2009年09月

2009年09月30日

「陰の剣譜 青葉城秘聞」 激突する二つの陰

 伊達藩の兵法指南役・柳生権右衛門が何者かに討たれた。その探索を命じられて白石城下に潜入した十兵衛にも、刺客の手が伸びる。一連の事件の陰に、片倉家の側室となった真田幸村の娘・阿梅とその弟・片倉沖之允の存在を感じる十兵衛だが、その裏には思わぬ秘事が隠されていた。



 真田幸村が、大坂の陣で激突した相手である伊達政宗(の重臣・片倉重綱)の下に自らの愛娘を託したというのは、武士の中の武士同士のちょっといい話であると同時に、何とも伝奇心を刺激される史実です。

 本作「陰の剣譜」は、その伝奇的史実をベースとして、仙台を舞台に柳生新陰流と真田残党が激突する長編伝奇。
 柳生十兵衛と片倉沖之允(真田大八)、相対する立場にある二人の男を主人公に、、それぞれの視点から、仙台を舞台とした意外な陰謀の全容が浮かび上がるという趣向の一編です。

 伊達政宗と伊達家と言えば、存在自体が伝奇ネタの宝庫、よくもまあこれだけ色々なことをやらかしていたものだと感心するばかりですが、本作はある意味それを集大成したような作品。
 次から次へと登場する意外な顔ぶれが、伊達家の裏の部分と結びつき、そしてやがてはある史実に結実する様は、まさに伝奇ものの醍醐味、と言えるでしょう。

 また、異形の必殺技を持つもの同士の死闘を描くのは、新宮先生の得意とするところでありますが、それは本作でも健在。
 柳生の遣い手を次々と斃す沖之允の秘剣は、アイディア(というか取り合わせ)的にはさほど珍しいものではありませんが、その描写のリアリティ、作中での使いどころのうまさの点に於いて、他の作品の追随を許さぬものがあります。


 …その一方で、作品の温度が、どうにも低いのもまた新宮作品らしいところ。

 幕府を支えるためには味方をも欺き、捨て石にすることを厭わぬ十兵衛ら柳生新陰流一門と、名将の子に生まれながらもその名を名乗れず、日陰の存在として生きざるを得ない沖之允ら真田一党と…

 いわば二つの陰の剣が激突するドラマに相応しいとも言えるその乾いた感触には、まさにその点に賛否あるかとは思いますが――特に十兵衛のキャラクターが結果的に薄くなっている点など――それでもそこが一つの味わいとして、心に残るのです。



「陰の剣譜 青葉城秘聞」(新宮正春 集英社文庫) Amazon
陰の剣譜―青葉城秘聞 (集英社文庫)


mitamond at 00:48|Permalink小説 

2009年09月29日

「シグルイ」第13巻 怪物の怪物たる所以

 まだまだ続く「シグルイ」、第13巻は…というかこの巻も、二龍激突の前の嵐の前の静けさと言ったところ。しかしここにきて、藤木の怪物たる所以がいよいよ見えてきた感があります。

 駿河城御前試合を控え、それぞれに暮らす藤木と伊良子。伊良子が城内でも着々と地歩を固めていく一方で、藤木は剛直すぎる言動で、月岡雪之介や笹原修三郎ら――言うまでなく原作の他の短編の主人公たちですが――から持て余し者とされる有様…

 ここで二人の生き様がくっきりと現れた感がありますが、しかしそんな中、本作の影の主人公とも言うべき駿河大納言忠長の存在が照らし出すこととなったのは、藤木の一種の異常性であります。


 武士道残酷物語として描かれる本作において、主君が――そしてそれが日本全体の主である徳川家の者であればなおさら――絶対の地位にあることは、今更言うまでもありません。

 本作で描かれた幾多の悲劇もまた、その封建社会の構造ゆえのもの。この巻でも、本作ではおそらく数少ない常識人である笹原までもが、主命の下に理不尽極まりない行いを強要される様が描かれます。

 そして伊良子もまた、得意の巧言が忠長には通じず、ほとんど僥倖に近い形で命を拾う有様…いや、あの魔人・虎眼先生ですら、権力の前にはひたすら媚びへつらうしかなかったのですから、これはむしろやむを得ないと言うべきかもしれません。

