2021年05月05日

春の山菜

このところ気温があまり上がらず冒険学校前の八重桜はまだ開花していない。吉野桜は散ってしまいました。毎年それは見事な開花を見せてくれる八重桜であるが雪で枝折れして姿形がかなり変わってしまった。されどふっくらとどっさりと山盛のように花が付くので本当に華やかで見とれてしまうのである。まだ咲かないかと楽しみにしている新庄市の高橋米やのご夫妻は何度も電話をくれる。お弁当を持って行くよとワクワクしているのである。

冒険学校の傍はアケビの宝庫で「アケビの芽」を採ってはお浸しにして食べている。沢沿いにはコゴミが出ているのでよく食っている。ゼンマイも場所によっては出始めている。これからはワラビのシーズンである。宮城県や山形県内から採りにくるので農家の人たちは採り遅れてしまうのが常である。子供のころは山でワラビをいっぱい採って風呂敷に包んで背負って家に帰るとおばあちゃんが喜んでくれたものだ。その喜ぶ顔が見たくて頑張って採ったものである。

マリナさんから電話が来てマンジョーカが届いたよと言うのですぐに行っていただいてくる。今年で3度目のマンジョーカ栽培である。アマゾン筏下り52日間での主食はマンジョーカだった。ファリーナ「粒状」のもので南京袋に山と入れて毎日川の水で練って食べていた。焼き魚にパラパラと振りかけて食べたりもする。マリナさんに依頼してワイルドエドベンチャースクールでブラジル料理作りを子供たちと行ったことがある。その時は牛肉を入れ煮込んだ料理の「バーッカアトラーダ」とフライドポテトのような「マンジョーカフリッタ」という料理を作り食べたが上手かった。その後でサンバをみんなで踊った。山形は気温が低くマンジョーカの苗木に保温が必要でありナイロンで囲んでいる。ドンドン成長して人の背丈よりも大きくなり葉の形も一枚がグローブ程の大きさになる。マンジョーカ芋は土の中に深く広く根を伸ばしさつまいも程の太さでとろろ芋のように長くなるのだ。木の幹はしなやかで強風にも折れることなく強いしさすがは熱帯地育ちの逞しさを備えている。毎日日に日に生育するので楽しみである。

餅稲の苗代も折衷苗代と畑苗代の両方をやっている。今年は畑苗代が順調だ。折衷苗代の場所は風の強い場所にあり保温のナイロンが飛ばされ寒さも相まって生育がかなり遅れている。畑苗代のほうが苗は丈夫に育つので期待している。粘土団子、泥団子に花や野菜の種子を混ぜ込んでばら撒く面白い栽培もやるので子供たちに楽しんでもらいたいと思っている。



mitsuro_ohba at 13:50|PermalinkComments(0)

2021年04月26日

春の天候

春のお天気は全ての季節が入り組んだように感じられる。さあ今日は快晴なので張り切って畑作業をやるぞと思って外を見るとなんと雪降りだ。それも風を伴い吹雪になっている。ああなんて言うこったと思っていると今度は雨降りになっている。テレビの天気予報は当たらないなと思っていたら今度は青空快晴になってきたではないか。冬から春、夏を行ったり来たりのような天気である。これは日本に寒気が入り込み大気の流れが不安定な状態になっているのだ。寒暖差が大きく体調管理に十分な注意が必要だ。
また新型コロナウイルスでの感染者が増えつつある。ウイルスも生き延びるためにどんどん形を変えて人間に取り付いてくるようで怖い存在である。人間は感染対策をしっかりやることが極めて大切なことだと思う。3密を防ぐことが大事だと専門家が言っているが正しいことだと痛感する。先日新聞の取材を受けた時に聞かれたので「焦らずじっと待つ」と答えた。極地の旅でホワイトアウトのときどうするのか?の質問への回答ではあるがこんなときこそ動いてしまうと自ら危険に飛び込む状態になること大である。見えない時は動かない。焦らずじっと待つ。コロナウイルスも目には見えない。でも相手の正体はウイルス研究の専門家が教えてくれている。3密を防ぎ手洗いとマスクをして必要に応じてうがいをする。この3密とは密閉、密集、密接とのこと。言われてみれば人から人に感染するのだから当たり前のことなのであり基本中の基本ということのようだ。頭ではわかっていても山の中での一人暮らし生活者なら可能かもしれないが家族での生活や街中や都会では人との触れ合いをなくすことはできない。つまりは「感染対策をしっかり取りじっと待つ」のが最善かなと思っている。

