歴史学概論講義の実況中継

大学教養科目「歴史学」講義。いわゆる歴史学概論の内容です。
講義でお話する内容に従って、余談も含めて書き留めていきます。
できるだけライブ感が出せるようにやってみます。

2015年06月

ここで、前回の補足を西洋思想史を題材にしながら、少々お話しておきます。

自分と世界の外側に絶対者を立て、そこから世界と自分を照らしだすようにして得られるのが合理主義的な世界観です。これにかぎらず、人はどうやらものごとを客観的にとらえるためには、知性と言語を用いて観念的な回り道をせざるをえないように生まれついているようです。

かつてマルクスはこれを逆立ちした論理だと批判しましたが、人間にとって論理というもののありかたは最初から逆立ちしているのかもしれません。そういうマルクスもその逆立ちしたヘーゲルの論理と自然科学的方法を十分活用していたわけですから。

ちなみに、こうした合理主義的世界観は、キリスト教信仰の論理に内在するものとしてすでに中世から(ギリシア哲学の助けを借りながら)準備されていましたが、17世紀のデカルトの合理主義に近代科学の成果がともなうにつれて、世界中に圧倒的な影響を及ぼすことになりました。

実は近代科学も近代哲学も、その意図としては、ほとんど神を賛美するために、つまり、神の法則の存在を確認するつもりで、自然界の法則を見出そうとしていました。そして、ひとたびこの視点に身を置いてみると、確かに世界は立体的で、奥行きのある整然とした構造をしているように見えてきます。

もちろん彼らはそのように見ようとしてそうしたのですが、神様はあると信じるならありますし、ものごとはそう見たいと思ったらそのように見えてきまうのが。そして、近代科学技術の目覚ましい発展がこれを裏打ちしてくれるようになってきたのですから、ものごととそれを取り巻く環境(社会)を自分たちの思うとおりに変えていけばいいという思想が定着します。

本来限りある命を授けられてこの世に現れた相対的な人間は、絶対者の存在を仮定することによって、この世を(あの世と対比させて)客観的にとらえることができるようになり、自らの手でこの世の中を設計し、少しでも多くの人が安全かつ快適に暮らすことができるように、地上の楽圏を築こうとします。

近代合理主義と近代科学を、そしてついでに言えば近代市民社会も、それを支える思想は非合理的で実証できない啓示宗教の信仰に基づくものでした。このように、西洋の哲学者や科学者による独特の「神への賛美」はその後もまだまだ200年ほど続きます。

人間が自分で意識していること、思考していることと、その行動との間には先にも述べたように宿命的なズレがあるわけですが、近代に入って思想や言葉が人を動かすことが顕著になると、そのズレはもはや200年〜300年に及びます。

その後、ニーチェが「神は死んだ」と言ったりする中で、神様なしで科学によって十分明るい未来が開けると思った楽観的な19世紀を経て20世紀に入ると、いっそうの期待が膨らむかと思いきや、結局人類は2度の世界大戦を経験し、もはや神も仏もない状態に入ります。

原始爆弾まで作った上に実際に二度も投下してしまうと、相変わらず人間は愚かだということに加えて、近代科学に対しても以前のような明るい未来を託すような期待は持てなくなってきています。

今日ではもはや宗教にも科学にも人類の夢を託せそうにはないということだけはわかってきました。

暗いですね。今後どうなっていくのでしょう。日本にかぎらず西洋諸国が少子化問題を抱えて久しい理由もわかる気がします。

しかし、そういう今日でもノーベル賞を受賞する優れた科学者に、たとえキリスト教とは限らなくても何らかの宗教の信者が圧倒的に多いことはよく知られています。これは善し悪しの問題ではなく、れっきとした事実ですから、頭の片隅にしっかりと入れておいてください。

