミネ6階のカフェBy The Seaでスペイン料理を食う。なんとなく海賊船ぽい。

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夜桜ハンター。九段下で降りて皇居、北の丸公園へ。武道館も近い。

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千鳥ヶ淵ライトアップ。右奥に東京タワーが見える。写真撮る人の大行列なう。

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千鳥ヶ淵。桜に酔う。

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9時過ぎていたので、ボートには乗れなかったが、桜は堪能できた。

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靖国神社境内では、千代田桜祭りで屋台の行列。

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ちょっと素敵なお店を見つけた。古道具屋さんかと思ったらレストランだった。

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市ヶ谷まで桜の街路樹を見ながら歩いて帰った。昔行ってた大学(法政)がこの近くだったことを思い出す。春は新入生の季節でもあるな。

ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

ツイッターで、漫画家山本貴嗣さん(@atsuji_yamamoto)のこんな投稿を見た。わかりやすく、正直で、ちょっと共感。

在学中にデビューして売れちゃって学校行けなくて卒業できないのと、売れてもないのに学校やめて漫画家専念するとか言ってそのまま泣かず飛ばずで消えていくのはえらい違いで、背水の陣を勘違いして消えていった後者を何人か見ました。自分は小心者なので卒業はしました。

自分は漫画家になる。それには在学中に出版社に渡りをつけたり色々したいので東京の大学しか受けないと親には言った。色々意見の合わないところもある親だったけど、がんこな父が、自分は望まない人生を歩んだから貴嗣には好きな道を行かせたいと言ってたと母から聞いたのは最近のこと。感謝してます。

もしタイムマシンがあって漫画家目指してるころの十代の自分に会えたら「止めないけどおまえ程度の才能じゃ苦労するぞ」って言ってやりたい。そんなもの、走ってくるトラックを素手で止めようとするようなもので、なんの抑止にもならないこともわかってるw

人には人生棒に振る自由がある。誰のせいにもせず自己責任で。ただできることなら、誰もが「まあ悪くない人生だった」って死んでいけるのがいい。

以上、引用終り。

若さはいつも迷いの中にあることだろう。

俺は高校を卒業して法政大学に入学したものの、ほとんど授業には出ず、音楽ばかりやっていた。身勝手な話だが、俺にとって大学は執行猶予みたいなものだった。4年間で答えを出せなければ家業を継ぐしかなかったので必死だった。大学2年の夏にエレックレコードから声がかかって契約し、その年の暮れにキャニオンから「竜+1」名義のシングルを出した。大学は中退した。

契約前夜、俺は当時一緒に活動していたとみたいちろう(MOJO)と相棒の伊藤薫(現作曲家)を説得し、俺たちは3人一緒にエレックに行くことになった。いちろうは大学を中退し、予備校生だった薫は進学を諦めた。選択はその時点では結果の見えない賭けだ。俺たちはその選択の正しさを証明するだけだが、彼らは立派にそれを証明したと思う。

俺はソロを含めて通算シングル4枚、アルバム2枚出したあと、日本をおさらばして放浪の旅に出た。龍は死んだという噂が立った。10年後、パソコンを使ったBGMやゲーム音楽の制作の仕事を始め、再び音楽で食うようになった。それはいわば敗者復活戦だったが、なんとか勝ち残って20年ぐらい続いた。バブルのおかげで派手に稼いだ時期もあった。

長い目で見れば、ミュージシャンにとってデビューってのはマラソンのスタートラインに立ったという以上の意味はない。それだけでも数百、数千の倍率だろうが、シングル1、2枚出して終わりというケースが大半である。しかし、音楽を楽しむこと、愛することは誰でも死ぬまでできること。それは誰も奪えない。

55歳になって、俺は再び歌い始めた。3度目の挑戦である。死ぬまで続けるつもりでいるので、もはや勝算とかはどうでもいい。今まで生き延びて来た自分の経験が大きな自信になっているのは確かだ。ゴールなんてものはない。挑戦し続けるか、退場するか、である。

音楽でメシを食うことについて(togetterまとめ)
以前、俺の連続ツイートをD_RN_さんがまとめてくれたものです。

ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

4月5日(火)
ベランダから見える桜。周囲がパーッと明るくなっている。岸壁に押し寄せる春の波しぶきのようだ。

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【ライブ告知】

4/8(金)open19:30 start20:00
綾瀬 ライブカフェCHESS(03-5697-6770)
佐藤龍一ワンマン
¥2,500(1D付)
足立区綾瀬4-1-11

4/16(土)open18:30 start19:00
娯楽酒家 La stanza(046-277-7322)
「弦楽茶屋vol.74」
出演:佐藤龍一・Martin古池
大和市南林間 1-10-17
小田急江ノ島線南林間西口徒歩3分
2000円+1D

4/28(木/休前日) open19:00 start19:30
東中野 Music Bar Cafe じみへん(090-9242-6183)
生田敬太郎・佐藤龍一
中野区東中野1-46-11 HKOTA BLD.
投げ銭+オーダー

4/30(土)open19:00 start19:30
京成大久保 ワルツ(0474-72-4041)
生田敬太郎・佐藤龍一
習志野市泉町2-1-33
¥2,500+オーダー

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2016年04月02日

その答えは ああ友達よ 風に吹かれている

俺の恋人、チューリップのチューちゃんが御挨拶。

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毎日何十人もの人が見に来てくれているというのに、ブログの更新は8ヶ月も止まったままで、このままではまた死亡説が流れるんじゃないかと心配で…んなこたありませんが。

