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(*写真は、濱口竜介『PASSION』より)

濱口監督の映画について、木村建哉さんにご寄稿いただきました。

濱口監督は、大学生のとき、木村さんの自主ゼミに参加して、映画を学んだと、インタビューで仰っています。

(*こちらのインタビューを参照。http://eigageijutsu.com/article/97397354.html


木村さんの文章は、濱口作品をまだご覧になっていない方にも、最良の案内となっております。

「どんな映画なの?」と気になっている方、必読です。

また、今回初上映となる『永遠に君を愛す』についても、触れていただいております。

どうぞ、お読み下さい。


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濱口竜介上映作品の見所


濱口竜介の作品を学生映画時代の実質的な初監督作品である『映画を見に行く』(2001年)以来見てきて、その映画作家としての生成過程に立ち会ってきた経験から、今回上映される濱口竜介監督作品についてその見所と魅力を紹介し、この貴重な機会に上映機会の少ない作品を見逃さないようにと、多くの方々に対して扇動を企てたい。

『PASSION』については、劇場未公開であるにもかかわらず、2008年の東京フィルメックスのコンペ部門への出品や海外の映画祭への招待、そして『映画芸術』での2008年の日本映画のベスト5への選出等々ですでに伝説的な作品となっているので、これについては万一見逃している人はとにかく必見であるとのみ述べておけば十分だろう。一部に強い拒絶反応もあるようなのだが、それはむしろ作品の持つ圧倒的な力の裏返しであるというべきではなかろうか。言ってみれば、『PASSION』は、幸福に映画を愛し続けたい人々のための作品である以上に、骨まで映画に魅了されずにはいられない人々(そして映画に喰い殺されてしまいかねない人々)のための作品なのだ。

大学の映研時代に制作された『何食わぬ顔』は、すでに男女の三角関係と裏切りのテーマを扱い、また長回しの1ショットの内に展開される信じられない長ゼリフならざる長ゼリフ(それがどのようなものであるかはまさに見てのお楽しみである)によって、はるかに『PASSION』を予告し、また見ようによっては『PASSION』の登場人物たちの学生時代の姿を描いているとも言えよう。実は今回上映されるヴァージョンは、オリジナルヴァージョンの中の映画内映画の部分のみを独立させたものであり、100分ほどあるオリジナルヴァージョンでは、この映画内映画の撮影と完成・公開をめぐる騒動と顛末が語られており、濱口自身が演じる学生映画の監督による、上映会前のスピーチのシーンがとりわけ感動的で、別の機会にはこの幻のオリジナルヴァージョンも上映の機会を得ることを願ってやまないのだが、今回のヴァージョンは単なる短縮版ではなく、映画内映画のみを取り出すことによって凝縮度と緊張感は格段に増しており、濱口の選択はそれ自体として肯定されるべきであろう。濱口の資質がすでに表れている実質的なデビュー作にして人を喰った傑作『映画を見に行く』が、とある事情から公開の場での上映が難しいため、この『何食わぬ顔』(ニューヴァージョン)は、現在のところ濱口の出発点にもっとも近づける作品としても必見なのだが、学生が作っているという設定の映画内映画が、そうした設定から切り離された上で、言わば言い訳を排除した形の単体として示しうる強度と魅力は、まさにそこにこそこの作品を見る意味、いやむしろ喜びがあるのだという断定へと人を誘い込まずにはおかない。

『はじまり』は、中学生の男女3人を登場人物としつつ、ここでも三角関係と裏切りがやはりテーマとなっており、しかもその三角関係(とその意外な中心)が思わぬ形で露呈する脚本の妙と、「子供」の瑞々しい演技とのギャップが、爽やかにして残酷であり、見るものを唖然とさせずにはおかないだろう。ここでは長回しと長ゼリフがはっきりと意志的・方法論的に選択されており、その意味でこれは濱口の決定的な飛躍を示す重要な作品でもある。

