Ron Carter

2007年10月16日

THE Q U A R T E T:ライブレポート

◆大ホールに立つ
マイルスが生前ステージ立った
あのカーネギーホールの収容人数は2,804席
この度のTHE Q U A R T E T は
東京国際フォーラム座席数5,012席
世界でも有数の大規模なホールに立ち
Legend Now in Jazz!! Miles Davisに捧ぐ
とタイトルをつけ
昨晩演奏を行った。
THE Q U A R T E TTHE Q U A R T E T


客入りはみごとに9割は達していただろう。
私とウチの伸ちゃんは最後尾 
下手側端っこという席である。
あのホールのステージに上がって
客席を見渡すことはとうてい経験できないので
仮にロンさんの画像をすえてこんなふうに画像を作ってみた。

THE Q U A R T E T





ほぼ満席の会場から歓声があがったなら
拍手喝采が巻き起こったなら
プレヤーの心拍数はどんなだろうか・・・?
マイルスはこのステージに立ってみたかっただろうか?
・最後尾席だったけれど、音環境はとても良いホールだったと感心した。


◆スピリチュアルを信じますか?
マイルスは「マイルス・デイビス自叙伝」の中で
こんなことを語っている。

『オレは神を人に押しつけたり、押しつけられるのも嫌いだ。だが、スピリチュアルであることと霊の存在は信じている。死んでしまった知り合いのミュージシャンも生死にかかわらず、マックス・ローチ、ソニー・ロリンズ、ジョン・コルトレーン、バードやデイズも、ジャック・デジョネット、フィリー・ジョー・ジョーンズといった偉大なミュージシャンと一緒に演奏すると、みんなが自分の一部になる。』


マイルス自身に名前を挙げられた偉大なドラマー
ジャック・デジョネットのドラムからステージは始まった・・・。

デジョネットのドラムは・・・チン、コン、カーンと
ドラム・セットのまん中へんにある
シンバルの中央付近を叩く(?)音を多用して
どこかアフリカの呪術か厳かな儀式のような雰囲気がつたわった
私の頭の中は すぐに別世界への連想が開始してしまうので
たぶん・・・私ひとりの思い込み
または ウチの伸ちゃん曰く
「あなたすぐかってなストリーつくるから・・・」と
嫌なトーンで言われてしまうけれど
私には マイルスを呼ぶ儀式のようにも思えた・・・。
最初の曲は
マイルスが あのカーネギーホールで演奏した
♪So what からはじまった。

◆高尚すぎて肉薄はされなかったが
    ・・・現場では凄いことが起こっていた

東京国際フォーラムで演奏された
マイルス縁の四人のプレヤーが演奏する音の中に
マイルス黄金期のグルーブ感を連想できるか・・・と
まぁ・・生意気にも気負いも少々
期待も膨らませ耳を澄ませていたわけだが・・・
残念ながら私などには体感するには高尚すぎた感は否めない。
しかし
際立って凄いと感じたのは
同じコード進行を四人が違うリズムを活用して進行する
↑このことを伝えるべく専門用語がわからないから
伝えられないのだけれど・・・。
とにかくこのシーンが現場で起こっている時は
聞き耳を立て 
最長の距離から目を皿にして集中していたのです!!
稚拙な観察結果では・・・
どうも本日の演奏の大半の「リズム」を決めていたのは
ロン・カーター氏だったように私はおもったのだけれど・・・?

◆格調高いステージだった・・・・
今年 名古屋と東京ブルーノートで
ジム・ホールとロン・カーターのDUOを聴いて
ロン・カーターのグルーブ感に
圧巻された記憶も遠くないのに

不覚にもというか、気がつくとだな・・・正確には
二曲目とその後数回 スッ〜と眠りに落ちてしまった。
何故か敬愛するロンさんのリードが際立つと
スーッと眠りに落ちてしまった私
すまぬ・・・ロンさん。

◆拍手にもニュアンスはあるようだ!
演奏終了後
会場から拍手が起こった。
たぶん座席数5,012席の大半が拍手したのだから
それはすごい拍手だろう・・・。

確かに拍手は大きかった!
四人のビッグ・ネームのJAZZミュージシャンに対して
敬意を表す拍手だったと思う。
しかし、私は今年県民ホールで
キース・ジャレット・トリオに参加した時
私自身も拍手しながら
多くの観客とともに発信した拍手に込めた温度が
THE Q U A R T E Tに参加した
観客からの拍手には感じられなかった。
言葉にならない拍手に込められた温度を・・・。