へらず口のホームベースはこちらに移ってまして
twitter RyuichiSato
Facebook 佐藤龍一
興味ある方はどちらかをフォローお願いします。

近況としては、昨年11月から8年越しのアルバム制作に尽力しております。前作も完成まで半年かかったので、今回もそのぐらいかかるかもしれません。12曲、既にほぼ完成していますが、せっせと磨き上げています。必ずや前作を超えるものを創りますのでご期待下さい。なお前作「LOST&FOUND」は在庫十数枚となりました。購入ご希望の方は上記SNS経由でメッセージ下さい。

ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

きのうはエイプリルフールで、今更嘘とわかる嘘をついても面白くも何ともないので、大人しくしていましたが、それはそれとして、ちょっと珍しい写真を見かけました。

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History In Picturesというtwitterアカウントのツイートからの引用です(出展は不明)。「Bob Dylan, Peter, Paul and Mary, and Stevie Wonder performing “Blowin’ in the Wind” 1986」とコメントがついています。ピーター・ポール&マリー、ボブ・ディラン、スティービー・ワンダーというめっちゃ豪華な組み合わせですが、知らないと、きれいなおねえさんが深夜の繁華街でタチの悪い客引きに絡まれてるようにしか見えません。1986年の写真ですから、中央のマリー・トラヴァースさんは、この時50歳ですよ。2009年に亡くなりました。団塊の世代の花でした。

「風に吹かれて」はモダンフォークの古典中の古典で、片桐ユズル、宇崎竜童、忌野清志郎などすでに色んな方の日本語詞もあって、今更の3乗ぐらい今更ですが、あえて訳詞してみました。今改めて読むと、深い。

「風に吹かれて」
words&music by Bob Dylan/日本語詩:佐藤龍一

人が人と呼ばれるまでには 
どれだけの道を歩けばいいの
一羽の鳩が眠りにつくには
どれだけの海を渡ればいいの
全ての武器がガラクタになるには
どれだけの弾が飛び交えばいいの
その答えは ああ友達よ 風に吹かれている

山が海に飲み込まれるまでには
どれだけ波が洗えばいいの
誰もが自由を許されるまでには
どれだけの日々が過ぎるの
人が見ないフリを続けるためには
どれだけ顔を背ければいいの
その答えは ああ友達よ 風に吹かれている

頭の上に空があると知るまでに
どれだけ顔を上げればいいの
人の嘆きが聞こえてくるには
いくつ耳があればいいの
人が死んで 死に過ぎたと知るまでに
どれだけの人が死ねばいいの
その答えは ああ友達よ 風に吹かれている



ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

【ライブ告知】
綾瀬CHESSでは相変わらず毎月第二金曜にワンマンワイブを続けています。その他は、レコーディング中なので5月以降スケジュール入れてませんが、完成したらツアーもしたいと思っています。どこかでお会いできることを。

4/8(金)open19:30 start20:00
綾瀬 ライブカフェCHESS(03-5697-6770)
佐藤龍一ワンマン
¥2,500(1D付)
足立区綾瀬4-1-11

4/16(土)open18:30 start19:00
娯楽酒家 La stanza(046-277-7322)
「弦楽茶屋vol.74」
出演:佐藤龍一・Martin古池
大和市南林間 1-10-17
小田急江ノ島線南林間西口徒歩3分
2000円+1D

4/28(木/休前日) open19:00 start19:30
東中野 Music Bar Cafe じみへん(090-9242-6183)
生田敬太郎・佐藤龍一
中野区東中野1-46-11 HKOTA BLD.
投げ銭+オーダー

4/30(土)open19:00 start19:30
京成大久保 ワルツ(0474-72-4041)
生田敬太郎・佐藤龍一
習志野市泉町2-1-33
¥2,500+オーダー

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2015年08月08日

「暴をもって暴に報いることなかれ」

父(93)が戦争に行ったのは20歳から23歳の時だった。千葉県印旛郡の出身で、同級生はみな佐倉の連隊に入ったが、父は近衛兵になり皇居を警護する近衛師団に配属された。栗林師団長(後に硫黄島で戦死した栗林中将)は私的制裁を一切禁じたため、いじめは全くなかったという。佐倉連隊に行った同級生たちは満州からレイテ島に向かい、9割が戦死したという。

以下、以前書いたエントリーより引用する。

昭和16年12月8日、日米開戦。当時、父は戦車を製造する日立精機亀有で働いていた。昭和17年、満20歳になって徴兵検査。「子供の頃から忠君愛国の思想を教えられ、待ちに待った喜びの日」だったそうだ。昭和18年4月、村でただひとりの近衛兵として麻布の東部第八連隊に入営。6月、近衛歩兵第五連隊として佐倉に移駐し、10日間を過ごす。

(出征前の10日間を過ごしたという佐倉練兵場跡の碑の前を横切る父。何故かこの時はかくしゃくとしていた)

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「怖くはなかった。どこに行くか全然知らされなかったんだ。同年兵80余名の大多数はスマトラに送られた。山梨県から来たものが大半で、スマトラに着く前に台湾沖で沈められたと聞いた。佐倉に残ったものは硫黄島へ行ったとも聞いた。それから20名ほどが中支方面に派遣されるらしいと噂された。千葉県と埼玉南部出身者で俺もその一人だった」

