2011年12月27日
伝える思想〜「ペチャクチャ」という意思
どうにもプレゼン重視の風潮が気に入らない。
パワポ一色のプレゼン至上主義的風潮もうざいけど、もっとプリミティヴに相手に伝えたり、交換できる方法ってないかなと。
で、1年ぐらい前から「Pechakucha(ペチャクチャ)」というのにハマっている。
ライトニングトークの一種としてそのシンプルさ、年齢やITスキルに関係なく発想そのものをダイレクトに伝えることを目指したプレゼンだ。
ということは、逆に「伝える思想」みたいなものがないと、何がなんだかよくわからない、単なる写真の陳列に終わってしまう恐れもある。
つまりペチャクチャを意識してフィールドで素材を集めるのではなく、集めた写真を並べてみて、何か伝えたくなってくる・・・プレゼンしたくなる・・あくまでもフィールドワークが主体になり、凝ったプレゼンのためのワークじゃないってことになる。
「日本語で「わいわい話す」とか「会話の声」を意味するこの「ペチャクチャ」 このイベントの主な目的は、交換と創造を促すこと。 会場のいたるところで様々な交流が生まれ、ジャンルを超えてアイデアを分かち合いネットワークを拡げることができる場なのです。 体験者達が集い、つながり、作品を披露する場でもあり デザイナーやクリエイター、活動家の方のプレゼンテーション、日常生活での発見、 秘蔵のアイデアなど、見ている人たちが楽しめればテーマは何でもOKです。 お菓子やビール片手にワイワイと大人の学習発表会のイメージです。でもそれは凭れあいやよくある大学のゼミの雰囲気?、仲良くなることが目的の懇親の空間ではありません。お互いが創造的で革新的、そして互いをリスペクトしあっていることでうまれるおとなの交流の空間なのです。場を盛り上げたりバカ騒ぎをしかけたいひとにはペチャクチャは向いていません。
クリエイティブな草の根ソーシャルイノベーション(社会変革)で、参加した様々なジャンルの人が想いやアイデアを分かち合い、ネットワークを広げられる場となりますように. がペチャクチャのめざすものなのです。
考える / 参加する / つながる / 元気にする--------それがpechakucha」
参考:http://www.pecha-kucha.org/presentations/257
多くの人に端的で簡潔なプレゼンテーションをする機会を与えられる
★これは自己紹介のペチャクチャ
★これはなかなか
プレゼントは何か? それは当然ながら伝え手の「伝える思想」の強弱を露呈させることにある。
自らをさらけ出すような、そんなプレゼンが人を動かすのならPechakuchaのシンプルさこそいま必要じゃないかと思う。
パワポ一色のプレゼン至上主義的風潮もうざいけど、もっとプリミティヴに相手に伝えたり、交換できる方法ってないかなと。
で、1年ぐらい前から「Pechakucha(ペチャクチャ)」というのにハマっている。
ライトニングトークの一種としてそのシンプルさ、年齢やITスキルに関係なく発想そのものをダイレクトに伝えることを目指したプレゼンだ。
ということは、逆に「伝える思想」みたいなものがないと、何がなんだかよくわからない、単なる写真の陳列に終わってしまう恐れもある。
つまりペチャクチャを意識してフィールドで素材を集めるのではなく、集めた写真を並べてみて、何か伝えたくなってくる・・・プレゼンしたくなる・・あくまでもフィールドワークが主体になり、凝ったプレゼンのためのワークじゃないってことになる。
「日本語で「わいわい話す」とか「会話の声」を意味するこの「ペチャクチャ」 このイベントの主な目的は、交換と創造を促すこと。 会場のいたるところで様々な交流が生まれ、ジャンルを超えてアイデアを分かち合いネットワークを拡げることができる場なのです。 体験者達が集い、つながり、作品を披露する場でもあり デザイナーやクリエイター、活動家の方のプレゼンテーション、日常生活での発見、 秘蔵のアイデアなど、見ている人たちが楽しめればテーマは何でもOKです。 お菓子やビール片手にワイワイと大人の学習発表会のイメージです。でもそれは凭れあいやよくある大学のゼミの雰囲気?、仲良くなることが目的の懇親の空間ではありません。お互いが創造的で革新的、そして互いをリスペクトしあっていることでうまれるおとなの交流の空間なのです。場を盛り上げたりバカ騒ぎをしかけたいひとにはペチャクチャは向いていません。
クリエイティブな草の根ソーシャルイノベーション(社会変革)で、参加した様々なジャンルの人が想いやアイデアを分かち合い、ネットワークを広げられる場となりますように. がペチャクチャのめざすものなのです。
考える / 参加する / つながる / 元気にする--------それがpechakucha」
参考:http://www.pecha-kucha.org/presentations/257
多くの人に端的で簡潔なプレゼンテーションをする機会を与えられる
★これは自己紹介のペチャクチャ
★これはなかなか
プレゼントは何か? それは当然ながら伝え手の「伝える思想」の強弱を露呈させることにある。
自らをさらけ出すような、そんなプレゼンが人を動かすのならPechakuchaのシンプルさこそいま必要じゃないかと思う。
2011年11月27日
撮るということは己を撮ることなり。
最近また写真を撮ることが楽しくなってきた。
凝っているのは「ポートレート」
単なる顔写真なんだけど、これがぢつにたのしく、そしてむずかしい。
写真を撮っていることを意識させないほうがいのか、写真をとるぞ!って意識させたほうがいいのか、などなどを考えていると、なかなかシャッターが押せなくなってくる。
おおよその場合室内での撮影になるため、露出、絞り、距離に結構気を使う、でも失敗かと思った写真が意外と!!だったりして、
さらに被写体に助けられたりと、写している人との新しい関係が切り結べたり。
そういえば以前誘われていったサルガドの写真展にあった子ども達のポートレートに愕然としたのがきっかけだったかな。
「私は美しい芸術写真を撮っているのでも、
人類の悲劇を写し撮っているのでもない。
どんな過酷な状況下の中でも生きようとする人間の尊厳を写しているのだ」
うーん。このサルガドの言葉はあまりにカッコよすぎる。
政府系の支援機関にいるひとには彼の権力性への抵抗心などえいえんにわからんだろうね。まあわからんからJ○○Aとやらにいるんだろうし。
支援は自分のためにやる、ということ。これはまあこの業界の人なら共有できるはずだ。でもね、その「じぶん」のありようがあまりに違うわけだ。
だからわたしはARBAをつくった。
そしてカンボジアでポートレートを撮るのです。
タイトルはあの小砂丘忠義の名言からパクリました。えへへ。
「書くということは己を書くことなり、読むということは己を読むことなり」
凝っているのは「ポートレート」
単なる顔写真なんだけど、これがぢつにたのしく、そしてむずかしい。
写真を撮っていることを意識させないほうがいのか、写真をとるぞ!って意識させたほうがいいのか、などなどを考えていると、なかなかシャッターが押せなくなってくる。
おおよその場合室内での撮影になるため、露出、絞り、距離に結構気を使う、でも失敗かと思った写真が意外と!!だったりして、
さらに被写体に助けられたりと、写している人との新しい関係が切り結べたり。
そういえば以前誘われていったサルガドの写真展にあった子ども達のポートレートに愕然としたのがきっかけだったかな。
「私は美しい芸術写真を撮っているのでも、
人類の悲劇を写し撮っているのでもない。
どんな過酷な状況下の中でも生きようとする人間の尊厳を写しているのだ」
うーん。このサルガドの言葉はあまりにカッコよすぎる。
政府系の支援機関にいるひとには彼の権力性への抵抗心などえいえんにわからんだろうね。まあわからんからJ○○Aとやらにいるんだろうし。
支援は自分のためにやる、ということ。これはまあこの業界の人なら共有できるはずだ。でもね、その「じぶん」のありようがあまりに違うわけだ。
だからわたしはARBAをつくった。
そしてカンボジアでポートレートを撮るのです。
タイトルはあの小砂丘忠義の名言からパクリました。えへへ。
「書くということは己を書くことなり、読むということは己を読むことなり」
2011年11月05日
吟遊詩人という思想
さて、久しぶりの更新は今凝ってる歌を紹介。
ヌエバトローバクバーナ(キューバ音楽協会)の主要メンバーであるシルビオロドリゲス(Silvio Rodriguez)。何しろ吟遊詩人ですよ。
カストロ政権のスポークスマンとか御用歌手だとかいわれているけど、違うんだな。共産主義でも、反米でもない。民族自立を歌に込めた半生だったのだ。
名曲Hasta siempre 誰を歌ってるのかは誰でも知ってる。
「歌を武器に革命と歩んだ」 まいったねこりゃ。インチキサヨクにはとても無理だ。
マリポーサ(キューバの国花)
