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(*写真は、濱口竜介『PASSION』より)

濱口竜介監督『PASSION』について、若き自主映画作家・松井一生さんより、ご寄稿いただきました。

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濱口竜介『PASSION』について

30代を目前に控えた数人の男女の関係が、ある一夜を経て徐々に変容していく……。このような粗筋だけ聞けば、おのずと「セックス」を連想してしまうのは私だけだろうか。嬉しいことに、その安易な予測はものの数秒で裏切られる。まずこの眼に飛び込んできたのは、どこか倦怠感を纏った街、ガスタンク、そしてそれらを見下ろす丘で乾いた土を掘り起こす男、墓標の前で手を合わせる黒服の女の姿である。ここに性的な空気は一切漂っていない。しかし、どうだろう。女が男の持つスコップを譲り受けようとし、それを遠慮されると、じゃあその代わりにと言わんばかりに、男のズボンに付いた砂埃を払い除けてやる。この瞬間、密封されていた性の香りが一気に放出され、画面の隅々までを支配する。本作『PASSION』の魅力と監督・濱口竜介の見事な演出力を語るなら、もうこれだけで十分である。濱口竜介は引き続き、セックスそのものの描写を恥じらうように避け、それでいて順々に登場する男女の組がそれぞれ間違いなく肉体関係を持っているのだろうと信じ込める絶妙な距離感を臆面もなく提示していく。

だが、それだけでは終わらない。緻密なショット構成の合間に突然、異質な何かが絡んでくるのを感じたら、そこからが真の始まりだ。挙句の果てには、これまでを無に帰すように、“愛”の営みからかけ離れた“暴力”が頻発する。しかも濱口竜介は、その二者——“愛”と“暴力”——すら、すでにどこかで契を交わしていたことを明確にしてしまうのだ。

己の映画がいつどうなろうが、それが己の選択ならば何も問題はないという清々しい身勝手さを、監督・濱口竜介は(幸運にも)持ち合わせている。いや、もうこのさい彼を「映画作家」と呼ぼう。その冷静な狂人の眼差しを我々はスクリーンを介し体感し、身震いすることだろう。

松井一生(まつい・いっせい)
1987年生まれ。慶應義塾大学文学部在学中。卒業後も、引き続き自主映画制作に携わる予定。

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濱口竜介『PASSION』は、1月29日(金)14時より、上映いたします。
その他の上映作品は、『何食わぬ顔』(2002-03年)、『はじまり』(2005年)、『Friend of the Night』(2005年)、『記憶の香り』(2006年)、そして今回初上映となる『永遠に君を愛す』(2009年)です。
http://www.mirai-kyosho.kitanaka-school.net/program/index.html

濱口竜介(はまぐち・りゅうすけ)
1978年生れ。東京大学在学中より自主映画の製作を始める。卒業後、自作の制作と並行して映画やTV番組の助監督を務める。東京藝術大学大学院映像研究科(映画専攻・監督領域2期生)の修了作品として長編『PASSION』を監督。サンセバスチャン国際映画祭、東京フィルメックスなどに出品され、大きな話題となる。本特集では最新作『永遠に君を愛す』を本邦初上映。

『PASSION』
仲間とのパーティで結婚を発表した男と女。だがその直後、男は昔の浮気相手に再会する。だがその女性は男の友人とかつて関係を持っており……。6人の男女の恋模様と、人間関係の深遠な揺らぎが、夜の横浜を舞台に見事な演出で描かれてゆく。東京フィルメックス2008コンペティション部門出品。サン・セバスチャン国際映画祭2008出品作品。
監督・脚本:濱口竜介
撮影:湯澤祐一
出演:河井青葉、岡本竜汰、占部房子、岡部尚、渋川清彦
2008年/HD/115分
http://www.mirai-kyosho.kitanaka-school.net/films/taki.html