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『暗闘』
山口敬之
幻冬舎1500円+税
2017年1月刊

 暗闇と聞くと、第2次世界大戦中と戦後のアメリカのトルーマン大統領とソ連のスターリン首相の闘いを想起します。戦勝国の世界の覇権(はけん)を争ったわけですが、本書の主題は安倍首相を軸に、さまざまな対象(相手)との交渉を追うものでした。

 トランプ大統領当選後の初会談に至る過程、会談の様子が具(つぶさ)に綴られています。会談は、大統領選の開票が始まってからも外務省はクリントンの当選と信じきっていたので、トランプとのパイプは、官邸自ら動いてつなげました。

 雑誌などでも度々読みましたが、なぜ外務省がトランプ当選のケースも備えていなかったか、失望というか、この官庁はこんなものだろうという思いしかありませんでした。安倍首相自身は、トランプが当選するんじゃないか、とも外務省幹部に話していたのですが、何のために外務省があるのか疑問です。

 首相の話では、トランプは静かに話を聞き、時折り、質問を挟むなど、それまでのメディアとは違った人物像のようでした。首相とトランプは、前の事務的で世界の首脳に1人として親しい人がいなかったオバマと異なり、相性は悪くないようです。

 一般に考えられている以上に、首脳同士の相性は重要な鍵となります。つい最近(これを書いているのは3月26日です)ドイツのメルケル首相とトランプの会談の写真を見ましたが、仏頂面(ぶっちょうづら)のトランプは、そっぽを向いて、いかにもつまらなそうで、すねた子どもみたいで笑ってしまいました。

 日本の防衛予算や在日米軍基地の費用負担の件は落着したのですが、通商では日本に対して満額回答とはいかないようです。3月20日のG20でも、アメリカの要望で「反保護主義」という語を共同声明から削除しています。これは、通商だけではなく、国際的な安全保障の上でもマイナスです。貿易の保護主義が他国へも波及すれば、特定の地域のみのブロック経済圏(けん)ができ、この摩擦(まさつ)が大きくなると争乱につながります。

 本書では、会談に続いて、今後の日米関係、首相官邸と外務省の暗闘、日露交渉の内幕、安倍外交が目指すもの、という構成になっていました。本書は、通り一遍の安倍首相礼賛ではなく、国際情勢も詳述してあり、予想外に読み応(ごた)えがありました。

 外務省といえば、日本のことより、自分の省のことを優先し、ロシアスクール、チャイナスクールなど、相手国の言いなりになるのを当然とする慣習があります。目的は、自分が順調に出世して、その国の大使になりたいからですが、なんとも無惨です。なので、官邸の方針を左派メディアにリークして潰そうと(自分たちの方針を実行するため)するなど、国にとっては害でしかありません。

 私が特に興味をもって読んだのは、昨年12月のロシアとの交渉でした。北方領土問題に関しては、四島を返還するということはあり得ません。それを提唱している外務省自身、よくわかっています。ロシアという国の指導者は、領土を返すことはないんですね。国民からの支持が大きく落ち込みます。これは昔からの常識です。ならば2島はどうかというと、難しいです。主権といって、どっちの領土かについて返還はなかったとしても、日本とロシア双方が領土・資源を利用し、国民を行き来させるのが、「引き分け」に近いものでしょう。

 意図的に遅刻してきたプーチンに対し、安倍首相は粘りました。詳細は本書に譲りますが、土俵際で粘り腰を見せて、合意文書に「決意」という文言を入れさせることに成功しています。経済協力で1兆円以上を日本が出すとも報道されましたが、実際のところは3000億円前後です。

 これまで、ソ連時代に国交回復をしたのが1956(昭和31)年10月ですから、60年あまりも平和条約も結んでいませんし(国際法上では、平和な状態ではないのです!)、当然、領土問題も解決できていません。国際法や、戦後の領土拡大を謳った1941(昭和16)年の大西洋憲章に反する行為でソ連は北方四島を奪いました。しかし、敗戦国の日本としては、口先で抗議するしかなかったのです。

 これまで2回、返還に近付いたことがありますが、この邪魔をしたのがわが国の外務省でした。
1952(昭和27)年にサンフランシスコ講和条約が発効して、日本が独立した頃、ソ連との間に返してもいいという話がありましたが、この妨害をして返還させなかったのはアメリカであり、当時の日本との交渉役だったダレス特使でした。

 ソ連から返して貰うなら、アメリカは沖縄を永久に貰うぞという旨の発言で断念させたのです。理由は、日本とソ連が仲良くなるのが、アメリカの国益に反するからでした。イギリスがインドを手放すときに、のちのパキスタンとインドの間に紛争の種を残したように、アングロ・サクソンは「デバイド・アンド・ルール」(分割して統治する)の手法で、自国の利益を後世にまで残そうとしますが、これもその一つでした。

 また、戦後の日本は、占領軍の承認もあって、共産主義など、左翼思想が一気に広まり、アメリカはソ連との反目が大きくなるにつれて、中国に続いて日本までが共産主義国になるのではという懸念もあったのです。

 現在は表面上、静かに見える共産主義という思想は、人民の平等などと言いながら、近隣の自分より弱い国を侵略し、自国民族と合わせて他民族まで虐殺する思想になってしまったのです。
戦後のソ連と中国が、いかに周辺国を侵略し、民族を迫害・虐殺したかを調べれば、すぐにわかります。そんなわけで、北方領土問題が現在に至っているのですね。

 日本との中立条約を一方的に破り、進攻後、夥(おびただ)しい日本人を虐殺し(これこそ、初めから民間人を殺す目的で行った虐殺です)60万人の日本兵を労働させるためにシベリアなどに抑留して、6万人をも殺しました。恨めとか、憎めとか言っているのではありません。日本人として、そういう歴史を知っておくべきなのです。

 そうしつつ、未来思考でロシアと付き合う、互いに再び不幸なことが起こらないように、両国のためになるようにと、努力を重ねていくのが大事ではないでしょうか。プーチンは、あの目を見ても感じるように、一筋縄(ひとすじなわ)でいく人ではありませんが、従前のやり方を続けることなく(何の効果もないので)、新しいアプローチをやるだけの価値はあります。

 左派メディアは、アメリカ追従とか、ロシアに金だけ喰われて終わると報道しています。相変わらず初めから結論ありきの報道ですが、誰のせいで日本が自国すら自分で守れない国になったのか、その結果として日米同盟によって従属した形になっているのか、左派メディアに問いただしてみたいものです。

 左派メディアと、自分でそのことについてしっかり勉強もせずに、迎合して批判している人たちの志向してきたことは、戦後の歴史の上でことごとく誤ってきました。反権力でも親権力でもなく、公正にやっていること、その結果を見ていく姿勢が重要です。私は、有効な対抗策も出せずに、ただひたすら批判するメディアと、情緒でそれにのっかってぐだぐだ言う人を軽蔑しています。まず、それが事実かどうか、自分で手間と金をかけて調べ、虚心に判断すべきです。

 3月26日現在、安倍首相と森友学園の件が焦点になっていますが、メディアでは『週刊新潮』3月9日号が最も公正な視点で報じていました。興味ある人は一読してみてください。さて、本書ですが、中国の軍拡などにも詳しく、是非、読んでほしい一冊でした。

『魂とは肉体を拒絶する何ものかである』
(アラン『定義集』)


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