ストレート版の『キリストの福音』

「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとうり、その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる。」   愛媛イエス之御霊教会  牧師 ま え だ み の る http://web.mac.com/mizu_to_rei/

日出る国・日本4

また他の一人の御使の、いける神の印を持ちて
日の出づる方より登るを見たり、
かれ地と海とを害(そこな)ふ権を輿へられたる
四人の御使にむかひ、大声に呼ばわりて言ふ

「われらが我らの神の僕の額に印するまでは、
地をも海をも樹をも害ふな」

(ヨハネ黙示録 72節 文語訳)
 

 

「第12回マラウイ伝道」を終了して、一昨日夜遅く
愛媛・今治に帰ってまいりました。

マラウイ国はアフリカの小国ですが、
農業立国を目指しており、
このところ目覚ましい農村の人々の
耕作意欲が盛んになって来ているのを嬉しく思いつつ、
期待に胸を膨らませて帰国いたしました。

彼らは今も日本に熱い視線を送っています。
特に農業の分野でも高い技術を持っているだけでなく、
長年の国際協力で素晴らしい実績を積んで来た日本から
多く学びたいと願っているからに違いありません。

ドア県のボコシ村にある我らのイエス之御霊教会に、
周辺の村々のチーフたちが20〜30人も
先週の土曜安息日礼拝に集まり
聖書の語る神の祝福のことばを真剣なまなざしで、
耳を峙てて聴いておりました。

語るストナード・ピリ師が開いた聖書の「みことば」
の中に冒頭の聖句がありました。


「日の出づる方より」 du cote du soleil levant
これはフランス語でまさしく「日本」を指しています。

ある大聖会で聴いたのですが、
フランスイエス之御霊教会の信者さんが、
一人のフランス人の聖書翻訳家に伝道なさった時
その人は次の様にご返事なさったそうです。
 

わたしはその教会を知っています
それは黙示録第7章にあるから・・・
ひとりの御使いとは、
それがあなたの話しておられる教会ですね

 

聖書の中には、わが国「日本」が
ヨハネ黙示録の預言のおことばの一節の中に
「日の出づる方」という表現で登場しております。
そこには、とても素晴らしい使命をもっている
御使がおります、とのこと・・・

 

そもそも古来、黙示録の解説は諸説紛々でありますが
ヨハネ黙示録第11節には


これイエス・キリストの黙示なり。
即ち、かならず速やかに起こるべき事を
その僕どもに顕わさせんとて、
神の彼に与えしものなるを
彼その使を僕ヨハネに遣わして示し給へるなり。
 

とある以上、われらの為に書かれた啓示だと
断言してよいと思います。
 

主の御弟子である使徒ヨハネは、
晩年パトモス島に於いて神に異象に触れた時、
いける神の印を持って日の出づる方より登ってくる
一人の御使を見、そして地の四隅に立つ四人の御使に
叫ぶ声を聞いたのでした。

 

ではその叫ぶ声の「神の僕の額に印する」とは
どんな意味でしょう。印が捺されるならば、
すぐにその者が、一見して、之は神の僕だとわかる
「神の子」であり、「神の民」だとわかるわけです。

 

聖書のどこにその「印」に言及している箇所があるでしょうか。
 

 1. 神は又我らに印し、
保証として御霊を我らの心に賜へり

(コリント後書 122節)
 

2. 汝等もキリストにありて真の言、
すなはち汝らの救ひの福音をきき、
彼を信じて約束の聖霊にて印せられたり

(エペソ書 113節)
 

3. 神の聖霊を憂ひしむるな、
汝らは贖罪(あがなひ)の日のために
聖霊にて印せられたり

(エペソ書 430節)

 

これらをみると、いずれも神の御霊を受ける、
聖霊を受けるということが「印せられること」であると
告げています。
 

またパウロ先生はロマの教会に宛てた手紙の中で
 

キリストの御霊なき者はキリストに属する者にあらず

(ロマ書 89節)
 

と、断言しておられ、御霊がいかに重要であるかを
力説しておられます。事実、歴史をひもどいてみると、
初代教会に於いては、主イエスさまを信じて
水のバプテスマを受ければ、のち聖霊に与り
反対に、まず聖霊を戴けば、のちに水のバプテスマを
受けたことが使徒行伝のあちこちに記録されています。

 

復活の主イエスさまもまた息を吹きかけて

「聖霊を受けよ」

と、弟子たちにおっしゃいました。

 

