「風のひとりごと」ブログ

東日本大震災および今回の熊本大地震で被災された方々へ、心からお見舞いを申し上げます。
マスメディアを志望する若手のために「平成マスコミ塾」を主宰してきましたが、自身の仕事が忙しくなってしまったため、現在は休止状態です。 今後も若手のマスコミ志望者のためにお手伝いをしたい、との気持は変わりないものの、これまでよりは小規模に読者との交流や勉強会をめざしていこうと考えました。 ここでは、自分のメディア論を含めて意見を述べるとともに、勉強会の早期開催を目指します。

叱責

ああ、やってしまったのかナ

 「叱る」という行為は実に難しいものである。これが自分の子どもの場合は、親の責任において叱ることはママある。かくいう私も癇癪持ちの方なので、これまでにも娘と果てしなき“闘い”を繰り広げてきたことは、この欄でも何回か触れたことがあるように覚えております。

 しかし、これが他人様の子となると勝手が違う。それこそ働いている塾でここ3年以上、下は小学校低学年から上は高校3年生までに付き合いがある訳だが、これまでに彼、彼女らを怒ったという覚えはない(思い出すと一度だけあった気はするが)。まあ、完璧になめられているということですな。

 ここ1年ほどのことなのだが、夕刻4時前ぐらいに塾に着いて早い時間の小学生の指導。ものの1時間もすると、塾長先生が「そろそろビールが待っている」とか何とか言ってイソイソと帰り支度を始める。そして、5時過ぎのバスに乗って帰って行ってしまうのでアル。まあ、半面で信頼をされているということでもあるのですが、さてこれからが大変なのだ。急にそわそわし出した小学生諸君の暴れ具合いが始まるのである。

 何回も述べているように、特殊な塾なので通って来る子はADHDその他の発達障害の子らが殆どだ(もちろん、まともな子も何人もいるが)。おそらく7、8割はそうだと言ってもいいだらう。ASD(自閉症スペクトラム障害)の子もいるし、その扱いにはボーゼンとすることの方が多い。その点、塾長先生は専門家ということがあり、実に扱いは巧みである。ここで詳細を紹介することが叶わないことが残念だが、まさに「なだめすかし」――。褒め方も大変に上手だが叱るときには容赦がないし、時に手も挙げる。

 通い出してから何時も不思議に思うのだが、重い障害がある子に対してそれこそ親御さんのいる前で叩くことも頻繁にあるのである。当然子どもはビックリするし、見ている私なぞも完璧にドギマギ。それでも、親は何も言わないし、子どもには多少は応えているようだが、少しばかり泣いたりすることはあっても、その後もきちんと通って来るのには却って驚いてしまう。完全な“信頼関係”があるからなのでせうな。

 とても、私にはそんな真似はできない。未だに、前述の騒ぎが起きようが、子どもが遊びだしたり寝そべったままに何もやらなくなったり……ニヤニヤしながらその辺を這いまわったり――もう滅茶苦茶でありますがな。それが、昨日はちょっとばかし事情が違ったのですな。

初めての大声

 簡単に言うと、塾に通い出して3年ちょっと、初めて怒り大声を出して子どもを叱ったのでアリマス。対象になったのはA君。未だ半年ほどの通塾なのだが、この彼(小3)はまあADHDの典型といっていい子どもだ。落ち着きがないし、多弁。さらに、のちに述べるが自傷行為もあるし気に入らないことがあると急に塞ぎ込んだかと思うと大粒の涙を流して暫くは何もできなくなる。

 一方で頭の出来は悪くなく、この時期の子にしてはできる方だろう。テストで満点を取るとご褒美のお菓子をもらえるので、今はそれだけが楽しみといった感じに算数や漢字テストに精を出す。そして、一問でも間違えてその達成感がなくなると急に怒り出し、大粒の涙を流すのであります(自ら壁に頭を打ち付けたりもする)。それでも、塾長さんの指導よろしく最近は大分自制が出来るようにはなって来ていたのだが……。

 やはり、その辺の扱いは塾長先生でないとダメなのですな。きのうも先生が帰ってしまうと、急にその辺をうろつき出す。小6の女のコであろうが、年下の子であろうがとにかくちょっかいを出しまくるのである。きのうも受験を控えた女の子を一所懸命に指導をしていたので、五月蠅い事が夥しい。

 それで、その事件は起こった。私がまとわりついてくるA君に「こら、しずかにしろ!。勉強の邪魔をするな」と軽く叱ったのちに、それでも悪さを止めない彼に「A、うるさいゾ!」とちょっとばかり大声を挙げた。すると、この時期の子どもにはある行動かもしれないが、「ああ、先生がAって呼び捨てにした。おれを呼び捨てにした」と囃し立てたのである。これで、私は切れてしまった。「当たり前だろう、そんなこと。お前は何を言っているんダ!」と、完璧に鬼の形相でありました。

