2026年01月29日

更新履歴(令和8年)

更新履歴 2026(令和8
令和81月1
 明けましておめでとうございます。
 ブログ開設十五年目、後期高齢者三年目となります。
 昨年は手持ちのあらゆる情報を集めて「松旭斎天勝興行年表」に八十余の項目を追加しました。さすがにもうネタ切れです。
 その代りと言ってはなんですが、天勝の弟子であった初代松旭斎天華及び二代目松旭斎天華をアップしました。天勝に比べれば圧倒的に情報不足で、まるまる空白の年もあります。出来ればもう少し埋めたいと思っているのですが、こちらも現在はネタ切れ状態です。
 天華(初代・二代)一座は、数多ある偽天勝一座に比べればはるかに充実した興行をやっていますが、同一座を調べてみて、今更ながら天勝一座の偉大さを認識させられました。興行先の選定、交渉、各新聞社へ根回し、各都市の大劇場での公演、舞台の構成力、広告スポンサーの獲得等、どれ一つとっても他の魔奇術一座は無論の事、天華一座もとても及ぶものではありませんでした。これが天華一座の調査の成果といえるかも知れません。
 今年は「更新履歴」もあまり頻繁に更新できそうにありませんが、なにか目新しいものがあればまたアップしておくつもりです。時々は覗きにきてください。本年も引続きよろしくお願い致します。(蹉跎庵主人事樋口保美)

令和8129
 天勝の朝鮮巡業について
 天勝の朝鮮巡業につて、今まで調べがついたのは以下の通りです。

 明治44年(1911820日~        京城寿座
          92日~         仁川歌舞伎座
 大
2年(10131110日~16日      京城寿座
         1122日~24日      仁川歌舞伎座
 大正4年(19151010日~19日      京城共進会演芸場
         1022日~26日      京城有楽館
         1027日~30日      京城共進会演芸場(第二回公演)
         111日~2日       京城龍山佐久良座
         115日~6日       仁川歌舞伎座
 大正7年(1918523日~63日      京城黄金館
 大正10年(1921521日~30日      京城黄金館
          64日~        仁川歌舞伎座
 大正12年(1923529日~610日     京城京城劇場
 大正15年(1926513日~         京城京城劇場
 昭和3年(192868日~17日       京城京城劇場
 昭和6年(193151日~6日        京城東亞倶楽部
 昭和10年(19351010日~15日      京城京城劇場
 昭和14年(194373日~5日       京城府民館

 全部で11回ですが、おそらくもっと行っているだろうとは思うものの、手懸りがなくそのままになっていたのですが、先日ブログ「上方落語史料集成」の丸屋竹山人(友成好男)氏より大正5年の9月に京城有楽館で公演しているとの情報を得ました。早速国会図書館に「京城日報」と「朝鮮新聞」のマイクロの取寄せを請求し、124日(土)に関西館で見て来ました。それにより以下のことが判明し、「松旭斎天勝興行年表」に追加しました。
  ◇平壌桜座827日~829日)
  ◇鎮南浦(劇場不明)830日~831日)
  ◇京城元町有楽館93日~97日)
  ◇98日、昌徳宮にて李太王殿下御誕辰宴の余興に出演。
  ◇朝鮮仁川歌舞伎座910日~912日)
  ◇その後、大田、群山、木浦、釜山を巡業。
 今回の調査で一番有難かったのは、天勝一行が平壌→鎮南浦→京城→仁川→大田→群山→木浦→釜山と朝鮮半島を縦断するかたちで巡業を行なっているのを知り得たことです。これにより、この年に限らず、朝鮮での公演はこのように各地を廻っていたのだろうと想像できます。大邱へ行った記録もあります。

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 それともう一つわかったことは、裴亀子(当時は裴亀代・写真)が弟子入りすべく天勝を京城の有楽館に訪ねたのは大正
597日、11歳の時であるということです(大正5911日付「朝鮮新聞」)。亀子がいつから天勝の弟子になったのかハッキリしたことがわからなかっただけに、これは有難い記事でした。
                         ※
 追伸:本日同氏より「大阪朝日新聞神戸付録」の記事(二つ)がメールで送られてきました。それにより大正2年4月9日より11日まで兵庫県豊岡市保天恵座、同年5月2日より兵庫県姫路市山陽座で天勝一座が公演したことが判明しました。
いつも気にかけ、情報を提供してくださる畏友丸屋竹山人さんに心より感謝申上げます。
 

 

 

 



misemono at 14:30|PermalinkComments(0) 更新履歴(令和8年) 

2026年01月01日

初代松旭斎天華 大正4年

               初代松旭斎天華

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本名萩原君雄。明治29高知県に生れ。松旭斎天勝一座で活躍していた自転車乗り兄萩原秀長の勧誘により大正2年、天勝一座に加入、君子と名乗る。大正4年、兄秀長が天勝一座を退団し、妹を看板にして松旭斎小天勝一座を組織する。しかし天勝より抗議を受け、後に松旭斎天華と改名した。大正5年から6年にかけて地方及び海外巡業に出、コロンボでは大病を患う。のち一座の櫛木亀次郎と結婚、大正94月、台湾で一子をもうけたが、帰国後病を得て、大正9930日に早世した。尚( )内の年齢は数え年である。            

大正4年(1915年・20歳) 

 東京浅草公園富士館 51日~530 

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特別臨時大興行開始に就て
美人と奇術は若く新らしい處に値打が有ります.
天一の奇術は天勝に由て引立ち天勝の魔術は小天勝が有るから見られました。
その花の如き小天勝は松旭斎家元の勧めにより天勝一座の奇術師数十名を随へ茲に花々しく独立して日本魔術界の将来を支配する事に成りました。
若き女魔術師小天勝はこの責任ある地位に立つと共に総て新らしき道具と新らしき技術を利用し、従来松旭斎の家に無かつた新魔術及魔術応用の悲劇喜劇数番を案出し、当の初舞台に於て日々御高覧に供することに成りました。
願はくは故人天一を愛し、天勝を愛せられた御温情に倍して、この若く任重き小天勝を愛せられ、日本魔術界の前途に絶大の光明あらしめ給へ。
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▲花の如き松旭斎小天勝一行は総員三十六名
▲演芸はいづれも新時代的大仕掛のものにて未だ日本にて公演せざる封切もの及び小天勝創案独得のもの多々あり
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◎入場料 普通席金拾銭 一等席金貮拾銭 特等席金参拾銭 貴賓席金四拾銭

 演芸種目
一、エルデツト式カフマン式 自転車の曲技    萩原秀長、奥田一夫
一、卓上少女の隠現 外小奇術数番        松旭斎壽子
一、曲芸ワンボール               菅旭勝
一、滑稽音楽合奏  萩原秀長、奥田一夫、堀喜一、松旭斎壽子、松旭斎鶴子
一、ロシヤカンツリーダンス           松旭斎鶴子
一、滑稽雲雀の表情               萩原秀長、奥田一夫
一、小奇術 掌中のカード、隠現の油絵、双手の、飛行のカード、色の変
     転、タンバリン  松旭斎小天勝
一、大魔術 雲の峯、レーモンド式二重トランク、長の人形  松旭斎小天勝
    新時代劇応用 魔と神  峰松信夫、松崎正義、女優鈴木歌子、亀井鉄骨
        (拡大図)
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中央が天華。その上より右回りにて、松旭斎鶴子、萩原秀長、堀喜一、松旭斎笑子、峯松信夫、亀井鉄骨、松旭斎壽子、鈴木歌子、松崎正義、松旭斎艷子、菅旭勝、奥田一夫

〈編者註〉上掲チラシは河合勝
『日本奇術資料大事典』(東京堂出版・2023)所収より転載。 

大正451 都新聞
 天一に天勝あり天勝に小天勝ありといふ花形の小天勝は独立して五月一日から浅草公園富士館に出演し新案出「魔と神」にて亀井鉄骨以下の新派を使用し空前の新魔術を行ふ。

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大正452日 万朝報【広告】

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大正453 都新聞
 天勝小天勝を訴ふ
 浅草の富士館で興行中なる小天勝に対し天勝は象潟警察署へ告訴し、尚弁護士鈴木富士彌氏の手によりて訴訟を起すと威丈高になつたが、警察へ出した書面には小天勝はまだ年期中の弟子にて無断に興行するは契約違反なり、尚ほ天勝と一座する自転車曲乗で萩原秀長は天勝より早く公園へ出演せずとの契約もありとて興行解約を館に迫りたしとの理由なるが、小天勝は既に熟議の上一千円も費して奇術馬力三台を譲り受けて独立せる以上は興行上のけ引は随意なりとの事にて、結局一日初日を出したるが、天勝の裁判沙汰に出でしは一座を組織するの已むを得ざるに到りしばかりでなく、未だ天勝が公演せざる新魔術三種を逸早く小天勝が亀井鉄骨等と新派劇を利用して発表せるを不満に思へるならんと。

大正458日 万朝報
▲天勝と小天勝 浅草公園に旗上げしたる小天勝に対し旧師天勝より苦情出で、遂に裁判沙汰にまで及びしが、判事の粋なはからひにて互ひの意志頓に疎通して去る五日、無事に示談となりしとは芽出たし。

大正4512日 読売新聞
 小天勝の奇術を観る
 IMG_20251217_0008天勝が小天勝と喧嘩して、それが裁判沙汰になつたの、ヤレ仲直りが出来たのと、ヒヨンな事が世間の注目を惹いて、浅草の富士館は毎日満員の盛況だといふ事を聴いて、私も好奇心に駆られて一寸覗いて見た。
 秀長、一夫両人の「自転車の曲技」、寿子の「卓上少女の隠現」、旭勝の「曲芸ワンダーボール」、秀長、一夫、正雄、寿子、鶴子等の「滑稽音楽合奏」、鶴子の「ロシヤンカンツリーダンス」等は何れも巧みには違ひないが、従来とてもよく諸方で見る芸であるから取り立てゝ云ふ事は要るまい。
 松旭斎小天勝の奇術中でも「掌中のカード」「隠現の油絵」「飛行のカード」「双手の絹」「色絹の変転」「タンバリン」等は是亦早業の處は感心の外は無いが、然しまづありきたりの芸であらうが、「雲の峰」「二重トランク」「生長の人形」の三大魔術に至つて始めて小天勝の妙技を発揮した。信夫、正義、歌子、鉄骨の新時代劇応用の「魔と神」も一寸面白かつた。(宝水)

大正4514日 万朝報【広告】

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大正4515日 万朝報
▲小天勝大好評 富士館の小天勝は大好評にて十五日限の所二十三日迄日延となり、総へてを差かへたる中に封切の三大魔術は見物(みもの)、魔術劇「間違ひ情夫」には小天勝も女優として出演。パニスダンスは殆んど裸体にて鶴子が勤むる由。

大正4517 都新聞
▲小天勝日延べ 浅草富士館の小天勝の奇術は大入りのため二十二日迄日延。

大正4520日 万朝報
【広告】レコード破り 勿驚十八日間 日夜満員 人?魔? 小天勝 富士館

大正
4523
 都新聞
▲小天勝の名残り 富士館の小天勝はお名残として二十四日から三十日迄興行し、小天勝は独特のナシヨナルダンスを大入お礼のため提供するよし。

大正4523日 万朝報
▲小天勝又日延
 浅草公園富士館の小天勝は好評の為め又々来る三十日まで日延となりたり。

大正4524日 万朝報
【広告】電気応用 独特ダンス 愈三十日限おなごり 人?魔? 小天勝 富士館

大正4524 東京日日新聞【広告】

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大正4525日 万朝報
【広告】益々大入 日のべ 愈東京お名残(三十日限) 小天勝 浅草富士館

大正
4525
 都新聞
▲小天勝の舞踊(ダンス) 富士館の小天勝はお名残りに大魔術を発表し、独特の電気応用のナシヨナルダンスを鶴子と共に出演中なるが好評。

大正4528 都新聞
▲小天勝 浅草富士館の小天勝一行は三十一日大阪朝日座へ乗込むに付、二十九、三十の両日、告別の新演芸を為す。

大正4528日 万朝報
▲小天勝 空前の盛況なりし浅草富士館の同一行、大阪へ乗込むに付、二十九、三十の両日特に新奇術、放れ業をさし加へ盛んなる告別演芸を催すといふ。 

大正4529日 万朝報【広告】

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【文献資料】『日本歌劇写真名鑑』(歌舞雑誌社・大正9

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 高田笑子
 本名、高田タカ。明治39年3月3日生れ。十歳にして松旭斎天華の門に入り専ら舞踊及び音楽に志し、天華と共に海外に遊ぶ。帰朝後は足立鶴子に愛され益々舞踊に天稟の才を現はす。
〈編者註〉笑子の名前が初めて新聞に出たのはこの公演で、大正9年1月の京都明治座が最後である。初代天華の死後(大正9年9月30日死亡)、足立鶴子が二代目天華を襲名したが、笑子は参加していない。

 大阪道頓堀朝日座 61日~22

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 特別臨時大興行開始に就て
 美人と奇術はわかく新らしい處に値打が有ります
   艶麗花の如き
松旭斎小天勝は今回天勝一座の奇術師数十名を従へ茲に花々しく独立して日本奇術界の将来を支配する事に成りました。若き女魔術師小天勝はこの責任ある地位に立つと共に総て新らしき道具と新らしき技術を利用し、従来松旭斎の家に無かつた新魔術及魔術応用の悲劇喜劇数番を案出し、当座の初舞台に於て日々御高覧に供することに成りました。
願はくは故人天一を愛し、天勝を愛せられた御温情に倍して、この齢若く任重き小天勝を愛せられ、日本魔術界の前途に絶大の光明あらしめ給へ。
〈編者註〉上掲チラシは河合勝『日本奇術資料大事典』(東京堂出版・2023)所収より転載。

大正
461日 大阪朝日新聞
▲朝日座 同座奇術一座は松旭斎小天勝、鶴子、艷子、笑子、寿子、歌子、亀井鉄骨、松崎正義、菅旭勝、奥田一夫、萩原秀長、堀喜一、峰松信夫外二十三名にして、演芸の番組左の如し。
 自転車曲乗、卓上少女の隠現、曲芸ワンボール、滑稽音楽、ロシアカンツリーダンス、滑稽雲雀の表情、小奇術六種、大魔術雲の峰、廿トランク、生長の人形、新時代劇応用「魔と神」

大正462日 大阪朝日新聞【広告】

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         二の替りチラシ
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開演以来陸続御詰掛を給はり一座は申すに不及関係者一同難有奉謝上候。付ては茲に演芸全部を取替へ更に奇抜なるものを御高覧に供し度候間、重ねて御来観御高評を賜はり度御礼旁御依頼申上候

  演芸全部差替
 ○ブラツク式、カフマン式自転車の曲技    萩原秀長、壽子、鶴子
 ○滑稽奇術 飛行のステツキ、空中の金魚、不思議のビン、群□の集中  
                       奥田一夫
 ○小奇術 変色の絹、不思議の時計、伸縮自在のハンカチ、小鳥と時計  
                       鶴子
 ○滑稽アツブル               萩原秀長、奥田一夫
 ○ナシヨナルダンス             小天勝、鶴子
 ○雲雀の表情                萩原秀長、奥田一夫
 ○曲芸  ビール瓶の取分独特一ツ鞠     菅旭勝
 ○小奇術  掌中のボール、紙中のフラワ、カードの仕訳、米と水、指輪の
  飛行                      小天勝
 ○魔術  (封切)風俗ボツクス、不思議のトランク 小天勝
 ○(封切)大魔術五大強国             小天勝
 ○(封切)喜劇応用大魔術間違情夫  
   亀井鉄骨、鈴木歌子、峯松信夫、松崎正義、奥田一夫、小天勝 
〈編者註〉上掲チラシは河合勝『日本奇術資料大事典』(東京堂出版・2023)所収より転載。 

大正4613日 大阪朝日新聞
▲朝日座 松旭斎小天勝一座は十三日より番組を全部取り替へ。重なるものは左の如し。
自転車曲技(萩原寿子・鶴子)
滑稽奇術百集(奥田一夫)
変色緒其他(鶴子)
曲芸(菅旭勝) 
ナシヨナルダンス(小天勝・鶴子)
指輪飛行・風俗ボツクス・五大強国(小天勝)
喜劇応用魔術「間違情夫」(小天勝一座総出)

大正4623日 大阪朝日新聞
▲朝日座 同座の奇術松旭斎小天勝一座は日延を重ねて二十二日限り閉場。

 京都四条南座 79日~20

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術界の花形小天勝来る
艶麗花の如き松旭斎小天勝は元天勝一座の奇術師数十名を従へ花々敷独立開演する事になつたのでです。そして新らしき道具と新らしき技術とは従来松旭斎の家に無かつたものを使用し、優越したる技倆を発揮する事となつたのです。尚最新新工夫になれる魔術応用新時代劇は小天勝独創の大仕掛ものにて未だ嘗て日本興行界に於て開演を見ざる斬新なるものです。賑々敷御観覧の上更に花を添へられんことを。

  演目番組
 1 愛らしい小奇術  艶子 愛子 笑子 正一
 2 小奇術  洋傘とフライキ、コーヒーの製造、卓上少女の隠現  壽子
 3 自転車曲技  奥田一夫 鶴子 萩原秀長
 4 小奇術  掌中のカード、双手の絹、色絹の変転、タンバリンとフライパン  
   小天勝
  十分間休憩
 5 滑稽奇術  飛行のステツキ、空中の金魚、飛行のカード、帽子の玉子、
  郡□の集中  奥田一夫
 6 小奇術  変分の絹、不思議の時計、伸縮自在のハンカチーフ、小鳥と時
  計、万国風俗ボツクス  鶴子
 7 曲芸 ビール瓶の取分、独特一つ鞠  旭勝
 8 滑稽音楽の合奏 附ロシヤカンツリーダンス  秀長 一夫 喜一 正一 
   壽子 鶴子
 9 雲雀の表情  秀長 一夫
 10 小奇術  空中のビール、米と水変化、指輪の打込 大魔術  最新二重ト
  ランク、五大強国  小天勝
  十五分休憩
 11 悲劇応用大魔術 魔と神 魔術応用新時代劇  亀井鉄骨 松崎正義 山本
  耕加 萩原秀長 小天勝 
〈編者註〉上掲のビラは河合勝『日本奇術資料大事典』(東京堂出版・2023年)所収より転載。

大正478日 京都日出新聞
□南座 小天勝一座は明九日午後五時開演。入場料は一等五十銭、二等三十銭、三等二十銭、四等十銭にて、本日花々しく乗込む。演芸は天勝一座と余り変りなきも、二三目新しき物あり。奇術応用の悲劇は呼物なるべし。

大正479日 京都日出新聞
□南座 小天勝は昨日舞台装置を経て本日午前十時より盛なる町廻りをなし、午後五時より開演。小天勝は此春天勝一座に露子と名乗つて出演し、別れて半年振に小天勝と改め、此度は運定めとあつて懸命になつている。

大正4710日 京都日出新聞
□南座 小天勝は天勝一座にて将来二代目天勝となるべく嘱望された少女、奥田、萩原も屡々京都の舞台を踏み、山本耕水も三友倶楽部の主任弁士として知られた人、いづれも人気あり。

大正4711日 京都日出新聞
□南座 小天勝一座初日は萩原、奥田、山本等の馴染あると小天勝の名が人気を惹いて相当の入があつた。

大正4711日 京都日出新聞
☒小天勝一座☒
■若い身空で早くも師天勝より独立し得た元の君子嬢、今の小天勝は艶麗花の如き姿を以つて妖艶なる舞台振を、曩に天勝の技巧に老(た)け乍らも老衰し行く廃残の目に痛ましかりし印象を消しつゝ南座に現はれた。一座は自転車曲乗の名人萩原秀長も居れば、活弁たりし山本耕水も居る正に天勝に次ぐ大一座とは認められる。
■初めて自分の領分として思ふまゝに舞台の上に発揮し得た小天勝の奇術はと云ふに、小手先の微妙なる働(はたらき)はあり乍らも、尚ほ虚心平気に観客を蠱惑し奇術の展開を大ならしむる可能性は欠けていると云はねばならぬ。此点は、充分観客を吞み込み得た師天勝の老練には及ばない。

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■小奇術、掌中のボール、米と水変化、指輪の打込等は鮮(あざやか)に見られた。大魔術二重トランクは天勝時代より長い経験を経たものと見へ、可也(かなり)手際よく進行せしめたが、然し観客に訴へる時間は尚緊縮せねばならぬ。
■悲劇応用「魔と神」は余り感心出来兼ねる。一体に奇術は喜劇の部に属すべきもので、突然悲劇を出されても観客の心理作用は其場面に落付いて見られない。冗長な台辞(せりふ)なんかはよして寧ろ手取早く怪談的のものに仕組むか、さもなくば矢張りコメデー式に依るより外はない。折角の熱心も観客が買つて来れなければ何もならない。之は最(も)一つ考へ直すべきではあるまいか。
■萩原秀長の自転車曲乗は相変らず達者なものである。奥田一夫との雲雀の表情は何度見ても面白い。此那(こんな)のもはもつと何とか発達せしめると宜(よい)と思ふ。一座の中で鶴子は可憐な芸を見せている。
■小天勝は技巧其ものを見るよりも寧ろ表情と見振の人である。稍誇大にされているが、然し愛嬌ある舞台振は之を補している。兎に角斯くて一座を卒(ひき)へて行かんとする若い小天勝は偉いものである。同時に其未来も多望であらう。

大正4712日 京都日出新聞
□南座 小天勝一座は奥田、萩原の自転車が喜ばれ、小天勝のカードは天一、天洋を凌ぐ鮮かさで、雲の峰は確かに天勝より目先が奇麗である。

大正4715日 京都日出新聞
●南座覗き 奇術の面白味は馬鹿にされる所にある。小天勝を見ながら、あの箱が怪しいなどゝ考へたら、奇術の面IMG_20250421_0008白味は殆どなくなつてしまふ。種をせんぎ立てすると探偵か、三面記者になつてしまふ。元来芸術を観るのは、馬鹿になるのが見物して難有味(ありがたみ)の存する所であるなどゝ理屈で小天勝を見ては駄目──小天勝は小さな、美しい、愛嬌のある、可愛らしい女である。芳齢正に十九歳と云ふ、体の動かし方が如何にも旋律的だ。天勝師匠が東京でサロメを演(や)つて居る。小天勝も「悲劇魔神」とか云つて芝居する。兎に角可愛いもんだ。伊太利の静物画を観るやうな気持のする女だ。曲芸がある。自転車曲乗りなど相当にうれしがらせる。然し此の曲芸なるものゝ審美的価値は……イヤもうよそう。

大正4716日 京都日出新聞
●南座覗き(二) 小天勝の小さな、可愛らしい繊手の中へ、トランプが消えたり、IMG_20250421_0007現れたりする。テーブルの上のコツプから、噴火もする。白馬も跳(おど)り出る──これはうそだ、奇術だもの、うそが当り前である。此の自転車は実用に適さぬ。美術は実用から離れて生命がある。暮色美しい叡山を恍惚と見入つて、あの叡山へ植林して何年目には幾らの利益が──と考へると、同時に恍も惚も根底から駄目になる。すると、此の自転車も実用から離れて、そこに美が……舞台には無事幕がありて居る。

大正4716日 京都日出新聞
□南座 小天勝一座の奇術は連夜相応の入を続けて、奥田の滑稽奇術、萩原の自転車曲乗は評判がよい。一座は打揚後、中国、九州を経て、支那、印度方面に出稼する。

大正4717日 京都日出新聞
□南座 小天勝一座は好評に付き十九日頃まで打通す筈。切の魔と神は今晩から魔術応用新喜劇と取替へる。

大正4718日 京都日出新聞
□南座 小天勝は、十八、九の美人で将来奇術師として起(た)たうといふ少女を捜している。

大正4720日 京都日出新聞
□南座 小天勝一座は好評の為め更に日延して、愈々本日限り打揚げ、二十三日初日にて岡山へ赴き…(後略)。

 岡山県岡山市高砂座 723日~

大正4722日 山陰新報
△高砂座 松旭斎天勝一行より本年一月分派し、各地に於て好評嘖々たる小天勝一行、本日乗込み、晩涼を期し花々しく町廻りをなし、明日より開演の筈。一行は妙齢の美人揃ひにて、奇術も斬新なるものを加へ、中にも時代的喜劇応用にて見せる大魔術は格別見物なる由。

大正4732日 山陰新報
△高砂座 松旭斎小天勝一行は昨朝残らず乗込みたるが、都合に依り本日午前九時より花々敷く町廻りをなし、午後五時より涼み興行として開演。入場料は上場二十銭、中場十銭、立見五銭と云へる破格の安値にて見せる由。初日は□銭均一となす筈。重なる演芸の種類左の如し。
 愛らしき小奇術(艶子、笑子、愛子、正一)
 小奇術、洋傘とフライギ其他(鶴子)
 ブラツク式カフワン式自転車曲技(奥田一夫、萩原秀長)
 小奇術、
双手の絹其他(小天勝)
 滑稽奇術、飛行のステツキ其他(一夫
 絶外なる曲芸(旭勝)
 滑稽音楽合奏、ロシヤカンツリーダンス(秀長、一夫、喜一、正一、愛子、鶴子)
 雲雀の表情(秀長、一夫)
 小奇術、コウヒーの製造、掌中のカード、指輪の打込、
□□の飛行、大魔術、封切万国風俗ボツクス、最新二重トラ
 ンク、封切五大強国(小天勝)
 新時代劇応用大魔術「魔と神」(秀長、一夫、耕水、正義、鉄骨、小天勝)。



misemono at 16:15|PermalinkComments(0) 初代松旭斎天華 

初代松旭斎天華 大正5年

大正5年(1916年・21歳)

 東京浅草公園富士館 111日~2月15 

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大正519日 東京朝日新聞
▲富士館 小天勝改松旭斎天華にて十一日より大魔術、自転車曲乗等を演ずる由。

大正5112 万朝報
十一日より浅草富士館に出演する小天勝改め天華嬢

大正5112日 東京日新聞【広告】

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大正5114日 東京日新聞
▲富士館 十一日より開演せる小天勝改め天華は新創案なる大仕掛の魔術劇「唖の旅行」二場を一座の男女数十名にて演ずる外、新帰朝者柴田昇旭の大冒険ステツプ等あり。

大正5115日 読売新聞
【広告】大好評唖の旅行 小天勝改メ天華嬢 十五十六十七日は是非 富士館

大正5115日 読売新聞
●富士館の魔術 浅草公園富士館にては十一日より問題の女魔術師松旭斎小天勝改め天華嬢の最新創案に係る大仕掛の魔術劇「唖の旅行」二場を始め「魔の従者」「美人と衡器(はかり)」等大小数番の奇術を演ずる外に、奥田、萩原の自転車曲乗、新帰朝者昇旭の大冒険ステツプ、萩原、奥田等の滑稽劇「雲雀の恋」等を出し、頗る好評にて日々満員の盛況なり。

大正5125 万朝報
▼天華嬢の成功 去る十一日より浅草富士館に出演せる天華嬢は前年同様の好評にて、更に一週間日延を為し、二十六日より全部新芸と差替へ、大冒険自転車曲技を始め最新式曲芸、ステツプダンス、魔術応用劇等を上演する由。

大正5127日 東京日新聞
▲天華嬢 浅草富士館に出演中の同人は二十六日より全部新芸と差替へ、昨冬ゴルドインが帝劇にて演ぜし「グラス抜」並に「行ける影」の二大魔術に解決を与へる由。

大正5129 万朝報【広告】

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大正521日 読売新聞
●天華嬢又復日延 浅草公園富士館の天華嬢は去月二十六日より一週間日延し、昨冬帝劇に出演して問題となりたるゴルドイン式二大魔術を公開せしが、今回又復一週間日延をなし、日延中は大入御礼として同館独得の松之助の大活劇柳生十兵衛を差加へると。

大正522日 東京日新聞
▲富士館 天華嬢は二日より一週間三度目の日延を為し、日延中同館独得松之助大活劇「柳生十兵衛」を差加へると。

大正529日 東京日新聞
▲富士館 天華更らに十五日まで日延べなし、それより両三年の予定にて欧米巡業の途に上る。

大正5215日 東京日新聞【広告】

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  ※          ※          ※          ※