みなさまの中で、まだこの主イエスさまの約束された
聖霊を受けておられない方はどうぞ求めてください。
 

なんぢら今までは
何をも我が名によりて求めたることなし
求めよ、然らば受けん、
而して汝らの喜悦(よろこび)みたさるべし

(ヨハネ伝 1624節)


・・・・・


「受霊の悦び」
 

静かに流るる 愛のしらべに
心は躍るよ 我が主を知りて
ハレルヤ歌わん 永遠(とこしえ)までも
悦びの花咲けり 功なき身にも



降る雪さむく 木の葉は散れど
春の日さし来て 小鳥うたえば
われらもうたわん 御霊によりて
永遠に咲き匂う 花は開きたり
 

(霊讃歌 第37番「受霊の悦び」1〜2節)

 

捨てよ!4


イエス、バプテスマを受けて
直ちに水より上がり給ひしとき、
 
視よ、天ひらけ、
神の御霊の、鳩のごとく降りて
己が上にきたるを見給ふ。

また天より声あり、曰く
『これは我が愛しむ子、わが悦ぶ者なり』
 
(マタイ伝3章16〜17節 文語訳)



マニラの輝き


 
『すてよ!』
天からのみ声
『ハイ!』
たちまち肩からドッと重たいものが落ちて
口をついて出た・・・『ギリシタン・マーリア』
それから止めども無く
言葉にならない声が溢れ出てくる
産声をあげた嬰児のように・・・
 

平安なんぢらに在れ・・・
聖霊を受けよ・・・
(ヨハネ伝20章21〜22節 文語訳)
 

舳先に祈るこの青年の名は 村井ジュン
これが日本で初めて、
主の約束の聖霊・異言の伴う
聖霊降臨のようすであった
同船していたのは、
いとこの三好誠さんとミセス・テーラー
時は大正7年(1918年)9月8日午後6時
児島湾、下津井から岡山に向かう小蒸気船の上
今にも沈まんとする夕陽に映えて
金波・銀波がおどっていた
 

今生に別れを告げ、
身を海に投げようと決意していたとは
思えないほど、いまや彼の顔に感激の涙が溢れる

 
すでにあの陰うつな影は消え失せ、
喜びに照り輝いていた
「ジュンさん、あなたの顔は・・・」
岡山教会に戻ると
宣教師であるソントン先生が驚きの声をあげた
すでに神のみ手が触れて
「新しき人」となった彼を見て
よろこび迎えたという
 

この日の前日、9月7日
青山学院神学部に在学中の彼は
夏休みを終えて長崎から上京する途中
岡山で下車して教会を訪ねた時
玄関に出た、うら若き女性に尋ねた
「まことさん、いますか」と・・・
その名は横田スワ(兵庫県出身)
生涯の伴侶となるお二人の初の出会いは
このようであった
 

大正8年(1919年)3月5日は
宣教師のご媒酌による晴れのご結婚式の日であった


・・・・
『聖霊を受けよ』 
(昭和8年8月15日 草苑誌第7号 村井ジュン著)
 

「末の世に至りて、我が霊を総ての人に注がん」とは、
預言者ヨエルによりて言はれたる所であるが、
之は、使徒行伝2章に於いて成就し、今日に至ってゐる。
 
然るに現代の信者は、
聖霊のバプテスマを求めようともせず、
受けようともしないのはどうした事か。
 
聖書を繙いて驚くべき一つの事は、
聖霊にて在し給ふ神が
贖はれし神の子等の衷に住み給ふという事だ。

之が聖霊のバプテスマであり、
又父の約し給ひし貴き大なる賜である。
基督者は聖霊なくして神の深き事を究むる能わず。
聖霊に従ふ事も能はず。
霊的生活は到底不可能だ。

コリント前書に肉の信者あり霊の信者ありとあるが、
聖霊を受けないものは、如何に熱烈であっても、
その思う事、なす事、云う事が悉く肉的で、
地の事ばかりだ。霊の願ひと肉の念ひとは合致しない。
故に霊の信者と肉の信者の一致し得ざるは当然の事だ。
 