 これにはビックリしたようであった。完璧に後ずさりすると、小さな声で「ごめんなさい」と述べると、便所の方に逃げ込んだ。半分、泣きべそをかいているようだ。そして、その後が大変だったのですな。かなり応えたようで、そのまま便所に閉じ籠って出て来ようとはしなくなったのデス。時間にして15分ちょっとぐらいだったろうか。すぐに、迎えに来たお母さんが現れたのだが、お母さんも半分慣れている風ながらいくら声をかけても出て来ない。ちょっとした騒ぎでしたよ。

 私もこれは多少ともまずったかなとも思い、お母さんにも謝ったし、「ちょっとマズイことになりました」と塾長先生に電話をしようと思ったくらいだ。実際にはしなかったのだが、暫くして現れたA君はかぼそい声で「先生、ゴメンナサイ」と一言。その後はさらに半分は泣き顔でその場を動こうとはしなかった。自分としては、このまま子どもや親を怒らせてしまい、進退問題になるのかななどと一人想像。まあ、そうなればなったでイイのですが……。

 とにかく、子どもを叱るというのは大変のことだ。エネルギーもいるし、自らを振り返って今回のような事でも反省はする。しかし、一方では教育の中でなめられることは最悪の事であることも分かるのだ(これは、塾長からも言われていること)。さて、一方で言い過ぎたかとも思うが、これからどうなるかも心配。他の子どもと同じようにケロッとした顔をして現れてくれるといいのですが……。

些事、些事の毎日

何で落ち込むか?

 また何時ものように実に取るに足らないことなのだが、人生は些事で成り立ち、些事で思い悩むとのお話――。

 先週末の土曜日、臨時にそれこそ急に入った仕事でまた割り方近くにあるお弁当屋さんのお手伝い配送があった。ぐるなびという大手の弁当宅配サイトの仕事もやっているのだが、そこでも何時もお世話になるお店だ。ただ、今回は以前にも数回やったことがあるように、ぐるなびではなく繁忙持にお店の人では賄いきれない荷物を臨時で運ぶというもの。勝手は分かっていたつもりだったのだが、そこに落とし穴があったよう。

 今から思うと、自分の不注意も重なって思い込みによる不始末ということであったようですな。てん末は以下のようなものだ。

 お弁当の配達先はちょっと郊外にある県の武道館。ここで行われていたなぎなたと柔道の選手権の2つのチームに対して、そのお昼を運ぶという中身は単純なものだった。しかし、何時もは手順をお店の人が丁寧に教えてくれるものが、今回は勝手が違ってちょっと不愛想な男の方が「やり方分かる?」というので、「以前やったことはあります」と答えると、もう勝手にやってくれという風情だった。普段は荷物も選別して渡してくれていたものが、今回はそこら辺にある箱に入ったそれぞれの中から「自分で選んで必要な手続きをして運んでくれ」という風だったのだ。

 そして、何時もは教えてくれる配達伝票のありかやお釣りの手渡し、配達先のチェックといったものもすべて分かっているものとして運んだ。しかし、小生実は分かってはいなかった。慣れている人はそうだったのだらうが、私は戸惑うばかりだったので、その手順は「面倒くさそうに対応してくれた」その男の人にいちいち教えてもらったところ。それで、何とか出発ということになった。

 不注意でミスをしたのは代引きの代金の受け渡しでだった。

 76個という大量の荷物だったなぎなたの方の会場は問題なかったものの、もう一つの柔道の高校相手のそれが複雑でいけなかった。指示書の代金のところには1万5000円と書いてあり、「領収証は2枚渡すこと」と言われていた。私はてっきり相手の都合で複数の領収が必要なものとばかり考えてしまったのだが、どうも別々のものだったようなのだ。いざ、現場で取りに来てくれた女性に弁当を渡したあと、その女性が渡してくれた封筒には1万1500円の文字。以前にもあったのだが、お得意さんの代金の値引きをすることがけっこうあるので、私は今回もそうだと思ってしまった。また、取り出した領収証の表にも確かに1万1500円と書いてあったのだ。女性も何も問題がないように、その1万1500円入りの封筒を手渡してくれた。受け取りのサインももらって愛でたし、愛でたし。帰りもかなり時間はかかったものの、行きと同じ1時間ほどかかってお店の方に戻った。

自分が悪いのかな

 しかし、ここから全くの不手際に辿り着いた。お店に戻って係りの女性に「お疲れ様でした」と労われて回収した代金を「ご確認ください」と差し出したまでは良かったのだが、暫くすると女性は怪訝の表情。「これは1万1500円だけでしたか?」とその女性。「エエ、相手の方もその分だけ渡してくれて、領収証にもそう書いてあったので、てっきりそれが正規の代金かと……」と私。「ちょっと待ってくださいネ。いま、調べてきますので」とその女性は奥に引っ込んでしまった。

 結論から言うと、どうも私のミスだったようだ。2枚の領収というのは別々のもので1枚は男子分で確かに料金は1万1500円。ところがもう1枚あったのは女子の分でこちらが3500円分だったとのこと。私はてっきり値引き分だと思ってしまったので、その3500円が未回収になってしまったのですな。

