2008年04月19日
ありのままに起こったことを記す日記(アスワン後編)
ちょうど1年時間が飛んでました。反省。
3/1
本日はアブ・シンベル観光のために朝早く起床。昨日宿で「チェシャ猫」がツアーを予約していたので当日は深く考えずバスに乗るだけで目的地に到着しました…
こう一言で済ませてしまうと早いのですがバスに乗っている時間が恐ろしく長い。アスワンからの距離(アスワンハイダムでできた人造湖であるナセル湖の端から端ぐらいの距離)を考えると妥当といえばそうなのですが…そして冷房効かせたら間違いなくバッテリーが上がってしまうであろう(変わり映えしない)砂漠道を延々と進んでいくために車内が暑いという悪条件。そんな中でも人って寝られるんだなーというのを実感しました。あとバスに乗る際に朝食を渡してもらったのですがディップ状のチーズ(牛の乳だったのかはいまだに不明)とかかなり固いゆで卵とか全体的ににおいがきつかったです。
で、到着。有名な世界遺産とあって壮大なスケールでお送りする大神殿を目の当たりにできたのですが観光客の多さに若干萎えたり。いやまあ自分もその中の一人なんですが。感想は一言で言うとでかいなのですが実際見るべきは外ではなく色彩による装飾にも見えるヒエログリフで埋め尽くされた内部だったりします。大神殿、小神殿共に見学した後に裏側のほうに回ってみてみると通風孔とかの移設した際に色々大変だったんだなーと思わせるものを発見。セットの裏側を見たような気分でした。バスに戻る途中に土産物屋にて神殿に関する本を購入…値切りあいに負けた気がするけどまあいいや。
そしてバスでアスワンに帰還。途中アスワンハイダムの見物がありました。噂で聞いてはいましたがやはり大きい…想像していたものとは桁違いのスケールでした。そんな存在自体が興味深いダムですがガイドの方曰くダムは撮影禁止だそうで。国防の観点で言えば当然といえば当然だと思います…テロの標的になったら人類史上まれに見る人災が起こるのは目に見えてますからねー。
その後、別の目的地であるイシス神殿へ。アスワンダムの建設でできた湖の中にある島にある神殿です。これもダム建設の際に移設されたものだとか。こちらはスケールでこそアブ・シンベルには敵いませんが湖の中の神殿、というその一点だけですばらしい。むしろ個人的にはアブ・シンベルより感動したくらいです。日陰にいると吹き抜ける風が心地よい…雰囲気はとにかく最高でした。まあ一番面白かったのは神殿のある島に渡る際にヨーロッパ系と思われるツアーの同行客の皆様が必死で値切っていたところだったりしますが。
ツアーの目的地としてはほかに切りかけのオベリスクがあったのですが参加者がみんな疲れてたのでそこはパスして解散。
その後一旦宿に戻るのですが夕食前にやってみたいことがあったのでふらっと市街地へ。ヘナのタトゥー(実際彫るのではなく皮膚に直接書く。数週間で消える)を入れられるという店があったのでそこでお絵かきしてもらうことに。
…完成後、向こうがありえない金額を請求してきたために値切り合戦勃発。このありえない金額の請求はエジプトでは日常茶飯事というかまずふっかけてそこからどれだけ引き下げられるかという勝負をするのがむしろ一般的な買い物のスタイルだったりするのです。まあ値段交渉自体は楽しいといえばそうなのですが精神力が削られる。結局あるところで妥協はできましたが夕食の集合時間に少し遅刻。ごめんなさい。
夜にヌビア博物館へ。現地時間で夜10時まで開いているといういことで割とぎりぎりに近い時間に行きました。市外の外れという立地もあってか建物の作りや展示物はアスワン博物館よりしっかりしてました。あと夜の博物館というのが特別な感じがして雰囲気としてかなりよかったです。
宿に戻り、寝支度をして就寝。
3/1
本日はアブ・シンベル観光のために朝早く起床。昨日宿で「チェシャ猫」がツアーを予約していたので当日は深く考えずバスに乗るだけで目的地に到着しました…
こう一言で済ませてしまうと早いのですがバスに乗っている時間が恐ろしく長い。アスワンからの距離(アスワンハイダムでできた人造湖であるナセル湖の端から端ぐらいの距離)を考えると妥当といえばそうなのですが…そして冷房効かせたら間違いなくバッテリーが上がってしまうであろう(変わり映えしない)砂漠道を延々と進んでいくために車内が暑いという悪条件。そんな中でも人って寝られるんだなーというのを実感しました。あとバスに乗る際に朝食を渡してもらったのですがディップ状のチーズ(牛の乳だったのかはいまだに不明)とかかなり固いゆで卵とか全体的ににおいがきつかったです。
