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無期懲役囚、美達大和のブックレビュー

教養を深めたい、仕事に生かしたい――。
人として成長するために本を読みたいと思っても、何から読めばいいかわからないビギナーのためのブログ。
服役中の無期懲役囚・美達大和から届く書評を随時公開。
週2回をめどに更新していきます。


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『炎を越えて 新宿西口バス放火事件後三四の軌跡』杉原美津子

『炎を越えて』

杉原美津子

文藝春秋

1400円+税

*昨年10月に届いた

レビューです


無題


本書は、犯罪被害者になった著者が、己と周囲との闘いを克服し、生き直した物語です。本年の2月にNHKスペシャルでも放映されたようで、「あの人か」と知っている人もいるのではないでしょうか。私は前著の『ふたたび、生きて、愛して、考えたこと』(トランスビュー)を読んだ時に、著書の言葉に共感を覚えて、今回も読んでみました。

 

事件は1980(昭和55)年8月、新宿で著者が帰宅しようと乗り込んだバスが、犯人により放火され、全身の80%が焼かれたというものです。奇跡的に一命をとりとめた著者の治療の様子が叙述されていますが、こちらの身にも、その痛みが伝わってくるようでした。

 

その後、結婚、両親の不仲、母親との確執、夫の認知症の介護と死、そして、最後は火傷治療の際の輸血で感染したC型肝炎がガンになり余命半年という、苦難の連続が綴られています。

 

著者は初めから強い意志を持っていたわけではありません。苦難に遭う度に、苦しみ、悩み、葛藤(かっとう)があります。全国から著者のことを知り、励ましの手紙が来るのですが、それに対しても重荷を感じているのでした。

 

ケロイドの痕にも、父親は「醜いから隠しておけ」と言い、マスコミは善意の仮面をつけて、著者を材料として扱います。加害者は軽度の知能障害を抱え、事件当日は、バカにされたうっぷんをはらそうと、火を()けたのです。著者は、加害者が死刑にならなかったことを安堵(あんど)していました。

 

「生きて償ってほしい」というので、服役(無期懲役刑となり、LA級の千葉刑務所に収監されました。LA級というのは、刑期10年以上でも、初犯者や犯罪傾向が悪質でない者の施設です。現在はどうか不明ですが、一般的にLB級施設より仮釈放の条件が良い、早く仮釈放されると言われていました)している施設に面会に行っています。

 

加害者は著者に対して、出るまで待ってて下さい、お礼に行くという手紙を出しますが、事件から17年後、刑務所で自殺しました。理由は仮釈放が近付き、社会に出ることに対しての恐怖だったと言います。

 

それから、著者は加害者の更生とは、反省とは、と考察を深めていきました。私が本書を紹介した理由の大部分は、ここからの著者の思いの深さがあるからでした。

 

「捨てる意識もなく捨て、排除している意識もなく排除し、捨てられ排除された側の悲しみにも気付くことができない、健全な社会がその手を直接的に汚さずに、弱い誰かを犯罪に駆り立てていってはいないか」

 

「人は愛されてこそ愛する気持ちが生まれていく。受けとめられてこそ、受けとめる心が育っていく。更生とは当事者だけの問題ではない」

 

「自分の憎しみの感情を聴いてくれる存在がいてこそ、そのこだわる気持ちから距離をとれるようになり、誰かの役に立ちたいという自尊感情(有用感)が生まれてくる」

 

「他者のまなざしではなく、自分自身のまなざしに偽わることなく応えて生きていきたい」

 

「焼けた私の肌は明らかに醜い。だが隠さなければならないほど醜いとは思っていない。たとえ、人からの視線が蔑(さげす)みであっても、その蔑みに恥ずかしさを抱くべき人間は私ではない」

 

「人間は何ものからも傷つかずに生きていくことはできない。同時に人間は傷つけずに生きていくこともできない」

 

「自分の尊厳を守ることのできるのはたった一人の自分だ」

 