◆今回は成熟していない私が至りませんで
・・・というわけかなぁ?
いろんなスケールのJAZZがあるといことを知った
まぁ・・・こんな収め方で型をつけるか?!
しかしJAZZ史に残る顔合わせのQ U A R T E T
この公演の意義について
何か落としどころをと
マイルスに求めようと
また、いつもながら困ったときの
この著書にゆだねてみた・・・。

◆私的特別企画「マイルスさんが語る」
マイルス・デイビス自叙伝」より引用させていただきました。

「多くの人々がオレに、音楽はこれからどうなっていくだろうと聞いてくる。どんどん短いフレーズに向っていると、オレは思う。音楽をしっかり聴けば、耳がある人間ならだれだって、それは明らかなことだ。
〜略〜
音楽ってヤツは、常に変化していく。
〜略〜
どうしようもないミュージシャンは、今日の音楽を聴き取ることができない。もちろん演奏もできない。オレだって同じようなものだった。高音域で音楽が捉えられるようになるまでは、中音域から低音域でしか演奏できなかった。トニー・ウィリアムス、ハービー・ハンコック、ロン・カーター、ウエイン・ショーターの四人がバンドに入るまではそうだった。オレは、四人のおかげで、音楽の違った捉え方ができるようになった。だから彼らには感謝している。 
〜略〜
 人々はオレのところに来て、<マイ・ファニー・バレンタイン>みたいな古い曲を演奏してくれと頼む気持ちは、よくわかる。だがオレは、古いヤツが聴きたかったらレコードを聴いてくれと答える。オレ自身は、もうそこにいないし、彼らのためじゃなく、自分に一番いいように生きなきゃならないからだ。
〜略〜
 プロデューサーのジョージ・ウエインは一度、オレにハービー、ロン、ウエイン、トニーを一緒に集めてツアーをしたがっていた。オレは、連中がサイドマンとして演奏するにはあまりにも問題が多すぎて、とても無理だと言った。ツアーは大儲けになったかもしれないが、それがどうしたというんだ?音楽は、ただの金儲けじゃない。音楽の、特にオレ達が演奏する音楽の本質はフィーリングだ。
〜略〜
 オレが演奏をやめた時、(1975-80年)、多くの連中が「マイルスがやめた。オレ達はどうしたらいいんだ?」と言うのを耳にした。
〜略〜
多くのミュージシャンが、オレに方向性を求めていた。オレが偵察役として、多くの人に先駆者と考えられるのは、別に重荷とは感じない。オレだけがその荷を負っていると感じたことはないし、すべての任を負っているわけでもないからだ。トレーンやオーネットのように他のミュージシャンもいたし、オレのバンドでさえ、たとえばフィリー・ジョーとトレーンがいたようい、オレだけだったことはない。
 フィリー・ジョーは速さを決めてポール・チェンバースに演奏させ、レッド・ガーランドはいつもどんなバラッドを演奏するかオレに伝え、決してその逆じゃなかった。トレーンは座って何も言わなかったが、ものすごい演奏をした。音楽に関して語るという意味では、彼もバードのように楽器を通してのみ話していた。
 ハービー、トニー、ロン、ウェインがいたバンドでは、トニーが基本を決めて、オレたちはそれに従っていた。トニーが引っ張る状況では、テンポが遅れたことなんて一度もなく、むしろどんどん早くなって、リズム的要素が強調されるくらいだった。キース・ジャレットとジャック・デジョネットがいたバンドでは、キースとジャックが、サウンドはどんな方向で、どんな演奏をするか、基本とリズムを決めて、すべて進めていた。彼らが音楽を変化させ、その後は自然に何かへと発展していった。他の連中はキースとジャックみたいな連中を揃えていなかったから、誰もオレ達のような演奏はできなかった。オレが構成した他のバンドでも、常に同じようなことが言える。
 効果的に機能し合える連中を組み合わせ、理解し、さらにそれ以上のことを引き出す能力というのは、オレの生まれながらに授かったものだ。」 