とにかく歌詞がシブすぎます。さすが吟遊詩人。唄う革命家だね。
♪今、君は蝶のようだね
真っ白な飛行船、細く、ナーバスな
何世紀も前に、一瞬にして水に沈んだ
世の上には、天だけを残し♪♪
私がこんなセリフのたまったらキモイ通り越してそれこそ犯罪もんですな。
Sueno Con Serpientes(パイプの夢)ですよ。これもみんな知ってるよね。わからん人は聞いてください。
♪ここにたたかう男たちがいる♪
いつかたたかう男たちが♪
ぢつは同じ社会主義国ベトナムにも同じような潮流がある。過去にも多くの詩人を輩出しそれを弾き語る文化のある国なのだ。
最近はやっているのはLe Cat Trong Ly(レカット・チョンリー)。ギター弾き語りでサイゴンのライブハウス中心に活動している。もちろんシンガーソングライター。ベトナムのジョーンバエズか。
あの偉大な反戦詩人チンコンソンの歌も歌っている。「Để gio cuốn đi」を Mai Khoi とのデュエットで。
なんというか、滲みるわけですよ。秋の夜長に。しかしなんで社会主義国なんでしょうね。何か共通項あるんでしょうか???こりゃいってみるしかないね。
ヌエバトローバクバーナ(キューバ音楽協会)の主要メンバーであるシルビオロドリゲス(Silvio Rodriguez)。何しろ吟遊詩人ですよ。
カストロ政権のスポークスマンとか御用歌手だとかいわれているけど、違うんだな。共産主義でも、反米でもない。民族自立を歌に込めた半生だったのだ。
名曲Hasta siempre 誰を歌ってるのかは誰でも知ってる。
「歌を武器に革命と歩んだ」 まいったねこりゃ。インチキサヨクにはとても無理だ。
マリポーサ(キューバの国花)
とにかく歌詞がシブすぎます。さすが吟遊詩人。唄う革命家だね。
♪今、君は蝶のようだね
真っ白な飛行船、細く、ナーバスな
何世紀も前に、一瞬にして水に沈んだ
世の上には、天だけを残し♪♪
私がこんなセリフのたまったらキモイ通り越してそれこそ犯罪もんですな。
Sueno Con Serpientes(パイプの夢)ですよ。これもみんな知ってるよね。わからん人は聞いてください。
♪ここにたたかう男たちがいる♪
いつかたたかう男たちが♪
ぢつは同じ社会主義国ベトナムにも同じような潮流がある。過去にも多くの詩人を輩出しそれを弾き語る文化のある国なのだ。
最近はやっているのはLe Cat Trong Ly(レカット・チョンリー)。ギター弾き語りでサイゴンのライブハウス中心に活動している。もちろんシンガーソングライター。ベトナムのジョーンバエズか。
あの偉大な反戦詩人チンコンソンの歌も歌っている。「Để gio cuốn đi」を Mai Khoi とのデュエットで。
なんというか、滲みるわけですよ。秋の夜長に。しかしなんで社会主義国なんでしょうね。何か共通項あるんでしょうか???こりゃいってみるしかないね。
2011年08月23日
旅する人たち
サイゴン滞在もすでに20日を過ぎた。
最近では少々マンネリ感が。以前のように異文化と接触する瞬間のピリピリしたような刺激というか、連続した緊張からすっかり遠ざかってしまったような。
と思っていたら、昨日旅するひとりの日本人に出会った。
もちろんアジアでは日本人旅行者などめずらしくもなんともない。
しかしその人の周辺の空気はちょと違っていた。
高校3年生の彼は、小振りのリュックを背負ってアジアを一人旅しているという。日本から空路で香港に行き、そこから陸路で中国、カンボジア、ベトナム、タイなどを回っているらしい。その旅の途中でサイゴンに立ち寄ったという。これからやはり陸路でハノイまでいくそうだ。
香港入り、っていうところが気に入った。まるっきり沢木耕太郎じゃん。深夜特急じゃん。うーん。年齢的には沢木世代じゃないはずなのに・・・
高校生のバックパッカー。欧米では珍しくも何ともない。でも日本ではどうだろう???でも彼に対して気になったのは年齢じゃない。その旅のスタイルだ。
日本では海外旅行というと、安全で、快適な旅行を目的とする人が多いのではないだろうか?
旅とはそもそもトラブルの連続であるはずだ。どんな旅でもトラブルはある。でもそのトラブルに気がつかない仕組みに乗っかって旅をする人のぢつに多いこと。
旅とはトラブルを避けることではなく、そのトラブルに直面することで、異文化を実体験することだったはずだ。それが旅というものじゃないか、安全さと快適さを希求するのは旅じゃなくて、「移動」だよね。あらかじめ定められたレールの上をすーっと移動する・・・寄り道も脱線も許されない。
旅の途中におこる様様なトラブルを、自分の力や工夫、そして判断力で解決し、目的地に近づいていく・・・そんな旅の過程は人生とそっくりだ。
きっと高校生の彼は、自分だけの旅=自分だけの人生をみつけたくて、そんな旅をしているのだろう。彼の脳裏には将来のことも、そしてこの先どうするのかもないとおもう。彼にとってのすべては、いま、己の目の前に揺るぎなく、そして力強くよこたわる「現象」としての弛まない異文化体験の連続だけだ。
彼の旅の無計画さこそ、そういった「異なるもの」との接触や摩擦で生じる焦げ付くような緊張を知っていることの証左だといえまいか。バックパッカーシンドロームや昨今のアジア沈没系の人達とは明らかに違う、旅の様子を語る彼の澱みない口調から、また汗臭さと清々しさ、そしてカッコよさをかなりうらやましく感じた。
うーん。こんな彼の冒険を認めているご両親にあってみたくなった。
旅はひとを成長させ、常に何かを学ばせてくれる。自分もその永遠に卒業することのない学舎の学徒であったはずなのに。
最近どうなのよ。慣れまくってないかい?怠惰すぎないかい!?
現状肯定しまくりで、お手軽ツアーの日本人観光客批判ばっかしてないかい?!インチキ沈没系のアジア滞留おじさん達のわりくちばっかしじゃないかい??
やばいね。こりゃ末期症状です。そろそろ旅立たないと。
トーマスクックとロンプラ携えてまたあてもなく一人旅に飛び出そう!
最近では少々マンネリ感が。以前のように異文化と接触する瞬間のピリピリしたような刺激というか、連続した緊張からすっかり遠ざかってしまったような。
と思っていたら、昨日旅するひとりの日本人に出会った。
もちろんアジアでは日本人旅行者などめずらしくもなんともない。
しかしその人の周辺の空気はちょと違っていた。
高校3年生の彼は、小振りのリュックを背負ってアジアを一人旅しているという。日本から空路で香港に行き、そこから陸路で中国、カンボジア、ベトナム、タイなどを回っているらしい。その旅の途中でサイゴンに立ち寄ったという。これからやはり陸路でハノイまでいくそうだ。
香港入り、っていうところが気に入った。まるっきり沢木耕太郎じゃん。深夜特急じゃん。うーん。年齢的には沢木世代じゃないはずなのに・・・
高校生のバックパッカー。欧米では珍しくも何ともない。でも日本ではどうだろう???でも彼に対して気になったのは年齢じゃない。その旅のスタイルだ。
日本では海外旅行というと、安全で、快適な旅行を目的とする人が多いのではないだろうか?
旅とはそもそもトラブルの連続であるはずだ。どんな旅でもトラブルはある。でもそのトラブルに気がつかない仕組みに乗っかって旅をする人のぢつに多いこと。
旅とはトラブルを避けることではなく、そのトラブルに直面することで、異文化を実体験することだったはずだ。それが旅というものじゃないか、安全さと快適さを希求するのは旅じゃなくて、「移動」だよね。あらかじめ定められたレールの上をすーっと移動する・・・寄り道も脱線も許されない。
旅の途中におこる様様なトラブルを、自分の力や工夫、そして判断力で解決し、目的地に近づいていく・・・そんな旅の過程は人生とそっくりだ。
きっと高校生の彼は、自分だけの旅=自分だけの人生をみつけたくて、そんな旅をしているのだろう。彼の脳裏には将来のことも、そしてこの先どうするのかもないとおもう。彼にとってのすべては、いま、己の目の前に揺るぎなく、そして力強くよこたわる「現象」としての弛まない異文化体験の連続だけだ。
彼の旅の無計画さこそ、そういった「異なるもの」との接触や摩擦で生じる焦げ付くような緊張を知っていることの証左だといえまいか。バックパッカーシンドロームや昨今のアジア沈没系の人達とは明らかに違う、旅の様子を語る彼の澱みない口調から、また汗臭さと清々しさ、そしてカッコよさをかなりうらやましく感じた。
うーん。こんな彼の冒険を認めているご両親にあってみたくなった。
旅はひとを成長させ、常に何かを学ばせてくれる。自分もその永遠に卒業することのない学舎の学徒であったはずなのに。
最近どうなのよ。慣れまくってないかい?怠惰すぎないかい!?
現状肯定しまくりで、お手軽ツアーの日本人観光客批判ばっかしてないかい?!インチキ沈没系のアジア滞留おじさん達のわりくちばっかしじゃないかい??
やばいね。こりゃ末期症状です。そろそろ旅立たないと。
トーマスクックとロンプラ携えてまたあてもなく一人旅に飛び出そう!