 しかし――ひたすら伊良子との再戦に向け臥薪嘗胆、心技を練る藤木の姿からは、そのような封建社会の軛を容易に超えかねないものが感じられます。
 本書の最後のエピソードに描かれた藤木の技と、それを繰り出さしめた覚悟からは、伊良子を倒し、虎眼流を再興するためには、忠長の御前であっても、異常の技を用いることをためらわぬであろう、彼の異常な精神のありようが感じられるのです。

 「生まれついての士にござる」と語った藤木が、このような境地に達してしまったのは何とも皮肉ではありますが、「城勤めは無理」などというものを遙かに超えてしまった彼が、驕児・忠長の前に出たとき、どのような態度を示すのか――これは大いに気になります。
(ニッコリへつらっちゃったりしたら、それはそれでショッキングですが)



「シグルイ」第13巻(山口貴由&南條範夫 秋田書店チャンピオンREDコミックス) Amazon
シグルイ 13 (チャンピオンREDコミックス)


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 シグルイ 第2巻
 「シグルイ」第3巻
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 「シグルイ」第5巻 その凶人の笑み
 「シグルイ」第6巻と今月の「シグルイ」 魔神遂に薨ずるも…
 「シグルイ」第七巻 在りし日の…
 「シグルイ」第八巻 剣戟の醍醐味ここにあり
 「シグルイ」第九巻 区切りの地獄絵図
 「シグルイ」第10巻 正気と狂気の行き来に
 「シグルイ」第11巻 新たなる異形の物語
 「シグルイ」第12巻 悔しいけれど面白い…

mitamond at 01:30|Permalink漫画 

2009年09月28日

映画「カムイ外伝」 無難な忍者アクションの良し悪し

 映画「カムイ外伝」を見て参りました。言わずと知れた白土三平先生の漫画を、松山ケンイチ主演で映像化した本作、周囲の評判は芳しいものでなかったため、ある種の覚悟をして行きましたが、しかし、個人的な印象は「無難」の一言に感じました。

 本作の原作は「カムイ外伝」第二部のほぼ冒頭のエピソード、「スガルの島」。
 カムイと、天才的な能力を持つ抜け忍スガルや彼女の家族をはじめとする人々との出会いと別れを、追忍との死闘や厳しい大自然の姿を織り交ぜながら描いたエピソードであります。

 漫画版で全七話、それより先行して製作されたアニメ版で全六話と、決して短い物語ではない原作を、この映画版は手際よくまとめ、ほぼ原作に沿った内容に仕上げています。
 出演者も芸達者揃いのためか、キャラクターのイメージを大きく崩すこともなかったかと思います(個人的には、伊藤英明の不動が、原作よりも若いものの、かなりイメージ通りで驚きました)。

 もちろん(?)ツッコミ始めればきりがないわけで、例えばワイヤーアクションとCGの使い方の拙さは――これはある意味邦画の宿痾であって――予想していたとはいえどうにかならなかったものか、という印象。

 ワイヤーがかえってアクションのスピード感を殺したり、CGで描かれた風景が現実から浮き上がって見えるのであれば何の意味があるでしょう。
 個人的には、原作というと鮫の印象が大変強いだけに、その鮫がCGバリバリだったのが何とも…(あと、CG使うのであればラストの○○の腕消そうよ)

 尤も、これだけは言っておかなければならないのは、生身のアクションシーン自体はなかなかのもので、特にラスト、カムイが複数の追忍を向こうに回して文字通り体当たりの死闘を繰り広げる様は、決して綺麗な動きでないのが逆に忍びの戦いとして印象的でした。
(も一つ、これは凄すぎてCGの疑いすらあるのですが、少年時代のカムイの大立ち回りの際の動きが、尋常でなく滑らかで吃驚)

 そんな長短を総合してみると、減点法で考えれば格別、加点法で――私は基本的にこの立場なのですが――見ると、世評で言われるほどひどくないようには感じます。
 惨憺たる作品が少なくない漫画原作邦画の中では、無難な仕上がりの作品、と言うべきではないでしょうか。


 しかし――その無難というのも良し悪し。この無難さが、本作の場合には、私は残念に感じられます。
 一言で言えば、崔監督らしさが本作から伝わってこないのです。

 この「カムイ外伝」の監督が崔洋一であると知った時に感じたある種の期待感、監督がカムイを通じて描くのではないかと予感したものが、本作からは、感じられなませんでした。

