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無期懲役囚、美達大和のブックレビュー

教養を深めたい、仕事に生かしたい――。
人として成長するために本を読みたいと思っても、何から読めばいいかわからないビギナーのためのブログ。
服役中の無期懲役囚・美達大和から届く書評を随時公開。
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『経済は競争では繁栄しない』 ポール・J・ザック

『経済は競争では繁栄しない』
ポール・J・ザック
柴田裕之・訳
ダイヤモンド社
1944円

ダウンロード (3)

著者はクレアモント神経経済学研究センター所長です。

神経経済学。

こんな分野があるの、知ってましたか? 本書の主眼は、タイトル通り、競争では社会の持続的繁栄はないということです。なぜ、競争がダメなのか、繁栄しないのか、という問いに対する答えが、神経経済学から解き明かされます。人間同士がスキンシップを図ると分筆されるホルモンの「オキシトシン」が重要な鍵でした。

オキシトシン。

母乳にも含まれている「幸せホルモン」のことです。このホルモン、人と人の間に共感を喚起します。それが信頼感を作り、さらにオキシトシンを分泌する、という善循環につながるんです。ところが、この善循環を妨害するホルモンがあります。男性ホルモンのテストステロンです。これ、筋肉を作ったりするのに必要なホルモンですが、攻撃的になることが知られています。暴力も、このホルモンが深く関係していて、競争ともなると、ドドドッと出てくるのです。怒りのホルモンでもあり、競争社会では、これが優勢となって、人々の間から信頼とか共感を失わせるとしています。その一方で、善循環は信頼関係のおかげで、みんな安心して参加できる市場が作られ、それが繁栄を呼ぶ、というのが著者の主張です。そういう世界、理想ではありますね。

先日、読んだ小説が、このオキシトシンを男に投与し、テストステロンを抑えて、平和な世の中に、というテーマでしたが、競争しないで、協調・共感するというのは、現実では難しいでしょうね(『リバース』という小説です)。ここまで、資本主義・企業のあり方が変化してきてる以上、方向転換というのは容易ではありません。中には、独自の方針でユートピア的経営で存続している企業もありますが、規模としては完全な中小企業です。グローバルな展開を必然とされている大企業が、競争をやめて、とはいかないでしょう。アップ・オア・アウトではありませんが、上昇するか、やめるか、という時代ですから。仮に、実現性がある先進国なら、やはり、日本ですが、それでも至難と言えますね。今、ネットなど、ちょっとしたことで非難の嵐になったり、匿名の人たちが攻撃的になっていますが、オキシトシン不足なんですかね。

昭和40年代までの右肩上がりの経済成長の時代、この国はまだ、みんなで仲良く頑張ろう、という状況だったと思います。個々の経済格差が顕在化されてなく、年功と共に昇給・昇進することもあり、ぎすぎすした印象はないですよね。古き良き時代……なんて書くと、ずいぶんおっさんみたいだと思いますが(54歳ですが、自分ではおっさんの自覚ゼロです)、これからはそんな時代は来ないのでしょうかね。仮に国民全員が、経済成長がない中で、そこそこ喰えればいいんだよ、と考えたとしても。

国際的競争にさらされた企業は、そうはいきません。そのように、そこそこでいいと考えていたら、この10年で蓄えた膨大な内部留保(企業の貯金ですが、約290兆円とか)を崩して昇給したり、正規雇用を増やすことは容易でしょう。しかし、昔と違って、そこそこなんてのを目標にしたら、企業はシェア争いに負けて、消える運命なんですね。勝つか、負けるかの時代が、人々の優しさまで奪っているのでしょうか。オキシトシン爆弾(誘発させるような)でも作って、企業幹部・政治家・官僚を爆撃するしかありません(余れば、獄の獣諸君にも)。

競争となれば、ここでいい、終わりということはないのです。日本一国だけで経済や企業が成り立つ時代ではないだけに、善循環型社会の形成は観念上のものに終わるのでしょうが、人間て賢くないのかもしれません(賢い人はいますが、全体からすれば、わずかですね)。自由と繁栄を与えてくれる資本主義というシステムが、人間をどんどん疎外して不幸にしていきます。既に他の経済システムが機能しない以上、人間らしい生活とは何か、企業の社会に対する役割の再定義化(あるいは転換)を急ぐしかないのではないでしょうか。みんなが、ちょっとずつ不便さや、節約を心がけるだけでも変わるはずですが、そういう人、まだまだ少ないですね。(私の身近にはいますし、私も一人エコの途上ですが)