「出発の前日に家族との面会があった。親、兄弟、親戚が来てくれた。自分を育ててくれた祖父と会ったのはそれが最後だった。前線から、真っ黒に日焼けしたおっかない下士官が迎えに来ていた。汽車で下関に行き、韓釜連絡船で釜山に着いた。釜山で初めて行き先を聞かされた。南京の西南、蕪湖で対共産ゲリラ戦の再教育をしてから、各中隊に配属されると」

「牛糞が付いた貨車を掃除して乗り込み、朝鮮半島を北上、漢江を渡り、京城を通過し、大同江を渡り、平壌、満州南部、天津、揚子江を渡り、南京から蕪湖へ。丸10日間かかった。合流したのは偶然にも地元の佐倉連隊で、いじめにあう事もなく、俺は運が良かった。佐倉から蕪湖へ来た18名で生きて帰ってきたのは2人だけだった」

父は一昨年「越えきし山」という384ページある自叙伝を書いている。自家版の限定出版で、市販していないが国会図書館に寄贈している。本の大半を戦時中の記述が占めている。何も見ないで書いたそうだ。戦争中の事は、どこで何をしていたか、日付まではっきり覚えているという。

占領した所では、一切暴力は振るわず、蕎麦一杯食べても代金を払ったそうだ。だが占領するまでは食料は略奪である。米を奪い、豚を奪い、鶏を何度絞め殺したかわからない。「そりゃあ、恨んでいるだろうな」と父は言う。戦地では、風呂は半年に一回、電気も水道もない。蚤、シラミ、ダニ、南京虫、下痢とマラリアに苦しめられたという。子供の頃、よく父がマラリアの発作に震えていたのを覚えている。

怖かっただろう。辛かっただろう。ひどい時代が世界に吹き荒れた。俺はただ、父がよく生きて帰って来てくれたと思う。さもなくば、俺がこの世に存在する事もなかったのだ。

ーーー(以上引用終わり)ーーー

最初に配属された部隊は戦闘で全滅するが、父は到着翌日の配置転換で命拾いしている。1年半で18回の戦闘があったという。当時の中国は内戦中で、国民党と共産軍と日本軍の三つ巴の戦いだった。

父は言う。本物の戦闘は映画に出てくるようなのと全然違う。弾が当たれば「痛えよう」と泣き叫ぶし、恐くて頭抱えて泣き出す奴もいる。夜警に立ち、敵の夜襲に遭遇して出会い頭に銃剣を差したのが最初の戦闘。弾が隣の上官のヘルメットを貫通し、豆腐のような脳漿が飛び散るのを見たこともあったと。

30kg余りの背嚢を背負い、何百kmも歩く。歩けなくなれば置いていかれる。マラリアの発作やコレラが兵士を襲う。次々死んで行く仲間たち。敗戦近くなると壕を掘り、ダイナマイトを詰めた蜜柑箱を抱いて戦車の下に飛び込む訓練をしていた。自爆攻撃だ。

昭和20年8月1日から各地に孤立した仲間を救出する為に大攻勢をかけ、一部は救出できたそうだが、15日に戦死した者もいるという。その頃には中国の市民は日本の敗戦を知っていたようだが、日本の兵隊は玉音放送が終るまで知らされていなかった。

終戦時、日本の人口の1割にあたる660万人が外地に取り残され、命がけで故郷を目指した。満州には155万人。そのうち兵隊だった66万人のほとんどはシベリアで抑留された。ソビエトの捕虜の扱いはひどいものだった。一方中国では、時の国民党主席蒋介石が終戦の日に中国国民へ大演説を行った。

「暴をもって暴に報いることなかれ」
「もしも暴力でこれまでの彼らの暴力に報い、凌辱をもつて彼らの誤った優越感に応へるならば、恨みは恨みを呼び、永久に繰り返されるだろう。我々はただ彼らに憐憫を示し、彼らをして自らその錯誤と罪悪を反省させようとするだけである」(蒋介石)

父は中国で捕虜になったものの、終戦の翌年、無事に生きて還る事ができた。蒋介石のおかげだという。当時の中国軍幹部はみな日本の士官学校で教育を受けていたそうだ。蒋介石はその後、毛沢東率いる中国共産党に敗れて台湾に移る。日本と台湾の絆を思う。

5ヶ月の抑留の後、昭和21年1月、米軍のLST(戦車揚陸艦)で長崎に上陸する。夢にまで見た祖国に辿り着いた兵士に対し、辺りの民家は全て雨戸を閉め、ごくろうさまの声もなく、水一杯もらえなかったという。死線を彷徨い、負けて帰ってきた軍隊に対する祖国の視線と、兵士の失望を思う。国の為に命がけで戦い、やがて侵略者の誹りを受ける寡黙な人々。

遠い戦争を言葉で非難するのは容易いが、死と隣り合わせの現実を生き延びてきた人間の言葉は重い。戦争のリアリティーは、自分の知っている現実を遥かに越えている。

「国を守る」というのも「世界平和」も、どちらも観念だ。戦争当時は「国の為に戦う」「お国の為に死ぬ」というのが、今では想像できないほどのリアリティを持ってたんだと思う。リアリティというのは現実の一部だ。有史以来、地球上で戦争がなかった時代は一度もない。それもまた現実だ。

戦争とは何なのか? 焼け跡世代からのメッセージ〜養老孟司

「社会が戦争自体を完全に否定したため、参加した人々は何も語れなくなった」「言葉を尽くしても、伝わらないことがある、ということを理解していない日本人が増えてきた」(養老孟司)