 マネジメント担当のその柔道部の女性もそうしたことは何も言わなかったので、私は「いや、相手の方も何も疑わずに1万1500円だけくれました」と必至に抗弁の体だった。だって本当に、そう思って仕方がないように事が運んでしまったのですな。結局、そのお店の事務の人が「いいです。こちらで対処をしますので」と言ってくれたのだが、配達指示書に書いてある金額がそのまま請求金額ですのでと付け足すのを忘れなかった。だってだって、以前にそうじゃないことがあったのだが……。

 そうかと思うと、少し前に医薬品の配達を手伝っている会社から「定期のテストを受けてくれ」と言われて渡された運転の技術手順や配達の備品に対する知識、顧客に対する対応など問う試験問題を、ズルの解答を見ながら書いて差し出したことがあった。それが先週末、「もう一度やり直してくれ」と言われてしまったのだ。思うに、私は知識もないところで大変難しい問題も含まれていたのだが、いわば形式的なものなので解答はキチンと添付されていた。皆さんその通りに書くのかどうか、私が全問正解というのも実にオカシイと思ってわざと4問ほど間違えて書いて提出したのである(それでも十分合格点には届くと考えた)。

 どうもこれがいけなかったらしい。全問正解でないとどうもイケナイようなのですな。でも、そんなことなら初めから試験などやらなければ良いのに。本当に形式だけということになってしまう。私はそんな事情も知らなかったものなので、「何か不備や思い違いがあったのか?」と今日の再提出まで悩んでしまったという次第。本当に、日本の社会というのは形式や保険をかけるばかりの口実が多くて困るのだ。

 きょうはきょうで、朝からちょっとした失くしモノをしたりしてまたチクチクと気に病んだりしていた。本当に些細なことであるのは間違いはないのだが、自分に「非があるのではないか」と悩むことは頻繁。大きな事をやっていないだけに余計に、その細かな日常に落とし穴が潜むような毎日である。とにかく、懸案を解決しないと落ち着きが悪いことが夥しい。ここに来て、やっと少しだけ落ち着いて参りました。一安心でアル。

遅れてきたアジサイ



季節に似合う花のお出まし

 雨。この時節だから当然といえば当然なのだが、先日の雨は豪雨であって似つかわしくないそれだった。そう考えると、きょうの雨ぐらいが季節感の伴うそれらしい“梅雨の雨”といったところか――。

 ところで、最近ちょっとだけ気になるのは例年と違ってこの時期になってもアジサイの花をそこかしこに見かけることがあること。普段の年なら6月の初旬ぐらいに咲き誇る印象があるので、今年はかなり遅いお出ましになっているのではないでせうか。

 そう言えば、先週末に嫁さんが「さわやかウォーキング」とやらで御殿場まで出かけたのだが、向こうでは未だアジサイは「咲いていなかった。蕾の状態なのよ」ということのようだった。寒い場所とはいえ例年に比べて遅いのではないかしらネ。テレビのニュースなどでも、下手をするとこの時期に「満開です」などの紹介が少し前にあったりした。以前は家族で、6月の初めぐらいに名所といわれる場所に遊びに行ったことなども覚えているので、今年は随分と季節感に遅れていると感じる。それでも、この時期のアジサイの色合いややや寂しげに咲く様はイイものである。

 ご存知のように、私たちが花と呼び愛でる外形は実はガクで実際の花はそのガクをめくったところにある。気象庁のアジサイ開花宣言もこの現実の花を見て、3、4枚咲いているところで開花を判断するの由と先日、聞いた。やはり、そうではないものを「そうだ」と言い含めることはできないのだ(何処かで聞いたようなセリフだが)。

 暫くはこの梅雨らしい曇天は続いて行くのだらうか……。



あぢさゐの毬の幼き帰郷かな 鈴木真砂女

図書館の風景

瞥見だけれど様変わり

 週に1、2回程度だけれど図書館に行っている。きのうもほぼ、2週間ぶりぐらいに足を運んだ。間が空いてしまったのは図書館のお休みのためだ。いつも思うけれど、何であんなにも長期に館を休むのだらう。図書の入れ替えのためとか何とか言うのだろうが、8日も9日も休むなんていうのは他の場所では考えられない。「図書館の生き残り」などとの議論もあるが、自分の足元を見つめてもいいのではないでせうかねぇ。

 それもともかくながら、今週は水曜日に張り切って通おうとして準備もしていたものが大変な強雨であったために断念。その前は前述、長期の休みのために行けなかった。それが、やっときのうになって時間を作れたという次第であります。

 別にどうということもなく、日本の図書館の哲学を語ろうというものでもない。最近の感想を述べようというだけである。図書館といえば、学生時代にも随分とお世話になったものだし、中学、高校、大学(ここはそうでもなかったなぁ〜)とまとまった勉強をするためには必須の場所であったとも言える。夏休みなぞには、けっこうに通ったりもしたものだ。

 それが社会人になってから、もともと図書館の本借りる派でもなかったのでもう縁もないものと思っていたら、もう7年以上も前になるが仕事もロクにせずに遊んでいた折があった。けっこう長い期間でしたよ。3年以上にはなったのではないかしら。その時に随分と通ったしお世話になったとの感慨がある。

 もちろん毎日ではなかったものの、週に3回以上は行っていたのではなかったかナ。朝早い時間もあったし、もう昼前ぐらいから出かけたこともあった。ご存知のような静かな環境だし、ご当地では隣りがけっこうの広さの公園なので夏の気分転換にもちょうど良かった。自習室で英語の勉強をしたり、好きな本を読んで時間をつぶすのが日常の“風景”になっていたのでした。

日本の知性は何処に行くのか?

