今回のインドネシア旅行のひとつのテーマは公共交通機関を使った独り歩き。

インドネシアはこれまで、東南アジア青年の船(1979)、3人女子旅行(1981)、ワヤンツアー(1987)、新婚旅行(バリ、1988)、船全体同窓会(バリの後ジャカルタに個人的にドロップ、2000)の5回来ています。ジャカルタは新婚旅行以外の4回目。

でも、いつもツアーだったり、友人がアテンドしてくれたりで、点と点になってしまうのですね;;ぜいたくな悩みですが。
自分がいまどこにいるのか、地理的に把握できていませんでした。

だから今回はできるだけ一人(またはアテンドなし)で動いて、少しでも土地勘を養いたいな、と。

同行の仲間たちに早めに「バンドンは列車で行く」宣言を出したら、「列車おもしろそう」と結局、6人がジャカルターバンドンコースに。

一人なら空港鉄道で街中まで出て駅からタクシーと思っていたのですが、ビッグラゲージ抱えた4人の移動なのでホテルと同じターミナル2から出るシャトルバスに。(空港鉄道のBNI駅前にはタクシー乗り場がなかったので、正解だったかも)

そしてバンドン特急で、この日は公共交通2種クリア!

ジャカルタに戻ってきて最初の2日はインドネシアの仲間も遊びに来てガールズナイトができるよう、日本の仲間3人で2ベッドルームのコンドミニアムを借りました。

初日は宿着がもう夕方でぐったり。1階のコンビニで餌を仕入れ、レストランで食事してうだうだ。

2日目は早めに朝食を済ませた2人で、近くにあるはずの地下鉄の駅を視察に。

コンドミニアムがメイン通りから分岐する通りに面しており、メイン通りまでの数百メートルが、飲食店あり、歩道に屋台ありでカオスでした。
タクシーでコンドミニアム入りしたときは、ここを歩くんかい、と思いましたが、まあ昼間だと歩けないことはない。

メインのスディルマン通りに出ると、すぐのところに地下鉄Setiabumi駅に降りる階段が。入口に制服のお兄さんがいて、「リフトはあっち」と通してくれません。リフト(エレベーター)は道の向こう側。渡るの怖いんですが。。。

まあ、婆ふたり階段大変だと思ってくれたんだろう、と受け取り、なんとか信号のない道を渡ってリフトへ。

今年開業したばかりの地下鉄は真新しくきれいです。改札周辺へのエントランスに、搭乗手続きのような金属探知のゲートがあり、身体検査があります。

券売機などをチェックしていて、実は地下鉄が南の方しかできてなくて、北はまだ予定(建設中?)であることにショックを受けました。
地下鉄で国立博物館かコタの博物館に行こうと言っていたのに、通じてへんやん;;
私の独り歩きも地下鉄メインで動こうと思っていたのに、南のBlok Mくらいしか行かれへんやん。

結局、その日は、3人でタクシーでムルデカ広場に面した国立博物館へ。

道の中央のバス専用レーンを走るトランスジャカルタが面白そうだったので、ショッピングモールのあるプラザインドネシアまで乗って、そこで何か食べて、タクシーで宿に帰ることにしました。

チケットを買うところまではうまくいき、基本的に上り下り2方向なので迷いようもない、と思ったのですが、南行きのバスに「プラザインドネシア?」と乗ろうとしたら、車掌さんが「Blok M!」と言って乗せてくれませんでした。。。直行便だったのかな?

次のバスに乗ると、そこそこ混んでいて空き席はありませんでしたが、青年がさっと立ち上がって、私に席を譲ってくれました。(私よりずっと若く見える)仲間の一人が足が痛くなって博物館で車いすを使っていたので彼女を座らせると、さっと隣の青年が立って私に席を譲ってくれました。もう一人を座らせようかと呼んでいると、さっと反対側に座っていた青年が立ち上がろうとしたので「大丈夫」とあわてて座りました。。。

国内で席を譲られるのには結構慣れていますが、迷いなくスパッ、スパッと立ち上がっていくさまがすがすがしかったな~。

プラザインドネシアのバス停についたときも、席をゆずってくれた子が教えてくれました。認識してなかったけど別の名前のバス停だった;;

その夜、一足先に日本に帰る仲間をタクシーで空港鉄道のBNI駅に送っていき、その帰り、駅のすぐそばの私が泊るホテルにチェックインして、ビッグラゲージだけ放り込みました。

もう暗くなっていたのですが、まだ夜が若いし大丈夫だろう、と地下鉄初体験。

ホテルの前がDukuh Atas駅で1駅でした。

バスも立派なICカードだったのですが、地下鉄も立派なカード。シングルトリップなのにもったいね~と思いながら、「鉄だった仲間に渡して」とおみやげとして託したのですが、実はカード代のデポジットが入っていて、たんびたんびに料金をチャージするカードどした。。。道理でカード回収ボックスがないのにカードが中古だと思ったよ。。。