で、到着。有名な世界遺産とあって壮大なスケールでお送りする大神殿を目の当たりにできたのですが観光客の多さに若干萎えたり。いやまあ自分もその中の一人なんですが。感想は一言で言うとでかいなのですが実際見るべきは外ではなく色彩による装飾にも見えるヒエログリフで埋め尽くされた内部だったりします。大神殿、小神殿共に見学した後に裏側のほうに回ってみてみると通風孔とかの移設した際に色々大変だったんだなーと思わせるものを発見。セットの裏側を見たような気分でした。バスに戻る途中に土産物屋にて神殿に関する本を購入…値切りあいに負けた気がするけどまあいいや。
そしてバスでアスワンに帰還。途中アスワンハイダムの見物がありました。噂で聞いてはいましたがやはり大きい…想像していたものとは桁違いのスケールでした。そんな存在自体が興味深いダムですがガイドの方曰くダムは撮影禁止だそうで。国防の観点で言えば当然といえば当然だと思います…テロの標的になったら人類史上まれに見る人災が起こるのは目に見えてますからねー。
その後、別の目的地であるイシス神殿へ。アスワンダムの建設でできた湖の中にある島にある神殿です。これもダム建設の際に移設されたものだとか。こちらはスケールでこそアブ・シンベルには敵いませんが湖の中の神殿、というその一点だけですばらしい。むしろ個人的にはアブ・シンベルより感動したくらいです。日陰にいると吹き抜ける風が心地よい…雰囲気はとにかく最高でした。まあ一番面白かったのは神殿のある島に渡る際にヨーロッパ系と思われるツアーの同行客の皆様が必死で値切っていたところだったりしますが。
ツアーの目的地としてはほかに切りかけのオベリスクがあったのですが参加者がみんな疲れてたのでそこはパスして解散。
その後一旦宿に戻るのですが夕食前にやってみたいことがあったのでふらっと市街地へ。ヘナのタトゥー(実際彫るのではなく皮膚に直接書く。数週間で消える)を入れられるという店があったのでそこでお絵かきしてもらうことに。
…完成後、向こうがありえない金額を請求してきたために値切り合戦勃発。このありえない金額の請求はエジプトでは日常茶飯事というかまずふっかけてそこからどれだけ引き下げられるかという勝負をするのがむしろ一般的な買い物のスタイルだったりするのです。まあ値段交渉自体は楽しいといえばそうなのですが精神力が削られる。結局あるところで妥協はできましたが夕食の集合時間に少し遅刻。ごめんなさい。
夜にヌビア博物館へ。現地時間で夜10時まで開いているといういことで割とぎりぎりに近い時間に行きました。市外の外れという立地もあってか建物の作りや展示物はアスワン博物館よりしっかりしてました。あと夜の博物館というのが特別な感じがして雰囲気としてかなりよかったです。
宿に戻り、寝支度をして就寝。
2007年04月20日
人のことをいえないくらいに間隔あきすぎた(アスワン前編)
2/28
宿に荷物を置いてアスワン観光開始。「チェシャ猫」、「moir」と「すと」、「reine」と「galaxy」と自分、の3グループに分かれてみました。とりあえず乗り合いボートで対岸に渡るところから開始しようとすると「moir」「すと」と合流。結局しばらく5人で行動することになりました。まず貴族の墓なる建物に行くところから開始するのですがこれが砂丘の上に建っているものなのでそこまで上るのが一苦労。それに加えてエジプトの直射日光は肌に痛い。日焼け止めを塗ってた+日よけの長袖だったのでそこまでのダメージはありませんでしたが半袖で歩き回るコーカソイドの皆様は大変そうだなーと他人事ながら思うわけです。それとエジプトは空気が乾燥してるので日陰は案外涼しいです。しかし2月から3月にかけてという冬場でも十分暑かったので夏はどんな感じなんだろうというのは考えるだに恐ろしい。