 それが、仕事がチョコチョコと変化をしたり休みも少なくなるなどの事情があって足は完璧に遠のいていた。一方で、現在は車を使った配達の仕事も変に落ち着いてしまっているために昼間の空いた時間帯に塾の準備をするためなどに利用をさせてもらっているの体でありますな。

 でも、随分とその“風景”が変わっておるのデス。先ず、利用者の数がかなり減ったのではないかと思えること。以前は午前中に行くと、これは利用者というよりお年寄りの愛好者と呼べる人たちだと思うが、軽装に必ず野球帽をかぶった老人男性が大挙してソファや長椅子に座っており、その日の新聞を熱心に読んでいた。下手をするとすべての朝刊がそれらの男性に取られていたのである。

 それがいない。せいぜいが座っていても2、3人であります。彼らは一体、何処へ行ってしまったのでしょうかな。館内を見渡しても、以前よりは静かな感じがしてしまう。もちろん、中にいる人はそれなりで知的な雰囲気を称えているご婦人などが多いものの、以前あったような子どもを含んだ雑多な感じが失せているのである。

 自習室はもっと凄いですぞ。本当に人がいないのだ。

 私はだいたい、午前10半とか11時ごろに行くことが多いのだが、きのうについても学習室にいたのはお年寄りを中心に6人。その後に何人か増えて、それでも私が帰るときに自分を含めて10人しかいなかった。一体、こっちの方こそどうなってしまっているのでせうかネェ〜。以前私が通っていた頃は春休みとか夏休みなぞはとくにそうだったが、教室の半分以上は確実に埋まっていたものだ(人の多い時は)。今は3人掛けの机を人数がいないのでイスを2つだけにしてしまっておりますが、以前は3つのイスがありそれも埋まってしまっていることさえあった。それが、静かなのはいいがヒトがいないというのも、何とも不気味なものでありますゼ。

 調べものに関しては確かにいまはスマホで皆、済ませてしまうのだろうから図書館の存在感も薄れているのかもしれない。しかし、勉強の意欲がそんなに急に落ちたとも思えないので、学生諸君や若い人は何処で何をしているのでしょうかね。不思議だ。他人事でしかないのかもしれないが、見渡すと室内には多く老人の方が目につくし、この国の将来を考えても暗澹たる気分になるのでアリマス。

 どうでもいいけど、夏場などにここが有り難かった(現在も有り難い)理由の一つはもちろん適当に効いた冷房もあるのだが、ウォーター・クーラーが1階と2階に1台ずつ設置をされていて1階の奴はダメだが、2階のそれがエラク水が美味しいことが挙げられる。本当にこれがえも言われず美味しいのですよ。何処か富士山の伏流水の流れ込んだ水源を取っているのではないだろうか。きのうも感激ものでした。他の人は気づいているのかしらネ。

 余計のことも述べましたが、図書館に見る「心配のこの国の将来」の図でありました。ハイ。

「孤独のサバイバー・シーズン2」余聞

精神と体力の兼ね合いと…

 先日言及した通り、一度瞥見を記したヒストリーチャンネルの「孤独のサバイバー・シーズン2」の再放映はその後も見続けていた。明け方の放映なので全部ではないものの、以前観た記憶もところどころにありそれなりに展開は知っていたところ。それが、今日の分で全編終了した。

 観てはいない方もいると思うので詳しくは触れない。また、登場メンバーに関しても以前の回で自分の印象深い人は書いていると思うので、終盤の3人の猛者に関して今回は記してみたいと思う。結論から先に言うと、66日間という長丁場(前回より10日ほど記録は伸ばしている)を制したのはデビッドさんというミシガン州出身の方だ。年齢も出場持50歳という2番目の年寄り。おそらく、初めの予想ではこの人が勝つとした人はそんなには多くないに違いないと想像する。それくらい、体や精神の強靭さといったものは感じられない人だった。

 さらに、もともと宣教師としてブラジルに居たという少し変わった経歴の持ち主。もちろんサバイバルに関してもそれなりの造詣があり人に指導をしているような事も言っていたが、今回の登場メンバーではサバイバルの専門家が半数以上を占めていたと思うのでそれ程とも思わなかった。さらにこの方は奥さんとは別れており、自称は独り身。おそらくガールフレンドもいないのだらう。「とにかく、子どもたちに奉仕をしたい。今の私には彼らを大学に入れる余裕はない。そのためにも勝たないとイケナイのだ」と、半分以上熱狂をしたように何時もつぶやいていたところです。それが強大な原動力になったのでせう(子どもは女子2人、男子1人)。

 今日観た最終局面だけ簡単に触れておこう。

 前回述べたニコルさん(女性)もおそらく、開始50日の後半までは持っていたと思うが、この方は思うところがあって余力を残してリタイヤした。その後50日台の後半まで残っていたのは前記、デビッドさん、元電気技師というラリーさん(この時44歳)、それにスペイン出身の完璧のサバイバル専門家であるホセさん(44)という方々だった。