最後に、近代の哲学者たちにおける信仰はどうだったのかということも傍証を兼ねて、少し見ておきます。

たとえば、デカルトの議論は神の存在を前提にした上で、アウグスティヌスの言葉をもじったような「われ思う、ゆえにわれ在り」を強調しています。

実はこの言葉と同時にデカルトは「考えるためには存在しなければならない」と言ってもいます。これはほかでもないモーゼの「われありという神」の存在を含意しています。

これについては時間が許せば後に詳しく触れますが、新刊拙著『間違いの効用』(ふくろう出版2015年)でも論じていますので、よろしかったらお読みください。

カントは信仰告白のような「満天の星空とわが心のうちの道徳律」という言葉を残し、神に由来する世界の秩序と人間の現存する道徳意識が通じる瞬間を表現しています。

ヘーゲルも熱心なクリスチャンです。ヘーゲルの論理の核心には、人間が概念を持ち、それを理念に高めていく中で、言葉の創造的可能性をとことんまで突き詰めていくという姿勢があります。

「理念とは、概念によって規定された実在性である。あらゆる現実的なものは概念である」(『哲学入門』武市健人訳岩波文庫158頁)

これは聖書のヨハネによる福音書の「はじめに言葉ありき」というときの「言葉」の持つ力を思い起こさせます。

さて、啓示宗教についてはいいとして、わが「無宗教」的日本人はどうなのかという話については、このあと日本思想史の話題の中で触れることにします。

日本からも近代以降、世界的な科学的発見やイノベーションが出てきているわけですが、その一方で、多くの日本人は絶対という観念を少なくとも啓示宗教のそれようには理解していないということは確かですから、これはあらためて論じなければなりません。

イエス・キリストはユダヤ教の天地創造以来の福音を尊重しながらも、律法の根本にある神への愛と隣人愛を全面的に押し出すため(マタイによる福音書22・37・40)、従来のユダヤ教としては律法の否定と受け取られないわけにはいきませんでした。

イエスの振る舞い方はユダヤ教の預言者のそれのように見えます。預言者は人びとによってその言葉が神から出たものだと認められれば預言者ということになりますが、そうでないと神を冒涜したということで迫害を受け、殺されてしまうこともあります。
事実イエスは神を冒涜したかどで捕らえられ、十字架刑となります。その亡き骸は信徒が引き取り洞窟に埋葬しますが、三日後イエスは復活し、弟子たちのところに現れ、食事を共にし、弟子たちを祝福しながら昇天します(マルコ16、ルカ24、ヨハネ20)。

十字架刑に処せられた後復活したイエスは、その後〈人類の罪をそそぐために犠牲となった〉と解釈されるようになります。この解釈は聖書のパウロの手紙で初めて著された思想ですが、これがキリスト教神学の始まりでもあります。

 イエスはそこで人間でありながら、同時に神の子とされるという、もはや理屈では説明の付かない存在となります。それは後に、父(神)と子(イエス)と聖霊(両者の間に働く人格的エネルギー)という三つの位格でありながら、なおかつ一つの神であるという思想、すなわち三位一体論へと発展していきます。

ここでイエスは復活の後、とうとう神様となってめでたしめでたしとなるわけでは決してなくて、世界の終わりに神とともにもう一度やってくることになっています。なによりユダヤ教の世界観を引き継ぐからには、世界は終わらなければなりません。

このキリスト教の終末論は、新約聖書の最後に収録されている「ヨハネの黙示録」に書かれています。

そこでは天から雲に乗って下ってきたイエスが「最後の審判」を行います。そこで死者たちは甦って、生前の自身の行いによって裁かれます。この審判により、神の国に入れる者と、火と硫黄の燃える池に投げ込まれ第二の死を迎える者とに分けられることになります。

と、まあ、こんな風に世界の始まりから終わりまでがしっかりと説明されているのがキリスト教の特徴です。これをそのまま信じることができれば、無宗教の皆さんでも今この場でクリスチャンになることができます。

それはそうと、ユダヤ教とキリスト教ではどこが違うのでしょうか?