本書は、経済がどうこうより、オキシトシンなどのホルモンの作用と人間行動についての考察が興味深いものでした。





このレビューで美達が紹介した本


「仕事について」 第40話

前回までのあらすじ----------
部下のエージェントには2つのタイプがいた。
1つは対人スキルが高い人。
もう1つは、対人スキルが低い人。
後者に自信をつけるため、
セールスにある工夫をした。


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その人に合ったお客さんを探してプレゼンさせるのです。
私が支社長になってから、
それまでアプローチをしてくれた二人の社員を
辞めさせることはできないので、
続けてアプローチ係をしてもらっていたのですが、
二人共、上手になっていて、
相手の性格を大体、
掴めるようになっていました。

そこで、口数少なく、こちらの話に対する返事も
ワンテンポずれてるなどのお客さんの
アポ(アポイントメント)を取ってもらったのです。
こういうタイプのお客さんには
立て板に水のプレゼンは、心に浸透しません。
そこで、似たような性向を持つ
エージェントの出番となります。

加えて、私も同行して、
近くの席から(同席せず)見ていました。
プレゼンを録音して、
後で細かく指導するためです。
こうして、契約も決まっていくようになると、
いつの間にか、そのエージェントは明るく、
積極的になります。

「おっ、やっと、○○の
本来の自分が現われてくれたか。待ってたぞ」
こう言いながら、今の自分が本物であるかのように、
他の幹部と一緒に喜びます。
他にも、「自分の性格って、100%把握してるか?
してないよな。
してるようでしてないらしいなあ」
このようにして描く自尊心の低かった自分は、
本当の自分ではないと考えるように
誘導していきました。

これは、このエージェントだけではなく、
数多の人に該当するはずです。
本当に自分がダメだと決めるのは、
何百回と続けて失敗した時でもいいと思います。
大体は、失敗が怖くて行動しないのですから、
本当の自分に出会ってさえいません。
このようにして変わっていく
エージェントを見るのは
大きな喜びと充実感がありましたが、
他にも情熱を燃やしていることがあったのです。

それは、私のオフィスから
日本一セールスを出すことでした。
オフィス全体のオーダー数は、
何百人といる東京や大阪や横浜が圧倒していますが、
一人あたりのオーダー数トップと、
日本一セールスの出現は、
実現しようと決めていました。
すぐでは無理ですが、半年計画ならば、
いけそうなエージェントも数人いたのです。

初めに、本人自身が日本一になりたいのか、
尋ねたうえで、なりたいというエージェントに
特訓とハードワークを課しました。
以前にも登場したAさんという女性エージェント
(後にセールスマネージャー)の他に、
Bさん、Cさんという男性エージェント
(彼らもセールスマネージャーになりました)です。
ノルマは1日1オーダーでした。
月に30オーダーなら、
100%日本一になれます。

その日のオーダーが出なければ、深夜、早朝まで
仕事をするくらいの覚悟で
やってもらいましたが、本人たちの頑張りもあり、
三人共、日本一(月間)を何度か獲り、
トップから3番まで独占したことも
再三、ありました。
オーダー数では、25~28オーダーでしたが、
これは他の地域のエージェントに楽勝の数字でした。
そして、オフィス1人あたりのオーダー数でも、
ずっとトップとなりました。

それまでは、東京や大阪のオフィスに
見学に行くのが普通でしたが、
私のオフィスに来る人が急増したのです。
成果が出たのは、ハードワークもありますが、
目標と技術の高さでした。
お客さんの「ノー」に対して、
ポジティブな反応ができ、絶えず
コントロールする側にいられたことが大(だい)です。

また、日々のルーティンにこだわったことで、
経験量を増やし、研究することが
技術を上げました。
なによりも、最大の要因は、
意識改革と目標の強さです。
たとえば、他地域では、3本か4本のオーダーで
安心しますが、私のところは最低が6本でした。
6本になって安心していると、
ファイヤーの美達の目が光るので、
みんな、10本くらいを目指します。

