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無期懲役囚、美達大和のブックレビュー

教養を深めたい、仕事に生かしたい――。
人として成長するために本を読みたいと思っても、何から読めばいいかわからないビギナーのためのブログ。
服役中の無期懲役囚・美達大和から届く書評を随時公開。
週2回をめどに更新していきます。


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『読む・書く・考える IQ200の学びの方法』 矢野 祥

『読む・書く・考える IQ200の学びの方法』
矢野 祥
祥伝社
1300円+税

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本書の著者は、4歳の時にIQ(知能指数)200以上とわかり、9歳で4年制大学、12歳で大学院に進み、ふたつの博士号を持ち、現在は小児科医をしている天才です。その天才が、どのように学んだのか、学んでいるのか、参考にしたいと思って読みました。

アメリカ生まれですが、父親は日本人、母親は韓国人でした。両親の知能に触れていないところを見ると、天才(親が)というわけではないようですが、一説では子どものIQは両親、又はどちらかの親からの影響が強いとも言われています。また、先天的なものの他に、幼児期の環境や教育が大きいとも言われていました。

初めに感じたのは、まだ22歳ですが、温かそうな人柄、穏やかさでした。情緒が落ち着いていて、EQ(感情指数)も高く感じましたが、あとがきを読むと、本人が英文で書いたのを、父親が日本語訳にしたとあり、実際のところは断言できません。というのは、この父親がとても心の優しい人だとわかるからです。母親は韓国人らしく、自己主張をしなさいなどと言っていますが、父親が上手に導いているような感がありました。

幼少期(2歳)の頃の写真を見ると、まさに聡明という目をしています。また、ポジティブと本人が語るように、笑顔に翳(かげ)りはありません。親は、やはり、勉強を強制しなかったとありました。

「IQは高い方がいい。しかし可能性であって使いようによっては悪にも善にもなる。自分の可能性を善のために使いたい」

まさにその通りであり、若いうちから明確に決めています。小さい頃から知りたいという欲求が強くて、何でも読んでしまったと語っていました。読む時には細部にとらわれず、大局的に読むこと、最も大切な点を把握してから、枝葉を観察するそうです。本については、何でも信用せずに、検証が必要とありますが、同感でした。

書くことでは、毎日、何かを書き続けることで見えてくるものがある、書くことで考えを明らかにして、適切かどうか判断できるとしていますが、これ、私も書く(自分の仕事など)ようになってから、あれ、自分はこうだったのかと、気付くことありました。

物事は記憶するだけでは習ったことにはならず、理解して、その意味や考え方を身につけることを言いますが、読書でも批評や簡単な感想を思うだけの時、多くありませんか。自分の頭で、言葉で考えてみることを、お勧めします。著者は習うことで変わるためには、心をオープンにしておく必要があると述べていました。

著者の子どもの頃からの写真が何枚か載っていますが、素直さを感じます。変にねじれていない、高慢でもないという表情は、両親の育て方、思考のバランスが良かったのでしょうね。社会にいた時から、子どもとどのように付き合うか、教育はどうするか、考えたことありました。もし、素質が十分にあれば、高いレベルを目指しても負担にならないだろうけれど、平凡であれば、それでいいと決めていたのです。

願いは、健康で明るくて、友だちが多いことでした。本くらいは読んで欲しいと思いましたが、これは環境を作ることしかないのですね。著者の母親は、子は神から託されたものであり、親の所有物ではなく、植物に養分を与えるように大切に育てると言ってました。その通りだなあ、と思います。

わが子が勉強のできる子、本をよく読む子であって欲しいと、強制気味の親がいるのですが、これ、絶対にしてはならないことですね。どんどん、勉強嫌い、本嫌い、おまけに親嫌いになります。自分は学歴がなくて苦労したから、わが子だけはと思う親もいるでしょうけれど、逆効果でしかありません。

勉強したくなる、わかると楽しい、そのことについて親子で楽しく話ができる環境を作らなければ、ただの押しつけです。本にしても、まずは、わが子が何に興味があるのか、書店に一緒に行って選んでみるとか、工夫がいるのではないでしょうか。そして、親子で読んで内容を話し合う、わからなかったことがわかる喜び、あるいは親が、「そんなこと知ってるの、凄いな」とか、「どういうこと、教えて」など、ちょっと子どもを得意にさせるのも必要だと思うのです。

