最近、思う。
人間と動物の根本的な違い。

その根元にあるのは、生命の存続。

常に死と隣り合わせにいる動物たち。
食にありつける有り難さ。
夜を迎え、眠りにつける安堵感。

それらがもはや当たり前として過ごしてる、
人間にとって、それらの生き方の過酷さなんて、
到底理解できるはずもない。

そういう過酷さから解放された人間は、
一日をどう過ごしてるかと言えば、
その大半は、暇つぶし。

学校や仕事という日課を課し、
余った時間は、様々な刺激を求め行動する。

一時だって、じっとしていられない生き物。
それは、ある意味、刺激に侵された麻薬患者のよう。

ある者は、場がもたないからと言って、
タバコに火をつけ、
ある者は、酒を飲み、
ある者は、物語に陶酔し、
暇な現実から逃避する。

また、ある者は、祭り事に集い、
スポーツやギャンブルの勝ち負けに
一喜一憂する。

それらは、
自らの身に死が迫るまで、
ずっと続く。

人生100年時代?

お金の心配より、
暇つぶしのネタ切れを心配した方がいいんじゃない?

そう思う今日のMISAKIでした〜

じゃあねー(^_−)−☆







さざれ石の巌となりて。

君が代の歌詞。
小さな石が成長して、やがて岩になるって意味。

MISAKIは、昨晩の日本代表戦を
聖地花園のパブリックビューイングで観戦した。

試合前の国歌斉唱。
生まれて初めて、
その意味を噛み締め、一緒に唄った。
すると、高揚が抑えられず、
頬に涙が流れた。

巷では、多国籍軍とも称されるラグビー日本代表。
孤立した島国育ちの日本人の概念には
なかった代表の姿。

国籍とか、血脈とかじゃない
ナショナリズムの在り方。

でも、それは、近年のどの代表より、
誇らしき代表だったと思う。

少なくとも、
MISAKIは、彼らから、
日本人の本質を思い出させてもらった。

日本人の本質。
それは他でもない、大和魂。

和と尚武という精神。
古くは、和魂と荒魂という日本神道における
神の霊魂に由来する日本人の精神性の源流。

道徳心に富み、
普段は、他者との調和を重んじる。

だけど、一旦、戦いとなると、
鬼をも恐れる武者振りを示す。

今回の日本代表。
リーチマイケルを中心とした、
この代表は、まさに、
それそのものだったと思う。

今回は、力量足らず、
決勝初戦で敗れてしまったけど、
その勇敢な魂は、絶やすことなく、
次代へ受け継いでいってほしいと切に願う。

それは、やがて、
真の誇りとなっていくはずだから。

さざれ石の巌となりて。

戦いを見届けた後の帰りの電車で、
そう感じたMISAKIでした〜

じゃあねー(^_−)−☆




火は300度だから熱いんじゃない。

焚き火をして、
飛んできた火の粉を身体に浴びた時、
熱いと感じたから、火は熱いんだよ。

来年、2020年3月、第5世代移動通信システム、
所謂、5Gのサービスが日本でも開始される。

約10倍の通信速度、約10倍の大容量データ、
約10倍の同時接続。

この新たな通信システムにより、
クラウドゲーム、VR、MR、車の自動運転システムなどは、飛躍的な進化を遂げ、我々の生活をさらに快適なものに、導いてくれるとされている。

でも、その本質は、本当に必要か不必要なのかじゃない。その根源にあるのは、
やはり資本主義の欲望。
5Gは、新たな産業、市場を創出するから
他ならない。

PCに積まれていたCPUやメモリーはもはや必要ではなくなる。遠く離れたクラウドで演算処理しても、リアルタイムでその結果がPCの画面に映し出される。

つまり、PCやスマホに必要なのは、
インターフェイスのみ。画面とキーボード等の操作パネルさえあれば良いってことになる。

辞書で分からないことを調べ、
辞書が重いから、その知識を頭の中に刻んできた人間からすると、この一連の流れには危険さを感じる。

今、現時点でさえ、
自分の頭の中じゃなく、
スマホを外部記憶装置として頼り、
まるで、のび太とドラえもんのように、
一体化して生活を営んでる若者。

それは、5Gによって、
ドラえもんも生きたドラえもんではなく、
ドラえもんの形をしたただの人形にしてしまう。

町中に張り巡された監視カメラ。

個人の居場所まで即座に特定されるGPS。

便利、快適、安全、安心という名の元に、
ついに、思考まで奪われる。

大多数の我々は、一体、何者なのか?
単なる消費者という生き物なのか?

法で縛り、
あれしちゃダメ、これしちゃダメと
リアルな体験や経験から
人を遠ざけていく。

失敗や挫折をしないことが、
まるで、良いことであるような社会にして。

その一方で、
クラウドは、AIによって、
機械学習を重ねて驚くようなスピードで
進化していく。

機械学習。
それは、AIの主たる学習方法。

何度も失敗を繰り返し、
やがて正解であり、正しい道であり、
効率のよい方法を見つけ出すという
コンピュータの学習方法。

学習や思考とは、
リアルな経験や体験の上に、
知識が加わって生まれるものだと
MISAKIは思う。

画面に表示されたものを見て、
何の疑問や疑いも持たず、
まかり通るなら、
もはや、人間の存在なんて無に等しい。

幼い頃、焚き火をしてできた、
腕の火傷のキズ跡を見ながら、
そう思う今日のMISAKIでした〜(^.^)

じゃあねー(^_−)−☆









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