2011年07月27日
死ぬるということ
師が急逝した。
大学や院の恩師ではない。彼の思想にあこがれて、いきなり彼の勤務する大学を訪ねて強引にゼミに飛び込んだのがすでに20年以上前。
何かを指示したり、示唆を与えてくれたことはない。おそらくここ10年ぐらいで2〜3回しか会ってないだろう。
今思い返すと、彼からいったい何を学んだのかが、どうしても思いだせない。教育という営みを目の前で巻き起こる現実への対処法としてしか捉えない見せかけの実践論に埋没していた時期だった。
進もうとする方向の初動性のみが唯一の支えであるかのような。
しかしいうまでもなく、動機のただしさはその理論の正当性の担保にはならない。

日夜目の前で繰り広げられる暴力的ともいえる教育実践と、思想性の葛藤のなかで、委ねられるべき思想から目をそむけ続けてきた教育学研究者は死の間際に何をみつめることができたのだろうか?
資本論研究に生涯をささげた岡崎次郎は夫婦で死出の旅に出たまま、いまだに行方が知れない。
死の間際にさりげなく生涯の友であり、学究の同士でもあったった向坂逸郎を批判する著をだし、そのまま行方不明になる。吉祥寺の居はいまでもそのままになっている。
彼は死出の旅に何を求めたのだろうか?そしてそれは手に入れることができたのだろうか?
岡崎が死の間際に呟いた「自嘲」とはなんだったのか?
人生の幕引きを劇的に演出することで、何を紛らわそうとしたのだろうか?否なにを伝えようとしたのだろうか?
大学や院の恩師ではない。彼の思想にあこがれて、いきなり彼の勤務する大学を訪ねて強引にゼミに飛び込んだのがすでに20年以上前。
何かを指示したり、示唆を与えてくれたことはない。おそらくここ10年ぐらいで2〜3回しか会ってないだろう。
今思い返すと、彼からいったい何を学んだのかが、どうしても思いだせない。教育という営みを目の前で巻き起こる現実への対処法としてしか捉えない見せかけの実践論に埋没していた時期だった。
進もうとする方向の初動性のみが唯一の支えであるかのような。
しかしいうまでもなく、動機のただしさはその理論の正当性の担保にはならない。

