2022年08月04日

アースアカデミー大場満郎冒険学校の猫カフェ

オスとメス2匹の猫が冒険学校にいる。1歳を過ぎたばかりだ。同じ母親から生まれたので子猫のときは互いに体を寄せ合い眠っていたのでとても仲が良くいつも一緒に行動している。窓から外へ出る足場を軽々と飛んで出入りする。特にメスのデッカは軽いのでまるで忍者のような素早さだ。高い木に駆け上る速さに驚いてしまう。でも木から下りる際は戸惑っていた。なんとかやってるうちに後ろ向きで爪を立てながら下りるやり方を覚えた。どこに行くにも2匹は付いてくる。トイレやふろ場やキッチンや寝る所と。そんな訳で浴槽にそれぞれ落ちてしまったしトイレットペーパーを引っ張り出してじゃれていたものだ。最近はモグラやカエルや虫を生きたまま咥えてきて家の中で遊んでいる。モグラもキーキー言って鳴き可愛そうなので外に逃がしてやるのだがまた捕まえてくるのだ。一度デッカはスズメバチに襲われ刺されたようでブーンと鳴る羽音を耳にすると逃げるようになっている。野良猫のオスのでかいのがときどきやってくる。デッカは最初のころ付いて行ってたが最近は逃げ帰るようになってきた。どちらも避妊と去勢はしてるので問題ないのではあるがケンカでケガするのが心配である。

来館者が来るとおそるおそる近くにやってくる。猫の好きな方がさわると気持ちよさそうにしている。だから子供たちの猫カフェも出来そうな気がする。お腹を見せて触らせてくれるので猫好きな人も満足して喜んでいる。冒険学校の館内は広いのでどこにいるのか分からないが呼ぶとすぐ駆けてきてくれる。外も遊ぶところがあるので木登りや草原での狩りもできる。トンボやバッタやモグラなどを狙って飛びかかっている。メスのデッカという名前は子猫の時にオスのチャコより少し大きかったからデッカと名ずけたのだが今ではチャコの方が大きくなっている。チャコは呼ぶのに簡単なのでチャコとした。冒険学校に活気を与えてくれる大切な存在である。

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2022年06月23日

稲も野菜もこれからかな?

このところ農作物の生育が遅いような気がする。気温があまり上がらず日照不足のこともあるだろう。里芋に追肥して土寄せをした。枝豆の除草もした。ブラジルで栽培されているマンジョーカの生育は低温のためか足踏み状態で生育が遅い。しかし全て根付き頑張っている。さすがに馬鈴薯は低温に強いようでグングン生育している。餅稲の「こゆきもち」は少しずつだが順調だろう。寒さで野菜苗を植え変えている人がいるとか聞こえてくる。だが今週あたりから気温が上昇するようなので一気にみな伸びて来るかと思われる。今まで2回の雹が降りアスパラなどに折れ曲がる被害が出ている。アスパラも今後は元気に勢い強くのびることでしょう。

田んぼに昔ながらの手押し除草機がけをした。歯車が回転して泥をかき混ぜるので除草されるのである。縦と横に掛けたが稲の株本は残るので手で回しながら雑草を引き抜き泥の中に足で踏み込むのだ。腰は痛くなるしときどき立ち上がり腰を伸ばしながらの作業であり大変な重労働なのである。昔の農家は本当につらい農作業を続けたのである。今は農薬を使用するので田の草取りは誰もやらないし機械での作業なので随分と以前に比べたら楽なものである。ワイルドエドベンチャースクールのお米や野菜は無農薬と化学肥料を使わずに堆肥だけで育てる有機栽培である。秋には大根や里芋そしてもち米の「こゆきもち」をリヤカーに積み子供たちと引っ張って街中を売り歩く販売体験を行うのだ。アッと言う間に売り切れるので今年は3倍の量に増やすのだ。町の人たちも恒例の販売体験を心待ちにしてくれており子供たちを応援してくれるのでありがたいことである。子供たちは販売を通じてコミュニケーションの面白さを体感しているのである。

