サヨク的旅人日記〜階級的旅人術

―思想と体験を交換し、共有する― 国際支援・教育・ボランティア、そしてアジア・・・・大学講師・NPO主催・ベトナムでの日本語学校の運営・・・・。はからずも忙しく、そして楽しい日々を送る。一緒に国際交流しくてくれるひと募ってます!

今使ってるZenfone2のどこがkに入らないってことはないのだが、優等生なかんじがちょと鼻についてきて1年ぶりのスマホ交換

新しいスマホはHuaweiの新型Honor8。決め手はなによりバッテリーの容量。この薄さで3000mhは他機種と比べてもずば抜けている。

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裏面のヘアライン加工も高級感あり。
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表面ガラスのふちが若干盛り上がっているため、全体を覆う保護フィルムだと浮き上がってしまい張りにくいのが難点。ガラスプレートにするしかないかな。
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純正の充電器は急速充電に対応していて、定格出力が9Vとなってる。確認したけど5Vしか出てない。
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どういうこと???

 説明書によるとカラの状態から満充電まで30分!とのことなんだけど、電圧を上げて無理やり押し込んじゃう定電圧充電。バッテリーにはあまり良くないかな。電流は充電はじめがおおきく、充電が終わりに近ずくにつれて徐々に電流を下げていく方法なのだが、それにしては発熱がかなりある。

このスマホの最大の魅力はなんといってもデザイン。ASUSと比べると細部の作りもよいしうつくしい。
それと、余計なメーカー製アプリがほとんどインストールされていないのも好印象。

さて使い心地はいかに?

長田弘さんがなくなってもう1年以上になる。買っただけで読まなかった彼の本をふと読みたくなった。
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べたついた言葉操り人みたいなテクを弄するしょーもないT川S太郎なんとやらみたいなエロい策士が幅を利かせる昨今、長田さんの詩は一つ一つのことばがをものすごく丁寧に吟味して使われていて、読み手に安ど感というか、M上なんたらみたいな飛び道具的な言葉の散らかしがなくて、いつでも、どこでも気軽に紐解けて、でも重々しさもちゃんとあって大好きだった。

茨木のり子さんや長田弘さんがいなくなって、丁寧に言葉を紡ぐ詩人が本当に少なくなった。

そういえば、長田さんといえば代表作は
「深呼吸の必要」
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言葉を深呼吸する。あるいは、言葉で深呼吸する。
そうした深呼吸の必要をおぼえたときに、立ちどまって、
黙って、必要なだけの言葉を書きとめた。

もともと児童向けの詩集として描かれたらしいけど、彼の言葉の紡ぎ方には、やさしさと、そして深い愛情を感じておとなでもじんわりする。単に単語を羅列するのではなく、組み合わせた言葉の集合体としてメッセージを伝えようとする。彼の詩には無駄で意味のない単語は一つとしてない。

この詩集は映画のタイトルにもなったっけ。
長澤まさみかわいかったなー。あのころは。
主題かもよかったなー。My Little Lover

若いころの大森南朋もよかったね。いまじゃひょーきんなおぢさんになっちゃったけど(;´・ω・)

さて、この本のすごさは長田さんの思想と言葉の美しいまでの合致せいだろう。

「本というものが長年培ってきたものは本に書かれているものを通して、そこに書かれていないものを想像させる力です」

子どもに向けた詩を多くかいている長田さんは絵本に対する造詣もすごい。

「絵本のような子どもの本から手わたされるのは、その絵本がもっている時間です。もう一つの時間、アナザー・タイムが、そこにある。絵本を読むというのは、絵本のもつ時間の感触が自分のなかにのこってゆくという経験です。」