『Friend of the Night』は、『何食わぬ顔』でも好演していたミュージシャン岡本英之の、まさに何食わぬ顔が絶妙の効果を上げる作品である。他人の話を聞くだけの何も表情を作っていない顔の魅力がこれだけ引き出されることに、思わずカサヴェテス監督作品のジーナ・ローランズやカサヴェテス自身を想起するのは私だけだろうか。ここでも、男女の恋愛の複雑さがテーマとして浮上するのだが、その瞬間の演出の見事さは、一度見たら決して忘れられないものである。

壊れた脚本を壊れたままに撮ったという呪われた怪作『記憶の香り』は、河井青葉との初のコラボレーションという点でも注目に値するが、現実と記憶や幻想の境界の消失の仕方という点では鈴木清順の『ツィゴイネルワイゼン』(1980年)や『陽炎座』(1981年)を想起させ、濱口と脚本の小林美香とを通じてカサヴェテスと田中陽造の奇跡のコラボレーションが生じているかもしれないという点でさらに注目すべきであろう。

そして今回の上映の目玉となる、初上映の『永遠に君を愛す』である。河井青葉、岡部尚という『PASSION』のキャストが出演しながら、『PASSION』とは全く異なる演出の方法論を用いており、濱口のより先に進もうとする強い意欲を感じさせる作品である。と同時に、物語の流れを切断するように挿入される、おそらくはヒロインの結婚相手の友人達で結婚式の余興の準備をしているミュージシャン達の演奏シーン(その中心にいるのがまたしても岡本英之であり、その個性的な存在感は、プロの役者たちとは全く違う仕方で、相変わらず圧倒的に素晴らしい)は、ゴダールの『ワン・プラス・ワン』(1968年)や『カルメンという名の女』(1983年)を想起させ、ここでも、濱口の新たな展開への期待は高まる。

今回のプログラムは、数本の作品が除外されているとはいえ、濱口竜介のフィルモグラフィーをたどる上で最上に近いものであり(『SOLARIS』[2007年]がおそらくは権利関係の問題から今回上映されないのは特に残念ではあるが、これは別にまた見られる機会があろうし、このことは決して致命的ではない)、それは、濱口における男女の三角関係、あるいは恋愛の複雑さと残酷さのテーマの一貫性を浮かび上がらせるものとなるであろうが、この一貫性は、物語にのみ関わる選択では決してなく、役者の感情の動きをその微細な表情の変化の内に生々しく捉えることを何よりも重視する濱口の志向の必然的な結果であるだろう。しかし、この一貫性は決してこわばりを意味するものではなく、絶えざる方法論上の探求を伴うしなやかにして強靱な持続であることもまた今回の上映から見て取ることができよう。映画作家濱口竜介の生成をたどりつつ、その未来を遙かに展望しあるいは夢想するまたとない機会を決して逃してはならない。

木村建哉(きむら・たつや)
映画学。成城大学専任講師。

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濱口竜介監督の映画は、1月29日(金)に上映いたします。
http://www.mirai-kyosho.kitanaka-school.net/program/index.html

濱口竜介(はまぐち・りゅうすけ)
1978年生れ。東京大学在学中より自主映画の製作を始める。卒業後、自作の制作と並行して映画やTV番組の助監督を務める。東京藝術大学大学院映像研究科(映画専攻・監督領域2期生)の修了作品として長編『PASSION』を監督。サンセバスチャン国際映画祭、東京フィルメックスなどに出品され、大きな話題となる。本特集では最新作『永遠に君を愛す』を本邦初上映。

上映作品は、『何食わぬ顔』(2002-03年)、『はじまり』(2005年)、『Friend of the Night』(2005年)、『記憶の香り』(2006年)、『PASSION』(2008年)、『永遠に君を愛す』(2009年)です。
http://www.mirai-kyosho.kitanaka-school.net/films/taki.html