わざわざ昔ながらの手作業と体を使って販売することを体験する中で社会で生きてゆく基本的な事柄を学んでゆくのである。お米一粒も粗末にするななどと言わずとも自分の手で育てたものは大切にする精神が自然と備わるものなのである。このことが自然との共生や身の回りの環境やがては地球環境問題への関心を呼び起こすことに繋がるものなのだと思う。地球上のあるゆる生命が互いにつながり共生していることを学べば素晴らしい気持ちになれることかと思っている。

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2022年04月17日

春到来今年もワイルドエドベンチースクールが始まるよ

冒険学校のある前森高原も雪が解けて草原が現れてきた。道路わきのロータリーで飛ばした所だけは30センチ程の残雪はあるが。畑と田んぼの雪ももう少しで全て溶けるだろう。今年もワイルドエドベンチャースクールで野菜つくりともち米栽培をするので準備を進めているところである。もち米の「こゆきもち」を栽培する予定で折衷苗代を拵えて種まきする。苗代の田んぼは3本鍬で起こして水を引き代掻きも済ましている。今は田植え機械でみなさんやるので温室機にかけ芽出しをしてハウス内で生育した苗を田植え機で植えてゆくのだ。私は昔ながらの手作業が好きなので折衷苗代での苗作りを行っている。今日あたりは農家の方々は苗箱に種をまき温室機に入れているところだ。私もそろそろ種モミを播く床を作らねばならない。幅1メートルの床を土で盛り上げた所に播くのである。その後でビニールのトンネルで保温して発芽させ生育させるのである。風でビニールが飛ばされたりもするので毎日管理が必要である。田んぼに植える当日の早朝には以前は暗いうちから苗代の苗を腰を曲げて両手で引きふき田んぼの水にバシャバシャと叩いて根に付いた泥をきれいに落として稲わらで束ねていたのだ。蚊がいるのでかゆくて仕方なかった。それで稲わらを燃やしその煙で蚊を追い払っていた。その後で朝ご飯を食べすぐにまた今度は田植え作業が始まるのだった。田植えも手植えなので腰は痛くなりときどき腰をのばしつつ暗くなるまで続くのだった。田植えも2週間ほど続きやっと終わるのである。村では互いに協力し合い田植えを行い終わると「さなぶり」と言って3日間休みを取るのだ。いまでもこのさなぶりの習慣は残っているが2日ほどでの機会による田植えなので昔ほどの苦労を感じさせることはない。しかし逆に機械代の支払いに苦労するのだ。子供達には手植えをしてもらい手間暇かけて育てる米つくりを体験し昔の人たちの苦労や生活を感じてほしいしその体験があって初めてお米のありがたさや自然の恵みに感謝する気持ちを持つことが出来ると思っている。ワイルド「野生」とはライオン、トラと言った荒々しさや猛々しさ、そしてまた猛吹雪や豪雨といった恐ろしさを感じさせるイメージがあるが道端に咲いているたんぽぽや人知れず山の中にぽつんと咲くすみれも野生なのである。言ってみれば人間も野生の一部でもある。野生は様々な生き物や植物と共生していることは一目瞭然だろう。森林の大木の下には小さい木が生え地面には下草やコケも生きているし昆虫類や多くの獣たちや鳥類がいて成り立っている。これが人間の手で管理されすぎて杉林だけやヒノキ林だけの単調な環境下になると大雨での土砂崩れなどの災害を起こしやすくなってしまう。人間も同様でもともとは自然の一部なのにあまりに自然から離れすぎると心と体の調和、バランスがくずれて精神や身体に不調を来す結果につながる恐れがある。それが分かっているので人は自然に入りバランスを取るのだと思う。ワイルドエドベンチャースクールの活動は野生「ワイルド」の心を養い明るく元気に楽しく生きる技をを学ぶことを大切にしている。子供たちの心に備わっている野生「ワイルド」Wildのこころを発揮できるところなのである。しなやかで強く生命力溢れるこころを持とう。

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2022年04月08日

スギ花粉で空が霞んでいる。

山の近くを車で走っていたら杉林の中から黄色い煙のようなものモクモクと立ち上がっているのがが見えた。一瞬山火事だろうかと思ったがよく見るとスギ花粉が飛散しているのだった。はるか遠く高い雪山も黄色に染まり空全体が黄色になっている。ここまでのスギ花粉の飛散は初めて目にした。