さらに
「絵本のような子どもの本の読み方に教えられるのは、読書というのは自分の時間の手に入れ方なのだ、ということです。」
くぅー。

「子どもの本と付きあうというのは、大人が子どもの真似をして、子どもっぽくすることでもなければ、子どもが大人の真似をして、大人っぽくすることでもありません。」


子どもは子どもでしかない、おとなより劣った存在でも未成熟な人間でもない、子どもは子どもの個性を持ち、子どもならではのみずみずしさを有している、ということなのだろうか。

自分の領域である教育学では「子どもの発見」という言葉がある。
近代幼児教育の祖でもあるモンテッソーリの著作だが、それ以外にもルソーやエレンケイも同じ事をいっている。
子どもは早く成長し、大人になるための存在ではない。未成熟な存在としてではなく、子どもの個性を積極的に認めていこう、という近代教育学の基本となる思想だ。

これは子どもだけじゃなくて、自分と異なるものの個性と存在を尊重し認めていく、ということにもつながる。
みーんなおんなじようにおとなになるんじゃないんだ。という当たり前のことを認めようよ。ってことなんだろうね。
この本の素晴らしさを挙げれなばきりりがないけど、ちょっとやさしくなりたい!って思ってる人には最適です。確実にやさしくなれます。

パブロイグレシアスのことは前から気になっていた。7月の参院選で三宅洋平が「志を同じくするオレの友達だよ」とかいってたけど、はい。本質的に違います。何より秀才です。キレキレです。偏差値高そう。そして筋金入りのサヨクです。あんたと似てるのは風貌だけだっつーの。
気になっていたのはパブロ個人、というより、彼の所属する政党「ポデモス」、日本語に訳すと「私たちはできる」 Yes We Can!みたいなもんですかね。

さて、パブロは最近あちこちでもてはやされてみたいで、おれたちは従来型の左翼とは違うんだ!難しい言葉をあやつって悦に入ってるようなサヨクといっしょにすな!みたいなこといってるけどね。
サヨク的な難しい2字〜4字熟語なんか使わずに、インターネットを活用して小規模な集会(学習会)を地域的に開き、かんたんな言葉で思想を伝え、大衆にうったえかけていく・・・
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 でもこれって、いわゆる前衛政党が大昔からやってきたことだよね。無知蒙昧な人民を思想善導する役割としてのただひとつの「前衛」政党が、わかりやすいことばで共産主義思想を人民に教えていく・・・とぜんぜんかわらん。

統一戦線的な思想性は皆無、完全にスペイン国内での情宣に限られている。世界的な連携とか、働くものの団結とかっていう階級論もない。
さらに不思議なのは、シリア難民問題やEUからの離脱など、保守的な主張が目立つことだ。国家、という枠組みの中で20世紀の左翼思想の根幹をなす全世界の労働者の団結というインターナショナルな思想ではない、地域限定的で国民国家の存在を前提としていることだ。
さらには抑圧の象徴であったスペイン王家への批判や、今でも保有し続けるカナリア諸島やジブラルタルなどのスペインの「海外領土」(植民地)についての言及も一切ない。

「ひらかれる」ことを目指していたかつてのレフトにたいして、あたらしいサヨクとは「とじていく」方向への進んでいくのだろうか。。。
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それにしてもパブロ。ルックスよすぎでしょ。

旅に出たくなる本、は前にも紹介したが、今回はベトナムつながりで。
おそらくベトナムに限らず、ロードノベルファンなら知っているだろう有名な2冊を。

焼身 宮内勝典
ベトナムで読みたい本といえばまず思い浮かぶのがこれ。ってか、ベトナム好きなら必携書。P_20161005_123820
宮内は私ごときが語るまでもなく、まさに「世界」を漂流し続けている数少ない旅行作家だ。日本を代表する旅行作家といえる。
そもそも旅、つまり移動することそれ自体が「主体」の表出であり、作家とはまさに「移動(=旅)」することが糧となる生業だといえる。