子どもたちも大人も体を動かす機会が減りストレスを抱え込むようになってきているとのニュースが流れている。ストレスで心と体のバランスが悪くなるのは良くない。良くないことを良いように変えることが大切なことかと思う。しっかりと栄養バランスのとれた食事と規則的な生活そして良くないストレスは溜めないことが必要かと思う。何事も基本を覚えることが重要かと思う。まず食べ物は人間なら人間の体にいいもの食べていればいいだろうし馬なら馬の牛なら牛の食べ物が一番理に適っている。ときどき人でも大便をした後でも紙「トイレットp−パーが不要な時もある便も全然臭くないしむしろいい香りがする。そして便がお尻に付かないのだ。玄米など食べた時や肉類や油物が少ない食事の後でよく起きることである。腸内で便が膨らみ玄米の米糠で腸の内壁を擦りながら動くので綺麗に掃除されているのだろう。当然腸の内壁から吸収される汚れたものは血液には入らないだろうし血液循環も良好となるものだと思う。これが油物が多い食べ物だと血液も動きが鈍くなるのではなかろうか。そんなときの便はドロドロ柔らかく臭いしトイレットペーパーもたくさん使う必要がある。馬は草を主食にするのでお尻から外に出る瞬間バァーと糞が広がり地面に落ちてからもムクムクと膨らんだ来る。牛も昔は馬と同じだったが今は濃厚飼料を多く与えるのでビチャビチャして柔らかな臭い便を垂れ流す。当然様々な病気や不調を起こしやすくなるのではなかろうか。北極のカリブーやジャコー牛たちは草しかたべないのでポロポロした甘納豆のような糞をする。手に取って匂いを嗅いでも匂いがしないししても感じない匂いであった。極寒地であんな枯草をむしってるだけで生きているのは凄いものだ。シロクマはアザラシが常食なので特別液体のような柔らかな黒っぽい便をしていたが。あとストレスを溜めないこととして「良く笑う」ことや前向きに考え積極的に自分の好きなことをやることも大切かなと思う。好きなことをやってるときは時間も忘れご飯をたべる時間ももったいないと思うものだ。そんなときの自分の身体の中や精神状態を想像してみるのはお勧めである。きっと自分が子どものころに抱いていたワクワクドキドキした好奇心いっぱいの夢と希望に満ちたこころに気ずき新たな闘志や自信が生まれていることでしょう。リンゴと桃の苗木を買ってきて冒険学校の前に移植した。桃栗3年柿8年梨の馬鹿野郎18年と言うが果たしてどうなるかワクワク楽しみである。

mitsuro_ohba at 10:00|PermalinkComments(0)