聖書的と純福音を高潮する信者方も、
真面目であり、熱烈であるが、
何が故に使徒時代に於けるが如き
聖霊のバプテスマに対して悲観するか
 
余は大正7年9月8日午後6時に
小蒸気船の上にて受霊したが、
それ以来、霊に従う天的の生涯を送り来り、
霊の何たるかを辨へてゐる。
 
主が「ヨハネは水にてバプテスマを施ししが
汝等は聖霊にてバプテスマを施されん」
との聖言の意味が、深く味はされてゐる。
 
基督者よ、理屈を言うを止めて
「約束の聖霊を受くるまで
エルサレムを離れずして待て」との主の命令に、
唯、単純に従ふではないか。・・・・  

以下省略

 

韓国の村里4


(都に上る歌。ダビデの詩)
 
見よ、兄弟が共に座っている。
なんという恵み、なんという喜び。
 
かぐわしい油が頭に注がれ、ひげに滴り
衣の襟に垂れるアロンのひげに滴り
ヘルモンにおく露のように
シオンの山々に滴り落ちる。
 
シオンで、主は布告された
祝福と、とこしえの命を。
 
(詩篇133篇 新共同訳)




マラウイ伝道の記録



 
《神の都を仰ぎ見た巡礼者の歌》
 
1992年8月11日
韓国・京畿道 大阜島にて

 
それは長い荒野の旅路
その果てに 天のエルサレム
あゝ福音の勝利はここにあり
試みの日々はおわり 
苦しみは去り行く
感謝あり 讃美あり
無邪気なほとばしる歓声と 
鳴り響くタイコの音
韓国の村里
三万坪の広がりは神の御国の空間だった


どの顔も笑っている
神の証しの声に耳を傾けて聞き入っている
そして、大きな拍手 ハレルヤ!の 声々
テントを立てる ゴザを敷く
かまどに火を入れる ジャガイモをむく
みな 喜々としてからだを動かしている


朝六時 澄んだ鐘の音
三々五々 山頂に向かう
きれいに刈り込まれた通り道
霊讃歌 遠くの山々に響き
感謝のいのりが天を衝く

 
老いたる 幼き 
みな一つとなってハレルヤすると
喜びは溢れくる あふれくる
あゝこれは 澄んだ流れの〈たつかわ〉
からたちの花香る〈いんのしま〉
そのものではなかったか?
慈愛に満ちた恩師のすがたと
楽しく暖かく 香り豊かな大聖会を思い出す


そして 何もかも持ちよった手作りの膳をかこみ
舌づつみを打ちつつ
楽しい会話がはじける はじける


イエスさま ありがとう
恵みが満ちている天国って
きっとこんなところなのだ


 

シナイ山登頂


シナイ山は全山煙りに包まれた。
主が火の中を山の上に降られたからである。
煙は炉の煙のように立ち上り、
山全体が激しく震えた。
 
角笛の音がますます鋭く鳴り響いたとき、
モーセが語りかけると、
神は雷鳴をもって答えられた。
 
(出エジプト記19章18〜19節 新共同訳)



シナイ山登頂後の記念


 
あぁこれだ
これが大切な鍵だ
このかぎで世界がひらく
世界の隅々に真の全き福音が宣伝へられる
わたしは「おさなご」の様にこの言葉を受けた
そこはシナイ山の頂上、海抜2,285メートル
時は1983年10月18日 あさ6時
監督村井スワ先生(そのとき83歳)のおことば
 

先生方・聖徒方がわたしを支えて、前に後ろに、
一生懸命ここまで引き上げて下さいました
そうしたご愛の労によって年老いたわたしが今日
この、地の果てに立つことが出来ました
感謝です
いまはっきり言えることは
先生方、聖徒方が心を一つにして、一心一念に
この「水と霊」の福音を全世界にと
願い求め続けるならば・・・
それはなります

 
午前3時すぎ「起床!」の声
セント・カテリーナ修道院の付属宿泊所に目覚める
予感・・・シナイ山頂上に
大切なものが用意されている・・・・

 
静寂があたりを包む、聖なる地、
肌寒いシナイ山の麓、防寒グッズに身を包み
我らは満天の星空を仰ぎつつ、グループごとに出発した
手に手に持った明かりが帯となって揺れ動く、登り道
老いたる、若き一つとなって声を掛け合って進む

 
視界がパッとひらく頃、東の空がほのかに色をおびる
切り立つ岩山は火山活動による溶岩だ
足元に気をくばりながら、遂に頂上を望むところに来た


監督先生のお体にロープを巻き付けて
前後左右若い先生方が同伴する
すっかり明け染めた朝の光を浴びて、一段一段進む
そして、ハレルヤーーー! 頂上である
一点の雲なき濃い青空が天空を覆い
岩山が大きく波打つ別天地が眼下に広がっていた
 