セイコーミュージアム銀座から図録が送られて来た。会社創業140年記念事業の一環としてミュージアム図録を編纂。創業者 服部金太郎の即席を始め時計の歴史核時代を彩ったセイコー製品を紹介しておりますとセイコーミュジアム銀座 村上館長からのお手紙も同封されている。日本語版と英語版の2冊が手元にあり私の北極単独徒歩横断の時に制作していただいたオリジナルのセイコーランドマスタートランスポーラー・アドベンチャー1997(平成9)年 seiko Landomaster Transpolar Adventure 1997の時計と北極海上での私の写真も掲載されている。この時計は私がセイコーの会社に依頼して製作していただいたものでセイコーエプソンやセイコーの会社の多くの方々のご協力のお陰で出来たものなのである。北極海氷上では自分の周囲は360度水平線なので時計と太陽の位置により方向を出すのである。酷寒の中で素早く的確に方向を出すために24時針を付けていただいた。24時間かけて針が一回りするものだ。この針を太陽に向けるだけで東西南北が瞬時に分かるのである。私は重いそりを引き歩くスタイルを取るので少しでも軽くかつ丈夫なものが必要なのでいろいろと注文をつけたが私の期待を上回る素晴らしい時計に仕上てくれた。素材はチタンを使い手の肌と相性がいい。重いものは捨てることがあると聞いたので私に途中で捨てられないように工夫したとのこと。例えば北極海の地図を入れ白クマの足跡も入っている。ロシア側のスタートポイントとカナダ側のゴール地点の名前もそれぞれロシア語と英語で記されていた。すごく苦労して作ったものだよと言われたときは単なるものではなく皆さんの心からの応援が詰まった宝物になったのである。つらい時はよくこの時計を見て励まされたものである。セイコーとエプソンのみなさんからご支援を頂き無事に成功することができうれしく思っている。そんな時計がセイコーミュージアム銀座地下一階の展示室に飾られてあるのは心からありがたく感謝の念が湧いてくる。ちなみに南極大陸単独徒歩横断の時にもオリジナルの24時針付の時計ランドマスターサウスポールを製作していただいた。こちらの素材は京セラの会社のセラミックを使用しており相当に丈夫でコンクリートに落としても壊れないほどの強度がある。これら両極横断での時計は記念モデルとして限定販売されました。多くの皆さんのお力添えがあり無事に達成できたこと心より感謝しております。

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2022年03月17日

ソ連からロシアへ

今日は3月17日だが冒険学校の周辺は残雪が2メートル程あります。今年の冬は降雪が多かったこともあるが風が強い所なので吹き飛ばされてきた雪が溜まり冒険学校はスッポリと雪に覆われてしまったような状態でした。ロシアがウクライナに攻め入り戦いが続いているがなんとも嫌な気分になります。ロシアから北極横断が始まったので当時のロシア国内のことが思い返さります。1993年に事前調査とトレーニングを兼ねて行き1994年、1995年1996年、1997年と5年間続けて毎年ロシアに入ったのでした。私のサポートをしてくれたロシア人たちはソ連時代の国内状況に戻りつつあるのを肌で感じているのではないでしょうか。ペレストロイカを掲げたゴルバチョフ大統領の政権でソ連が崩壊し1991年にロシアが誕生し自由に外国人が入れるようになったのです。その2年後に私は初めてロシア入りしたのでした。当時は店内に食料品は少なく何もない状態でした。ロシア人の若い男性がパンを新聞紙などに包んだり包装なしでそのままパンを手に持ち買っていくのを目にしてゴミが出なくて凄くエコ的だなと思ったりしました。ロシア人がよく食べる黒パンが好きでしたがなくて探してもらい手に入れることが出来ました。マクドナルドなど西洋の食べ物やレストランなどが出来て手軽に安くて旨いものを食べるように変わってきたようです。ヨーグルトも凄く濃くて真っ白な栄養満点のものも少なくなりつつあったように思います。昔のロシア人が食べていた本物の良いものが減ってきているなと少し寂しかった思いを持ったものです。私のサポートをしてくれた組織や人たちは英語が出来るので外国人とのビジネスが出来る能力がありますが英語ができない人たちは難しいわけです。ロシアは面白い国ですが今回のプーチン大統領のウクライナへの軍の介入で外国の企業や人たちはがっかりだと思うしロシア人も同様かと思います。ロシアに入る際にドストエフスキーやトルストイ、ソルジニチエーンなど様々な作家の作品を読みソビエトの国や国民について知ろうとしましたがその昔の広大で恐ろしく寒い中で力強く生きてきたソ連人を再び見るような思いがしてやるせなさを感じる思いがします。いろいろな戦いがあっていいと思いますが人を殺すのだけは良くないのです。それは悪いと言うのではなくて罪なのです。罪を犯さないでください。