父と母が、一冊の本について話をしているなど、強制ではない、身近な場に本がある家庭環境が望まれます。私、興味というか、どんな勉強をしているのかと、雑誌『プレジデントファミリー』の東大生の学習法や家庭の記事をよく読んでますが、強制した、勉強しなさい、と言った親はいませんでした。代わりに最も多く見たのは、「いかに自主制を養うか」のために親が努力して環境を作るケースでした。そして、父も母も本のこと、世の中のことを穏やかに、楽しく語り合う家庭が大半になっていました。

子どもですから、普通はダメと言えばやりますし、やれと言えばやらないはずです。今日明日、すぐにやらせよう、押しつけようというのは、絶対に成果が出ません。挙(あげ)句(く)に中・高生になって思いっきり反抗され、仲が悪いまま大人になってしまうというのは、親からすれば悲しいですが自業自得かもしれません。以前、母に尋ねたことがあります。

「俺をどうやって本の虫にした?」

母は、「ただ、家のあちこちに本を置いといて、読んでたらあとで、どんな話か訊いただけ」と言っていました。これ、記憶あります。父は、「本を読むな、目を悪くする」という人でしたので、本の内容は全て母に話していたのです。「この本の話は、おかしい」とか言うと、母はどこがおかしいかを尋ねてくれましたし、まともに私の相手をしてくれた記憶があります。

子どもが自発的に勉強する、本を読むというのは、各個の性格があり、さらに親の性格との化学反応もあるのでしょうが、その結果として楽しさが不可欠のような気がします。本書、その意味でも一読を。(美)




このレビューで美達が紹介した本

 

『考えるマナー』 赤瀬川原平ほか

『考えるマナー』
赤瀬川原平、井上荒野、劇団ひとり、佐藤優、
高橋秀実、津村記久子、平松洋子、穂村弘、
町田康、三浦しをん、楊逸、鷲田清一
中央公論新社
1500円+税
*この9月に届いたレビューです

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本書は読売新聞・火曜日夕刊の「たしなみ欄」に掲載されたものがベースです。社会の知人が送ってくれましたが、マナー習得とか、真面目に考えてはいけません。オビにもありますが、「大人のモヤモヤをまるっと解決?!」の? マークが曲者(まがりものではなく、クセモノですから)です。

座を温めるマナー、美を匂わすマナー、お口を滑らせないマナー、愛が生まれるマナー、逃げて勝つマナー、ベタを粋にするマナー、ステキなお客さまのマナー、丸くおさめるマナー、食は一大事マナー、日本が宿るマナー、のどかに生きるマナー、生み出す人のマナー、こころを澱ませないマナー、世渡りのマナー、などなどに分かれていますが、どこから(誰から)読んでも構わないつくりとなっていました。

のっけから井上荒野さんが、おいしい(あるいはその逆の)店に行った時のマナーを書いています。そのラストでまずかった店に行った際にどうするか解決策を編みだしたとあるのですが、差し障りがあるのでここでは公開いたしません、とありました。

こういうの、すごく気になるんですね。ずっと気になって、正解を知った時、「おおっ、すごい」とか「なーんだ」となりますけど。皆さんは、その店で、「うまい」とか「まずい」と言うのでしょうか。私は言わずに二度と行かないタイプでした。ただ、まずいと思う物、ほとんどなかったです。この獄に来るまでは。近年、ここは栄養士さんが代わって良くなりましたが、その前は、「罰ゲームか」という時も多々あり、ダイエット効果抜群でした(痩せたい人、ここに来ると100%痩せます、健康的に)。

社会で最も憤(いきどお)りを覚えたのは、チョコレートパフェの生クリームが古くて硬くなっていた時です。舌に残りますし、私の膨らんだ期待もぺしゃんこで、どうしてくれようかと考えますが、二度と行かないことで辛抱していました。チョコパー、よく注文される店でなければ、生クリーム、調子悪いこと多いのです。
「お嬢さん。金に糸目はつけないから生クリーム山盛りで。ついでに金で買えない愛も一振り」とオーダーし、エベレストみたいな生クリームたっぷりのチョコパーが好きでした。学生時代には友人らと賭けをして15分間で7個食べたこともあります。