8月8日、今日は立秋。暦の上では秋の始まりだ。「関東や東北南部の猛烈な暑さは少し和らぐ見込み」だそうだ。夏は帰り支度を始めた。

「どっちも 自分が正しいと思ってるよ。戦争なんてそんなもんだよ」(ドラえもん)

ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

【告知】

8/21(金)open19:30 start20:00
綾瀬 ライブカフェCHESS(03-5697-6770)
佐藤龍一ワンマン
¥2,500(1D付き)
足立区綾瀬4-1-11

8/22(土)open19:00 start19:30
国分寺 giee(042-326-0770)
出演:生田敬太郎・佐藤龍一 OA:逢阪リエ
¥2.500+1D
国分寺市本町2-3-9 三幸ビルB1

8/29(土)open19:00 start19:30
京成大久保 ワルツ(0474-72-4041)
習志野市泉町2-1-33
¥2,000(オーダー別)

miotron at 23:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!

2015年08月06日

「これは自衛の為の戦いだ」

夢を見た。伊豆のどこかの町で新日本のプロレス興行があり、俺と長州力が市場に作られた特設リングの上で対戦相手を待つが、なかなか来ない。やがて野菜を満載したトラックが到着。「インゲン、コノヤロー」「おいコラ、茄子、てめえ」「玉ネギだ〜?やんのか、このヤロー」と野菜を挑発している。

「よろしい。しずかにしろ。申しわたしだ。このなかで、いちばんえらくなくて、ばかで、めちゃくちゃで、てんでなっていなくて、あたまのつぶれたようなやつが、いちばんえらいのだ。」どんぐりは、しいんとしてしまいました。(どんぐりと山猫/宮沢賢治)

ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

戦争においてはどの国も「これは自衛の為の戦いだ」という。そして、どの国も相反する勢力を内に抱えている。外交は内政の延長であり、軍事は外交の延長である。状況について知ろうとするならば、複雑な事態を都合良く単純化して見ることをせず、その「複雑さ」を理解する必要があるだろう。これは正義と正義の衝突なのだ。

1945年8月6日午前8時15分、米爆撃機エノラ・ゲイ、広島上空にて核爆弾「リトルボーイ」を投下。8時16分、島病院(広島市細工町29-2)上空580mにて炸裂。

8時30分、呉鎮守府より大本営海軍部へ電話連絡「たった今、広島上空で大閃光と共に、キノコ型のとてつもない大きな雲ができた。遠い雷のような音を聞いた者もいる。様子が変だから、第二総軍司令部に電話したが応答がない。詳細は後から報告する」

11時30分、被害を免れたNHK原放送所より同盟通信社中村記者の手で岡山放送所に対し第一報が打たれる「6日午前8時16分頃、敵の大型機1機ないし2機、広島上空に飛来し、特殊爆弾を投下、広島市は全滅した。死者およそ17万人の損害を受けた」(芙蓉録)

「民間人に対する無差別爆撃」は国際法違反である。戦争犯罪である。戦勝国であるアメリカがこれを裁かれることはない。

日本人は原爆のことになると妙に自虐的になるように思う。まるで責任が自分たちにあるかのように。小野田少尉がフィリピンから帰国して「あやまちはくりかえしません」という文を見た時、「アメリカが書いたのか?」と尋ねたという。彼は戦後の日本の変節を知らない。

「過ちは繰り返しませぬから」の主語は何か。日本人かアメリカ人か世界人類か。碑文論争について調べてみた。広島市の公式見解は人類全体。だがアメリカは原爆投下を謝罪していない。中国は式典を欠席している。人類全体は今どこにいるのだろう。

長崎の爆心地。焼き場の前で、死んだ幼児を背負い直立不動で立つ裸足の少年。あまりに有名な写真だが、撮影者もまた被曝していた。2007年8月9日、ガンが全身に転移して亡くなった米従軍カメラマン、ジョー・オダネルが死ぬまで訴え続けた「反戦」について。

あなたはこの、『焼き場に立つ少年』の写真を見てもまだ、戦争はしょうがないと思いますか?(ウィンザー通信)

「1945年、あの原爆は、やはり間違っていた。
それは、100年経っても、間違いであり続ける。
絶対に間違っている、絶対に。
歴史はくり返すと言うが、くり返してはいけない歴史もあるはずだ」

ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

「ある戦争を眺めて、あなたが当事者でないのに“平和”を口にしたい衝動をおぼえ、そして、もし考察の結果、どちらかにたたねばならないと考えるのなら、誰かをそのことによって殺さねばならぬ決意をしなければならない」(開高健)

元ちとせ 『腰まで泥まみれ』



見事なアレンジ、見事な歌唱だと思う。「腰まで泥まみれ」は、アメリカン・モダンフォークの元祖のひとり、ピート・シガーの曲で、実際に起きた事件に基づいている。1969年に中川五郎さんが訳して歌った。俺も高校時代にカバーしてた。こうなって甦るとは思わなかった。時代が一周廻って歌に追いついたのかもしれない。自分も再びレパートリーに加えることにした。

ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

【告知】

8/21(金)open19:30 start20:00
綾瀬 ライブカフェCHESS(03-5697-6770)
佐藤龍一ワンマン
¥2,500(1D付き)
足立区綾瀬4-1-11

8/22(土)open19:00 start19:30
国分寺 giee(042-326-0770)
出演:生田敬太郎・佐藤龍一 OA:逢阪リエ
¥2.500+1D
国分寺市本町2-3-9 三幸ビルB1