キリスト教がユダヤ教から引き継いだ直線的時間の観念は、イエスという理想的人間像を獲得することで、具体的な人生の目標としてとらえられるようになります。この世において人びとは日々イエスを模範として自分の行いを律し、世の中に働きかけていくことが求められます。

個人のレベルでは、人生の目的と同時に、倫理観(命にかけてもやるべきこと、やってはいけないこと)が確立します。

昔読んだ作家の山口瞳のエッセーの中に、欧米人には「思想」があるから付き合いにくい、というような表現がありました。さすがに日本人のふつうのおじさん(西洋かぶれしていないおじさん)の感性を代表する作家だけのことはあって、見るべきものは見ています。この「思想」というのが彼らが命にかけても守りぬこうとする当のものなのです。

ここのところが日本人にとっては本当のところはわかりづらいところなのです。この倫理や思想のためにわざわざ超越神を立てるようなまわりくどい操作など必要ないのではないかと感じる人が多いのではないかと思われます。

しかし、これは逆にこうした超越神を立てなければ相対的な世界の中で強度をそなえた確固たる倫理や思想を立てることができなかったという事情があったと見たほうがよさそうです。
さて、ユダヤ教的時間には確かに始まりと終わりがあるのですが、その間、人びとは神の命令をひたすら遵守することが求められます。人間の側からの積極的な働きかけは仮に許されたとしても推奨されてはいません。神をコントロールしようとすることは神への冒涜となるからです。神と人間との距離にはとてつもないものがあるのです。

他方、キリスト教ではイエスという人であり神でもある存在が信仰の中心に位置づけられているため、この人間と神の距離が一挙に縮まりました。イエスに導かれて神の国に入るべき新たな人間には、神が本来持っていた創造性が宿ることになります。それと同時に、先に述べたように、人生の世俗的な目標も明確になります。事実、中世ヨーロッパでは教会がこの世に神の国を建設するという目標も立てられました。

したがって、キリスト教の文明史的意義というのは、人間が〈神から与えられた創造性〉をもって他者、すなわち社会にはたらきかけていく可能性を切り開いたということにあります。そして、このことが日々最終的な目的に向かって時間の流れに即して行われていくという〈進歩の観念〉をもたらしました。

進歩の観念は当然ながら進歩的歴史観や歴史的発展段階といった思想を生み出し、19世紀に生物学が発展してくると、進歩は科学に裏打ちされた進化という観念となり、世界中にその影響を及ぼすようになります。

ここでようやく先に述べたダーウィンの話ともつながってくるわけです。

ここでの参考文献としてはChristopher Dawson, Progress And Religion, An Historical Enquiry, 1929, London.と坂田徳男『人間崩壊最中の哲学』(松籟社1981年)を挙げておきます。

さて、次回の課題ですが「いわゆるトンデモ歴史説の実例をできるだけ調べて来てくること」です。源義経がモンゴルにわたってチンギス・ハーンといった、まずもってそんなことはありえないだろうというトンデモ歴史説をできるだけたくさん集めてきてください。

普段の比較文化論や現代文化論の授業で説明している啓示宗教の意義を、中でもとりわけ歴史意識に関して、ここで具体的に確認しておきます。

先にも述べたように、ユダヤ教が超越的な唯一絶対神を信仰したのは、当時の諸宗教の中でも極めて特異なことでした。そして、歴史家のクリストファー・ドーソンによれば、このとき人類史に直線的時間という観念がもたらされたということになります。

この点をもう少し解説しておきます。

さまざまな神々がいる世界というのは、ある意味で人類のこの世の不安定な状況を相対的に安定させるはたらきを持っていたわけですが、こちらの神を立てながらあちらの神にも気を使うというように、その場しのぎの安心は得られますが、どうあってもこの世での霊験の強さに左右されるところは、人間社会の理不尽さが投影されている印象があります。

超自然の神というのは自然のまったく外側にいて、自然そのものをなにもないところから創り出したというわけですから、人間の側からは窺い知ることさえできない異次元の神の世界の存在が想定されます。

人間の思いの届かないところにあるからこその絶対神=超越神ですが、こういう二元論的世界観は、取りも直さず「絶対」ということについての抽象的思考を研ぎ澄ませるはたらきを持っています。

