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『ラ・ロシュフコー箴言集』 
ラ・ロシュフコー
岩波文庫
860円+税
2011年4月刊

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あまりにも有名なラ・ロシュフコー (1613~1680)の箴言集にしました。箴言というのは短い戒めの言葉のことで、ロシュフコーのそれは皮肉っぽくも人間の一面(全面ではなく)の真理・裏側を言い得ています。

この人は、1613年のルイ13世の治世下のフランスで高級貴族の子として生まれ、時の政治にも翻弄された人物でした。ルイ13世没後、フランスが絶対王政のピークを迎えた太陽王(自らを太陽と称した)ルイ14世の治下でもロシュフコーは政治の舞台で活躍しています。人間を見る眼は、たしかですが、冷笑主義(シニシズム)にあふれ、ちょっと刺激が強いと感じる人もいるかもしれません。

『情熱はしばしば最高の利口者を愚か者に変え、また、しばしば最低の馬鹿を利口者にする』

『われわれの持っている力は意志より大きい。だから事を不可能だと決めこむのは往々にして自分自身に対する言い逃れなのだ』

『人は決して自分で思うほど幸福でも不幸でもない』

『人それぞれの運命がどんなに違うように見えても、それでもやはり禍と福の相殺といったものが存在していて、それがすべての運命を平等にするのである』

ロシュフコーの人生は政敵というか、時代の権力を握っていたリシュリュー枢機卿を敵にしていたので、この人が死ぬまでは度々、不遇な日々をすごしていました。それでも信念を変えることなく、不遇な時にはそれなりに耐えていたのです。リシュリューというのはルイ13世の絶大な信頼を得て、実質的な宰相だった人でしたが、フランスの歴史にしっかり名を残しています。山も谷もある人生が、人を見る眼を養ったとも言えるでしょう。

箴言集はロシュフコーが50歳を過ぎてから、ぽつぽつ書き始めたものでした。

『人間の幸不幸は、運命に左右されると共に、それに劣らずその人の気質に左右される』

王の宮廷を出入りする高級貴族たちの政略や浮き沈みを眺めながら、こんなことを考えていたのでしょうか。

『およそ忠告ほど人が気前よく与えるものはない』

『人は敵に騙され味方に欺かれればくやしくてたまらない。そのくせ、しばしば自分自身に騙され欺かれて悦に入っている』

私は若い頃からロシュフコーを読む度に、そうだけど半面、人の善意も底がないこともあるよと考えてきました。しかし、服役して周りの受刑者を見ると、なるほど、ロシュフコーの語っている意味が痛いほどわかるようになったのです。

『人から受ける強制は、多くの場合、自分自身に加える強制より辛くない』

この言葉など、ここの生活にぴったりですし、私が考えることと同じでした。

『洞察力の最大の欠点は、的に達しないことではなく、その先まで行ってしまうことである』

『われわれは生涯のさまざまな年齢にまったくの新参者としてたどりつく。だから、多くの場合、いくら年をとってもその年齢においては経験不足なのである』

ここで暮らしていると、人間の賢さとは知能よりも性分が作り出すもの、その性分が良くなかったら、それを直しながら生活するものだと痛感しました。理性より感情が常に優先すると、自分のことを知っているつもりでも進歩がなく、いつも同じ失敗を繰り返します。その感情を抑えるのは、物事への一種の達感であり、諦念のようなものかもしれません。

自分が正しいことにこだわるより、自分が快くいられる道を選ぶようになると、それまでの問題が「消えることもある」のを知りました。自分を気分良くするのは問題が起きない、なくなることではなく、それらがあっても気にしない態度ができることで、それは、ある方角から試してみると、思ったよりも容易なんだと知った「時も」あります。

箴言をそのまま読むもよし、そうならない方向を考えるもよしの一冊でした。

『われわれに起きる幸不幸は、それ自体の大きさによってではなく、われわれの感受性に従って大きくも小さくも感じられる』
(ラ・ロシュフコー)

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