著者はマスコミに翻弄(ほんろう)されましたが、その責任の一端は自分にもあるとしています。その潔さと、客観性に著者の内省の深さが窺えました。そうして著者は犯罪者のいる少年院にも講演に行き、一人一人と向き合う努力をしていく中で、一層、人間の思惟(しい)と行動について考えるようになっていくのでした。

 

「他者をあざむいても自分自身をあざむくことはできない」

 

「過去は消えない。だからこそ同じことが繰り返されないように自分のあやまちを反故(ほご)にしてはならない」

 

私たち受刑者のどれだけが、この言葉を知っているでしょうか。仮に知っていても、実践しているだろうかと懐疑の念を懐いています。著者は、編集者だっただけに、文章も構成も巧(たく)みですが、それを差し引いても、悩み抜き、自らの頭で答えを導き出した生き方には、十分共感できました。これだけの傷を負わされた加害者を恨まず、犯罪の原因や更生について考えられるというのは、己を単なる被害者としておきたくない誇りの表われだと感じます。

 

「背負ってしまった運命を試練にして、どこまでも続く急峻(きゅうしゅん)な道を精一杯、登って行くのだ。挫(くじ)けたら立ち上がればいい」

 

「赦し合うということは曖昧にすることではない。(略)共に是非を厳しく分けてただし、そのことを共感し合う関係に昇華するということ」

 

本書は、日々の生活の中で、立ち止まり、考えるきっかけを与えてくれる書でした。(

「仕事について」 第82話

前回までのあらすじ----------
そのいかがわしさから、父が嫌った不動産に
私は手を広げつつあった。
「透明性」を武器に商機を増やしていったのだ。
自分が磨いてきた「営業力」について、
たしかなものを感じていた。

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れは基本の営業力されあれば、商品は
何であっても売れるということでした。
この頃は、「一億総中流」と言われる中で、
マイホーム熱も高く、所期の予想以上に
コンスタントに売れました。

一般的に住宅(一戸建て・マンション共)の利益率は
約20%とされています
(現在も変わらないのでは、と思います)。
マンションでは、土地価格が一坪30万円、容積率が
300%なら3階建てにできるので、
坪あたり10万円になり、
それに建築費(中級の平均)70万円(これも坪あたり)を加え、
通路や階段部分などの共有部分を20%とすれば、
(10万+70万)×120%で96万円が一坪の原価です。

仮に99㎡で30坪なら96万×30坪=2880万円、
これに利益の20%を足すと3456万円が売り値となります
(厳密には広告費や営業費がありますが)。
逆から言えば、一戸建て・マンションは、
20%の値引きで原価ということです。

私の暮らした町は、東京と違って不動産価格も低く、
マンションなら3LDK(約90㎡強)で、
2500万円程度でした。
そうすると500万円が業者の利益になりますが、
小さくないんだなあ、と知りました。
一戸建ても似たようなものですが、
「マイホーム」という言葉には
特別な魅力があったのでした。

資産価値の主因として、バブル崩壊までは
戦後右肩上がりに地価が上昇した
「土地神話」があります。
建物の価値は減っても、土地の価値は減らないどころか、
増えるというものです。

不動産業も始めてから、金融ブローカー
(金融業者と顧客の間に生息して、主に仲介や紹介をします)
に加えて、不動産ブローカーも
出入りするようになりましたが、みんな、
実に都合の良い話をするので、
初めは驚きの連続でした。

父の言う、「千三(せんみ)つ屋」を実感するまで、
さほど時間はかからなかったのです。
彼らの情報は、話にならないものから、
質の高いものまで雑多でしたが、
学生時代より、情報の価値を認めていたので
優遇していました。

また、人々がもたらす情報には
ある現象があったのです。質の良い情報というのは、
その何倍もの粗悪な情報の中にある
ということでした。
さらにもう一つは、何の役にも立たない情報・案件を
持ってきたブローカーも、
次回、また来れるように遇(ぐう)することに
していました。