10本というのは、「おぉぉ」というレベルですが、
私のオフィスでは、
まあ、普通のちょっと上かな、
という感覚になっていたのです。
実際の数字は、一人あたり9.6本で、
全国平均の3.5本の3倍弱となっています。
以前の日本一を獲れた17本くらいなら、
5、6人いるようなオフィスで、
意識レベルが違いました。
この意識を変えるというのは、獄でも経験しています。

下獄して初めて工場に配属された時、
誰かと世間話をするより、
運動だというので休憩時間(10分間)や
運動時間(正味36分程度)には、
腕立て伏せやスクワットなどをしていました。
私の他にも運動する人がいて、そのうちの一人が、
じいっと私を見た後、話しかけてきたのです。

「あの、今、ずっとやってましたよね。
いったい、何回やったんですか」
私より10歳くらい若いT君でした。
「10分休憩なんで、700回前後になるね」
そう答えると、初めは信じませんでした。
彼らの意識では100回が上級レベルなのです。

次の休憩の時に一緒にスタートして納得させると、
「できると思えばできる。
まず、目標を200、次は300にしてみるといいよ」
と告げました。
本人は、無理ですよ、とか手を振ってたのですが、
私に言われて、挑戦したのです。
当時、私は30代で彼は20代でしたから、
毎日、記録が伸びます。

私も傍にいて、やめようとすると、
「まだ、できる。ガッツだよ、ガッツ」
と煽(あお)っていました。
T君は、もともと根性のある人でしたから、
ものの2カ月もしないで、300、400回が
標準になったのです。

まとまった時間の取れる運動時間は、
私が3000回近くやってみせます
(普通の自体重だけでは、
トレーニングになりません、私には)。

T君は何セットかに分けて2000回近くやりますが、
「以前の自分は何だったのですかね」
と悔(くや)しがっていたのです。
私は言いました。
「仮の姿だったんだ。今が本物だ、きっと」
その後、T君とは同じ部屋になり、
勉強の楽しさも知ってもらうようになったのです。
スポーツのトレーニングも、意識レベルで、
向上するものであり、ハードワークが常となれば、
結果も変わってきます。

この思考は、社会に出てから知ったのではなく、
学生時代に確かめていました。
それは毎日のトレーニングでの結果でした。
バーベル・ダンベルを使うにせよ、
家の庭で巻き藁を使うにせよ、
他の友人たちが到底、扱えない重量、
できない回数をやっていました。
父はよく近くで見ていて(主に早朝)、
好き勝手なことを言います。

「なんだ、もう終わりか」
「それしかできんのか」
「根(こん)性(じょ)なしかなあ、父さんの子なのに」
「父さんがおまえくらいの頃なら、その倍は軽いな」
その度に私は父を睨みつけて励んだものです。

そうしているうちに重さも回数も
標準とかけ離れたものとなり、
実践で発揮された際には、
圧倒する力を表わしました。
私は、「これだ!」と気が付いたのでした。
平生のハードトレーニング、それをするには、
初めの目標を高く置くことだと知った私は、
それまで以上に自分の世界が
大きくなったように感じたのです。
以来、超のつくハードワーク信奉者と
なったのでした。

さて、意識が変わると行動も違ってくる結果、
こんなことも経験できました。(美)

*次回の「仕事について」は
9月6日に更新予定です。 

「仕事について」 第39話

前回までのあらすじ---------
私にも、努力が成果に結びつかないときはある。
そんなときは、「潜伏期間」と称して
より一層の努力を、粛々と続けるのである。
この苦しい状況を克服する歓びを
味わえばいいんだ、とむしろ前向きにさえなれた。


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そこを我慢して続けていると、
来週、来月、何カ月後かに、
突然、ドカンと伸びる時が
来るという期待でした。
その時のことを想像し始めると、
今の状態がもっと難儀であってくれ、
とさえ思えます。
よしんば、成果につながらずとも、
自分は逃げなかった、
という思いが残るのです。