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2022年01月30日

最上町南極の日イベント

南極の日1月29日最上町の「おくのほそ道」赤倉ゆけむり館にて開催されました。北海道大学低温科学研究所の中山佳洋先生が南極大陸から氷が海に向かって流れ下るのをコンピューターで動画表示してくれ一目でその様子を知ることが出来ました。氷河に当たる所は流れが速く迫力があるのです。地球観測衛星からのデータをもとに再現してくれました。南極大陸は面積が日本の37倍もあり厚い氷床に覆われています。最も標高が高い東南極で4000メートルを超える厚さの氷で南極点では2500メートル程あります。西南極大陸のアムンゼン海一帯だけが氷が解けているとのお話がありました。私の1998年から1999年にかけての南極大陸単独横断のルートは南アフリカ側の東経8度が出発で南極点を経由して西に折れアムンゼン海の近くがゴールでその距離3829KMを99日間で走破しました。5000メートル級の高い山から吹き下ろすカタバ風と呼ばれる風を利用してパラセールという凧のようなセールを空中に上げてソリを引いたままスキーで滑走したのです。条件がいい日は1日で160KM以上も進むことができました。しかし風のない日は歩きなのでその10分の1ほどしか進めません。一番厳しかったのは何ですかとの小学3年生の男の子の質問がありました。それは最初のシグニャブリーン氷河登りでありメチャクチャに散在しているクレパスという氷の割れ目を登るときでした。その割れ目の幅が5メートルから10メートル程もあり底なしになっているのです。氷床から流れてくる雪が溜まり橋が架かったような所を見つけて渡るときは本当に緊張しました。また楽しかったことはスキーセーリングのときで時速30KMほどのスピードで滑走しているときです。風と一つになり溶け込んだような気分であり聞こえるのはスキーの滑る滑走音だけでした。真っ白な大地を真っ青な青空の中進んでいると動いているのか止まっているのか分からなくなるのです。氷床では何も目標物がないのでそうなるのでした。南極点にあるアメリカの「アムンゼン、スコット南極点基地」には1999年の元旦に到着しました。基地の方々が出迎えてくださり歓迎してくれたのはうれしかったです。各国の科学者が共同で観測をされておられいろいろとその仕事の内容を説明してくれました。オーロラや大気、気象、雪氷、地磁気、氷河など多くの研究をしているのです。インドや中国、カナダ、日本も含め互いに行き来して研究を進めていました。温室で野菜栽培もしてたしとても快適な基地の中でありアムンゼンやスコットたちがこのことをしったらさぞ驚いたことだろう。ちなみに南極点は半年間が太陽が地平線から登らず残りの半年間は太陽が沈みません。時間も軽度がないので自分で決められるわけです。また範囲が広い南極圏とは南緯66度33分以南でありその定義は一年間で太陽が1日でも登らない日また逆に地変線から沈まない日を境にしています。大陸から海に張り出した棚氷は海水温の上昇で溶けはじめそれが気象に影響をあたえていることなどとても貴重な学びができ子供たちも自分たちの生活、生き方を考える良い機会になったかと思います。帰り際に児童も大人の方も「今日はありがとうございました」と言って帰られた姿をうれしく見送りました。中山先生そして主催、後援してくださった皆様に感謝致します。ありがとうございました。