おことば、讃美、お祈り・・・
下山は急斜面の階段を通って修道院のそばにおりた
それからエイラットまで車で行き
「モリアホテル」に宿る

 
その夜、ホテルマン西アフリカ・マリの人
ボギュレー・トゥマニーは聖霊にあずかり、
海岸で洗礼を受けた
それから、数年の年月が流れて・・・
「友人の救いの為にマリに来てほしい」
との彼のひとことから
マリ伝道、ガンビア伝道が始まった

 
18年後、2001年4月7日彼が按手礼を受けて
イエス之御霊教会教団の教役者となった
とのニュースが聞こえた
ハレルヤ!


 

「皮なめしシモン」の家4

パンは一つなれば、多くの我らも一体なり。
皆ともに一つのパンに与るに因る。

(コリント前書 10章17節 文語訳)


シナイ山登頂記念


復元され、石畳が敷き詰められたヨッパ
2000年前のイエスさまの時代を想う
そこは潮の香りが漂う紺碧の地中海に面した港町で
イスラエルの第一の都市テルアビブの隣に位置する
1981年3月12日、いにしえを偲びつつ散策する

カーブした階段を降りてゆくと、ここも石造りの家
門に大きめの表札「皮なめしシモン」とあった
ああ・・・ここは、
ペテロ先生のあの『まぼろし』の場所だ
ワクワクしながら私たちはその扉の前に群がり
扉のノブを回すがビクともしない
がっかりして、「せっかくみつけたのにネ・・・」

敬虔の人、百卒長コルネリオの三人の使いたちが
カイザリアから歩いてやっと辿り着いた、
あの故事を思い出した
カイザリアといえばここヨッパから
海に添って北北東に55キロ地点
彼らが前日出発して、ここに着いたのは正午であった

 
「ペテロと呼ばれるシモンという方が、
ここに泊まっておられますか」
 
(使徒言行録10章18節 新共同訳)

  
この表札をみて、きっとこういう風に
トントンと叩いたに違いないとわたしは言いながら
強く、トントン、トントンと門を叩いた
 
まさか、カギが外され、ギーと門が開くとは・・・
アッここには住人がいたのか・・・
年配の男が、さも親しげに手招きする
「どうぞ、お入り下さい」
招かれるまま我ら30数名はぞろぞろと、中に入る

突き当たりは仕事場とみた
観光客用に復元したものなのだろう、
「皮なめし」のそれらしき臭気はなかった
 
誰かが見つけた
あのペテロ先生が祈っていた屋上への昇り階段
そこには手すりがついていた

昇り詰めるとパッと視界が広がる 
なるほど、目の前が青い海(地中海)だ
  
陽光が降り注ぐなか
監督村井スワ先生(81歳)が海に向かって
天を仰ぎ、大きく手を広げ、お祈り下さる
これからの世界宣教の祝福を・・・
 
そうだ、ここはキリスト教が
世界に羽ばたいた場所といえる
ユダヤ民族宗教から世界宗教キリスト教へ

ペテロ先生が首をかしげた不思議な『まぼろし』は
主イエスさまからのみおしえであった

 
「神が清めた物を、清くないなどと、
あなたは言ってはならない」
 
(使徒言行録10章15節 新共同訳)

 
かくして、ペテロ先生はカイザリヤに出向き
コルネリオ家にて主イエス・キリストの
「水と霊」の福音を伝えた


ぺテロは口を開きこう言った。
「神は人を分け隔てなさらないことが、
よく分かりました。どんな国の人でも、
神を畏れて正しいことを行う人は、
神に受け入れられるのです。」
 
(使徒言行録10章35節 新共同訳)
 

わたしが話しだすと、
聖霊が最初わたしたちの上に降ったように、
彼らの上にも降ったのです。
 
(使徒言行録11章15節 新共同訳)

 
そして、イエス・キリストの名によって
洗礼(バプテスマ)を受けるようにと、
その人たちに命じた。
 
(使徒言行録10章48節 新共同訳)

 
「それでは、神は異邦人をも悔い改めさせ、
命を与えてくださったのだ」
と言って、神を賛美した。
 
(使徒言行録11章18節 新共同訳)

 
このようにして、異邦人の救いがはじまるのであった





 
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