筆者は世界中の矛盾、葛藤、分裂や分断そして「異質」と対峙し続け、常に少数の側の視座を提供しようともがき続けてきた作家だ。そういう意味では病み病みインチキサヨク自称ロードノベルライターのM上H樹とはえらい違いだ。かといって歴史の裏側を描くH田N樹的な薄っぺらい美談ねつ造家でもない。常に人間が内包する「自己矛盾」について叫び続けてきた現代のドストエフスキーみたいなかっこいい作家だ。彼の文章は常に諦観と情念の相克という織りなりによって生み出されている。さらにたぐいまれなる描写力と目に映るありとあらゆるものを文字化しようとするち密さも兼ね備えている。

題名からすでにお気づきかとは思うが、物語の主題はあの光景だ。
抗議の焼身自殺を遂げた仏教の僧侶(X師)。その光景が世界中に報道され、当時のサイゴン政権のファーストレディだったマダムヌーに「人間バーベキュー」と言わしめたあの1963年のあの出来事である。
あの僧侶(X師)の足跡をベトナム全土を回る旅で追う物語。
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あの光景(現象)の本当の意味は何だっのか?X師はなぜみずからの肉体を燃え上がらせたかったのか?そこに込められた意味を当時のサイゴンの町並みを丹念に追いかけることから明らかにしていく。。。アメリカの〜日本そしてベトナムと、筆者の旅の過程で。

かといって果たして真実は?みたいな陳腐なドキュメンタリーでも、ほんとうはこんな人物だった、的なルポルタージュでもない。あくまで私小説であり旅行文学なのだ。筆者は決してX師の足跡を追うことで師の真の姿を見つけようとしたのではない。この世に存在する(実存)自分自身の意味を追い求め見つけようとしていたのだ。
当時の通りの名前や街並みを現在のホーチミンと重ね合わせるような描写はすばらしい。

旅をする裸の目 多和田葉子

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「越境文学」者である多和田の2004年の作品。
講演のためにヨーロッパに向かったベトナム女子高生が東ドイツで拉致されて西側に。モスクワ行きの列車に乗ったつもりがパリへいくことになったり、強姦同然に関係を持った青年と旅を共にするという、ある意味荒唐無稽なストーリー。憧れるカトリーヌ・ドヌーブの映画のヒロインに惹かれて各地をさまよう様子が切々とつづられている。西洋対東洋、そして植民地宗主国と被植民地国といった境界の表象、サイードのオリエンタリズムそのままの屈折したヨーロッパ人のベトナムへのまなざしが不思議な調和を持って描かれている。時間と空間の移動のダイナミズムがテンポよく読み手に伝わってくる。
主人公は最後にはそのまなざしの境界に耐え切れず、「時計の針」で映画狂の自分自身の目を突いてしまおうとする。。。文中のポランスキーの描写にこそ、移動する作家として多和田の真骨頂といえよう。

ベトナムという国を描くこの2冊。読めば旅に出たくなること間違いなし。

いろんなサイトがあって、いったいどこがいいのか?よくわからないって話をよく聞きます。確かに。とりわけアジアではLCCが山のようにあって、さらにキャンペーン価格なども林立で最適な航空券を見つけるのは一苦労する。
で、実際に比較してみました。

