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1988年だから、
36年前のこと、
大学2年夏休み、
大学の同じクラスのKと二人で、
中国旅行に旅立った。
学生ならではの貧乏旅行よ、
そして、これが2人にとって、
初めての海外旅行、
さらに2人にとって、
はじめての飛行機搭乗体験。

当時、国際路線を飛ぶことになって間もないANA(全日空)での片道チケット、
成田発、北京行き、

僕らは初めての外国の地、
北京空港に降り立った。

気温は40度越え、

中国は広い、
公共交通機関の混雑あんばいは僕らの想像を絶するもので、
入国して、最初の頃は、
敬遠して、
酷暑炎天下の中を、
1日に8時間以上歩くという、
過酷な数日を過ごした。
北京では5〜6日過ごしただろうか、

次なる目的地上海には、
列車の旅、
上海、そして蘇州あたりをまた数日観光、

そして次なる目的地は、
僕ら2人がどうしても行ってみたかった場所、
リアル山水画の世界と称される桂林。

Kの提案で、
桂林へは、
確か東方航空という名だったか、
中国国内線を使っていくことにした。

全く行き当たりばったりの旅だったので、
行けるうちに、次の地に行っちゃおうかという話になり当日のチケットを取った。

15:00発ということだったかと思う、
外国では、
割と当たり前と言いながらも、
当時の中国って、
今からは想像がつかないくらい、
あらゆる施設がボロボロで、
あらゆる物事がアバウトで、
ルーズだった。

空港にはつきものの、
パタパタパタと音を立てながら更新される表示板などなく、

状況を知らせる掲示板は、
ただの黒板だった。

15:00発だと思っていた、
僕らが乗るはずの桂林行きの航空機は、
まだ機体が到着しておらず、
黒板には、
15:00(Maybe)と書かれていた😓
「メイビーだってよ!多分ってこと?」と2人して苦笑いしたことを覚えている。

アナウンスは何度か行われたものの、
中国語オンリー、
何を言ってるのかわからない、僕ら…

1時間が経っても、15:00(Maybe)と表示は変わらず、
出発時間を過ぎて2時間にもなると、
僕らも、
今日飛ぶものなんだか、
どうなるか?
気がかりになってきた、

当時、第二外国語で中国語をとっていた僕らだったが、
片言以下の中国語しかしゃべれなかった僕らは、
身振り手振り、また筆談で、
同じ飛行機に登場するはずだろう乗客に現状を知るべく助けを求めた。

当時は、
中国ではまだ珍しかった僕ら若い日本人には、
好意的で、
とても親身になって説明してくれた。
また、おなかすいてない?なんて、
蒸しパンをくれたりした。

情報がアップデートするたびに、
僕らのもとに来てくれて、
筆談や、絵で伝えてくれていた。

それで結局、
遅延すること4時間くらいだったろうか、
僕らが乗る航空機は、
桂林へむけ出発できることがわかった。

桂林までの飛行時間は3時間ほど、
時間的には、
到着してからホテル探しは困りものだなどと懸念していた、

搭乗する飛行機はかつてフランスで使われていた機体の中古なのだろう、
機内の表示タグが全部フランス語だった😅
それにみるからにボロいのだ💦
正直なところ、
大丈夫か?この飛行機?😨
って、2人で顔を見合わせるほどだった。

辺りはすでに陽が落ちかけ夜に変わろうとしていた、
そんな中、飛行機は飛び立った。

乗車定員、おそらく100人程度の小さな飛行機だった。
僕とKの席は離れ離れになってしまったが、
飛行場で、僕らのことを気遣って
その時の状況を丁寧に教えてくれた中国人ビジネスマンが僕の隣席だった。

名刺をくれて、
自己紹介しあった。
筆談で会話もした。

空港を飛び立って2時間位経った頃だろうか?、
中国語のアナウンスとともに、
シートベルトを締めることを促すサイン音が数回鳴り、

しばらくすると、
雲の中を飛行しているのだろう、
窓には、
浴びせかけられたかのような雨が叩きつけられている、

そして、こんなに揺れて大丈夫なのか???
と思うくらい期待が揺れだし、
機体がミシミシいうのが恐ろしかった。

しかし飛行機に乗ること自体が2度目だったので、
その時の状況が本当にヤバいのか、
こういうこともたまにある程度のことなのかが判断できなかった。

稲光がすぐ間近で光っているのがわかる、

そうこうしているうち、
バッコン!
と音と衝撃を受けた。

と同時に、
機内のすべての灯りが消えた、
停電したよう、
暗闇になった、
そして、
飛行機が急降下を始めた、

飛行機への落雷だった。

座席の上方からは、
酸素マスクが落ちてきた。

さすがに、
その状況にことの重大さを悟った僕だった、
しかしどうしていいかわからない💦

あぁ、
僕は飛行機事故で死ぬのか…
初海外旅行、
外国の地で…
そうか…
って思ったことをまだ覚えている。

隣の中国人ビジネスマンも不安だっただろうに、
マスクの装着を自分もつけながらの身振りで教えてくれ、
僕の肩をがっしりとつかみ、
たぶん「大丈夫だ」というような言葉をかけてくれ、
励ましてくれていた。

その中国人ビジネスマンの僕にしてくれている行動が、
より事の重大性を認識するように、
僕を冷静にさせた。

その後、どれくらいの時間が経過しただろうか、
いつの間にか降下は止まったようで、
電気も復旧し、
機内に明かりが灯った。

当機は広州に緊急で着陸すると
機内アナウンスは伝えていたようだ。
中国人ビジネスマンが筆談で教えてくれた。

結局僕らは、
広州空港に着陸し、
空港内で一夜を明かし、
僕らが乗ってきた飛行機は落雷で壊れてしまったのか、
翌朝、別の飛行機に乗り換え桂林に向かった。
快晴のなかの素晴らしいフライトだった。



リアル山水画の世界を、
上空から眺めるのは、
また格別だった。

別席に座っていたKだが、
俺、寝てたんだよね〜
気が付いたら広州だった、って😅
ことの重大性をなにも認識していなかった。
やつは大物だった💦

僕にとっては大ごとで、
生死の際を感じていたあの日の経験を、
やつは屁とも思っていないのだろう、

同じ場に合わせていても、
人の経験がまるで違うことの意味がよくわかったよ😅


つい先日、
宮崎発羽田行きの日航機に2度の落雷があって、
関西空港へと目的地変更となったというニュースをみた。
異臭がしたとか…

やっぱり、飛行機に落雷というのは、
大ごとなことなんだな、
と思ったばかり、

最新型の飛行機でさえ、
そうなのだから、
あの当時のオンボロ経年飛行機への落雷って、
相当ヤバかったんじゃないのかな?
と今さらながら改めて冷や汗をかく僕でした。

高校生のサッカー練習中に落雷があり、
18人が救急搬送、
とニュースがあったばかり。

重なる落雷関連ニュースに、
あの日の体験を思い起こし、

昨日の記事、
カミナリ〜エピソード1に続いて、
今日の記事を、
綴ってみました。

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