8/29(土)open19:00 start19:30
京成大久保 ワルツ(0474-72-4041)
習志野市泉町2-1-33
¥2,000(オーダー別)

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2015年08月04日

僕の夏休み〜南伊豆ドライブ2015

残暑お見舞いざんしょ。←古式ゆかしいギャグで。

7月27日(月)

去年は「思い出のマーニー」を映画館で見た。北海道に行ったわけではないけど、夏休みの思い出になっている。一昨年は「風立ちぬ」を見た。軽井沢に行ったわけではないけど、夏休みの思い出になっている。

いただいたお菓子があまり綺麗だったもので。「涼清水」という和菓子。

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今晩はソーメン。

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一日クーラーなしで過ごしたが、夜になってたまらずクーラーをつけた。ベランダに出ると米粒の形をした金色の月が夜空にぶら下がっている。あそこから俺達の輝かしい未来が発芽するんだ、と夜が囁いた。君は全力で否定することだろう。世の中はいつも絶望の理由を探すのに忙しい。月がニヤリと笑った。

7月31日(金)

明日から南・西伊豆にドライブ&シュノーケリングに行く。もう30年ぐらいほぼ毎年通っている、松崎町石部♨の民宿を2泊予約した。行く場所はいつも同じなんだけどね。命の洗濯ってやつだ。

えーと、アロハ、海パン、着替え、水中眼鏡、シュノーケル、ダイビングシューズ、日焼けオイル、キンカン、あとなんだ?くー、むっちゃ盛り上がる。出発は明日の夜。

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8月1日(土)

クール宅急便などについてくる小さな保冷剤バックに、保冷剤と飲み物のベットボトルと濡れタオル(おしぼり)を入れて、ナップザックで持ち運ぶ。これで暑さの半分(当社比)は、しのげることがわかった。真似れ。

新宿で友人と合流して、渋谷から首都高速に乗り、海老名PAにて夕食。厚木あたりでで花火があがってる。夜のドライブは渋滞もなくノー・ストレス。沼津で東名を降りる。修善寺、下田を抜けて、12時頃には南伊豆中木に到着するか。ドライブのBGMは、東名高速でスガシカオ「クローバー」、一般道で忌野清志郎「夢助」、それから自分のアルバム「LOST&FOUND」を聴く。海に出たらレゲをかけよう。

天城峠の月。

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下田のコンビニで明日の朝食用のオニギリを買う。若い男に「この辺でクワガタ取れるとこ知りませんか?」と訊かれた。どこへ行っても、地元の人間に見られるのは何故だろう。

深夜12時過ぎに目的地の南伊豆、中木港に到着。朝になるとここからヒリゾ浜に渡し船が出る。駐車場はすでに7割方満杯だ。毎年人が増えているな。夜の海は凪いでいる。生暖かい潮風に抱かれて、朝まで眠ろう。

車の中で横になって、38年前に貧乏旅行してたときのことを思い出す。アフガニスタンのカブールでホテルの庭で寝た。当時、ホテルの外は物騒で、とても野宿はできない。ホテルの庭で寝たら半額って言われたのだ。樹の下で寝て、朝になったらシュラフの上にラズベリーの実が一杯乗ってて、それを集めて食べたっけ。

8月2日(日)

♪ 昨日は車の中で寝た〜。

朝5時半、駐車料金(1日千円)の回収で起こされる。駐車場はすでに満杯。昨夜のうちに来て正解だった。風がないので海は澄んでいる。もう少し寝ることにする。

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3時間ぐらいだけどよく眠れた。 ヒリゾ浜への渡し船はすでに数百人の行列で、歩いて行けるトガイ浜にやってきた。こちらは空いている。ブラジル人が何人かいた。

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ちょっと潜ってみる。 写真中央奥のあたりが珊瑚礁。魚がうようよいる。

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午前9時、渡し船でヒリゾ浜へ出発。手前が船首。

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ヒリゾ浜には3年連続で来ている。浜にはびっしりのテントが立ち並び、もはや秘境とは言えない。

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しかし、海の中は感動的だった。原色をちりばめた珊瑚の宝石箱と色とりどりの魚たちの出迎え。 水中が見せられないのは残念。中木のホームページ「中木へ行こうよ!!」にいくと
ヒリゾ浜の海中写真が見られる。

12時まで泳いだら、すっかり疲れてしまった。浜の右手奥、アフガニスタン帰りのおやじのいる、うくの店へ。今年もチキンカリーを食べる。

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午前中で体力使い果たしたので、中木をでて西伊豆方面に向かう。途中、キャンプ場の中にあるレストラン「しいの木やま」で休憩。窓から海が見える。

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ブルーベリー・チーズケーキと珈琲。

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西伊豆。松崎町雲見赤井浜の混浴露天風呂より、駿河湾を臨む。着替えようとしたら更衣室にカメラを抱えた中国人観光客の男女10人ほどが入ってきた。ここは更衣室だからと英語で説明する。彼らは、風呂に入るでもなく、泳ぐでもなく、写真を撮って帰っていった。この後、赤井浜に降りて、ひとしきり潜る。

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石部温泉の民宿にて。ちびまるこちゃんのお母さんに似たおかみさんが歓待してくれる。他に客はいないので貸し切り状態だ。毎年来ているので、食事もサービス、アワビの刺身がおまけだといってた。いただきます。