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2021年05月20日

自分との対話を常に心がける。

私が中学2年生の時に出会った山形県真室川町の鷹匠 沓沢朝治翁にいただいた言葉が「迷わず進め正直の道」。これは自分の気持ちに正直に生きると言う意味です。一番大切なのは自分であり自分が輝き生き生きして初めて他人の力になれるのではないかと思う。しかし自分優先と言う意味ではなく自分が無心に今やるべきことをやり続けることで自分を好きになり自分を励ましてくれ楽しくて仕方がない状態になってくることではないかと思っている。自分のことを一番知っているのは自分かと思う。自分がやるべきことを最も知っているのも自分であろうかと思う。自分を信じて一歩ずつ前に進むことで新たな世界が目の前に現れて来るのです。失敗は成功の元であり経験でうまく出来るようになります。好きなことを無心でやっているときは失敗とは思っていなくて何をやっても楽しくて面白くて仕方がない心境なのです。赤ちゃんのように。苦しんだり悩むのは自分の気持ちに正直でない時が多いかと思いますのでもう一度自分の心に問い直したほうが良いかと思います。自分の気持ちに正直に生きると言うことはそう簡単ではないような気がします。はっきり言って極めて厳しいものです。しかし自分を好きになり励まし信じて一生懸命にやる中で初めてその道筋が見えてくるのではないかと思っています。その道筋に入ったときは心からわくわく楽しい気持ちなので気がつくのではないでしょうか。14歳のときに沓沢朝治鷹匠の奥義口伝は丸暗記しています。次の通りです。

人間と鷹と一体に成り得る深い愛情により、初めて鷹の心をもって自分のこころとし、自分の感情を強いたりぜず鷹に通じ得ない無理は決して求めない。これが鷹匠の秘伝であって、常に鷹と共にあれば鷹は自然に鷹匠の思い通りに動くようになるものである。この一言こそ鷹匠技術の要旨である。

このことは親子関係やさまざまな人間関係などにも相通じるものかと思われる。つまりは自分のこころの状態に気がつけば相手のこころと一体感をもつことができると言うことでしょう。人間も自然の一部であり自然に深く関わり触れ合うことで自分の心理状態に気がつけると思っている。

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2021年05月05日

春の山菜

このところ気温があまり上がらず冒険学校前の八重桜はまだ開花していない。吉野桜は散ってしまいました。毎年それは見事な開花を見せてくれる八重桜であるが雪で枝折れして姿形がかなり変わってしまった。されどふっくらとどっさりと山盛のように花が付くので本当に華やかで見とれてしまうのである。まだ咲かないかと楽しみにしている新庄市の高橋米やのご夫妻は何度も電話をくれる。お弁当を持って行くよとワクワクしているのである。

冒険学校の傍はアケビの宝庫で「アケビの芽」を採ってはお浸しにして食べている。沢沿いにはコゴミが出ているのでよく食っている。ゼンマイも場所によっては出始めている。これからはワラビのシーズンである。宮城県や山形県内から採りにくるので農家の人たちは採り遅れてしまうのが常である。子供のころは山でワラビをいっぱい採って風呂敷に包んで背負って家に帰るとおばあちゃんが喜んでくれたものだ。その喜ぶ顔が見たくて頑張って採ったものである。

マリナさんから電話が来てマンジョーカが届いたよと言うのですぐに行っていただいてくる。今年で3度目のマンジョーカ栽培である。アマゾン筏下り52日間での主食はマンジョーカだった。ファリーナ「粒状」のもので南京袋に山と入れて毎日川の水で練って食べていた。焼き魚にパラパラと振りかけて食べたりもする。マリナさんに依頼してワイルドエドベンチャースクールでブラジル料理作りを子供たちと行ったことがある。その時は牛肉を入れ煮込んだ料理の「バーッカアトラーダ」とフライドポテトのような「マンジョーカフリッタ」という料理を作り食べたが上手かった。その後でサンバをみんなで踊った。山形は気温が低くマンジョーカの苗木に保温が必要でありナイロンで囲んでいる。ドンドン成長して人の背丈よりも大きくなり葉の形も一枚がグローブ程の大きさになる。マンジョーカ芋は土の中に深く広く根を伸ばしさつまいも程の太さでとろろ芋のように長くなるのだ。木の幹はしなやかで強風にも折れることなく強いしさすがは熱帯地育ちの逞しさを備えている。毎日日に日に生育するので楽しみである。