本書に戻ります。宴会・呑み会の時に消えるマナーでは、初めに幹事役に帰る時間を告げておき、途中で消える人と思わせる、とか。でも、「自分が帰ったあとにおもしろいことが起きるんじゃないかと想像すると、ものすごくくやしい。だからぜったい最後まで帰らない」という人もいました。私は父以外と呑む時は、どんなことがあっても決めた時間に帰っていたものです。それが、当然となっていました。翌日は、あれから何があったかと尋ね、あればその話を楽しそうに聞きます。

どの人の話も、そこはかとなく笑えますが、相変わらず、三浦しをんさん、やってました。 小学生男子に、「ところで、いくつ?」と訊かれ、「34歳だよ」と答えたところ、「へえ、32歳に見えた」と言われたそうです。び、微妙と本人のコメントでしたが、「いい子」と盛大に褒めておいたというのが笑えます。

これ、獄では定番のギャグです。誰かが老囚に尋ねるのですが、「○○さん、いくつ?」「俺か、もう68だよ」となり、「へえー、若く見えるね、69くらいかと思った」でオチです。 あと別バージョンで、68と答えた老囚に、「もう十分にワルやったし、思い残すこともないね」とかあります。

五本指ソックス(獄でも買える)の起源は1970年のスペインなんですね。それを改良したのが私が日本でした。平松洋子さん、五本指ソックス愛好者ですが、料理屋やひとさまの家で靴を脱ぐ時、指がもじもじ君になるので対策を書いていました。そういう予定があれば、先端の五本指部分だけのを履き、その上から普通の靴下を重ねるとか。

立ち読みのマナー、毎日、同じ書を読みに来る人に対してですが、しおりを後ろにずらしているのも笑えました。楊逸さんのは、中国と日本のカルチャー・ギャップ主体ですが、日本人の丁寧さ、用意周到さが窺えます。本書、新聞に広告が出た時に、ノートにメモしていたのですが、こんな笑いの事とは思いませんでした。

実社会で役に立つものは、半分以下ですが、心の健康には役立ちそうです。全体的にゆるい話が並んでいて、どこから読んでもいいようになっています。私のいる所では夕刊が買えませんが、面白い欄もあるのですね(私、人生相談もよく読んで、回答の分析をしています)。

切実に回答を求めてはいけませんが、ちょっと骨休め、あるいは同じ状況の時に筆者たちが何を考えて、どうするかという視点で読むには一興の書でした。こうやって、ゆるーく世渡りするのが、コツかもしれません、人生の。(美)




このレビューで美達が紹介した本


「仕事について」 第56話

前回までのあらすじ----------
目の前の客が、金を貸すべき人物か、
そうでないかは、
会話の中から探っていくしかなかった。
そんなとき、客たちの多くは
私に対してある反応を見せるのだった。


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あることとは私の若さでした。
ただ若いというのではなく、童顔で学生時代と
変わらなかったのです。

30歳近くになっても大学生に見られたり
(それも、まさか高校生ではないでしょうと言われて)、
小学生の子どもがいると、
年の離れた兄弟と間違われるのが普通でした。

来社したお客さんは私ではなく、
私より老(ふ)けて見える社員に挨拶をします。
私が社長と知ると例外なく、
「えっ、こんな若い人が」という表情をします。
初めから予想していたので、
まずはオフィスを
豪華というほどではありませんが、
洒落たものにしていました。

「事務所が金を稼ぐわけじゃない」という
父の口癖は念頭にありましたが、
私の若さは金融という商売上、利点とはならず、
ある目的のためオフィスの構えを良くしたのです。

ある目的とは、私の役柄が
金持ちの坊っちゃんということでした。
実は父が金融業をやっていまして、
と話した際には、みんな、ほっとした、
あるいは納得した態度を見せるのです。