サンプルにするルートは日本発着だとほとんど価格の差はないため、他国からのルートに。
で、直行便がないところを選んでみました。

●サンプルにしたルート
出発:ホーチミン
目的地:コロンボ(スリランカ)
日程:2017年2月6日~2月13日


アジアの旅で気を付けなければならないのは春節の時期を避けること。来年は1月28日。この時期は特別料金になっちゃうので。
■スカイスキャナー
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マレーシアのフルサービスキャリアマリンドエアが最安値でヒット 18580円
■ZUJI
オーストラリア・香港・シンガポールの3つの国で最安値を検索できるサイト
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ここでは同じフライトがなぜか293ドル(約30500円)
■MOMONDO
ヨーロッパへの航空券が安いMOMONDOだと
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169EUR(約19250円)
■Trista
世界40か国以上で展開しているTrispta
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21644円で2つのフライトがヒット
■Hipmunk
クマだかイヌだかよくわからんマスコットで有名なこのサイト。各フライトの乗り継ぎ時間をチャートで示してくれる
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最安値は291ドル
■DENAトラベル ■スカイチケット
日本のサイトだとどうだろう。2つを比較してみた
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他のすべてのサイトで最安値でヒットしたマリンドエアはヒットせず。ホールセラー(航空券販売の中間業者)の関係で日本のサイトでは予約できないようだ。価格的には全く勝負にならず。
■エクスペディア
日本でもおなじみのエクスペディアだと
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なぜかエアアジアがヒット 24882円
試しにエアアジアの公式サイトで確認してみると・・・
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往復合計で24450円 直販よりエクスペディアのほうが安いって・・・うーん。

●まとめ
あくまで一例でしかないのだが、海外のサイトを複数使って検索するのがいい。検索のタイミングも重要だ。まず土日は絶対にやめたほうがいい。できれば水曜日の午後がいいようだ(航空券は卸業者間で火曜日に価格の改定があるらしい) また、早ければ早いほどいい、というわけでもなく、5〜6週間前あたりに最安値が出ることがおおい。または航空会社が予約の状況を見て価格を変えてくる2週間前もねらい目。
エクスうぺでぃあなどでは、日本のサイトだけではなく海外のサイトも合わせて検索してみると安価なものが見つかることがある。あとはサイトの信用度だが、これはweb上のユーザーレビューが結構あるので参考にするといいかも。

ひょんなことからスリランカへ。
マラッカで泊まった民宿のオーナーがスリランカ出身で、いいところだからぜひ行ってみたら、といわれてその日のうちに即決。AirAsiaの航空券がクアラルンプール―コロンボ往復110ドルでした。
オーナーから、「空港着いたらコロンボじゃなくてねコンボに行ったほうがいいよ。レンタルバイク屋がたくさんあるから」といわれたんで空港からネコンボへ。
借りたバイクはこんなのを。カワサキののエストレア。
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BAJAやXLなどのオフロード系もあったけど、舗装路が多いそうなんでこれに。
で、まったくあてもなく、とりあえずスタート。
海岸沿いの街ネコンボはとにかく暑い!で、まずは高原で涼しいキャンディに向かうことに。そこから世界遺産のシーギリヤ、ダンブッラ、お茶の産地のヌワラエリヤを経由して南西海岸のゴールをまわってネコンボに戻ってくるルートにする。
キャプチャ


スリランカは日本の北海道よりちょっと小さい島国。美しい海岸線と中央の山岳地帯からなる国だ。
海、山、水、緑。これはスリランカを走った印象だ。
スリランカの旅の様子は改めるとして、キャンディはちょうとスリランカの中央に位置する古都だ。
西海岸のネコンボからだと160Kmぐらい。程よいワインディンぐが続く走っていて楽しい道だった。
このあたりがカンボジアやベトナムとちがうところ。アップダウンがある道はこの2国ではほとんど見当たらない。
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いつものとおり地図は一切使わず、GoogleMapだけを頼りに。かなりの精度でした。
そのためにもインターネット接続の確保は必須。今回は到着時に空港で最大手のDialog社の4GSIMを調達。
ツーリスト用で1か月9Gのを。1300ルピーだから900円ぐらいかな。必要書類はパスポートだけ。
ただ、実際に使ってみると4Gのエリアがかなり限られていて8割ぐらいは3Gでしたけど。
もっと安い1週間1Gのプランでもよかったかな。設定もすべてその場でやってくれる。SIMフリースマホだけ持っていれば。

