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『自分は変わったのか』

ここ10年を振り返り、自分は変わったかと聞かれれば、

「変わった部分あり」

となります。と言っても全部が変わったということではありません。

10年前に比べて穏当になったのは確かです。腹の立つことがあっても、自分で何とか宥めるようになり、怒りの度合いが低くなりました。加えて怒りが長く続かないようになりつつあります。厳密に言うと、以前から相手に指摘してきたことを、きちんとやらないことには怒りが湧きますが、そうではない突発的なことには腹が立たなく(以前なら腹が立っても)なりました。

他に相手への評価について、本当にダメだな、無責任だ、口先だけだと感じても、一定期間は猶予したり相手の善い部分を見るなど、一方的なことが減っています。それでもこの人はダメだと思えば関係を断つようにしていますが、これは自分が本気で怒って不快から憎悪の感情に移行しないための予防策でもあるのです。

自分の気分につき、その日の動向に対して受け身や、流されるのではなく、朝から積極的に気分よくしていようとするようにもなりました。常に自分を気分よくさせることは、毎日の第一の務めです。塀の中の生活では、平日の作業も楽しみの一つ(記録更新への楽しみ)ですし、休日は、原稿書きは楽しみには入らずとも、読書が楽しみになっています。

楽しくすごせるのは、自分の環境以上のものは求めず、あるもので満足できるように考えているからです。あれがほしい、これが食べたい、社会にいたらこうなのに、など、同囚が持つ欲望もなく、全て塀の中の世界で自己完結しているのが長所になっています。要は自分の努力で何とかなるものは頑張る、ならないものは一切、望まない、考えないということです。

「世の中には福も災いもない。ただ考え方でどうにでもなるのだ」

とシェイクスピアが語っていますが、その通りです。

不快なことがあっても、それを感じるのは自分なので、自分で消化してしまうようになりました。社会にいる頃は、不快なことはどんなことをしても解消するのだと、その一事にこだわっていましたから、その点は今が善の状態です。年を取って怒りや不快なことにエネルギーと時間を使いたくないということも大きいです。自分でどうしようもないならそれを受けいれるしかないですし、なるべく気分よくすごすこと、左右されないこととしています。

2018年は秋までは悪い流れが続いて、先が見えないと思っていましたが、秋からそれを一新することがあり、将来への希望になったのが救いでした。捨てる神あれば拾う神ありだなと、天に感謝しています。

絶えず心がけているのは、目の前のことに最善を尽くすということです。これは口先や言葉ではなく、行動が伴ってなくてはなりません。口先だけなら天罰が下りますし、自分が腐ります。ただでさえ犯罪者なのに、腐るような生活をしていては、いない方がましです。

陽明学では、

慎独(しんどく)

独りを慎むという言葉があります。誰が見てなくても、独りでいても、その行動、所作、姿に慎みがなくてはならないという意味です。これを常に念頭に置いています。昔の人の言葉なら、

端(はした)ない(下品で見苦しい)振る舞い、所作(動作)、格好で生活していないか、気を付けています。この慎独というのは、陽明学を学び出した中学生の頃から意識するようになり、社会にいた頃も訓練(日々の暮らしで)してきました。

「家でくつろがないことは一つの美徳」

という言葉がありますが、結婚してからも妻の前で、気の緩んだ言動、姿がないように努めていました。これは父を見ていたら、自ずとそうなった部分も否定できません。あの人の凄いところは多々ありますが、疲れた、痛い、眠いなどの言葉と態度が全くなかったことでした。ソファで寝っ転がることもなく、起きている時はエネルギー全開の怪物だったので、私も実践してやろうとなったのです。家では、どんな時でもきちっとした格好で、横になったこともありません(夜、寝る時以外は)。ただ、それが特別なことではなく、自分の中では普通のことでした。

「息抜きってないの?」と尋ねられることが多かったのですが、息抜きとは何なのか、何のために必要なのか、さっぱり理解できない状況でした。なぜなら、仕事も自分が好きで、やりたいことだけやっていましたし、私生活でもやりたいことだけで生活していたからです。好きなことに対してどんなに根をつめていても、長時間やっていても、息抜きなど必要ではありませんでした。今もその考えに変わりありませんが、塀の中では起きていられる時間が短いので、余計に息抜きなど必要ないのです。