2021年04月20日

ワイルドエドベンチャースクール

今日は4月20日田んぼの折衷苗代に種まきをする。もち稲の「こゆきもち」を今年も栽培するのだ。苗床は「クジラ餅」と言われているものを形作る。ここ最上地方で節句に「くじらもち」と言う米粉を練り蒸かして作る食べ物がある。私が子供のころはどこの家庭でもこしらえたものだが今は作る人がいないので菓子店で買い求める。長さが30センチメートル幅が10センチメートル厚さは4センチメートルほどの長方形の大きな餅である。見た目が鯨に似ていることから私はくじらもちと名がついたのだろうだと思っていた。しかし「久持良餅」と書くのだよと教えられてなるほどなと思ったものだ。出来立ては柔らかすぎて本当にもちのようであるがだんだんと固くなり包丁にかなり体重を乗せて切らないと1センチほどの厚さに切れなくなってしまう。そして焼いて食べるのがまた格別旨いのだ。田んぼに人引きソリで春先堆肥を運んだものだが夕方には腹減って動けなくなりそんな時にクジラ餅を食べて頑張ったものである。アンコや白砂糖、しょうゆ味などさまざまあるが私は黒砂糖が大好物である。昔は30KGほどの紙袋に黒砂糖が入っていてしかも固まっていた。それで鉈で勝ち割り細かくして煮詰めながら溶かしてたのでかなり手間がかかった。母ちゃんの手伝いとして鉈で割った黒砂糖が飛び散るので急いで口に入れては黒砂糖をかじりながら作業を続けたものである。何といっても黒砂糖の味が一番なのは子供のころの食味が忘れられないのである。羊羹もそうだが黒砂糖入りは最高だ。話がくじらもちに飛んだが折衷苗代は私にとってくじらもちと同じでクジラ餅つくりと呼んでいる。種もみをパラパラとくじらもちに撒き土を被せ保温のためにビニールでトンネルを掛けてきた。畑苗代も作り種モミを撒いてみた。こちらもトンネル掛けと直播した上に稲わらをパラパラ振りかけたものも試してみた。さらに泥団子に種モミを押し込んで畑の土に並べてきた。これは自然農法の実験としてやってみた。確かに今は機械化農業で人手での米つくりはほとんどの農家はやっていない。農業ではなく百姓としてのやり方が面白いしのんびりできるので昔からそのようなやり方に関心を持ってはいた。地球の温暖化で以前のような大人しい規則的な天候はもうないと思うし少しでも温暖化を遅らせる取り組みを自分なりに出来ることからやってみようと思っている。砂漠に粘土団子をヘリコプターから撒き緑地化に成功した話もある。砂漠での作物栽培で水をやると塩害で枯れるとのこと。日本と違い雨が極端に少ないので塩が表面に残ってしまうとのことである。確かに種の力を凄いもので大昔の種も生きているのだから恐れ入ってしまいますよね。稲の種モミだって荒れ地や草原や野山にバラまいておけば条件の整った場所なら育つというものであろう。ワイルドライスを辞典で調べたらwild rice マコモ「イネ科の多年草北米アジア産」その米に似た実 インドヒエ「shama millet]と載っている。私もアメリカのミネソタ州の原野で探して見つけてるし黒い米であり相当な時間をかけて炊いて食べたことがある。今回ワイルドエドベンチャースクールでワイルドな米つくりに挑戦して自然環境についていろいろな学びをしていただきたいと思っている。

mitsuro_ohba at 18:43|PermalinkComments(0)

2021年03月31日

.+黄砂の飛来

今の時期は黄砂が飛来する時期であり一昨日ごろから今日あたりまで日本にやってきている。この黄砂は中国大陸のゴビ砂漠やタクラマカン砂漠の砂が強風で空高く舞い上げれ偏西風にのって運ばれてくる。タクラマカン砂漠は北にティンシャン山脈があり西側にはパミール高原そして南のカラコルム山脈と囲まれる地形となっている。東風の強風で行き場を失った風は砂を巻き上げ上空へと昇っていき偏西風に乗り中国と通って日本を超え太平洋へさらにハワイへも飛んで行く。もっと細かなものは北極圏まで飛来すると言われている。黄砂は数マイクロメートル「1マイクロメートルは千分の一ミリ」程とのことである。日本に到達するまで中国の汚染物質などが付着したり微生物やカビや胞子等の菌も一緒に運ばれる可能性もあると言う。しかし黄砂は逆に良い効果をもたらしてくれるとも考えらているようだ。プランクトンに鉄分、ミネラルなどを与えさかなの食べるものを増やしてくれるらしい。アルカリ成分が多い黄砂で畑や山林などの酸性化も期待されるとも考えられている。地球縦回り一周の旅第一弾でグリーンランド内陸氷床縦断した際に長谷隊員が降雪サンプリングや大気の研究で調査も行った。地球は有限であり大気に国境はないとも言える。地球温暖化と砂漠化の関係など密接であろうし豪雨災害や世界に広がる山火事の惨事も同様であると思う。私たちは人間と地球に住む生き物が住みやすい環境を目指して自分ができることから意識的に行動してゆく覚悟が求められる。

mitsuro_ohba at 09:41|PermalinkComments(0)