Googlmapで知ったのだけど、スリランカの国道は、自動車専用道、Aランク国道、Bランク国道、ランクなし国道、に分類されている。せっかくなんでBランク国道をわざわざ選んでみたけど、未舗装は全くありませんでした。
それと、国道はほとんどが鉄道に沿って敷設されているので、道の駅さながら駅ごとに街があり、休憩や食事には事欠かない。ただ、この国では公共の場での喫煙は禁止らしく、外でタバコを吸うことができないんですね。ちと困りました。
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スリランカの名物菩提樹の巨木の並木道を木漏れ日を浴びながら走る。。これは気持ちいい。
ネコンボを朝8時に出発して、途中休憩を含めてキャンディに到着したのが午後3時。かなりゆっくりあちこちで写真撮ったりしてたので。到着したときは年に一度のパラハラ祭り、の最中で、ものすごい人出だった。
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シンハラ、つまり仏教徒のお祭りらしいんだけど、ビミョーにヒンズーも入ってる不思議なお祭り。主役は象。
そうそう、スリランカといえば象、なんですよ。
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お祭りの準備に身体を気持ちよさそうに洗ってもらっている象さん。

キャンディの街は古都にふさわしく落ち着いた緑の多い街だ。イギリス植民地時代の名残も多く残っている。
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キャンディでは2泊することにして、翌日は近くのピンナワラエレファントファームへいく。ここは通称『小象の孤児院」とよばれているところだ。親からはぐれたりけがをした小象を保護している施設。
運よく象の水浴びを見ることができました。壮観でした。IMG_20160810_110508
翌日はかなり距離があるので6時起きして朝食をお弁当にしてもらって出発。このキャンディからシーギリヤへの道が素晴らしかった!久しぶりに楽しくバイクに乗れた気がする。このルートはバイク乗りには超おススメです。

シーギリアの隣町ダンブッラで一泊して、翌日は南端の海岸の街ゴールへ。ここはちょっとへばりました。400Km近く走りました。着いたときは夜7時。すっかり暗くなってました。
途中のヌワラエリヤでは山肌に延々と続くお茶畑に感動したり、ふとGoogleMapみたら標高が3500フィート超えててびっくりしたり。道はよかったけどちと長すぎました(;´・ω・)
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せっかくなんで最南端のゴール岬まで行ってきて、スタート地のネコンボにもどる。およそ1000Kmのツーリングでした。
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スリランカツーリングについて
バイクのレンタルは、ネコンボ以外の街にはほとんどないそう。値段はほぼどこも同じ。250ccクラスで15ドル〜20ドル(1日)長期だと割引してくれる。わたしは13ドルで借りました。デポジットは現金。ドルでもルピーでもOK。バイクの種類によって違うけど100ドルぐらいが相場らしい。領収書もくれます。貸与証明書もつけてくれました。
・免許について
国際免許がないと正規のレンタル屋では貸してくれない。レンタルバイクは許可業らしくて、けっこうちゃんとしている。登録証などもしっかりありました。かなり安心できます。
・バイクについて日本製はXL250が主流。あとはBAJAかな。車高がめちゃ高いのでやめたけど。あとはロイヤルエンフィールドもありました。舗装路のワインディングが多いのでオフロードよりはネイキッドのほうが向いている。アップダウンが続くので低速トルク重視のロングストロークの単気筒なんかいいと思う。SR400なんか最高でしょう。なかったけど。
・交通違反
一度だけおまわりさんに止められました。通行区分違反なんで自分が悪いんだけど、国際免許だしたら無罪放免でした。それと、交通取り締まりじゃなくてテロ対策らしい検問がたまにありました。
・ベストシーズンは?
海外ツーリングで最も重要なのが季節。雨の多い季節は避けたほうがいい。危ないし、第一楽しくない。スリランカは雨季乾季、というのが明確にないらしく、ドライエリアとウエットエリアにわかれるらしい。雨の少ないシーズンは1月から9月ぐらいらしい。ただ暑さ対策は必須。半袖半ズボンなんかもってのほかです。
・燃料(ガソリン補給)について
ガソリンはガソリンスタンド以外では入れられない。日本と同じスタイル。1リッター160ルピーぐらいでした。120円ぐらいかな。バイクのことを考えてオクタン価95を入れてたけど、レギュラーの92でもちょっと燃費が悪くなるぐらいでした。
・その他の必須は前述の通り、GoogleMapを駆使することになるので、現地のモバイル通信の確保は必須。SIMフリー端末は絶対必要です。それとモバイルバッテリーも。あと便利なのは荷物を括り付けるゴム紐。