大正
5227日 万朝報 
 女月旦(おんなしなさだめ) 
  私の観た天華  松旭斎天勝
 ▪外出姿の天勝▪ 
 浅草新福井町の豆腐屋の前には立派な自働車が停まつて、近所のおかみさんや小娘たちがそれを取り巻くている。──この豆腐屋の裏手に棲む野呂辰之助氏の令夫人、天勝さんのお出ましを拝まふと云ふ人だかりであつた。
 盛装した外出姿の天勝を見た時は、ダイヤとプラチナと、金と真珠と、種々の宝石のきらめきまで記者の眼もくらむやうであつた。なるほど、十万とか二十万とか云ふ大した資産を、あの美しい顔と姿とから作り出した女王だけあつて、
IMG_20250324_0006 ▪裾模様の刺繍▪
 の間にも、半襟の縫ひの間にも、頭の髪の中にも、羽織の紐の飾りにも、帯止めの金具にも、奇麗な指の先にも、乃至は金歯の中央にも、まるで五体中からダイヤの光りを放つている。職業から装飾の美と云ふことに中々苦心をしているやうだが、それでも配色の美に欠けているのは、この人の性格がそんな方への趣味を有(も)つていないのだと見える。
 『天華! あゝ君子のことですか。私は君子と云ふ名を遣りましたのです。此方から暇を出しました時には、松旭斎と云ふ号は使はないと云ふ契約を結んでありましたのに、
 ▪勝手に小天勝▪
 なぞと名乗つて公園へ現はれたのです。あの子も可哀想に、悪い兄さんの犠牲になつて終ひました。
 私の家へ来ました時は十七でした。四人一所に入れまして三年の年期でしたが、あの子は妙に器用な質で、稽古などは余りしませんが能く私の芸を吞み込んでやりますので、私は可愛いくつて〳〵、真筒(ほんとう)に他の弟子たちよりは眼をかけてやりました。
 辛抱してくれゝば無論二代目に仕やうと思つたのです。あれ程にしてやつたのに、後足で砂をかけるやうなことをして出てしまひました。皆あの兄の萩原が悪いからです。暇を遣る時にも、
 ▪お金を千円▪
 と、要らない道具を荷車に三台もやりましたけれど……』
 天勝さんはヒステリー性だと云ふ評判で、お茶やお菓子を運んで来るお弟子の子供がビク〳〵して、お叱言(こごと)のでないやうにと努めているのが知れる。
 『あの子は素質(うまれつき)から芸人に出来ていますよ。舞台の方は極熱心で器用にやりますけれど、家の事と云つたらカラ駄目です。他の子が働いている時でも、自分は別段働かうとするでもないし、御膳などに塵(ごみ)がたまつていると、自分の袖で拭いて了ふし、灰ぐらいこぼれたのは畳の目になすり込んで了ふと云ふ風なのです。家では
 ▪買喰と昼寝と▪
 それに足を出すことゝは許しませんから、あの子に取つては随分窮屈だつたでせう。一日中髪を直したり、お化粧を直したり、そんな事ばかりしていました。
 能く叱言(こごと)も申しましたが直りません。他の弟子たちから見ると、私が依沽贔屓をしていると云はれるほど私は可愛かつたのです。ですから君子に暇が出た時、他の子は手を拍(う)つて喜んださうせす。
 私に付いて居れば好い芸人になられましたのに、あゝなつてはもう駄目です。地方廻りをして、神戸と大阪とだけは当てたが、後は
 ▪御難つゞきで▪
 あの一座は酷い借金ださうですから、あの子を妾にしてお金を引き出さうと云ふ相談もあつたやうに聞いていました。
 あの子は素ではあまり好くありませんが、舞台顔は可なり奇麗です。たゞ、少し背を欲しいと思つてました』

大正5228日 万朝報
IMG_20250324_0008 女月旦(おんなしなさだめ)
  私の観た天勝さん  松旭斎天華 
 ▪屋根裏の部屋▪
 富士館の屋根裏には鶴澤燕なにとか云ふ札が掛け棄てになつている。活動の陰を弾く義太夫語りの部屋にでも充てられてあつたのであらう。思ひ切つて汚ならしい、埃(ごみ)だらけな棚の上には、よごれた絣の綿入なんどを押込んである。
 二脚の椅子がやつと這入るくらいの三角形になつた、それでも畳だけは敷かれた所に、記者は此一座の花形である天華嬢の出現を待たなければならないのである。
 裏通りに荷を下した密豆屋のコツプの中には、二杯、三杯、四杯密豆が盛られて、誂へて行つた向ふ側の
 ▪曖昧屋の女が▪
 また顔を出した。
 頬紅をお猿さんより濃く塗つて、白粉で真白になつた襟のかゝつた銘仙の綿入に、同じ銘仙ものゝ汚れた羽織を着た天華の髪には金色の光りの褪せかゝつた哀れなモールが載つている。
 せはしない活動小屋の、魔術の跡の三十分を利用して、記者は此人の天勝観を聴いた。『天勝さんは真筒(ほんとう)に可哀さうですね。天勝さんが公園の帝国館で魔法樽を出して大当りを取つていた時、私は兄の萩原秀長に呼ばれて、高知市の父の許から来て遽(にわ)かに
 ▪芸人の仲間に▪
 入つたのです。優しい天勝さんは、私を君ちやん、君ちやんと云つて可愛がつて呉れました。私は東京へ来て四日目に直ぐと舞台に出ましたのです。
  お稽古の時にも天勝さんは余り教へません、黙つて見ていては、吞み込みの悪い子だと能く叱言(こごと)を云はれましたが、私には初めから叱言(こごと)一(ひ)とつ云はず、着物なんか買ふ時にも、一等好い品を私に選ばして呉れました。さうして、外のお弟子に気の毒なほど私に善くして下すつたのです。
 ▪私を二代目に▪
 するのだと云つては、新聞の方などに紹介して呉れました。夫れほどですから、一座が三年間方々の国々を興行して歩きました間でも私は天勝さんに酷くされた事などはありません。方々をあるいて居る時、天勝さんはお客の座敷にも余り出ませんし、又私達も出しません。宿屋の二階から一歩も外へは出ることを許さないと云ふ風ですから、何處へ行つても町どころか公園すら知らないのです。皆出て遊びたい盛りの子供ですから「私たちは籠の鳥よ」とこぼすのもあります。また中には「君子さん、あなたはお気に入りだから先生に頼んで外へ出して貰つて頂戴よ」とせがむものもありました。是れがつらい位のものです。
IMG_20250324_0007 ▪唯一つ嫌な事▪
 は天勝さんの御亭主の野呂さんです。野呂さんの吝嗇(しみったれ)ツたら、一銭のお銭(あし)も出し惜しみをするのです。座員にお給金を遣る時も、散々叱言(こごと)を云つて渡しますし、私達お弟子に対して、それは情(なさけ)ないほどしかお小遣ひをくれません。皆んな綺麗にしたい盛りの娘たちですもの、お小遣ひが足りない勝ちでは困るのは当り前ですわ。私は皆んなから立てられていましたから、時々兄さんにねだつては、そのお銭(あし)を皆んな分けてあげた事もありました。
 上海から満州朝鮮と興行した三年間に、
 ▪十万円のお金▪
 は出来たつて云ひますから、今では大変な財産でせう。
 野呂さんは、朝起きても裸体(はだか)で突つ立つた儘で、下帯から足袋までお弟子に穿かして貰ふのです。それでいて叱言(こごと)の云ひ通しで「手前たちは何んの為に飯を喰つてるのだ」、二言目にはこれですもの。
 その癖美しいお弟子には忌(いや)らしい事を云つて眼尻を下げるのです。ですから家の内が始終ごた〳〵して、天勝さんはヒステリーを起すのです。そんな時には、天勝さんが黙つて泣いています。皆んな傍で見ているものが困つて了つて、何時でも
 ▪気に入りの私▪
 を機嫌取りに出すのです。私が傍へ行つて慰めますと、機嫌の直ることもありました。
 天勝さんは貞女です。さうして、私によくして呉れました。私些(ちっ)とも別れたくはなかつたのですけれど……
 恁(こ)う語つた魔術師天華も、もう富士館を打ち上げて旅の空を歩いている。 
〈編者註〉この記事は土屋理義氏よりご教示を受けました。

       



misemono at 16:13|PermalinkComments(0) 初代松旭斎天華 

初代松旭斎天華 大正6年

大正6年(1917年・22歳)

大正6625日 東京朝日新聞
  異境に狂ふ女魔術師
 古倫母(コロンボ)の病院に幽囚の松旭斎小天勝
 古倫母(コロンボ)といへば印度の南端、風光の美しい都市で聞えているが、独艇印度洋に現はるの飛報以来燈美しい此古都も燈火を禁ぜられて毎夜死の都の様に真暗な沈黙を続けている。然るに此處に怪しいのは市の一隅に巨人の様に蟠る国立病院の一室から夜な夜な不思議な女の叫声が聞えた。叫び声の意味の判らない所から「支那人だ」「日本人だ」「狂女だ」といふ種々の噂が伝わつた。
 IMG_20250421_0016五月の末の夜、目下古倫母(コロンボ)で開演中の久し振の日本人帰天斎(ママ)天華一座の奇術を観て帰途に着いた記者は、今夜の天華嬢が嘗て内地で見た記憶とは若過ぎる事や、天勝一流の魔術の他へんちきりんなチョンキナダンスが烏滸がましくも呼物にされているのを可笑しく思ひ乍ら歩く中、いつか国立病院の前に来ていたが、不図ある好奇心に駆られ、つい病院の門を潜つた。
 ヂツと耳をすまして聞いていると果して其夜も消魂(けたたま)しい女の叫声が耳を劈く様に聞えた。広い植込の奥の病室から漏れて来るその声が日本語であつたのには記者は少(すくな)かなず驚かされた。「お母さーん」、狂女は慥に日本人である。「あゝ苦しい」「いや〳〵いや〳〵」「助けて頂戴」、叫び声は高く低く静かな植込へ靡いて行く。「あなたそんな事してはいや」「お母さーん」……数分の後記者は既にその病室にあつた。純白のシートの上には若い女がノタ打ち廻つている。顔や肌は凄い程青白く、骨と皮ばかりに惨(むごた)らしく痩せ衰へた四肢を五人の看護婦が寄つてたかつて押へている。「あなた、いや〳〵」「お母さーん」、彼女の物狂はしく叫び乍らノタ打つ様は凄惨とも何ともいひ様がない。
 噫!!意外 今夜見た天華もマネージャーT君も其席にあつて悲しげに此女を見守つているではないか。不思議!!不思議、此はまたどうした邂逅かと驚いたが、然も狂女こそ真の天華で、今来ている天華は実に天華の弟子の鶴子が興行政策上から師匠の名を名乗つているのだといふ事を聞くに及んでは更に〳〵魔術以上に驚かされた。
 T氏の説明によると、天華は元夫(か)の小天勝と称した天勝一座中での第一の花形であつたが、独立して帰天斎(ママ)天華と改名し、一昨年の四月、台湾の共進会に赴いたのをキツカケに上海に渡り、更に爪哇、新嘉坡と流れて廻り、八月末からは印度各地を巡業したが、師匠天勝から独立した為小天勝の名を剥がれたのを始終気にして常にヒステリーの気味があり、最初は単に神経衰弱だけであつたが、漸次狂状を帯びて来て、今は昼も夜も狂ひ廻つて全く食事をとらず、全快は覚束ないといふ事であつた。数千哩を隔る印度洋の果に故国の母を呼びつゝ泣き喚く狂女優、たゞ病気といふだけでは済まされない。悪辣な興行ヂゴマの圧迫か、野獣の如き恋に虐げられてか、「あなた」の一語に総ての秘密が籠められているに違ひない。(コロンボにてST生)

 
 東京新富座 1027日~11月2日

大正61024日 東京朝日新聞
▲新富座 二十七日より松旭斎天華の奇術を興行。

大正61026 都新聞
▲新富座 二十七日午後五時より開場する新帰朝小天勝改め松旭斎天華の魔術応用喜歌劇其他の番組は、
 奇術数番(鶴子)
 喜歌劇「夜会に行かう」(主人=艶子、妻=笑子、下女=萩子)
 曲芸(旭勝・旭忠
 欧米最新流行唄(鶴子)
 滑稽(萩原秀長・堀喜一)
 幻曲「瀕死の胡蝶」(艶子外七名)
 奇術数番(天華)
 魔奇術応用歌劇「チチミール」(エビライム王=松本、デアマイル=小島、ダルベト王・亡霊=堀、ネロイ神=ネリ
 ー、捕せの女=秀子・蝶子、チチミール=天華、侍女・兵卒=総出)

大正61026日 東京朝日新聞
▲新富座 二十七日午後五時より開場の新帰朝小天勝改め松旭斎天華の魔術応用の喜歌劇其他の番組は、喜歌劇「夜会に行かう」、曲芸、欧米最新流行唄、滑稽、幻曲瀕死の胡蝶、奇術数番(天華)、奇術応用歌劇チチミール。

大正61026日 東京朝日新聞【広告】

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大正61027日 東京日新聞
▲新富座 二十七より七日間開演の小天勝改め天華興行は毎夕五時アキ、二十八日の日曜と三十一日の大祭日は昼夜二回。
大正61028日 都新聞【広告】

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大正61028日 都新聞
▲新富座の天華 初日満員にて今日は昼夜二回開演す。尚同一座へ新に松本泰輔が帝劇洋楽部出身の小島洋々を引連れ参加し、魔術応用の歌劇に出演す。

大正61030日 東京日新聞
●新富座の天華 小天勝改め天華が新富座の旗揚は内容もカナリ整つている。鶴子の小手先も器用になり、喜歌劇や胡蝶の舞で人気を占めている。爪哇の音楽は一寸変つている。萩原秀長の消化はチヤツプリンもどきに受けている。ナイフ投げをテニスに改めたのは目先が変つていゝ。天華の奇術では美人と鏡台が大物である。(△生)

大正61030日 東京朝日新聞
▲新富座の天華 新帰朝の小天勝改め松旭斎天華が二十七日から新富座に蓋を開けた。奇術は器械ものに大した新ものもなかつたが、天華の小手先はいよ〳〵鮮かに、舞台の態度から声までが天勝張張り、其他に自転車曲乗、曲芸、喜歌劇、滑稽、音楽、また大切に奇術応用の歌劇チチミールの一幕があつて、帝劇の歌劇部に居た連中の顔も混つていた。

大正61030 万朝報
●新富座の天華一座 以前天勝から分離して小天勝問題で大分やかましかつた松旭斎天華は、海外巡業で箔を付けて帰つて来た。奇術にさして目新らしいものはないが、小さな喜歌劇「夜会に行かう」などは一寸受けている。奇術応用歌劇「チチミール」は感心しない。相変らず萩原の愛嬌ある滑稽が喝采を博していた。(文雄)

大正61030日 都新聞
 天華の魔術(新富座)
 久し振りで小天勝改め天華の手品を見た。曾て天華の身代りとなつて噂を起した鶴子の小奇術は実の處少しく不鮮明で、殊にプレツテイールームのやり損ひなどは愛嬌かも知れない。同人の流行唄シツパホイは稍うるさく、艶子、幾子、萩子の小喜劇は小供だけに同情して見て可なり面白く、旭勝、旭忠のテニスはまだ物足りない。萩原の自転車は相変らず楽なものである。艶子以下七人の幻曲「瀕死の胡蝶」は美しく、天華の奇術は大分鮮かになつて来たが、もう少し別な趣向があつて欲しい。然し相変らずの花形である。奇術歌劇「チチミール」は生きた虎までを持出した大袈裟なもので、天華のチチミールは役者の如く、其他の役々も可なり面白く見せていた。(春)

大正61031日 読売新聞
 新富座の天華
 小天勝改め松旭斎天華の一行が暫らくぶりでこの二十七日から向ふ七日間新富座に於て相変らず鮮かな綺麗な技に人気を博して居る。鶴子の奇術数番は別に新しい者ではないが手先が器用だから見て居て気持がよく、秀長の自転車曲技も益々熟練、喜歌劇「夜会に行かう」と旭勝、旭忠のタツケツト曲芸は目先きが変つて子供連大喜び、「シツパホイ踊り」と「瀕死の胡蝶」では鶴子のトーダンスが喝采を博し、爪哇音楽に続いて秀長、喜一の道化も大受け。天華の奇術中では「西洋皿と時計」「硝子のトランク」「銀貨の行方」「美人と鏡台」等の大小奇術とり〴〵に面白く珍らしかつた。最後の奇術応用歌劇「チチミール」は一座総出、管弦楽団の演奏があつて、当日第一の呼び物である。天華のチチミール、鶴子の王妃、松本の王、小島のヂヤマエル、何れも劇としては幼稚な所もあるが、お手の物の奇術応用は巧みであつた。午後五時開場、十時閉場。三十一日は昼夜二回上演。(小蝶)

大正61031日 都新聞【広告】

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【文献資料】『日本歌劇俳優名鑑』(活動倶楽部社・大正10

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 小島洋々
「本名、小島正次。明治211216生れ。三十四歳。帝劇洋楽部の第一期生たり。当時は南部邦彦と共に相当重き役を演じいたり。同部解散後は澤モリノ、石井漠等と共に大阪蘆辺倶楽部にて傑作座を設立したる事あり。後松旭斎天華一行に加はつて以来暫く地方を巡業す。従つて多くの人士は彼の名を忘れんとせしが、最近オペラ座に入り、昔の面目を躍如たらしむ。声色はバリトン。芝居に長ず。」
〈編者註〉当年表で確認できる最初がこの東京新富座で、最後は大正99月の東京新富座である。同年930日、初代松旭斎天華死亡に伴い同座を脱退した。その後を引き継いだ二代目天華一座には出演していない。


 東京浅草公園常盤座 1110

大正61110日 東京朝日新聞【広告】常盤座

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過般新富座に於て絶大なる大好評を博せし、東洋魔術界の花形たる小天勝改め松旭斎天華一行は、再び巡業の途に上るべき東都のお名残興行として極めて短時日間我が常盤座の招聘に応じ、最も新しき世界的大魔術劇、其他幾多の大小奇術を公開すべければ、此機を逸せず奮つて御来観を乞ふ。

大正61110日 東京日新聞【広告】

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◆南洋、印度、欧州、豪州に渉つて ◆三万哩の長途を踏破し来れる 
 小天勝改め松旭斎天華一行 紅薔薇の如に美くしい天華の魔術
 プログラム
 (一)管弦楽団演奏
 (二)奇術数番(鶴子)
 (三)小さな喜歌劇 夜会に行かう(艶子・笑子・萩子)
 (四)曲芸(旭勝・旭忠)
 (五)欧米流行歌独唱(鶴子)、道化(萩原・堀・濱)、爪哇音楽、幻曲瀕死の胡蝶
 (六)天華嬢の魔術数番
 (七)猛獣応用歌劇 チヽミール
 其他秀長独特の自転車曲乗等
〈編者註〉出演者名は都新聞により追加。

大正61113 都新聞
●浅草の天華 洋行で箔をつけた小天勝改め天華一行は十日から浅草の常盤座に現はれたが、新富座の時とは打つて変つて凄じい人気を引寄せていた。これは小天勝時代に公園で売出した関係もあり、やつぱり馴染の土地の方が好いと見える。虎を使つた魔術チチミールやガラスのトランクや卓上少女と花や爪哇音楽や夜会に行かうなどは公園の見物に大受け。

大正61113 万朝報
●常盤座の天華一座 プログラムはこの間の新富座の時と略(ほ)ぼ同じ事だが、馴染の深い浅草公園だけに素敵な景気で、天華が例のあどけない顔を舞台に現はすと、『小天勝!』『天華!』の掛声で割返るやうな騒ぎである。

大正61114日 東京日新聞
▲常盤座 天華一行は十三日より十九日まで鉄道院大宮工場の職工慰安の為、金龍館、東京倶楽部と共に日々千五百名の見物ありと。

大正61120日 東京日新聞
【広告】二十日より演芸全部差替申候 破天荒の大盛況 愈々帝都お名残りの御礼興行 天華の魔術 特別興行 常盤座

大正61123 万朝報
●天華二の替 常盤座で毎日満員を続けている松旭斎天華一座は二十日から二の替りを出した。今度は魔術喜歌劇「其夜」と不思議のボツクスが呼物で、過日来三回も舞台で卒倒した鶴子は余程元気が衰へているやうだが、それでもトーダンスの「アライアンス」を一生懸命に勤めるていた。


 東京赤坂溜池演伎座 121

大正6121日 読売新聞【広告】演伎座

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misemono at 16:12|PermalinkComments(0) 初代松旭斎天華 

初代松旭斎天華 大正7年

大正71918年・23歳)

 京都新京極明治座 11110

大正712日 京都日出新聞
△明治座 小天勝改め天華

大正715日 京都日出新聞
△明治座 小天勝改め天華一座は初日より満員続きの盛況。

大正715日 京都日出新聞
 △天華一座
 何も新年早々から馬鹿にされたいとは夢思はぬが、日の本は岩戸神楽の昔から女ならでは夜の明けぬ国と縁喜を祝つて綺麗な處から拝見に及んで納まらうと明治座に飛び込む。
 天華嬢は其の昔天勝一座にあつて未来の天勝を思はせた女、理由あつて□から独立し、小天勝と名乗つて嘗て□京都にも現はれたこともある。其の後遠く外国の地にあつて怪しい風説が伝はつた問題の女であるが、今度此の度明治座に現はれた處を見ると別に昔と変つた處もなく、相変らず小柄な身体を嬌艶に舞台の上に活躍します。
 其の一座の献立は在来の奇術一方では見物の方で納まらぬと見込んで歌劇やダンスを混ぜた上、奇術は魔術応用の歌劇で新しい處を御覧に入れて居りますが、ダンスは松旭斎鶴子と云ふ之又(これまた)美しい出演振に、嘗ては高木徳子でなければ見られなかつたトーダンスまで鮮かに演じます。
 先(ま)づ序幕が了(おわ)ると小さな喜歌劇夜会に行かうは艶子、笑子などの小さいダンサーによつて可憐に演ぜられ、各国風俗ダンス、アライアンスでは鶴子嬢のトーダンスが最も見物で充分に爪先の芸当を天女の如く舞つて見せ、曲芸のプレー・ロンテコス、滑稽ヒユーマンカナリーは奇想天外式で何れも巧妙を極めたもの、魔術応用喜歌劇其の夜は合唱や独唱、舞踊等を合せた喜劇中に魔術トランク抜けを演じ、最後の魔術応用歌劇チチミールは舞台大道具のうちに敵国エブライム王に捕はれの身になつた隣国の王女チチミールが恋の為めに犠牲となり、魔の鏡によつて危く救はれると云ふ美しい舞台面を描きます。終はりに天華の大小魔奇術は□體以前とは小手先の芸当から大奇術に至るまで細緻巧妙となり、雲梯気なく、鶴子其の他のダンスやバレーは充分手に入つたものであることを吹聴して置きます。(朱)

大正717日 京都日出新聞
△明治座 天華の魔奇術中最後の魔術歌劇「チヽミール」は猛獣及び蒸気機関を応用せる最新の舞台装置にて大好評なり。

大正718日 京都日出新聞
△明治座 天華は女流魔術師として名声あるばかりでなしに歌劇女優としても天分ある。魔術歌劇チチミールなぞは殊に好評なりと。

大正719日 京都日出新聞
△明治座 奇術天華一行は初日以来連日好況なりしが、十日を以て千秋楽。 

 開道五十年記念北海道博覧会演芸館 811日~

大正7810日 小樽新聞

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◇第一会場演芸館出演の天華
 第一会場演芸館に出演する小天勝改め天華一行四十余名は十一日御前十一時頃停車場より一直線に会場に向け音楽隊及札見、睦両見番半玉連を先頭に腕車をつらねて花々しく乗込むべし。開演は十一日午後六時にして、上演番組左の如し。
(一)序曲 天華オーケストラ
(二)流行小唄合唱
(三)曲芸プレーロンテニス
(四)滑稽グローヴイニベビー
(五)欧米最新流行歌シツパホイ爪哇音楽とチイベラリーの道化、幻曲瀕死の胡蝶トーダンス
(六)大小奇術数番
(七)喜歌劇「其の夜」一幕
等にして爪哇(ジャワ)音楽の如き教育参考となるべし。猶ほ瀕死の胡蝶は世界的名曲にて神秘的のものなりと。
〈編者註〉81日より919日まで札幌区中島公園(第一会場)、札幌駅前通(第二会場)、小樽区で開道五十年記念北海道博覧会が開催された。天華は札幌中島公園第一会場の演芸館に811日より出演した。

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 北海道小樽錦座 92

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大正792日 小樽新聞
●天華と錦座 道博第一会場演芸館を打揚たる松旭斎小天勝改め天華一行は二日より当区錦座に於て開演する事となりしが、一座は三十余名の大一座にて、大道具二十余噸、アフリカ産の猛獣とスチーム応用等大仕掛のものにて、洋劇部には松本泰輔外帝劇洋劇部出身数名あり。女優鶴子のトーダンス始め天華の魔術応用歌劇は一行の呼物なりといふ。

大正795日 北海タイムス
▲道博で好評の大奇術松旭斎天華一行は二日夜小樽区錦座で初日を開演し、曲芸プレーロンテニスから観た。天華の大小奇魔術は鮮かだが、反つて喜歌劇の「其夜」とか猛獣使用洋歌劇「チチミール」とかへ奇術を応用したものが面白くなつて来た。「其夜」は頗る観るべき価値あり。又大物の「チチミール」に出演するなど天華も大膽だが、好く演(や)つている。然し真面目な奇術は将来亡び行きはしまいか。(峰生)

 北海道札幌錦座 914922

大正7914日 北海タイムス【広告】

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過般道博第一会場演芸館に出演の節は皆々様のお贔屓に依り好評を賜りまして有難う存じます。其後岩見興行部の手にて小樽、旭川を巡演、本日より御地錦座にて再演する事となりました。お馴染深き皆々様にもう一度お見直し下さるやうお願ひ申します。

猛獣応用電気と蒸気機関運用にて演出する魔劇チチミール一幕二場を初め演芸全部取替へ御尊覧に供します。

大正7918日 北海タイムス
○天華の二の替り 目下錦座で開演中の天華一行は連日好評大入を続けつゝあるが、本日より二の替り狂言上場、喜歌劇、魔術、ダンス、奇術等目新しきものを選びて演出する由なり。

大正7921日 北海タイムス
【広告】昨日限り打上げの處、大入続きの為天華一座日延べ 今明日の二日演続 錦座

大正7922日 北海タイムス
【広告】愈々最後のお名残り 天華一座 本日限り 錦座



misemono at 16:10|PermalinkComments(0) 初代松旭斎天華 

初代松旭斎天華 大正8年

大正8年(1919年・24歳)

 横浜横浜座 123 ~1月27日 

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大正8121日 東京毎日新聞
▲横浜座 山川入道急病の為め休演する事となりたるより二十三日より松旭斎天一華にて開場するに決せり。

大正8122日 東京毎日新聞
▲横浜座の天華 二十三日午後五時より開場する新帰朝松旭斎天華一行の番組は一序曲、二現代流行唄独唱、三自転車曲乗、四ダンスエスパラノ、五小奇術数番、番外喜劇等ありと。

大正8124 東京毎日新聞
▲横浜座 同座の松旭斎天華一行は二十七日にて打揚げ、来月一日より有楽座と決定なすと。

 東京有楽座  21211

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大正8131 都新聞
▲有楽座 松旭斎天華にて二月一日五時より開場、二日、九日、十一日の日曜、大祭日は昼夜二回興行なり。

大正8131 東京毎日新聞
▲有楽座のベルス 天華一行に依つて上演さるゝエクルマンの鈴の音は松本泰輔が一幕三場に改作したるものにて、有楽座にてベルスを上演するは今回にて四回目なりと。

大正824 都新聞
●天華一座(有楽座) 天華の魔術は大分進歩した。さうして師匠天勝のそれよりも或は鮮かなものもあつた。天華は若い女だけに綺麗であつた。然し手品の種類はあまりに目先の変つたものがなかつた。旭忠の皿の曲芸は甚だ熟練したもので、萩原の道化もわざとらしい味が抜けて大分軽いところが出て来た。此他ダンスなど美しかつたが、西洋劇「ベルス」では松本のマテアスが恰ど井上正夫のやうで一番確かりした芸だと思つた。(春)

大正824 万朝報
○有楽座の天華一座 天勝仕込みの小天勝改め天華の魔術は師匠の塁をも摩せんばかりに鮮かものである。萩原の道化も軽くて達者で、さうして厭味がない。旭忠の皿廻しの曲芸も手に入つたものだ。その外小唄だの、ダンスだの色々の余興で賑はしているが、純粋の西洋劇「ベルス」で松本のアテアスが井上正夫を彷彿させるやうな緊張した舞台を見せて喝采されていた。(文雄)

大正826日 東京朝日新聞
●天華一座 有楽座に蓋を開けている。最初に合唱やダンスや小奇術があつて、次が「ベルス」一幕三場、松本泰輔のマラブスは柄がいゝ、また努力もしている。本馬やキネオラマの雪なども見物は喜んでいた。曲芸や歌劇数番の後天華の奇術は小手先きものが鮮かだ。機械物は本家の天勝同様矢張り行詰つているが、初ての見物も多いと見えて前は受けている。

