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今までにも、
このブログで、
彼の事は何度も書いてきた。

小学5、6年の時の担任男性教師、

僕にとっては、
トラウマ級に、
心に焼き付いている。

機嫌が悪ければ生徒に八つ当たりして、
怒鳴りまくる…
学級会議では、
他人と違う意見を求められ強制される、
作った作品を、とことんけなすなど、
傷つけられたのか、
勝手に僕は傷ついたのか…
それはわからないが、

彼のことを思い出しただけで、
今でも忌わしい思い出として感情が蘇ってくることがある。


もう40年以上も前の事なのになぁ…
僕の心には相当根深く、
いまだあの頃から解放できていない、
ネガティブエネルギーが存在しているようだ。

最近、
オンエア時には観られなかった、
ドラマをNetflixで後で全話観た
『不適切にもほどがある』

まぁ有名人気作だったし、
説明は今更なのだろうが…
昭和の男性体育教師が、
38年後にタイムスリップする話だ。

観れば、
昭和世代を生きた人間ならば、
あの頃ねぇ…
昭和だもんね…
で笑い飛ばせる部分もあれば、
悲しいかな、
「時代」の一言で感情を飲み込まざるを得ない、
そんなものだってある。

ドラマのタイトルが物語るように、
今の時代からしてみれば
不適切そのもの、
そんなものが、たくさんあった。

わかるんだよ、
今更ね、
恨み辛みを持ち出したところで、
どうなる?と言うものでもない。

あの頃の「善かれ」は、
価値観の違う今では、
「悪しかれ」になっていることも多い。

ただ、
やはりあの頃には、
上の立場のものが、
自分の価値観を押し付け、
他人の価値観を認めない偏狭さがあり、
行ってみたら、
息苦しい世の中だった事は間違いない。

今の世の中だって、
また違った意味での窮屈さ、
息苦しさはある。

昭和の頃のほうがよかったと思うことも実際にはある。

と、こうして僕は、
よく過去に囚われる。
「今に、生きねば…」
なんて、
目をそらすだけの行為なのに、
うすうすは気づいていながら、
根本原因の解決に取り組まない僕だ。

僕には、
あのトラウマ的教師への「赦し」が、
真の意味で今に生き、
この先前進できる鍵であることは間違いなさそうだ。

赦しには、
部分的赦しはなく、
0%か100%か、
そのどちらか。

おそらくその前段として、
いまだに傷の癒えていない
自分の心、
その癒しを先行して行うべきなのだろう。

ある程度の年齢になってくると、
当然この先の時間的余命を考える機会も多くなる、
この先の世界を生きる上で、
クオリティーを上げた人生を歩むためには、
同時に過去の清算も行なければならない、
それに着手するかしないか、
それだけの問題。

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