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無期懲役囚、美達大和のブックレビュー

教養を深めたい、仕事に生かしたい――。
人として成長するために本を読みたいと思っても、何から読めばいいかわからないビギナーのためのブログ。
服役中の無期懲役囚・美達大和から届く書評を随時公開。
週2回をめどに更新していきます。


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「仕事について」第132話

前回までのあらすじ----------
親としての役割は、いかに息子を
知っているすべての技術を動員して、 
やる気にさせ、
気持ちよく登校させることだった。

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れはセールスマン時代に、人がいくらでも変わる
ということを知ったのもありますが、
父の私への言動から、自分が父親になったら、
こうしようと構想していたことでした。
登校時、友達と遊びに行く時、寝る時は、
気分良くしてやる、
というルールを実行していました。

こうして息子を送り出すと再び読書です。
今は自分でメモするしかありませんが、
当時は会社の女子社員が本からの書き抜きをしたり、
覚えることが大量にあれば
カセットテープ(なつかしい響きではないでしょうか)に
吹き込み、移動中の車内をはじめ、
どこでも聴けるようにしていました。

雑誌も膨大な量になりますが、マークしたり、
破ったりしたページは、社員が
カテゴリー別に整理していたのです。
そして、索引を作り、いつでも必要ならば、
すぐに引き出せるようにしていましたが、
多くはその場で記憶するのが原則でした。

社員も知っておくべき、知った方がいいことは
コピーにて配ります。この頃(ネットがない)にしては、
かなりの情報量でしたが、集めるだけではなく、
大切なのは覚えること、活用することです。
そのために、マークしたところをまとめたり、
カセットテープに入れたりします。

テープであれば運動(筋トレ)中でも聴けるのです
(その点)移動も含めて
ウォークマンは画期的でした。
資料整理では、全てを同じ大きさの紙(A4)にする、
クリアファイルを使う(封筒でも可)、
日付けを入れる、など基本的なことですが、
他のこととも関連して引けるように
クロスレファランスにしておきます。
他との関連を鑑(かんが)みて、
別の見出しもつけておくと、つながりが
できるのです。

現在は獄にいるのでノートの使用許可冊数
(雑記1冊、学習用3冊、通信教育を受講してる者は
各講座1冊、雑記帳以外は、その教科のことしか書けません)
が少なく、しかも50枚綴り(以前は100枚綴り)なので、
使い勝手もよくありません。
勉強する者の事情は、あまり考えていない
としか思えないのですが、
これも刑のうちと己を宥めています。

私は本を読む度に書き抜きをするのですが、
必ず、ノートに目次をつくり、
クロスレファランスできるように、
複数の見出しを付けているのです。
50枚綴りは、すぐに終わり、次のノートとなるため、
その度に重要な部分がどのノートの何ページにあるか、
新しいノートにメモしておきます。

所持できる荷物の量に制限があるので、
定期的にノートを捨てるのですが、
我が身を斬られるような思いに駆られるのでした。
この荷物の量の制限も徐々に厳しくなり、
私は毎週読んだ本を社会に送っています
(もちろん、毎週新しい本が差し入れや
ここの購入で入るからですが)。

制限量を超えると差し入れがストップになる
と言いますが、私の場合は
自分のこだわりがあるためでした。
何か本の原稿のために資料本を集めようとしても、
制限があるので上手に計画しないとなりません。

話は戻りますが、そうこうしている間に
仕事の連絡も頻繁になっていきます。
そのうち妻が起きてくるのですが、
朝からしっかりフルメイクでした。
私は社会にいる頃、何でもきっちりしていない
といやだなという暮らし方だったのです。

ズボン(今はパンツと呼ぶのでしょうが)はおろか、
パジャマのズボンまでアイロンで
プレスしていました(アイロン係は私です)。
家事は速くて上手な人がやればいい、
それが効率的で夫婦で話す時間などが多く取れる
という理由でした。靴磨き、ガスレンジ、
風呂場、トイレの掃除も私の縄張りです。

夜も休日も外にいるのと変わらない服装で
間違っても寝転んだりしません。
それが何も苦痛ではなかったのです。
たぶん、父と母の影響(2人共、そのように
生活していたため)だと思います。