大正
826日 東京
毎日新聞
 有楽座の天華 西洋劇「ベルス」が面白い
 天勝門下で小天勝と称した小さくて綺麗な小魔術師が先年浅草辺で興行した後天華と改めた事は読者の知る通りだが、其天華が一座を率ひて此一日から有楽座で開演して居る。師匠摸(うつ)しの奇術類は大分進歩して鮮かになつたが、併し別に変つたものはない。萩原の道化も以前見たものと同じであるが、それが矢張り軽妙になつて、旭忠の皿の曲芸が鮮かであつた。天勝と同様に此一座も矢張り西洋劇を持つて来ているが、「ベルス」のマテアスをやつている松本が例の井上正夫のやうな味を見せて面白いと思つた。

大正8211日 東京日新聞
▲有楽座の天華 十一日の千秋楽当日は大祭日に付、正午半と五時半の昼夜二回興行す。


 朝鮮京城黄金館 530日~65

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大正8519日 京城日報(朝刊)
▲天華来らん 魔術界の人気者松旭斎天華一行は目下門司にて興行中なるが、来る三十一日より一週間当地黄金館に出演すべし。同人は元天勝の高弟なりしも、今や別に一派を組織し、小天勝として盛名師匠を凌ぐの有様なり。一行は男女六十七名の大団体なるが、中にはダンシングとして定評ある萩原鶴子も居る由。開演の暁は定めて満都の人気を騰せん。

大正8525日 京城日報(朝刊)
▲天華の初日 黄金館に出演すべき魔術女優松旭斎天華一行は愈々来る二十九日午後七時五十分南大門着列車にて乗込み来り、翌三十日初日を打つ事に決定したるが、開演中はサクラビールに於て大々的に後援すべく、市内各販売店にては二十六日より同一行の入場券を売出す筈。

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                   (黄金館に出演する天華の舞台姿)

大正8530日 京城日報(夕刊)
▲天華一行北行 魔術団松旭斎天華一行は二十九日午前十時発急行列車にて北行、京城に向へり(釜山特電)

大正8530日 京城日報(夕刊)
 天華とは何者?
  元高知藩士族の娘 花を欺むく其顔貌(かんばせ) 
   魔術界の女王
◇魔術女優団松旭斎天華一行は愈々今二十九日夕方乗込んで来る。そして明三十日から向ふ一週間黄金館に其濃艶な姿を見せる。市中は今や沸やうな人気であるが、抑も此天華とは何者であらう。
◇天華は旧高知藩士の女で本名を萩原君子と云ふ。兄は秀長と云つて今一座を監督して居るが、此秀長が幼(ちい)さい時から非常な自転車狂で、一寸した曲乗が巧手(じょうず)であつた。恰度(ちょうど)彼が中学三年の時、町にかゝつた軽業師の一団がある。彼は或日コツソリ此一団に投じ、得意の曲乗を演じた處、意外にも割れんばかりの喝采を博した。
◇さあ彼は面白くて堪らない。終に妹──君子までも引つ張出して共々舞台に立つと云ふ騒ぎ。「町内で知らぬは亭主ばかり也」と云ふ川柳があるが、斯(こ)うなると勢ひ内輪の者も知らずにはおかない。第一番に昔気質の父が感付て真赤になつて怒り出した。揚句の果は『もう家には置かぬ、二人共出て行けッ!』
◇兄妹が天勝一座に入つたのは夫から間もない事であつた。時に君子は十七、花ならば将に綻びんとする時である。然かも震ひ付きたい程の美人と来て居るので沸き返るやうな人気、忽ちの中に一座の中心人物となつて仕舞つたのだ。
◇それで天勝も重宝がり、小天勝と云ふ名まで与へて可愛がつた。無論自分の知つてる丈秘術は悉く授けた。君子の頭上に芸術的幸福が降つて来たのである。
◇君子の小天勝は其後天勝と共に各地を巡業して歩いたが、其濃艶な舞台姿は到る處大評判となり、血の気の多い青年達を騒がせた。曾て支那では支那人と独逸人が小天勝の美貌に迷うて互ひに猛烈な鞘当を演じ、終に決闘までしたと云ふ話もある。
◇天勝と別れて独立したのは三四年前、同時に小天勝を天華と改めたが、其美貌は年と共に益々光を増し、其芸風は日と共に弥々円熟して来た。彼女は今松竹会社の専属として名実共に魔術界のクインたらんとしつゝある。
◇天華は芳紀正に二十二、爛熟した血と肉に美しい皮膚(はだ)は張り切れんばかりである。昨今は内々婿探しに熱中して居るが、却々(なかなか)理想に叶つた人がないので当惑して居るとやら。朝鮮は初下りである。

大正8530日 京城日報(朝刊)
 天華嬢来る 華々しき乗込み 沿道は人の山

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 三十日から黄金館に出演する松旭斎天華一行は予定の通り二十九日午後七時五十分、南大門駅着の急行列車で乗込んで来た。一行は男女四十余名、興行関係者、サクラビール、各券番芸妓など百余名の出迎へを受け、楽隊の音賑々しく俥を連らねて黄金館に乗込んだが、駅の前から南大門通り、本町など沿道は見物の男女で押すな突くなの大騒ぎ、素晴らしいと云ふよりも寧ろ凄じい位であつた。
 紫色の洋服に牡丹のやうな装ひをした天華は晴れやなか笑顔を見せて語る。『お蔭様で何處へ行つても大人気です。朝鮮には五六年前、確か大正二年ですわ、天勝さんと一緒に参つた事が御座いますが、天華としては全く初下りで御座います。今度持つて参りましたプログラムの中では「ベルス」と云ふ魔術応用の悲劇や「薬の利き目」と云ふ喜歌劇が大受けで御座います。殊に「ベルス」は舞台で生きた馬を使ひ分けるので一層好評判を博して居るやうで御座います』云々。
 天華以下女優は黄金館で乗込み祝を済ますと直(すぐ)京城ホテルに旅の疲れを憩(やす)めた。

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大正8531日 京城日報(夕刊)

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 天華は今晩から 
 満都の人気を沸騰せしめつゝある天華嬢一座の魔術は愈々本日蓋開け、曲目には大魔術数番の外に悲劇「ベルス」、喜歌劇「薬の利き目」、夢幻舞踏「海の魔女」、曲芸「陽気なコツク」等盛り沢山である。中(うち)悲劇「ベルス」は曲目中の呼び物で、生馬を使つたりする大仕掛な劇であり、喜歌劇「薬の利き目」はお腹を抱へさせる軽いものである。何しろ美人揃ひ、腕揃ひのことなれば、京城演芸界の渇を医するに足るべし。尚一日の日曜には昼夜二回開演の筈。入場料は一等一円五十銭、二等一円二十銭、三等八十銭、四等五十銭。

大正861日 京城日報(朝刊)
 天勝の初日 七時既に満員
 黄金館の松旭斎天華一行を観る。六時の開演と云ふのに見物は最(も)う五時頃から犇々と詰め掛け、序曲のオーケストラが爽快な音律を漂はせ始めた七時頃には階上階下共満員の盛況、中には鉄道、サクラビール、料理屋組合など団体見物も尠くない素晴しい人気である。
 天華は天勝程スラリとはして居らぬが、舞台姿は天勝よりも美しいやうである。呼び物の新劇「ベルス」、喜歌劇「薬の利き目」などは非常に洗練されたもので、却々(なかなか)の好評。鶴子の出演する夢幻劇「海の魔女」は美しい曲線を惜気もなくサラケ出し、本当に夢の国にでも遊ぶやうな妙な情念を起させる。歌劇は分らぬ人も多いらしいが「陽気なコツク」と題する曲芸は言葉の通ぜぬ鮮人にも大受けであつた。最後にキネマ応用の背景の変化は却々(なかなか)好い思ひ付である。
 ▼「ベルス」梗概
 黄金館の天華一座が上演、多大の好評を博しつゝある悲劇「ベルス」、梗概を掲げると斯(こ)うである。

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 一千二百十三年十二月二十四日は不安が感ぜらるゝ程恐しき吹雪の日であつた。仏領アルサスコーレンのベゲムの橋の付近でセシルマテアスは赤貧の余り猶太人のゴブスキーを殺害し、三千フランの大金を奪ひ、死骸は石灰竈の中に入れて焼き捨て、其痕跡をくらまし、村長となり澄まして居た。それから十七年後の今月今宵も其当時と劣らぬ大雪であつた。クリスマスの前夜と云ふので村人はマテアスの家に集り、酒汲み合ひ、笑声は吹き荒ぶ吹雪の外へ窓を洩れて居た。マテアスは憲兵隊長のクリスチヤンを娘のアネツテに結婚させ、社会を偽る好手段として居た。けれどもマテアスには恐ろしかつた当時の光景は始終頭を去らず、往来の馬の鈴の音を耳にする毎に恐怖と悔恨と良心の呵責に悩まされて居る中、恐ろしいと思ふ法律の正義は厳めしき法官となりて幻影に現はれ、マテアスを絞殺の極刑に処する旨を宣告する。マテアスはアツト驚くと同時に狂乱し、終に悶死してしまつた。十五年間迷宮にあつたベゲムの猶太人殺しの犯罪もマテアスの悶死と共にアルサス高原の雪解けの様に茲に解決を告げて、この大悲劇の一幕は終る。

大正863日 京城日報(朝刊)
 天華大好評
 黄金館の松旭斎天華一行は天華の濃艶な舞台姿や目新らしい魔術、ダンス、喜歌劇などが世の人を唆(そそ)り立て、初日開演以来好評沸くが如く毎夜爪も立たぬ程の好評を博して居るが、殊に朔日の如きは昼興行だけで千円から上つたと云ふ盛況である。二日からは鉄道の団見二千名が四日間に亘つて見物する事になつたが、是が為他の団見申込は遺憾ながら断つた位だと云ふ。今三日から番組を取替へ、左の通り一層目新らしい所を上場すると云ふから益々好評を博する事であらう。(註:番組は下記広告参照)

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大正864日 京城日報(朝刊)
 天華一座 読者の為に入場料の割引 
  好機を逸せず、黄金館へ、黄金館へ
 IMG_20250522_0007目下黄金館に出演、連夜割るゝが如き好評を博して居る松旭斎天華一行は本紙及び毎日申報読者の為特に入場料を割引する事になつた。
 天華は前にも紹介した通り今売出しの花形、曾ては天勝の弟子であつたが、藍より出て藍より青しの比喩(たとえ)、今や天勝に将るとも劣りはないと云ふ評判さへある位、是れは一行が開演以来毎夜爪も立たぬ程の大入を占めつゝあるに徴しても成程と首肯(うなず)く事が出来るであらう。
 一行の出し物はお手の物の魔術の外、新劇、ダンス、喜歌劇、曲芸と却々(なかなか)の御馳走沢山、昨晩からは殆んど全部の番組を差替、始まりから閉場まで息も吐かせぬ勉強振りに一層の好評を博して居る。殊に花のやうな天華の魔術や滑稽な種明し、「僧正の燭台」と題する悲劇は満場を唸らして居る。「僧正の燭台」は別項梗概の通り「噫無情」の一節、浮薄な恋や色から来た悲劇でなくて、人生の本流に触れた深刻な社会劇、面白い事は云ふまでもない。一行は愈々明五日を以て千秋楽を告げる筈であるから、まだ見ぬ人は此機を逸せず割引券を利用してドシ〳〵黄金館へ。
▼僧正の燭台(梗概)
 此の劇は仏国文豪ヴヰクトル、ユーゴーの小説『噫無情』の一節にて、場所は僧正宅。僧正は下婦の母親の病気見舞に出掛けた留守中、其妹ベルソメと下婢マリーは夕餉の支度に忙しい。銀の塩皿が見当らないのでよく調べると、僧正が其村の或る婆さんの為に家賃に振り替へた事が分つて、ベルソメは僧正の施しの無差別なことをコボして居るところに、当の僧正が帰つてくる。晩餐を済して、機会を見てベルソメは僧正を責め、慈善にも程こそあれと敦圉(いきま)く。
 地所は既に売り払ひ、金はくれて仕舞つて、残るは唯銀の燭台ばかり、それも今に亡くなるだらうと慨(なげ)く。此を聞いて僧正は、いや之ばかりは決して手放さない、母が臨終に際して形見にくれた品だからときつぱり答へる。やがてベルソメは寝室に入る。僧正は炉辺に椅子を寄せて読書する。此に前科者のジヤンヴアルジヤンが這入つて来て僧正を捉へて食べ物を強請り、くれなければ殺すとぞ脅やかす。僧正は妹を呼んで三日間空襲でいたといふ此男に振れ舞はす。男は瀕死の妻を養はん為に他人の食物を盗んだところから十年の懲役に処せられた身の上談(はなし)をする。僧正は今宵一夜の宿を貸さうといふ。夜具をとりに行つている間に燭台が男の眼にとまる。僧正の寝るのを待て此燭台をさらつて逃げ失せる。やゝあつて憲兵軍曹に捕へられて戻つて来る。此燭台が僧正のものだと睨まれたのである。僧正は之を弁解して、盗んだのではない、此男にくれたのだと云ふ。此男は免されて僧正の恵みに感激し、只管礼を述べ、全く生れ変つて出て行く。

 朝鮮京城鐘路団成社 66日~68
大正864日 京城日報 
▲天華は開成社へ 黄金館にて興行中多大の好評を博したる松旭斎天華一行は六日より三日間、鐘路団成社に出演する事となりたるが、専ら鮮人向きの魔奇術、曲芸のみを演ずる由。
〈編者註〉団成社は鐘路にあった映画館。


【文献資料】「朝鮮公論」第7巻第7号・7月号(大正871日発行)
 京城演芸風聞録 兎耳子
六月の京城の劇界は可成に賑はつたものである。先づ、六月一日から黄金館では松旭斎天華。
 天華の演技に就て言へば、従来の奇術と翻訳劇と歌劇といふやうな並べ方で、天勝の方と何等趣向の変へられて居る所がない。然も到底まだ〳〵ものになつて居るものとはいはれない。天勝のを見た眼では第一舞台を狭く扱つて居る。此点はどうしても役者が一段に違ふ様に思ふ。そしてまだ〳〵舞台上の懸引も出来ていない。並べた番組も徒にゴタ〳〵して引き続つた處がないやうに思はれた。特に京城興行中団成社などでやったのは、些か品を落した様、天華の為めに惜しむ。

京都新京極夷谷座 7981

大正877 京都日出新聞
△夷谷座 九日よりはお馴染の松旭斎天華一行大魔奇術にて開演するが、曲目は小唄合唱「魔法医者」、悲劇「鈴の音」三場、夢幻劇「海の魔女」、曲芸「陽気な荷物」、舞曲「瀕死の胡蝶」、大魔術数種、喜歌劇「薬のきゝめ」二場等の外ダンス、独唱等数種。

大正879 京都日出新聞
△夷谷座 九日初日の松旭斎天華一行五十余名は同日午前十時より男女優一同車を連ね町廻りを為し、寺町を四条に、烏丸を三条に、縄手南四条に出で、夷谷座へ帰還して大に景気を立てたり。初日に限り午後六時より一回興行とし、爾後は毎日二回宛開演すると云ふ。.

大正8710 京都日出新聞
△夷谷座 天華一行は既報の如く九日午前十一時より車を連ねて町廻りを為せり。二日目より昼夜二回既報の如し。

大正8713 京都日出新聞
△夷谷座 天華一行魔奇術は久し振とて頗る好評。夢幻劇「海の魔女」、つる子の軽快なる舞踏に学生客の喝采盛んなものだそうな。

大正8715 京都日出新聞
△夷谷座 天華一行の魔奇術は連日好評にて、殊に天華の豊艶なる舞台に憧憬してか連日数通の艶書が舞込むとは大張女ならでは……チヨンと云ひたい所。

大正8716 京都日出新聞
△夷谷座 天華一行の社会劇「鈴の音」は意外の好評にて、松本のマテヤスは力強く演じをれるが、斯うした種類の興行団に比較的モノになつてる新劇を有してをる事は一座の特色ならむ。

大正8717 京都日出新聞
△夷谷座 天華一行の喜歌劇「ハイジンクス」は嘗て我が国に渡来せるバンドマンオペラ一行により演ぜられしものを全訳したるものゝ由。

大正8721 京都日出新聞
△夷谷座 天華一行の魔奇術は弥二十一日より第二回目を開演するが、其曲目左の如し。
序曲現代諷刺小唄、ワンボールダンスケーキオーリ、滑稽メーキングラブ、社会劇僧正の燭台、セーラダンスシツパホイ、滑稽ジヤバ音楽チベラリーの道化、幻曲瀕死の胡蝶、曲芸プレローンテニス、大小魔奇術数種、西伯利亜の一夜、終曲。

大正8721 京都日出新聞
 ●奇術の天華一行
△夷谷座へ久し振に元の小天勝、今松旭斎天華一行が現はれた。本来の魔奇術の外、滑稽は元より歌劇あり、舞踏あり、新劇ありの盛沢山は本家の天勝同様で、短時間の中に観衆に種々の変つた刺激と感興を与ふるように出来てをるのが此の種興行団の特色、現代的と言ふのならむ。△矢張り呼物は一座の女王天華出演の独創的と銘打つた大小魔奇術であらう。先づ小手先の揉み出しから何やら抜け、鏡抜、曰く何々と大奇術に到る迄大体の趣向は天勝と余り異(かわ)らないが、彼女を若く小さくしたような天華がスツカリ本家張りの大愛嬌を振り蒔きながら手際よく鮮かに演(や)つてのけるので、観客はウンあれかと思ひながらもツイ好奇心が湧いて新しい感興を催すは妙なり。ネタ其物にサシテ斬新奇抜な物はなくとも天華の芸が愈洗練され舞台が大きくなつたのが目立つ。確かに天勝に取り一敵国である。

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△一座の踊手足立つる子のためにはバレー「海の魔女」あり。幕明に見せる仕出し女優総出の人魚の踊は夢幻的な気分を出す積りだらうが、不揃なので却て舞台の空気を裏切つたが、つる子のメヂユーサは流石に好く躍る。トーダンスも軽いがどうも愛嬌に乏しいので芸が淋しい。内山の青年は熱心に演(や)つている。
△滑稽物では堀の「ミルクとベビー」や「種明し」は月並だが、練れてはいる。旭忠、旭勝の「陽気なコツク」で皿投げやフオーク投げの曲芸は目新しく、兎に角鮮かなもの。
△社会劇「鈴の音」は松本泰輔の演物(だしもの)、根が新劇畑出の男だけ熱もあり、そのマチヤスは大分井上正夫を張つていたが、見處がする。三浦のウオルター、櫛木のハンス、小島のクスリスチヤン、つる子のアネツテなど何れも呼吸が合つて可なり充実した一幕物になつてをる。そして此新劇部のあるのは此一座の特色だらう。
△喜利の「ハイジンクス」は一座総出の喜歌劇で、小島洋々のワーン博士が滅法発展して笑はす。天華のシルビヤは奇術以外女優としても押が利くのは感心なり。併し斯うなると天華とつる子を除いた外の娘連が余りにドカ落なのは心細く、男優に松本、小島、櫛木、三浦など此種興行団としては一寸腕達者が揃つてをるだけ一層此感が深い。(鯉)

大正8723 京都日出新聞
△夷谷座 二十一日初日の天華一行の魔術及新劇ダンス二の替りは何れも尤も清新なる特技を選みたるが、当狂言にてお名残りとし大阪へ乗込む由。

大正8724 京都日出新聞
△夷谷座 松旭斎天華一行の魔奇術は眼新しい物を取揃へたるが、社会劇「僧正の燭台」は諷刺的な所が好評の由。

大正8726 京都日出新聞
 お名残の天華  夷谷座の奇術一座
△夷谷座の天華一座お名残興行は魔奇術、滑稽、曲芸、バレー、喜歌劇、社会劇など取り交ぜ、凡て十二種類、例に依り賑やかな事なり。
△呼物は矢張り天華の大小魔奇術ならんも、前の演じ物と一二を除いた外ダブラナイ所は流石に好し。尤も骨牌調や銀貨調は天勝も演(や)る可なりに古い芸当なれど、天華の愛嬌と手練の速業で目新しく見せる点を買ふ。評判のグラス、トランクの身替抜も鮮やかに行(や)つた。要するにネタの大概定つてをる此の種の物を二の替り迄出した勇気とそれ相当に変り栄のした効果を挙げてをる点は兎に角感心なり。
△鶴子の幻曲「瀕死の胡蝶」のバレーは手慣れてる故でか、此の前の「海に魔女」よりは好かつたが、その「セーラー、ダンス、シツパホイ」は華やかな物だけに何となく鶴子の淋しい柄にはそぐはない憾みあるは是非もない。
△社会劇「僧正の燭台」はかのユーゴー翁の傑作で有名な「噫無情」の一節を抜いてきた所が嬉しい。ジヤンバルジヤンがミリエル大僧正の大人格により悔悟する一幕物。松本のジヤンは熱があり、三浦の大僧正も懸命なので、幕切迄充実味の溢れた舞台を見せてをるはお手柄なり。
△喜歌劇「西伯利亜の一夜」は一座総出の大喜劇物。天華の流転の女ミカエラ、小島のブルボン大将、三浦の伍長、櫛木の過激派の男などがそれぞれ発展して笑はす。小島、櫛木の声楽は今の日本の歌劇界なら何處でも大手を振つて通れる代物なるべく、実際此一座の新劇なり喜歌劇は一寸莫迦にならない。此一座の将来は益々此方面に努力するも面白かろうと思はれる。其外の内山のケーキ、ウオーク、ダンスや旭勝、旭忠の曲芸、堀の種明しは何れも先づ其能を発揮してをると言ふ迄。(鯉)

大正8727 京都日出新聞
△夷谷座 天華一行は三十一日千秋楽となし直ちに大阪へ乗込む由。

大正8728 京都日出新聞
△夷谷座 天華の骨牌捌き頻りに大愛嬌を振り蒔いて看客を悦ばして居る。

大正8730 京都日出新聞
△夷谷座 天華一行の魔奇術は益々景気を立て好評なるより現今の儘来月迄打越す計画なりと。

大正882 京都日出新聞
△夷谷座 天華一行の魔奇術も好評裡に一日打上げ。

 大阪道頓堀角座 83日~17

 【番組】
 一、序曲
 二、現代諷刺小唄
 三、コミカルマジツク「魔法の医者」一場
 四、ダンスエスパノラ
 五、グローウインベビー
 六、悲劇「ペルス」一幕三場
 七、舞踏劇「海の魔女」一場

 八、曲芸「陽気なコツク」
 九、独創大魔奇術、滑稽奇術種明し
 十、音楽演奏
 十一、オペラブーフ「講和調印の夜」
 十二、終局サヨナラ
 (十一日より)
 一、序曲
 二、流行小唄諷刺と滑稽
 三、アツクルバツト
 四、タンスケーキオーク
 五、喜芸メーキングラブ
 六、社会劇「僧正の燭台」一幕
 七、セーラダンスシツパホイ 滑稽ジャズ音楽とチベラリの道化
 八、舞踏劇「瀕死の胡蝶」トーダンス一場
 九、曲芸プレーローンテニス
 十、独創大魔術数番、滑稽奇術種明し
 十一、音楽演奏
 十二、喜歌劇「ハイジンクス」二幕
 十三、終曲ロングサイン
〈編者註〉番組は『近代歌舞伎年表・大阪篇・第六巻』に依る。

大正982 大阪毎日新聞
△角座 次興行は久々にて松旭斎天華一行が乗込み三日初日にて得意の大魔術の外悲劇「ベルス」、舞踊劇「海の魔女」、「講和調印の夜」等を上演の筈。

大正983 大阪毎日新聞
△角座 松旭斎天華一行は愈々三日初日と確定、毎日午後一時より昼夜二回開演。

大正9810 大阪毎日新聞
△角座 松旭斎天華一行は十一日より芸題を取替へ引続き開演する由。

大正9817 大阪毎日新聞
△天華一行 角座同一行は十七日限打上げ

 東京本郷座 822日~8月29日

大正8818 都新聞
▲本郷座 二十二日より正午と五時の昼夜二回興行を為す天華一座の番組は、
 第一 序曲(天華管弦楽団)
 第二 現代諷刺小唄(三浦・小島・ホリキイチ・天華)
 第三 アツクルバツト(張貴田・張家中)
 第四 コミカルマヂツク(「魔法の医者」女中=金子、患者=ホリキイチ・秀子、医者=三浦)
 第五 クラシカルケイキウオーク(内山惣十郎外女子大勢)
 第六 喜劇メイキングラブ(ホリキイチ・鶴子・萩島)
 第七 社会劇「僧正の燭台」(大僧正=小島、ベルソメ=加奈子、老爺=金子、憲兵=菅、ジャンバルジャン
  =三浦)
 第八 舞踊詩「海の魔女」(メデユーサ=鶴子、青年=内山外女子大勢)
 第九 曲芸「陽気なコツク」(旭勝・旭忠)
 第十 独創大魔術数番(天華)
 第十一 滑稽種明し(ホリキイチ)
 第十二 オーケストラ演奏
 第十三 オペラブーフ「西伯利亜の一夜」(司令官ブルボン大将=小島、伍長=三浦、兵士=内山・金子、過激派員
  =櫛木、オルガ=かな子、ミカエル=天華・写真
 第十四 終曲ロングサン等

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大正8819日 東京朝日新聞【広告】

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大正8822 都新聞
▲松旭斎天華 本郷座に二十二日より開演の同一行は二十一日午前九時新橋に着し、出迎への座員と自動車を聯(つら)ね乗込を為す。

大正8824 万朝報
○本郷座の天華 天華の大魔術も例によつて例の如くで別に目新しいものはない。此一座は看板の魔術よりも寧ろ演芸の方に力を入れて、喜劇「メーキングラブ」だの、社会劇「僧正の燭台」だの、喜歌劇「西比利の一夜」だので客を呼ばうとしている。天華一座がオペラを看板にする日も遠くはあるまい。(文雄)

大正8824 都新聞
▲本郷座 松旭斎天華一行は二十九日まで八日間限り日のべせずと。

大正8825 都新聞
▲本郷座 天華一行の歌劇の現代諷刺の唄は去月帝劇にて演ぜし「ハテナ」と衣裳も同じくノンキーゲールスは此方が本元なりと。また歌劇「銀の燭台」で三浦の悪漢が大僧正の許で悔悟する時、帽子と一緒に鬘まで脱いでしまつたのは奇術師仲間としては手落でなく頭落ちである。

 東京浅草公園御国座 831日~9月14日

大正8830日 東京朝日新聞
▲御国座 三十一日より松旭斎天華一行の奇魔術を興行。

大正8830日 東京朝日新聞【広告】 御国座

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大正899日 東京朝日新聞
▲松旭斎天華 御国座出演の天華一行は十日より曲芸全部及び歌劇も取替へ十四日まで興行し、之れを名残りに退京する由。



misemono at 16:09|PermalinkComments(0) 初代松旭斎天華 

初代松旭斎天華 大正9年

大正91920年・25歳)

 京都新京極明治座 11日~120

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一、序曲         天勝オーケストラ
二、流行小唄      三浦敏男 ホリキイチ 櫛木亀二郎 天華
三、アツクルバツト   張貴田 張家中 
四、ダンスパラダイス  高田笑子 宮田秀子 荒井かな子 足立鶴子 
             外娘子軍一同
五、喜劇メーキングラブ 足立つる子 ホリキイチ 萩原秀長
六、喜歌劇ビホワーブレツクフアスト 一幕
   ガレリー     三浦敏男
   ジエスウエード  内山惣十郎
   ナナの弟子    金子定男
   同        荒井かな子
   ナナの良人    石井行康
    ウイリー    小島洋々
   マルダリエル侯  櫛木亀二郎
   女優ナナ     天華
    外大勢
 休憩十分
七、ニユウエスト、ジヤグリング  菅旭勝 萩原旭光 ホリキイチ
八、 バレー生の争闘
   蜘蛛  石井行康
   蝶々  高田笑子 
   蜂   足立鶴子
九、最新封切大小魔術  天華
十、休憩楽としてオーケストラ演奏
十一、益田太郎先生作ラビア古典劇「呪」一幕
   侍従       小島洋々 石井行康
   武官長      堀喜一
   カーレシト    櫛木亀二郎
   魔女ラツバ    三浦敏男
   預言者      石井行康 
   王女アツテイマ姫 足立鶴子
   侍女ジヤミラー  荒井かな子
   侍女ミスカー   天華
    外、侍女、侍従、武官、大勢
〈編者註〉上掲番組は河合勝『日本奇術資料大事典』(東京堂出版・2023)所収より転載。 