 それぞれ余り肩入れをしたという人ではなかったのだが、その人物像に簡単に言及をしておきませう。

あまり哲学的になってもいけないのかも

 勝者は最後に残すとして先ず、その印象を記したいのはラリーさん。この方も競技の専門家というものでもなかったのだらうが、サバイバルの技術はそこそこに身に付けていたとの印象。しかし、後でも触れるが最終局面で魚を上手に釣ることができなくなり、飢えとの闘いが熾烈になった。結局はそこが断念の原因になったようだ。

 それとこの方の印象として残っているのは、けっこう神経質そうでいろいろサバイバルを試しているとき(例えばシェルターを作るとき)に、随分と癇癪を起こしているのが目についていた。セリフも独白調が多く、最終局面ではよく「ゴッドよ、力を与えたまえ!」といった内面に深く沈潜するような姿勢が目についていた。どちらかというと肉体派ではなくて、インテリが勝っているような感じ。ひ弱さは感じなかったが、それでも肉体と精神の両方で自己制御が難しくなったというところだろう。

 ホセさんに関しては、ちょっとだけ印象が弱い。サバイバルの専門家でもあるし森から木を伐り出して、本当に器用に本格的カヌーを作ってしまったことにはビックリした。それも少し離れた川まで行って、遡上するサケを捕まえようとわざわざにこしらえたものだ。ところがいざ、それが出来てみて探索をするとサケの遡上はもう終わってしまった後のようだった。近くでは落ちあゆならぬ落ちサケのようなサーモンはけっこう捕獲をされていたのだが、結局ホセさんには回らず仕舞い。さらに、そのカヌーで行動をしていたときに川に落ちて全身ずぶ濡れになってしまった。もう冬も間近いバンクーバーの水温は一桁である。また湿気のために一度濡れると乾かすことができないので、やむなく続行を諦めたようだ。記録は65日間である。立派は立派というしかない。この方は2位だった。

 そして、最終勝者となったデビッドさんということになる。元聖職者の割には随分と汚い言葉も遣うし、野生味を持っているというより自らへの自信と思い込みを大事にしている風に見えた人。「やろうと思えば、また子どものためだったら何でもできるぞ」といった言辞に、その精神の表象が表れていた。

 そして、ポイントになると思われるのはこの方はサバイバルの後半場面で面白いように手製の釣り竿で魚を大量にゲットしていたことだ。これは大きい。最初は上手くいかなかったようだが、コツを掴んだ風で本当に文明生活に変わらないような豊かな食材をものにしていた。勝ったあとも「まだまだ生活できるよ」と話していたのは、本当のホンネであったのでしょう(食料確保は生存必須条件の最上位でアル)。

 3位になったラリーさんが続行を諦めたのが確か59日目ぐらいだった。それでも、前回の勝者よりは多いのですからね。技術的に優れた人が多かったことはあるのだろうが、一方では画面を観ていて「割り当てられた場所による運・不運は大きいナ」と思ったことは事実。たいそう良さげの場所もあったし、それこそ陽が当たらなくて悲惨そうに見えた場所もあった。クマとの遭遇にしたところで、やはり神の采配か運・不運というのはあったのではないでしょうか。畢竟、やはり前回に比べると勝者の生き様やセリフに感化されることが多くはなかったので最後の回はそれなりの興味で留まってしまった。それでも、この番組は「スゴイ!」と言ったところか。

再々でH総合病院のこと



やはり道路の込み具合と相談

 全きの個人譚で恥ずかしい限りながら、ここのところは生活に変化も乏しい。日常雑記で逃げるしかないのでせう。どうということもないながら、きょうも久しぶりにお気に入りという例のH総合病院に行ったの記でアル。

 それこそ自分の仕事の詳細を述べても、多くの人には興味もないところだらうが、個人的には現在の仕事を振り返るようなところがあります。初期の頃には毎日のように出かけていたこのH総合病院。しかし、扱っている製品がレントゲン関係の医薬品なので需要がある時に運ぶのみだ。いつしか足は遠のき、普段行くのは割り方近場のY市立病院ということになっていった。

 詳しくこれまでの経緯を覚えている訳でもないのだが、直近で連続して需要があった今年の連休前ぐらいというのは本当に久しぶりであったのです。つい懐かしさもあって、何処の誰だかも分からないような相手先への思いといったものも書いてしまった。映画『永遠の0(ゼロ)』を観ていてこの病院の玄関を認めたことは一度書いたが、そうした偶然などもあっていつしか好きな場所の一つになってしまっていた。

 もう少しこの建物の実像が結ぶように、近辺の風物や事情について簡単に触れてみましょうか。きょうの朝方も配送準備の人に言われたのだが、「H病院まではどのくらいかかるの?」ということなのだが、朝方の大変に道が未だ空いている時でも「1時間とちょっとというところですかね」と答えると、「へー、それでもそんなもんで行くんだ」とその方は感心の風。県の西部のその場所は海岸近くの国道を使っていくのが常道だ。それでも、その道は以前には随分と混んだらしい。先輩からはけっこう「抜け道を探して苦労したんだよ」といったような話も聞いた。いまは、時間帯さえ間違えなければ前記のように1時間を大きく超えることはない。それでも、クルマで平均50とか60キロ以上のスピードで行くのだから、それなりの田舎ということになるのだらう。