 あるいはその期待通りに作られた場合、無難さとは無縁の、今以上に非難囂々の作品となったかもしれませんが――さて。




関連サイト
 公式サイト

mitamond at 01:23|Permalinkテレビ・映画 

2009年09月27日

「為朝二十八騎」第1巻 原初の武士の活躍に期待

 佐野絵里子先生の新作「為朝二十八騎」の第一巻が発売されました。
 主人公は源為朝、「保元物語」等の軍記物語や、「椿説弓張月」で知られる平安時代の英雄ですが、この第一巻ではその少年時代が、瑞々しく描かれています。

 佐野絵里子先生と言えば、やはりまっさきに浮かぶのは平安ファンタジー「たまゆら童子」。
 平安時代の有名無名の人々を主人公に、様々なエピソードを描いてみせた佳品ですが、その内容もさることながら、特に印象に残ったのは、その絵巻物タッチの絵柄でした。

 本作でもその絵柄はもちろん健在。
 絵巻物の絵がそのまま動き出したような――それでいてもちろん、佐野先生ならではの優しさを感じさせる――絵の描写は、この平安時代のヒーローを描くに、これ以上のものはない、という印象であります。

 まだまだ幼さを残した為朝の様々な表情、強弓に矢をつがえて射る際の迫力、そして物語の随所に登場する馬たちの姿…いずれも、この作品世界と登場人物に全く違和感なくはまっています。

 特に、謎の敵に襲われた為朝が、これを迎え撃つ騎射シーンの迫力は見事…
 残念ながら現代での知名度はさほど高くないと言える為朝ですが、ここに最良の描き手を得た――というのも、決してオーバーではないでしょう。


 さて、題名となっている「為朝二十八騎」とは、為朝が九州から都に上った際に、彼の傍らにつき従っていた一騎当千の二十八人の武士のこと。
 まだまだ為朝と彼らの京での活躍――そして挫折――が描かれるのは先のことかとは思いますが、戦国時代とも江戸時代とも異なる、原初の武士の姿を見せてくれることを、期待しています。

 ちなみに、この第一巻では「椿説弓張月」でも活躍したあの人物(のモデル)が早くも登場するのには思わずニヤリです。



「為朝二十八騎」第1巻(佐野絵里子 エンターブレインBEAM COMIX) Amazon
為朝二十八騎 1巻 (BEAM COMIX)



mitamond at 22:09|Permalink漫画 

2009年09月26日

「変身忍者嵐」第03話 「呪いの妖気! オニビマムシ!!」

 化身忍者・オニビマムシは、小田原城の武器弾薬を奪うため、城主の大久保能登守に催眠術で北条氏直の亡霊を見せて脅しつける。偶然オニビマムシの姿を目撃した少年・源太を助けたことで血車党の暗躍を知ったハヤテたちだが、亡霊に怯えた能登守は、武器弾薬を差し出してしまう。引き取り場所のまむし神社に駆けつけたハヤテとタツマキは、ツムジを人質に取られて苦戦しながらも、オニビマムシを倒して血車党の野望を阻むのだった。



 さて、大変な間が空きましたが「変身忍者嵐」の第03話であります。
 今回の舞台となるのは小田原城下。何だかいつもどこかの村を襲撃している印象のある血車党ですが、今回はちょっと珍しい舞台かもしれません。

 その小田原城下で繰り広げられるのは、小田原城に蓄えられた武器弾薬を巡る攻防戦。何でまた血車党が小田原城に目を付けたのかわかりませんが、その任を任せられたのは、蛇の能力を持つ化身忍者・オニビマムシ。僧衣をまとったヘビ頭の男、というデザインはシンプルといえばシンプルですが、頭部の造形の出来がなかなか良いため、僧衣とのミスマッチに強烈な異形感があって実にいい感じです。

 …もっとも、こいつの化身忍者としての実力はちょっと疑問符で、城から武器弾薬を奪うのに、わざわざ北条氏直の亡霊(と名乗る人体標本のガイコツ)を繰り出して騒ぎを大きくするのは忍者としていかがなものかと。城から抜け出すところを源太や見回りの侍に発見されまくっていましたし。

