『迷宮』第7回


警察薯から検察庁へ行くわけですが、大別すると2つに分かれます。

1つは集団護送、もう1つは単独護送です。

集団護送は、比較的軽い(懲役刑なら10年未満の)刑が予想される被疑者が何人かバス(マイクロ)に乗って行きます。検察庁の1階ないし地下には集団用・単独用のバリッとした鉄格子のついた檻(本当に檻です)があり、その中にはベンチが備えられています。集団で行った人たちは、そこでワイワイガヤガヤ、自分が呼ばれるまで世間話をしています。

大体は自分の事件について、どのように供述すると刑が軽くなりそうかの法律相談です。なんたって新米(しんまい)弁護士より裁判の量刑に詳しい「ベテラン」がいますから、そんなに外(はず)しません。

「いやあ、参りました。自分の検事、うるさいんです(厳しいということ)よね」などは、よくある会話で、それに対してベテラン被疑者は、「そういう奴には、ひたすら平身低頭で口数も少なくしとくことだ」などと経験からくる助言を欠かしません。

さらに裁判での話し方・態度から始まり、判決の量刑も「宣告」してくれ、全国のどこの刑務所が過ごしやすいか、食事がいいかなど、適確なコンサルティングをしてくれるのです。大きな都市では、朝8時から8時半頃に警察署を出発して、午前の部の人は昼前に帰ってきますが、午後の部もある人は残ってそこで昼の弁当を食べます。弁当は大体、ホカ弁などで最も安いものが普通です。小さな都市では「本物の茶」が出ますが、小湯(さゆ)が大半となります。

殺人や、世間を騒がせた事件の被疑者は「単独護送」になるのが一般的です。私もこれでした。単独護送は乗用車を使います。運転手の刑事と、後部座席の真ん中に被疑者、両隣に刑事が座る3人体制です。

現在は、逮捕後の喫煙は一切禁止となっているとのことでしたが、以前は自由に喫煙できました。待機用の檻も1人用で、中にはマンガコミックや週刊誌があります。この雑誌類がない所もあり、これは地域によってバラバラです。1人用の檻では喫煙できる所もありますが、これも所によって異なります。檻の中では手錠も腰縄も外しています。検事の部屋に行く時には手錠・腰縄ともに装着するわけです。

検事調べの際は禁煙で、検事も喫煙することはありません。警察からの供述調書での事実の確認や、検事が気になる点を調べます。検事というのは公判(裁判)が最後まで維持できて、犯罪に見合った判決が出ることを至上の命題としているので、検事調べの時から、法廷での検事の役割が十分に活(い)かされるように供述を取り、調書を作ります。多くの被疑者は検事が、「きつい」「厳しい」と言っていますが、私は厳しい検事・刑事にあたったことはありません。

たぶん、やったことはやったよと、あっさり認めて正確な記憶によって供述するので「良い被疑者」だと思われているからでしょう。被疑者の大半は嘘を言う、よく覚えていない人たちなので、検事としては余計に苛(いら)立つものがあるのではないでしょうか。

検事調べの回数は、検事の性格・事件の性質によって違います。一回二回で終わる人もいれば、何回となく呼び出される人もいるのです。一般的な被疑者は、このようにして検察庁に呼び出されて行きますが、本来の法律では違います。

みなさんは「代用(だいよう)監獄」という言葉をきいたことがありませんか? たとえば、政治家や官僚や有名人などが逮捕されると、その身柄は警察署ではなく、直接、拘置所に収監されることが普通です。すると、検事の方が検察事務官を連れて拘置所に通(かよ)います。これが正しい取り調べです。

調べる人(検事)と、身柄を預かる・管理する人(拘置所)が別で、供述の仕方によって(中での)扱いに差がつかないのが正しいあり方となっています。しかし、現実社会では、調べる人も被疑者を預かって管理する人も同じ警察署となっているのです。結果として、次のような弊害(へいがい)があると言われています。

『順境の美徳は節度である。逆境の徳は忍耐である』(ベーコン 哲学者)