 周囲にはこれといった建物もないのだが、少し離れた場所に警察署があるしちょっとしたモール街のようなものも少しだけ離れた箇所にある。しかし、それでももともとは田園地帯といったような場所だ。とても街中にあるといった位置づけではない。

生活を考えると、もう少し仕事がある方が

 仕事はもともと楽な方がいい訳で、私も以前はこのH総合病院へ行くのにその距離感もあってちょっと腰が引けるようなところがあった。けっこう疲れるからなのですな。

 しかし、その回数が徐々に減り、それこそ半年も1年も機会が無くなったりすると今度は逆に「何とか行けないものか?」と思ったりするだから面白いものです。また一つには以前にも触れたように、場所によってギャラが違う訳でここは普段行っているY市立病院の倍近くもお金が入るのです。手間暇はとても倍ほども違うとは考えられないので、同じような仕事ならお給金がいい方がイイに決まっている。そんなこんなもあるのかな。

 そうした周辺の事情を述べること以外は、きょうも普段と違うようなドラマや変化があった訳ではない。午前中仕事が終わってから家に帰っても特にやることもなかったので、暇にまかせてまた最近やっと給金が入ったりしたものだから、銀行でお金を下ろして寂れたパチンコ屋に足を運んだ。いつも一進一退の場所ながら、きょうはやる台、やる台で一応当たりが取れた。これは完璧に珍しい。入賞率が悪いので場所を変えたのだが、それぞれに玉を出して4200発ほどにもなった。400円しか遣っていなかったので、ほぼ4000円近くの儲けである。これもまた、大変に珍しいことで何時ものように慶賀の至り(強調しておきたい!)。

 きのうは塾があって遅い時間に寝たため、けさ午前3時半に起きたために日中も大変に眠たかった。それで、午後からは2時間近くも横になってしまった。未だ気温が高くないので眠れるし、最近はやはり体が疲れを受け付けなくなっているのが分かる。それでも、こんな呑気の事を書いていられるのだから倖せものだ。一方調べてみたら、前回H総合病院に行ったのは今月の5日。ほぼ2週間ほどの間隔になったことになるが、次の機会はどのくらいになるのだろうか。今からちょっとした愉しみでアル。個人的に極めて平和の心象風景ということで、大変に失礼をしました……。

本質論



何でこうなったのか?

 国会で審議されていた「テロ等準備罪法案」に関しては、個人的にはてっきり時間切れで廃案になるだろうぐらいに思っていたものが、15日未明の参院本会議であれよあれよという間に成立してしまった。それも、委員会採決を省略するという異例の形。誰が考えたのか知らないけれど、まさに“攻防”だったのだらう。もう、政府の言いなりでアル。

 ここに至るまでの過程で、もっともっとこの法案の危うさ、私たちの生活に与える影響とマイナス面を考えるべきだったし、腰の引けたマスコミの罪のようなことも思う。ア〜アァ、「ここまで来てしまったな」というのが、正直な気持ちでありますな。法律の問題点についても言うまでもないが、森友問題や加計問題での混乱や時間の使い様、鬼の首でもとったように政府の追及だと息巻いたところで、結局はそれもできなかった。やはり、“罪”は重いのではないでせうかね。

 考えてみても欲しい。懸案の加計学園のゴリ押し獣医学部新設はかなりの問題を抱えていて、それこそ行政の介入や指示といったものがルール通りに行われなかったことはほぼその通りだろう。ただ、以前にも述べたように安倍首相が直接に介入したりそれらしいことを述べたことはないように思う。すべて周りが忖度して、いいように取り計らったのではないか。権力の怖さとそれを取り巻くお追従、虎の威を借りる狐といったものが増えてきてしまった現状を疎ましく思ったりもします。

 ルールがゆがめられた可能性は追及すべきかもしれないし、結果に対する説明責任もあると百歩譲って認めたとしてもこの獣医学部ができることで、どれほどの国民に対する不利益があるのだろう。すぐに影響が出るのは作った当人であるし、とにかくも地域のためにと奔走した愛媛・今治市であるのではないでしょうか。言葉遣いは無責任だが、私たちの生活に直接の影響があるものといった箱ものづくりでもないではないか。

 じゃぁ〜、成立してしまった「テロ等準備罪」はどうなのか。これは、かなりの影響と目に見えない委縮感といったものを伴うと思いますよ。

将来にわたって、影響は残り続ける

 多少は法律をかじった人間として、この法律の問題点と将来にわたる多大な影響力といったものが分かる。誰がどんな風に考えたって277なんていう適用法令は多過ぎるし、テロ行為に対して有効・かつ必要なんて説明も大変に怪しいものだ。一般には理解されていないかもしれないが、現状の法体系の中でもテロ等に対してもかなりの対処法案はあるのである。