 ただ、使う術のバリエーションはかなり豊富で、忍者ヒーローものの悪役としては合格点。特に、蛇の脱皮能力を元にした空蝉の術&分身の術とも言うべき血車忍法「蛇ぬけがら」は、理屈的にはどうかと思いますが、かなり強力な技だったと思います。
 それに抗する嵐の技は、いつもの秘剣影うつしですが、刀身に反射させた光で相手の目を眩ますという卑怯くさい技の本体はさておき、その刀身にオニビマムシを映して本体を見破るという使用法には、それなりに説得力があったかと思います。

 ちなみに、今回登場してみっともなくガイコツに震え上がっていた大久保能登守ですが、小田原大久保家に能登守は存在しないため、時期的に考えれば出羽守・加賀守だった大久保忠朝がモデルなのでしょう。
 にしても、乱戦の中のの不可抗力とはいえ、台車一台分火薬を吹っ飛ばしているのですが、おとがめないのかしら…


 なお、タツマキは今回初めて嵐の正体がハヤテと知ったわけですが、むしろ「今まで知らなかったの?」感の方が大きいのがなんとも。しかし、オニビマムシに臆せず真っ正面から勝負を挑んだ姿は格好良かったのです(オニビマムシとの綱引きに負けて自分の撒いたマキビシ踏みそうになったり、骸骨丸の血車忍法「車縛り」で、だっせえミニチュアになって荷車もろとも捕られたりしましたが…)。


<今回の化身忍者>
オニビマムシ

 蛇の能力を持つ化身忍者。反対側に火を吐く蛇の頭がついた槍(配下も同じ槍を使用)を武器とする蛇面僧形の男。小田原城の武器弾薬を奪おうとしたが、嵐の秘剣影うつしで本体を見破られ、倒された。
 口から火を吐くほか、相手に悪夢を見せて従わせる「催眠夢あやつり」、自在に相手の攻撃を分身してかわし、さらにその分身を操る「蛇ぬけがら」、嗅いだものを眠らせる煙を流す「毒流し」、布状のものを上に敷いて相手のマキビシを無効化する「マキビシ渡り」、意識を失った相手を自在に操る「鬼火操り」など、多彩な血車忍法を操る。



「変身忍者嵐」第1巻(東映ビデオ DVDソフト) Amazon
変身忍者 嵐 VOL.1 [DVD]


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 「変身忍者嵐」 放映リストほか

mitamond at 11:01|Permalinkテレビ・映画 

2009年09月25日

「豪談 左甚五郎」 これぞ大工の戦い方!?

 その腕を買われて江戸城の大改修に加わった京の大工・甚五郎。そこで、秘密の部屋の担当となった甚五郎は、口封じに殺されるところを、偶然知り合った作事奉行の娘・志保に救われる。志保を連れて逃避行を続ける甚五郎の前に立ち塞がる、柳生連也斎率いる暗殺団。二刀流の浪人・タケゾウに救われた甚五郎たちだが、悲劇は間近に迫っていた…



 十年ほど前に書き下ろし刊行された、永井豪とダイナミックプロによる「豪談」シリーズの一編、左甚五郎の巻であります。
 左甚五郎と言えば、いうまでもなく伝説の名工。あまりにも伝説すぎて、その作品のみならず本人までもがファンタジーの住人のようになってしまった感のある人物で、時代ものの世界では、根来忍者の頭領だったり半分異界の者になっていたりしますが、本作の甚五郎も、これまでに書かれた作品に負けず劣らずのとんでもないキャラクターであります。

 本作の甚五郎は、少年時代に親を無礼討ちで殺され、侍嫌いとなった大工。そのため侍の権威に媚びず、ただ自分の腕をのみ頼むという、ある意味職人気質の権化のような人物。
 それが、江戸城の大改修で政敵暗殺のための落とし穴部屋(床全体が一瞬で引っ込んで落とし穴になるという…この時点で既に何かおかしいのですが)を作りあげ、口封じのために殺されかけながらも、愛する志保と共に必死の逃避行を続ける…というのが物語中盤過ぎまでのあらすじであります。