餅稲の苗代も折衷苗代と畑苗代の両方をやっている。今年は畑苗代が順調だ。折衷苗代の場所は風の強い場所にあり保温のナイロンが飛ばされ寒さも相まって生育がかなり遅れている。畑苗代のほうが苗は丈夫に育つので期待している。粘土団子、泥団子に花や野菜の種子を混ぜ込んでばら撒く面白い栽培もやるので子供たちに楽しんでもらいたいと思っている。



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2021年04月26日

春の天候

春のお天気は全ての季節が入り組んだように感じられる。さあ今日は快晴なので張り切って畑作業をやるぞと思って外を見るとなんと雪降りだ。それも風を伴い吹雪になっている。ああなんて言うこったと思っていると今度は雨降りになっている。テレビの天気予報は当たらないなと思っていたら今度は青空快晴になってきたではないか。冬から春、夏を行ったり来たりのような天気である。これは日本に寒気が入り込み大気の流れが不安定な状態になっているのだ。寒暖差が大きく体調管理に十分な注意が必要だ。
また新型コロナウイルスでの感染者が増えつつある。ウイルスも生き延びるためにどんどん形を変えて人間に取り付いてくるようで怖い存在である。人間は感染対策をしっかりやることが極めて大切なことだと思う。3密を防ぐことが大事だと専門家が言っているが正しいことだと痛感する。先日新聞の取材を受けた時に聞かれたので「焦らずじっと待つ」と答えた。極地の旅でホワイトアウトのときどうするのか?の質問への回答ではあるがこんなときこそ動いてしまうと自ら危険に飛び込む状態になること大である。見えない時は動かない。焦らずじっと待つ。コロナウイルスも目には見えない。でも相手の正体はウイルス研究の専門家が教えてくれている。3密を防ぎ手洗いとマスクをして必要に応じてうがいをする。この3密とは密閉、密集、密接とのこと。言われてみれば人から人に感染するのだから当たり前のことなのであり基本中の基本ということのようだ。頭ではわかっていても山の中での一人暮らし生活者なら可能かもしれないが家族での生活や街中や都会では人との触れ合いをなくすことはできない。つまりは「感染対策をしっかり取りじっと待つ」のが最善かなと思っている。

子どもたちも大人も体を動かす機会が減りストレスを抱え込むようになってきているとのニュースが流れている。ストレスで心と体のバランスが悪くなるのは良くない。良くないことを良いように変えることが大切なことかと思う。しっかりと栄養バランスのとれた食事と規則的な生活そして良くないストレスは溜めないことが必要かと思う。何事も基本を覚えることが重要かと思う。まず食べ物は人間なら人間の体にいいもの食べていればいいだろうし馬なら馬の牛なら牛の食べ物が一番理に適っている。ときどき人でも大便をした後でも紙「トイレットp−パーが不要な時もある便も全然臭くないしむしろいい香りがする。そして便がお尻に付かないのだ。玄米など食べた時や肉類や油物が少ない食事の後でよく起きることである。腸内で便が膨らみ玄米の米糠で腸の内壁を擦りながら動くので綺麗に掃除されているのだろう。当然腸の内壁から吸収される汚れたものは血液には入らないだろうし血液循環も良好となるものだと思う。これが油物が多い食べ物だと血液も動きが鈍くなるのではなかろうか。そんなときの便はドロドロ柔らかく臭いしトイレットペーパーもたくさん使う必要がある。馬は草を主食にするのでお尻から外に出る瞬間バァーと糞が広がり地面に落ちてからもムクムクと膨らんだ来る。牛も昔は馬と同じだったが今は濃厚飼料を多く与えるのでビチャビチャして柔らかな臭い便を垂れ流す。当然様々な病気や不調を起こしやすくなるのではなかろうか。北極のカリブーやジャコー牛たちは草しかたべないのでポロポロした甘納豆のような糞をする。手に取って匂いを嗅いでも匂いがしないししても感じない匂いであった。極寒地であんな枯草をむしってるだけで生きているのは凄いものだ。シロクマはアザラシが常食なので特別液体のような柔らかな黒っぽい便をしていたが。あとストレスを溜めないこととして「良く笑う」ことや前向きに考え積極的に自分の好きなことをやることも大切かなと思う。好きなことをやってるときは時間も忘れご飯をたべる時間ももったいないと思うものだ。そんなときの自分の身体の中や精神状態を想像してみるのはお勧めである。きっと自分が子どものころに抱いていたワクワクドキドキした好奇心いっぱいの夢と希望に満ちたこころに気ずき新たな闘志や自信が生まれていることでしょう。リンゴと桃の苗木を買ってきて冒険学校の前に移植した。桃栗3年柿8年梨の馬鹿野郎18年と言うが果たしてどうなるかワクワク楽しみである。

