イタリアから見る "TSUNAMI" (1)今年最後の現地情報

December 31, 2004

"TSUNAMI"(2) インザーギ、ルカレッリが見たもの

スマトラ沖地震の津波の影響でモルディブで足留めを食らっていたミランFWのフィリッポ・インザーギ、およびリボルノFWのクリスティアーノ・ルカレッリは、28日イタリアに帰国。ホテルで、そして海岸で、津波が襲ってきた瞬間を目の当たりにした彼等の証言は、なかなか生々しいものでした。

■インザーギに安堵の色なし「僕らが何かをしなければ」

「全く連絡が取れず孤立していた。今は大丈夫。今ホテルのホールに300人ほど集まっており、帰れるのを待っている。ただ水も、電気も、部屋さえもない。惨劇だよこれは…」
26日、携帯電話の電波が全くつながらない中、インザーギがようやくチーム関係者に残したコメント。当初イタリアにいる両親も彼と連絡を取ろうとしたものの全く繋がらず、その状況の中でチームがさきに第一報を受け両親に連絡。「チームの方々にも感謝したい」という父親の談話が、新聞で紹介されていました。そして彼がイタリアに戻ったのはそれから2日後。インザーギはミラノの空港に到着した後、その近郊にあるACミランの練習場に直行しそこで取材対応。ニュースで見た彼は目を赤く腫らしていたようにも見えました。

「水位が上がってきたときは本当に恐かった。暫くしてそれが止まったので、自分達は助かったと分かったぐらい。ただ、苦しんでいるみなさんと気持ちを共にさせていただきたい。今しばらくは、家族の消息が分からないイタリアにいる方々、さらには何もなくなってしまったモルディブの方々のことを考えたい。そしてみんなで何か貢献をしていかなければならないと思う」

その中で、彼はかなり危ない状況にいたことを明かします。
「あの時僕はホテルで朝食を取っていたんだ。そうしたら部屋に水が入ってきた。逆方向に逃げなきゃって思ったんだけど、水はそこからも来た。モルディブ現地の人たちはみんな屋根の上にのぼっていたから僕もそうして難を逃れた。でも彼等のようにスムーズにはいかなかったけどね。惨劇だった。でも冷静に考えると、あれが夜だったらもっと大変なことになっていたはず」
こうして助かった彼ですが、ニュースのインタビューアーに答える表情に安堵の色はありません。ゴール前では執念を露にする彼も、やはり人の子。時折言葉を詰まらせながら、自分自身にも言い聞かせるように答えていました。

「今、自分達は助かった。確かに恐い経験で、生活用水が止まっているのが本当に困った。でもあんな災害がおこった後で、『ああ大変だった』って話してそれで終わるのは馬鹿げている。的確な措置を取ったイタリア政府には感謝したい。自分も無事帰れて良かったのだけれど、あの惨状を見た後でただ良かったと喜ぶのはやはり難しい…。渦中で今なお苦しんでいる方々のために何かしなければならないことを、絶対に忘れてはいけないんだ」


■ パパ・ルカレッリのついた”嘘”

もう一人、リヴォルノのエースであるクリスティアーノ・ルカレッリ。災害当時、彼はもろにビーチ。26日、同じリヴォルノでプレイする弟・アレッサンドロのもとにはこんな連絡が。「電話線が飛んでしまい、夜遅くになるまでつながらなかった。今までの人生で一度となかった恐ろしい経験だったさ。あの時僕は海岸にいて、もの凄い大波が押し寄せてくるのを見た。いや、波じゃない。何メートルもの水の壁だ。これはヤバいと思って子供2人を小脇に抱えてすぐに逃げた」
父親として体を張った彼は、その後も父親として子供達を励まさなければなりませんでした。
「僕ら家族と、周囲のイタリア人は建物の屋根に逃げた。でもその時にはもう水が取り囲んでいたから、子供達は脅えて怖がっていた。なんとか落ち着かせなければなと思った時に、映画『La vita e' bella』のことが頭をよぎったんだ」


この「La vita e' bella(1998年イタリア、ロベルト・ベニーニ監督、脚本&主演)」、邦題の「ライフ・イズ・ビユーティフル」と言えば思い出される方もきっと多いのではないかと思います。
ときは第二次大戦中、ファシスト政権下のイタリア。親子で強制収容所に囚われたベニー二扮するユダヤ人のグイドは、息子を生き延びさせるために一計を案じます。すし詰めの部屋に見回りにきたドイツ人監吏の横に立ち、息子の目の前ででたらめな通訳を展開。「ゲームのルールを説明する!これから泣いたりとか、ママに会いたいとか言ったら減点とする!最後まで良い子にして一番点数を稼いだ者には、戦車のおもちゃをプレゼントしよう!!」絶望と死が支配する収容所生活を、グイドはあえてゲームのように演出し、乗り切らせようとするのです。


まさに極限状態の中、ルカレッリはこれにインスピレーションを得たのです。「だから子供たちに、『これはサバイバルゲームなんだ』って説明をして、僕ら大人も一生懸命そんな振りをした。そしたら彼等は落ち着いたんだよ。ベニーニの発想は天才だと思ったね。どうりでオスカー取るわけだよ(同氏の主演男優賞を含め、98年度アカデミー3賞受賞)」。ちなみに同作品に対しては、「リアリズムに欠けた描写でホロコーストの重い史実を冒涜した」との批判もなくはなかったらしいのですが、人間の生き方はどうあるべきで、それをどう描くかという見方と考察に関しては、なんら間違ってはいなかったということですね。


...もっとも、そういう発想を働かせる暇もなく命を奪われた方は120000人に達したとのこと。
重ねがさね、ご冥福を心からお祈りします。

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