人類の定義。人類であるという定義。
それは、この半年ほどMISAKIがずっと考えてきて、 
答えが見出せなかったテーマ。

シンギュラリティの到来と共に、
予測される人類のサイボーグ化。
どこからどこまでが人間で、どこから先が
サイボーグと考えるようになるんだろう?

骨折をボルトで固定した人は人間。
心臓にペースメーカーを入れたり、
人工肛門を取り入れた人も人間。
顔面にプレートを入れた人や
豊胸手術した人も人間。

そうやって消去法で一つづつ消していくと、
最後に残ったのは脳。
さらにいうと、知性や記憶、感情ってものに
辿り着く。

A Iの進化の先に誕生する人を超越する、
超知能。それらが人と同じように、知性や記憶、
さらに感情をも備えていたら、それは、
人類の進化形の知的生命体と考えるんだろうか?って。

MISAKIは微妙くも、
VRを体験することによって、
それは違う!ってことを確信した!

MISAKIがVR体験で味わった違和感。
それはずっと宙に浮いたような感覚。
そこにはリアルでは何気なくしてる、
大地を踏みしめるという感覚がない!

まさに、灯台下暗し。

人類の定義はそれ、そのものなんだ!って。
「直立二足歩行」
これこそが、人類を定義づけ、
全ての源であり、人類の幹。

直立二足歩行によって自由になった両手が
技術を産み栄させ、高く安全な場所を確保した脳が、
知性や思考を進歩させた。

つまり、科学や医学、技術は、
単なる直立二足歩行を幹とする、
木の枝や葉っぱにしかすぎないものだってね。

資本主義社会、経済社会下では、
あたかも科学や技術の進歩が人類の未来を
担っているかのように映し出す。

金の亡者達には残念だけど、
人類はそんなちっぽけな生き物じゃない!

人類が持つ直立二足歩行という揺るぎない幹は、
たとえ、科学や医学、技術といった枝を切り落としても、また新しい枝を伸ばし、葉を宿し、花を咲かせる!

その枝の中には、今の常識では想像もつかない、
全く違う方向へ向けた枝もあるかもしれない。

欲望にまみれた今の社会を牽引してる一部の人類が、
その根源を忘れて、暴走する時には、
思い切って、その枝、今営んでる社会を切り放そう!

oculus Goがもたらしてくれた1番の産物。

ということで、
今日のブログは人類の定義がわかったよ〜〜ん!
というお話でした〜(o^^o)

じゃあね〜(^_−)−☆