日夜目の前で繰り広げられる暴力的ともいえる教育実践と、思想性の葛藤のなかで、委ねられるべき思想から目をそむけ続けてきた教育学研究者は死の間際に何をみつめることができたのだろうか?
資本論研究に生涯をささげた岡崎次郎は夫婦で死出の旅に出たまま、いまだに行方が知れない。
死の間際にさりげなく生涯の友であり、学究の同士でもあったった向坂逸郎を批判する著をだし、そのまま行方不明になる。吉祥寺の居はいまでもそのままになっている。
彼は死出の旅に何を求めたのだろうか?そしてそれは手に入れることができたのだろうか?
岡崎が死の間際に呟いた「自嘲」とはなんだったのか?
人生の幕引きを劇的に演出することで、何を紛らわそうとしたのだろうか?否なにを伝えようとしたのだろうか?
2011年06月26日
エクスポージャー理論の試金石
今年の9月にARBAがH大のベトナムインターンシッププログラムの現地コーディネートを依頼された。
素晴らしい機会を与えてくれたH大の皆さんと関係を取り持ってくれたS先生には感謝してもし切れない。ほんとうにありがたいことだ。
事前学習も含めての依頼をいただき、来週からARBA担当の事前学習もスタートする。こんな現地の紹介ビデをも作ってみた。
さて、今回のコーディネートは私たちがやってきたこと、積み上げてきたことが初めてARBAの事業ではない外部で試され、批評される機会だといえる。そこで事前学習や現地でのコーディネートに関して、スタッフに向けてコーディネートにかかわる私の考えをまとめてみた。
●私たちの提供できる商品はなにか?
では私たちARBAはいったいなにができるのでしょうか?ARBAの過去の活動で作り上げてきたものとはなんでしょうか?つまり私たちがベトナムで体験学習することを目的とするH大学生に提供できる商品とはなんでしょうか?
それはいうまでもなく「エクスポージャー」という思想です。というかこれしかありません。ツアーで培ってきた経験や人脈はその経緯を知らない他人に正当に評価されることはありません。結局消費されるだけで終わってしまうことでしょう。
しかしこの商品だけは違います。エクスポージャー理論は日本で私たちARBAだけが考え、試してきた試作品です。
他方でこの海外キャリア体験学習の大学的な到達目標は、シラバスに次のように記されています。
「海外で日本人を含む各国の人々のキャリアデザインを学び、その現場を実体験することによって、各国のキャリアデザインの歴史と現状、キャリアデザインの国際性・国際化を理解することを授業の到達目標とする」
もちろんこれはARBAが目指してきたものとは違います。しかしこの目的を達成するためにエクスポージャーという方法論を活かすことができるのか、たとえ目的が違っても「エクスポージャー的発想」を援用することができるのではないか、が、私たちにとっての今回の仕事の興味だと思うのです。ではどうしたらいいのか???
●なにがツアーとは違うのか?気をつけなければならないことは?
ARBAのツアーと今回のインターンの決定的な違いはなんでしょう、私は次に要約できると思います。
ツアーの参加者はARBAのツアーに参加するひとたちです。しかし今回インターン参加者はARBAのツアー参加者ではなくH大学の海外授業を選択履修した人たちです。つまり否応がなく(選択する余地がなく)ARBAのエクスポージャーを体験することになったということです。自己決定ではなく、結果としてエクスポージャープログラムに参加することになったわけです。いわば「他律的な」エクスポージャー参加者、ということです。だからこそ私たちのアテンドには充分に注意を払わなければ、下手をすると「こんなはずではなかった」という反発を感じさせることになりかねません。彼らの主体は「海外キャリア体験学習」を選択履修した、ということなのですから。この点を私たちは忘れてはならないと思います。
●一人歩きさせることは最終目的ではない。さて、ではいまさらながらエクスポージャーとはなにをめざすものなのでしょうか?それは言うまでもなく自己決定です。
例えば私たちはベトナムの街をひとりで歩くことを勧めています。しかしこれは自分で感じることのきっかけにすぎません。ではなぜ一人歩きしてもらい、団体行動を避けるのでしょうか?それはエクスポージャープログラムの最終到達点である、個人が個人として存立するための方法論ということになります。
当たり前ですが一人歩きは最終目標ではない、ということです。では一人ひとりが自分で感じる、ための一人歩きのめざすものはなんでしょうか?
●一人歩きが実現するための素地とは?〜互いが尊敬しあい、尊重すること一人ひとりが自律し自立するためには、当然ながら互いが互いの人格を尊重し、敬意を払うことが求められます。互いが尊敬し合っているからこそひとりでいることができる、ということですね。日本での大学生活のように表面的な仲良し関係には、本当の意味での互いを尊重する空気はありません。互いが互いを相互監視し、自分がどう見られているのかばかりが気になってしまう。こんなことでは一人で歩くことも、自己決定もできません。そういった自律した関係があって初めて互いの考えや感じたことを交換し合えるのだと思います。
私たちスタッフは彼ら参加者に対し敬意を払っているでしょうか?対等な立場として尊敬することができているでしょうか?彼らの学んできたことを前提にして、私たち自身も彼らから学ぶ姿勢を持つことができるでしょうか?そういった信頼関係を彼らと創ることが私たちが提供するエクスポージャープログラム成功の是非を決めると思います。
●一人歩きのための仕掛けづくりとして
・ひとりで感じたことを誰かに伝えたくなる。(共有の欲求)
・それが互いを尊敬し、自分の考えを持つことを可能にする(自律の欲求)
※カメラを持つ、Pecha-kucha、ブログなどの共有媒体の用意
街角に、カフェに、食堂に散らばる異文化の収集(文化のかけら=cultural artifact)〜写真ではなく、雑誌、新聞、看板など→現地にいるからこそ収集できる情報。
・発表と交換の場の確保〜会場をどうする?
●気をつけなければならないこと〜ベトナムに埋没してしまうこと。
現地の生活を体験することで、最初に陥ってしまう罠は現地に同化してしまうことです。ベトナム人と同じ生活をおくることで見せかけの同化を起こしてしまい、異文化の収集ができにくくなってしまうことです。簡単にいうと慣れてしまう、マヒしてしまう、ということです。
どんなにベトナムに慣れても、またベトナム語がうまくなっても日本人であることは変えようがありません。むしろそれをメリットとして常に保持することで、常に新鮮な視点を保てることができる、いたずらにベトナム化してしまうことを避け、異文化【異質なもの】に触れるドキドキ感や緊張感をどのように10日間継続させていくのか、が結果として自律的な個人になることを促進すると思うのです。
先日ある大学でアメリカのインターンシップの引率をしている教員と話す機会がありました。彼は到着後2,3日でアメリカ化し、アメリカ文化に埋没してしまう学生のことを嘆いていました。ハンバーガーやホットドックを食べ、朝ジョギングをする、という典型的なアメリカ人のライフスタイルに同化してしまうことです。これでは違う文化に触れることの緊張感など維持できるはずもありません。
彼が最後に行っていた言葉が印象的でした。「帰ってきてアメリカを嫌いになってしまうような感情を持てたら成功ですね」まさに言い得て妙です。
おそらく私たちのエクスポージャーも、終わった後もう一度ベトナムに行きたくなるか、2度と行かないかのどちらかになるでしょうね。
