2018年12月04日

高潔の踊り子 - ストリップ考 -

2018年12月2日(日)に浅草ロック座の演目「TEARS」を、女性2名、男性2名のグループで観に行った。

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「私、隣に知らないおじさんが座るのは避けたい!」と言う女性の至極ごもっともな心配に、私を含む男性2名で対処する作戦。実際、入場してみると、やっぱり、様々な年齢のおじさんたちが沢山いて、一部の若者男子、そして、ちらほら見える私たちの様なカップルの他、女性2人で来てる方も2組ほどいた。

予約不可の上、入れ替え制ではないので、入れるかどうかも不安だったが、中央ステージの正面、前から2列目の4人シートに3人が左端から女女男と座り、その横には他の男性が陣取っていたので、私はその後ろの3列目の中央に一人で座った。

最も良い席じゃないか、と思ったが、通はもう少し前の袖に近い方に座るのだそうだ。

何故、今日ここに来ることになったのかは、私が、2018年10月2日(火)22時45分からNHK放映された「裸に泣く」(25分)と言うドキュメンタリーを観たのがきっかけ。( https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2018092179SA000/ ) その番組に描かれていたのは踊り子さんたちであったが、その晴れやかなステージを観て泣く女子たちの存在、心境が気になって、俄然興味が湧いて来てしまったからだ。

The Sound of Musicの「Do-re-mi」の歌に合わせ、9人の踊り子さんが全員出演して華々しく始まるミュージカル風の踊り、、、「一体何が、、」と言う驚きを感じた私は、きっと古いイメージをストリップに持っていたのだろう。このノリで脱ぐの?

踊り子さんが脱ぐ時は、それぞれ基本的にピンで踊る。その前に必ず、踊り子さんたちが選んだだろうテーマやテーマソングに沿った踊りやパフォーマンスが5-10分弱程度ある。それは、ひとりでするものもあれば、他の踊り子さんと組んで演じることもある。私が気に入ったのは、「銀河鉄道の夜」(宮沢賢治)の少年ジョバンニと友人カムパネルラを演じた二人組のものだ。

事情通によれば、「この演目は、踊り子さんたちが自分たちで決めて、自分で踊りも演出もしているはず」とのこと。そして、多くの踊り子さんたちは、この「浅草ロック座」で踊ることを目指しているとのことだ。

昔は白黒ショー(舞台で本番行為)や舞台脇での抜きのサービスなどもあったストリップ小屋であったが、今、彼女たちの踊りを観て、泣く女子がいるのは、本当なのだろうか、、と、思っていた私は、まんまと泣かされてしまった。この演目の求めてる通りのDROP TEARSが起きてしまったのだ。(少しだけどね、不意に)

キラキラ光る美しい踊り子さんの舞台を観ながら、何を私は泣いてるんだろう、と考えていた。

想像していたより、ずっと過酷な踊りだ。身体も柔らかくないと難しい。高々とあげる御御足は眼福の極みだが、それだけで泣くわけではない。だったら、夏場のミニスカートのお姉さん達を観賞するたびに泣かなくてはならない。

その踊りの、目に見えない背中から指先まで情熱の行き届いた完成度の高さに、全くの迷いを感じない。彼女たちのその姿勢が感じ取れ、潔さを通り越して高潔ささえ感じ取れる。だから、踊りのクライマックスで全裸になったとき、とても綺麗に見えるのだろう。性的な関心とは真逆のインパクトがあるカタルシスだ。女神のように見える。泣けてくるはずだ。

※カタルシス:「浄化」舞台の上の出来事を見ることによってひきおこされる情緒の経験が、日ごろ心の中に鬱積している同種の情緒を解放し、それにより快感を得ること。
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mira69 at 05:12│-Cmt-(0)"Love" | "Sex"

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Club Deep Blue 主宰

Shinobu

生きづらい世の中にあって、性と言う根源的欲求の本質を見つめながら、人間関係、純愛、婚外恋愛、規格外恋愛、法律婚、事実婚などの結婚制度、セフレからリフレな関係やセクシュアリティのダイバシティーなど、愛と性と制度の間で囚われて揺れる心の自由を徒然に語る。

工藤 忍
Shinobu KUDO
男性、東京在住、年齢相応
小さい会社の一番エラい人
Club Deep Blue 主宰
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