素晴らしい日々〜Splendid days

感動したこと…疑問に思うこと… 何気ない日常を過ごすのも、感謝に満ちた日々を過ごすのも自分次第…

フランシスコ・ザビエル疲弊して帰国した説

僕らが子供の頃に社会科で必ず習うであろう、キリスト教の伝来。
そこでまた必ず出てくる人物が、イエズス会のフランシスコ・ザビエル。
キリスト教が伝えられたことまでは習うのだけど、日本での活動がどのようなものだったかについてはほとんど知らされていない。
そのザビエルが日本に来てからたった2年間で精根尽きてして帰国したという話を聞いたことがある。
“フランシスコ・ザビエル疲弊して帰国した説”

なんで疲弊?って思ったんだけど、そこは日本人が他の国々とは違い、とらえ方が尋常じゃなかったということなのだ。
キリスト教においては洗礼を受けてない人は皆地獄。
こうやって布教していったのでしょう。これはいわゆる恐怖支配を仕掛けてきたわけで、人は恐怖の前には簡単にひれ伏す。
相手の言うことをよく吟味もしないでそのまま信じるのもまた愚かなこと。
言っては悪いが、愚民こそ簡単に恐怖の前にひれ伏させることが容易だ。

相手の言うことを良く聴いて、矛盾を突いて逆に質問してきた当時の日本人に手を焼いた姿が想像できてニヤッとしてしまう。

洗礼を受けずに死んだ自分のご先祖様は地獄にいるのか?
なぜ全知全能の神が自分のご先祖くらい救うことが出来ないのか?
なんて無慈悲な神様だ。

ほんとにその通りだよね。

 話しは変わるが、以前近所に住んでいた某カルト宗教の熱心な信奉者が勝手に会報誌を入れていったり、我が家を訪ねてきて、厄除けの御札が貼ってあればすぐに剥がせだの、神棚祀っているのを難癖つけてきたり。
そしてこう言って入信を迫った。
なんだか上人に帰依しないと大地震がおき、それに巻き込まれ死んで、なおかつ地獄行きになるんですよ!と諭され?いや脅されたことがあったな。
笑って一蹴してやったけど… それでも諦めずに何度か来たっけ。
最終的には「僕は絶対に入信しないし、あなたの言う地獄に落ちてもいいですよ。今後は迷惑だから一切そういうのやめて!」といって追い返した。
本人が崇高な教えだと思ってなにを信じるのも個人の自由だからね、それはそれでいいのだけど、人の迷惑になったり、押しつけ、脅しはよくないね。
本当に人を幸せにしたい、苦悩から救いたいという意図のある宗教なら、信者にノルマを課したりするのは違うよね。そして自分たちの教えを否定したり拒否したりする自由も認めるのがあるべき姿だと僕は思う。


Youtube動画 sead TVさんの【すごい日本人】布教先の日本人に論破されすぎてフランシスコ・ザビエルも泣きを入れた!「もう精根尽き果てた。自分の限界を試された。」 より
《以下引用》
日本の各地でザビエルは布教するのですが、出会った日本人が彼に決まって尋ねた事があります。
それは、「そんなにありがたい教えが、なぜ今まで日本にこなかったのか」ということでした。
そして、「そのありがたい教えを聞かなかったわれわれの祖先は、今、どこでどうしているのか」ということだった。
 つまり、自分たちは洗礼を受けて救われるかもしれないけれども、洗礼を受けず死んでしまったご先祖はどうなるのか、やっぱり地獄に落ちているのか・・・・・
当時の日本人はザビエルにこういう質問を投げかけた。
元来、キリスト教においては、洗礼を受けてない人は皆地獄ですから、ザビエルもそう答えました。
すると日本人が追求するわけです。
「あなたの信じている神様というのは、ずいぶん無慈悲だし、無能ではないのか。全能の神というのであれば、私のご先祖様ぐらい救ってくれてもいいではないか」
 ザビエルは困ってしまいまして、本国への手紙に次のように書きました。
「日本人は文化水準が高く、よほど立派な宣教師でないと、日本の布教は苦労するであろう」と。
《引用ここまで》