素晴らしい機会を与えてくれたH大の皆さんと関係を取り持ってくれたS先生には感謝してもし切れない。ほんとうにありがたいことだ。
事前学習も含めての依頼をいただき、来週からARBA担当の事前学習もスタートする。こんな現地の紹介ビデをも作ってみた。
さて、今回のコーディネートは私たちがやってきたこと、積み上げてきたことが初めてARBAの事業ではない外部で試され、批評される機会だといえる。そこで事前学習や現地でのコーディネートに関して、スタッフに向けてコーディネートにかかわる私の考えをまとめてみた。
●私たちの提供できる商品はなにか?
では私たちARBAはいったいなにができるのでしょうか?ARBAの過去の活動で作り上げてきたものとはなんでしょうか?つまり私たちがベトナムで体験学習することを目的とするH大学生に提供できる商品とはなんでしょうか?
それはいうまでもなく「エクスポージャー」という思想です。というかこれしかありません。ツアーで培ってきた経験や人脈はその経緯を知らない他人に正当に評価されることはありません。結局消費されるだけで終わってしまうことでしょう。
しかしこの商品だけは違います。エクスポージャー理論は日本で私たちARBAだけが考え、試してきた試作品です。
他方でこの海外キャリア体験学習の大学的な到達目標は、シラバスに次のように記されています。
「海外で日本人を含む各国の人々のキャリアデザインを学び、その現場を実体験することによって、各国のキャリアデザインの歴史と現状、キャリアデザインの国際性・国際化を理解することを授業の到達目標とする」
もちろんこれはARBAが目指してきたものとは違います。しかしこの目的を達成するためにエクスポージャーという方法論を活かすことができるのか、たとえ目的が違っても「エクスポージャー的発想」を援用することができるのではないか、が、私たちにとっての今回の仕事の興味だと思うのです。ではどうしたらいいのか???
●なにがツアーとは違うのか?気をつけなければならないことは?
ARBAのツアーと今回のインターンの決定的な違いはなんでしょう、私は次に要約できると思います。
ツアーの参加者はARBAのツアーに参加するひとたちです。しかし今回インターン参加者はARBAのツアー参加者ではなくH大学の海外授業を選択履修した人たちです。つまり否応がなく(選択する余地がなく)ARBAのエクスポージャーを体験することになったということです。自己決定ではなく、結果としてエクスポージャープログラムに参加することになったわけです。いわば「他律的な」エクスポージャー参加者、ということです。だからこそ私たちのアテンドには充分に注意を払わなければ、下手をすると「こんなはずではなかった」という反発を感じさせることになりかねません。彼らの主体は「海外キャリア体験学習」を選択履修した、ということなのですから。この点を私たちは忘れてはならないと思います。
●一人歩きさせることは最終目的ではない。さて、ではいまさらながらエクスポージャーとはなにをめざすものなのでしょうか?それは言うまでもなく自己決定です。
例えば私たちはベトナムの街をひとりで歩くことを勧めています。しかしこれは自分で感じることのきっかけにすぎません。ではなぜ一人歩きしてもらい、団体行動を避けるのでしょうか?それはエクスポージャープログラムの最終到達点である、個人が個人として存立するための方法論ということになります。
当たり前ですが一人歩きは最終目標ではない、ということです。では一人ひとりが自分で感じる、ための一人歩きのめざすものはなんでしょうか?
●一人歩きが実現するための素地とは?〜互いが尊敬しあい、尊重すること一人ひとりが自律し自立するためには、当然ながら互いが互いの人格を尊重し、敬意を払うことが求められます。互いが尊敬し合っているからこそひとりでいることができる、ということですね。日本での大学生活のように表面的な仲良し関係には、本当の意味での互いを尊重する空気はありません。互いが互いを相互監視し、自分がどう見られているのかばかりが気になってしまう。こんなことでは一人で歩くことも、自己決定もできません。そういった自律した関係があって初めて互いの考えや感じたことを交換し合えるのだと思います。
私たちスタッフは彼ら参加者に対し敬意を払っているでしょうか?対等な立場として尊敬することができているでしょうか?彼らの学んできたことを前提にして、私たち自身も彼らから学ぶ姿勢を持つことができるでしょうか?そういった信頼関係を彼らと創ることが私たちが提供するエクスポージャープログラム成功の是非を決めると思います。
●一人歩きのための仕掛けづくりとして
・ひとりで感じたことを誰かに伝えたくなる。(共有の欲求)
・それが互いを尊敬し、自分の考えを持つことを可能にする(自律の欲求)
※カメラを持つ、Pecha-kucha、ブログなどの共有媒体の用意
街角に、カフェに、食堂に散らばる異文化の収集(文化のかけら=cultural artifact)〜写真ではなく、雑誌、新聞、看板など→現地にいるからこそ収集できる情報。
・発表と交換の場の確保〜会場をどうする?
●気をつけなければならないこと〜ベトナムに埋没してしまうこと。
現地の生活を体験することで、最初に陥ってしまう罠は現地に同化してしまうことです。ベトナム人と同じ生活をおくることで見せかけの同化を起こしてしまい、異文化の収集ができにくくなってしまうことです。簡単にいうと慣れてしまう、マヒしてしまう、ということです。
どんなにベトナムに慣れても、またベトナム語がうまくなっても日本人であることは変えようがありません。むしろそれをメリットとして常に保持することで、常に新鮮な視点を保てることができる、いたずらにベトナム化してしまうことを避け、異文化【異質なもの】に触れるドキドキ感や緊張感をどのように10日間継続させていくのか、が結果として自律的な個人になることを促進すると思うのです。
先日ある大学でアメリカのインターンシップの引率をしている教員と話す機会がありました。彼は到着後2,3日でアメリカ化し、アメリカ文化に埋没してしまう学生のことを嘆いていました。ハンバーガーやホットドックを食べ、朝ジョギングをする、という典型的なアメリカ人のライフスタイルに同化してしまうことです。これでは違う文化に触れることの緊張感など維持できるはずもありません。
彼が最後に行っていた言葉が印象的でした。「帰ってきてアメリカを嫌いになってしまうような感情を持てたら成功ですね」まさに言い得て妙です。
おそらく私たちのエクスポージャーも、終わった後もう一度ベトナムに行きたくなるか、2度と行かないかのどちらかになるでしょうね。
2011年05月08日
だましてください。
訳あってカンボジアの大学生に日本語を教えている。
とはいっても遠隔的にメールなどでやりとりしながら、だ。
いま読聴解をやっているのだが、題材となる文章を選ぶ作業がなかなか楽しい。
日本語学んで楽しかった、って思えるような文章って何だろう???て考えながら。
少なくともそれは難しい二字熟語が並んだ文章や、しちめんどくさいレトリックに満ちた論文じゃないよね。
で、高校時代に読み耽ったり、ハマった本を使おうかなと。
当時の自分と同じような年代だし、シンクロするものがあるんじゃないか、と。
永瀬清子の詩集「焔について」を引っ張り出してみた。やっぱりすごい。ことばって、こんなにすごいもんだったんだ、ってことをあらためて気がつかせてくれる。それに適度にサヨク的だし。