 そして、旅の途中で、柳生嫌いの二刀遣い・タケゾウ(もちろん正体はあの人)に救われ、三人で旅を続けながらも、柳生一門の卑劣な罠の前に志保を、そして自分の片腕を喪い、絶望の淵に沈んだ甚五郎。その彼が、タケゾウの叱咤激励の下に辿り着いた、大工ならではの戦い方とは――仕掛けだらけの怪建築に敵を誘い込んで皆殺しにすることだった!(本当)

 というわけで、クライマックスは、九州の山中に築かれた甚五郎の砦を舞台にしての、柳生一門との攻防戦…というより殲滅戦。全体これカラクリという怪建築は、ちょっと国枝史郎チックですが、カラクリ仕掛けのロボット竜で暴れながら「大工の戦い方はこれや!」と叫ぶ甚五郎の姿には、嗚呼ダイナミック…と感じさせられます。


 さらにラストには既に大工の域を超越したようなピグマリオンぶりを発揮して何処かへ去っていく甚五郎――元々が半ば伝説中の人物であるのを逆手にとって、豪快に風呂敷を広げた豪先生の発想には脱帽です。


 ちなみに本作の柳生連也斎はもの凄くぞんざいな面の悪人で、本当に主人公の敵、という存在でしかないのですが、作中では明示されないものの、最後の最後にあの謎の遺言に繋がる展開があり、ちょっと目を引くところです。



「豪談 左甚五郎」(永井豪とダイナミックプロ 中央公論社) Amazon
豪談左甚五郎 (永井豪のサムライワールド (9))


mitamond at 00:47|Permalink漫画 

2009年09月24日

「風狂活法杖」 虚無の向こうの風狂

 若き日の悲劇から刀を捨て、今は俳諧師として気儘に暮らす風来老人。弁天詣で大奥女中の行列が何者かに襲撃される場に行き合い、風狂の血を騒がせてこれを救った老人は、日本に阿片を持ち込もうとする陰謀に巻き込まれる。襲い来る強敵たちに、風来老人の無明一眼杖が唸る!



 佐江衆一先生と言えば、純文学でスタートしつつも、近年は時代小説の分野でも活躍している方ですが、その最初期の作品が本作であります。

 重い過去を背負いつつも今は俳諧師として風狂に生きる老人が、最強の無明一眼杖で、阿片党の陰謀に立ち向かう連作スタイルの本作。
 春の江ノ島から始まり、水戸や潮来、江戸の裏長屋、さらには江戸城大奥まで舞台を広げ、登場人物も清の拳法家に英国の怪軍人、風魔忍者に幻術師、千葉周作や水野忠邦までと、実に賑やかな時代エンターテイメントであります。

 正直なところ、舞台や題材、キャラクター配置的には、柴田錬三郎の影響を強く感じますし、その点では新鮮味に欠けるかもしれませんが、しかし、決定的に異なるのは、主人公のキャラクター像でしょう。

 風来老人は、元々は寺社奉行の家臣の家に生まれた武士。
 延命院事件(延命院の寺僧が大奥女中等と密通したという史実上の事件)摘発のために大奥に送り込まれた姉を、口封じのため父の命で斬らされ、直後切腹した父の介錯を務めたという凄惨な過去を背負い、紆余曲折を経て、今は裏長屋の気楽な暮らしにたどり着いたという人物であります。

 柴錬作品の主人公が、重い過去や宿業を背負い、虚無の中にあって刀を振るう一方で、風来老人は、同じく重い過去を、そしておそらくは虚無を経験しつつも、作中で見せるのは、風狂に遊び、活人の技として杖を操る姿。

 それが年の功…というものかもしれませんが、しかし、虚無を乗り越えた先の境地として作者が風狂を想定しているのであれば、それは何とも興味深いことであります。


 エンターテイメント性が強すぎて――それはそれで私にとっては大いに歓迎すべき点ですが――深みという点では…という本作ですが、風狂という概念で柴錬的ニヒリズムの相克を描いてみせた(と感じられる)点は、注目すべきことではないかと感じます。



「風狂活法杖」(佐江衆一 徳間文庫) Amazon


mitamond at 00:30|Permalink小説 

2009年09月23日

10月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 蝉の鳴き声も去り、夜になれば耳に届くのは秋の虫の音…秋の夜長は言うまでもなく読書芸術その他諸々、というわけで、十月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 文庫時代小説としては、何よりも気になるのは、快調・上田秀人先生の新シリーズ(であろう)「斬馬衆お止め記 御盾」タイトルだけでは内容がさっぱりわかりませんが、作家買いをしても問題のない方だけに、大いに期待です。