下記の動画、ちょっと面白いので興味があれば見てみてください。(c^-')b"

欧米日本の顔文字の違い

日本人にはおなじみの顔文字だが、欧米人にとっては日本式の顔文字は画期的なのだという。
以下はその比較。

日本の顔文字
(^_^) (T_T) (>_<) (-_-;) o(`ω´ )o

欧米の顔文字
: ) :-) XD B-) =) :( :-( :-D

日本式は正面、欧米式は横倒しの状態、っていうのもあるのだが、大きな違いは、日本式の顔文字が喜怒哀楽の表情を形作るのが「目」なのに対して、欧米式の顔文字は「口」で表情を形作るというところなのだそうだ。

目は口ほどに物を言う、とは日本ではよく言われることわざだけど、海外では違うのかなぁ?と思ったりして。
ちょっと調べてみたら、この「目は口ほどに物を言う」のことわざの英語表現はこうらしい。

“The eyes are the windows to the soul.“
目は魂への窓です。

おぉ!この表現のほうが深いし、言い得ているんじゃない?
面白いな。

ということで、顔文字の違いで、日本と欧米の差はないのかもしれない。
まぁ、人種の違いはあれど、同じ人間だものね。

ただ、あえて違いに着目してみると、欧米では夫婦間で「愛している」と言わないと確認し合えなくてダメらしい。日本ではそんなことしょっちゅう言っている夫婦はかなり稀な感じさえする。(^_^!)
欧米では自分の思いをストレートに口に出して言うことが当たり前で、逆にニュアンスや空気を読んで相手の思いを感じ取るのが日本的なのかな。

もしかしたらそんなところが顔文字の表現方法な違いのかなぁ…
とも感じた。

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必要な人

人は、自分が必要とされていないと感じる時はとても辛いですね。

裏を返して言うと、人からの注意が向けられなくなる。
注意というのは存在させるエネルギーなのだ。
良かれ悪しかれ人は他人の注意をもらってこの世界に存在する。
存在感という意味でだが。

そこで人から注意をもらいたいと思う人もいるだろう。
わざとらしく目だって人の注意を得ようとする人もあり。
事件を起こして人の注意を得ようとする人もあり。
私は超能力者だとか、霊能力があるだとか…そういう類の方法もあるだろう。

これらの対処は長続きはしない。

原点に返ろう。

人の役に立とうという意図が、自己存在の意義を高めるのだ。

人は、自分が必要とされていないと感じるならば、意識して人の役に立とうと行動すすればいいのだ。
そうしているうちに「必要な人」となる。

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人として

とあることがあって、ちょっと嫌な気分になっている。

自分のミスで相手に迷惑を掛けてしまったとき、詫びなり、謝罪など、なんらかの行動を取るのが筋だと思うが、どうだろう?
また、そこにはどんな意を込めるかが大事ではないだろうか?

仕事の依頼側と請け側の関係だったとしよう。つまりがカネを支払う側と受けとる側だ。

いろいろ事情は個々で違うだろうが、立場的に優位に立っているからといって、ミスをして迷惑を掛けても、知らん顔しているのはアリなのか?
それは当たり前ではないはずだ。

もうこうなると人間性の問題とか、民度の話になってくる。
民度の低い人間に、モラル、とは言っても通常レベルのモラルなのだけど…、そのレベルすらを求めるのもナンセンスなのかもしれない。
だからそのことについてずっと腹を立てているのはバカくさいというものなのかもしれない。

でも、そこまでオトナの対応が出来ない僕なので、自分の腹をおさめるために、言っておこう。

あなたは、勘違いしていませんか?
発注側の組織に属する従業員なだけであって、あなたはそれ以前に一社会人なのです。また社会人たると同時に一個人、人であるわけです。
別にどんなことをしても許されるエライ人なワケじゃなんですよ…

人って誰もが始めからミスをしようと思ってミスしてはいないだろう。
そこはちゃんと理解している。
だから絶対に許さないなんて言うつもりもない。
こういって憤慨している僕だって自分のミスで迷惑を掛けてしまうことはありうる。


なにを言いたいのかというと、人の心を荒ませるのもおさめるのも意の込め方次第でしょ。

最終的には誠意です。

人として最低限の良心は常に持ちあわせてほしいものだ。


「人の振り見て我が振り直せ」という言葉もある。
自戒を込めて。


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核無き世界?