抽象的思考ということでいえば、宗教そのものではありませんが、プラトンの二元論的な哲学的思考が高度な抽象性を備えて余りあるほどであったことを思い起こしてもらうといいと思います。

他方で、ふだんのわれわれは相対的な価値観の中で、自然と人間に由来する様々な理不尽さや暴力にさいなまれています。たとえ幸いに生まれてこの方平穏無事な生活を送ることができていたとしても、最終的にはだれにでも訪れる死がすべてを奪い去っていくように見えます。

仏教では生病老死の苦しみをもって四苦といいますが、国民がまるごと捕囚になるような出来事の中で、生まれてから死ぬまでずっと過酷な人生を送るような状況にあっては、この想いはあの世の幸せを念じながら、ますます先鋭化を遂げることになります。

ユダヤ教に話を戻すと、神と被造物である人間との間にはとてつもない距離があり、その神から授かった掟をとにかく守って守り抜けば、イスラエルの民は繁栄し最後の最後に救済されるという約束(神との契約)になっています。

こうしてこの世の創造をもって時間が始まり、この世の終わりにイスラエルの民は救済されて、時間も終わります。世界に終わりがあるということになると、もはや時間も循環せず、直線的に流れることになります。

この直線的時間というものが、ユダヤ教が世界に与えた思想の中でも最も画期的なものの一つなのです。

時代が転換する契機となった啓示宗教の話に進む前に、歴史を書いてきた人と歴史叙述のスタイルの変遷についてここで簡単にまとめておきます。一応歴史学概論としての務めもある程度は果たしておくことにします。

歴史が神話から独立して語られるようになるのは、古代国家の政治権力が確立して以降のことになると考えられます。たとえば現在の王が神話の神々の子孫であるということを知らしめるには、神と人との間を何らかの形でつなげてくれなければなりません。

とはいえ神話のままではいつまでたっても現在の王とはつながってこないので、神々を起源とする政治権力獲得の伝説ないしは物語が作られることとなります。

これが歴史叙述のはじまりと考えていいと思います。

日本書紀はこの点で典型的に政治的起源の歴史ですが、書き方は結構様々な神話や伝説を引き合いに出しながら、誠実に記録しようとしていて好感が持てます。

ちなみに、神話の神の末裔が今日まで「象徴」とはいいながら、曲がりなりにも国家の中心に位置づけられているというのは稀有なことなので、日本書紀が歴史叙述の典型例になるのもわかりやすい道理です。

こうして歴史叙述は歴史あるいは年代記編纂官という官吏から始まることになりますが、貴族の趣味人や好事家たちが歴史叙述に参入することで、次第に多くの人びとが歴史を読むようになってきます。

学問としての歴史学の誕生と平行して、歴史小説家や市井の歴史家がさらに多くの読書人口を獲得するようになると、大衆社会の世論や社会的価値観の形成に大きな影響をあたえるようになってきます。

われわれはどこから来たのか、われわれは何者かという考証な哲学的問題も含めて、昔、本当は何が起こっていたのかという事実を知りたい欲求には抑えがたいものがあります。歴史叙述の始まりが政治的なものであれば、いっそうことの真相を知りたくなります。

今や多くの人びとが歴史に興味を持ち、古い事実に驚き、今の状況と照らしあわせて様々な気付きと学びを得ることができるというのは、言論がそれだけ自由になってきた証です。

日本各地には郷土史家という人たちがいて、地域の図書館の片隅で日々市町村史の古文書読解に明け暮れています。日本全国の大学の創立以来の歴史が、各大学で執筆編纂され創立100年史などが刊行されています。大学もそうですが、高校も旧藩校以来の歴史を誇るような歴史の古いところは、大学史に負けない立派な歴史書を刊行しています。また、大手の会社にもしばしば社史編纂室があり、これまた立派な社史が刊行されています。

われわれはどうやら過去の記録を調べて歴史として叙述するという作業が本当は大好きなようです。そして、実際にやってみると、たしかに徐々にこの作業にのめり込んでしまうというところがあります。