大正913 京都日出新聞
△明治座 座席番号付切符の発売以来場内の整理頓に進捗し、見心地好く、天華の独創大魔術は眼新しい。

大正915 京都日出新聞
△二回興行なる明治座の天華一座も昼夜区画新制度を実施したに拘らず是亦昼夜とも上々首尾。

大正916 京都日出新聞
 明治座の魔奇術天華  久々で又候人を食ふ
△明治座の初春興行は半年振の女魔術師松旭斎天華一行で華々しく蓋を明けた。但し表看版には勿驚(おどろくなかれ)麗々しく銘打つて曰く「新劇術の大集悴」……是には大分当てられるが、根が魔術だけに一寸人を食つた所あんらむか。兎に角生一本の魔奇術でなく寧ろ芝居本位の一座である事例の如く、女王天華の外、舞踊の足立鶴子、歌劇の小島洋々其他の座員是亦例の如く、従来と顔触れの変つた所は新劇のおん大松本泰輔が抜けた替り舞踏も芝居も出来る石井行康が加入した位、依然として多士女済々とでも言ふ所でがな。何にしても全演芸十二曲、多種多様、発揮するなど当世式とや言はまし。扨て鶴子のパラダイス、ダンスや喜劇メーキング、ブラブ、さては中華民国人のアツクル、バツトとか呼ぶ曲芸なんどは見落し、
△第六の喜歌劇「ビホワーブレツクフアスト」から見る。是は若い天華師匠が女優ナヽに扮し、オペラシンガーとしても可なり器用な所を見せるもの。ナヽの良人ウイリなる滑稽な男に扮する小島洋々も、例の清水金に次ぐバリトン唄だけに唄は確か、それに芝居は愈旨くなつてきて軽妙な所が嬉しい。櫛木のマルダリエ侯爵も柄にある、内山惣十郎はジエスヴエードと呼ぶ熱烈な純な青年役を引受け、精々懸命に演(や)つているが、此人は斯うしたものしか矢張り無邪気に踊つてる方が好きさうだつた。
△次の第七ニユウエスト、ジヤグリング翻案して陽気なコツクは是迄にもあつたもの、菅旭勝と萩原旭光が皿投げの鮮やかな所で相変らず喝采されていた。第八の「生の争闘」は鶴子の蜂、行康の蜘蛛、笑子の蝶々でのバレー、是も先づ要領を得ている。
△第九になつて初めて天華の本芸大小魔奇術となる。最新封切とあつて是迄とは変つた手で演(や)つてをる点は兎に角好い心掛けなり。元より呼物だが、それより今度の第一は本芸ならぬ大切のアラビヤ古典劇「呪」であつた。何時か帝劇で幸四郎、勘彌、律子などが演じたものを此一座が感心に好くコナシて居た。殊に三浦敏男の魔女ダツバは滅法好く、独りで舞台を浚つて行く感があつた。天華の侍女ミスカーは旧劇調が気になるが悲嘆も利き熱もあつた。鶴子のアフテイマ王女もダンス以外の畑にも相当腕のある處を見せているが、柄がないのは損なり。櫛木のカーレント、小島の侍従長、石井の預言者等何れも諸所を持ち廻つたものとみへ、手に入つたものなり。荒井かな子のジヤミーラーも見逃し難く、斯うした大物を畑違ひの此一座が面白く見せているは意外でもあり感心でもあつた。(鯉)

大正917 京都日出新聞
△明治座 天華一行は魔奇術以外歌劇、舞踏、新劇とも好評だが、引続き二の替はりにはアイヌ情話を脚色したグランドオペラを上演すべく目下懸命の稽古をしている。

        二の替りチラシ
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一、序曲
二、コミカルマヂツク「魔法の医者」 
   院長  三浦敏男 
   助手  金子定男 
   患者  宮田秀子
   同   ホノキイチ
三、軽妙なる体芸と奇芸と玉吞み  張貴田・張家中
四、ボツボリー
   流行小唄にダンス     荒井かな子 宮田秀子
   独唱数種         小島洋々 三浦敏男
   滑稽ヒツクポツケツト   ホリキイチ 櫛木亀二郎 足立鶴子
五、歌劇アイヌ情話「ムビヤンとホマン」一幕
   アンケイナ部落酋長     小島洋々 
   娘ホフマン         天華 
   若衆ムビアン        櫛木亀二郎 
   カムイの預言者       三浦敏男 
    外男女一同部落民多数
   追分歌手          足立鶴子
 休憩
六、テニスジヤグリング      菅旭勝 萩原旭光
七、バレー「ドナウ河の漣」    石井行康 足立鶴子 外女子多数 
八、現代的代表魔奇術       天華 
  附滑稽種あかし        ホリキイチ
九、喜歌劇「西伯利亜の一夜」一幕
   ブルボン大尉  小島洋々
   部下伍長    三浦敏男
   同兵士     内山惣十郎
   同       金子定雄
   過激派員    櫛木亀二郎
   カツフエー女  荒井かな子
   同ミカエラ   天華
    外米国兵士、給仕女大勢
十、終曲ロングサイン
〈編者註〉上掲番組は河合勝『日本奇術資料大事典』(東京堂出版・2023)所収より転載。 

大正9112 京都日出新聞
△明治座 天華一行の二の替はり、初日は例に依つて盛況であつたが、殊に当座で新に書卸した歌劇アイヌ情話「ムビヤンとホマン」一幕は頗る好評で、天華のホアン、櫛木のムビヤンは異才を認められている。

大正9112 京都日出新聞
 ムビヤンとホマン
  明治座上演歌劇梗概
 明治座の天華一座が二の替りに出した歌劇「ムビヤンとホマン」は今度新(あらた)に書卸したものとか、全部歌曲のみで台詞なしといふ皮肉なもの。追々本芸の魔奇術そこのけに斯うした方面に努力してるのが所謂「新芸術の大集悴」と云ふ所かも知れない。前の古典劇「呪」ほどの成功を得れば愈此處天華師匠歌劇女優としても一廉なものになる訳サ。其筋を紹介すると、
 時は千八百十六年、場所は蝦夷アンケズイ、そこな酋長の娘にホマンと云ふがあつた。海一つ隔たつた向ふの島にムビヤンと呼ぶ若者が居て、ホマンと恋仲であつた。男は女に逢ひたさに毎夜海を越へて通つた。女も恋しい男が冷たい海を泳いで通つて来るその熱い情に一入思ひは弥増しつ、男の道しらべにもと松明を燃しては目標(めじるし)としていた。村の者は此の火を見て怪しみ、未開の村民は是れ村が滅亡する前兆だと信じ、酋長に此事を訴へるに至つた。酋長はカムイの預言をして之を占なはせてみると、それは此村の神の許さぬ恋をしてる者があるからだと厳かに言つた。若き女子を持つ親達は反て顔を見合はせし己れに罪が懸らねば可いがと嘆いた。今宵も果敢ない逢瀬に楽しでいたホマンとムビヤンは、岩蔭から此体を見て、累を村人に及ぼしては申訳なしと、そこに現はれる村人は神の許さぬ恋をした者は焼き殺せよと遂に松明を積み上げ、無惨恋に燃ゆる二人を焼殺すに至つたといふアイヌ情話、それは若き血潮の漲り立つ二人は肉に死し恋に生きたといふなる……。

大正9113 京都日出新聞
△明治座 天華一行も十二日二の替はりを出した。歌劇「ムビヤンとホマン」は追分を入れて変つた情趣を見せている。

大正9114 京都日出新聞
△明治座 バレー「ドナウ河の漣」は天華一座独得の舞踏にて、名曲「ドナウ河の漣」をそのまゝ舞踏に仕組んだもの。ダンサーはお馴染の足立鶴子が中心となり、石井行康がワキをつとめる。

大正9115 京都日出新聞
△明治座 天華一行の新演芸中、中華民国人の玉吞みは命懸けの芸なので、見物をハラ〳〵させている。

大正9116 京都日出新聞
△明治座 天華一行の歌劇「ムビヤンとホマン」、喜歌劇「西伯利亜の一夜」など学生客を喜ばせている。

大正9117 京都日出新聞
△明治座 天華一行魔奇術は愈来る二十日限日延べせず。

大正9120 京都日出新聞
△明治座 天華一行は二十日限り千秋楽。

【文献資料】『日本歌劇俳優名鑑』(活動倶楽部社・大正10

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 石井行康
 本名、石井行康。明治235月生れ。三十二歳・天華一座の舞踊監督。帝劇の第二期生なり。久しく逆境にありて舞台を退き居たりしが、観音劇場に貘與太平等の常磐楽劇団を起すに当り復活す。ダンサーとして知らる。バレー「生きんとする心」の案舞者にして老役にては他人の模倣し難き所の味を有す。性質頗る愉快なる男にして物事に熱心なり。そして非常なる大酒家なり。目下横浜朝日座出演。
〈編者註〉この公演と同年8月の京都新京極明治座の二度、出演が確かめられる。なお下記の台湾巡業メンバーの「石井平安」は石井行康のことと思われる。

 台湾台北栄座 41日~47

大正941日 台湾日日新報
●天華の開演 天華一行は愈々本日より毎夜午後五時開場同六時開演の筈なるが、一座は先年渡台の際とは全然組織を改め、バライテー即ち演芸のデパートメントストアで各種(いろいろ)の演芸を組合せて上演する事にしたので、其の舞台は非常に面白いものとなつて居るらしい。其の出演プログラムは昨紙所報の如くだが、大切に出演する益田太郎氏作アラビヤ古典劇「呪」は昨年彼の梅蘭芳が帝劇に現はれた当時共に同劇場に上場されたもので、勘彌、律子、かく子、房子、幸四郎、加藤精一等に依つて出演された、それを衣裳其儘引受けて天華の呼物として居る。即ちこの場面には櫛木亀市、足立鶴子、天華、新井かな子、三浦敬雄、小島洋々、石井平安など帝劇の一期生も加はつて出演するのである、と云へば先年に増る人気を増すべし。因に入場料は特等二円五十銭、一等一円八十銭、二等一円二十銭、三等七十銭とし、小児は各々半額なりと。

大正942日 台湾日日新報
●天華と「呪」 ▽上演のアラビヤ古典劇
 昨夜から栄座に開演した天華一行の呼物とする益田太郎氏作アラビヤ古典劇「呪」の略筋は、八世紀の頃シリア国ダマスカスの都なるモハメツト教主、全アラビヤの司哈利発の皇女フアテイマ姫なる気儘女が武官のカーレツトに想ひを寄せて居るが、このカーレツトは侍従長の娘ミスカーと相思の仲で、二人はバラダの河に小船を浮べて恋を語り合ふ事もある。この睦じさを姫に告口する者あつて、遂に姫の恐ろしい嫉妬心に軈て残忍を帯び来つて、自分の恋の叶はぬ報復としてミスカーを刺さしめ、カーレツト又た奸を刺し、反す刀で自殺すると云ふ悲劇で、其の間には血に憧がれる魔女ダツパ其他を配色し、数多の黒衣の女が死の舞を舞ふと雷の音が遠近(おちこち)に轟いて幕となるのだが、天華はミスカーに、鶴子はフアテイマ姫に、カーレツトは櫛木が扮し、魔女は三浦の役である。

大正943日 台湾日日新報
●歌劇我観 ▽天華一座
 役者と手品師と突き交ぜた何れとも付かない松旭斎天華一座の栄座に於ける初日を何等の用意も無く、概念を持たずIMG_20250606_0001に覗いて見た。丁度歌劇「西比利亞の一夜」の開演中であつた。戦いと権威と男と女を配して、其間の現代に於ける思想を加味した一幕物で、女の荒んだ心持、男の弱点等を見せたものだが、何んだか深みのない突つ込みの足りない劇だと思つた。幕切の大勢出揃つて目出度し〳〵と幕を下す所、有り来たりの小歌劇で、何等の印象も与へない。
 外に大小奇術数番、之れは何れを見ても同じやうな物である。軽技は越後の角兵衛獅子に洋服を着せて芸当をやらせたやうな感じがした。而し此座の呼物にして居るアラビア古典劇「呪」の一幕は緊張して見る事が出来た。役々の細評は止めて、舞台に出る人の力が均等されない為めに時々調子の悪い所もあつたが、其中には又努力して充分な心持を出して居る所も見えた。蓋し第一回の出し物として「呪」は或る点まで徹底の出来た事を嬉しく思つた。而し魔術と云ひ劇と云ひ、舞台と衣裳は相変らず綺麗である。(タの字)

大正944日 台湾日日新報
●天華の「呪」
 天華一行が呼物として居るアラビヤ古典劇、益田太郎さんの「呪」一幕は流石に面白IMG_20250606_0002く観物(けんぶつ)した。侍女アミナーの報告する處から観た。鶴子のフアテイマ姫は台辞(せりふ)もよく、態度もなか〳〵よく出来る。何時の間にこんなに巧まくなつたかと思はれるほどだ。燃ゆるが如き嫉妬の焔がキラリ〳〵閃めく状(さま)も可なり認められた。かな子の侍女頭ジヤミラー、これも亦非常によく出来る、台辞も科(しぐさ)も確かなもので、この一場を引締めるに足るものだ。小島の侍従長アムルー、この侍従長は流石に邪魔にならないでよく舞台を生かす事に努めたものだ。三浦の魔女ダツパ、よく演(し)て居たが、幽霊の如き手付は一と工夫あるべきものであらう。天華の侍従長の娘ミスカー、これも先づ申分の無い出来である。武官カーレツトに扮する櫛木丈けが少々物足らぬ。第一に先づ甚だ形が悪い、何處とも無く締りがない、凛としたアラビヤ武士の俤が見えない。云ふ迄も無く場中一番難づかしい役である、これを完全に演出する事は容易ではあるまいが、更に一段の努力を望みたい。物凄いアヒーの神の祈りが済んでカーレツトとミスカーが捕へられて来る。そしてフアテイマ姫がマホメツト教の教主、全アラビヤの司ハリハの皇女たる栄位を以てカーレツトを説き、我が意に従へばミスカーを助くべしと云ふ。ミスカーは之を聞いて、純なる恋と浮べる栄華とその何れを選ばんとするや、『カーレツトよ!!』と叫ぶ声には血が漲つて居た。要するにこの「呪」一幕は当地では珍らしく観るものである。尚武官長以下登場の端役の面々が舞台に気乗りせず、お義理に登場して居るやうな態度は緊張すべき舞台に少なからざる妨げを為すものだ。これは最(も)つと神妙に願ひたいものである。(みの字)

大正946日 台湾日日新報
●天華の二の替り 初日以来連夜満員の盛況なる栄座の天華一行は本夜より二の替りとして全部芸題を立て替へたるが、明七日は鉄道部の買切総見にて一般の観客を謝絶し、この七日限りにて当地打揚げなれば、一般開演としは本夜限りとなるべく、其の新番組左の如くなり。
(一)序曲(二)現代小唄・二の替り(三)体育運動と奇芸玉吞(四)クラシカルケーキウオーク(五)ダランドオペラ、アイヌ情話「ホフマンとムビヤン」一幕(六)曲芸「ブレーイングテニス」(七)舞踊詩「ドナウ河の漣」一場(八)独創大魔奇術・二の替り・滑稽種明し(九)管楽演奏<休憩>(十)お好みに依り更に「西比利亞の一夜」一幕
 以上にしてアイヌ情話「ホフマンとムビヤン」一幕が呼物らしく、この場にては鶴子の追分等あるべしと。

大正948日 台湾日日新報
●天華の台南興行 栄座にて好評を博したる天華一行は昨七日限り同座を打上げ、九日より台南に於て開演。

大正9422日 台湾日日新報
天華一行 天華一行は二十三、二十四、二十五の三日間、台中座に開演と決定せるが、到る處非常なる人気なりと。
鶴子のヒス 天華一行の花形トウダンスの鶴子は初日の晩「呪」の場面であまり呪つた故(せい)かヒステリーが起きたのださうだ。鶴子のヒステリーは高木徳子のと同じタチだと。

大正9430日 台湾日日新報
●天華の慶事(よろこびごと) ▽基隆の旅館で安産
星の如く輝ける瞳、その豊かな肉体に、南洋ロマンスを唄はれた松旭斎天華も、何時の間にか櫛木の亀さんなる配偶を得て夫婦共稼ぎの舞台を勤めて居たが、天華の腹には両人の愛の塊まりが宿つて、過般台北に開演の際は早や臨月に迫つて居た。されば雇ひ切りの産婆が随いて居て、舞台から楽屋へ戻ると早速手当てを加へて大切にして居た。そして天華はこの溢(こぼ)れさうなお腹を抱へて呪劇のミスカーに扮して居たが、某日其の舞台に於て俄かに腹が痛み出した。幕となるやソレ産気付いたと計り楽屋へ擔ぎ込んで、産婆が腕を捲くつて、サア来たと計り用意したが生れなかつた。予定の巡業日取りから行くと、本日出港の備後丸で帰へる筈で、恰度その船中で出産の日取りであつた。處が一行は興行の都合で一船遅れたが、之に反して天華のお腹は少し日取りを早めて二十七日には既にパンクしさうな状勢であつた。それかあらぬか、二十七日から基隆開演の予定を一日延期した。然るに二十八日の朝、基隆内山館の旅館で目出度く産の紐を解いてダンスを踊りながら赤ちやんが飛び出した。それで其日初日開演の街廻りには一際(ひときわ)ブーカドン〳〵の音が冴へて出産祝賀行列を兼ねた一隊がニコやかな顔を基隆の街に竝べた。

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大正957 万朝報
 天華の秘密 基隆で子を産んだ
◆小天勝改め天華が六日朝基隆から門司寄港の亜米利加丸で帰つて来た。天華は四月二十八日基隆で玉の様な男の児を生んだが一座の面々に申し渡して絶対に秘密にして居る。嬰児の父は誰れか。数年前天華が南洋巡業の時風土病に罹つて明日を知れぬ命の瀬戸際に夜の目も寝ずに看病した櫛木亀次郎(帝劇にいた)である。天華はいふ迄もない、天華の兄の萩原秀長迄櫛木の親切に惚れて、末は夫婦と許したが、看板の天華に夫があつては人気に触ると夫婦にせず、三年の月日を過して昨年十一月横浜興行の時結婚式を挙げたのであつた。其後旅から旅を廻つてい、基隆で天華は安々と男の児を生み、亀雄と名付けたのである。と共に、天華の美貌に引つられて居た男優十七名は、その時姿を消して了ひ、残つた連中を連れて天華は帰朝したのである。(下の関発)

 大阪道頓堀角座 83日~11

 【番組】
 一、序曲
 二、コミカルマジツクポリスオブイス
 三、強力曲技
 四、舞踏ドナウ河の漣
 五、独唱と滑稽
 六、喜歌劇「嘘つき日(エプリルフール)」
 七、アツクルバツト
 八、バレー「生の争闘」
 九、独創大魔奇術
 十、アラビヤ古典「呪」一幕
 (十三日より)
 一、支那人強力曲技
 二、喜歌劇「ミステーク」
 三、カンツリーダンス
 四、独創大魔奇術 滑稽種明し
 五、グランドオペラ「アイヌ情話ホフマンとムビヤン」
〈編者註〉番組は『近代歌舞伎年表・大阪篇・第六巻』に依る。

京都新京極京都座 820日~828

大正9820 京都日出新聞
△京都座 松旭斎天華の魔奇術、歌舞劇は二十日初日昼夜二回開演。
 芸題 
  一、序曲
 二、コミカルマヂツク「ボクスオフイス」
 三、怪力曲技
 四、ダンス「ニレーの婚礼」二場
 五、曲芸「ワンボールと三刃鎗」
 六、「ワンワンクルテツト」(鴻の池の愛犬と長町の犬)
 七、アツクルバツト
 八、カンツリーダンス
 九、独創大魔奇術数番 お馴染滑稽種明
 十、喜歌劇「エプリルフール」(嘘つき日)一幕
(配役)、テキサスの百姓グランドアスベリー(小島洋々)活動俳優ロバートアスベリー(三浦敏男)、ドブランベルジヤー(櫛木亀二郎)、ホテル主人ジヤンクル(石井行康)、ドツキー(荒井かな子)、女優ダロジシカーチナー(天華)外。
 十一、ロングサイン(サヨナラ)

大正9822 京都日出新聞
△京都座 松旭斎天華の魔奇術、歌舞劇は喜歌劇「噓つき日」が受けている。

大正9824 京都日出新聞
△京都座 松旭斎天華の魔奇術、歌舞劇のポリスオフイスで櫛木の探偵長の手錠抜、箱抜の手際は鮮か〳〵

大正9825 京都日出新聞
△京都座 松旭斎天華の魔奇術、歌舞劇は石井、鶴子外大勢のカンツリーダンスは賑やかだ。

大正982 京都日出新聞
△京都座 松旭斎天華の魔奇術、歌舞劇は萩原のワンボールと張貴田の三刃鎗とが大向に受ける。

大正982 京都日出新聞
△京都座 松旭斎天華の魔奇術、歌舞劇は予定の如く二十八日打上げた。

東京新富座 91日~9月10日
大正99月1日 都新聞【広告】

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大正992 都新聞

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【ミツワ文庫九・九】
  世界的バラィティー 當八月三十一日午後六時より新富座に於て天華一座開演 松旭斎天華談
 すぐる年の夏、皆様にお目にかゝりましてから月日のたつのは早いもので、もう今年の夏もめぐり去り、あした夕べの軒端のかげに秋風の訪れる頃となりました。このたびは久々で私共一座、皆様の御機嫌をお伺ひ旁御馴染の新富座へ出演いたすことになりましたが、一座懸命に皆様の御気に召しますやう例に依つて世界的バライテイー、独特の新技芸を御覧に供へますれば、何卒倍旧の御声援、御引立ての程をお願ひ申し上げます。
 さて、出物としましては別にかかげましたプログラムにありますやう、魔術、舞踏は申すまでもなく、近頃流行の歌劇、新劇の様々新芸等を差換へて御清覧に供へます。殊に七番目の喜歌劇「噓つき日(エイプリルフール)」一幕物は、御存じの四月一日の戯れを面白く仕組んだ喜歌劇で、第九番目のバレー「生の争闘」一場物は夢のやうな淡いメロデイの流れのうちに翻へる可憐な一羽の蝶が、強悪な土蜘蛛のために絲を投げかけられて、あわれその毒牙にかゝらうとする時に、青葉の蔭に之れを見ていた蜂は矢庭に飛来つて蜘蛛を殺して蝶を助けるといふ美しいバレーの一曲でございます。
 それから第十一番の古典劇「呪」一幕物は、モハメツド教主の皇女フアテイマ姫が自分の恋している武官カーレツドがミスカーといふ侍従長の娘と恋仲になつているのを知つて、侍女のジヤミラーを通じてこの二人を引出させます。そして魔女のダツバの呪の人形をカーレツドに刺殺させます。すると忽ちミスカーの命は消えてしまひました。ジヤミラーはそれを見て快げに笑ふので、カーレツドは堪へられなつてジヤミラーを殺して了ひます。魔女は之れを見て物凄く笑ひ、死の舞踏を踊るといふ筋でございます。
 なほその他序曲には華やかなオーケストラ、それから御馴染の支那人劉尚郷其の他の強力曲技をはじめとし、皆様がお宅へ御土産としておもちかへりになることのできる天華奇術の種明しなど、それはそれは面白い、美しいものばかりでございます。(以下、ミツワ石鹸の宣伝につき省略)

大正993日 万朝報【広告】

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松旭斎天華一座の大魔術は頗る目覚しく毎夜満員の盛況に候へども尚勉強として昨晩より斬新なる魔奇術数番を差加へ御高覧に供へ居候間、前売切符を御利用売切れざるうちに御来場奉願候  新富座

大正995日 読売新聞
□新富座の奇術 松旭斎天華一座で一日から開場。大小魔術奇術と称する物は皆何所でもやり古した物計りで驚く程の物はないが、支那人の強力曲芸だけは胡麻化しでない丈に手に汗を握つて見ていられる。喜劇「噓吐き日」は若い女優が大勢出て賑やかである。小島の百姓爺は大受けである。帝劇で出したと同様のアラビヤ余話から材を採つた「呪」を魔術応用に大々的に演出している。侍従長の娘を天華が、姫を鶴子が演じて、共に美を競ひ、ダツバの三浦、侍従長の小島、武間の櫛木等は可なり車輪な劇を見せている。(N
大正99月8日 都新聞【広告】

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大正9101 都新聞
 一枚看板の悲哀
  コロンボで病んだと同じやうな天華
   愛人に看護されて
 松旭斎天華は既報の通り京橋新肴町の棚谷内科婦人科医院に入院しているが、天華の愛人で天華の為めには真剣の恋をして、しかも成功した櫛木亀次郎君は憂(うれい)しげに斯(こ)う語つた。
 IMG_20251219_0001病名不明で困つて居るが、大正三年(ママ)印度コロンボに興行中も今度と同様の状態で胃腸から遂に絶食して衰弱に堪へぬ所から強度のヒステリーに為りましたが、一週間程経つとケロリと全快してライスカレーを喰べた例もありますので、今度も稍や楽観していますが、蓋を開けて中途で休演することが出来ぬので衰弱し切つた体で新富座を十日間打上げたのが病気を一層重くしたと思はれます。天華が少しでも快方に向つたら病気休養の目的で当分は地方を廻る考へですと。
 新富座を興行している時も天華が舞台に出るのはテンで無理だつた。それを知りながら愛人の亀次郎君と義兄の萩原秀長君も稼業の為めに涙をのんで舞台へ出したのだ。楽屋から舞台へ通ふのに天華は人に助けられて漸く歩いていた。楽屋鏡に向つても牡丹刷毛さへ自在にはつかへない気力の衰へは赤の他人をさへ斯(こ)うした一枚看板、呼び物の芸人となる事の悲哀さを覚らせた。
 天華は台湾で一子を生んで休養中、確か台北で鶴子を代りに出したのが偽物呼ばはりをされて興行師の所謂サガリを食ひ、成績も悪かつた苦い経験から宇品へつくと直ぐに天華一同舞台へ出すといふ事も興行で世の中を渡る人達には是非もない事であつたのだらう。それが体に支(さわ)つたのか地方を打つている處から健康は恢復されず、殊に新富座の楽日の如きは食事も通らずヒステリーは強烈になつた。知らぬ者にはそれが発狂と思はれた。
 かうして事は前記の亀次郎君の談話の中にもあるコロンボの椰子の葉しげる月明の夜に発狂者に等しいヒステリーの強さに一座の総てが鉛のやうに重くるしくなつた時、その時は帝劇から一座へ加つた楽手の亀次郎君が真情をつくした介抱をしたものだ。それが二人の恋となり結婚となつたのだが、今度も天華はその愛人が昼夜ともに命を投げ出さぬばかりの介抱をしているのである。

●大正9年9月30日 初代松旭斎天華死亡

大正9102日 東京朝日新聞
●松旭斎天華死す 天勝一座の花形にて小天勝と云ひ、後天華と改名して一座を組織したる同人は、大正三年中(編者註:大正六年の誤り)印度コロンボにて病に罹り、その後恢復して内地へ戻り、去月新富座に出演したるが、再発して三十日午後八時死去したり。行年二十四。
大正9103日 万朝報
●松旭斎天華死す 天勝一座の花形にて小天勝と云ひ、後天華と改名して一座を組織したる同人は、大正三年中(編者註:大正六年の誤り)印度コロンボにて強度のヒステリー症に罹り、其後一旦恢復して内地へ戻り、去月新富座に出演して十日間興行したるが、再び同じ病気となり、京橋新肴町の棚谷病院へ入院して療養中、三十日午後八時、二十四歳を期として死亡したり。
大正9102日 都新聞
●天華死す 天勝一座の花形にて小天勝と云ひ、後に一座を組織して天華と名乗りし同人は、去月新富座の興行をお名残に京橋新肴町の棚谷病院にて三十日午後八時、遂に死亡したり。行年二十四。遺骸は二日午後二時、日暮里火葬場にて荼毘に付したる上、郷里高知に於て埋葬する由。

 

 



misemono at 16:07|PermalinkComments(0) 初代松旭斎天華 

二代目松旭斎天華 大正10年~15年

                   二代目松旭斎天華

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 明治3063日、東京に生れる。本名足立鶴子。初代天華が旗揚げしたときより一座におり、海外巡業にも同行した。奇術のほかダンスや歌劇も得意とし、特にバレー「瀕死の胡蝶」は評判が高かった。初代天華の兄萩原秀長と結婚。初代天華死後、二代目松旭斎天華を襲名した。秀長、二代目天華、赤田龍子(大正13年加入)の三枚看板で興行し、松旭斎天勝一座には及ばなかったが、一方の旗頭として二十年近く、国内外ともに相応の人気を得た。昭和15年頃、秀長が赤田龍子と結ばれ、龍子が三代目松旭斎天華を襲名したため、それを機に引退した。昭和37630日死亡。享年65。(写真は足立鶴子・『日本歌劇俳優写真名鑑』歌舞雑誌社・大正98月発行より)