話を貴族の墓に戻して。入場料金支払い(エジプトの主要産業ゆえ入場料は安くはない)の際にみんなが国際学生証なる代物を提出する。 あれ?ソンナノモッテナイヨ・・・? 教訓:海外旅行の際は国際学生証を忘れずに。入場料が学生料金になるのは大きすぎます。そんなこんなの後遺跡見学。スケールこそ大きくはありませんでしたがなかなか悪くない感じのところでした。そして遺跡からナイルを眺める。絶景。
ここでらくだに乗るという「reine」と「galaxy」と別れて近くにあるっぽいヌビア村へ。しかしなんというか若干微妙でした。アスワンは元々ヌビア人の住む地なのでカイロとは違う文化が見られるらしいのですがそもそもカイロに行く前に来てるのでそんなこと言われてもといった感じですし特に目立った何かがあったわけでもなし。折角行ってみたのに残念、というのは観光客としての傲慢かもしれませんけど・・・。で、露店で軽く食事したあと一旦ホテルに戻って休憩。日差しが少し柔らかくなった頃に「すと」と(「moir」は昼寝中でした)フルーカ(現地の帆船)で中洲の島エレファンティネへ。目的地はアスワン博物館・・・しかし行ってみて最初に思ったことは「え、これって博物館?」 どういうことかといいますと何か館内がやたらホコリっぽいとか展示物の扱いが置いてあるだけに見えるとか色々と博物館っぽくなかったのです。いや、そこはアバウトじゃいけないだろうと。観光資源は大切にしようよー。まあこの博物館の見所はそこではなく、敷地内にあったクヌム神殿の遺跡。数千年の間そこに人が住み、崇拝を続けていたということを想像すると不思議な感動に襲われる・・・。
その後全員集合して夕食、翌日の準備とすませてベッドへ。みんな疲れてたのでばったりと倒れていた模様。続きを読む
宿に荷物を置いてアスワン観光開始。「チェシャ猫」、「moir」と「すと」、「reine」と「galaxy」と自分、の3グループに分かれてみました。とりあえず乗り合いボートで対岸に渡るところから開始しようとすると「moir」「すと」と合流。結局しばらく5人で行動することになりました。まず貴族の墓なる建物に行くところから開始するのですがこれが砂丘の上に建っているものなのでそこまで上るのが一苦労。それに加えてエジプトの直射日光は肌に痛い。日焼け止めを塗ってた+日よけの長袖だったのでそこまでのダメージはありませんでしたが半袖で歩き回るコーカソイドの皆様は大変そうだなーと他人事ながら思うわけです。それとエジプトは空気が乾燥してるので日陰は案外涼しいです。しかし2月から3月にかけてという冬場でも十分暑かったので夏はどんな感じなんだろうというのは考えるだに恐ろしい。
話を貴族の墓に戻して。入場料金支払い(エジプトの主要産業ゆえ入場料は安くはない)の際にみんなが国際学生証なる代物を提出する。 あれ?ソンナノモッテナイヨ・・・? 教訓:海外旅行の際は国際学生証を忘れずに。入場料が学生料金になるのは大きすぎます。そんなこんなの後遺跡見学。スケールこそ大きくはありませんでしたがなかなか悪くない感じのところでした。そして遺跡からナイルを眺める。絶景。
ここでらくだに乗るという「reine」と「galaxy」と別れて近くにあるっぽいヌビア村へ。しかしなんというか若干微妙でした。アスワンは元々ヌビア人の住む地なのでカイロとは違う文化が見られるらしいのですがそもそもカイロに行く前に来てるのでそんなこと言われてもといった感じですし特に目立った何かがあったわけでもなし。折角行ってみたのに残念、というのは観光客としての傲慢かもしれませんけど・・・。で、露店で軽く食事したあと一旦ホテルに戻って休憩。日差しが少し柔らかくなった頃に「すと」と(「moir」は昼寝中でした)フルーカ(現地の帆船)で中洲の島エレファンティネへ。目的地はアスワン博物館・・・しかし行ってみて最初に思ったことは「え、これって博物館?」 どういうことかといいますと何か館内がやたらホコリっぽいとか展示物の扱いが置いてあるだけに見えるとか色々と博物館っぽくなかったのです。いや、そこはアバウトじゃいけないだろうと。観光資源は大切にしようよー。まあこの博物館の見所はそこではなく、敷地内にあったクヌム神殿の遺跡。数千年の間そこに人が住み、崇拝を続けていたということを想像すると不思議な感動に襲われる・・・。
その後全員集合して夕食、翌日の準備とすませてベッドへ。みんな疲れてたのでばったりと倒れていた模様。続きを読む
2007年03月28日
ファーイーストからオリエントへ(〜アスワン)