というわけで、ツーリング好きにはおすすめの国です。スリランカの印象? はい。うつくしい国です。

依頼仕事で書評を書くことに。こんな本を読みました。
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「タイで学んだ女子大生たち: 長期フィールド・スタディで生き方が変わる」
同じ分野で活動しているんで、という依頼理由だけど、どうなんだろうね。「同じ」って。

内容はある大学での海外フィールドスタディ(決してフィールドワークではない)の授業実践記録である。
とにかく大学側の手厚いサポートに感心する。ミッション系の大学は得てしてこういった支援活動やボランティアに力を入れているのだが、それにしても専任のスタッフを現地に配置するなど、以下に大学側かこのプログラムに力を入れているのか、がわかる。

さて、2点ほど気になった点、さらに深く考えてみたい箇所を。

■昨今の大学で吹き荒れる「体験」学習の意味と価値はいったいどこにあるのか?

そもそも教育における「体験」とはなにか?近代教育の端緒は「体験」しなくても理解することはできる、ということだったはずだ。英語を学びたければイギリスにいけ、自然環境の大切を知りたければアマゾンの熱帯雨林に行け、では、教育や学校など必要なくなるだろう。いわば「知識の非体験化」こそが近代教育理論の根幹にあったはずだ。

 他方で実体験の力強さ、その衝撃のおおきさは大学での講義では感じることのできない感動を学生にもたらす。昨今の大学で学外インターンシップ旋風は、まさにこの状況を反映したものといえよう。
本書のような体験型学習では、そういった「実体験」の衝撃に圧倒されることなく、それらの体験を自分の身体内にとどめる(=大学時代のよい想い出)のではなく、それを言語化し体外化することを通じて社会に訴求する力が求められる【個人の思い出から社会的知識への変換】。「体験」をどのように知識化していくのか、に体験型学習の成否かかっているのではないだろうか。

■「異文化理解・交流」とはなにか?

本書の随所に散見される語句に「文化」あるいは「異文化理解」がある。では文化とは何か?異なる文化を理解するとはどういうことなのだろうか?
「文化」あるいは「文明」が国民国家の成立とともに進行した「植民地支配」のイデオロギーとして使われてきたことは歴史が証明している。それは文化=culture(耕す)の語源を引くまでもなく、植民地住人への宗主国文化への従属を強いる際に使われてきた。つまり文化はナショナル(国民国家)な思想と表裏一体であり、国民国家による自国文化の正統性の主張という閉鎖的な認識により成立している。文化はモノのように受け取ったり誰かに渡すことができるものではないはずで、それは「自分の理解を超えたもの」ということでもある。決して理解しえないもの、それが異文化であり、到底自分が理解しえない他者・多文化との共生が国際化、ということなのかもしれない。
そんな異「文化」同士が対等に理解し交流する、などということが果たして可能なのだろうか。
つまり異文化理解・交流とは川の流れのように「上(先進諸国)」から「下(途上国)」に向かって一方的に流れるものであり、たとえばそこには西側諸国による地球全体の西欧化・先進国化の応力のみならず、途上国への政治介入の免罪符として頻繁に使われる「民主化」「人権擁護」「自由貿易推進」概念すらも「上」からの流入であり、それを市民レベルので国際交流の場面に敷衍したものが西側的「異文化理解」だとはいえないだろうか。

国際交流や国際理解が国是として進められようとしている背景は何か?なぜナショナリズムと国際支援はともにやってくるのだろうか?