2021年03月20日

クマ棚

クマ棚が栗園にたくさん見られる。

mitsuro_ohba at 09:33|PermalinkComments(0)

雪の栗園や楢林にクマ棚が見えます。

昨年「2020年」はブナの実が不作で山からクマが人里に下りてきて栗の実を食べていたようです。街中にも出てくるようになり柿なども早めにもぎ取ってほしいと言われておりました。冒険学校の近くの栗園にも来ていて熊棚が見られます。スキーで栗園を歩いているとあちらこちらの栗の木の高い所に栗の枯れ葉がついたまま青空にクッキリと望めます。特に細い木にはクマの爪痕が生々しく残っています。雪と強風でかなり吹き飛ばされていますが太い枝でもへし折って栗の実を食べその枝を尻に敷きまた足がかりにして栗を食べるのです。クマ棚で昼寝したり夜はベット代わりにして寝るのだろう。コオロギも栗の実が好きなようでたくさんおり食べています。今年は山の幸が豊かでクマさんもいっぱいブナの実やドングリが食べられるといいな。

mitsuro_ohba at 09:30|PermalinkComments(0)

2021年03月13日

シベリア

ロシア北極圏の北極海近辺で大きな穴が見つかっている映像を見た。幅と深さが30メートル程度らしくポツンとあちらこちらにポッカリと穴が開いているのだ。地球温暖化でツンドラが解けメタンガスなどが吹き出して溜まり爆発してできたとか報じていた。この映像を見た瞬間恐ろしさを感じた。ツンドラが解けて家が傾いたりマンモスが現れてきたりしているのは知っていたがこれ程大きな穴があちらこちらで出来ているとは正直びっくりである。いつ何処で爆発しても可笑しくないシベリアのツンドラ地帯となるのだろうか。北極海の万年氷は間もなく消えてその年に出来る海氷しかなくなるであろう。私が北極海をロシア沿岸から極点を通過しカナダ沿岸まで横断したのが1997年である。衛星写真等で見ると北極海には平均3メートル程の海氷が覆っているように見られる。氷は正直であり暖かさで溶けてしまうのである。北極圏は地球温暖化のバロメーターとも言え目に見える形でその現象が現れrてくる。春5月ともなれば山々の雪も解け地表が姿を見せる。しかも白夜なので一日中太陽が出ており地l表が乾燥して風に土や砂が舞い上げられたのが氷河の表面に落ち黒く汚してしまう。それで余計に太陽の熱を吸収して解氷を促進してしまうのである。山々の谷底ではモクモクとまるで火事の煙のように土と砂が舞い上がり飛んでいくのだ。川底の土は乾燥し大きくひび割れしていて見た時には田んぼの土が乾いてひび割れしているのと正に同じなのである。この状態では物凄い勢いで氷河や内陸氷は解けるだろうなと感じたものである。今や北極圏だけの話ではなく各国で温暖化の影響で様々な被害が頻発している。山火事や大雨に突風竜巻そして砂漠化と何がいつどこで起きても不思議ではないと言う状況下である。一旦解け始めたら止まらない、元には戻らない氷の性質がある。その影響が今、私たちの生活環境を脅かしていることをまずは知りしっかりと認識しておく必要があると思うし少しでも温暖化を抑える努力を世界中の一人一人が行っていくことが必要不可欠なことであろう。「災害で苦しまないために。」

mitsuro_ohba at 10:01|PermalinkComments(0)

