2005年

この年は丁度1年前の同じ日の記事で「復活」の年と目標を掲げた

しかし、この1年を振り返る意味で絶対忘れてはいけない出来事がある

それは母の「癌」との闘病生活 年の途中からカテゴリーにした

母への想い。。。

最期までこの記事を書きながら2005年を終え、2006年を迎えると想っていた

しかし、母は12月15日に家族全員に見守られて静かに息を引き取りました。

この日の皆様からのコメントの数、どんなにお礼しても足りないくらい嬉しかったです。

本当に本当に・・・どれだけ勇気づけられ、母も喜んだことでしょう。

自分は、昨日、ゆっくり今年の記事を振り返った時に

母に対して何もしてやれなかった

・・・と・・悔やんで涙しました・・・

それなら、これから俺が出来ることはなにか・・・・

母が自分の死期を悟り始めた頃、病院で一緒に泊まった時に、

みらいの手を握りながら、涙を流しながら・・・残してくれた言葉・・・・

「お父さんとお姉ちゃんを頼むよ・・・」

この言葉を言った母の姿・・・今でもこの先もずっと忘れません。

その時に、、病院を紹介してくれた先生から言われた言葉。

母はその言葉をずっと想いながら生きていたと明かしてくれた・・・

「親の生き様を子供に最期までみしてやるんだぞっ」

と言われて、、頑張ってきた母・・・

しかし、ホスピスに入った頃から、

「もう・・・それをみせるのも難しいかも」

と・・・ポツリッと俺に言っていた・・・・

しかし、、自分は最期まで母の強さを覚えています。。

お母さんは父に弱い面はみせたけど。

子供の前ではいつも強かった・・・・

そんな母の事、尊敬しています。

母は「癌」には負けなかったと想ってます。

来年、2006年は自分にとって今年以上に辛い出来事が待ってるかもしれない。。

でも、、母の姿と言葉とあの時間を思い出せばなんでも乗り越えられるはず。

こうやって、書きながらも涙をこらえきれずに泣いてしまっていて、まだまだ、
駄目な自分ですが、駄目になりそうになったときはこの言葉を思い出します

そして、、それと同時に2005年は、沢山の人と出会い、優しさをもらい、支えられてきました。

まずは、

高校時代からの同級生や地元の友達。

1月にフットサルチーム(FCフライハイト)に加入しそこで出会ったキャプテンをはじめとするメンバーの皆様。

そして、阪神タイガースを応援することによってBLOGを通して出会えた皆様。

BLOGやウイニングイレブンのネット対戦を通して出会えた皆様。

最期に今までまったくJリーグの試合会場に脚を運ばなかった自分が

玉田圭司柏レイソル

を通じて出会えた柏レイソルのサポーターの皆様。

本当に、本当に多くの人に出会え支えられました。

実際にお逢い出来なくても、いつもBLOGを読んでくれた皆様。

 

今年、出会えた人たちは母が残してくれた

大切な仲間です

1月からずっと書き続けていた

母への想い

の記事は今日を最期にしたいと想います。

胸の中に母は生き続けています。

来年、頑張れるよう・・・いつまでもくよくよせずに母の言葉を胸にしまって・・・。

そりゃ・・くじけてつまずくかもしれないけど・・・そんなときは2005年を思い出して・・・

・・・上手くかけないな・・・(>_<")

今年1年、、母・父・姉・そしてみらいを応援してくださった皆様、

本当にありがとうございました。

2006年はすべてにおいて飛躍の年

ここを読んでくれる人もすべての人が良い年になることを祈っております。

でわ・・・

良いお年を〜〜〜