過去を調べると、必ずといっていいほどに、驚くべきこと、感心すること、あるいは面白いことに遭遇します。そして、その記録をかつて何としてでも残しておこうとした人の情熱にしばしば心打たれます。さらには、これをあらためて歴史として記述し後世に伝えようとする自分がいて、この長い時間の流れの中に入っていこうとしているわけです。

歴史に携わる自分が、この長い知的営みの流れに参画するという事実が、単なる偶然の積み重なりとは思えなくなってくるという、ある種の運命的な充実感がえられるのが歴史叙述というものなのです。

これは文部科学省の立場からすると理解の極北に位置することでしょうね。一見したところなんの役にも立たず、何の経済効果もなさそうですから。

S.ピンカーが講演でも述べているように、それにしても原始時代の死因のトップが殺人というのは、驚かないわけには行きませんし、これまでの歴史の見方を大きく変えなければならない事実だと言っていいでしょう。

この数字は今日もなお原始的生活を続けている諸部族のデータもひとつの根拠にされていますが、人類学者が彼らと生活を共にしてみると、他にも彼らの生命を直接的に脅かすのは、感染症をはじめとした病気や自然災害はもとより、他の肉食野生動物や毒を持った虫の類の危険に取り囲まれていることがわかります。

それらの危機がランダムに襲ってくるのはたまったものではないわけですが、それが「悪霊のせい」というような、その因果関係が非合理的なものだったりするのは、実は今日の社会でもしばしば見られるとおりです。『妖怪のせい」ならまったくそのままです。

こうした不安を解消するために何らかの理屈をこしらえてきたのが宗教の始まりだという考えには十分説得力があります。フランスの哲学者アンリ・ベルグソンは『宗教と道徳の二源泉』(中村雄二郎訳白水社1965年)において、次のように述べています。

「宗教は、知性による、死の不可避生の表象に対する、自然の防御的反作用である」(同156頁)

あまりわかりやすい文章ではないのですが、要するにベルグソンは宗教を元来は死の恐怖への知的反応の一つであったと見ているようです。

ベルグソンは同書によれば、こうした宗教と社会はもともと自己完結的で閉じられた社会の中で生まれてくるとしていますが、あるとき、自己変革を可能にする開かれた宗教と社会が登場し、歴史を変えてきたと考えています。

哲学者の歴史観として、時代の大きな変わり目が見事にとらえられていて、ヘーゲル以降では(ヘーゲルの議論も踏まえた上で)最も魅力的な議論ではないかと思います。

この開いた宗教というのは啓示宗教、とりわけベルグソンの立場としてはキリスト教のことですが、やはり啓示宗教としてのユダヤ教、キリスト教、イスラム教の歴史的意義については、以前にも簡単に触れましたが、話が史学概論からは大きく脱線するかもしれませんが、ここでもう少し立ち入って考えておきたいと思います。

今回の課題は現代社会の死因のトップを調べてくることでした。いかがでしたか。

日本人の三大死因と言われているのはガン、心臓疾患、脳血管障害です。特にガンは30%を超えて、日本人の死因のトップです。また、世界に目を向けてみると、心臓疾患(虚血性心疾患)が1位、2位が脳血管障害で、この二つが飛び抜けています。

なぜ日本ではこれほどまでにガンが多いのかという問題はさておき、いずれにしても、生活習慣病が人類の死因圧倒的上位に来ていることがわかります。

以前触れたとおり、原始時代の死因の1位が殺人によるものだったことを考えると、スティーヴン・ピンカーやアザー・ガット、ジャレド・ダイアモンドなどが述べていたように、人類は歴史上稀なる平和な世界に生まれてきていると見ることもできるでしょう。

全死因に対する殺人の割合が25〜30%という数字は歴史学者、考古学者、文化人類学者たちが実証データを積み上げて割り出してきた数字ですので、相当の説得力を持っています。