妻が遅く起きてくることは気にならず、むしろ
寝ててくれると本が読めるので
歓迎していました。
読書中だけは、そっとしといてくれ
と言ってるのですが、妻は退屈すると
猫や息子を使って私の邪魔をし、
読書を断念させます。

その予防のためにも分厚いファッション雑誌
(海外のものも含めて)を与えとくのですが、
読書は今ひとつ熱中できないようでした。

学校の勉強はできなくても、
人としての賢さはありました。

きょうのコトバ
『人間にとって苦悩に負けることは恥ではない。
快楽に負けることこそ恥である』(パスカル)

(美)

「仕事について」第131話

前回までのあらすじ----------
子供の疑問や不安を、「よしっ」と解消できる
父親でありたいと望んでいた。
朝食をとりながら、息子と話をするのは
楽しみの一つになっていた。
とくに好きだったのは、息子が苦手なこと、
を話題にすることだった。

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「あっ、今日は体育があるんだ。ちえっ、いやだなあ」

「お前、体育がいやなの?」

息子はコクリとうなずきますが、
体育のどこがいやなのかを尋ねると跳び箱だから
と顔をしかめるのです。
私は内心で両手ガッツポーズをします。

「ええっ、お前、跳び箱がダメなのか。
よかったなあ、パパがいて。もう、簡単に跳べるぞ」

と笑い飛ばすのです。
息子は、ぽかんとしますが、早速、紙とペンを持ってきて
跳び箱を真上から見た図(単純な長方形です)を書き、
長い辺を3等分した線を引きます。

「お前、きっとこの手前の方に手をつくんだろ?」

と図を示すと息子は

「なんでわかるの、パパ」

と目を丸くします。

「パパは跳び箱の神様(本当は鬼ですが、わかりやすく息子に
伝えるにはこっちの方がいいので)
だって知らなかったのか」

「神様だったら世界中の跳び箱消してよ、パパ」
(おっ、そっちで来たか)

「いよいよダメだったら考えておこう。でも跳べるのさ、
神様の言った通りやればな」

大体、跳び箱が飛べない子供は、
恐怖心で助走と踏み切りに勢いがなく、
跳び箱の手前3分の1の所に手をつくのです。
これでは神様の私なら跳べますが、
普通の子は無理でした。

手をつく場所は向こう側の3分の1の所です。
ここにつけることができれば、
ほぼ跳べます。ポイントは
助走のスピードと踏み切りです。

私の人差し指と中指が、テーブルの上を走り
(タッタッタと効果音入りで)
タバコの箱の前で踏み切ります。
この時の音は、タン、で手をつく音はパン、
そして着地はスタッです。

「タッタッタ、タン、パン、スタッ」

これをリズムよく言って息子にも復唱させます。
何度か繰り返して、
リズムとタイミングを覚えさせると次です。
踏み切りの両足の位置、飛ぶタイミングと
方向を目をつぶってイメージさせます。

「さあ、走った。踏み切りだ。そして、どっちに跳ぶ?」

「前にでしょ、上でなく」

「そうだ、お前は跳んだ。手をつくのはどこだ?」

「あっちの端」

息子は目をつぶって(ここで、ぎっちり
つぶっているのが笑えます)、両手を出し、
口ではパンと言うのです。

「跳んだ!着地だ」

私が言うと息子はスタッと言ってから目を開けますが

「なっ、楽勝だろ。ただし、練習は17回だ。
16回目までに跳んだら名人だ、お前は」

と言っておくのです。
これは何回か失敗したら、やっぱりダメだという
気持ちにさせないためでした。
体育の授業ですから、1人で16回も練習はできません。
その日、帰ってきたら状況を詳しく訊いて、
それに合った対応策を授けるのです。

「いいか、練習を始めてすぐの1回じゃ跳べないんだ。
17回目だ。それまでは失敗してあたりまえだ。
でも、お前が凄かったら8回目くらいから跳べそうになる」

息子は

「本当?」と私に向けている目を見開きます。

「パパが嘘を言ったことがあるか?」

息子は、ない、と顔を左右に振るのです。
私は妻と息子との約束は、
どんなにちっぽけなことでも守ります。
その実績が、ものを言うのでした。

「その時は思いきって跳んでしまえ」

息子は、「うん」とうなずきます。
それからは、跳び箱が飛べない理由
(助走が遅い・踏み切りが悪い・上に跳ぼうとする・
跳べないと思い込んでいる)を話し、
それらのほとんどが恐怖心から
きていることを伝えます。