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伊豆は中国人観光客が目立つようになった。ヒリゾ浜では隣にテントを張っていた中国人の「ヨドバシ、ヨドバシ!」という声が耳に残った。観光地はみな同じ傾向にあるのかも。

8月3日(月)

7時半に眼が覚めて、源泉掛け流しのお風呂へ。背中が焼けているので水で薄めざるを得ない。8時朝食、その後昼寝。今日の予定はまだ決めていないが、どっかの海で潜る。連泊の醍醐味。

川の右手が民宿「山川」。川は海に続いている。石部温泉に初めて来たのは33年前。かっては30軒民宿があったが、今は7軒になってしまった。ここには中国人も来ない。のんびりしてるけど斜陽なんだ。

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民宿山川は野菜も手作り。梅干しを作ってるところ。

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トトロが立ってそうな石部のバス停。東海バスが走っている。西伊豆には鉄道がない。

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石部から岩地に向かう途中の海。この辺の海の色は本当に奇麗。

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自称、東洋のコートダジュール、岩地の海岸。白い砂浜とエメラルドグリーンの海、オレンジ色の煉瓦の屋根がキャッチフレーズの由来。これから泳ぐ。

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岩地港。舟の下に海の底が透けて見える。

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岩地海岸の左手に港、その先に駐車場があって、さらに奥に行くと洞窟がある。洞窟は海の上にかかっていて、脇に歩道が造られている。中から入り口を振り返ったところ。

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洞窟を抜けると海。

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洞窟を出たところ。この海の色は今回一番奇麗だった。ここで潜ってみる。

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ソラスズメダイの魚影。 小さいのは濃い青、大きくなるとコバルトブルーから緑がかった青に変化する。西伊豆、南伊豆には沢山いる。

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お昼で泳ぎを撤収して、昼食を食べに松崎町へ。ギャラリー喫茶、侘助でトーストと珈琲。ここも毎年立ち寄る店だ。

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絵になる店内はここのママのセンスをうかがわせる。BGMはクラシック。窓の外は川。去年知ったのだが、山川のおかみと侘助のママは幼友達だという。

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本日の夕食。なけなしのジョニーのくせにゴージャスな人生で、どうも申し訳ありませんでした。いただきマンモス。

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8月4日(火)

帰り道、松崎の手前ですげー綺麗な入江を見つけちゃったでござる。来年また来よう。さらば西伊豆。

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堂ガ島。

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帰りも渋滞することなく、無事東京に到着。荻窪で友人と別れる。3泊4日のゴージャスなバカンスだった。トガイ浜、ヒリゾ浜、雲見赤井浜、岩地海岸で泳いだ。ヒリゾの珊瑚礁の宝石箱をひっくり返したような景色は目に焼き付いている。午前中泳ぐと午後はぐったりで、体力の衰えを感じた。暑中お見舞い申し上げます。

こちらは去年の伊豆旅行の記録。行く所は毎年大体同じなのだが。去年の夏はこのあと福島にも行った。

ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

「コパカバーナ」
歌と日本語詞:佐藤龍一(2015.7.25 水戸ボージャングルス)



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2015年07月25日

水戸遠征・ボージャングルスのブルーステロリスト

7月25日(土)

今日は父の93歳の誕生日。姉と3人で鰻重を食べに来た。長生きしてください。

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この日は3時間電車に乗って、初めての水戸遠征。ボージャングルスに愛のブルーステロリスト参上。リハーサル終わって7時半からライブ。

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ボージャングルス、ライブ始まりました。会場は野郎で一杯。オープニングアクト1組目はプラグレシオ。「キャバ嬢には旦那がいた」という内容の歌を歌っています。イェイ。

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OA2組目は勢理客ブラザースで、アコギとボーカルの兄弟バンド。3組目はマスターの加藤さんのバンド。俺の出番は9時をまわった頃だった。お店にぎっしりのお客さんで、全18曲、気分よくやらせていただきました。一曲目はおなじみ「なけなしのジョニー」。



「おいらのブルースは眼には見えない」



「愛の歌は終らない」



「還らざる河」



水戸ボージャングルスのライブ、大盛況のうちに終了しました。共演者やお客さんたちと打ち上げ。水戸の皆さんありがとう、来年またお会いしましょう。

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お客さんに水戸プリンスホテルまで送っていただいて、チェックイン。翌日、朝食のホテル・バイキングに納豆が3種類あって、さすが水戸。

この日のライブは「夏休みプレゼント企画」として、後日、一日一曲ずつyoutubeにアップした。上に貼った4曲がそれ。

【告知】

8/21(金)open19:30 start20:00
綾瀬 ライブカフェCHESS(03-5697-6770)
佐藤龍一ワンマン
¥2,500(1D付き)
足立区綾瀬4-1-11

8/22(土)open19:00 start19:30
国分寺 giee(042-326-0770)
出演:生田敬太郎・佐藤龍一 OA:逢阪リエ
¥2.500+1D
国分寺市本町2-3-9 三幸ビルB1

8/29(土)open19:00 start19:30
京成大久保 ワルツ(0474-72-4041)
習志野市泉町2-1-33
¥2,000(オーダー別)

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2015年07月24日

思えば遠くにアナコンダ

毎日おあ2ございます。今日は8月11日。ブログ、すっかりご無沙汰していたので、さかのぼって書いております。タイトルには別に意味はありません。さーせん。

夏には夏の歌があるよね。真夏に「北風ビュービュー」なんて歌ってもリアリティないわけで。これは、バリー・マニロウの1978のヒット曲で「コパカバーナ」。キューバ、ハバナのクラブ「コパカバーナ」を舞台に踊り子ローラとバーテンダーのトニー、二人の悲恋の物語。そこに割り込んだ男、フロアに鳴り響く銃声、撃たれたのは誰?

