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無期懲役囚、美達大和のブックレビュー

教養を深めたい、仕事に生かしたい――。
人として成長するために本を読みたいと思っても、何から読めばいいかわからないビギナーのためのブログ。
服役中の無期懲役囚・美達大和から届く書評を随時公開。
週2回をめどに更新していきます。


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『ゆりちかへ ママからの伝言』 テレニン晃子、ほか2冊。

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『ゆりちかへ ママからの伝言』
テレニン晃子
幻冬舎文庫
457円+税

待ちに待った妊娠の後に、脊髄悪性腫瘍となり母は子の命を選びました。

そして、生まれてきた娘に、母としての精一杯のメッセージと治療の部分が少ないのですが、これが本当に良い内容で、女の子、若い人に読んでほしくて載せました。

「けんかするのは別にわるいことじゃないですよ。でも大事なのはその後に仲直りすることです。仲直りのコツは一日寝かすこと」

「友達の価値は量より質です」

「お友達が少なくても別に恥ずかしいことじゃないからね。そのうちできるからあんまり気にしなくていいです」

「話せばわかると人は言いますが、あれはウソで話たって分からないのが人間だと思います」


「本当にキツいときは逃げることすら頭に浮かばないことがあるから、とにかく本当にキツくなったら逃げちゃいなさい!ゆりあ」

「人間は一人で生まれてきて、一人で新で行くんだからさびしいけど、さいごのさいごは一人なの。だから生きている間は、いっぱい好きな人と一緒にいて楽しい思いをするのよ」

「ゆりあという人間は世界にった一人しかいません。あなただけです。だからあなたは誰にも比べられないのよ」

「それにもうひとつ大事なことはあいきょうです」

こうして、恋愛や性のこと、お洒落や掃除など、さまざまなアドバイスがありました。

どれもユーモアと明るさに包まれていて、これを書いたときの母としての気持ちは、どんなにつらかっただろうかと、想像したのですが、アドバイスはどれも役立つものでした。そうして、著者は2歳の娘を残して旅立ったのです。まだ36歳でした。生活するうえで非常に有益な書であり、特に女の人にオススメします。



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『アイデアのちから』
チップ・ハース、ダン・ハース
日経BP社
1600円+税 

優れたアイデアとは、どのようにして創られるのでしょうか?

仕事にせよプライベートにせよ、何か策を考える時、皆さんはどうしていますか。本書は、そのポイントを誰でもわかりやすく、多くの事例をもとに解き明かしていました。

基本は、単純明快、意外性、具体的、信頼性、感情に訴える、物語性となっています。人々の知的欲求を起こし、次は何が起こるんだろうと思わせるのですね。また、論理ではなく、物語にするという点でも、適格な例を挙げていました。たとえばアフリカの子ども達への寄付金募集では、統計数字よりも、一人の幼い少女の物語の方が有効であるとか、すぐにでも応用可能でした。何か企画を提案したり、考えることの好きな人には、参考になること満載の書でした。



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『望郷と海』
石原吉郎
筑摩書房

*1990年にちくま文庫で
発売されています。
書影は文庫版です。 

初版は1972(昭和47)年とかなり古いのですが、図書館で借りるなり(ネットでも入手可能)して読みたい一冊なので取り上げました。石原は戦後、昭和21年から28年夏まで、ソ連に抑留され、重労働25年という命がけの刑を科せられた人です。そのソ連での収容所(一部は監獄)でのことと、帰国後に詩人として生きる途上での思い、作品が綴られています。

前半は、‐50℃の酷寒の中、ろくな防寒衣もなく粗末な食事の中で次々と死んでいく戦友たちと、生き残り、生の為には非常にならざるを得なかった戦友の描写が、人間の存在、あり方とは何かと、深い思索へ誘います。

パン一個の為に尊厳を捨てるのが当たり前の中で、頑なにそれを守ろうと命をかける友のことなど、読んでいるこちらの背筋を伸ばしてくれました。衣類のわずか1センチの破れ目が氷点下40、50℃の外気のもとでの労働の際に体温を奪う過酷さなど、ソ連がどさくさに紛れてやった犯罪(国際法違反)の代償は多大なものでした。帰国後、石原は戦争の責任を日本人として引き受けてきたという思いを、世間の冷たい目で吹き飛ばされました。ここから石原の自身の内での闘争が始まります。

後半はその石原の言葉の数々ですが、これが実に透徹したものとなっていました。「敵を恐れるな。奴らは君を殺すのが関の山だ。友を恐れるな。奴らは裏切るのが関の山だ。無関心な人を恐れよ。奴らは殺しも裏切りもしない。だが奴らの沈黙という承認があればこそ、この世に虐殺と裏切りが横行するのだ」

