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『政治学者が実践する流されない読書』
岩田温(あつし)
育鵬社
1400円+税
2018年9月刊

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今回は私のレビューのテーマのど真ん中の、読書についての書です。著者は政治分野で現実的かつ優れた書を発表しています。今回はその著者が、

読書とは何のためか

を核として、古今東西の古典を中心に語りました。本書を読むと、その読書範囲(分野)の広さが十分に窺(うかが)えます。

皆さんの読書の目的とは何でしょうか。まさか、ただの暇つぶしとは言わないでしょうね。よく、新聞や他のメディアにおいて、読書の目的とは何かとアンケートがありますが、この答えを見ると、なんと無惨なと嘆息するばかりです。以前、読者の方からのコメントで、本を読む目的は何ですか?という趣旨の問いがあり、私は、

世界を広げる、他者の経験や知見を得る

などと答えました。ただ、頭から読書に否定的な人に対しては、何を言っても納得などありません。わかる人はわかる、わからない人はわからないとしか言えないのです。

多くの本を読んだからといって、それが実になっていない人もいます。なぜなら、読む時に著者の思考や言葉に浸りきって、自らの頭で考えたり、反論したりという作業をしないからです。そうなると、自分の言葉のつもりで話していても、それは誰かの受けうりでしかなく、そういう人に限って、そのことに気付いていません。

チョーエキにもそういうのがいて、話すことはすべて直近の新聞や本の受けうりで、ではその核心について質問すると途端に答えられなくなります。これでは読まない方が利口です。読書する際には、その分野につき、基礎的知識があった方がいいのですが、なかった時には、

その一冊だけを正しいものとせずに

他も読んでみます。私はこどもの頃から、懐疑心(本当かな、他のはどんなのがあるのだろう)が強く、そのため数冊では信ずるに値せず、たくさん読むことになってしまいましたが、それはそれで役に立ちました。

今も変わりません。あるテーマについての本を山ほど読むと、大体は6割7割が似たような記述です。その部分が基本、核で、あとは著者によってさまざまな見解が示されていて、そこが私が読みたい部分でもあるのです。

「読書の必要は、ただ一冊の本の人間にならないために、言い換えれば、一面的な人間にならないために存在するのである。単に自分自身の時代のみでなく、また過ぎ去った時代について、単に自分自身の国のみでなく、また世界について、全体の生活と思想について正しい見通しを得るために、多く読まなければならぬ」

これは戦前の哲学者の三木清の言葉ですが、その通りですね。

前半部分で、田中角栄(かくえい)元首相の逸話が出てきます。世間では田中角栄元首相の是非につき、今も議論していますが、この人の人心掌握術は芸術の域でした。それだけ生身(なまみ)の(理屈ではなく)人間を熟知していました。人間というのは私利私欲が絡むと、表面は善人のようでも、それらしい弁解や言い訳をして裏切るものですが、田中という人はそれさえもよく知っていました。いかに人の心をつかみ、自身の味方とするかという点で、日本の政治家でこの人以上の人はいません。それに比べると、今の野党の主な政治家たちなどガラクタです。もちろん、与党、閣僚にも同じような人がいますが。

本書では多くの著書が引用されていますが、良書ばかりでした。オー・ヘンリーなんか読んだことありますか?『最後の一葉』で有名ですが、私の好きなのは『贈り物』です。この作家は、人間の心の動きについてよく知り、かつ、一つの皮肉や悲喜劇を描くのが上手でした。他にも、

小泉信三『読書論』
グロスマン『人生と運命』
プラトン『パイドロス』
渡部昇一『青春の読書』
ミルトン『闘士サムソン』
佐藤一斎『言志四録』
田中美知太郎『人間であること』
モンテーニュ『エセー』
パスカル『パンセ』
『論語』
エリック・ホッファー『魂の錬金術』
スマイルズ『自助論』

などなど、読んでおきたい書が並んでいました。

振り返れば、私が「読書」という生涯の友に出会ったのは3歳になる前のことで、何度も何度も読んでと母にリクエストするので、母が文字を教えてくれたのが始まりです。調べてみると、1962(昭和37)年にディズニーの絵本が日本に入ってきているので、1959年秋生まれの私は、やはり、3歳前ということになります。このディズニーの絵本は色が鮮やかで、よく覚えているのです。

『101匹ワンちゃん』
『ダンボ』

など、そのページを丸ごと覚えています。

母は父と違って処生的に賢い人で、私に本を読みなさいと言ったことはありません。私が成人した後、母が教えてくれましたが、家のあちこちに絵本を置いといただけでした。すると、私は勝手に独りで読んでいたそうです。どこかに行く時も必ず本は持っていくのが「お約束」で、以来、父の、

「本なんか読むな!目を悪くする」

という声にも負けずに読み続けてきました。

服役してからは、自由に使える時間が以前の何分の一にもなったので、冊数こそ減りましたが、これを書いている11月23日現在、本年(2018年)は、約1150冊を差し入れしてもらっています。読んでいる時というのは、獄中であることを意識しません。

古典など読むと、何百年、何千年前の人間も、現代人とほとんど変わらない思考、悩みを持っていたとわかります。そうではありながら、ローマやギリシャの哲人や賢人の書を読むと、この人たちは何でこんなに賢いのかと、うならざるを得ません。要は、それだけ生きることについて、考えを巡らせていたのですが、今は「考えること」が中途半端な時代になった気がします。本書、質の高い、良書です!!

『読書は邂逅である』
(三木清)

このレビューで美達が紹介した本