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2021年04月20日

ワイルドエドベンチャースクール

今日は4月20日田んぼの折衷苗代に種まきをする。もち稲の「こゆきもち」を今年も栽培するのだ。苗床は「クジラ餅」と言われているものを形作る。ここ最上地方で節句に「くじらもち」と言う米粉を練り蒸かして作る食べ物がある。私が子供のころはどこの家庭でもこしらえたものだが今は作る人がいないので菓子店で買い求める。長さが30センチメートル幅が10センチメートル厚さは4センチメートルほどの長方形の大きな餅である。見た目が鯨に似ていることから私はくじらもちと名がついたのだろうだと思っていた。しかし「久持良餅」と書くのだよと教えられてなるほどなと思ったものだ。出来立ては柔らかすぎて本当にもちのようであるがだんだんと固くなり包丁にかなり体重を乗せて切らないと1センチほどの厚さに切れなくなってしまう。そして焼いて食べるのがまた格別旨いのだ。田んぼに人引きソリで春先堆肥を運んだものだが夕方には腹減って動けなくなりそんな時にクジラ餅を食べて頑張ったものである。アンコや白砂糖、しょうゆ味などさまざまあるが私は黒砂糖が大好物である。昔は30KGほどの紙袋に黒砂糖が入っていてしかも固まっていた。それで鉈で勝ち割り細かくして煮詰めながら溶かしてたのでかなり手間がかかった。母ちゃんの手伝いとして鉈で割った黒砂糖が飛び散るので急いで口に入れては黒砂糖をかじりながら作業を続けたものである。何といっても黒砂糖の味が一番なのは子供のころの食味が忘れられないのである。羊羹もそうだが黒砂糖入りは最高だ。話がくじらもちに飛んだが折衷苗代は私にとってくじらもちと同じでクジラ餅つくりと呼んでいる。種もみをパラパラとくじらもちに撒き土を被せ保温のためにビニールでトンネルを掛けてきた。畑苗代も作り種モミを撒いてみた。こちらもトンネル掛けと直播した上に稲わらをパラパラ振りかけたものも試してみた。さらに泥団子に種モミを押し込んで畑の土に並べてきた。これは自然農法の実験としてやってみた。確かに今は機械化農業で人手での米つくりはほとんどの農家はやっていない。農業ではなく百姓としてのやり方が面白いしのんびりできるので昔からそのようなやり方に関心を持ってはいた。地球の温暖化で以前のような大人しい規則的な天候はもうないと思うし少しでも温暖化を遅らせる取り組みを自分なりに出来ることからやってみようと思っている。砂漠に粘土団子をヘリコプターから撒き緑地化に成功した話もある。砂漠での作物栽培で水をやると塩害で枯れるとのこと。日本と違い雨が極端に少ないので塩が表面に残ってしまうとのことである。確かに種の力を凄いもので大昔の種も生きているのだから恐れ入ってしまいますよね。稲の種モミだって荒れ地や草原や野山にバラまいておけば条件の整った場所なら育つというものであろう。ワイルドライスを辞典で調べたらwild rice マコモ「イネ科の多年草北米アジア産」その米に似た実 インドヒエ「shama millet]と載っている。私もアメリカのミネソタ州の原野で探して見つけてるし黒い米であり相当な時間をかけて炊いて食べたことがある。今回ワイルドエドベンチャースクールでワイルドな米つくりに挑戦して自然環境についていろいろな学びをしていただきたいと思っている。

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