世の中には、頑張ってもできないこともあるでしょうが、
やるだけのことはやったと思えるならば
次に挑もうとする自分がいます。
今、やっていることというのは、今だけではなく、
未来へつながっているはずです。
つながっているというのは、
取り組む姿勢のことになりますが、何であろうと
自分ができる精一杯のことを重ねていくのが、
未来への糧となります。

私の場合は、かなり若い時から自分が死ぬ瞬間に、
「よくやったんじゃないか」と
思えるようにと考えていました。
手抜きや諦めてばかりの人生では、その時に
悔いが残りますし、自分を好きでいられません。
そういう生き方は、したくありません。

自分がどんな死に方をするのかを別として、
「あそこも手抜きした」「向かっていかなかった」などと
思って逝くのは許せないので、
平生からやると決めたら、最後までとしています。
このへんは、父が口にしていたことの
影響もありました。
それは、「人間は死んだら、ずっと休めるんだから、
生きているうちに仕事も遊びもしっかりやっとけ」
という言葉です。

父は、時にはまっとうなことも言いますが、
どんな言葉であれ、記憶には残っています。
頭に浮かんだことは、ほとんど同時に口に出すので、
相手に失礼な場面も数えきれないくらいあり、
私が後で謝って歩くのが常でした。
私がそうするのは、常識人で他者に気を配る
母の姿を見ていたからです。
そんなわけで、「しっかりした息子さん」
と言われていました。

そのせいで、これは真似してはいけない、
ということもかなりあったものです。
中学2年までは、エゴの塊のような父を、
母の代わりもあって、いつか、
ぶっ飛ばしてやろうと修行に明け暮れていましたが、
私がどんなに嫌う空気を醸しても、
父は自分のペース、流儀を通していました。

そのうち、父といると面白く、
私も遠慮しないでいいと
思えるようになったのです。
父はリアリストで、冷たいまでに実力主義の人でしたが、
その点は私に合っていたと思います。

さて、当時の私の一日ですが、
起床は午前5時から5時半の間です。
この30分は、
前日の寝た時間によって変わりました。
起床後は、読書です。
脳の疲れは解消しているので、
難解な本から読みます。
そして、覚えたいこと、重要なことを
ノートにメモしていくのです。
(少し後から、この仕事は他の人に頼みました)

既にこの頃、単行本100~200冊、週刊誌20誌、
雑誌(月刊など)80~100誌、
新聞5紙という状態でしたから、
ほんの少しの時間があれば読んでいました。
女性誌(ファッション誌など)も
多数、読んでいたので、服のみならず、
バッグ、コスメ、美容など、
どの分野でも話ができたものです。
(アプローチの段階で会社の業務内容、商品、
趣味、特技がわかれば、
その情報をインプットして行きますし、
知らないことは質問しました)

その後、ウエイトトレーニングをしますが、
これは体調のバロメーターでした。
ウエイトトレーニングは、
ただ、やみくもにオーバーロード(高負荷)ならいい
というわけではありません。
いつも同じ刺激(やり方)ですと、
筋肉は次第に反応しなくなります。
そこで、重さや方法やセット数など変えていくわけです。
続けるという点では、有効な訓練になります。

終えると、再び、脳が働く状態なので
本を読むなどしてから、父と朝食です。
父は健啖家なので
朝から大きな丼で3杯4杯と食べ、
私にも同じように食べることを要求します。
食の細いのは男も女もダメだ、
というのが父の持論でした。

不必要に陽気な父なので、
私たち父子の食事は賑やかです。
「おまえ、相変わらず売りつけてんのか」
「売りつけてんじゃねえよ。
買いたいですって頼まれるんだよ」
「ありゃ、面白いもんだけど、
こっちが話しかけても
返事をしないのがいかんな」と
カセットテープのことを言います。

すると横から義母が口をはさんでくるのです。
「でも、お父さん、チビには
話しかけてるでしょ、ちゃんと英語で」
父は、おお、と、言ってから、
「あいつ、頭のいい奴だ。
ちゃんと言ったことわかるぞ」と上機嫌でした。

あいつとは、我が家の愛犬チビのことです。
「えっ、英語がわかるって?
なにを言ったんだ、オヤジ」
首を捻る私に父は、
胸を張って言いました。
「ハンドッ!」
毎日、こんな雰囲気で食事を終え、出社です。

