2018年10月02日

人生のリスク?

人生のリスクを、マネーと言う視点から考える内容の文をたまたまネットで拾い読みしていたとき、「要介護になってしまう、あるいはそれ以上に長生きしてしまうといったリスクも当然あります。」と言う部分に、思わず目が留まった。
いくらマネーの視点としても、やっぱり「長生きしてしまうといったリスク」なんだろうか。

一昨年くらい前から、私の周囲ではご出産ブームが続いていてる。最近では、もう還暦の友人に初めてのお子さまが生まれる予定だ。「俺がもうすぐ介護なのにさぁー」と自嘲ぎみに言う彼に、むしろ私は希望のようなものを感じる。

人は言うだろうな、その年齢で責任取れるのか、って。あぁ、この「責任」ってどこからやってくるのだろう? 確かに、親は子を扶養する義務がある。前提とするのは経済力だろうし、それを保証するのは仕事であり、さらには健康であることも必要だ。

私たちがついつい忘れてしまうのは、私たちの将来を支えているのは、私たちの知らない次の世代の子供たちだ。ここで、国とか納税の話しをしてもいいが、その視点で語ると理性的ではあるが、物寂しい話しになる。

簡単に言えば、老人だけの社会なんて、自然状態から考えても寂しいばかりじゃないか。

そんな将来の老人たちの孤独を回避するため、世の中を明るくするため、若い世代は確かに誰にでも必要なのだ。そんな社会を担う彼の子がスクスク育っていくために、彼だけの責任に押しつけていいものだろうか。そうじゃないと思う。

人は、結婚するもしないも、子供を作るも作らないも、自由だ。誰を結婚相手にするか、も自由だ。ただ、既婚者も未婚者も、お子さまがあるご夫婦も作らない選択をしたご夫婦も、ゲイカップルもビアンカップルも、この社会に生きる大人は、この社会に生まれてきた子供たちに、等しく飯を食わせる義務があるんじゃないか、と言うのが、昔からの私の持論だ。

「だから、税金を払っているんじゃないか!」とお叱りを受けそうだが、税金の使い方が悪い感じで、子供の貧困格差はどんどん開いていく。相対的な貧困と思っていたが、絶対的な貧困に置かれてる子供たちもいる。「使い方が悪いのは、私のせいじゃない」と言うのは、確かだが、この社会がそうである責任の一端は、いい歳をした私たち大人にもある。

本当の「長生きしてしまうといったリスク」と言うのは、老後の資金がないと言う以上に、子供がいない、若い世代がいない社会の到来だと思うのは、間違いかな?

母子家庭だろうが父子家庭だろうが、高齢出産だろうが、ゲイやビアンのカップルだろうが、子供を育てる環境をもっと整えて行かなくちゃならないのは、当たり前じゃないかな、と思う。そこを解決していかなくちゃならんよ、と言うことを、もうすぐ還暦の彼の存在が語っている。

あぁ、自分の非力が悲しいが、彼に「Baby Shower」※のお祝いを渡すとともに、先日、子供に飯を食わせるって言うNPOに寄付してみました、、。

※一般的に、日本では出産前にお祝いを渡すのは失礼とされてます。出産を急がしているとか、死産だったら最低のお祝いになるとか、ごもっともな理由からです。一方、米国では「Baby Shower」と称し、先にお祝い(現金は渡さない習慣)などを渡します。生まれる前に準備はするだろう、と言う合理性が理由です。場所によって、文化によって違いますね。
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mira69 at 20:32│-Cmt-(0)"結婚の自由" | "Love"

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Club Deep Blue 主宰

Shinobu

生きづらい世の中にあって、性と言う根源的欲求の本質を見つめながら、人間関係、純愛、婚外恋愛、規格外恋愛、法律婚、事実婚などの結婚制度、セフレからリフレな関係やセクシュアリティのダイバシティーなど、愛と性と制度の間で囚われて揺れる心の自由を徒然に語る。

工藤 忍
Shinobu KUDO
男性、東京在住、年齢相応
小さい会社の一番エラい人
Club Deep Blue 主宰
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Sexualityの多種多様、愛と性の狭間に揺れる心と身体の自由を語る。
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