 そしていきなりジャンルは飛びますが、少女向け小説の中で異彩を放つ「佐和山物語」の第三弾、「結びの水と誓いの儀式」は要チェック。
 も一つ少女小説では、内容同様、テンポよく刊行中の「地獄の花嫁がやってきた」シリーズの最新巻「月の船 星の林」も当然買い、です。

 そしても一つ、伝奇ものとは少しずれますが、鈴木英治先生の「手習重兵衛」の新シリーズが始まるというのは、これはニュースでしょう。


 さて、漫画の方もかなり充実。既刊シリーズでは、「義風堂々!! 直江兼続」第4巻、「大江戸ロケット」第3巻、「BRAVE10」第6巻、「カミヨミ」第10巻が気になります。

 そして復刊ものでは、白土三平の「忍者旋風」が登場。知名度はちょっと低いですが、個人的には一番好きなシリーズの開幕篇です。
 さらに断続的に刊行が進んでいる水木しげる先生の貸本漫画からは、ついにあの「妖棋死人帳」が登場! これは実にありがたいお話です。

 また、武侠ものでは、実に全19巻の漫画版「射雕英雄伝」が完結。もう一つの「射雕」、「EAGLET」も第2巻が発売されます。
 しかし水滸伝ブログ(いつの間に)的には、人気があるのかないのかわからない「AKABOSHI 異聞水滸伝」第1巻だけは、絶対に見逃せないのです。

 映像作品でも水滸伝ものの「水滸伝 英雄譜」が登場。
 水滸伝の豪傑たちの銘々伝とのことですが、そのチョイスがかなり謎…Amazonを見ると今後の予定も載っているのですが、小生以外誰が喜ぶのかわからないラインナップです。

 また、ゲームでは海外でも高い評価を得た和風ファンタジー「大神」のWii版が登場。先に海外で発売され、日本では発売されないのかとやきもきしていましたが、まずはめでたいことです。


 最後に全く関係ないお話ですが、10月だというのに目に付くのが実話怪談もの。
 加藤一の「「超」怖い話クラシック ベストセレクション 殯」 、平谷美樹(!)の「怪談倶楽部(仮)」といったところも嬉しいのですが、驚くのは平山蘆江の「蘆江怪談集」の刊行。文庫で読めるなんて…

 ちなみに「「超」怖い話」はニンテンドーDSソフトとしても登場。こちらは平山夢明作品の収録のようです。




mitamond at 00:25|Permalink更新情報 

2009年09月22日

「天変斯止嵐后晴」 あらし、室町に吹く

 激しい嵐によって難破した筑紫大領秋実の船は、とある孤島に流れ着く。その島こそは、かつて大領とその腹心の刑部景隆に国を奪われ娘と共に追放された、阿蘇左衛門藤則の島だった。習い修めた方術で嵐を起こし、大領らを島に呼び寄せた阿蘇左衛門の復讐とは…



 国立劇場小劇場で上演された文楽「天変斯止嵐后晴」(てんぺすとあらしのちはれ)を見てきました。
 題名に表れているように、シェークスピアの「テンペスト」(あらし)を原作にした、ユニークな作品であります。

 原作は、魔法修行者にして前ミラノ大公プロスペローが、空気の精霊エリアルを使役して魔法の嵐を起こし、自分の地位を追った弟とナポリ王に復讐せんとする様を描いた物語。
 本作は、その原作の物語と人物配置をほとんど残しつつも、舞台を室町時代の九州に移し替え、一種の室町伝奇として翻案しています。

 原作ならではの要素である魔法や妖精エリアルも、方術や妖精英理彦(えりひこ)として翻案され、らしく扱われているのが楽しいところ(「妖精」は、何か別の語に置き換えられなかったのかとは思いますが…)。
 英理彦の姿そのものも、天部とも童子神ともつかぬ姿でデザイン、人形ならではの身軽さで宙を舞うのは、ユニークな来歴ならではの規格外の存在感です。