2/27〜3/8にかけて卒業旅行でエジプトに行ってきました。メンバーは「galaxy」、自分、「チェシャ猫」、「reine」、「moir(=azy)」、「すと」の6人。約1名ほど卒業しない人間が混じっているという噂がありますがその辺はスルーで。噂は反逆です。まあそれはいいとして・・・
2/27
出発の日。集合時間が結構早めだったので自身の起床能力を信用していない身としては確実に間に合うためにはどうすればいいのかを考えた結果前日のうちに二人の住人(「galaxy」と「チェシャ猫」)がいたことで有名な部室に行くことに。ちなみに当時の「チェシャ猫」はアパートを出て行ってから社員寮に入るまでの空白の時間のため本当に住所不定だったことを一応付け加えておきます。誰が得するか分からない情報だけど。
話を戻して。部室@本郷に行くために午後10時半頃荷物を背負って家を出る。
・・・
さーて、気がついたら高幡不動にいるのはどういうことですか。いつものことといえばいつものこと(まあそれはそれで問題なんだけど)ではあるんですがそのせいでギリギリ帰宅はできたものの結局部室には着けず。で、しょうがないから最後の手段と言いながら徹夜して朝になってから改めて部室に行きました。われながら愚か過ぎる。
その後部室にいた2人と共に集合場所へ。途中みんなして「reine」は絶対遅れてくるという話をしてたらそこで本人からもう着いたというメールを受け取って3人とも驚愕したとかなんとか。でまあ特に何事もなく全員合流。合流後、今日が「moir」の誕生日だということで一旦駅構内から出た後みんなしてクラッカーを鳴らす。そんな迷惑な集団。
そして一行は成田へ向かう電車へ。そんな中約1名ほど追いコンの予約とか学部への電話を行ってた人がいました。出国前日にやることじゃあないよなあこれ。そのまま何事もなく空港に到着し、最後の買い物や両替を済ませた後飛行機に搭乗、一路カイロへと・・・向かわない。日本から直通便が出てるのはエジプト航空のみなのですが今回利用したのはアエロフロート航空。この航空会社を利用した場合モスクワを経由してカイロに向かうことになるのです。しかも何故かこちらの方が安上がりだったりするから不思議。理由としては成田−モスクワとモスクワ−カイロ両方の搭乗率を上げてフライトの際の無駄をなくすためというのが思い浮かんだのですが真相は内部の人間じゃないとさすがにわからなさそう。まあそんなわけで機内での食事と睡眠を経てモスクワへと降り立ったわけです。そこで空港内を見て回って思ったこと。物価高いよ。そんな少々の滞在時間を終え、改めてカイロへ。途中機内食のひとつとして出た黒パンのまずさにげんなりしながらも無事到着。
そして最後のフライト。今回のプランではアスワン→ルクソール→カイロという順番でナイル川沿いに北上していくことになっているのですが、そのためにはアスワンに向かわねばならないということでみたびの空の旅。ちなみにフライト開始は現地の夜明け前。外真っ暗だよー。
そしてこれも無事終わり、アスワンに到着。すると外に出た瞬間客引きが押し寄せる。あーこれがエジプトかと思いつつタクシーで市街地へ。各種交渉は旅慣れた「チェシャ猫」にお任せ。とまあそんなこんなでアスワンでの拠点も決めてもらい、エジプト観光が始まるのでした。
2/27
出発の日。集合時間が結構早めだったので自身の起床能力を信用していない身としては確実に間に合うためにはどうすればいいのかを考えた結果前日のうちに二人の住人(「galaxy」と「チェシャ猫」)がいたことで有名な部室に行くことに。ちなみに当時の「チェシャ猫」はアパートを出て行ってから社員寮に入るまでの空白の時間のため本当に住所不定だったことを一応付け加えておきます。誰が得するか分からない情報だけど。
話を戻して。部室@本郷に行くために午後10時半頃荷物を背負って家を出る。
・・・
さーて、気がついたら高幡不動にいるのはどういうことですか。いつものことといえばいつものこと(まあそれはそれで問題なんだけど)ではあるんですがそのせいでギリギリ帰宅はできたものの結局部室には着けず。で、しょうがないから最後の手段と言いながら徹夜して朝になってから改めて部室に行きました。われながら愚か過ぎる。