「自ら凝視する勇気のないところから、ついにいかなる希望も湧いては来ない」

「ただひとつのことが私には明らかである。真剣になること。真剣にそれを求めること。それ以外に私には救いはない」

「体験とは一度耐え切って終わるものではない。くりかえし耐え直さなければならないものだ」

「俺はダメだと考える前に、まぜ俺はだめなのか、どうしてそうなのかということを考えなければならない」

「滅びなければならない時が来たら、いつでも静かに滅びて行こう」

石原という人は、己に厳しくあろうとした人でした。詩集にも、その心情が貫かれていますが、人間の弱さと強さを考える上で多くの示唆を与えてくれるはずです。

シベリア抑留を扱った書では『わたしのシベリア』(香月泰男)、『内なる体験』(多田茂治)、『ラーゲルの中の青春』(鈴木祥蔵)も好著でした。(美)

「仕事について」 第96話

前回までのあらすじ----------
常に全力で、生きてきた。
決して、後悔せぬように。いつも、全力で。
一方で違う思いも抱いていた。

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会人になる時、「世の中は甘くない、厳しいぞ」と
さんざん父に言われ、
「そうか、厳しいのか、気合い入れてかなきゃな」と
勇壮な決意と覚悟を持っていたのですが、
20代半ばを過ぎた頃、
「あれっ、ちっとも厳しくないや、いや、まてまて、
どこかに本物の厳しさがあるはずだ」と
自問自答をしていました。

子供の頃から、強烈な個性と暴力の人である父より、
ガンガン鍛えられたというか、
父を見て育ったことがいつの間にか
打たれ強くなっていたのでしょう。

学生時代、すでにめげるとか諦めるなどとは
無縁のキャラクターに育っていたので、
セールスや金融業での失敗は多々、ありますが
それを失敗とも苦労とも感じなかったのでした。
いつも、何とかしてやる、してみせる」と
闘志にあふれていたのです。

いい意味で鈍感であり、厳しさ・苦労とは、
もっと、とんでもない次元・状況のことだと
想像していました。
それに自分の目指すところは、ずっと高みであり、
こんな事くらいで大変だ、苦労だと思っているようでは
見込みがないとも思っていたのです。

もっとも、学生時代、最大の苦労というか、
ピンチは決まっていました。
100以上の暴走族に私とマーボとトミーと丈次の他、
5人で向かって行ったり、
マーボらと3人で相手の学校に乗り込み、
70人以上と喧嘩したり、ヤクザの事務所を襲って
大乱闘になったりということなど
問題でない程のピンチがあったのです。

怪我の程度から言えば、天と地の差といえる程のピンチでした。
それは、父を怒り、狂わせた時です。
父が会社で麻雀をしている時に、
私が喧嘩で補導(マーボ・トミーと違って
私は喧嘩以外の補導はありません。
彼らは私のいない時に、車・バイクを無断で借りてきたり、
喧嘩で勝つとファイトマネーを要求するなどで、
補導されます。私のファイトは自己鍛錬のためで無料、
ま、ボランティアみたいなものでしたが、
マーボ・トミーはヤクザの子というのもあるのか、
戦利品を求めるのです)され、
警察から迎えに来てくださいと連絡が入ると父は、
「今、忙しいから泊めとけ」と答えます。

義母とは仲が悪かったので、そういう所では
私は父と子の家庭と告げて譲りません。
そんなことで、仕方なく留置所で
泊まることもありました。
麻雀でかつならまだしも(滅多に負けませんが)、
負けた翌朝に迎えに来ると、あとが最悪です。

また、高校生の頃は、度々、父の車を夜中に乗り回し、
たまにドカンとぶつけてくる時の
朝も最悪のシチュエーションでした。
他にも学校から呼び出しがあり、
父の機嫌を悪くした時です。
小さなころから殴られて育ってるので、
以上に打たれ強かったのですが、
父が本気で怒り狂ってる時は地獄を見ます。

父が先に家に帰ってる時など義母に電話して
怒りの度合いを探っておきました。
「今日はすっごいよ」となれば、
大体3日から1週間は体中が痛く、
顎も3日くらいまともに開かないので、
殴られて吐かない程度に食べておき、
牛乳・ヨーグルトなど、
2~3日ぶんを買って帰ります。

帰ったら、一切の弁解せず、父の前に正座して、
ひたすら恭順の意を表しました。
胸中では早く終わってくれ!と願いつつも、
表情は神妙です。
そして、肉弾言語による激烈な指導を受けますが、
これに比べたら、何十人を相手にしようが
大したことではありません。

たとえば、父にやられている時に「あっ」とか私が言います。
肋骨が折れたからですが、
父は「何だ。あばらでもいったか、この野郎」ときき、
私が、「うん」とうなずくと、
「大した事ない、バカ野郎」とさらに怒り狂うのです。

そんなわけで、我が家とマーボ・トミーら
ツッパリ君の間では肋骨の骨折は
怪我ということにはなりませんし、実際に
3日もすると通常の生活になりました。
ついでに書くと、マーボ・トミーもかかわってる時は、
頼まれてもいないのに父は、
「お前らのオヤジの代わりだ」と言って
(ホントは、単に怒ってるだけなのに)、
2人にも肉弾言語で指導します。

他の家の子をボコボコにすることに抵抗もなく、
そんなことすら考えない父でした。
しかし、私達は、「三バカトリオ」と
父に呼ばれているだけあって、
終わった後の反応は違いました。
マーボもトミーも顔を腫らしながら、
しきりに口にするのでした。(美)