2021年03月06日

モスクワと言う都市

北極海単独徒歩横断では1993年の視察トレーニングから始まり1994年第1回の挑戦翌年の2回目さらに翌年の3回目そして1997年の4回目にして達成することができた。この間毎年続けてモスクワに入った訳だがソ連からロシアに変わり国内での人々の生活が様変わりするのを見てまた肌で感じることが出来た。モスクワの冬はなんか物寂しい感じがする。ドストエフスキーやトルストイの小説を読んである程度のイメージがあったのもその要因かもしれない。ゴルバチョフが進めたペレストロイカ政策で英語ができ海外とのコンタクトができる人々は活躍できるが一方ではモスクワ大学出の優秀な人でも仕事がないと言う状況だった。アパートに入っている人たちの台所には火を使わず電気でお湯を沸かしていた。火事になると大変なことになるだろうからかも。家の中に放し飼いにしている小鳥が間違って熱い湯沸かし器に下りたら火傷するだろうなと心配だった。
寒い外ではのんびりデートも出来ないだろうし大勢が集まり音楽をガンガン鳴らしダンスをする所では落ち着かないなどと心配したものである。

だからだろうかモスクワの人々は郊外に畑を持ち小さい小屋を作りのんびり過ごすのが楽しみなのだと言っていた。なんとつつましい人たちなのだろうと感じ入ってしまう。連れて行ってもらったが確かに落ち着く環境である。雪の林の中をスキーで歩くのも楽しいよと言っていた。

印象に残っているのは夕方寒い中でタクシーを捕まえるのに非常に時間がかかり困ったことである。まずタクシーが来ないのだ。こんな中で待っていても来るのだろうかと不安な気持ちになっている20分ほどしたらやってきた。手を挙げてタクシーを止めなにやら話していたが通じたのかやっと乗ることが出来ホッとしたものだ。日本の都会とは違うなと思った。

時々友達の家に誘われ食事を共に楽しく過ごしており私も同行した。ウォッカを一気にあおりボルシチや肉類の料理も美味しい。ただ一人ひとり乾杯の音頭を取りながら一気にウォッカを飲み干さないといけないとのことで飲めない私にはつらい瞬間でもあり第一何を話して乾杯すればいいのかわからないので困ってしまう。楽しく食事のあとはダンスが始まるのだが最初は音量が低くいい気持で聞いていたのがだんだんと音量を上げ最後はうるさいほどにガンガンボリュームを上げては飛び回るのでバタンキューになってしまうのだ。気がつけば胸が重く感じて見ると人の足が乗っかっていると言う始末であった。シベリアあたりでは酔っぱらって外で凍死したりするらしい。冬は寒すぎて外に出られず飲んで過ごす人が多いとのことであった。これ以来ウォッカには気をつけねばと思った。マッチの火で燃えるようなウオッカもあって本当に凄いものである。海外に出ることはないと言っていた善良な人々はとても心優しい大きなこころを持っておられ気持ちが暖かくなる思いであった。

mitsuro_ohba at 10:09|PermalinkComments(0)

2021年02月15日

ソ連のアルタイ地方の旅パート2

ソ連のアルタイ地方にはモスクワからバルナウルに定期便が出ている。私のソリは長さが3メートル以上あるので飛行機に乗せる際には大変な作業があった。私をサポートしてくれたモスクワのアドベンチャークラブのドミトリーシュパロ氏の強力な手助けで無事に完了する。彼も北極海横断を自国のチームとカナダ隊との合同で成し遂げているしレーニン勲章を受章している方でもありどこに行っても水戸黄門の印籠のような力を備えているようでありすんなりと通るのである。

ヘリコプターに乗り上空から山々を見下ろすと見たこともない光景に息を飲む。あの突っ立っている黒いものは何だと聞くと山火事で全ての枝葉が焼き尽くされ燃え残って突っ立っている木なのであった。それもずっと続いていてびっくりしてしまった。夏に気温が上がり木々が擦れ自然発火してしまうので手の施しようがないと言うのだ。なんともったいないことである。そういえば今年もオーストラリアや北米カリフォルニアの山火事も凄いものだった。4か月以上も燃え続けるなんて日本では考えられないことである。これも地球の温暖化が影響し引き起こしている現象なのだろう。最近のロシア北極圏では永久凍土が解け始め家が傾いたりマンモスなどが地上に現れたりしているとの報道もある。メタンガスやらさまざまな昔のウイルス等も出てきてもおかしくないのではと思われる。厳冬のシベリアも温暖化が進んでいるのかマイナス67度まで気温が下がると聞いていたが思っていたよりも暖かくて逆に驚いてしまった。

