哲学ノート (中公文庫)
三木 清
中央公論新社
2010-04-01



お待たせしました!(って誰も待ってない?)
大きな期待と支持を得ている(と、自分で思ってる)基礎教養シリーズです。

本日は、哲学を学ぶ上で、思考の仕方のレッスン書とも言える『哲学ノート』にしました。

単に引用が多いから知っておくという功利的なことではなく、社会の文化や諸々の問題について、基礎的な論考であるという理由で取り上げました。

初出は昭和16(1941)年ですが、以来、読みつがれてきています。

三木清という人は戦前の自由主義的知識人の代表とも称された人ですが、マルクス主義にかかわり、その限界と欺瞞を知った人でもあるんですね。

戦争末期に治安維持法で投獄され、獄死しています(この時代の獄は、本物の獄でした)。

本書の最大の特徴は、哲学書特有の難解な言葉ではなく、具体的かつ明晰(クラリテ)な文章で書かれていることです。

全く無駄・冗長な言い回しはなく(わざと、こんな書き方をして賢いような錯覚を持つ学者が少なくないのですが)、シャープで問題の中心を矢のように射ています。


本書の構成は次の通りです。

 新しき知性
 伝統論
 天才論
 指導者論
 道徳の理念
 倫理と人間
 時務の論理
 批評の生理と病理
 レトリックの精神
 イデオロギーとパトロギー
 歴史的意識と神話的意識
 危機意識の哲学的解明
 世界観構成の理論


新しき知性の節では、既に当時の知性が「技術的知性」の意味に理解されるようになったとしています。

合わせて近代における人間観の変遷をホモサピエンス(理性人間)からホモファーベル(工作人間)になったとも分析しているのです。

この節では民族と伝統について触れていますが、民族的とはパトス的結合で、この場合のパトスとは主体的に理解された自然と述べます。

その伝統ですが、次節によれば単に客観的なものでなく、主観も入るようです。

過去から連続的に流れてきたものだけではなく、ある時代に忘れられていたものが後の世に至って伝統として復活することもあると語っています(明治維新後の天皇の在り方が一つの例でしょうか)。

『かくて伝統主義の本質は、伝統の超越性を強調し、これに対する我々の行為的態度を力説するところになければならぬ』

続く天才論の節では、天才は一つの歴史的社会的現象と考えられると定義しました。

著者はカントの天才論を『天才時代の哲学的反省の産物』とし、シュトルム・ウント・ドゥラング(疾風怒濤・1770年代のドイツの文学革命運動とその流派のことで、理性よりも感情を尊重し、個性としての天才を崇拝した時代を言います)の天才運動に対して、冷静・批評的・懐疑的な態度をとっていたカントについて述べているのでした。

カントは人間の心を資質・才能・天才に区別したとありますが、資質は物を把握する力、才能は生産する力、天才は創造的才能としています。

指導者については、社会的状況との関係なしに理解できず、リーダーシップは一定の状況の函数(かんすう)というのが著者の見解です。

この指導者の節は、現代のあらゆるリーダーに当てはまるだけの論理の堅固さを持っています。

自分、或いは他者を判断する鏡としても十分に使えるものでした。

『そして天才時代における弊害が真の天才でない者の天才を気取るところを生じたように、今日の弊害も真の指導者でない者が指導者を気取るところに生じている』

私はこの文章を目にして、瞬時にここ数年の政治を連想しました。

また、私は自分が過ちを犯した愚者として、道徳の理念・倫理と人間の節は、繰り返し読むことになったのです。

『ベルグソンは倫理的強制の根柢(こんてい)には社会があると考えるが、その社会というものは、彼によると、諸習慣の体系と見ることができる』

今から70年以上も前に書かれたものですが、その論理と文章に、いささかの時の流れを感じさせません。

現代社会においても、そのまま通じる思想の普遍性を、まざまざと見せつけられた気がします。

解説にもあるように、考え方を述べる他に、その問題について、どのような考え方が可能であるかを示唆してくれるものでした。

一読して感じるのは、著者がいかに幅広く、かつ深く書を読んでいたかです。

学生時代から本書を読むのは何度目かになりますが、その度に新しい発見や、以前とは異なる思考に気がつきます。

本文は216ページしかありませんが、そこで教えられたり、刺激されることは、相当な量と言えるでしょう。

考え方、現象の見方を学ぶ上でも本書は効果が大です。

ものを書くようになった今、後半のレトリックの精神・批評の生理と病理は刺激的でした。

哲学者の本と言えば、独特の用語や、もって回ったような言い方に、うんざりする方も少なくないでしょう。

中にはその用語を使わなくては説明できない、より高次の思考に辿りつけないという時もありますが、単に難しそうに書いているという駄本も多いものです。

本書は鋭利な刃物で、シャッと斬ったように無駄のない論理が展開されています。

慣れない方は、一日にほんの何ページかでも目を通すだけでも違うはずです。

自分の関心のある分野から読むことをお勧めします。

若い頃に本書を読んだ時は、知識として捉えていました(それがわかったのは、かなり後のことですが)。

今は、自分の経験と知の深まりもあって、別の感じ方をするようになりました。

そういう意味でも読書の力とは、素晴らしいものですね。


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