その後部室にいた2人と共に集合場所へ。途中みんなして「reine」は絶対遅れてくるという話をしてたらそこで本人からもう着いたというメールを受け取って3人とも驚愕したとかなんとか。でまあ特に何事もなく全員合流。合流後、今日が「moir」の誕生日だということで一旦駅構内から出た後みんなしてクラッカーを鳴らす。そんな迷惑な集団。
そして一行は成田へ向かう電車へ。そんな中約1名ほど追いコンの予約とか学部への電話を行ってた人がいました。出国前日にやることじゃあないよなあこれ。そのまま何事もなく空港に到着し、最後の買い物や両替を済ませた後飛行機に搭乗、一路カイロへと・・・向かわない。日本から直通便が出てるのはエジプト航空のみなのですが今回利用したのはアエロフロート航空。この航空会社を利用した場合モスクワを経由してカイロに向かうことになるのです。しかも何故かこちらの方が安上がりだったりするから不思議。理由としては成田−モスクワとモスクワ−カイロ両方の搭乗率を上げてフライトの際の無駄をなくすためというのが思い浮かんだのですが真相は内部の人間じゃないとさすがにわからなさそう。まあそんなわけで機内での食事と睡眠を経てモスクワへと降り立ったわけです。そこで空港内を見て回って思ったこと。物価高いよ。そんな少々の滞在時間を終え、改めてカイロへ。途中機内食のひとつとして出た黒パンのまずさにげんなりしながらも無事到着。
そして最後のフライト。今回のプランではアスワン→ルクソール→カイロという順番でナイル川沿いに北上していくことになっているのですが、そのためにはアスワンに向かわねばならないということでみたびの空の旅。ちなみにフライト開始は現地の夜明け前。外真っ暗だよー。
そしてこれも無事終わり、アスワンに到着。すると外に出た瞬間客引きが押し寄せる。あーこれがエジプトかと思いつつタクシーで市街地へ。各種交渉は旅慣れた「チェシャ猫」にお任せ。とまあそんなこんなでアスワンでの拠点も決めてもらい、エジプト観光が始まるのでした。
2007年03月20日
合宿
エジプト旅行記より先にこっちがあがるのは箇条書きテキストだったからということにしておいてみる。
15日
・集合は浅草駅に8時半なのに目が覚めたら9時過ぎ
・遅れているので特急で挽回しようとするとどうやら「すと」と同じ車両らしい
・特急は快適でした
・到着時には既に会議中
・意見を出せるほど店舗利用がないことに気付き萎え
・自分のあまりの本質的でなさにうんざり
・会議終了→いい部屋だー
・部屋の人間が物理学科と天文学科と地球惑星環境学科(←別の意味で別格)
・バイキングでリミッター解除
・飲み会はおなかに何も入りません
・合宿レジュメの表紙は相変わらずひどい
・中国語四列
・なんか国士ツモってる人がいるんですけど
・風呂がぬるい
・浴衣に着替えて就寝
16日
・身だしなみを調え朝食へ
・わーいまたバイキングだー
・宿を出て鬼怒川散策
・公園でハンカチ落としをするT大生
・駅の改札近くでかごめかごめをするT大生
・呪いにしか聞こえない
・「俺高音のパート歌うわ」「じゃあ俺ボイパ!」
・コープと書かれた看板に「ぼの」反応
・それを見た「クリーチ」「仲間を見つけたの?」
・宿着→これは ひどい
・シャンデリアやピアノのある部屋
・気密性の高い会議室、中央にはストーブ、壁には割れた鏡
・工事の音がうるさい
・書記を何とか乗り切ってみたり
・同級生を送り出すのって複雑ですね
・会議一旦終了後泥のように眠る人々
・会議再開→無難に終了
・全ての部屋で有線が流れてる
・一部の部屋ではオフにできない仕様
・バイキング3度目
・飲み会〜
・ほとんどの人間が近くにある廃墟探索に消える
・生まれて初めてのピアノ→翼をくださいぐらいなら弾けた
・「EO」「noir」「Raye」「らぎ」を見て留年トークを始めようとする
・探索者達は無事帰還しました
・百人一首
・せんせーいれべるがちがいすぎまーす
・詠み人を2連続で担当してみる
・中国語四列
・三元牌ふたつポンしてるのにみっつめを即切らないでください
・↑で小三元ロンしたりしてトップで終了
・ブレークダウン
17日
・寝起きの顔は放送禁止
・そろそろバイキングに飽きて粗食で済ます
・食後即就寝
・茶色と黄色のニクイ奴(またはTNR)の引渡し式
・ぐっすり
・北千住は東京ですか議論
・到着