大正101921年)

東京明治座 721日~25日 
大正10721日 東京朝日新聞【広告】

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大正10720日 都新聞
▲明治座 天華の歌劇と魔術、番組は、舞踏(秀子・白井)、滑稽(ボニーパシヨン)、小奇術(天華)、ジャンバルジャン・一幕(かな子・秀子・武村・萩原・篠田・櫛木・高田・秀長)、独唱(武村・櫛木)、ダンス(天華)、サンタル(萩原)、曲芸(櫛木・木下)、記憶術(旭秀)、大小魔奇術各国分列式(天華)。

大正10723日 都新聞
▲明治座 二代目天華一行の歌劇と魔術は五日間限りで二十五日千秋楽。

大正10723日 都新聞【広告】

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風姿艶麗の二代目天華の大魔奇術は観客を魅了し去り。萩原秀長の創造されたる平民的魔奇術の鮮かなる事確に驚嘆に値す。

大正10724日 東京朝日新聞
▲明治座 二代目天華披露興行は五十余名出演し、午後五時半開場、十時打出し。

大正10725日 都新聞
●二代目天華 初代天華に死なれた座員は足立つる子を二代目天華に直し、初代の兄萩原秀長を中堅にして久しぶりで明治座へ乗り込んだ。創造されたる平民的魔奇術で軽い親しみを持たせる秀長、記憶術の旭秀、ポニーとシヨウチヤウの滑稽、天華の美しい奇術、四大強国分列式など何れも面白い。歌劇ジャンバルジャンは一座総出で熱心にやつているが、男女とも訛が多いので東京で出すのは損だらう。(蘆生)

東京本郷座 730日~85日 
大正10727日 都新聞
▲本郷座 三十日正午より二代目天華一座は萩原秀長作「道化家庭奇術」を加へると。

大正10728日 都新聞
▲本郷座 三十日正午より昼夜二回二代目天華一座にて独創歌劇「ジャンバルジャン」一幕は萩原と櫛木が新しき試みを見せると。尚ほ番組は、舞踏、滑稽、小奇術、滑稽メーキングラブ、独唱、セイラーダンス、創造されたる平民的魔奇術、お馴染曲芸、学術参考記憶術、滑稽リブイングチエアー、大小魔奇術、四大強国分列式。

大正10731日 都新聞
▲本郷座 天華一座の歌劇ジャンバルジャン酒場の唄は「カルタ切らふか女を買うか 女買ひたし金はなし カルタいぢればいつでもとられ

 それで女にやあわれない 若い此日は二度とはこない 打つて飲んで買つて寝る許り エヘンプイ〳〵云ふ事は 一人前それでする事皆だめよ」

大正10730日 東京朝日新聞【広告】

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大正10730日 東京朝日新聞
▲本郷座 三十日正午より昼夜二回 二代目天華。

大正1085日 都新聞
▲本郷座 天華は五日限り。

東京麻布南座 86日~810
大正1086日 都新聞【広告】

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水中の花と稱へられたる二代目松旭斎天華嬢が独特の奇魔術の外萩原秀長師の創造されたる平民的魔奇術及諷刺と滑稽、舞踏と新劇、音楽と曲技等数十番御覧に入れます。初日は四時開場

大正1086日 都新聞
▲南座 天華一座は六日の初日に限り午後四時開場。平日は正午より昼夜二回。

大正1087日 都新聞【広告】

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今二日目御来場の皆様へ楽んで面白い為めになる講談倶楽部を洩れなく呈上三日目は御子供さんのお土産に白鳩を洩れなく進呈仕候

大正1088日 都新聞
▲南座 松旭斎天華一座は十日限り。

東京浅草公園御国座 811日~826

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大正1088日 都新聞
▲御国座 十一日より松旭斎天華、萩原秀長一行にて昼夜二回。
大正10812日 都新聞【広告】

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大正10812日 都新聞
▲御国座 十一日正午より二回の松旭斎天華及秀長一座は今日限りにて東都お名残り。番組全部差替へる。

大正10817日 都新聞
▲御国座 天華一行は当分日延べ。

大正10818日 都新聞
▲天華、秀長一行は二十日御国座を打揚、横浜座に出演。

大正10820日 都新聞
▲御国座 天華及秀長の奇術、歌劇、当分日延べ、演続となり、十九日より演技全部差替へたり。従つて横浜座出演は見合せ。

大正10821日 都新聞
▲御国座 松旭斎天華一座は二十日より演技替り、番組はカンツリーダンス、鉄砲曲打、曲芸、歌劇「ジャンバルジャン」続、記憶術、平民的奇術、エープリルフール、滑稽、チベラリーの道化、大魔奇術、平和の女神、娘子軍分列式。

大正10823日 都新聞
▲御国座 天華一座は二十六日限り。

名古屋市末広座 831日~94
大正10827日 新愛知
▲末広座 松旭斎天華一行は三十一日より出演。封切魔奇術、舞踏、歌劇、独唱等。

大正10828日 新愛知
▲末広座 三十一日より午後六時より開演する松旭斎天華一行の魔奇術、舞踏、歌劇、音楽等何れも封切りもののみ。 

大正10830日 新愛知
▲末広座 奇術界の花形松旭斎天華四十余名の娘子軍と萩原秀長一行にて開演。主なる演題目は、舞踏ドナウ河の漣、小奇術、歌劇ジヤンヴアルジヤン、曲芸、記憶術、魔奇術、四大強国分列式。

大正10831日 新愛知
▲末広座 松旭斎天華一行は……愈々本日午後六時より開演。

大正1094日 新愛知
【広告】松旭斎天華一行 大好評の魔術歌劇数十番 本日限り 六時開演 末広座 

京都新京極京都座 96日~14日 

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  プログラム
 舞踏ドナウ河の漣        宮田秀子、白井鉄造外女子数名
 滑稽エンドレストーイス     ボニー・バシヨン
 小奇術             二代目天華
 歌劇「ジヤンヴアルジヤン」一幕・出獄四日目の場
 滑稽メーキングラブ       荒井かな子、ボニー・バシヨン
 独唱A題未定          武村精一
   B自作の民謡二種      櫛木亀二郎
 セイラーダンスシツパホイ   二代目天華外女子数名
 創造サレタル平民的魔奇術   萩原秀長
 お馴染曲芸          萩原旭光、木下虎雄
 学術参考記憶術        萩原旭光
 滑稽奇術四大強国分列式    二代目天華、娘子軍総出
〈編者註〉『近代歌舞伎年表 京都篇7巻』(八木書店・2001年)より作成。 

大正1094日 京都日出新聞(夕刊)
▽京都座 次興行は六日より二代目松旭斎天華一座の魔奇術と歌劇で開演。一行の後見として萩原秀長が舞台に立つて民衆的魔奇術を演ずる。

大正1095日 京都日出新聞
▽鶴子改め天華 元の松旭斎天華一行で舞踏を専門にしていた足立鶴子、今度死んだ天華の名跡を襲ふて二代目となり、京都座に六日から出演し、舞踏家から女魔奇術師に早替りとは女は矢張り魔物だ。

大正1096日 京都日出新聞(夕刊)
▽京都座 二代目松旭斎天華一座は六日初日昼夜二回開演。歌舞劇ジヤンヴアルジヤン、秀長の平民的魔奇術が呼びもの。 

大正1097日 京都日出新聞
▽京都座 二代目松旭斎天華一座も六日初日を出した。萩原旭秀の記憶術、四大強国分列式等が呼物。

大正1098日 京都日出新聞
▽京都座 二代目松旭斎天華一座、今回の呼び物歌劇「ジヤンヴアルジヤン」の深刻な舞台に於いて萩原秀長が我々の涙を誘つて居る。

大正10910日 京都日出新聞(夕刊)
 萩原と新天華
IMG_20250622_0001◇女魔術師天華が京都座に現はれた!と言つても死んだ天華がお手盛の魔奇術応用で天国抜けを演じた訳でなく今度のは二代目天華である。元の天華一座にあつて舞踊の花形としてお馴染の足立鶴子が新天華となつてのお目見得、なるほど是ならば魔術応用ならずとも出来る芸当、又外の者が天華を継承したのと違ひ、萩原を通じて元の天華と特殊関係のある足立鶴子が二代目になつたのになんの不思議もない次第で、こゝらが一座の統率者萩原秀長の苦心の存する所。
◇萩原は元の天華の実兄、嘗ては魔奇術界の第一人者を以て任ずる例の天勝一座の自転車曲乗の名手として知られた男、妹の小天勝を独立せしめて元の天華一座を組織し天勝に対抗せしめたのは萩原の非凡な点だつた。是と同時に彼れは舞台を退いて太夫元兼舞台監督の位置に納まつたものだが、今度の新天華一座では久々に舞台の人として活動してる。
◇彼れは人間として才人であると共に芸人としても一寸隙のない器用人である。歌劇「ジヤンヴアルジヤン」で無事悲劇の主人公を勤め、滑稽「リビング・チエヤー」でボニー相手に可なり灰汁抜のした機智を発揮する。そればかりか独創と号する「平民的魔奇術」も天晴れ一人前以上の腕前なのは驚く。無人な新天華一座の舞台には彼はなくてはならぬ花形として縦横に発展しているのだ。
◇足立鶴子改め天華の大小魔奇術は軽快と行きかぬるが思つたより愛嬌もあり速成稽古としては手際の好い方、魔奇術から引抜きになつて分列式となる趣向は華やか、こゝらが流石に鶴子式らしい点だ。今は片羽鳥の櫛木が『わしが女房は縹緻好し……』なんかと妙に感傷的な自作民謡とかを唄つているのは寧ろ傷ましい。武村の独唱はなくともがなだ。総じて以前と違つて小島、内山、三浦等を失つたので歌劇の方はネツカラ振はず、一座としても衰弱の感はあるが、それだけ幹部が車輪なのと、ヘンな歌劇を避けて軽い滑稽物に努力してる点は却て興行的に成功してる。此意味から愛嬌者ポニーも一座の援護者として見逃し難し。(鯉)

大正10914日 京都日出新聞(夕刊)
▽京都座 二代目松旭斎天華一座は十四日を以て打上げる事に決定。 

大正111922年)

横浜市横浜劇場 11日~
大正1111日 東京毎日新聞
▲横浜劇場(元旦初日)松旭斎天華一行魔奇術、歌劇。

東京浅草公園御国座 114日~ 
大正11114 東京朝日新聞【広告】

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大正
11113日 都新聞
▲天華一座 十四日より昼夜御国座にて、喜劇「偽狂者」一場、小奇術、記憶術、社会劇「帰つてきてから」一場、曲芸、独唱、創造されたる平民的奇術、新舞踊「接吻か拒絶か」、滑稽、アラビヤ風俗宮殿大魔術。

大正11114日 都新聞
▲御国座 天華一行は十四日よりの社会劇「「帰つてきてから」は天晴、かな子、ちえ子、萩原秀長等。アラビヤ風俗宮殿魔術は一座総出演。
〈編者註〉121日より天中軒雲月の浪花節。なお、大正1111日から16日まで、松旭斎天勝が有楽座で公演している。

朝鮮京城永楽町中央館 415日~420
大正11410日 京城日報
 天華来らん 来る十五日中央館上演

 IMG_20250911_0003奇魔術界の権威として有名だつた松旭斎天華は昨夏台湾興行の帰途客死したことは読者の耳新しいことだが、その頃から天華の後継者として嘱望されていた足立鶴子が二代目を襲名して、更に二三の新人を加入させて一座を組織し、本月始めから満鮮巡業の途に就き、来る十四日夜入城し、十五日から永楽町中央館に上演する事に決定した。技芸は前代よりは進歩し、卑俗な術を捨て化学を応用したオペラを加へ、音楽部も整調している。初日演(だ)しものは歌劇、ユーゴー原作噫無情の一節「ジヤンバルヂヤン」、二幕の「カルタ取らうか女を買ほうか」、及び「アラビヤ風俗大魔術」などは独得の出し物である。同館では創業一周年記念に相当するので記念興行の為め招聘したので、入城当日は賑々敷く歓迎する由。

大正11414日 京城日報
 二代目天華嬢 十五日より中央館上演
 松旭斎天華二代目を襲名した足立鶴子一行六十余名は大邱座上演中であつたが、愈今十四日夜入城、十五日から中央館の一周年紀念興行に出演する筈であるが、中央館では株主中に花柳界方面の人々が多いので入城当日は全部駅まで出迎ゆるさうである。一行の技芸は年と共に円熟していると言へば、開演の暁には定めし盛況を呈するであらう。

大正11415日 京城日報

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舌代創業以来満一週年を迎へました弊社直営中央館は観客各位の御贔屓により常に大入満員の御礼興行とし此の度び欧米にて持て囃された世界の魔術女王松旭斎天華一行六十名の大一座を態々内地から招聘して御観覧に供し可申、観覧料もこのたび破額の最低料金を以て日頃の御高庇に酬ひ度候間、春宵の一夕御家族御携帯、近隣御誘ひ合されて賑々敷く御来観の栄を賜り度希上候
 四月十五日 永楽町一丁目商品陳列館前 鮮活直営 中央館敬白

お馴染の平民的魔奇術と大歌劇の御目新しきものを選み御覧に入れ升。今回の呼物としては京阪大劇場にて大好評を賜りました歌劇「ジヤンヴアルジヤン」及文芸的アラビヤ風俗宮殿「大魔術」は共に皆様の御期待に副ひ可申、一座懸命に努力致しまする故、倍駕の御愛顧御引立の程。

  愈本日より天華一行開演 午後六時中央館
 永楽町中央館の創業一周年記念特別大興行の為め渡鮮した奇魔術界の明星松旭斎天華一行は愈々十四日夜南大門駅着、中央館当事者は勿論株主有志多数の出迎へを受けて入城、今十五日花々しく町廻りをなし、午後六時から開演する筈である。プログラムは左の如くである。(省略)

大正11418日 京城日報
 ジヤンバルヂヤンを観る ─中央館に上演中の─
 仏欧のある片田舎の酒場に幕が開く。「カルタ取らうか、女を買はうか」と賑かなコーラスで噪き返つているとき、ツーロンの監獄を放免されて来たジヤンバルヂヤンがパンを求めて酒場に這入つて来る。其處に来合せた客の為めジヤンバルヂヤンは不幸にも正体を見現はされて土地の官憲の為めに酒場の扉の外に突き放されて、『あゝ、又夜がやつて来た、俺は今夜も此處に寝るのか』と昂奮しながら、飢の為めに凍てついた大地の上に眠りこけた野獣の様に蹲まる。物凄い月光がこの不幸なジヤンを照し出す。

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 其處へ無邪気な基督信者の少女が来て老僧正に乞ふて彼に一夜の宿を求めさせる。ジヤンは先刻から酒場で受けた人間に対する反感から再び窃みをしてこの教会を忍び出て、土地の官憲に押へられて老僧正の前に引き出される。老僧正と土地の官憲との会話に法規と人間愛のことを考へさす多量なものがある。
 この二幕を通じて萩原秀長の扮する主人公ジヤンと小天華の扮する小役の少女と天華の扮する踊り子とが芝居を引き締めてゆく。秀長のジヤンの動作はその科白が何だか余りに説明に堕し過ぎている様だが、其處は秀長が朝鮮と言ふ土地柄を考へてあゝ演つたのなら言ふことはないが、もう少し科白を考へて欲しかつた。然し二幕を通じて全体としてシツクリした劇で可成りに演つてのけたは先づ成功である。

大正11420日 京城日報
 中央館日延べ 天華一行好評 
 目下中央館に上演中の松旭斎天華一行は初日開演以来定刻には満員の盛況であるが、二十日まで延期する由。

大正11421日 京城日報
 天華一行、元山興行
 中央館に上演、好評を博したる松旭斎天華一行は二十一日元山へ向ふ。向ふ四日間、同地に上演、更らに京城に帰り、鍾路国城社に上演すべしと。 

【文献資料】「朝鮮公論」第10巻第6号・6月号(大正1161日発行)
 中央館に於て開演した松旭斎天華の歌劇
 ジヤンヴアルジヤンは主役たる戒の押しが利かぬ弱腰から来るダレが舞台の全部の者に影響して頗る不自然なる空気を構成していたのは緊張す可きユーゴーの作として慥かに根本的の失敗である。舞台装置は先づ調つているが、人物の配列に幾分の無理があつた。而しバーのカラーは可成り出ていた様だ。独唱ビーテリーは不真面目。

名古屋市南伏見町中央劇場 726日~86
大正11725日 新愛知
▲松旭斎天勝来る 松旭斎天華一座は久しく朝鮮満州を巡業し、大好評を博して来たが、二十六日から中央劇場で開演する。

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大正11727日 新愛知
▲中央劇場 昨日より公開せる松旭斎天華一派の歌劇と魔術は目新らしき物揃ひ。              
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大正11727日 新愛知
▲中央劇場日延べ 松旭斎天華は御礼の為め来る六日迄日延べするが、招待券は同日迄通用すると。

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京都新京極京都座 1221日~1227 

IMG_20250827_0010大正111222日(夕刊)
▲京都座 松旭斎天華一行の魔奇術は久々の出演とて大好評である。

大正111223日(夕刊)
▲京都座 天華一行の魔奇術は頗る好評で「美人胴体両断」で萩原秀長氏の技倆は将にカーター氏以上なげと激賞されて居る。

大正111224日(夕刊)
▲京都座 天華の「遠隔感応術」と「猛虎と美人」は相変らず好評。

大正111227日(夕刊)
▲京都座 天華一行の魔奇術も二十七日にて千秋楽。



 大正12年(1923年)

石川県金沢市尾山座 724日~
大正12724日 北国新聞【広告】

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大正12725日 北国新聞(夕刊)
▲天華の初日 お馴染の魔奇術松旭斎天華一行はいよ〳〵本日より尾山座に於て花々しく開演すべく、今回は目新しい物のみを見せ、帰りには今初日はカテイ石鹸デーを催し、カテイ石鹸を呈する筈。

大正12725日 北国新聞【広告】

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大正12727日 北国新聞(夕刊)
▲天華と好評 お馴染の天華は尾山座でお土産付の勉強興行をやつてるが、魔奇術の虎などは別に変りもないが、例の遠隔感応術は大分熟練したと見え殆ど百発百中の妙を見せている。喜歌劇「其夜」では秀長の男爵と天勝(ママ・天晴の誤記カ)のヂヤンが面白く見せ好評を博している。 

大正13年(1924年)

大阪千日前楽天地中央館 1215日~12月29日

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大正
131214 日 大阪朝日新聞【広告】(左)
 1 天華管弦団吹奏
 2 シラポン合奏
 3 独唱
 4 スパニツシユダンス
 5 小奇術数種
 6 社会悲劇「正義と愛」
 7 フラ〳〵ダンス
 8 遠隔感応術
 9 美人胴体両断
 10 埃及土産「ナイルの楽園」
 11 封切歌劇「飛行機」
 12 喜歌劇「ガール」
河合勝『日本奇術資料大事典』東京堂出版・2023年所収(中央)
春待つ間のお慰みに面白い華やかな大魔術が参りました。半日のお遊びにぜひ一度お越し下さいまし。目新しい不可思議な奇術は皆様をお待ち申して居ります。 
大正131217日 大阪朝日新聞【広告】(右)

大正14年(1925年)

名古屋市御園座 11日~7日 
大正131227日 新愛知
△天華一座 は過般香港、上海方面の巡業を了へて目下大阪松竹合名社の直営にて南地楽天地にて開演中。

大正1411  新愛知
△御園座 松旭斎天華一行の奇術、曲芸、大歌舞劇は花の如き少女連の鮮かな妙技に大喝采を博している。

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大正1415 名古屋新聞
▲御園座 久方振りの松旭斎天華一行 歌劇、舞踊、独唱、奇魔術と盛り沢山に見物を倦せない處が一座の売物である。天華の奇術はいつもながら鮮かな手際を見せる。中にも封切魔術と銘打つた飛行機中より二名の美人現れ、飛行機内に隠れたり、天華が楽屋より現れるといふ趣向は飛行機を使用した處が斬新と云へやう。其他呼びものといふ喜歌劇、社会劇、天華と秀長の「遠隔感応術」、「美人胴体両断」など何度見ても面白い。

【文献資料】『御園座七十年史』(御園座・1966年)
大正十四年の正月興行は、一日から七日までの松旭斎天華一行によって開始された。香港上海方面の巡業を終えて帰った天華は、従前よりも新奇な出しものを並べ、歌劇、舞踊、独唱、大小魔奇術と盛りだくさんに、目さきを変えて見物を飽かせないのがなによりの強味であった。天華の魔術はいつもながらあざやかで、中でも封切十四年式大魔術と銘うった〝飛行機〟は、天華が飛行機の中にかくれたと見せて舞台正面からあらわれたり、飛行機の中から美人がつぎつぎと出てきたりするので見物は大かっさい、天華と秀長の〝遠隔感応術〟や〝美人胴体両断〟はたくみで、魔術応用の歌劇『ナイルの楽園』は美しく、そのほか喜歌劇や『娘道成寺』のシロホン合奏、女優総出演のダンスなどもあって楽しく見られた。

台湾台北栄座 417日~21

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大正14416日 台湾日日新報
 
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 天華一座乗込む 十七日開演
 欧米のヴアラエテー其儘の一座を組織して東京、大阪の松竹系劇場で好評を受けて居た松旭斎天華一座は、十五日入港の笠戸丸で渡台し、予定より遅れて十時過ぎに台北へ乗込んだ。一座は四十五名の多数で、娘子軍は天華始め十五名、華かな服装で台北駅に立ちカメラに収められると直ぐ雨中腕車を駆つて旅宿二葉館に走つた。同一座は内容の充実を図る為め各部に新人を配し、管弦楽のコンダクターには玉井弘、声楽の方は赤田龍子、舞踊部には竹内達彌、小奇術には松旭斎天遊、滑稽ものにはヒリツピン人のボニー君など何れも得意の芸を以(もっ)たものゝみが主となつて活躍するさうだ。
 一座がお土産とする四大創作と云ふのは社会劇「マルセイユの為」一幕、埃及土産「ナイルの楽園」、十四年式「飛行機」、喜歌劇「恵の角笛」二幕を呼物として居るが、其中「ナイルの楽園」と「飛行機」は天華が妙技を観せ、「マルセイユの為」と「恵の角笛」では萩原秀長や玉井楽長が活躍し、外に男女優総てが登場して新しい所を見せるさうで、十六日は休養し、十七日から華々しく蓋を開けるさうだ。(写真は駅頭に立つた娘子軍と声楽家赤田龍子にお馴染の天華である)

大正14417日 台湾日日新報(夕刊)
□天華の稽古 十七日から栄座に蓋を開ける天華一座は十六日は休養の傍ら終日舞台稽古を為し、スパニツシユダンスや例の呼物である四大創作を固めたが、既に団体申込みも沢山あるやうだ。

大正14419日 台湾日日新報(夕刊)
 天華一座覗記
 昨年の初夏に来たばかりの天華一行が陣容を整へてやつて来た。娘子軍その仲にも大分顔馴染がある丈に一種の懐しみがある。プログラムは例の娘子軍の顔見世ともいふ可きシラホンで娘道成寺の合奏、それより独唱数番、綺麗なものにスパニツシユダンス、天華の奇術応用のパラダイス、童謡歌劇の恵の角笛等で、不可思議なのに遠隔感応術、美人胴体両断、飛行機等、滑稽ものに結婚の前後、ボクシング等腹の皮をよらす可笑味であつたが、楽活劇「マルセーユの為」といふ脚本は台湾では如何なものか。何んだか植民地気分の消えないところでは聊か変な感がした。

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感応術は益々上手になつた。百発百中、胴切よりも鮮かではあつたが、先刻御存じ丈に以前程感興を引かなかつたは残念である。更に諸道具と衣裳の全部とは云はぬが、花なり古びたのが気になつてならなかつた。或は光線の加減かも知れぬ。童話活劇は子供本位の芝居丈に罪の無い面白味を見せた。一層「マルセーユの為」をやめて此麼(こんな)風のを差加へたらどうかとも考へた。流石に天華だ、雨中にも拘はらず大入満員、鮨詰の息苦るしい程なのは大成功といはねばならぬ。(水)

台湾基隆基隆座 423日~日 
大正14422日 台湾日日新報【広告】

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満州大連博覧会演芸館 81791
大正14816日 満州日日新聞【広告】

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【文献資料】『大連勧業博覧会誌』(大連勧業博覧会協賛会・大正15年) 
「(昭和三年・大博演芸館)自八月十七日 至九月一日 松旭斎天華一行 歌劇 奇術 ダンス 魔術」

大阪千日前楽天地中央館  大正14929日~ 
大正14929日 大阪朝日新聞

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  1 序曲 天華管弦楽団
 2 奇術数種
 3 楽活劇「マルセイユの為」一幕
 4 最新小奇術数種
 5 ボードビル六種
 6 封切大魔術(ABCの三種)
  7喜歌劇「ネオ・ミリタリズム」三幕

大正
141011日 大阪朝日新聞
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 メリメイ原作社会悲劇 愛と正義 一幕
 2 最新文化的大奇術 数種
 3 ボードビル 数種
 4 続篇ジヤンバルジヤン 大僧正の宅
 5 スパニツシユダンス
 6 独唱
 7 滑稽雲雀の表情
 8 ダンス(人形)
 9 遠隔感応術
 10美人胴体両断
 11高速度大魔術
 12童話歌劇シンデリラー

大正
141021日 大阪朝日新聞
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 1 鴻の池の犬と野良犬 一幕
 2 文化奇術 数種
 3 ジヤンバルジヤン 一幕
 4 舞踊ボードビル 七種
 5 フラ〳〵ダンス
 6  大小奇術 数種
 7封切大魔術 数種
 8 歌劇コスモスホテル 一幕

 京都新京極京都座 1031日~1111

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         河合勝『日本奇術資料大事典』(東京堂出版・2023年)所収

大正141028日 京都日出新聞
▲京都座 松旭斎天華一座は三十一日初日にて、お目見得のプログラムは序曲、動物劇「犬」、奇術小品、支那劇「凋紅華」、ボードビル、遠隔感応術、美人胴体両断、高速度大奇魔術、喜劇「コスモスホテル」。

大正14111日 京都日出新聞(夕刊)
▲京都座 天華一派は三十一日初日にて十一月二日より五日迄の四日間、昼の部は売れ、夜の部は五時開演。

大正14113日 京都日出新聞
▲京都座 松旭斎天華一座は素晴らしい人気にて、二日より四日迄は昼の部は鉄道省の慰安会□総見にて賑はつている。夜の部のプログラムは既報の通り。開幕時間は五時。

大正14115日 京都日出新聞(夕刊)
▲京都座 松旭斎天華一行の舞踊と魔奇術は連日好評、殊に澤モリノの舞踊は喝采を博している。

大正14116日 京都日出新聞(夕刊)
▲京都座 松旭斎天華一派は六日より昼夜二回開演。時間は昼の部十二時三十分、夜の部六時。

大正14118日 京都日出新聞
▲京都座 松旭斎天華一派は益々好評にて澤モリノの新舞踊は研究に苦心の跡が現はれて頗る人気をそゝつている。

大正141111日 京都日出新聞(夕刊)
▲京都座 松旭斎天華一座は十一日終演。

【文献資料】『日本歌劇俳優名鑑』(活動倶楽部社・大正10

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 澤モリノ
「本名、深澤千代子。明治23319日生れ。三十二歳。米国紐育に生れる。十六歳の時帰朝す。帝劇歌劇部第二期生に進められたり。ローシー氏の指導を受け、専ら舞踏を研究す。後ローヤル館解散、日本歌劇座を組織し日本館に出づ。其後石井漠と提携してオペラ座を創立し、日本館に旗揚げしてより現在に至る。モリノの号は伊太利の舞踏家モリノーより取りたるものなりと。最近早稲田劇場出演。」
〈編者註〉この京都公演から二代目天華一座に加入。「瀕死の白鳥」を踊って人気を呼んだ。大正1510月、京都夷谷座の公演を最後に脱退し、昭和2年10月より松旭斎天勝一座へ移った。

大正15年(1926年)

大阪千日前楽天地中央館 830日~
大正158月31日 大阪朝日新聞・夕刊【広告】

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大正1592日 大阪朝日新聞・夕刊【広告】

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1030日 京都知恩院三門前広場にて綜合芸術天華一座の「魔術とダンスのペーゼント」 主催京都日出新聞社