その恐怖心は誰もが持つのが自然であり、
それがないとおじいちゃんみたいな
とんでもない大人になるのだと告げるのです。
息子は、アハハと笑いながら、
納得しています。

父は孫になる息子の前でも言動は変わらないので、
「おじいちゃんって普通じゃないよね、パパ」
と息子は言うくらいでしたから
説得力があるのです。
怖(こわ)がれば怖がるほど、跳べなくなり、
跳び箱への恐怖心が膨らむことを教え、
実は誰でもが跳べるのだと
繰り返し刷り込みます。

「お前は絶対跳べる、飛び方を知らなかっただけだ」

「17回目だ。だから16回は真剣に練習するんだ」

「跳べたら8回目に跳んでも構わない。きっと17回より前に跳べるだろう」

「その時が楽しみだなあ」

「パパもそうだけど、ママも喜ぶだろうな」

などなど盛り上げると

「早く体育の時間にならないかな」

と息子は目を輝かせます。私の務めは、いかに息子を
モチベーションして(知っている全ての技術を使い)
気分良く登校させるのか、でした。
終始、お前はできる」「凄い」「友だちと仲良く」と
言い続けました。

最後にきょうのコトバ。
『困難だから、やろうとしないのではない。
やろうとしないから困難なのだ』(セネカ)

(美)

『HARD THINGS』 ベン・ホロウィッツ

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『HARD THINGS』
ベン・ホロウィッツ
日経BP社
1800円+税

ハード・シングズ。ここでは「困難」としています。

著者は、シリコンバレー拠点のベンチャーキャピタル、『アンドリーセン・ホロウィッツ』の協同創業者兼ゼネラルパートナーです。その著者が起業家となってから経験した諸々の困難・苦境に、どのように対処したか、実例とその行動をとった理由や狙い(これがポイント)について述べられていました。

ビジネス、中でも起業には、想定外のトラブルや難問がつきものです。明確な答えや、最適の答えがないケースも少なくありません。最適でなければ、所与の条件下での最善、次善と対処していくことになります。

本書では、著者の具体的なエピソードが、多岐(本当に広いものでした)にわたり、起業家はもちろんのこと、組織のリーダー、いずれその立場になる人たちに、大いなるヒントを与えてくれるはずです。

社内政治は最小に、レイオフの難しさとそのやり方、組織への意思疎通の方法、社員から不当な要求をされた時の対処、マネジメント、品質管理、社員教育と融和、モチベーション、人事、正しい野心(社員の)のチェック、肩書と昇進など、まだまだたくさんありますが、多くは既存のビジネス書では、あまり触れられていない点も特徴でした。

トラブルに遭遇した際、必要な能力を、
①現状を正しく把握すること
②次々と手を打つ能力
と著者は定義しています。

これらは、経験と訓練で身につけられるともされていました。また、事業継続に必要な要素は
①人
②製品
③利益
としてこの順に大切にすると述べています。

私などは『経営』というより『会社ごっこ』の延長のようにやっていましたが、時代の風もあったのか(おお、謙虚な)、規模が拡大して、仕事の量と社員が増えると共に、社員の個性が惹起(じゃっき)する問題が起きて、こんなこともあるのか、と半ば感心したりして対応したものです。

ただ、困難・ピンチ・トラブルを、そう捉えず、「これは進む上でつきものだからな」という発想と前提がありました。逆に問題なく、あっさり達成すると、これでよかったのか、とか、たまたまか、という懐疑心も浮かび、自分の厄介な性分に苦笑いしたことも再三でした。

「俺ってやるなあ、いやいや、こんなのは序の口だ。5年後の俺からしたら鼻で笑える程度だ」

と思いながら働いていましたが、筋トレ同様、負荷を重くしないと力はつきません。仕事上のトラブル・困難、いつでもウェルカムだぜ、としていましたが、判断するのは、ずっとその町でビジネスをして伸びていくという目標がある以上、その場の損得より、信用や自分の信条に沿ったものかを第一に考えて行動したものです。