何年か前に自分で訳詞したものだが、最近気に入ってよく演奏している。昔のポップスには1番、2番、3番と小説のように物語が展開してゆくものがあって、最近の散文化したJPOPにはない良さがある。7月16日の池袋サニースポットでのライブから。



「コパカバーナ」の日本語詩はこちら。(佐藤龍一・訳詩集) 9曲目です。

ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

7月21日(火)

「ENOUGH」と網膜に文字が出て目が覚めた。睡眠5時間。暑さが眠りを削る。左腕は慢性的に痺れている。俺がレプリカントだったとしても、秋葉原で高級な左腕を買うほどの持ち合わせはない。左腕はギタリストの命だ。思い出再生器にまつわる夢を見た。オプションで相手を替えられる機能があった。

2007年4月より先月まで、96回連続のマンスリーコンサートを続けてきた地元船橋のライブバー、サウサリートが今月一杯で閉店することになった。100回目前での投了は残念だけど、友人のマスター伊藤氏には自分の再スタートの足場を提供してもらい感謝している。ありがとう、サウサリート。サウサリートが閉店しちゃってしょぼんだったけど、同じ地元の京成大久保ワルツで8/29、勝田台ひみつきちで9/26にワンマンやることになった。京成沿線多いが別に落花生の行商しているわけじゃないよ。

名古屋には来ないんですかという問い合わせを3件いただいた。呼んでくれるなら行きたいけど、こちらからブッキングするのは簡単ではない。人集めてみます、と言ってくれた方がいたので、名古屋、行けるかもしれない。向かうところ客なしの俺ではあるが、出してくれる店と、多少のお客さんがいれば、どこへでも。

昼飯食って、お茶を飲んだら、汗がどどっと吹き出して(♪吹き出して〜)
シャワーを浴びて、掃除をしたら、、汗がどどっと吹き出して(♪吹き出して〜)
口座残高確認したら、汗がスーッと引きまして
ア!チ!チ! エビバデセイ、ア!チ!チ!
東京地方最高36度の予報出てます。

ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

7月24日(金)

別に千葉県民、関係ないじゃんw

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この日は、京成市川真間のアルマナックハウスでライブ。オープニングアクトは逢坂リエさん。

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ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

宍戸錠が、腕にアヒルを抱えてバーに入ってくる。
バーテンダーの小林旭が「やぁ、どこで見つけたんだい?その豚」
宍戸錠「こいつは豚じゃねえ、アヒルだ」
小林旭「俺はそのアヒルに訊いたんだ」
(RT @galshocker)

【告知】

8/21(金)open19:30 start20:00
綾瀬 ライブカフェCHESS(03-5697-6770)
佐藤龍一ワンマン
¥2,500(1D付き)
足立区綾瀬4-1-11

8/22(土)open19:00 start19:30
国分寺 giee(042-326-0770)
出演:生田敬太郎・佐藤龍一 OA:逢阪リエ
¥2.500+1D
国分寺市本町2-3-9 三幸ビルB1

8/29(土)open19:00 start19:30
京成大久保 ワルツ(0474-72-4041)
習志野市泉町2-1-33
¥2,000(オーダー別)

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2015年07月20日

Char Rock Free Concert 観戦リポート

Char Rock Free Concert
2015.7.19 Sun 日比谷野外大音楽堂

Charが日比谷野音でフリーコンサートをやる。当日の2日前に突如発表された謎のイベント。facebookで偶然情報を見つけ、行ってみることにした。

朝9:40、日比谷公園着。野音入り口から数百m続く列の最後尾に並ぶ。既に2〜3千人は並んでいるように見える。切符配布は10時から先着順3千人。太陽ギラギラ燃えている。

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10:30、なんとか切符もらえた。15時開場、16時開演。Char以外、誰が出るか、何をやるか全くわからないフリーコンサート。楽しみだ。

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有楽町ガード下のまんぷく食堂で昼食を済ませ、ドトールへ。アタマぼーっとして、珈琲注文するのに「ブロンドのS、ひとつ」と言ってしまった。お前、何買いに来たんだよw

日比谷公園を散策。蝉が鳴く。鳥が鳴く。時間が止まる。

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15:00、野音ゲート前。爆音でリハーサルだだ漏れ中。ブルースブギが聞こえる。ごきげんな演奏。逝ってしまったブルースマン達も空から見てることだろう。受付ではなんと、まだチケット配布中だった。朝7時から並んでた人もいたが。

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15:20、野音入場。俺がもらった席はCブロック4列96番。やや後方のステージ右手。前まで行ってみる。アリーナに招待席、その前に取材陣。横断幕には「ROCK FREE」と書いてある。ステージにはギターアンプらしきもの4セット。ベースアンプ、さらに横向きのマーシャルがもう一台。右奥にハモンド。ギターがズラリと並んでいる。さて、誰が出てくるんでしょうか。

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15:55、開演5分前。席もだいぶ埋まってきた。満員になりそうだ。空も雲って少し涼しくなった。ボブマーリーがかかっている。ビデオ撮影しているようだけど、もしかして後日DVD販売とかあるのかな?