 また冒頭の嵐の場面などでは、珍しい十七弦の琴を用いるなど、題材が題材だけに、思い切った演出が随所に見られ賑やかで楽しい舞台でありました。


 さて、本作で特に印象に残ったのは、復讐の鬼とも全能の支配者とも機械仕掛けの神とも見えながらも、過去の怨讐を乗り越え、未来を祝福する立場となっていた阿蘇左衛門の存在。

 それまでに見せた復讐の修法に燃える姿の凄まじさからすれば、一見ずいぶんとあっさりと気持ちを入れ替えたやに見えもしますが、
「目前に在りと思う物も、例えば砂上の高楼にて、一切空と悟るべし。人間本来無一物、眠りに始まり眠りに終わる」
という台詞を見るに、彼は一種仏教的な無常感の境地に達していたと考えるべきであって、そこはむしろ翻案で生じた面白さと感じます。


 シェークスピアということを意識しすぎて、それがこちらの期待する文楽らしさを損ねている部分も、正直なところあった舞台ですが、しかし、翻案としての、翻案ならではの味わいもあり――何よりも、あのテンペストを室町の日本に移し換えてみせたというのが嬉しく、私は私なりに楽しむことができました。

 室町シェークスピア、難しいものではあると思いますが、この一作のみで終わるのは惜しいと感じた次第です。

 しかしあのラストは、やはり生身の人間が演じてこそ意味のある演出だとは感じますが…


mitamond at 17:43|Permalink演劇 

2009年09月21日

「猫絵十兵衛 御伽草紙」第2巻 健在、江戸のちょっと不思議でイイ話

 いま私が一押しの時代漫画の一つ、「猫絵十兵衛 御伽草紙」の、待ちに待った第二巻が発売されました。
 鼠除けの猫絵師・十兵衛と、その相棒で元猫仙人のニタが出会う江戸のちょっと不思議でイイ話は、今回も健在です。

 今日も飄々と江戸の町を行く十兵衛とニタが出会うのは、人間と猫の交流が生む様々な人間模様…いや人猫模様。
 この巻に収録された六つのエピソードは、 淡い恋模様あり、江戸の職人の心意気あり、ちょっと怖い怪談あり、けなげな子供たちの姿あり――実にバラエティに富んでいますが、共通するのは、どれも猫が絡んでいることであります。

 もちろん、掲載誌が猫漫画専門誌(あるのですよそんな素敵な雑誌が)だけに、それは当たり前といえばその通りですが、しかしそこに描かれる猫の存在が物語の中で必然性を持って、そして時代劇という特殊な舞台上で違和感なく描かれているのが、本作の魅力であり、私が本作を愛する由縁です。

 この第二巻に収められたどのエピソードも、そんな魅力あふれる作品ですが、個人的に特に気に入っているのは「観月猫」と「縹色の猫」の二篇です。

 前者は、彫り師修行中の少女が彫った欄間の猫が、月夜に抜け出して宙を舞うという、一ひねりした職人譚+幻想譚。
 騒動を収める十兵衛の計らいが何とも粋で良いのですが、「猫が飛んでるぞ」「たまにゃあ猫も空ぐれぇ飛ぶさね」という十兵衛とニタのやりとりが、ある意味本作を象徴するようでイイのです。

 そして後者は、老僧と縹色の瞳の猫の愛情溢れる交流から、十兵衛とニタ(と猫嫌いの浪人・西浦さん)を巻き込んだ一大血戦にまで展開していく、五十ページにも及ぶ大作。
 老僧を守るため、あえて猫又の本性を明かし妖に挑む縹(ちょっとツンデレ気味)と、その心意気に応え助っ人として立ち上がる十兵衛とニタの姿が――本作で出会えるとはちょっと意外なほど――男泣き度が高く、たまりません。


 愛すべきキャラクターたちに、どこか懐かしくも新鮮な物語、それを包む江戸の風物…そしてもちろん、魅力的な猫たち。
 私の大好きな作品です。



「猫絵十兵衛 御伽草紙」第2巻(永尾まる 少年画報社ねこぱんちコミックス) Amazon
猫絵十兵衛御伽草子 2巻 (ねこぱんちコミックス)


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 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第1巻 猫と人の優しい距離感

mitamond at 23:37|Permalink漫画