天というのが出ましたが、変わったといえば、何か善いことがあると、これは今以上に努力しなければ災いが降ってくると考えるようになりました。その善いことが二つ三つと続いた時は、「いよいよ、これはまずいぞ、しっかりせねば」となります。逆に悪いことがあると、自分が真面目にやっている限り、そのうち芽が出ると信じているのです。

その点では、若い頃のように休む暇なく善いことばかり続けるのだという、強引な生き方ではなくなりました。塀の中での生活は、自分の力、努力ではどうにもないらないことや、こっちがきちんと生活していても、他者のことなど構わない無法者がいて、なかなか理不尽、不条理な世界です。その不条理に腹を立てず、

「ま、いいか」

と思えるようになったのは大きな収穫でした。この「ま、いいか」は、昔は大嫌いな言葉でした。理由は、妥協、自分で何とかしてみせる努力の放棄だと考えていたからです。「ま、いいか」は、自分に許してはいけない言葉でした。性分的にも、これを実行するのは無理だったのです。どんなことでも即座に解決してみせる、白黒をはっきりさせるというのが、社会での自分でした。それが今は、「ま、いいか」となり、穏やかにすごしています。気の短さが直りつつあるわけです。刑務所は、何ごとにつけ時間がかかり、気長に待たねばなりません。忘れるくらいでいいのです。今は、それが上手になりつつあります。

私の性格を考える時、最も役立っているのは、対人関係においての多面的評価を習慣化しつつある点です。これはどういうことかというと、付き合いの中で、不快あるいは腹が立つ、大いに失望する、そんな局面があった時に、その原因となった相手に対して心の内で非難するばかりではなく、これまでの付き合いを振り返り、よかったこと、世話になったことを思い返し、人間にはさまざまな面があるのだからと、弁護できるようになってきたことです。

この点では、獄内の私が観念の中で辿りついたのではなく、社会にいて、本物の家族でさえここまでやってくれないだろうという、人の献身的行為があります。本当に並のことではない支援と協力で、それを思う時、これはひどいという時でも、待て待て、これまでの恩があるではないか、と別の面から判断するようになりつつあるのです。ありがたいというか、なるほど、人は己のためではなく、誰かのためなら頑固な自分でも変えようとできるのだと教えられました。感謝すること、それも不快な状況を知らされたあと、仕方ないのか、これまでのこともあるし、と早目に気分と相手への感情をよい方に切り換えられるようになり、これは完全ではないものの進歩でした。

私は元来、狭量な人間です。どんなに親しくても、おかしいものはおかしいとしか言えません。それを黙って表面的に付き合うというのは、立派な嘘になり、狡(ずる)いことに該当するという信条があるからです。が、日本人はそれをすると、大体は関係が悪くなり、付き合いも切れます。私は切れたらそれは致し方なしと解釈して、心の内で切ってしまうことにしていますが、この10年で少しは改善されたように感じます。今は、よほどひどいケース以外は、関係を継続するように心がけています。

ほんのわずかずつでも、狭量さが直っていくというか、変わらずとも、相手の良い面の弁護もできるようになりました。人は寛大であるというのは、相手にもプラスですが、何より自分に大きなプラスになると気付きました。せめて今くらいの気持ちがあれば、社会にいた頃の周囲の人や家族はずっと幸福だったろうし、自分ももっと気分よくすごせたと感じています。もちろん事件もなく、塀の中に来ることもなかったでしょうが、逆に塀の中に来たから気づいたのであって、来なかったらあのままだったでしょう。

10年を振り返ると、基本全部が変わった点、変わらなくても異なる見方、考え方ができるようになった点が挙げられます。あとは自分で驚いているのですが、犬猫のみならず、赤ん坊に対して、まるでジジバカのように可愛いという情動が湧くようになり、これは何なのかと不思議です。子どもは好きでしたが、こんなにまで可愛いと感じるのはなぜなのか、自分でもわかりません。

他では体力筋力の低下、初めての白髪(59歳で発見)が生えてきたことです。ハゲではあるものの、人並みに白髪が生えてこないのかと待っていたこともあり、「おお」と納得しました。体力筋力の低下は淋しいですが、予定のうちで仕方ありません。この10年間の変化とは、こんなところです。今後、まだ変わる部分はあるでしょう。