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大正151028日 京都日出新聞
 ひと度発表さるゝや 
 果然!人気沸騰す 
  本社主催「魔術とダンス野外公演」 
   何等の境界を設けず一般に公開 夷谷座優待券を配布
 魔術界の寵児たる「綜合芸術天華」一座が夷谷座出演のための入洛を機とし、来る三十日午後一時より洛東知恩院三門前大広場において我社主催のもとに魔術とダンスのペーゼントを公開すべく、ひとたび本紙上に発表するや果然満都の人気を沸騰せしむる處となり、各方面から素晴らしい歓迎を受くるに至つた。どこかしこも此興味深き奇抜なペーゼントの公開に対する期待で持切りの有様である。当日の会場たる知恩院三門は往年市川左団次が「織田信長」のペーゼントを演じて本市におけるペーゼントの先駆を為して以来絶えて此種の試みが行はれず、久しくペーゼントらしいペーゼントに接しなかつた。
 市民諸君のどれだけか渇を医することであらう。唯会場の設備に至つては従来多くの失敗の歴史を有し、観衆を混乱に導くやうな結果を招き、折角のペーゼントの効果を失つた実例があるので、我社は今回の挙行に当り特にこの点に意を払ひ、所轄松原署の経験を重ねた警戒上の好意と相俟つて遺憾なきを期しつゝある。即ち警察当局の警戒に信頼して一切木柵、縄張り等の設備を施さず、無制限のまゝで来観に任す事とした。あの大広場を埋め盡す十重二十重の人波の中で指定席を設けたり、木柵で囲ひを作つたりする事は反つて奔流をせくやうな結果に陥り易く、かつ遍く大衆に公開せんとするペーゼントの趣旨に鑑み、平等の観覧を乞ふこととする方針である。なほ当日の来館者には美麗なカード式の夷谷座天華一座の優待割引券数万枚を発行して洩れなく配布すべく、錦上花を添へるものがあらう。

大正151029日 京都日出新聞
 一座が最も得意とする演し物のみを選定
  愈三十日知恩院三門前で行はるゝ本社主催、天華一座の野外公演
   プログラム全部決定
 目先の変つた興味深き試みとして満都の人気を席捲しつゝある本社主催綜合芸術天華一座のペーゼントは雨天にあらざる限りいよ〳〵三十日午後一時より知恩院三門前大広場に大観衆の波を現出しつゝ、華々しく演ぜらるゝこととなつたが、松旭斎天華、澤モリノ、赤田龍子等三十余名の一行は今二十九日午後三時頃名古屋より乗込むので、当日の三十日は既報の如く午前十時より十余台の装飾自動車を連ねて市内の枢要街を巡行する予定である。何しろペーゼントの歴史に新しい記録を印せんとする大胆にして奇抜、併(しか)も始めての試みであり、全市民諸君から白熱的な歓迎と期待を以て迎へられつゝあるので、出演者側でも非常に責任の重大を感じ、真に堂々たる公演振を以て入神の至芸とスケールの雄大を尽し観衆をアツと云はすべく、一行の勇躍と緊張とはそぞろ当日の燦然なる出来栄えを彷彿せしめて余りあるものがある。一座の主任萩原秀長氏外数名は公演打合せのため二十八日早朝入洛し、本社係員との間に種々協議を重ねて帰名したが、此打合せによりいよ〳〵確定したプログラムは、
 ケイキウオークダンス  出演者 足立歌子・青木桃代・市村金子・小幡幸子
 スパニツシユダンス   澤モリノ
 ベースボールダンス   赤田龍子外娘子軍
 滑稽雲雀の表情     天遊・ボニー
 大魔術 少女とトランク 不思議のボツクス  松旭斎天華
 と、真に野外公演に打つてつけた派手で明るくて軽快な、而も一座の最も得意とするダンスと魔術の代表的なものゝみをよりすぐつて演ずる事となつた。
 IMG_20250827_0003澤モリノ嬢のスパニツシユダンスは何しろ巨星ローシーに多年師事して練磨を積んだ本場仕込の定評を有するもので、現下の歌劇界で同嬢の右に出づるものなく、真に第一人者の名をほしいまゝにしているのであるから、当日の公演で如何に精彩にみち巧妙を極めた踊り振りを見せて呉れるかは前以て贅するの必要がなからう。晴れ渡つた清澄な秋の大空のもと、あのクラシカルな特別保護建造物の三門を背景として、階段高く扮装の美を極めて嬪扮たる落花の如く、人の心を浮立たせるタンボリンの音も軽快にステツプの調子も面白く踊り抜くこゝろよい姿は一般興行におけるステーヂのそれとは到底比べものにならないみものであらう。
 天遊とボニーの「雲雀の表情」はこれまた呼物の一つで、ともに雲雀に仮装した男と女が身振り面白く朗らかな囀りを真似て真に迫つた妙技を聴かせやうといふので、観衆は知らず〳〵小鳥を尋ねて秋興酣な水々しい野外に俗腸を洗ひ清めるやうな心持に浸る。大喝采を受けること疑ひなしである。娘子軍からなるベースボールダンスは何れもユニホーム姿凛々しく、オーケストラの音につれ壮快極まりなき演舞を見せる。
 天華出演の大魔術は蓋し当日の代表的呼物で、第一の「少女とトランク」、第二の「不思議のボツクス」ともに普通屋内の興行であれば正面だけの観衆であるから仕掛を施すにも非常に便利であるが、白日のもとで、夥しい大衆に囲まれて堂々と此の奇々怪々な技術を見せやうといふのであるから、其興味は津々盡きざるものあり、天華嬢の優秀独自の技巧は必ずや観衆のすべての膽を奪ふものがあるであらうが、天華嬢は此大膽にして痛快な野外公演で十二分の成功を占むべく非常な苦心を払ひつゝある。(写真は澤モリノ嬢)

大正151030日 京都日出新聞
 美しい所が揃ふて天華一行の乗込
 もの見高い人たちで駅頭は時あんらぬ賑

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 三十日午後一時から洛東知恩院三門前の広場で行はるゝ本社主催の魔術とダンスのペーゼントにその独自の妙技と妍艶花の如き姿に大観衆をアツと云はすべく堅き決心と成功、希望に輝く色を浮べた斯界の第一人者綜合芸術天華一座は、萩原主任、櫛木舞台監督等に率いられて既報の通り二十九日午後二時三十分、その晴れやかな姿を京都駅頭に現はした。一行は松旭斎天華嬢を始め澤モリノ嬢、赤田、園、三井、雄島、五字、林等の男女優三十余名の一大一座で、中にはキユピーを抱へた少女もあり、和服に洋服に色とり〴〵の好み、楚々たる容姿は定評ある優秀の技術と共に早くも駅頭の人気を沸騰せしめ、一行の乗込みを聞き伝へてかけつける連中夥しく「あれが天華だ」「澤モリノだ」などゝ囁く人で時ならぬ雑沓を呈し、駅頭で本社写真班のレンズに納まる時なんど十重二十重に囲んだ物見高い市人のために写真技師もしばし立往生をした程で、この画期的の催しの如何に人気を煽り期待をかけられているかに今更驚かされるばかりであつた。(写真:きのふ乗込んだ天華一行)
 男女優うち揃ひ自動車宣伝行列
  いろ〳〵彩を凝らして全市を縦横に駆馳
 午後一時よりの挙行に先立ち、屡報の如く出演者一行の宣伝自動車行列を行ふ。社旗彩旗を高く掲げ、「けふ日出新聞のペーゼント」「松旭斎天華一座」「三十一日より夷谷座において公演」等の色とり〴〵な文字を現はせる意匠もて装ひ凝らした十余台の自動車は音楽隊を先頭に、美しく着飾つた一行の女優、男優、松竹合名社員、本社員等分乗して午前九時過ぎ本社前に勢揃ひの上、十時に進行を始め、華々しく市内目貫の場所を練歩くのであるが、其道筋は本社前を寺町六角に出で三条通を西へ一直線に千本へ、今出川まで北行し、烏丸今出川に出で、烏丸通を南下して京都駅前へ、東進して大和大路七条へ、大和大路を三条通へ、東山通を北へ熊野神社前へ、東進して広道動物園前に出で、公園通りを応天門前に出で、仁王門通りを東山線へ、五条通まで南下し、大橋を西に渡り、東木屋町通りを四条へ、河原町四条を北へ二条に出で東へ応天門前を粟田口から一路会場へ乗込む順序で、けふの京都市内は此美しい長蛇の装飾自動車を以てペーゼントの公開にふさはしい一大偉観を現出するのである。
 知恩院の三門を背景として白日下に魔女の奇しき術
  重い責任と感激に戦く天華一行が選びに選んだプログラム全く確定
   行け!見よ!空前の野外劇
 果然京洛中の人気を煽り立てた本社主催、空前のペーゼントたる綜合芸術松旭斎天華一行の魔術とダンスの野外公演は全市民諸君の白熱的な期待と渇望に迎へられていよ〳〵けふ午後一時から洛東知恩院三門前の階段上をステーヂに其大広場を観衆席としてはな〴〵しく挙行される。
 当日奇想天外な此ペーゼントにより全市民諸君の歓呼を浴びんとするヒロイン松旭斎天華を始め一座の代表的スターたる澤モリノ、赤田龍子等は二十九日午後、緊張しきつた面持で名古屋から華々しく入洛し、斯くまで熱烈な全幅の期待を以てけふの公演を迎へられつゝある事を聞かされて、美しい双の眼にいつぱいの涙をたゝへ、重い責任と感激におのゝいたのである。期して待つべし。けふのペーゼントにおける花の女優数十名が感激に満ちた悲壮な公演を。プログラムは既報した通り(註:プログラム省略)。
 わけても「不思議のボツクス」の如きは普通屋内のステーヂで演ずるのもひと通りではない最高の技術を要するもので、これが白昼公然と大衆の囲繞裡に演ぜられる事はまさに驚異すべき大膽な試みであると共に、真にペーゼントの記録に一異彩を添へるものでなくて何であらう。
 煙花の打揚を開演の合図に、爽快軽妙な奏楽につれ逐次大観衆の前に展開される此盛観に誇りと欣びは漲る。行け知恩院へ。
 雨天でない限り決行
 なほ本日は降雨でない限り決行致するが、若し降雨で中止の余儀なきに至つた場合は来月早々日を改めて追つて挙行する。

大正151031日 京都日出新聞
 感 謝
昨日知恩院三門前に於て本社主催松旭斎天華一行のペーゼントを挙行致しました處、愛読者並に一般市民諸君の夥しき御来観を得、予期以上の成功裡に終了を告げましたのは偏へに各方面の多大なる御同情と御声援の賜と深く感謝致します。特に会場の提供を快諾せられたる知恩院寺務所、数万観衆の雑沓取締に当られし所轄松原警察署、府保安課京都少年義勇軍、救援の万全を期せられし赤十字京都支部並に終始斡旋の労を取られし松竹合名社各当局の御厚意に対し茲に謹んで深甚の謝意を表する次第であります。十月三十一日 京都日出新聞社

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写真(上右)天華・(上左)ケーキウオークダンス/写真(下)野球ダンス

京都新京極夷谷座 10311123 

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大正151031日 京都日出新聞
▲夷谷座 綜合芸術天華一座は三十一日初日、昼夜二回開演。

大正15114日 京都日出新聞
▲夷谷座 松旭斎天華一派は連日の盛況を呈し居れるが、斬新なる魔術が大向をうならせている。

大正15115日 京都日出新聞(夕刊)
 夷谷座の天勝
 魔術本位を売物にしていた松旭斎天華の一座も今ではお手のものの魔奇術をホンのつけたりにして了つて、歌劇やら舞踊やら喜劇やら独唱やら頗る盛沢山に大衆文化の先駆、総合芸術の粋と時流に添つた看板の替かた、はやりものの剣劇まで差加へてすつかり新劇団気取である▲拾いくつかの出し物を殆んど幕合無しに見せてくれるので観客の興味を最後まで澱みなく惹付けてゆくが、澤モリノの「瀕死の白鳥」は馴染の多い舞踊だけによく受けている。唯此神秘的な舞踊のバツクに舞台裏の電気が透けて、その前を何回となく踊の最中に影法師が映るのは不都合である。注意してほしい▲モリノの「瀕死の白鳥」とよい対照を為すものは天華の新舞踊「お夏狂乱」であるが、櫛木監督の作曲は如何にも巧みである。天華の踊りも堂に入つている。がその按配に就ては日本舞踊に於ける伝統的な「物狂ひ」の振りをもつと披露した方がよいと思ふ▲「其の日の熊公、高速度連□」、スケツチと称するのだが、天遊の自作自演で幕毎に腹の皮をよらせる、面白い着想である▲「フラ〳〵ダンス」は市村金子で血気の多い観客を悩殺し、天華の魔奇術には目先の変つたものが新しく加へられてあざやかな手際を見せている▲歌劇「愛の鬼神丸」は津村京村氏の原作で萩原秀長君が何でもござれの器用な處を見せているが、舞台効果の上では切りの「エープリルフール」の方がやはり此一座のものとして上乗のものである▲赤田龍子は独唱に楽劇に喜歌劇に達者な活躍振りを見せているし、糸井光彌の独唱は異色のあるものである。

大正15117日 京都日出新聞
▲夷谷座 松旭斎天華一座のお目見得狂言は七日限り終演。八日よりのプログラムは、
 第一 序曲
 第二 喜歌劇「ネオミソタリズム」一場
 第三 最新小奇術
 第四 新日本歌劇「金色夜叉」一場
 第五 ダンス「ギアロツプ」
 第六 ダンス「インデイアン」
 第七 独唱
 第八 ダンス「アニトラ」
 第九 滑稽
 第十 新舞踊「其夜のお七」
 第十一 スケツチ三種
 第十二 バレー「生の争闘」
 第十三 最新封切大魔術
 第十四 喜歌劇「カフエーの夜」一場

大正151110日 京都日出新聞(夕刊)
▲夷谷座 松旭斎天華一座の二の替り狂言は八日初日の蓋を明けたるが、奇想天外の大魔術に花と姸を競ふ少女の歌舞は場面毎に拍手を博し好評嘖々たり。

大正151112日 京都日出新聞(夕刊)
▲夷谷座 松旭斎天華一派二の替り狂言は連日の盛況。

大正151117日 京都日出新聞(夕刊)
▲夷谷座 天華一座は愈よお名残興行といふので客足が好い。

〈編者註〉十六日よりの番組は、序曲、民謡歌劇「朧月夜」、最新小奇術、ダンス「ケーキ・ウオーク」、ダンス「ロアンデ・ボール」、滑稽、独唱、スパニツシユ、胴体両断術、ベースボール、喜歌劇「新家庭」、封切大魔術、古典劇「魔女の微笑」。(『近代歌舞伎年表 京都篇8巻』八木書店・平成14年より) 

大正151123日 京都日出新聞(夕刊)
▲夷谷座 松旭斎天華一派は二十三日限り終演。



misemono at 16:00|PermalinkComments(0) 二代目松旭斎天華 

二代目松旭斎天華 大正15年 名古屋・京都

大正15年(1926年)
名古屋市宝生座 
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大正15928日 名古屋新聞
▲宝生座 天華二十九日に来る 宝生座の十月興行に出演する松旭斎天華の一行は明二十九日大阪より乗り込み来り、直ちに各新聞社及び後援者筋を訪問、夜は民謡歌劇「朧月夜」を放送、三十日は女優軍の市内商店訪問と映画撮影を行ふと。

大正15929日 名古屋新聞
▲天華一行 松旭斎天華は主任五字秀長、舞踊界のスター澤モリノ、声楽家の花形赤田龍子、作曲の大家櫛木亀二郎、露人ハミエル等と共に宝生座の十月興行に出演する事となり、今日午後三時着名、各新聞社、贔屓筋を挨拶巡りの後、夜は赤田龍子が主役にて民謡歌劇「朧月夜」をラヂオで放送する。

大正15929日 名古屋新聞
<ラジオ>JOCK 午後七時四十分 民謡歌劇「朧月夜」天華大魔術団
配役:村娘に化ける女狐 赤田龍子、若衆に化ける男狐 吉川道夫、村娘お小夜 金子静子、百姓権六 三ケ島天晴 外天華合唱隊十数名

大正15929日 名古屋新聞
<ラジオ>民謡歌劇「朧月夜」(梗概)天華大魔術団
 元禄時代のこと、庄屋の座敷開きに招かれた百姓権六とその情婦お小夜が、おなじ夫婦狐に化かされて、朧ろにかすむ菜種畑の中に踊り唄ふといふ民謡風の純日本歌劇である。
 女夫の狐が唄ひ乍ら踊つていると、庄屋の座敷開きの御馳走で上機嫌の権六が、お小夜に半身を支へさせて折包を手に出てくる。その折包を目あてに女狐が美しい町の娘に化けて権六の方へ唄ひ乍ら近づく。権六はその美しい姿に見惚れていると、町娘がよろけて倒れかゝるので、すかさずかけよつて助け、病母のため医者を迎ひにゆく途中、魚も買つてこねばならぬと聞いて、早速折包を娘に与へ、医者の家まで送つてゆく。
 お小夜がぼんやり二人を見送つている所へ男狐の化けた若衆が目醒むるやうな艷やかさでこれまた唄ひながら出てくる。そしてお小夜に近づいて優しくいろ〳〵といたはつて、鄙唄を聞かせてくれと頼む。お小夜は恥しそうに、それでも嬉しい風情で唄ひ出す。やがて興にのつて男狐も合唱していると、町の娘に化けた女狐が帰つてきて、二人の唄ひ興じているさまに嫉妬の炎をもやし、若衆にしがみつき、果ては本性を現してつかみ合ふ。医者へゆく途中でまかれ、ボンヤリ帰つてきた権六が見つけ、怒つて飛びついたので、狐は何處にか逃げてしまふ。後で権六とお小夜は互に町娘や若衆に迷つたことを云ひ合つたが、これもうまく和解して『これからはがらりと気を変へよう』と忘れられた折包を中に、また月下にからみながら踊り唄ふといふところで幕。

大正15929日 名古屋新聞
 あす行ふ 花形女優商店訪問! その訪問と撮影の順序 
 明三十日挙行する松旭斎天華、澤もりの、赤田龍子一行の市内一流商店訪問に本社活動写真班の実況撮影順序は午前十時本社前に一行勢ぞろひして装飾せる自動車数台に分乗、まづ第一に名古屋中央放送局に至り、中区南園町大島鰹節店、広小路市役所前ライオン喫茶店に至り小憩、十一時頃中村呉服店、広瀬屋小間物店、中京美装堂に入り美装をつくろひ、松川屋菓子舗南店より橘惣食堂を訪問、正午過篠田商会、矢場町カトウヤ自動車店を経、松阪屋に入り再び小憩、次いで一時頃駿河町ねぼけや毛絲店、鍋屋町みわや呉服店を訪ふ。一時半頃千種町朝日ビール製造工場を参観の上、長□熱田須賀町秋田屋商店の缶詰部を参観、二時半頃裏門前門渡辺電気商店、末広町堀田時計店、門前町名古屋蓄音機商会、三時前後高松寺筋青山書店、再び門前町に引返し、東邦電力門前町機具陳列所、絹屋呉服店の順序で訪問を終り、午後四時頃宝生座前に到着、撮影を終るはずで、当日訪問女優の明星天華、もりの、龍子嬢はどんな服装をして居るか愛読者の興味を増すため別項社告の如く一等上置つきたんす一さを以下五等まで六十八人まで的中した方に賞品を呈することになつている。ちなみに天華一行は二十九日午後三時名古屋駅着、それより直に本社訪問の上、市内各方面の関係筋をあいさつに廻るはずである。訪問店撮影中はなるべく撮影の妨げにならぬやう御観覧を願ひます。
〈編者註〉「昨紙、女優訪問順序中午前十一時頃朝日町三光堂訪問を脱漏す」(1030日付同紙)

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大正15930日 名古屋新聞
 天華明日より開演
 宝生座の十月興行は天華綜合芸術座で開演。松旭斎天華嬢を始め五字秀長主任、澤モリノ、赤田龍子、櫛木亀二郎、露国人ハミエル等魔術と歌劇の権威と艶麗花の如き美人五十余名を揃へた大一座で、第一回の番組は(後略:広告参照)。

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大正15930日 名古屋新聞
  本日 松旭斎天華、澤モリノ、赤田龍子一行 美人の商店訪問挙行 本社活動写真班実況撮影
  商店訪問競争の美人三人 お目とめられませう
 けふ午前十時から本社主催の市内商店訪問競争をする松旭斎天華一行は二十九日はな〴〵しく乗りこんだ。一行は花のやうな女優揃ひで、午後三時本社を訪問して語る。『これまでは主として奇術ばかりをやつていましたが、今回からは天華綜合芸術座として歌劇もやれば喜歌劇もやるといふ風に全く内容を一新したものにしました。そして出来るだけ名古屋の方にいつまでもあかれぬやう苦心しています』と、にほふやうな美しさの中からさんざ愛けふをふりまいた。

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         向つて左より天華、赤田龍子、澤モリノ、後方は五字主任

大正15101日 名古屋新聞(夕刊)
 花形女優商店訪問(本社主催)

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 本社主催、松旭斎天華一行(大須宝生座出演)の市内商店訪問は三十日午前十時本社前へ集合、数台の自動車をつらねて花々しく出発した。写真は本社前で女優連が勢揃ひをしたところ。

大正15101日 名古屋新聞

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▲天華本日より 宝生座の松旭斎天華一行は本日正午より昼夜二回開演。「愛の鬼神丸」の配役は鬼神の治郎兵衛(五字秀長)、源渚(赤田龍子)、捕はれし武士(大石利夫)、天笠四郎(肥田龍郎)。

大正15103日 名古屋新聞
 天華一座を観る
△……天華の一座は集合歌劇団だと、それだけ又新顔が多い。盛り沢山なプログラム、奇術、歌劇、舞踊、コーラス、ソロ、喜劇、時代劇等々、お題目に綜合芸術店とある如く、渾沌としえ大衆的である。
△……瀕死の白鳥、このアンナパブロヴが独創の舞踊をダンサーガールは一度はきつと踊つてみるものであるが、モリノはモリノだけに踊りこなし、まづ円熟といふべきも、天華のお夏狂乱は邦舞の型を破つて新しい情緒を出さうと努めている。
△……スケツチ、其の日の熊公、人生の断片を漫画化した軽いもので、熊公の天遊は喜劇役者として人間味が多い。
△……龍子、つる子のソロ、艶味円満、金子のフラ〳〵ダンスは決達。
△……愛の鬼神丸、平家の残党鬼神丸が海賊になつて源氏に仇をせんとする。一度捕へられたものは逃がさぬといふ掟、捕へられた荒い武者、娘渚の恋、遂に鬼神丸は娘のために掟を破り、手下を斬つて割腹する。振り付けを龍子が踊つて絃楽で舞台をひきしめてゆく楽劇。
△……奇術は目新らしいもの。なほ二日から本社主催天華一行の市内一流商店訪問の映画を映写する。

大正15104日 名古屋新聞
 天華一座大好評
 天華一座はスター天華嬢の大魔術、澤モリノのダンス「瀕死の白鳥」、赤田龍子の独唱数番、五字秀長の主演新時代劇「愛の鬼神丸」と、それぞれ粋を集める演技を見せているが、殊に布哇名物「フラ〳〵ダンス」は半裸体の美人が全身を震動させての乱舞に観客を恍惚とさせ、大喝采を博しつゝあり。平場四十銭。

大正15105日 名古屋新聞

  恋の魔術に悩む天華一座
  天華嬢を中心に秀長、龍子、恋の三角関係
  宝生座のお夏狂乱に卒倒した天華
  秘蔵弟子と同性心中未遂の噂
 目下市内大須宝生座に出演中の松旭斎天華嬢は妖艶花の如き娘子軍に君臨し、一座のスターとして、またクインとして豊麗な曲線とシツクなひとみと科学を嘲笑するに似た魔術とを以て人々をおう殺しているが、誰いふとなく『天華の容色に衰へが来た』『肉体に弛怠が来た』といふ声をきく様になつた。はたせるかな、去る三日、日曜の夜の興行に新舞踊「お夏狂乱」を演じて恋人清十郎を失つた可憐な浪花娘お夏の所作の乱舞にたえ兼、楽屋へ帰るや卒倒するに至つたといふ。
 彼女の傍(かたわら)には一座の人気ものとして有名な足立けい子(一五)が親しく看護、手あてをしたため最後の大魔術の幕はどうぞこうぞ勤むる事が出来たが、彼女の過労はその日に限らず常に発作的に楽屋内で半狂乱の痴態を演ずる事が多いといはれているが、これにはくしくも悲しき彼女の愛欲流転の哀史がひそめられているのであつた。
 宝生座においても楽屋においてもかくして語らないから真偽は不明であるが、或る座員の一人は、天華は変態性欲者であり、近く名古屋上演の間ぎはに、秘蔵弟子のけい子と同性心中を企てゝ未遂に終つたとさへいはれ、今回のお夏狂乱も実は彼女の悶々として楽しまざる心持を託すために演じて、せめてもの慰めとしているのだと喝破しているが、こゝに始めて彼女の容色の衰へが明かに説明される訳である。
 足立けい子は子役として立派な天分を有しているいたいけもなきまだ十五の小娘であるが、天華の不思議な変態性欲の相手としてその声帯から姿態のいづくかにまでも早や純潔の少女でない何物かを物語つていることも事実である。旅をさすらひからさすらひへ、たとへ花やかなフツトライトや賑かなジヤズはあつても、彼女らの愛欲は悲しいもの、醜悪なるもの、なやましいものに違ひないことの秘めたるロマンスを語り明かさう。 
        
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         向って右から天華、秀長、龍子

  龍子の為に奪はれた恋
  天華は変態性欲の相手を弟子に求めた
 天華(三〇)と秘蔵弟子けい子(一五)とが同性心中を企てるに至つた原因は一座の主任として天華の相手役であり、実際の亭主であつた五字秀長(前姓萩原)が最近同一座へ加入した赤田龍子(二二)と共に恋におち、天華は若い龍子のために恋を失ひ、絶望のあまりヒステリーとなり、メソヒズムに陥り、転じてこの憂うつを弟子けい子に求めてはらさんとしたものである事は明かで、つまり一座の統率者秀長を中心に天華、龍子の恋の三角関係から生じた悲劇なのであつた。
 赤田龍子は芳紀正に二十二歳、青島女学校出身の才えんで、東京少女歌劇、金龍館等を経て、震災後第一館に碌々として流浪していたのを一昨年天華が救つて一座へ入れたのであるが、いつの間にか秀長と通ずるやうになり、天華は亭主を奪はれた上、実権は秀長に帰し、やむなく芸人として、女としての悲哀をかこちながら、わざと平穏を装つて、愛欲には苦悶しながらも、一座のクインとして不即不離の苦闘を続けて来たのである。ただこゝに天華の同情者は秘蔵ツ子のけい子あるのみであつたのである。
  秀長は私の恩人 初恋の人は今いづこ 天華嬢語る
 右の一座恋の三角関係につき天華嬢は『秀長は私の恩人なんです。大正四年、秀長の世話で小天勝ははじめて天華として天勝の一座から離れ、独立しました。当時足立つる子と申していた私は小天勝の天華が大正九年なくなりますと、二代目を襲つて天華一座の主人公として秀長はじめ愛弟子のけい子らと共に守りたてゝ来たのでした。かう申すと何ですが、私と秀長とは天勝一座時代からの顔合せでして、私は小天勝、秀長は一介の自転車乗り師でした。つまりお家秘蔵の弟子と下郎ふぜいとの恋が成熟して、私らの天華一座が生れたのですが、私には秘めた恋がその以前にありました。今その人の消息はようとしてわかりませんが、初恋の忘れがたさに、私は自分の相手である秀長をだんだんいやしむ様になつたのです。幸赤田龍子が可憐な乙女らしい美ぼうと可成り学識もある所から引入れて加入さした頃は、実に私の心は古い恋にひた走つて、秀長を捨てゝいました。秀長が赤田と恋におちたのは、私といふ相手を失つた失望と報復手段からだつたのでせう。私はそれ以来孤独を守りました。昨年御当地へ参つた時も黙して何もいひませんでした。丁度五、六年は私のこの初恋のおもひ出から世話になつた秀長を捨て、そして芸の方にのみ力を入れたのでした、云々』
 と語つているが、はたして天華の小天勝が十七にして一本立ちするまでに仕上げたパトロン、恋のナイトは誰であつたであらう。確かにはいへ得ねど、一座が朝鮮京城の興行の際、一しほ贔屓にして天華の興行を壮にしたアサヒビールの京城支店長川上某氏であるかなきかは、記者の探聞し得なかつたことである。

大正15106日 名古屋新聞
▲宝生座 天華一座はお馴染のカルメンを取り入れ、一座の男女優総出で踊りぬく喜歌劇「エプリルフール」で華やかに打出すまで舞踊、小奇術、高速喜歌劇、楽劇、新舞踊、大魔術等十種のプログラムに観客をヤンヤと唸らせて居る。平場四十銭。