何となく今まで一般的な思い込みとして、平和な原始時代というイメージがありましたが、今日ではこうした数字を尊重しないで研究を進めるわけにはいかなくなりました。

このように、存在したことが確実な史実、定説を覆す事実に向き合うことが、学問としての歴史学に限らず、今日の人文諸科学の研究を進める上での大前提になっています。

仮説を立てることはすべての学問にとって不可欠ですが、仮説に反する事実が出てきたときには、これを速やかに撤回しなければなりません。

今や炭素量の測定により、遺跡や器具・道具類の年代も精密にわかるようになってきました。X線撮影はもとより、骨や頭髪などのDNA鑑定も導入できるようになり、文献収集と解読以外の手段による裏付けも長足の進歩を遂げています。

社会科学の分野でも1990年台に大きな進展を見せた進化心理学や比較的近年の行動経済学や意思決定理論の目覚ましい成果も歴史研究者がフォローしておいて何ら損はありません。

先のピンカーの講義もTEDで見ることができる時代です。
ここをクリックして見てみてください。日本語字幕の出るサイトにリンクしておきました。

さて、この講義は歴史学概論ということではありますが、具体的な話が一切ないとかえって説得力を欠くことになりますので、人類史上の転換点については今後もその幾つかについては折にふれて言及していくつもりです。

先回皆さんに書いてもらった授業改善アンケートでは、シラバス通りにやってほしいという意見がありました。実はシラバスは手違いから昨年の講義のそれと変わらないものが冊子に掲載されているので、こちらも戸惑っています。分担講義の非常勤講師だとこのあたりは文句が言えないんです。

昨年の講義はユダヤ・キリスト教、イスラム教といった啓示宗教や日本思想、政治体制の歴史にもかなり具体的に触れていましたので、シラバスを見て期待していた人がいても当然です。

とはいえ、昨年度来教務委員長の先生からは個別の歴史ではなくて史学概論をやれという指令が来ていましたので、そちらの顔も立てないわけにはいきません。

そこで、ここは三方一両損ではありませんが、誰もがある程度満足する方向で少し変更を加えることにします。

歴史学の定義や方法論を論じることは変わりませんが、具体的な研究例を示す形で、シラバスにある通りの世界宗教史、近代政治史、日本文化史、思想史のトピックにつき、それぞれ「5分でわかる」くらいのエッセンスに凝縮して説明していくことにします。

それぞれの内容の説明に時間が十分取れないので、いちいちノートも取らなくていいように、毎回かなり大量のレジュメを渡します。必要なことはそこに書き込んで、話について来てください。

これから残り4〜5回の講義はそんな形で個別の歴史の話題は増えますが、試験はそうした細かい知識から出題することはないので、その点は心配しないでください。

そもそも、何年に誰がどうしたという年表的な知識をいくら増やしても(大学入試の点は取れたかもしれませんが)、歴史学の意義や歴史研究の方法といった史学概論の内容とは全く関係ありません。

歴史学はそもそも入学試験のための暗記科目ではなくて、自分で資料を探し、今まで知られていなかった史実を掘り起こし、あるいは、既知と思われていた史実に新たな光を当てるというスリリングな謎解きのような学問です。

大事なことは自分で考えて、調べて、また考えて書くということです。そして、そうした作業を実際にしてもらうことで、歴史学を体感してもらおうというのがこの講義のねらいのひとつでもあります。

そこで、最初の講義でも述べたように、試験とは別に、皆さんそれぞれに関心のあるテーマで「〇〇の歴史」というレポートを書いてもらいますが、そちらのテーマをそろそろ決めて、資料を集め始めておいてください。

史実が新たに確定されたときには、これまでの見方だけではなく、これからの事実の見方にも影響を与え、大げさに言えば人の生き方にも影響を与える可能性を秘めています。

歴史学はそういう学問なのだということを頭の片隅に入れて、今後の講義に臨んでください。

さて、次回の課題は、現代人の死因のトップは何かを調べてくることです。原始時代の死因のトップは殺人だったと先に述べましたが、政治体制や科学が発展することで、何が起こって、何が起こらなかったのか、あるいは何が未解決の問題として残っているのか、ということを考えていきましょう。

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