 あたらしい植民地主義は国際支援、といううつくしい衣をまとってひたひたとやってくる。それはマルクスがかつて指摘した資本論題一巻第三編の「地獄への扉は善意によって舗装されている」ということなのだろうか。

13592370_10154263637922416_3766842227564009116_nDSC05543在日カンボジア人難民の知人の法事(100日忌)に参加した。
すでにカンボジア難民にかかわってから25年近くが経た。

80年代初頭に日本に定住した通称「インドシナ難民」もすでに2世の子どもたちの世代になっている。
3世代にわたって彼らの生活を見てきて感じること。それはこの日本という国の実情と矛盾をみごとに映し出す存在だということだ。そういう意味で私にとって彼らの存在は私にとっての日本社会の鏡でもある。

インドシナ難民はベトナム・ラオスそしてカンボジアからの難民を指す。それぞれの国の人たちの背景や特殊事情は実に様々で、それを「インドシナ難民」という政治的な概念でひとくくりにしてしまったことが「難民問題」の端緒でもある。

第1世代である実際に故国(決して祖国ではない)から避難してきた人たちもすでに還暦を迎える頃。物故者も多くなってきている。とりわけカンボジアの人たちにとって切実なのは、彼らのお寺がないことだ。
ベトナム・ラオスの人たちはすでに自分たちの寺院を持ち運営している。
ベトナムは他の2国とは宗教的事情が少々異なるのだが、ラオスとカンボジアは同じ上座部仏教国でもあり、必要に応じてラオスのお寺からお坊さんを派遣してもらうのだそうだ。
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今回も近くのラオス文化センターにある彼らの寺院からお坊さんを派遣してもらい、団地内の集会場での法要となった。

ラオ語しか話せないお坊さんとのコミュニケーションはクメール(カンボジア)語↔英語↔ラオ語という面倒な通訳を経るのだか、法要の作法や読経などはほぼ同じだという。聞けばラオ語とクメール語は語彙的には60%ぐらいは同じだそうだ。

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法事が終わると儀式事には欠かせないクメールカレー(ソムローカリー)の食事が。
カレーと共に食すヌムバンチョップ(米粉の麺)は日本で手に入らないため、そうめんで代用。
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伝統的なクメール料理が並ぶ食卓。
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カンボジアではお祝い事、結婚式やお葬式などの祭事にはお坊さんの存在は必須だ。クメールのお寺を作ることは彼ら在日カンボジア人コミュニティの悲願でもある。

彼らカンボジア難民の苦難の歴史の詳細はここでは省くが、なにより彼らの半生から痛いほど感じるのは大国の思惑に翻弄され蹂躙され続けたものであったこと。そしてそれは日本で生活する今でも続いている、ということだ。

当時のカンボジア国内の状況は想像を絶するものだったという。
彼らの苦難の半生をヒアリングして記録に残すべきだ、という人がいる。もちろんそれは価値のあることだ。
しかしかれらとの20年以上の付き合いの中で、私は聞き取りをしたことはないし、したいとも思わない。いやむしろ聞くことができなかったのかもしれない。彼らも当時の状況を自ら語ることはほとんどなかった。長い時間をともにいきるなかで、ぽつぽつと断片的に語る話から想像することしかできなかった。でも20年以上経た今でも全体像はまだ見えてこない。

日本人は記録に残そうって気軽に言うけど、それは人間の尊厳の問題だってことを忘れている。彼らのいきざまは便宜的な記録や歴史検証のレベルではないってことを。
聞けば答えてくれる、って前提を疑うことなく。