・とりあえず食事してC学部屋に行く流れ
・なんか大掃除に巻きこまれったっぽい
・ゲームサークル合宿を確認した後大掃除手伝い
・ネタは目の届かない場所へ
・さようならピコハン
・終了
といったところか。
15日
・集合は浅草駅に8時半なのに目が覚めたら9時過ぎ
・遅れているので特急で挽回しようとするとどうやら「すと」と同じ車両らしい
・特急は快適でした
・到着時には既に会議中
・意見を出せるほど店舗利用がないことに気付き萎え
・自分のあまりの本質的でなさにうんざり
・会議終了→いい部屋だー
・部屋の人間が物理学科と天文学科と地球惑星環境学科(←別の意味で別格)
・バイキングでリミッター解除
・飲み会はおなかに何も入りません
・合宿レジュメの表紙は相変わらずひどい
・中国語四列
・なんか国士ツモってる人がいるんですけど
・風呂がぬるい
・浴衣に着替えて就寝
16日
・身だしなみを調え朝食へ
・わーいまたバイキングだー
・宿を出て鬼怒川散策
・公園でハンカチ落としをするT大生
・駅の改札近くでかごめかごめをするT大生
・呪いにしか聞こえない
・「俺高音のパート歌うわ」「じゃあ俺ボイパ!」
・コープと書かれた看板に「ぼの」反応
・それを見た「クリーチ」「仲間を見つけたの?」
・宿着→これは ひどい
・シャンデリアやピアノのある部屋
・気密性の高い会議室、中央にはストーブ、壁には割れた鏡
・工事の音がうるさい
・書記を何とか乗り切ってみたり
・同級生を送り出すのって複雑ですね
・会議一旦終了後泥のように眠る人々
・会議再開→無難に終了
・全ての部屋で有線が流れてる
・一部の部屋ではオフにできない仕様
・バイキング3度目
・飲み会〜
・ほとんどの人間が近くにある廃墟探索に消える
・生まれて初めてのピアノ→翼をくださいぐらいなら弾けた
・「EO」「noir」「Raye」「らぎ」を見て留年トークを始めようとする
・探索者達は無事帰還しました
・百人一首
・せんせーいれべるがちがいすぎまーす
・詠み人を2連続で担当してみる
・中国語四列
・三元牌ふたつポンしてるのにみっつめを即切らないでください
・↑で小三元ロンしたりしてトップで終了
・ブレークダウン
17日
・寝起きの顔は放送禁止
・そろそろバイキングに飽きて粗食で済ます
・食後即就寝
・茶色と黄色のニクイ奴(またはTNR)の引渡し式
・ぐっすり
・北千住は東京ですか議論
・到着
・とりあえず食事してC学部屋に行く流れ
・なんか大掃除に巻きこまれったっぽい
・ゲームサークル合宿を確認した後大掃除手伝い
・ネタは目の届かない場所へ
・さようならピコハン
・終了
といったところか。
2007年02月26日
重くヤバイ
今日になるまで今日という日が2次試験二日目だということをすっかり忘れてた。
・・・色々と素敵なことになりそう。
・・・色々と素敵なことになりそう。
2007年02月25日
要するにこれまで食べたパンの数
本日のルート:東大前→(行き過ぎ)→目黒→新宿→桜上水→徒歩で帰宅。
どうやら電車の中で熟睡できるのは誇っていいらしい。あんま嬉しくはないけど。
どうやら電車の中で熟睡できるのは誇っていいらしい。あんま嬉しくはないけど。
2007年02月16日
便りがないというよい便りがない
数年連絡を取ってなかった小学校時代の同級生から電話がありました。
パソコンの調子がおかしいとのこと。
なんで自分に。
パソコンの調子がおかしいとのこと。
なんで自分に。
2007年02月14日
予定に暦 横にいてよ
自分の好む時間と自分にとって有益な時間はバーターだと実感。
買い物してたら無塩バターが売り切れてました。
ふたつの事象は無関係だけど両方とも今日あった出来事です。別にしゃれとかではなく。
買い物してたら無塩バターが売り切れてました。
ふたつの事象は無関係だけど両方とも今日あった出来事です。別にしゃれとかではなく。
2007年02月08日
世界一腕の立つカンフーマスター
眉の手入れしてたら切りすぎました。
眉墨買おうかなあ・・・
眉墨買おうかなあ・・・
2007年02月06日
某学科のやる気なさはやばい
色々あって既に春休みに入ってます。
そしてむしろ春休みの方が忙しいというか充実してるというかな状態な謎。
そしてむしろ春休みの方が忙しいというか充実してるというかな状態な謎。