* * *
だまして下さい言葉やさしく
よろこばせて下さいあたたかい声で。
世慣れぬわたしの心いれをも
受けて下さい、ほめて下さい。
あああなたには誰よりもわたしが要ると
感謝のほほえみでだまして下さい。(中略)
飢えた心にせめて一つほしいものは
わたしがあなたによろこばれると
そう考えるよろこびです。
* * *
使われている語彙はすごく簡単。あるレベルの日本語学習者なら充分理解できるはず。
でも、この詩で伝えるべきものはそんなもんじゃあない。一言一言に込められた思いやりと無償性をどのように伝えるのか、、そういった「行間」の伝え方にこそ、日本語教育の醍醐味(そもそも日本語教育にそんなものがあると思わないけど)があるのではないか。
日本語教師は、すぐれて文学愛好家であれ、ってことですかね。
さあ、次は茨木のり子だよ。ティラー!
とはいっても遠隔的にメールなどでやりとりしながら、だ。
いま読聴解をやっているのだが、題材となる文章を選ぶ作業がなかなか楽しい。
日本語学んで楽しかった、って思えるような文章って何だろう???て考えながら。
少なくともそれは難しい二字熟語が並んだ文章や、しちめんどくさいレトリックに満ちた論文じゃないよね。
で、高校時代に読み耽ったり、ハマった本を使おうかなと。
当時の自分と同じような年代だし、シンクロするものがあるんじゃないか、と。
永瀬清子の詩集「焔について」を引っ張り出してみた。やっぱりすごい。ことばって、こんなにすごいもんだったんだ、ってことをあらためて気がつかせてくれる。それに適度にサヨク的だし。