金融業から不動産業・外車販売業と仕事が広がりましたが、特に金融業では私の特殊性もあり、他からトラブルになって、どうにもならない案件が持ち込まれることも、日常茶飯事で、困難ということに対して、鈍感・常にあるものという意識があったのが、幸いしたのでしょう。

ビジネス書や自己啓発書は10代半ばより濫読していましたが、わかった(気付いた)ことは、トラブル・ピンチ・問題の大半は、自分や周囲の人の反応が、情緒的に困難度を高めている(実際より)気がします。うまくいかなかった時のために、合理化(あれは自分のせいじゃない)というのもあるのでしょう。

獄内では、全く自分に非も落ち度もないのに、他者のことを考えないバカな受刑者のせいで、理不尽な目に遭う時もあります。全く解決策も対処法もなく、「このバカ者のせいで」と怒りが湧いてきますが、これを大きくするのも、やりすごすのも自分の考え方一つです、と理屈ではわかっていても、感情が絡むと、ムラムラと憤りを抑えるのは容易ではありません。

日頃、現象(起こったこと)に対処し、己の感情を決めるのは自分と知っていてもこうなる自分に二重に憤りを覚えます。獄の突然の不条理と同じく、社会でも解決不可能、対応なしという時もあるでしょうが、その時は、「仕方ない」と自分の忍耐力(静的な)を鍛える練習にしてみるしかありません。

仕事・私生活を通して、理不尽・不条理というのは、自分を鍛える、あるいは変化(適応するため)させる機会ともいえます。それでも自分のことになると、何かの時に

「むっ、ハラたつなあ」

となるのですが。

徳だとか人格だとか、はるか100億光年先の私でありますが、若い頃の価値観の偏りでした。

私の至上の価値観は「己の能力」だったのです。人格・人徳というのは、自分に決定権や裁量権があると、なかなか気付かないものでした。そうして厄介な性分を抱えるというのも一つのHARD THINGSかもしれません。

学習という関連では『一生モノの勉強法』(東洋経済新報社)という書が良書です。勉強の心構え・目的、三つの能力(コンテンツ・ノウハウ・ロジカルシンキング)の磨き方、時間を作るテクニック、情報整理術、パソコン・プリンター・デジカメの利用法、効率的な試験攻略法、読む力をつける方法などなど、有益な一冊でした。

著者は京大の人気教授ですが、行動する人でもあり、助言が生きたものとなっていました。 努力は時として報われないこともありますが、やらなかったより、はるかにいいです。仕事での困難、どうか探してでも挑んで下さい。試行錯誤も面白いものです。

最後に、きょうのコトバ。

『ほとんどの人は、後のことを考えて、自分の力を1%以上残しているものなんだ。でも、チャンピオンになる人は、最後の1%を躊躇(ちゅうちょ)なく使いきる』(クリス・カーマイケル スポーツコーチ)

(美)


このレビューで美達が紹介した本


みたつ・やまと●1959年生まれ。2件の殺人を犯し、長期刑務所に服役中。現在でも月100冊以上を読む本の虫で、これまでに8万冊以上を読破。初めて衝撃を受けたのは10代のときに出合ったロマン・ロラン著『ジャン・クリストフ』。塀の中にいながら、郵送によるやりとりで『人を殺すとはどういうことか』(新潮社)、『夢の国』(朝日新聞出版)などを著す。
>>livedoorプロフィール

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『女子高生サヤカが学んだ「1万人に1人」の勉強法』
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『牢獄の超人』
中央公論新社
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『私はなぜ刑務所を出ないのか』
扶桑社
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『塀の中の運動会』
バジリコ
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『刑務所で死ぬということ』
中央公論新社
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『人を殺すとはどういうことか(文庫)』
新潮社
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『死刑絶対肯定論』
新潮社
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『ドキュメント長期刑務所』
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『人を殺すとはどういうことか(単行本)』
新潮社
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『夢の国』
朝日新聞出版
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