 要するに、すべてに関してはときの政府権力なりその先にある警察権力がフリーハンドを手に入れたいだけの所業なのですな。それが、いいように言い含められて押し切られてしまったということ。いろいろと文句は言っていながら、野党やマスコミは何故最後まで追い込みをかけることができなかったのだろうかネ。

 一つには数の力。そして、もう一つは現在は悪名高き菅官房長官の権謀術数であったのでせう。この方はマスコミを取り込むことによって甚大の権力と影響力を行使してきた。今回もその神通力が通用すると思ったのは大変な勘違い、ボタンの掛け違いであったのは、今になってある程度気づいたことでしょう。

 官房長官会見が迫力に乏しいものであることは何時も辟易をしておりましたが、何時の頃からか結構舌鋒鋭く追及をする女性記者が現れたりして、「オヨヨ?」と思ったりしていた。今週の「新潮」の記事によれば、東京の社会部のエース記者だったようですな(24P〜25P・写真)。政治部記者の長官との慣れ合いに辟易した会社が社会部記者を送り込んだのだろう。とにかく、官房長官会見は完璧に担当の番記者との慣れ合いで進行することは、現場にいた人間なら経験をしていること(あらかじめ、質問者も決められている)。

 きのうの参院予算委員会の加計問題質疑に続き、国会閉会中にもこの問題を追及するとか何とかいって息巻いている野党。でも、ここに来て出てきたメールや文書の開示にしたところで、目くらましでしかないことは誰が考えても分かることではないでせうかね。「ここは譲っても、総理に及ぶことはない」と官邸は考えている。しかし、どうもアリの一穴になるかもしれないですな。そんな風にも考えております。

 私はこれまでは、人材の払底や政治家の大きな劣化などを感じて、逆に安倍政権には大変な好意を感じてきた。大きな信頼を寄せてきたといってもいい。しかし、ここに来てその横暴と驕りは目に余ります。まさに、驕る平氏は久しからずになるのではないのかなァ〜。「テロ等準備罪」に関しても、今の安倍さんが恣意的にこれを用いてどうのこうのはまず、ないだろう。しかし、これからは全く分からないのでアル。日本もイギリス型の監視社会になるのかどうか。先の週刊誌記事ではないが、官邸は問題を追及した記者のスキャンダルまで「探れ!」と当局に厳命したとある――本当にイヤな世の中になってきたもんだ。権力に寄り添う人間が増えるほどに、周縁の人間、とくに弱い人は苛められていくのでアリマス。助け合う心を忘れてしまえば、日本はお終いだ。ホントにそう思う。

「孤独のサバイバー・シーズン2」瞥見



これほどの人間ドラマもないと思うが…

 サバイバル術に長けた屈強の男女10人が、カナダ・バンクーバー島北部の未開地でクマやクーガーと闘いながら生き残りをかけるというテレビドキュメント・「孤独のサバイバー〜alone〜」。もう2年ほども前になるのか、この欄でもその余りの面白さに感激の体で感想を綴ったのがきのうのことのようだ。いまもアンコール(ヒストリーチャンネル)で何度も特集をされているし、私のブログ記事も今でも反復して読まれているらしい。

 で、その後にこのシーズン1に続いてシーズン2も放映された。これも全編を隈なくという訳でもなかったが一通りを観て、直截な感想も書かないとイケナイと何時も思いながら何処か躊躇があり、一度簡単に触れたことがあったくらいかと思う。

 正直に述べて第一回目が余りにも面白かったしタメにもなったと思ってしまったため、シーズン2には不満が残ったのだ。もちろんの大迫力ではあるし、ドラマもある。途中でケガをする人が出るくらいで、そのサバイバルの実状は決して初めての回には劣るものではないだらう。しかし、それでもいうか、何処かイマイチ感が抜けなかったのですな。それで、詳しくその内容に触れることも無かった訳です。

 しかし、その第2編目の「シーズン2」がついこの間から再放映をされている。これも全部ではないが、ところどころ思い出しながら興味を持って観ております。ちょうどいい機会なので、これまでに語れなかった番組の魅力とシーズン1と同2の比較を簡単ながらでも述べてみることにしたい。あくまで、“瞥見”――細切れの感想のようなものである。

なぜ、生き残れるのか、そして人生を語れるのか

 まず、どうしても述べておかないといけないのは第1回番組の勝者であるアランという人(放映当時40歳)の魅力とそのプロフィールのようなことである。この人は特別にサバイバルの修行をしたといった風には見えなかったのだが、とにかくその精神性においてタフであり、自分を客観視することを忘れなかった人だ。だから、その体力というよりは精神の力において勝利を勝ち取ったと信じて疑わない。どんな場面でも鼻歌を歌ったり、昔読んだ小説の一節を暗誦するなどの、余裕とユーモアを称えていた。なかなか、できることではないのではないでせうかナ。