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〈編者註〉写真は喜歌劇「エープリルフール」の舞台面。カルメン(赤田龍子)、ガルレヤ(大石利夫)、ホセ(糸井光彌)。
大正15107日 名古屋新聞
▲宝生座 松旭斎天華一行は本日より二の替り狂言。一・喜歌劇「オブコース」、二・小奇術、三・新舞踊「其夜のお七」、四・人情劇「鈴の音」、五・喜歌劇「午後四時」等の外、大小奇術数種開演。ヒル十二時、ヨル五時。平場四十銭。

大正15108日 名古屋新聞

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 天華の二の替 本紙愛読者割引
 本社主催の女優商店訪問を挙行して弥(いや)が上にも人気を煽り、大須宝生座に開演以来連日連夜満員の大盛況を博しつゝある松旭斎天華一行は本日より演芸全部を取かへ、就中新舞踊「その夜のお七」は舞台一面大猛火の照明を応用する大道具にて火中に狂ふお七の凄艷なる容姿を見せる由。二の替りプログラムは喜歌劇「オブコース」、滑稽、独唱、ダンス、奇術、寸劇、その日の熊公(つゞき)、新舞踊「其夜のお七」、人情劇「鈴の音」、天華出演の封切大魔術喜歌劇「午後四時」外数種の珍らしき演芸揃ひ。因に本紙読者に限り別項の如く平場四十銭の處、二十五銭外各等も大割引にて優待する。

大正15109日 名古屋新聞
▲宝生座の天華 本紙読者平場二十五銭 昨日より珍らしき演芸のみを選び二の替りとして上演せるが、本紙読者を限り破天荒の入場料平場二十五銭に割引があるので、昼夜共満員の大盛況。明十日の日曜日は午前十時より鶴舞公園に於て天華を始め花の如き娘子軍十数名、野外ダンス及び男優連のカードレースを本社主催にて挙行し、例のカードは美しき女優連の写真と宝生座破格割引券が印刷してあると。

大正151010日 名古屋新聞
 天華一行の野外ダンス けふ十時半から鶴舞公園で
 本紙愛読者を限り平場二十五銭の破格入場料にて連日満員の大盛況を博しつゝある宝生座出演の天華一行は大入御礼奉仕の意味にて花の如き娘子軍を始め全座員をあげて本日午前十時半より鶴舞公園奏楽堂において本社主催のもとに大規模なる野外ダンス及び女優写真入割引券つきの美しいカードレースを催す。そのプログラムは(一)序曲(二)ケーキヨーク(三)スパニツシユ(四)独唱(五)滑稽(六)野球ダンス外数種である。

大正151010日 名古屋新聞

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▲宝生座 天華一座の二の替りは大詰の「午後四時」で問題の赤田龍子が男装姿となり、女優総出演で頗る派手なもの。天華出演の新舞踊「其日のお七」は幕切の猛火中のお七が観客をハラ〳〵せしめる。

大正151011日 名古屋新聞
 秋晴れに輝く奏楽堂の乱舞 本社主催野外ダンスの日の盛況

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 本社主催天華一行の野外ダンスは秋晴れの十日朝十時半から鶴舞公園奏楽堂で開かれた。観衆五千余人、花形女優小幡、足立、青森、市村、モリノ嬢などのみやびな乱舞に大喝采、最後におみやげの割引カード数万枚を散らして十一半頃盛会裡に散会した。

大正151012日 名古屋新聞
 天華読者大割引
 本社主催の女優商店訪問、野外ダンス、本社読者割引にて弥が上人気を呼ぶ天華一行は珍らしき演芸のみを選んだ二の替り番組に何れも観衆の喝采を博し、中にも喜歌劇「午後四時」と寸劇「その日の熊公」及び封切大魔術は当演芸中の白眉なりと。本紙愛読者は平場二十五銭の大割引。
大正151014日 名古屋新聞

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名古屋市
衛生博覧会第二会場演芸館 10151028

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大正151015日 名古屋新聞
▲天華衛生博 松旭斎天華を始め、澤モリノ、赤田龍子等の人気女優を網羅せる綜合芸術座は、今十五日より衛生博第二会場演芸館出演。演芸番組は、
 一、奏楽
 二、露国人小奇術
 三、高速度喜劇「其日の熊公」
 四、ダンス「スパニツシユ」
 五、カンツリーダンス
 六、独唱 赤田龍子 園つる子 絲井光二
 七、滑稽 天遊 
 八、ポニールダンス「子守」
 九、野球ダンス
 十、民謡歌劇「朧月夜」
十一、天華最新封切大魔術
十二、オペレツト「カフエーの夜」
 因みに椅子席四十銭均一。

大正151016日 新愛知
▲衛生博の天華 十五日から衛生博第二会場演芸館に出演の天華一座は十六、七、八の三日間、サカエ屋で一大バザーを開く。一座の花形女優は勿論、天華自ら出張し、又舞台愛嬌に劣らぬ愛嬌を振りまいて来客を悩殺すると。

大正151017日 新愛知
▲女優マーケット 衛生博第二会場演芸館に出演中の天華綜合芸術座の花形女優赤田龍子、澤モリノ嬢外二十余名を天華が引連れて十七、八、九の三日間、栄町交叉点栄屋に於て日用品及諸雑貨を一流商店より提供を受けて一大マーケットを開催するが、品質の精選は素より価格に於て他店に比して劣らぬ勉強振りを示す。

大正151019日 名古屋新聞
▲演芸館の天華 衛生博第二会場演芸館出演中の松旭斎天華一行は美しい娘子軍を網羅して目下ダンス、奇術、歌劇、舞踊等等の面白い物を並べている。開演は昼夜一回。入場料は四十銭。

大正151019日 名古屋新聞
  毎日素晴しい人気で花のやうな女優さん転手古舞
  本社主催栄屋の女優マーケツトは本日限り
 本社主催で十七日からサカエ屋二階で開催中の女優マーケツトは、目下「衛生博」に出演している松旭斎天華はじめ、若くして美しい女優さん達が総出で売り子となつて応援しているのと、各出品商店が実業用品を取り揃へ、利益を忘れた真の奉仕的売り出しといふのが素晴しい人気を呼び、連日会場内はおすな〳〵の大繁昌で、女優さん達転手古舞の光景だが、マーケツトはいよ〳〵十九日限りで日のべをせず閉場するから買ひぞこねのないやうにお出掛け下さい。

IMG_20250911_0007大正151024日 名古屋新聞
▲天華二の替り 喜歌劇「勇者」、オペレツト「ネオミリタリズム」、喜歌劇「新家庭」外独唱、ダンス、バレー、滑稽、種明し、スケツチ等天華の封切大魔術は大好評。オペレツト「ネオミリタリズム」は座員総登場の頗る賑やかるものにて、喜歌劇「新家庭」はカカア天下の社会の裏面を露骨に舞台化したるものにして、男女老幼を問はずいづれも腹の皮をよらせている。尚正午十時まで入れ替へなしにて二回開演。読者には平場二十銭行次第の大特典あり。

大正151026日 名古屋新聞
▲天華二の替り 女優男優総出演の喜歌劇「ネオミリタリズム」は頗る賑かなるものにて大好評、「ボードビル」も今回は特に粒選りのみを上演している事とて、澤モリノのロアンデホール、赤田龍子の独唱、市村金子のダンスエスパナ、足立敬子、小幡幸子、青木桃子、市村金子のダンスオリエンタルは天華の振付によるものにして古典的のリズムと豊満なる乙女の曲線と相俟つてボードビル中の白眉と称されている。尚正午より午後十時まで入れ替なしにて幕合五分間主義を実行している。読者は平場割引大特典あり。

大正151027日 名古屋新聞
▲演芸館の天華 益々好評を博して居る衛生博第二会場出演の松旭斎天華一座は目先きの変つた目新らしい演(だ)し物に連日割るゝばかりの好人気である。

【文献資料】左卜全「放浪初期」(大宅壮一編『続・わが青春放浪記』春陽堂書店・昭和33年所収

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「…天華綜合芸術座すなわち松旭斎天華一座に入ったのは大正の末である。私はこの一座に組まれている五十分の洋劇のほうを受け持っいたわけだが、俳優として舞台に立つことよりも、この一座が大陸を転々と巡業することのほうに魅力を感じて入ったのである。かねがね、狭い日本から離れて大陸にでも雄飛したいと思っていたからだ。希望どおり大陸を、朝鮮、満州、中国、台湾と七、八回まわって芝居をうった。この天華一座には自分としては珍しく十年間もの長い間いた。この一座を辞めて、昭和の十年ごろであったか、新宿ムーラン・ルージュに入った。ムーランの舞台で、初めて左卜全と名乗った。
〈編者註〉左卜全・本名、三ケ島一郎。明治27年2月20日生れ。写真は大阪新声劇(大正9年入団)の頃のもの。

1030日 京都知恩院三門前広場にて綜合芸術天華一座の「魔術とダンスのペーゼント」 主催京都日出新聞社

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大正151028日 京都日出新聞
 ひと度発表さるゝや 
 果然!人気沸騰す 
  本社主催「魔術とダンス野外公演」 
   何等の境界を設けず一般に公開 夷谷座優待券を配布
 魔術界の寵児たる「綜合芸術天華」一座が夷谷座出演のための入洛を機とし、来る三十日午後一時より洛東知恩院三門前大広場において我社主催のもとに魔術とダンスのペーゼントを公開すべく、ひとたび本紙上に発表するや果然満都の人気を沸騰せしむる處となり、各方面から素晴らしい歓迎を受くるに至つた。どこかしこも此興味深き奇抜なペーゼントの公開に対する期待で持切りの有様である。当日の会場たる知恩院三門は往年市川左団次が「織田信長」のペーゼントを演じて本市におけるペーゼントの先駆を為して以来絶えて此種の試みが行はれず、久しくペーゼントらしいペーゼントに接しなかつた。
 市民諸君のどれだけか渇を医することであらう。唯会場の設備に至つては従来多くの失敗の歴史を有し、観衆を混乱に導くやうな結果を招き、折角のペーゼントの効果を失つた実例があるので、我社は今回の挙行に当り特にこの点に意を払ひ、所轄松原署の経験を重ねた警戒上の好意と相俟つて遺憾なきを期しつゝある。即ち警察当局の警戒に信頼して一切木柵、縄張り等の設備を施さず、無制限のまゝで来観に任す事とした。あの大広場を埋め盡す十重二十重の人波の中で指定席を設けたり、木柵で囲ひを作つたりする事は反つて奔流をせくやうな結果に陥り易く、かつ遍く大衆に公開せんとするペーゼントの趣旨に鑑み、平等の観覧を乞ふこととする方針である。なほ当日の来館者には美麗なカード式の夷谷座天華一座の優待割引券数万枚を発行して洩れなく配布すべく、錦上花を添へるものがあらう。

大正151029日 京都日出新聞
 一座が最も得意とする演し物のみを選定
  愈三十日知恩院三門前で行はるゝ本社主催、天華一座の野外公演
   プログラム全部決定
 目先の変つた興味深き試みとして満都の人気を席捲しつゝある本社主催綜合芸術天華一座のペーゼントは雨天にあらざる限りいよ〳〵三十日午後一時より知恩院三門前大広場に大観衆の波を現出しつゝ、華々しく演ぜらるゝこととなつたが、松旭斎天華、澤モリノ、赤田龍子等三十余名の一行は今二十九日午後三時頃名古屋より乗込むので、当日の三十日は既報の如く午前十時より十余台の装飾自動車を連ねて市内の枢要街を巡行する予定である。何しろペーゼントの歴史に新しい記録を印せんとする大胆にして奇抜、併(しか)も始めての試みであり、全市民諸君から白熱的な歓迎と期待を以て迎へられつゝあるので、出演者側でも非常に責任の重大を感じ、真に堂々たる公演振を以て入神の至芸とスケールの雄大を尽し観衆をアツと云はすべく、一行の勇躍と緊張とはそぞろ当日の燦然なる出来栄えを彷彿せしめて余りあるものがある。一座の主任萩原秀長氏外数名は公演打合せのため二十八日早朝入洛し、本社係員との間に種々協議を重ねて帰名したが、此打合せによりいよ〳〵確定したプログラムは、
 ケイキウオークダンス  足立歌子・青木桃代・市村金子・小幡幸子
 スパニツシユダンス   澤モリノ
 ベースボールダンス   赤田龍子外娘子軍
 滑稽雲雀の表情     天遊・ボニー
 大魔術         少女とトランク 不思議のボツクス  松旭斎天華
 と、真に野外公演に打つてつけた派手で明るくて軽快な、而も一座の最も得意とするダンスと魔術の代表的なものゝみをよりすぐつて演ずる事となつた。
 IMG_20250827_0003澤モリノ嬢のスパニツシユダンスは何しろ巨星ローシーに多年師事して練磨を積んだ本場仕込の定評を有するもので、現下の歌劇界で同嬢の右に出づるものなく、真に第一人者の名をほしいまゝにしているのであるから、当日の公演で如何に精彩にみち巧妙を極めた踊り振りを見せて呉れるかは前以て贅するの必要がなからう。晴れ渡つた清澄な秋の大空のもと、あのクラシカルな特別保護建造物の三門を背景として、階段高く扮装の美を極めて嬪扮たる落花の如く、人の心を浮立たせるタンボリンの音も軽快にステツプの調子も面白く踊り抜くこゝろよい姿は一般興行におけるステーヂのそれとは到底比べものにならないみものであらう。
 天遊とボニーの「雲雀の表情」はこれまた呼物の一つで、ともに雲雀に仮装した男と女が身振り面白く朗らかな囀りを真似て真に迫つた妙技を聴かせやうといふので、観衆は知らず〳〵小鳥を尋ねて秋興酣な水々しい野外に俗腸を洗ひ清めるやうな心持に浸る。大喝采を受けること疑ひなしである。娘子軍からなるベースボールダンスは何れもユニホーム姿凛々しく、オーケストラの音につれ壮快極まりなき演舞を見せる。
 天華出演の大魔術は蓋し当日の代表的呼物で、第一の「少女とトランク」、第二の「不思議のボツクス」ともに普通屋内の興行であれば正面だけの観衆であるから仕掛を施すにも非常に便利であるが、白日のもとで、夥しい大衆に囲まれて堂々と此の奇々怪々な技術を見せやうといふのであるから、其興味は津々盡きざるものあり、天華嬢の優秀独自の技巧は必ずや観衆のすべての膽を奪ふものがあるであらうが、天華嬢は此大膽にして痛快な野外公演で十二分の成功を占むべく非常な苦心を払ひつゝある。(写真は澤モリノ嬢)

大正151030日 京都日出新聞
 美しい所が揃ふて天華一行の乗込
 もの見高い人たちで駅頭は時あんらぬ賑

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 三十日午後一時から洛東知恩院三門前の広場で行はるゝ本社主催の魔術とダンスのペーゼントにその独自の妙技と妍艶花の如き姿に大観衆をアツと云はすべく堅き決心と成功、希望に輝く色を浮べた斯界の第一人者綜合芸術天華一座は、萩原主任、櫛木舞台監督等に率いられて既報の通り二十九日午後二時三十分、その晴れやかな姿を京都駅頭に現はした。一行は松旭斎天華嬢を始め澤モリノ嬢、赤田、園、三井、雄島、五字、林等の男女優三十余名の一大一座で、中にはキユピーを抱へた少女もあり、和服に洋服に色とり〴〵の好み、楚々たる容姿は定評ある優秀の技術と共に早くも駅頭の人気を沸騰せしめ、一行の乗込みを聞き伝へてかけつける連中夥しく「あれが天華だ」「澤モリノだ」などゝ囁く人で時ならぬ雑沓を呈し、駅頭で本社写真班のレンズに納まる時なんど十重二十重に囲んだ物見高い市人のために写真技師もしばし立往生をした程で、この画期的の催しの如何に人気を煽り期待をかけられているかに今更驚かされるばかりであつた。(写真:きのふ乗込んだ天華一行)
 男女優うち揃ひ自動車宣伝行列
  いろ〳〵彩を凝らして全市を縦横に駆馳
 午後一時よりの挙行に先立ち、屡報の如く出演者一行の宣伝自動車行列を行ふ。社旗彩旗を高く掲げ、「けふ日出新聞のペーゼント」「松旭斎天華一座」「三十一日より夷谷座において公演」等の色とり〴〵な文字を現はせる意匠もて装ひ凝らした十余台の自動車は音楽隊を先頭に、美しく着飾つた一行の女優、男優、松竹合名社員、本社員等分乗して午前九時過ぎ本社前に勢揃ひの上、十時に進行を始め、華々しく市内目貫の場所を練歩くのであるが、其道筋は本社前を寺町六角に出で三条通を西へ一直線に千本へ、今出川まで北行し、烏丸今出川に出で、烏丸通を南下して京都駅前へ、東進して大和大路七条へ、大和大路を三条通へ、東山通を北へ熊野神社前へ、東進して広道動物園前に出で、公園通りを応天門前に出で、仁王門通りを東山線へ、五条通まで南下し、大橋を西に渡り、東木屋町通りを四条へ、河原町四条を北へ二条に出で東へ応天門前を粟田口から一路会場へ乗込む順序で、けふの京都市内は此美しい長蛇の装飾自動車を以てペーゼントの公開にふさはしい一大偉観を現出するのである。
 知恩院の三門を背景として白日下に魔女の奇しき術
  重い責任と感激に戦く天華一行が選びに選んだプログラム全く確定
   行け!見よ!空前の野外劇
 果然京洛中の人気を煽り立てた本社主催、空前のペーゼントたる綜合芸術松旭斎天華一行の魔術とダンスの野外公演は全市民諸君の白熱的な期待と渇望に迎へられていよ〳〵けふ午後一時から洛東知恩院三門前の階段上をステーヂに其大広場を観衆席としてはな〴〵しく挙行される。
 当日奇想天外な此ペーゼントにより全市民諸君の歓呼を浴びんとするヒロイン松旭斎天華を始め一座の代表的スターたる澤モリノ、赤田龍子等は二十九日午後、緊張しきつた面持で名古屋から華々しく入洛し、斯くまで熱烈な全幅の期待を以てけふの公演を迎へられつゝある事を聞かされて、美しい双の眼にいつぱいの涙をたゝへ、重い責任と感激におのゝいたのである。期して待つべし。けふのペーゼントにおける花の女優数十名が感激に満ちた悲壮な公演を。プログラムは既報した通り(註:プログラム省略)。
 わけても「不思議のボツクス」の如きは普通屋内のステーヂで演ずるのもひと通りではない最高の技術を要するもので、これが白昼公然と大衆の囲繞裡に演ぜられる事はまさに驚異すべき大膽な試みであると共に、真にペーゼントの記録に一異彩を添へるものでなくて何であらう。
 煙花の打揚を開演の合図に、爽快軽妙な奏楽につれ逐次大観衆の前に展開される此盛観に誇りと欣びは漲る。行け知恩院へ。
 雨天でない限り決行
 なほ本日は降雨でない限り決行致するが、若し降雨で中止の余儀なきに至つた場合は来月早々日を改めて追つて挙行する。

大正151031日 京都日出新聞
 感 謝
昨日知恩院三門前に於て本社主催松旭斎天華一行のペーゼントを挙行致しました處、愛読者並に一般市民諸君の夥しき御来観を得、予期以上の成功裡に終了を告げましたのは偏へに各方面の多大なる御同情と御声援の賜と深く感謝致します。特に会場の提供を快諾せられたる知恩院寺務所、数万観衆の雑沓取締に当られし所轄松原警察署、府保安課京都少年義勇軍、救援の万全を期せられし赤十字京都支部並に終始斡旋の労を取られし松竹合名社各当局の御厚意に対し茲に謹んで深甚の謝意を表する次第であります。十月三十一日 京都日出新聞社

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写真(上右)天華・(上左)ケーキウオークダンス/写真(下)野球ダンス

京都新京極夷谷座 10311123 

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大正151031日 京都日出新聞
▲夷谷座 綜合芸術天華一座は三十一日初日、昼夜二回開演。

大正15114日 京都日出新聞
▲夷谷座 松旭斎天華一派は連日の盛況を呈し居れるが、斬新なる魔術が大向をうならせている。

大正15115日 京都日出新聞(夕刊)
 夷谷座の天勝
 魔術本位を売物にしていた松旭斎天華の一座も今ではお手のものの魔奇術をホンのつけたりにして了つて、歌劇やら舞踊やら喜劇やら独唱やら頗る盛沢山に大衆文化の先駆、総合芸術の粋と時流に添つた看板の替かた、はやりものの剣劇まで差加へてすつかり新劇団気取である▲拾いくつかの出し物を殆んど幕合無しに見せてくれるので観客の興味を最後まで澱みなく惹付けてゆくが、澤モリノの「瀕死の白鳥」は馴染の多い舞踊だけによく受けている。唯此神秘的な舞踊のバツクに舞台裏の電気が透けて、その前を何回となく踊の最中に影法師が映るのは不都合である。注意してほしい▲モリノの「瀕死の白鳥」とよい対照を為すものは天華の新舞踊「お夏狂乱」であるが、櫛木監督の作曲は如何にも巧みである。天華の踊りも堂に入つている。がその按配に就ては日本舞踊に於ける伝統的な「物狂ひ」の振りをもつと披露した方がよいと思ふ▲「其の日の熊公、高速度連□」、スケツチと称するのだが、天遊の自作自演で幕毎に腹の皮をよらせる、面白い着想である▲「フラ〳〵ダンス」は市村金子で血気の多い観客を悩殺し、天華の魔奇術には目先の変つたものが新しく加へられてあざやかな手際を見せている▲歌劇「愛の鬼神丸」は津村京村氏の原作で萩原秀長君が何でもござれの器用な處を見せているが、舞台効果の上では切りの「エープリルフール」の方がやはり此一座のものとして上乗のものである▲赤田龍子は独唱に楽劇に喜歌劇に達者な活躍振りを見せているし、糸井光彌の独唱は異色のあるものである。

大正15117日 京都日出新聞
▲夷谷座 松旭斎天華一座のお目見得狂言は七日限り終演。八日よりのプログラムは、
 第一 序曲
 第二 喜歌劇「ネオミソタリズム」一場
 第三 最新小奇術
 第四 新日本歌劇「金色夜叉」一場
 第五 ダンス「ギアロツプ」
 第六 ダンス「インデイアン」
 第七 独唱
 第八 ダンス「アニトラ」
 第九 滑稽
 第十 新舞踊「其夜のお七」
 第十一 スケツチ三種
 第十二 バレー「生の争闘」
 第十三 最新封切大魔術
 第十四 喜歌劇「カフエーの夜」一場

大正151110日 京都日出新聞(夕刊)
▲夷谷座 松旭斎天華一座の二の替り狂言は八日初日の蓋を明けたるが、奇想天外の大魔術に花と姸を競ふ少女の歌舞は場面毎に拍手を博し好評嘖々たり。

大正151112日 京都日出新聞(夕刊)
▲夷谷座 松旭斎天華一派二の替り狂言は連日の盛況。

大正151117日 京都日出新聞(夕刊)
▲夷谷座 天華一座は愈よお名残興行といふので客足が好い。
〈編者註〉十六日よりの番組は、序曲、民謡歌劇「朧月夜」、最新小奇術、ダンス「ケーキ・ウオーク」、ダンス「ロアンデ・ボール」、滑稽、独唱、スパニツシユ、胴体両断術、ベースボール、喜歌劇「新家庭」、封切大魔術、古典劇「魔女の微笑」。(『近代歌舞伎年表 京都篇8巻』八木書店・平成14年より) 

大正151123日 京都日出新聞(夕刊)
▲夷谷座 松旭斎天華一派は二十三日限り終演。




misemono at 15:57|PermalinkComments(0) 二代目松旭斎天華 

二代目松旭斎天華 昭和2年~昭和5年

昭和3年(1928年)

朝鮮京城京城劇場 310日~
昭和338日 京城日報

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 天華来る……十日から京劇で
 天勝と並んでの奇魔術界の女王、松旭斎天華一行は、来る十日から京劇で開演する。例によつて奇魔術、音楽、舞踊、寸劇、新劇等の盛沢山なプログラムを見せる。料金は特等一等一円五十銭、二、三等七十銭。(写真は天華)

昭和3311日 京城日報(夕刊) 

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         天華一行の楽劇の一場面

満州大連協和会館 42324日 
昭和3421日 満州日報
 天華一座 協和会館出演
 満鉄社員倶楽部の催し物は従来殆ど活動写真に限られていたが、今回新しい試みとして目下来連中の松旭斎天華一座を招き慰安演芸会を来る二十三、四両日間、午後七時から協和会館に於て開催する事になつたが、会費は大人八十銭、小人四十銭で、会場に余裕ある限り一般の入場を歓迎すると。

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〈編者註〉「目下来連中の松旭斎天華一座」とあるが、残念ながらこれ以外天華の記事は見当たらなかった。

京都新京極夷谷座 81日~813
  プログラム
 一、お伽歌劇「ゴサムの市民」
 二、小奇術
 三、ヴオダビル 1南洋ダンス 2新舞踊 3独唱 4ダンス兎と亀 5タンゴブラ
   ークダンス 
6チヤレストン 7オリエンタルダンス 8ヤスキーダンス
 四、大奇術 天華
 五、寸劇 1円満なる家庭 2美人の指輪 3競争
 六、音楽と小唄 土井ビリケン
 七、メオドラマ「尼寺の恋」
 八、最新独創封切大魔術 天華
〈編者註〉『近代歌舞伎年表・京都篇第八巻』(平成143月)より作成。

昭和3730日 京都日出新聞
 新帰朝の天華来る
 夷谷座の八月興行は新たに帰朝したる松旭斎天華一行を迎え八月一日より毎日昼夜二回開演することゝなつたが、例に依つて天華独得のオペラ、ダンス、独唱、音楽、寸劇、小唄の外豊富に仕込んだ大小魔奇術の新封切を見せると。出演者は左の如し。

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松旭斎天華、赤田龍子、秋月喜久枝、竹内麗子、奈良八重子、市村金子、足立敬子、柏木千代子、赤田しめ子、赤田千代子、萩原花子、足立栄子、北御門蝶子、正木正子、土井ビリケン、土井守人、糸井光弥、池田潔、林寛明、金子天遊、吉川道天、谷吾郎、安藤孝四郎、
三ケ島天晴、三浦猛、瀬川正人、櫛木亀二郎

昭和381日 京都日出新聞
▲夷谷座 松旭斎天華一座の大魔奇術は愈々一日初日、毎日昼夜二回開演、呼物の寸劇の配役は、
 一、円満なる家庭(妻・赤田龍子、夫・糸井光弥) 
 二、美人と指輪(大工・天遊、会社員・三浦猛、老人・三ケ島天晴、青年・谷
   五郎、令嬢・秋月喜久枝、車掌・池田潔)
 三、競争(職人・天遊、紳士・安藤孝四郎、夫を持つ女・赤田龍子、其亭主・
   林寛明)

昭和382日 京都日出新聞
▲夷谷座 松旭斎天華一座は久し振りの出演とて頗る好評を博しているが、お伽歌劇「ゴザムの市民」の配役は、鐘を鳴す男(糸井光弥)、名を落した男(三浦猛)、偽盲目(天遊)、戸を背負ふ男(林寛明)、壺を抱く女(秋月喜久枝)、畑に行く女(竹内麗子)、星を落す女(赤田龍子)、士官(三ケ島天晴)、兵士(谷五郎)

昭和383日 京都日出新聞(夕刊)
▲夷谷座 松旭斎天華の大魔術は新たに舶来した封切ものを加え、華々しい舞台を見せ、侏日以来連日素破らしい盛況を占めている。

昭和385日 京都日出新聞(夕刊)
▲夷谷座 松旭斎天華一座の魔奇術は益々高人気で連日大入札を出しているが、「ウオダビル」のうち「チヤレストン」「南洋ダンス」「おかよ十八」「ヤスキーダンス」などは大喝采を博している。

昭和386日 京都日出新聞(夕刊)
▲夷谷座 連日大高好評の松旭斎天華一座の魔奇術は七日まで打つ□□八日より更に全部新種目と取替へる。

昭和387日 京都日出新聞
 天華二の替り 夷谷座松旭斎天華は七日まで従来の種目を上演し、八日よりお名残として新しい種目と取替ることゝなつたが、其のプログラムは左の通り。
1)流行小唄 1天華行進曲 2朝鮮のねごと 3内証のはなし 4いやと飛のく 
   5イツロングウエの唄分け 6のんきな父さん 7笑の薬 8唄はぬ歌 9
   鮮の虎 
10モガ、モボソング
2)滑稽奇術
3)ウオドビル 1デザートキヤラバン 2独唱 3夜のしらべ 4スパニシアン
   ダンス 
5セレナーデ 6ベビーダンス 7独唱 8ローレライ
4)最新小奇術
5)寸劇 1街路所見 2電車所見 3独身者の悲哀 4決闘 5交通係
6)新舞踊「お夏狂乱」
7)日本小唄
8)喜歌劇「学生気質」
9)封切大魔術