6回も7回もダメな人がいても、本人にとっては
「耳寄りな」情報だと思っているのです。
初めの2~3回は「お車(くるま)代」と称して、
1~5万円を包みますが、重なれば食事程度か、
来てくれたことに対する
礼だけとしていました。

それでも、ドアはいつでも開けておきます。
私生活では狭量で白黒をはっきりさせなくては
気がすまないのですが、仕事となれば
「これはゲーム、自分の目標を成するためのゲームだ」
と考えられるからでした。
この気持ちが、私生活でも発揮できていたらと
下獄してから思いましたが、
私生活では技術も何も使わず、
生きると決めているので、
なかなか厄介です。

前にも書きましたが、ブローカーが、
仕事の話を持ち込んできて、それが成功すれば、
支払う報酬は他社とは桁違いでした。
数千万円の利益があっても、
わずか、10万~20万しか出さないというケースも
多々、見ていますが、私の払う額は
3%~10%という常識の範囲ではありません。

こちらが資本とノウハウを用意した時でも
35%は払います。相手が先頭に立ってまとめたならば、
50%~60%も出して、
驚ろかせることも度々でした。

これは見栄と宣伝もありますが、
この案件がなければ利益はゼロである、という思考と、
どうあれ、私や社員の経験値を
増やしてくれたことへの報酬です。
「また、よろしく」などと言わなくても、
次回も来ますし、宣伝もしてくれます。

同業他社の経営者・社員からは、払い過ぎる、
彼らが金を持てば話(案件)を
自分で処理するようになり、我々は儲からない、
などと言われることも
少なくありませんでした。

たしかにそれも一理ありますが、私には別の考え方があり、
意図的にそうしていたのです。
その考え方とは、こういうことでした。(美)

*次回の「仕事について」は
1月31日更新予定です。 

「仕事について」 第81話

前回までのあらすじ----------
金融業はうまくいった。
稼ぎだけでなく、ビジネスの領域も
少しずつ拡大していく。 

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来の好奇心に合わせて、社員も種々の業務を
してみたいという結果でした。
不動産業も初めは担保で流れた物件を売って
処分していましたが、次第に扱う範囲が
広がっていったのです。

資本力がついてくると、実質的に銀行と
大きく違わない金利でも融資ができるようになり、
顧客と担保の質が変わりました。
ここでいう「実質的」とは、
実際に顧客が負担する金利のことを指します。

今はどうかわかりませんが、この頃の銀行は、
顧客に融資する際に一定割合を預金させることを
慣習のようにしていたのです。
たとえば、手形割引の際に預金させることを
「歩積み」(ぶづみ)と言い、
通常融資の際に預金させることを
「両建て」(りょうだて)と言っていました。

しかも、この預金は自由に引き出せるものではありません。
このようなことを「にらみ預金」「拘束性預金」
と称して、大蔵省(現在の財務省)や
全銀協(現在の全国銀行協会)から再三にわたって
やめるように行政指導や通告があったのですが、
暗黙裡のうちに続いていたのです。

一般的には融資額の3割を切ると、
銀行が文句を言ってくることが多く、
融資されても4割くらいは
預金していました。

当時は今と違って金利も高かったので、
仮に年率12%で5000万円を借り、
2000万円を預金していたら、
実質金利はなんと20%にもなります。
また、日本はメインバンク制という慣行があり、
銀行の立場が強いので、
各期末やボーナス時に、時期に合わせて協力預金など、
金銭的負担の軽くない
「お付き合い」がありました。

中には1000万円を借りようとしたら、
2000万円を押し付けられ、
1000万円を定期預金にして金利は
2000万円ぶんを払うというケースもあり、
類似の案件が多数でした。

このようなカラクリがあったので、
金利を下げれば良質の顧客も来たのです。
この時代は、銀行も貸し出し先が少なくなり、
以前は丙(へい)種としてランクの低い不動産(主に土地)への
貸し出しを増やしていました。