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大歓声の中Char登場。「本日はみなさま、タダより怖いものはないというのを見してあげます」

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写真撮影を止められた為、ここからは写真なし。一曲目はHold On I'm Comingで始まり、佐橋選手とCharのツインリードで2曲。バンドはDr、Bass、Keyboardの3人。あとは全部ギタリストだ。3曲目で佐橋選手に替わり、ニューオリンズから山岸潤史登場。熱いパフォーマンスを披露。

日も翳って、少し涼しくなる。雨、降りそうで降らない。途中パラついたが、熱気に押されたのか、降らずじまい。

3人目のゲストは、SG抱えて出てきた13歳の宮本アキラ君、小学生かと思ったが、めっちゃうまい。左利きでガンガン弾きまくる。

4人目は山岸竜之介。彼も若い。早弾きと泣きのブルースで会場を沸かせる。4人x2曲ずつ、8曲終わって、佐橋、山岸潤史、アキラ君も再登場、クロスロードを4ギターで演奏して一部終了、30分休憩。

Charフリーコンサート、スゲー面白い。特に若い二人(竜之介、アキラ)が素晴らしい。会場には40、50代のギターキッズが多く、ショックを受けてる様子(笑)Charは歌もギターもやるけど、ホストに徹してる感じ。

後半最初のゲストはムッシュかまやつ。スタインバーガー抱えてノーノーボーイなど2曲歌う。ムッシュ、さすがに声の高域は出ないっぽいけど、気持ちの若さとキャリアの人間国宝感で、みんなを楽しませる。

Charの息子、JESSE登場。すごい迫力でシャウト。Charと二人で歌う。金子マリ、コーラスで客演。「石田長生にハッピネス」のコール。コンサート後半はCharが締める。

長いアンコールの拍手の後、出演者全員登場して、ジャンビング・ジャック・フラッシュ。客席も大合唱。

Char「来年もまたやるから。よろしく」

ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

【帰宅後の感想】

Char Rock Free、オールスタンディング状態で、疲れたけど楽しませてもらった。Charがプレゼントしてくれたギターキッズ垂涎の一日。クラプトンのクロスロード・フェスを連想したよ。あと、Char、歌上手くなったね。ギターは勿論、声がパワフルだった。格好よかったわ。

無料の上、スポンサーらしきものもどこにもないので、Char(Ziccaレーベル)が自腹切ったのではないかと推測する。出演者全員ノーギャラだとしても、会場費、音響、照明、スタッフの手当など百万円単位の金がかかっているのではないか。男前過ぎる。

チケットは先着3千名で朝早くから並んだ人もいたようだったが、3時過ぎまで残っていた。開演時(4時)にはほぼ満席になっていたので、希望者はほとんど入れたのではないか。席は先着順ではなくランダムに配られ、2名、3名の同伴者は連番が与えられた。

行こうと思って無理かなと諦めた人は悔しい思いをしただろう。駄目元で突撃した人はラッキーな思いをしただろう。リスクを負って動かなければ、何も手に入らない。Charが示したメタ・メッセージを感じる。ここに来いよ。ロック、やろうぜ。金なんかいらねーよ。

熊本から来た13歳のアキラ君は左利き。大人顔負けのギタリストだが、さすがにタメはなく、突っ込みまくってた。それでも会場を唖然とさせた。山岸竜之介君は15歳。6歳ぐらいの時に「さんまのスーパーからくりテレビ」に出てたのを憶えている。今や一流ギタリストだ。背中でギターを弾いたり、やんちゃな面も見せていた。

charが「おばちゃん」と呼ぶ巨匠、山岸潤史の、意図的にスケールアウトするギターソロは相変わらず凄い。ファンキーなカッティングも相変わらず。ギタリストの見せ場ばかりの、幸福な一日であった。

JESSEが言った。「おやじありがとう。ROCK FREE。ロック自由だぜ」
___________________________

【追想】

初めてCharと会ったのは、新宿御苑のエレックレコードの地下のスタジオだった。Charは18歳で、やんちゃで生意気で天才的にギターが上手かった。当時のバンド、スモーキー・メディスンは幻で終ったが、Charはアイドルデビューして瞬く間にスターになった。それから40数年が経った。Charは日本のロックシーンにおけるエリッククラプトンみたいな存在になったのではないかと思う。色んな意味で似てる。性格は正反対だが。

開演直後に空が曇り出し「雨が降るぞ。お前ら感電して1/3ぐらいは死ぬからな」という、自称雨男Charの言葉と共に始まった野外コンサート。パラパラと雨が降り出すと客席から大歓声があがった。雨はすぐに上がったが、土砂降りになってもみんなそこにいただろう。新国立競技場、音楽の為の開閉式屋根に数百億?馬鹿な話だ。室内楽は室内でやればいい。

【ライブ告知】

7/24(金)open19:00 start19:30
市川 アルマナックハウス(047-323-7271)
出演:佐藤龍一 OA(オープニングアクト)逢坂リエ
千葉県市川市新田5−5−27田中ビル2F
京成市川真間駅前
¥1,500+オーダー

7/25(土)open18:30 start 19:30
水戸 ボージャングルス(029-221-1808)
佐藤龍一ワンマン OA:プラグレシオ・勢理客兄弟
茨城県水戸市新荘1−2−11
¥2,000+1ドリンク

7/31(金)船橋 SAUSALITOは、店の都合で中止になりました。
その他スケジュール詳細→ 佐藤龍一Official Website

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