* * *
だまして下さい言葉やさしく
よろこばせて下さいあたたかい声で。
世慣れぬわたしの心いれをも
受けて下さい、ほめて下さい。
あああなたには誰よりもわたしが要ると
感謝のほほえみでだまして下さい。(中略)
飢えた心にせめて一つほしいものは
わたしがあなたによろこばれると
そう考えるよろこびです。
* * *
使われている語彙はすごく簡単。あるレベルの日本語学習者なら充分理解できるはず。
でも、この詩で伝えるべきものはそんなもんじゃあない。一言一言に込められた思いやりと無償性をどのように伝えるのか、、そういった「行間」の伝え方にこそ、日本語教育の醍醐味(そもそも日本語教育にそんなものがあると思わないけど)があるのではないか。
日本語教師は、すぐれて文学愛好家であれ、ってことですかね。
さあ、次は茨木のり子だよ。ティラー!
2011年05月06日
もう買ねーぞ
さて、やっぱりかっちゃいました。MACBOOK Air。

はい。もちろんまったく必要ありません。持ってなくても困りません。ええ。
でもほしくなる。これが情報化社会というものでしょうか。
っていうか、とにかく軽くて、小さいものをここ数年探しまくっていたのだが、その到達点であるAirを買ってやっと気がついた。
より小さく、より軽く、
じゃなかったんですよね。結局Airだろうとネトブだろうと、持ちゃあ重いってことを。だからできる限り軽いものをさがすんじゃなくて、できる限り持ち歩かないようにするにはどうしたらいいのか?ってことだったんですね。
いやあ、ここまで来るのに高くつきました。