こんなことは獄に入るまで続きましたが、
日本では若さと富は複雑な関係を持っています。
私が父の話をするのは、
「なんだ、金持ちのボンボンか」と
相手のガードが下がり、
面談の中で少しでも多くの情報が
得られることもありました。

お金を借りる、それも中小企業の経営者ですから
最低でも数百万円から1千万円、
時には2千万円、3千万円となり、
成否を決める面談は
ライフラインでもあります。

そのために、かなり事実から離れた話をするのが
常態なので、注意力・洞察力は不可欠です。
当然、ほとんどのお客さんは自身にとって
不利なことは言わず、
問題なく集金できる売掛けや見込みがあるとか、
他社との契約があるなど、
都合のいいことを並べます。

また、本当は多重債務者なのに、それほどでもない、
マチ金に借りるのは初めて
(いつもは銀行だが、今回だけ緊急でと述べます)
と言う人も少なくありません。
多重債務であっても公的機関(他に自治体)、
銀行と筋の良いところからの借金ならいいのですが、
マチ金ばかり、あるいは既に
ヤクザなどのヤミ金にまで広がっているのでは、
不良債権(返せなくなるということです)
になるのは目に見えています。

加えて多重債務で厳しい取り立て
(業界では「オイコミ」と称しています。
「キリトリ」とも言いますが)をかけられていれば、
将来の事業継続など頭になく、
今だけ、今ここさえ乗り切ればいい、
という思考があるだけです。

これが公的機関や銀行に借りに行ける人たちは、
まだ余裕があります。
担保にできる不動産や動産
(機械や車両など動かせる物です)があるでしょうし、
断わられてもまだ、あとがあるので。
しかし、多重債務者には、あとがなく、
融資に関する話し合い(面談)は
生き残りをかけた真剣勝負となります。

そんな時、金融会社の者が、
海千山千の世界を何十年も生きてきたと感じさせたなら、
相手も油断なくガードを固めるのですが、
お金持ちの坊っちゃんみたいのが相手ですと、
腋(わき)も甘くなりやすいというものです。
ただ、坊っちゃんに見えるかどうかは、
わかりませんが。

融資したお金が正常債権として返済されるのか、
不良債権となるのかは天と地の差でした。
仮に1000万円を年利36%(月に3%)で
貸したとします。
正常に返済されれば、年間に360万円の利息が入り、
そこから人件費や他の経費を
引くことになるのです。
(現在は上限年20%で、そこから引きます)

しかし、不良債権となり、元金の1000万円が
戻らなければ、3000万円を
年率36%で1年間、貸さなければカバーできません。
来社する客全員に貸したくなるのですが、
何でも貸すことになれば、
不良債権と化す確率も大きくなり、
経営は不安定なものとなります。

お金を貸すのは簡単なことだと思っていたのですがいざ、
自分が業(なりわい)としてやるとなった時、
それまで容易で楽なように見えた父の仕事は
難しいのだと知りました。
学生時代にお金を貸していた時には、
私に返さない者などいないと、
不良債権自体、眼中になかったのです。

このことを父に話すと、
「今頃、気付いたのか、バッカだな。
だから、父さんは悪い奴を、
ぎっちりと絞(し)めとくんだ、ガハハハ」
と笑っていました。

ぎっちり絞めとくのは単にオヤジの趣味だろ
と思いつつ、気を引き締めたものです。

「いいか、覚えとけ。人間は金に困ったら、
どんな嘘でも吐(つ)くし、
良心なんて吹っ飛ぶのが大半だ。
この商売は、のほほんとなんか、
できないんだぞ」

父に言われて、その通りだ、と思いました。
そんなわけで、どんな人に貸すのか、
を真剣に考えたのです。
サラ金のように小口資金(数十万円単位)を
たくさんの人に貸すというのは、
一種の証券化と同じでリスクの分散になりますが、
私のやりたい金融は違うものでした。

ない人が借りにくる以上、リスクは初めから
覚悟しなければなりません。
新たに起業する、今の事業を拡張する、
ならまだしも、
他の債務の返済のための借金ならば、
遅かれ早かれ行き詰まることが予想できます。