出社後は昨日の日報のチェックと、
各マネージャーの報告を受け、
グループごと、個人の目標を決めます。
それから、プレゼンのチェックや、
お客さんの「ノー」を想定したロールプレイングをやり、
対応について私が話をするのが
ルーティンでした。

あとは、昨日、遭遇した「ノー」や、
プレゼンの疑問についての質疑応答の後、
アプローチ開始です。
私は、みんなとオフィスにいて、
アプローチ(電話での)を聞きながら、
改善点を指摘したり、
個々の相談を受けていきます。

悩み事相談では、陽性のエージェントは
心配ないのですが、
すぐ陰にこもるエージェントには、
いかにも大したことない、
すぐ解消できる、そのプロセスがタメになり得した、
よかった、という軽さを演じていました。

本来、暗さ、暗い顔をする、というのは、
例外もありますが、大概は甘えです。
誰かに依存したい、助けて欲しい、
同情されたい心の表徴と言えます。
しかし、それをストレートに告げてはならず、
まずは喋ってもらうことを心がけていました。

エージェント、幹部にとって、私は魔法の杖でした。
一振りさえすれば、問題は解消し、
元気が出るのだ、という仕事上での
信頼があったのです。
私も相手の些細な疑問や不安を残さず、
納得してくれるまで話し合い、
改革をしていきました。
その場の勢いや、根拠に欠ける
励ましはしません。

精神論(これは必要です)の前に、
問題(本人自身の心、仕事の進め方など)を解析して
論理的に説き、可能な限り具体的に示します。
この時、相手の目標(コミッション以外の自分の将来や、
自己改革が主でした)を
再確認し、共有していることを伝えるのです。
また、問題の探し方、対策方法を考える際の
手順も一緒に確認していきます。

こうして話していて感じたことは、
ほとんどの人が、目標を定めたら、
日々、熱く燃えていなくてはならず、
時々、気分が萎(しぼ)む自分は、
やっぱりダメな人間だと思い込むことでした。
ずっと同じピークを保っていられる人は、
ごくごく稀です。
日によって波があるのが当然で、
大事なことは気分が低下している時に、
「こんな日もあるのが普通だ」と
自分を否定しないことでした。

そんな日はペースを落としても、
やるべきことをやるだけです。
自分を信じなくなったら、
根底から崩れていきます。
お客さんやエージェントと接して感じたのは、
自分のことなのに随分とあっさり見捨てしまい、
自分を過小評価していることでした。

なので、本人にその気とヤル気さえあれば、
絶対に変えてみせる、
という自信がありました。
各人の性格に合わせて私のキャラクターを変えながら、
気長に(仕事の時は、いくらでも気が長くなれました)、
付き合います。
「ヤル気さえあれば、1万回でも言ってやるから、
9000回くらいで覚えてくれよ」
こうやって、笑っていましたが、本心でした。

人には、対人スキルの高い人、
会話の反射神経の良い人といますが、
こういう人はエージェントとして、
早期に一人前になります。
しかし、逆の人の方が多いのが現実です。
いくら、切り返しを練習しても、
本人の自尊感情が低ければ、
お客さんに振り回されます。
そういう時は、このようにしていました。(美)

*次回の「仕事について」は
明日更新予定です。 

みたつ・やまと●1959年生まれ。2件の殺人を犯し、長期刑務所に服役中。現在でも月100冊以上を読む本の虫で、これまでに8万冊以上を読破。初めて衝撃を受けたのは10代のときに出合ったロマン・ロラン著『ジャン・クリストフ』。塀の中にいながら、郵送によるやりとりで『人を殺すとはどういうことか』(新潮社)、『夢の国』(朝日新聞出版)などを著す。
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『女子高生サヤカが学んだ「1万人に1人」の勉強法』
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『牢獄の超人』
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『私はなぜ刑務所を出ないのか』
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『塀の中の運動会』
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『刑務所で死ぬということ』
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『人を殺すとはどういうことか(文庫)』
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『死刑絶対肯定論』
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『ドキュメント長期刑務所』
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『人を殺すとはどういうことか(単行本)』
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『夢の国』
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