担保さえあれば、面倒な審査もいらず、
不良債権化もせずに、
誰の責任にもならないからです。
新たな貸し出し先を探したり、
不動産への貸し出しを増やそうと、
○○企画部、△△企画調査部などの名称で
セクションができたのは
昭和56(1981)年から58(1983)年頃に
かけてだったと思います。

担保物件の不動産を換金するために売っているうちに、
他の不動産会社から融資を頼まれたり、
大きな物件(資金も多額なので)を
一緒に売買しませんかと持ちかけられることが増え、
やりたい社員もいて不動産業を開業したのですが、
これが後にバブルへとつながりました。

不動産業では売買(土地・建物など)での
仲介料(手数料とも言います)が売りと買い、
それぞれにつき取引価格の
3%プラス6万円となっています。
たとえば、AさんからBさんへの売買を仲介すれば、
売りでAさんより、買いでBさんより、
それぞれ3%プラス6万円がもらえるわけです。

5000万円の物件なら、それぞれ156万円の
合計312万円になります。
仮に私の会社で買い取るのでしたら、
諸々の費用(登記費用、書類作成などの印紙代、
売れるまでの期間の金利)に
利益ぶんを売却価格の15%~20%程度、
見込むようにしていました。

買い取る際には売れると思う価格の
80~85%で買うということです。
売りたい人は少しでも高く売りたいのが人情なので、
希望価格は実際の流通価格より高めに
言ってきます。

住宅情報誌などでも近隣の相場を調べているのですが、
情報誌も売りたい価格なので、
どうしても高めになっているのが普通でした。
それを理解させるのが、技量です。

単に希望価格を下げるのであれば、
時間の経過が最も有効(その価格では、
いつまで経っても売れませんよと)になりますが、
他に家を探している、その購入のため売却となれば、
その家(または物件)を安く手に入れる(探す)ことで、
売却価格を下げることはできました。

現在のようにインターネットで他社物件も
一斉に閲覧できる時代ではなく、
どれだけの情報と情報網を
持っているかが鍵でした。
今もそういう点が全てオープンになっているとは
思いませんが、不動産の世界というのは、
インサイダーの世界です。

内部にいる者(業者)と外部にいる者(お客さん)との
情報格差が大きく、価格や物件の質について、
不透明な部分が少なくありません。
私の父は、どんなに儲かるとわかっていても、
生涯、不動産の売買を商売にしたことは
ありませんでしたが、昔からのこの業界の
不透明性、いかがわしさから、
「千(せん)三(み)つ屋」と呼んで嫌っていたのです。

千三つ屋というのは、千の言葉の中で、
まともなのは三つくらいという、
業界(当時の)の欺(ぎ)瞞(まん)性を指しています。
家を探しているお客に対して、
その家の欠陥(瑕疵(かし)とも呼びます)を
告げないというのは、
当時もよくありました。

私の会社では、そのような点も必ず先に説明して、
合わせて美点を告げて売るように
徹していたものです。
また、営業力の普通性も確認できました。(美)

*次回の「仕事について」は
明日更新予定です 

みたつ・やまと●1959年生まれ。2件の殺人を犯し、長期刑務所に服役中。現在でも月100冊以上を読む本の虫で、これまでに8万冊以上を読破。初めて衝撃を受けたのは10代のときに出合ったロマン・ロラン著『ジャン・クリストフ』。塀の中にいながら、郵送によるやりとりで『人を殺すとはどういうことか』(新潮社)、『夢の国』(朝日新聞出版)などを著す。
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『女子高生サヤカが学んだ「1万人に1人」の勉強法』
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『牢獄の超人』
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『私はなぜ刑務所を出ないのか』
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『塀の中の運動会』
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『刑務所で死ぬということ』
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『人を殺すとはどういうことか(文庫)』
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『死刑絶対肯定論』
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『ドキュメント長期刑務所』
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『人を殺すとはどういうことか(単行本)』
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『夢の国』
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