アルタイ人は狩猟もやるし飼育するトナカイを食べ毛皮を纏い自給自足の生活を営んでいる。食卓にはウサギの肉やトナカイの骨付き肉「マラウ」バター、ハム、そして手作りジャムとエリザベス女王も愛用する世界一のハチミツ。ペチカで焼くパンと自然の恵みを受けて旨いものを食していた。バシュリオ村でお世話になったグレゴリー老夫妻の言葉が心の残っている。「また来るからね」と私が言うと「待ってるよ。今度は私の子供とあなたの子供が自由に行ったり来たりできるようになればいいね」と。こころがあたたまる思いであった。

mitsuro_ohba at 09:45|PermalinkComments(0)

2021年02月10日

ソ連のアルタイ地方

ソ連のアルタイ山脈に入る際は外国人立ち入り禁止区域であり許可を取る際は大変な仕事がありましたた。アルタイ山脈は中国、モンゴル、ソ連の3つの国境にまたがっている。オビ川の源流に位置するアルタイ地方。そこを流れるカトウニ川を遡りベルハ山までソリを引き歩く旅に向かったのである。極寒の地でもあり北極点行きのトレーニングとしての意味合いもあったのである。そこはガイド無しでは許可が出ないので結局ガイドと2人での旅となった。山の中に踏み込んでいくと見事なタイガが連なっている。しかもふんわり柔らかな深雪で前進するのには大変な労力が必要である。キャンプはもみの木の下にテントを張りそばで焚火をして食事を作った。ガイドがピエミニと言うギョウザを家で作って持参したてくれ鍋で煮てバターを溶かし食べるのだ。まん丸いギョウザでありいくらでも食べられ冷えた体を温めてくれる。アルタイとは金を意味するがどこの村でも大歓迎を受けた。アルタイ人はモンゴル系の人々なので日本人とそっくりで私も相手もお互いに見合ってびっくりしたものだ。トナカイ飼育やハチミツなどをやっている。5月になると原野一帯が黄色の花で埋め尽くされる。その花のハチミツはエリザベス女王が愛用しているとか家の中がいい香りでいっぱいになるほどである。食卓におおきなどんぶりが置かれ山盛りにハチミツが盛られている。おおきなスプーンですくってお茶にいれかき混ぜ飲むとうますぎて困る。またペチカで焼き立てのアルタイパンは直径15センチメートル程もある丸いアンパンのような形をしており香ばしくてこれまた旨いのだ。パンをかじりお茶を飲むのは最高である。夕食はトナカイ料理にウォッカでやると体は燃えるように熱くなってくる。その前にシベリアンバーニヤに入るのだ。シベリアのサウナである。丸木小屋がサウナで室内が暗くてよく見えない。しかも寒いのだ。一緒に入ったガイドが「いいか?と言った後で牛乳缶に入った水をたらいに注ぎ杓子ですくって放り投げた。するとすぐに物凄い熱さが全身を襲った。その正体は蒸気であった。よく見ると真っ赤に焼いた石がありそこに水をぶっかけてやるのであった。全身から汗が吹き出してくる。棚に腹ばいになり背中を白樺の枝で叩いてもらい次に仰向けでおなかや胸を叩くと凄い快感である。体を洗い外に出ると髪の毛が真っすぐ立ってしまうほど寒いが気持ちがいい。それから夕食なので体はポカポカになる。アルタイ人は馬橇に乗り走るのが楽しみだと言っていた。村の中に立つ木に白い紙が吊るされていたので聞くと神様を祭っているとのことでありソ連人にはない風習とのこと日本人のそっくりだなと思われた。アルタイの民族衣装を纏ったおばあちやんがまた来てね。次は私たちの子供が日本に行ければいいね。お互いに行き来すれば楽しいねと言ってくれた言葉が心に強く残った。

mitsuro_ohba at 12:35|PermalinkComments(0)
月別アーカイブ
カテゴリ別アーカイブ