「仕事について」 第95話

前回までのあらすじ----------
自分は今の仕事に向いていない、
という人が少なくない。
そんな人は、こんなふうに考えるのはどうだろう。

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「世の中で真に自分の好きな仕事を選べた人は、
どのくらいいるだろうか?」

「最初はイヤだと思っても、そうでなくなった人は
どのくらいいるだろうか?」

人は仕事を選ぶ自由がある反面、諸々の条件を勘考した結果、
現在の仕事をしているはずです。
イヤならやめて好きな仕事をしているはずです。
イヤなら辞めて好きな仕事をすればいい、
にもかかわらず続けている理由は何でしょう。

自分がしたいという仕事をできない理由をよく考えてみると、
問題の多くは自分の側にあるのではないか
と思えるのです。
仕事の報酬にしても雇用にしても、
基本は需要と供給、希少性の上に成り立っています。

たとえば、仕事の質・内容からすれば、
意義ある仕事と思える介護職は、
もっと高給でいい仕事です。
現在、少しずつ昇給していますが、
それでも他業種平均より低くなっています。

また、景気が良くなり、工場の操業時間が増えれば、
単純作業の工員の給与や待遇が
改善されるのが現実です。
仕事自体の質も価値も変わっていません。
それなのに、諸条件が良くなり、
働く人が求められています。

現在は、非正規従業員が増えて
雇用の流動性が高くなってきました。
同時に雇用不安と呼ばれていますが、
仕事を選ぶという行為には、
その人の能力や仕事に対する意識、
求めるものなど、
総合的に反映されるのです。

現状に満足せず、己に足りないものや、
今以上のサムシングを身につけ(あるいは身につける努力)、
本当に自分がしたい仕事に就くか、
努力もしたくなければ、今の仕事で満足したり、
打ち込むべく考え方をするしかありません。

イヤイヤやろうと、楽しくやろうと、
同じ時間が流れるなら、
自分はどうするか、よく考えてみることです。
私の場合は、あれもしたい、これもしたいという中で、
「俺の天職ってなんだろう」という思いが、
常に念頭にありました。

今は桎梏の身ですが、それでも何が天職だったのかと
考えることがあります。
また、仕事・働くということは、
その労働の時間や場だけではなく、
普段・日常の積み重ねだと気が付きました。

日常をどのように過ごしているか、
どんな習慣の中で暮らしているかで、
ほとんどが決まるのだ、と
今なら断言できます。
一定の目標なり、夢があるならば、日々の生活も
それに即したものでなければなりませんし、
そうすることで実現に近づく
という思いがあるのです。

自分の行動は、後で必ず形になってきます。
だからこそ、仕事以外の時間にも
注意を向けるべきです。
また、ほとんどの人、いや、全ての人が
自分の思いを完璧には実行できないと思いますが、
その中でどれくらい目標を意識できるか、
あるいは意識できる目標を持てるかも鍵になります。

若い頃は何でも全力と考えていましたが、
要所要所で力を入れたり、
抜けるところは抜くという配分も
身につける必要もあるのでしょう。

どうであれ、目標や夢に向かって正しい行動・努力を
続けていけば、機会も運も巡ってくる気がします。
若かったので効率を追求しましたが、
何がムダであるかを知るためにも、
ムダをしておくことが重要でした。

急ぎに急いで、ポンポンと飛び越していると、
落ちる時、踏み外す時の反動は、
とんでもなく大きいものになります。
そこそこの失敗で多く気がつけたとしたら、
それはセンスと幸運の賜物です。
近道はないなあ、と実感しました。

やる前から諦めていては話になりませんが、
一生懸命にやっていると、結果につながらなくても、
次があるような気がします。
頑張らなくていい、とか耳障りのいい言葉もあるのですが、
それはやってやって、
これ以上はムリというくらいの人にかける言葉で、
大してやりもしなかった人には
無縁ではないでしょうか。

人生の最晩年、あるいは最期に振り返って、
満足できる人生であるためにも、
頑張った時期を持ちたいものです。
社会にいた頃、いつも何者かになろう、
何者かとはなんだろうと思いながら、
とにかく遭遇したことはやってやろうと
生活していました。

なんであれ最善を尽くす、
自分の側でやれることは全力でと。
他にもこんなことを考えました。(美)

*次回の「仕事について」は
明日更新予定です。 

みたつ・やまと●1959年生まれ。2件の殺人を犯し、長期刑務所に服役中。現在でも月100冊以上を読む本の虫で、これまでに8万冊以上を読破。初めて衝撃を受けたのは10代のときに出合ったロマン・ロラン著『ジャン・クリストフ』。塀の中にいながら、郵送によるやりとりで『人を殺すとはどういうことか』(新潮社)、『夢の国』(朝日新聞出版)などを著す。
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『牢獄の超人』
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『私はなぜ刑務所を出ないのか』
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『塀の中の運動会』
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『刑務所で死ぬということ』
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『人を殺すとはどういうことか(文庫)』
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『人を殺すとはどういうことか(単行本)』
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