昭和388日 京都日出新聞
▲夷谷座 お名残の松旭斎天華一座は八日より毎日昼夜二回開演。呼物の寸劇の配役は、
 一、街路所見(全員)
 二、電車所見(車掌・天遊、書生・谷五郎、女客・竹内麗子)
 三、独身者の悲哀(独身者・安藤孝四郎、女・赤田龍子、運転手・三浦猛)
 四、決闘(紳士A・林寛明、紳士B・谷五郎)
 五、交通係(旗振り・林寛明、眼鏡の男・谷五郎、芸者・柏木千代子、令嬢・
   足立敬子、紳士・安藤孝四郎、娘・秋月喜久枝、老人・三浦猛、新聞配
   達・池田潔、市役所入夫・脇田正一、通行人・大ぜい)

昭和3812日 京都日出新聞(夕刊)
▲夷谷座 天華の新舞踊「真間の手古舞」は洋楽に節付された新曲で、安藤孝四郎を始め一座の女優総出演で、天平時代の悲壮な恋物語を如実に見せて好評を博しつゝあり。

昭和3813日 京都日出新聞(夕刊)
▲夷谷座 松旭斎天華一行の魔奇術は愈々十三日限りで、次興行は……。
 

大阪千日前楽天地中央館 815日~8月30日
昭和3815日 大阪朝日新聞【広告】

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昭和
3824日 大阪朝日新聞【広告】 
 
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8月24日より二の替りプログラム河合勝『日本奇術資料大事典』東京堂出版・2023年所収)

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  プログラム(第二回公演)
1独唱 合唱 小唄集
   1 天華行進曲     総員
  2 こりやわからない  三ケ島天晴 天遊 足立桂子 竹内麗子
  3 春の宵       安藤孝四郎
  4 鏡の唄       赤田龍子
  5 俺が女房      糸井光弥
  6 八百屋お七     三ケ島天晴
  7 飴屋        秋月喜久枝
  8 泊り番       安藤孝四郎
  9 モガモボ      糸井光弥 赤田龍子
  10スチヤラカ     総員
2)滑稽奇術      天遊
3)ボードビル
  1 西洋人の見たる
   日本踊(サクラ)  赤田龍子 外大ぜい
  2 コミカルステツプ  チヤレー谷口
  3 ギアロツプ     足立桂子
  4 独唱        赤田龍子 糸井光弥
  5 ベビーダンス    赤田千代子 萩原花子
  6 ワルツ青春     足立桂子 チヤレー谷口 
  7 ローレライ     赤田龍子 外大ぜい

4)最新小奇術     天華
5)グランドバレー 菩提樹
  行者(後に釈迦)   糸井光弥
  ナンダ        赤田龍子
  魔王         安藤孝四郎
  妖女         秋月喜久枝 足立桂子 竹内麗子 赤田示子
  化物         田島辰男 チヤレー谷口
6)寸劇
  1 決闘        紳士A 田島辰男 
               B 天遊
  2 電車所見      車掌 天遊 
             女 竹内麗子 
             書生 田島辰男
  3 独身者の悲哀    独身者 安藤孝四郎 
             女 赤田龍子 
             其の男 三浦猛
  4 子供正直      大工熊公 天遊
             小供 千代子
             隠居 三ケ島天晴 
             店員 池田潔 
             女中 正木正子
  5 飛行機       木工熊公 天遊 外大ぜい
  6 因果応報      熊公 天遊 
             小供 千代子
  7 三等待合室     熊公 天遊 外大ぜい
  8 街路所見      総員
7)新舞踊 真間の手古奈
  手古奈        天華
  常陸の男       安藤孝四郎
  里の男女       大ぜい
8)音楽と小唄     土井ビリケン 土井守人
9)喜歌劇 僧坊の春
  尼さんアツブル    赤田龍子
  同ストロベリー    秋月喜久枝
  同オレンジ      足立桂子
  同ナツト       赤田示子
  同バナヽ       足立栄子
  街の細君キユーラソ  正木正子
  ペパミント      北御門蝶子
  クラレツト      竹内麗子
  其の夫キヤメル    三ケ島天晴
  スワン        安藤孝四郎
  ボニー        林寛朗
10)封切大魔奇術   天華
 

昭和4年(1929年)

福岡県博多九州劇場 11日~23
     =11日 初日

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昭和413 九州日報
△九州劇場 昨春もお馴染みで華かな美人揃ひの天華一座は、昼夜二回の開演で歌劇、楽劇にダンス、寸劇、魔術に一座独特の面白く目新しい妙技を揮つて観衆に喜ばれている。それに入場料は平場、二階を通じて五十銭均一の大衆的安値振りが一層人気を呼んでいる。

     =17日より二の替り
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 一、喜歌劇「勿論」
 二、小奇術
 三、ボードビル(イ)道頓堀行進曲(ロ)黒人ダンス(ハ)ジプシーダンス(二)ヤスキーダース
 四、寸劇(イ)プレゼント(ロ)お世辞(ハ)天眼鏡
 五、楽劇(スペイン情話)カルメンのモデル
 六、最新封切大魔術
 七、喜歌劇「春の宵」
昭和418 九州日報
天華一座 九州劇場開演の松旭斎天華一座、初日以来連日好評にて、昨日よりの二の替り、全部新しきもののみ題替とて人気を呼んでいる。
昭和4110 九州日報
天華一座(博多) 九州劇場開演中の松旭斎天華一行の楽劇「カルメンのモデル」「寸劇」大魔術等で好評である。

     =113日より三の替り=

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 1 喜歌劇「僧坊の春」
 2 小奇術 数番
 3 新舞踊 数種
 4 寸劇(一)泥棒(二)モガモボ(三)自働電話
 5 レミゼラブル・一話 デニニー町の酒場 ジヤンバル、ジヤン
 6 独創六魔奇術
 7 ミュージカル、プレー、チヤーレーのお叔母さん
昭和4114 九州日報
天華一座(博多) 九州劇場開演中の松旭斎天華一座は好評理に昨日三の替り、絶大の喝采喜歌劇僧坊の春、楽劇ジヤンバルジヤン、チヤレーの叔母さん及び寸劇、魔奇術、盛沢山にて非常の拍手である。因に十六日昼間の分に限り民政党春季総会に付休演、夜間より従前通り続演する由。
昭和4117 九州日報
天華 博多開演中の松旭斎天華一座の白熱的当潮に達している。ジヤンバルジヤンは非常の人気喝采を博して居ると。

     =119日より四の替り=

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 1 喜歌劇 私しのベビー
 2 小奇術
 3 ボードビル 一、おかよ十八 二、セレナーデ 三、独唱
 4 寸劇 熊公数種
 5 ジヤンバルジヤン(続編) 大僧正の場
 6 独創 大奇魔術
 7 喜歌劇 昭和時代
昭和4120 九州日報
天華 博多開演中の松旭斎天華一行はいよ〳〵盛況にて昨日より四の替りとして新物全部特撰物を上演し、ジヤンバルジヤンの続編大僧正の場は人気を呼んでいると。

     =125日より五の替り=

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 1 滑稽劇 新夫婦
 2 小奇術数種
 3 ボードビル(一)新舞踊(二)独唱(三)ダンス
  4楽活劇 祖国の為に
 5 寸劇(一)気違ひ病院(二)円満なる家庭
  6新舞踊 お夏狂乱
 7 封切 大魔奇術
 8 喜歌劇 海濱の女王
昭和4126 九州日報
天華(博多) 九州劇場開演中の松旭斎天華一座は昨日より五の替り上演、番組全部取替へ例により喜歌劇、奇術、魔術、ダンス、独唱、舞踊等沢山で人気である。

     =131日より六の替り=

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当初春興行殊の外御意に叶ひ連日の大盛況厚く御礼申上ます。愈々一行も二月三日かぎりとて本日よりお名残として六の替り上演いたします。どうぞ一層の御贔屓お願ひいたします。
昭和422 九州日報
天華(博多) 博多開演中の松旭斎天華一座、一月元旦初日以来三十二日間連日盛況を続けたが、いよ〳〵明二月三日かぎりである。

     =23日 千秋楽=

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昭和423 九州日報
天華 九州劇場の松旭斎天華一座の長期興行も好評理にいよ〳〵本日限り千秋楽。

長崎県長崎市南座 212日~217
昭和428 長崎日日新聞
天華来る 先年獅子に喰はるゝ女を演じて大喝采を博した松旭斎天華は、其後久しく満鮮各地巡業中であつたが、今回帰朝、東上に先立ち博多を演じて当地に乗込む事となつた。

昭和4210 長崎日日新聞
天華一行 南座に十二日より開演する松旭斎天華所演の大小魔術は主として露国より輸入した寸劇、諷刺劇で、米国本場の斬新なる物もあり、入場料は新帰朝の意味で半額とも云ふ可き大破額の一、二等金五十銭、三等三十銭、子供二十五銭と。

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昭和4212 長崎日日新聞
天華の初日 魔奇術の花形松旭斎天華一行は本日午後五時より南座に開演。華かな場面の大衆芸術その他魔奇術は皆封切場のみで、歌劇、寸劇、諷刺劇、ダンスに至るまで新しき仕組み、番組は左の如し。
(一)合唱、独唱、流行小唄 (二)奇術 (三)ヴヲダビル (四)小品奇術 (五)新舞踊お夏狂乱 (六)寸劇、レビー (七)封切独劇大魔術 (八)喜歌劇学生気質
  尚入場料は普通入場料の半額で、一、二等五十銭、三等三十銭、小供二十五銭。

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昭和4213 長崎日日新聞
天華 南座に於て昨十二日より開演の天華一行は久し振りの来演の上に観覧料も一、二等五十銭、三等三十銭の安値で満員の盛況を呈し、音楽部総出の流行小唄より天遊、天か久の小奇術、大津賀八郎の独唱、天華は新舞踊お夏狂乱の管楽、大魔奇術その外娘子軍のダンス、歌劇等好評を博した。

昭和4214 長崎日日新聞
天華 松旭斎天華は連日酷寒にも拘らず大入の盛況を博し、種々の演芸中天華独創の大魔術は満場の観客を魅了し、同じく天華が出し物の新舞踊お夏狂乱は魔術の天華とは別人と思はるゝ妙技に満場を恍惚たらしめた。入場料は引きつゞき一、二等五十銭、三等三十銭、子供二十五銭である。

昭和4215 長崎日日新聞
天華 南座の天華は非常な好評で連日満員の盛況を呈しつゝあるが、殊に魔術、寸劇等は何れも大喝采を博していると。

昭和4216 長崎日日新聞
天華 南座に開演中の天華一行は連夜盛況を呈しつゝあるが、十六日より演芸全部を取替へ、一粒選りの狂言をのみ取揃へ上演すと。尚プログラムは左の如し。
喜歌劇私のベビー、滑稽奇術の種明し、テルミン、ナポリの夕、キスメツト、独唱外新舞踊数種。

昭和4217 長崎日日新聞
南座 天華一行は本日限り千秋楽で、同座独特のもののみを選び上演すと。

大阪千日前楽天地中央館 815日~
昭和4815日 大阪朝日新聞【広告】

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 斬新奇抜な名番組を以つて各地で絶賛と歓呼を浴びつゝ 久々帰阪のお目見得
新に驚異の電気科学上の一大発見! 
見よ!人体通電科学の実験を……
破裂放電「コロナ」放電の偉観は言語に絶す。三十万ボルト最高圧電流は人体を流通し全身より発火する様真に生不動の如く其他指先よりの発火に煙草を吸ひつけ或は顔面に□電する等数多あり
 プログラム
 一、流行小唄  歌劇部全員
 二、小品奇術  数種
 三、ボードビル
 四、滑稽小奇術 天華
 五、寸劇 色々
 六、遠隔感応術 天華 萩原秀長
 七、電気科学の実験
 八、ボードビル
 九、大魔術   天華

                ※
昭和
41018日 読売新聞
▲高砂座は今度は特別短期興行で松旭斎天華の一座が開演、封切魔術にもいろ〳〵目新しいのが有つたが、矢張り呼物の人体電化学の実験といふのが奇抜だ。これは女優数名に手をつながせ、一端から三十万ボルトとかの最高圧電流を通じると、他端の少女が掴んでいる生きた鯉から盛に火花を発し、その火でランプをつけるやら、煙草を吸ふやら、如何にも看客を驚歎させるが、種はあるにしても危険を感じられ、余り愉快なものぢやない。兎に角今まで無かつた奇術である。この外、寸劇やレビユー、独唱、舞踊など盛り沢山で、何にしてもこの一座の東京出演は七年振とて珍しがられている。

大阪千日前楽天地中央館 
1222日~12月29日
昭和41222日 大阪朝日新聞【広告】 

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投げカード
河合勝『日本奇術資料大事典』東京堂出版・2023年所収)

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〈編者註〉カードに書かれた文章は以下の通り。「歳末奉仕として棹尾を飾る天華一行が昭和五年度に発表公開する嶄新奇抜なる新プロを年内に於て公開す此の絢爛たる舞台こそ…」

昭和5年(1930年)

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松旭斎天華一座一九三○年度新プログラム
プログラム
 流行小唄          天華歌劇部全員
 小品奇術数種        天かく
 3 ボオドビル
 (イ)ダンスラグビー      安藤孝四郎 足立敬子 正木正子 赤田示子 
                                 佐伯小夜子 田島末子 桜井清子
 (ロ)スコットランドの兵隊  萩原花子 赤田千代子
 (ハ)独唱           赤田龍子
 (ニ)石像人形         田島辰夫 垢田千代子 吉田光雄 三浦猛 
                 萩原花子
 (ホ)新舞踊 蒼白き薔薇    赤田龍子
 (ヘ)ダンスニグロ      安藤孝四郎 金井敏夫 田島辰夫 吉田一晃 
                 足立敬子 赤田示子 正木正子 佐伯小夜子 
                 萩原花子 赤田千代子 田島末子 桜井清子
 最新奇術                天華
==(十分間休憩)==
 寸劇
 (イ)公衆電話    老婆  田島辰夫 
             紳士  金井敏夫
 (ロ)医者と坊主   僧侶  三浦猛 
                        医者  三ケ島天晴 
 (ハ)モガ・モボ   女ノ一 赤田示子 
                        女ノ二 正木正子 
                        青年  三浦猛 
                        女ノ三 田島辰夫
 (ニ)正直な盗人   会社員 安藤孝四郎 
                        其の妻 赤田龍子 
                        盗人  三ケ島天晴
 (ホ)華厳滝     滝番  三ケ島天晴 
                        青年  田島辰夫 
                        愛人  正木正子 
                        活弁  安藤孝四郎
 (ヘ)気狂病院      院長  三ケ島天晴 
                        看護婦 池田潔 
                        女   赤田龍子 
                        店員  安藤孝四郎 
                        刑事  三浦猛 
                        活動狂 田島辰夫
 遠隔感応術            天華 萩原秀長
 三十万ボルト高圧電流人体通電科学実験 
                        技師長 萩原秀長 
                        技師  梅若重樹
 △破裂放電『コロナ』放電の偉観
 △人体通電、全身より猛烈なる放電八光
 △数人の身体を通じ観客の身体より発光せしめ、指先よりの発光にて煙草を吸
  ひ、「ランプ」に点火して、更に観客の顔面に普通電球を当て通電発光す。
 △生気溌剌たる鯉魚に通電発光の奇々怪々たる実験。
 △人体通電『レントゲン』発生、あらゆる色素、瓦斯、真空管の冒険的大実験
 8 ボオドビル
 (イ)ダンス「愛」    赤田龍子 安藤孝四郎 
 (ロ)チープホンキラパン 
    独奏ジヤズ     足立敬子
 (ハ)兎と亀       亀 萩原秀長 
               兎 赤田龍子
 (ニ)チヤーレスンダンス 安藤孝四郎 田島辰夫 金井敏夫 足立敬子 
               山本つる 正木正子 赤田示子 佐伯小夜子
 一九三○年度封切独創大奇魔術  天華
〈編者註〉河合勝『日本奇術資料大事典』(東京堂出版・2023年)所収。

名古屋市御園座 118日 

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IMG_20251016_0003昭和514日 名古屋新聞
▲御園座 松旭斎天華一行は連日非常なる好況を以つて迎へられ、昼十二時、夜五時二回開演。

昭和516日 名古屋新聞
▲御園座(松旭斎天華一行) 天華の魔術は封切だけあつて感興をひき、其他の演芸種目、何れも新番組揃ひにて、昼は十二時、夜は五時の二回開演。平場五十銭、小人各等半額。

昭和516日 新愛知
▲御園座 松旭斎天華一行の大魔奇術は連日大好評。二回開演。

昭和
517日 名古屋新聞
▲天華封切魔奇術 御園座明日限り 御園座の正月は松旭斎天華一行は何れも封切ものを揃へて頗る喝采、昼は十二時、夜は五時開演。明八日限り。

昭和517日 新愛知
▲天華の魔術 御園座の正月興行松旭斎天華一行は連日非常なる好況を以て迎へられ、妖艶なる天華の魔術、娘子軍のヴオダビルや寸劇等喝采だが、明日八日限り。昼夜二回開演。

昭和
518日 名古屋新聞
▲天華本日日限り 御園座の公演 新春興行の松旭斎天華一座は封切魔術を中心にボウドビル、寸劇、遠隔感応術、電気科学実験等の呼びものを揃へて好評を博しているが、今八日限り。昼十二時、夜五時二回開演。

昭和518日 新愛知
▲天華本日限り(御園座) 松旭斎天華一座は連日満員続きの好況だつたが、愈々八日限り。昼夜開演。

【文献資料】『御園座七十年史』(御園座・1966年)
昭和五年の正月興行は松旭斎天華一行の魔奇術をもって一日から八日間開演。
流行小唄集(2)小品奇術(3)ボードビル(4)天華の奇術(5)寸劇(6)遠隔感応術(7)電気科学実験(8)ボードビル(9)天華大魔術という上演順序で天華の仕掛け物をつかった大がかかりな魔術、赤田竜子のジャズソング、萩原の高圧電気実験などが呼びものになっていた。

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昭和5916日 大阪朝日新聞【広告】

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東京新歌舞伎座 12月11日~12月17日 

        新歌舞伎座プログラム(土屋理義氏提供)

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御挨拶 帝都復興後初めての御目通り 何卒御声援御引立て偏に御願申上ます 天華
昭和五年十二月十一日より十七日まで七日間限り 毎夕六時開演 十三日(土)十四日(日)に限りマチネー一時
御観覧料 三階席五十銭 二等席一円 一等席座席一円五十銭
1
 プログラム
1、流行小唄 娘子軍 
2、小品奇術 天かく 
、ヴオドビル 
 イ、プレツプ 足立敬子 赤田千代子 萩原花子 
 ロ、ジヤズマニア 正木正子 赤田示子 
 ハ、ジヤズで暮さう 安藤孝四郎 萩原花子 
 ニ、オランダ娘 赤田千代子 萩原花子 
 ホ、独唱 赤田龍子
2
 ヘ、タランテーラ 安藤孝四郎 足立敬子 赤田千代子 萩原花子 
 ト、ハレルヤ 赤田龍子 正木正子 赤田示子 田島末子 櫻井清子 早津芳子 
4、最新奇術 天華
(3)
5、ジヤズと小唄 娘子軍 
6、感応術 天華 首切大魔術 萩原秀長 
(4)

7、寸劇六種 
 イ、三人共 一人の吃が通りかゝりの職人に道を尋ねた事から喧嘩が始まつた。これを最前から見ていた男が仲裁に入り、三人共吃だつた事が分る……… 紳士 安藤孝太郎 職人 金子天遊 仲裁人 金井敏夫
 ロ、モガ、モボ 公園に於て所謂モボがベンチに憩つている。モガが接し様としたが、美事失敗に終り、最後に女装の刑事に掛り散々な目に逢う……… モボ 三浦猛 モガ 足立敬子 モガ 赤田シメ子 刑事 田島辰夫
 ハ、子供正直 自己欺瞞に慢性して恥ざる所謂ゼントルマンが純真な小児の為め白日の下に醜悪な性情を露される……… 甲紳士 三ケ島天晴 その妻 正木正子 その子 吉田ひな子 車掌 三浦猛 乙紳士 金井敏夫
5
 二、皮肉なる悲哀 他を顧みざる自我主義者の放言…… テキ面に蒙る肉親の禍…… 皮肉なる悲哀に終る……主人 三ケ島天晴 妻 正木正子 運転手 田島辰夫 
 ホ、華厳の瀧 華厳の瀧番が若い男女の囁きを心中と間違ひ、又活弁の稽古を厭世自殺と思ひ、最後にそれち判りお互に顔見合せて……… 青年 田島辰夫 愛人 足立稽古 瀧番 三ケ島天晴 活弁 安藤孝四郎
 ヘ、罪な手土産 或婦人が久方振に訪問した友の家に手土産を持つて行つた許りに…… 両者お互に飛だ赤面をする…… 主人 安藤孝四郎 妻 赤田龍子 訪問婦人 正木正子
6
8、最高圧電流実験 人体を空中に回転する… 世界無比の大マグネツト
7
9、ヴオドビル 
 イ、タツプダンス 足立敬子 安藤孝四郎 
 ロ、トラララ 赤田千代子 萩原花子 
 ハ、ラバロマ 赤田龍子 
 ニ、ダンスゴルフ 安藤孝四郎 足立敬子 正木正子 赤田示子 田島末子 佐伯小夜子 赤田千代子 萩原花子 吉田雛子
(8)
10、大魔術 酒場の女王 
(お断り)時間の都合上番組の増減又は芸人病気の為め替り役等の場合は御容赦を願ひます
昭和五年十二月十日印刷 昭和五年十二月十一日発行 東京市外世田ケ谷町若林二二八 発行兼編集人 山田辰之助 東京市外西大久保五番地 印刷所 長澤印刷所 
   ……………
………………………………………………………………

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「最高圧電流実験は助手の赤田龍子を鉄骨の上に立たせ、下腹部に鉄の棒を突き刺して(実際には鉄棒付きの支えを下から股にはめ込む)龍子の体を空中で回転させるエロチックなもので、横に術者として萩原秀長の姿が写っています。左端の技師がスイッチを入れると火花や電気が流れるのが見えるのです。これは当時、昭和初期のエロ、グロ、ナンセンス文化の世相を表わすものとも言われました。」

〈編者註〉ホームページ「マジックラビリンス」の土屋理義「マジックグッズ・コレクション」第7回「天華の公演プログラム」より転載。写真は土屋氏より贈呈されたもの)
    ……………………………………………………………………………

昭和51114日 読売新聞
 松旭斎天華 新歌舞伎座で公演 一月は浅草
 松旭斎天華一座は久しく地方巡業のみをなし、今度久々にて東京に来演する事になり、来る十二月十一日初日を以て新歌舞伎座に出演し、目新らしい大魔奇術の封切公演をなし、一月は引続き浅草公園の浅草劇場に出演することゝなつた。

昭和5125日 読売新聞
 松旭斎天華の出し物 大仕掛な高圧電流実験 
 松旭斎天華一行は久々で十一日より七日間、新歌舞伎座へ一座百余名を引連れて出演。天華一座は急テンポ時代を狙つての魔術とレヴユウをチエーンして居り、殊に三十万ボルトの再高圧電流の大マグネツトによる通電は人体を空間に引付け種々驚異的科学の実験を見せる大規模なもので、其他一座独特の首切大魔術に「酒場の女」等大小魔奇術数種を封切し、娘子軍がスピード的演出する。入場料は三階五十銭、二等一円、一等一円五十銭。

昭和5129日 読売新聞【広告】

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艶麗斬新怪奇・死線を越ゆる最高圧電流による驚異の実験……魔術の科学的進歩
看客の首を斬つて生きた人間を造り又元の通り首を継ぐ大魔奇術等……従来の魔術を超越せる驚く可き不可思議

昭和51210日 読売新聞

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昭和51213日 新聞
▲新歌舞伎座 天華一座「ボードビル」はタツプダンス(敬子・孝四郎)、トラララ(千代子・花子)、ラバロマ(龍子)、ダンスゴルフ(総出演)。(写真は酒場の女)

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昭和
512
15日 新聞
 天華を観る 復興後の帝都へ初お目見得、と謳つている程それ程久しぶりの松旭斎天華が新歌舞伎座を開けている。番数すべて九種、流行小唄、ボオドビル、寸劇等配合を綺麗に並べてある中に矢つ張り受けているのは売り物にしている天華の奇術である。格別取り立てゝ云ふ程の新奇術もないが、少女を搾取機に挟んで圧搾したり、大喜劇(ママ)の酒場の女王などが訳もなく受けている。萩原の首切大魔術は予想ほどでもなかつたが、舞台全体を発電所にして最高圧電流の実験が面白いといふよりも一寸奇異の感に打たれて興味があつた。オーケストラを用ひず、総べて蓄音器の伴奏でやつているにが聊か淋しかつた。座員には小憎い程達者なのが揃つている。(栄)

昭和51216日 読売新聞
  天華一座 震災後初めての東京出演といふから、十年ぶりにもならう。兎に角久々で懐しいが、以前浅草等へ出演の際、呼物の一つであつた自転車の曲乗がないのは物足りない▲その曲乗は座長格の萩原秀長が得意にしたものだが、その人ガラリ目先きを変へて感応術だの、最高圧電流実験など、珍らしいものを中心にしている▲感応術は術者の天華と意気を合して百発百中、少々鮮か過ぎるので疑念も起るが、電流の方は一寸奇抜だ。最後に少女が電磁石に靴の底を吸はせて宙返りをするのもいゝ趣向だが、兎に角仕掛ものにせよ高圧の電流だと思ふと危険も感じられて余り愉快でない▲首斬りの魔術も手際が好く、天華は前後二回に大奇術を見せる外、お定まりの寸劇やジヤズ、ボードビルなど盛り沢山で、一座には男女ともなか〳〵達者なのが揃つている▲これで少し服装や器械を新らしく綺麗事にし、番組を精選したら中央へ進出して天勝の向ふも張れるだらうが、何にしても以前通りのお馴染を復活させ度いものである。

昭和51216日 読売新聞
 新歌舞伎座 天華の奇術で首斬り魔術といふのが呼び物、一度斬つた首を元の通り継ぎ合はせるといふ趣向だが、楽屋で大笑ひ、『かうなつたら、マア電車には争議がげせんナ』

昭和51220日 読売新聞
 茶と雫と禿頭 天華が旅のをかしい思ひ出 
 震災後はじめての東京出演だから十年の久々ぶりで新歌舞伎座に出た訳になる松旭斎天華、十八日から明治座の子供慰安会に出て、三十万ボルト最高圧電流の尖端的大奇術を見せているが、この天華が東京入をせぬ前、或る日、安来節の本場山陰の松江で開演していた時のこと、その日は別しての大入で客止めと云ふ騒ぎ、天華はじめ一同喜び切つたが、調子に乗つて失敗しては大変と物々しくも楽屋で申合せ、さて天華も緊張して熱心に舞台を勤めていると、不意に鮨詰めの観客席からドツと大砲のやうな笑声が起つた。いつも舞台でピストルを使ひ、その音で目張りッこの見物を胡麻化す天華も吃驚して何か失策をやつたかと胸をおどろかせて後見の方を見ると、後見先生も何が可笑しいかクスクスと苦笑している。そこで訳が解らぬ天華、演技を続けながら隙を見て客席を見渡すと、二階の客がお茶をこぼした、その雫が階下(した)のうづらに納まつている四人連れの客の頭にポタリ〳〵と落ちて来るが、四人とも少しも気がつかぬのは舞台へ夢中になつて見入つていたからだが、この客四人が不思議にも揃ひも揃つて禿げ頭、而も大禿げで蠅止まる滑る型、明煌々たる電気の下に四ツの禿頭がその尖端に水玉を光らせて、動くと蓮の露が落ちるといつた形、流石の天華も驚きを今度は笑ひに替へて安心したが、さア此珍事件以来、東京入をしてからと云ふもの、天華舞台に立ちさへすれば、思ひ出してニヤニヤ、観客席から第二の禿頭を探しているが、何分子供客計りなので註文はづれはお気の毒。

東京明治座 1218日~22
昭和51217日 読売新聞【広告】 

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昭和51217日 読売新聞【広告】
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 死線を越ゆる驚異的科学の大実験最高圧電流人体通電……生き人間の首を切つて又元の通り首を継ぐ大魔奇……舞台より観客の指示するものを如何なる物でも百発百中必ず当てる不可思議なる遠隔感応術……その他大道具大仕掛斬新奇抜の大小奇術等々……




misemono at 15:47|PermalinkComments(0) 二代目松旭斎天華