そうなった場合、相手の対応次第では、
私も鬼にならなければなりません。
小さい頃からの刷り込みにより、
平気で人を騙せる者、非を認めようとしない者には、
断固たる対応をしてきたので、
考慮の余地はありませんでした。

それまでの人生では、安易にお金を貸してきたのですが、
自分の業(なりわい)となれば、難しさを痛感しました。
「仏さんの顔をした悪鬼(あっき)ども」とは
父の言葉でしたが、初めから踏み倒してやろう、
不良債権にしてやろうという輩(やから)は、
総じて紳士然としているものでした。

中には誰が見ても威厳とインテリジェンスを
感じさせる者もいます。
穏やかな物腰に好感を持ち、大丈夫と融資した相手が
有名な詐欺師だったという話も
珍らしくありません。

「そいつに金を扱わせたら、すぐに本(ほん)性(しょう)がわかる」
とは父の弁です。徒(と)手(しゅ)空(くう)拳(けん)(何一つ持たず)で
日本に来た父の体験からの言葉でした。
父は学問がなく、世知(せち・世渡りの知恵)・常識も
欠けているので、地位や肩書きに関心はなく、
その人間の本質を感じる、
動物的本能で生きている人でした。

誰を信じ、誰を信じないか(信じられないか)について、
ほとんど外(はず)すことはありません。
若い頃には外れることも多く、父は心に、
相手は体に痛い思いをしたと、
父の友人・部下たちから聞かされました。

父は、いつまでも戦後の闇市時代の風景に生きた人で、
当時は、その凶暴さゆえに、
何度もヤクザに命を狙われ、刃物や銃弾と闘って
勝利してきた人でした。

拙著『夢の国』にあるように、刃物をふりかざして
襲ってきたヤクザを殴り殺し、
拳銃の弾丸には自分から向かっていくという
狂気を持って生き延び、不死身と言われて、
町のヤクザに恐れられるまでになりました。

相手が警察官・刑事であろうと、
なんの躊躇(ためら)いもなく殴る人で、私が成長する過程で、
「この人は本当に無茶苦茶なんだ」と
感心したり呆れたりしたものです。

現代の社会であれば、傷害・暴力行為・公務執行妨害で
年中、服役していなければならなかったでしょう。
その昔でも、大手新聞に、
こんな不良外人をなぜ強制送還させないのかと
書かれた程です。

しかし、反面、動物や困っている人、
弱者には情の篤い人で、抱えている感情の量が
多過ぎるのでした。
このような父なので商売のやり方は昭和の終わり、
平成になっても変わることはなかったのです。

返済できない客でも、返済の努力をしている時には、
家族のように面倒を見ていました。
また、事業を営む点でも必要以上の拡張は望まず、
自ら現場に出ていくことを実践していたのです。

金融業では、たとえ自分が貸したお金でも
暴力を使って強引に回収すれば
強盗罪、脅し取れば
恐喝罪・強要罪が成立します。
自分が貸したお金を返さないからだ、
という弁明は通じません。

そんな事情があるので、貸す時には
十分に注意しなければならず、
このような点を慎重に観察していました。(美)

*次回の「仕事について」は
11月1日更新予定です。 

みたつ・やまと●1959年生まれ。2件の殺人を犯し、長期刑務所に服役中。現在でも月100冊以上を読む本の虫で、これまでに8万冊以上を読破。初めて衝撃を受けたのは10代のときに出合ったロマン・ロラン著『ジャン・クリストフ』。塀の中にいながら、郵送によるやりとりで『人を殺すとはどういうことか』(新潮社)、『夢の国』(朝日新聞出版)などを著す。
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『女子高生サヤカが学んだ「1万人に1人」の勉強法』
プレジデント社
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『牢獄の超人』
中央公論新社
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『私はなぜ刑務所を出ないのか』
扶桑社
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『塀の中の運動会』
バジリコ
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『刑務所で死ぬということ』
中央公論新社
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『人を殺すとはどういうことか(文庫)』
新潮社
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『死刑絶対肯定論』
新潮社
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『ドキュメント長期刑務所』
河出書房新社
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『人を殺すとはどういうことか(単行本)』
新潮社
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『夢の国』
朝日新聞出版
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