核無き世界が実現しない理由とは。

さっき聴いていたラジオで、その理由の一因に日本が影響している。と…

一瞬「ん?」と思ったのだけど。

反核団体などは、戦争の悲惨さ、核兵器使用の残忍さを声を大にして訴える。
確かにその声は、核兵器使用による悲惨さを伝え、こんなに怖いものは廃絶せねば、と一定の効果があるのかもしれない。

でも、その一方、どこかの独裁者は、そんなに恐ろしいものなら、自らが核兵器を持てば他国から攻撃される危険を回避できるし、相手との交渉の駆け引きのカードにすることができる。と考えるわけだ。

人類の存亡よりも自分の利益。

理想は性善説に立ちたいが…
性善説にばかり立って考えると、その裏をかく悪いやつに有利な状況をみすみす与えてしまうことにもなってしまいかねない。

この世界から「恐怖」のタネを取り除けば除くほど、その恐怖を利用して他をひれ伏せさせようとする輩もでてくることも一考せねばならない。

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カウントダウン

どんな人であれ死ぬ宿命をもっている。

人は生まれた瞬間から死へのカウントダウンが始まっているとも言えるわけで、今この瞬間もカウントダウンタイマーは動いているのだ。
タイマーの設定時間は不明。
人により違ってくる。
残された時間はわからない。

この残された時間の中でいかに意義のある人生を送るのか、否か…

そう考えると、いかに「いま」という時が大事なのか。

カウントダウン中だという意識で生きるのと、また今度… まぁ明日でいいか…と、のんべんだらりと生きているのでは自ずと姿勢が変わってくるはずだ。

カウントダウン中だからこそ、日々家族と過ごす瞬間瞬間が実は尊い時間であると思えるわけだし、何か困難にぶち当たっているときでさえ、時間を意識すればこそなおざりにもしていられなくなる。

忙しい生き方をしたらいいというわけではないが、意識することで、今すべきこと、やりたいことに意義深くエネルギーを注ぐことができるのではないかと思うのだ。

人は観点を変えることで、体験する世界も変わってくる。


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シャレっ気

ラジオだったかな…
くだらないんだけど、思わずクスリと笑ってしまった話。

お店の店主だかが、インタビューを受けていた。
インタビュー当初からなんかノリノリの雰囲気の店主なのだが。

話の流れの中でリポーターが従業員の一人についてこう聞いた。

「彼女はお店のマドンナ的存在ですね!」と持ち上げ風に。

すると店主。
「まぁ、彼女はマドンナというより、マゾオンナ(M女)ですね〜」
と切り返した。

「…」と一瞬の間のあと。
「そんなこと言っちゃっていいんですか〜w」とリポーター


この返答には立場によりいろいろな観点があるでしょうよ。
「セクハラ発言だ!」とか「女性蔑視だ」とかね…

ここではその善し悪しは置いておいて。

僕は笑っちゃっただけじゃなく、ちょっとその切り返しに感心してしまった。
なかなか一瞬でその返答は思いつかないぞ!
マドンナがねぇ…
まさかのマゾ女とは。(^_^!)

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悩む人に対して

日々、みな様々な悩みとともに生きている。
自分にとっては重大なことでも、「そんなことで悩んでたんだ?」なんて他人からしてみればたいしたことじゃなかったり。

かつて、若き頃、結婚まで考えていた彼女と破局。苦悩の中、食事も喉を通らないような時期があった。
僕が短期間に痩せていったので、当時勤めていた会社の上司が気がつき「何かあったのか?」とこっそり会議室に僕を連れ出し、話を聞くから言ってみなと…
それで件の事情を説明して悩んでいると話した。
そしたら…

「君の悩みは小さいもんだよ。」
「時間が解決するよ。」
と…

まぁいくら目上で年の功というところを差し引いても、失礼というか…
なんかプライベートなことを話したのに、その言葉に幻滅した覚えがある。

何と比べて、僕の悩みが小さいと思ったのか定かではないが、本人にとっては上司とは認識が違うわけで。
上司は上司なりに僕のことを気遣ったのだろうけど、今でも思い出すと、ありゃなかったな…と苦笑することがある。

