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『路地の子』
上原善広
新潮社
1400円+税
2017年6月刊

 著者はノンフィクション作家ですが、今回の取材と執筆の対象は父親でした。

 主人公は上原龍造(うえはらりゅうぞう)。丑年(うしどし)生まれて暴れ者だったことから「コッテ牛」と呼ばれた人です。出自が、この国では触れるのがタブーとされた部落でした。

 その部落を本書では、路地(ろじ)と称しています。みなさんは、穢多(えた)・非人(ひにん)という呼称を知っていますか。古くは平安時代まで遡(さかのぼ)りますが、僧や貴族だけではなく、一般民衆にまで忌避(きひ)されていた死者の葬(とむら)いや獣肉・皮の製造、それに下賤(げせん)と見られていた芸能者までを総称して、このように呼び、一般人とは別の「人に非ず」という扱いをしてきたのです。

 江戸時代では「士農工商」の下に置かれています。一般人との付き合いもなく、動物と同じ扱いでした。それが明治維新後の1871(明治4)年に解放令が出て「新平民(しんへいみん)」とされたのです。それでも差別はずっと続いてきました。

 大阪など関西でその差別も露骨(ろこつ)で執拗(しつよう)で、出自が部落と知れると就職・結婚にも支障が出ます。このへん、私には知識だけで、情緒しては理解ができません。私の生まれ育った町にも部落と呼れた区画がありましたが、父は普通の人と同じように接っていたものです。

 本書の主人公は1949(昭和24)年に大阪の路地で生まれた龍造が屠畜(とちく)を業(なりわい)として成功をおさめる過程と、部落解放運動が交錯していました。

 部落に生まれて差別されてきた人々を被差別民と呼んでいますが、その人たちが社会で不利益を受けないように配慮・援助していこうというのが同和(どうわ)事業に税制面でも優遇措置がありました。

「ありました」というのは、法制度上では時限立法で効力は切れていても、慣習として優遇は消えていないからです。他にも行政上で種々の恩典があり、これを同和利権とも言います。右翼や共産党などの左翼にヤクザまで入り乱れて、利権を巡って争ってきた歴史があったのです。

 龍造も15歳の時に包丁を持って殺してやろうとした男が、その同和事業に絡んでいて、敵対側に回りますが、牛の解体屋から成り上がるところに、龍造のエネルギーが感じられました。

 短期で怒ると暴れだすというのは、私にとって父のせいで珍しい世界ではないのですが、著者の父である龍造もそのような一面を持った人でした。冒頭は牛の解体から始まりますが、一度は見てみたいものです。表紙カバーに枝肉(えだにく。牛を二つに割った状態)の写真が載っていましたが、大きなものでした。

 差別自体については、両親のおかげで、部落だとか施設だとか、あるいは洋の東西を問わず外国人にも全くありませんし、なぜ、差別するのか不思議です。みんな同じで、父の言葉では「いい奴と悪い奴がいるだけ」でしかありません。

 私は部落出身の友人はいませんが、いたら何も意識なく付き合っていたはずです。もっとも、私の町では前出の区画にいたごく少数の人が部落民で、数も少なかったという事情がありました。

 関西では今も、はっきりと差別があると言われていますが、自分の出自を言えない人もいるのでしょうね。本書では、被差別民への社会の対応に是非を述べてはいませんし、解放運動も外側をトレースする形で、あまり深入りしていませんでした。

 現在、屠畜(とちく)・解体の仕事は昔ながらの職人から、自治体の職員や民間企業の社員と移行していますが、職業として興味深いものがあります。本書においても解体の場面の叙述を想像しながら読んでいました。

 なかなか、血が熱い男の物語ですが、著者は筆を抑えながら描写しています。食肉業界を題材として描いた書には『食肉の帝王』(講談社アルファ文庫)もあり、こちらの方は業界のことが詳しく書かれていました。

 ご一読を!

『賢い者はチャンスを逃がさない。しかし、自らそれ以上のチャンスをつくる』
(フランシス・ベーコン)


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