この世界にはことばにできない歴史がある、ということを我々日本人はどこまで理解できるだろうか。

今回の遠足の目的は、カンボジアの子ども達にもっと学校を好きになってほしいということ。
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しかし学校が好きになる、というのは実際の感覚としてはわかりにくいものだ。自分の小学校時代を思い出せばわかる。学校が好きで行きたくてたまらない、なんてことはなかっただろうし。それは相対的なもの・・・
家にいたくないから、仕方がなく学校に行く。
ということだったのではないか。

それはカンボジアの子ども達でも同じだろう。子どもっていう存在は学校行くよりずっと遊んでいたいものだ。

では、なぜカンボジアで遠足なのか。

a22415-0それは「遠足」という行為を通じて、自らの暮らす地域への帰属心を高める、ということが唯一の目的。

自分の暮らしている、自分の育った地域への愛情がないのに、その地域の問題を共有し、住民同士が連託し共に問題の解決に取り組むことはあり得ない。
いくら外部(外国からの支援)が注入されても、主体であるそこに生き、暮らす住民が改革の担い手にならない限り改善されないこと、
その典型が現代のカンボジアという国そのものだ、ともいえるだろう。

遠足という行為を通じて住民そして子どもたちの「主体」に問いかける作業なのだ。
それは戦後日本における海老原治善の「地域教育計画」にも連なるものだろう。

他方で日本での体験や経験が、時として足かせとなることがある。
人生は積み重ねだと誰でも思っているようだが、歳を取ると積み重ねたものが澱のように体内に沈殿し身動きが取れなくなってしまう。体験や経験を重ねる、ということは、より身軽になっていく過程なのかもしれない。
より自由に、より自在に考え動くことができるような。

カンボジアでのこの遠足実践は日本での自分の体験や経験が自分を縛ってはいないか、蓄積をモデファイしていく勇気があるのか、という試金石なのかもしれない。

ささやかながら社会教育にかかわってきた自分の知見が他国で援用に足り売るものなのか、壮大な実験だといえる。

「え”でも、なんで、子どもなの?それは大人が先じゃないの?}という指摘もある。

はい、そのとおりです。なぜ子どもなのか、については稿を改めて。

期間限定で開館しているスヌーピーミュージアムにいってきた。
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スヌーピーについては説明する必要はないだろう。Peanutsの、チョコチップクッキーが大好きでsnoopなアイツだ。

おっさんのくせにスヌーピーかよ、といわれそうだけど、以前からアニメキャラとしてのそれではなく、Peanutsに込められている哲学的、教育学的な意味、に惹かれていたからだ。
 セサミストリート(とそれに連なるヘッドスタート計画)と、このPeanutsは、その目的こそ違え、現代アメリカの教育のあり方を考えるうえで重要なトピックだと思う。
peanutsの含意の深さについては多くの人が論考している。このミュージアムでも訳者である谷川俊太郎や吉本ばななのメッセージビデオが流れていた。

相変わらず谷川俊太郎はエロくてべっちょり湿性で暑苦しく、あざとい解釈をいってたけど、吉本ばななはさすがだった「想いを込めていくと言葉はどんどん簡単になっていく」うーん。ことばを大切にし、過去のパラダイムにとらわれず斬新に駆使した作品を紡ぎだしてきた彼女らしい。

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ちょっとうれしかったのは、シュルツ夫人が一番好きな作品に挙げていたのが、私が大好きなのだったこと。
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How came you never send me flowers?
Because I don't like you.
The flowers wouldn't care.

"どうして私に花束をくれないの?”
”きみのこと、好きじゃないから”
”もう花束はいいわ”


なんだろ、この不思議さ。あまりにもいろんなこと想像できちゃって、自分で物語創りたくなる。
ピーナッツの醍醐味、教育的な意味はここにある。読み手が自分の心情に合わせて、様々な物語を思い描くことができる。それは書き手であるシュルツの意思すらも越えて。

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初版本。ほしいなあ。





若いころのシュルツのプライベートデッサンも。
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グッズショップで売ってたポスター。色づかいが何とも素晴らしい。買わなかったけどね。