あとね、せっかく悩みを打ち明けた相手に対して「時間が解決する」という答えは使ってはいけない。
人生の先輩的には、確かのその通りなのだろう。
傷心然り、大抵の悩みは時間が解決する。

人によっては、その言葉は突き放されたように感じることもある。

聞いていてくだらない悩みだなぁとたとえ感じようとも、その本人にとっては大きなことなのだ。
人の悩みを聞くことはだれにでもあることだろう。
「そうなんだ。」「つらいよね。」「わかるなぁ。」
相手の気持ちに寄り添う姿勢で対応してあげてほしいな。


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ダレトク?北朝鮮問題

北朝鮮の存在について、あえて離れて考えてみよう。

北朝鮮という国が存在するにあたり、一番得をしているのは誰だろうか?

弾道ミサイルだの、核開発だの、近隣諸国とりわけ同盟国でない国である日本や韓国にとっては脅威であるし、深刻度も高まっているわけで。

そうすると、ミサイル防衛システムやらなんやで身固めをする必要が出てくる。
武装を強化するわけだね。

なんなもの、自前で用意出来るわけではないから、その技術や設備を買わなければならなくなる。
その相手は日本や韓国にとっては選択肢はアメリカしかない。

アメリカが売るわけだが、実際は武器商人の作ったものが売られるわけだね。
こうして、我々国民の血税の一部である防衛費が、軍事費が武器商人の懐に入る。

武器商人は、戦争が起きれば儲かるし、脅威が増せば儲かる。

もっともうけがほしければ、裏で手を回して脅威を操ればいい。

アメリカ儲かる。
武器商人儲かる。


北朝鮮の存在で得してるの誰だろうね…


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普通の中にある喜び

唐突だが。
余命宣告を受けたがん患者が、告知後に最初に感じたうれしかった事は何か?

この問いには正直なところ全く思い当たるものが浮かばなかった。

告知を受けた後はとてつもない絶望感をもったり、なぜ自分が?と言う無限の問いかけだったり、死への恐れ、きっと他にも当事者にしかわからないような壮絶な心の動きがあるのだろう。

またその事実を突きつけられた家族だって、想像超えるような思いがあるはず。

話を戻すが、がん余命宣告を受けた後に最初に感じた、嬉しかった事は…

家族に普通に扱ってもらえたことなのだそうだ。
言葉を変えて言えば、いつも通りに家族として接してくれたこと。

僕はその答えを聞いて正直なところ意外だった。
そうか…そんなことが…

何気ない会話で笑いが起きたり、いつも通りの食卓だったり。

宣告後、家族がこのように接することができるようになったのは、悲しみ、苦しみ、絶望、様々な心の動きを経験し、乗り越えた上で決めた対応なのだろう。

余命宣告を受けたかわいそうな家族。
自分以外の他の家族がこのような見方をいつまでもしていたのでは、当人も辛かろう。
腫れ物に触るかのような接し方だったり、悲しみの眼差しで見られたりしたら、ただでさえ悲観的な未来しか見えなかろうに、さらに悲観視してしまうような気がする。

何気ない日常が一番心安らげる現実なのかもしれない。

僕らの多くは、明日が当たり前のようにくると思って生きている。
日常はそのような人には当たり前なのだ。
そこには喜びだったり、安堵の気持ちだったり、そんなものたちが見過ごされているだけなのかもしれない。
いや、見ようとしていないだけなのかもしれない。

一つ意識を変えてみて、意図して、普通の中に喜びを見つけてみようとする試みは、やってみる価値があるのではないだろうか。


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セラピストの“ひでぴん”です。

過去世療法や退行催眠、行動習性など、催眠と潜在意識の世界を歩いています。

ほか、ヒーラだったり氣功師だったり…
いろいろやってます。

臼井レイキマスター

カルナレイキマスター

セイキムレイキマスター

全米催眠療法協会認定ヒプノセラピスト

パストライフセラピスト



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