◆THE Q U A R T E T が演奏した曲をyoutubeで検索してみた。

◆Seven Steps To Heaven
Miles Davis - trumpet, George Coleman - tenor sax, Herbie Hancock - piano, Ron Carter - bass, Tony Williams - drums.
Recorded 14th May 1963 in New York

http://www.youtube.com/watch?v=szL5qV6WmuI

◆A Herbie Hancock Tribute; Maiden Voyage

http://www.youtube.com/watch?v=Ny4pfPT19PY

◆Miles Davis "Footprints"

http://www.youtube.com/watch?v=nrxZLOCa_io

◆Miles Davis - All Blues (2nd solo)

http://www.youtube.com/watch?v=RKyiFDLp5xk

◆Miles davis et John Coltrane - So what

http://www.youtube.com/watch?v=P4TbrgIdm0E

:::::追記:::::::

高尚とかハイレヴェルとか・・まぁ うまい言葉がみつからず
書いたわけですが・・・・
崇高なものに遭遇した場合にも 
たぶん脳みそで判るというてのものではなく
私などは・・・理論はまるでなく感じで大つかみのヒトなので
何かしら感じることは在りますよ・・・判らなくても。

ただし 私に限っての感じるセンンサーに反応する要素は
聴覚と視覚と第六感のどれかが欠けると・・やはり
感じる容量が限りなく狭くなってくるんだな・・・と
私 本日は思っています。

THE Q U A R T E T のプレイヤーに
会場を選択することができたなら
座席数5,012席 を選んだかどうかは判りませんもんね!
しかし・・・9割を埋め尽くした14日
その後の同会場は満席sold out です。
これは揺ぎ無い事実です。

好む好まざるにかかわらず
私も一度はソノ現場に立ち会いたいと思ったわけです。
ただし
S席かぶりつき以外
1階席の真ん中へんであっても
視力のよろしくない私にはステージは
遠い現場となるだろうな・・・と
ならば 最後尾席で高みの見物を思ったのでした。

リアルに共感できなかったとしても
ペンディングします・・・。
何かあの日に生まれたたった一回きりの音の中に
必ず時間を経て光だす記録が見つかると思います。
私は実に楽天家ですから・・・。

akemin




miruko1 at 16:57|PermalinkComments(0)

2007年04月26日

ジム・ホール&ロン・カーター

2007年4月18日 NAGOYA Blue Note
2007年04月25日  BlueNote 東京
2夜 
JIM HALL(g) & RON CARTER(b) -ALONE TOGETHER, AGAIN行ってしまいました!!

JIM HALL(g) & RON CARTER(b) -ALONE TOGETHER3










たかだか私レベルですけれど
ジム・ホール&ロン・カーター DUO
ALONE TOGETHER /Jim Hall & Ron Carter
↑関連の私のmixi日記で5回も登場していました。
mixiに入って間もない頃の
2006年02月09日13:09の日記の時点では
一年 後の
昨晩の2007年04月25日 
BlueNote 東京 での
最高に幸運な一時を迎えるなんて
想像もしていなかったのです・・・・。

たかだか私レベルですけれど
過去を振り返ると
私自身の
ジム・ホール&ロン・カーター DUOへの
思いの深さや 情熱が
私の未来を動かした・・・ように感じています。

いろいろな思いを込めて
今 静かに泣きそうなくらい感動し
BlueNote 東京の翌日を味わっています。

Jim Hall2
Jim Hallのその瞬間に生まれてくる音
アイディア 
そして演奏している今を
誰よりも充実し
誰よりも楽しいと一番に感じているヒトであることを
目撃しました。
まさに「音」を「楽しむ」は音楽です。


Ron Carter
1
Ron Carterの音に向かう時の張りつめた緊張感
リズム&タイムキーパーとは
その瞬間に居合わせた誰よりも
他者の音に細心に丹精込めて
音を聞いているヒトであることを
目の前で目撃しました。
ソロでベースが歌いだすその時は
表面には聞き取れない声だけれど
熱く熱く歌っている心の深いところから湧き上がる
Ron Carterの声を・・
表情と息使いから感動するほど受け止めました。


私は2007年4月
Alone Together/Jim Hall / Ron Carter DUOは
熱い
ものすごく熱いDUOだということ
理屈ぬきに体感しました。

この日記を書きながら
どうしようもなく泣けてきます 
私の中でこみ上げる何かが大きすぎます。

名古屋ブルーノート←ブルーノート名古屋
2007年4月18日 NAGOYA Blue Note
ブルーノート東京







2007年04月25日
←ブルーノート東京









miruko1 at 14:41|PermalinkComments(0)