はい。もちろんまったく必要ありません。持ってなくても困りません。ええ。
でもほしくなる。これが情報化社会というものでしょうか。
っていうか、とにかく軽くて、小さいものをここ数年探しまくっていたのだが、その到達点であるAirを買ってやっと気がついた。
より小さく、より軽く、
じゃなかったんですよね。結局Airだろうとネトブだろうと、持ちゃあ重いってことを。だからできる限り軽いものをさがすんじゃなくて、できる限り持ち歩かないようにするにはどうしたらいいのか?ってことだったんですね。
いやあ、ここまで来るのに高くつきました。
2011年04月25日
カンボジアでPC授業。
この間いろいろあったが、なんといっても一番大きな動きとしては、プノンペン・スラム街の小学校VDTOでのPC教室の開設にこぎつけたことだ。そのためにインターネット常時回線も敷設した。
昨年からも中古NOTEを持ち込んでのITリテラシー教室はやっていたのだが、今回は小学校の授業の一環として位置付けることで、現地の先生たちに運営を任せることにした、そのためにはもちろん先生たちのトレーニングも欠かせないが。
実施に当たっては昨年来の反省を踏まえて
1、学校の正規授業として位置付けること
2、低学年(10歳前後)の子どもたちを中心に受講させること
3、一人一人に自分のNOTE-PCを貸与すること(自己所有の原則の実現)
4、ワードやエクセルなどのいわゆるビジネスアプリ系の授業にしないこと
5、子どもたちに自由に使用させることにより彼らの創造性や協働性の萌芽となる内容を心がけること
このなかでもとくに3、4、5、を重視した運営を心がけることに。
どうしても仕事を得るためのITリテラシーになっちゃうんですよね。この国では。でも、PC出来たからって就職できた、なんていう話では、日本でも聞いたことないし。
だからこそ、正しい使い方を「教える」、のではなく、PCによって学び方を学ぶ、ということを重視したかったわけだ。そのなかでできる子たちができない子に教えていく、、そんな協働性も担保しながら。
とりあえず持ち込んだNOTEーPC達はこれ。

スペックは揃っていないけど、すべて無線LAN装備で、子どもたちが持ち運べる大きさ・重さであることを条件にした。目玉は何と言っても一番上のクラスメートPCでしょうね。これは入手するのに苦労しました。海外のオークションサイトでようやくゲット。購入資金もないので、今回は全部で12台持ち込んだ。
先生役はジュライ先生。IT系の大学に通う大学生だ。

ARBAがやろうとしているIT教育のコンセプトもちゃんと理解してくれる頼もしい存在だ。
初回の授業は私が担当。まあたいへんでしたよ。ええ。でも楽しかった!


おまのところ12人ぐらいの子ども達にしか渡せていないけど、将来はせめて30人ぐらいには渡したい。もちろん「自分のコンピュータ」として。共有ではなく自分の(パーソナルな)存在としてPCを使うことで、きっと物を大切に気持ちもはぐくまれるんじゃないか、という期待も込めて。故障したり破損したりする率もこれで少なくなるかな。

昨年からも中古NOTEを持ち込んでのITリテラシー教室はやっていたのだが、今回は小学校の授業の一環として位置付けることで、現地の先生たちに運営を任せることにした、そのためにはもちろん先生たちのトレーニングも欠かせないが。
実施に当たっては昨年来の反省を踏まえて
1、学校の正規授業として位置付けること
2、低学年(10歳前後)の子どもたちを中心に受講させること
3、一人一人に自分のNOTE-PCを貸与すること(自己所有の原則の実現)
4、ワードやエクセルなどのいわゆるビジネスアプリ系の授業にしないこと
5、子どもたちに自由に使用させることにより彼らの創造性や協働性の萌芽となる内容を心がけること
このなかでもとくに3、4、5、を重視した運営を心がけることに。
どうしても仕事を得るためのITリテラシーになっちゃうんですよね。この国では。でも、PC出来たからって就職できた、なんていう話では、日本でも聞いたことないし。
だからこそ、正しい使い方を「教える」、のではなく、PCによって学び方を学ぶ、ということを重視したかったわけだ。そのなかでできる子たちができない子に教えていく、、そんな協働性も担保しながら。
とりあえず持ち込んだNOTEーPC達はこれ。

スペックは揃っていないけど、すべて無線LAN装備で、子どもたちが持ち運べる大きさ・重さであることを条件にした。目玉は何と言っても一番上のクラスメートPCでしょうね。これは入手するのに苦労しました。海外のオークションサイトでようやくゲット。購入資金もないので、今回は全部で12台持ち込んだ。
先生役はジュライ先生。IT系の大学に通う大学生だ。

ARBAがやろうとしているIT教育のコンセプトもちゃんと理解してくれる頼もしい存在だ。
初回の授業は私が担当。まあたいへんでしたよ。ええ。でも楽しかった!


おまのところ12人ぐらいの子ども達にしか渡せていないけど、将来はせめて30人ぐらいには渡したい。もちろん「自分のコンピュータ」として。共有ではなく自分の(パーソナルな)存在としてPCを使うことで、きっと物を大切に気持ちもはぐくまれるんじゃないか、という期待も込めて。故障したり破損したりする率もこれで少なくなるかな。

2011年04月19日
祝!更新。ひさしぶりですんまそん。しかも中身なし
3か月もほっときました。ええ。すいません。
ツイートしてたわけです。
で、宣言します。明日からちゃんと更新します。ははーっ
心機一転、新人のつもりで。
というわけで、写真は行進する新入社員の行列です。うちの近所には企業の研修センターが多いんで。この時期の風物詩です。
行進と更新をかけたわけです。

びばっ新入社員! びばっブログ更新!
ツイートしてたわけです。
で、宣言します。明日からちゃんと更新します。ははーっ
心機一転、新人のつもりで。
というわけで、写真は行進する新入社員の行列です。うちの近所には企業の研修センターが多いんで。この時期の風物詩です。
行進と更新をかけたわけです。

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