5/14日経の朝刊コラム「春秋」で、ギリシャの債務問題についてアリストテレスの「弁論術」を引き合いに出して、政府の緊縮財政への抵抗政策を批判している。

このコラム、内容はともかく、論理構成にトリックが隠されているので指摘しておきたい。

確かに、コラムに書かれてあるようにアリストテレスは収入以上の支出はするな、と倹約を説いているが、彼の生きていた時代の経済事情と21世紀の今日の経済事情は全く異なる。

アリストテレスが収支バランスを問題にしたのと同時に、人々はバレないとわかっていれば不正をする、と糾弾したのは、当時の状況を念頭に置いて考察した結果だ。
(21世紀の状況が念頭にあったわけではない。)

例えば、ほぼ同時代のクセノポンのソクラテス対話編「オイコノミクス(家政論)」では以下のような事例が紹介されている。

・カルケドン人が市民に外国船拿捕を許可し、それで得たカネで傭兵への支払いを果たした。
・エフェソス市がアルテミス神殿再建のため、富裕夫人たちの装身具を強制的に借りいれた。
・トラキア王コテュスがベイリントス市民を欺き、一部市民を人質にとり身代金を奪った。

アリストテレスを引き合いに出すなら、ギリシャ債務問題に関する「不正」を糾弾したうえで、財政再建への道筋を説くべきだが、日経のコラム氏にはそこまでの「読み」はなかったらしい。

当然、「不正」のなかには粉飾財政に手を貸した独仏のメガ・バンクやユーロ加盟時から崩壊まで様々な取引で大儲けしたゴールドマン・サックスが含まれる。

アリストテレスの時代には粉飾財政の手管、債務隠しに使われる前提でスワップを売り込む手口などはなかったわけで、上述「オイコノミクス」の例のような「不正」を前提としたアリストテレスの立論とはギリシャ債務問題は次元が違う。

ただ、こういった「アリストテレス」というネームバリューを利用したこけおどしは、「弁論術」で紹介される3要素、ロゴス(言語、理性)、ペートス(人格、信頼)、パトス(感情、情熱)のうち、ロゴス=わかりやすさの表現法を用いたテクニックと言うことは出来る。

なので、こういったテクニックに騙される程度だと値踏みされた日経読者がバカにされているだけで、コラム氏はもともとそのつもりで書いていたのかもしれない。