 そして、そのセリフの一々に感心をさせられていましたネ。「この世にあるのは神と自然、そして私たちだけだ。ムダなものなど何もないのだよ……」とさりげなく言われると、それだけで感心して舞い上がってしまう。家族思いも人一倍だったし、奥さんや子どもへの愛情は半端ない。そして何より賞金を手にした後すぐに、「家のローンを払うか? イヤ、そうじゃない。おやじを引退させたいんだ。自分を育ててくれ、いろいろと苦労をかけた。楽をしてもらおうと思うんだ。そして、息子の目の手術にも遣いたい。家のローンはその後でいいだろう」と、奥さんに問いかけたセリフ。そして、奥さんは優しく頷いて「そうね」と答えたのだ。もう、滂沱の涙ですよね。

 この人が最後にこの熾烈の競争を制したことの意味と、セリフの一々に反応をしてしまった全編を通しての感動はまさにハンパのないものだった。だから、私もこの番組に異様に肩入れをしたのでアル(サバイバルは体力ではなく、その精神の力だろう)。

 で、それに比べてシーズン2はどうだったのだらうか?

大きな事を言う奴にロクなのはいない?

 まず、これは前回この番組に触れたときにも話したことだが、第一回目の反省があったのかどうかシーズン2には女性が3人も含まれた。そして、アフリカンアメリカンの人もひとり。実は、最初に言及したいのはこの黒人で屈強の、元陸軍兵士デズモンドさん(軍には約8年近くいたという)(37)のことである。とにかくこの人はビッグマウスだった。言うことがでかいのだ。

 「絶対に勝つ。孤独には慣れている。そして、体と心は軍隊で鍛えているのだ。クマだって恐がって逃げていくだろう」とともかくも、自信と大言を振りまいていた。その姿は一種、ドラマの主人公を気取っている風もあったのですな。

 ところが、この人がこのサバイバルを棄権、脱出したのは何日目ごろだと思いますか。たった1日目。それも、丸1日も経っていないその日の夕刻だった。クマの真新しい糞を見つけて完璧にビビッてしまったのである。それは滑稽なほどだったですな。たしか、本物のクマに接近遭遇をしたわけでもなかったと思ったがなぁ〜。

 たしか、第一回目の回でも最初に脱落したのはクマ絡みで警察官の人。これもほぼ1日ほどしか持たなかったと覚えている。ちょっと失礼にはなるのだろうが、面白いというか、笑えるというか。その他、女性に関してはあまり詳しく述べる部分は限られてくるのだが、今回はマリーさん(37)という元消防隊員の人が誤って斧で手を切ってしまい、すぐに脱落。これは、YouTubeなどでは手ひどく非難をされていましたな。その不注意もそうだが、すぐに帰ることを考えるのではなくて、他に手段はなかったのかと。過酷の環境なので、あまり非難をするのは可哀相な気もするのですが……。

 そして、他のことはともかく、その女性陣の一隅でこれだけはと特筆をしたい人が1人いる。ニコルさん(45)というオレゴン州の人。大学の先生でもあり、野草の研究などもやっていてサバイバルの技術にも大変に長けた方だった。そして、何よりも明るく、人生を前向きに捉えておられることがヒシヒシと伝わってきて感化されることが大きかったですな。過酷な環境に果敢に立ち向かい、それこそクマと接近遭遇(本当に何度もすぐそばで出会っていた)しても、大きな声で「そちらの様子はどうですか?クマさん!」と笑って話しかけたりするような人だったのだ。

 とにかく面白いし、その体力・気力についても抜群。ただ、時折何年か前に事故で亡くした養子の男子のことに話が及ぶと堰を切ったように号泣をしてしまう。その笑顔と泣き顔の対比が、際立って印象的だった。それでも、この方は最後の方まで生き残った。そして、「もうこれでいいのです。目標は達成した」と、未だ余力を残して棄権をしたと覚えている。とにかく、印象に残る女傑といった感じの人だったですな。

 シーズン2の勝者や、最後までその彼と競った人の印象はどうでもイイという気もするし、それなりの人物だとは思いますが、1回目のアランさんに比べると心に残るものが薄い。また、最後まで再放送を観たうえで簡単に触れてもいいかと思います。今回は本当に、文字通り瞥見ということでご容赦のほどを……(でも、ドキュメントとしては最高に面白いのは間違いがないところ)。あくまで、つまみ食いです。

明日(あした)晴れるか?

空と心は同調するのかな

 今は梅雨の真っ最中とは言いながら、梅雨入りと同時に晴れの日が多くなってしまっているので少しばかりずっこける。とは言っても、そうした梅雨の最中だからこそ晴れ間に期待するとも言えそうだ。まさに「明日は晴れてくれるか?」というのは、現在の心境にかけてもいるのでアル。

 ただ、単純に晴れるからイイとか雨なら暗い気持ちになるとの意ではなくて、人の日常や生き様といったものも「晴れ=希望」であればいいけれど「雨や風雨=絶望」になってしまうと、途端に暗い思いに捕らわれるということを少し象徴的に言いたいだけのことでアリマス。とくに深い意味がある訳ではありません。

 実のところ、ここのところはそうした快晴と特に高い気温に悩まされる訳でもない毎日で調子は悪くない。絶好調とまではいかないものの、先週も小学時代の友人らと非常に愉しい時間を過ごさせてもらったことは既に触れた。また、週末にも実のところ賓客ともいうべき古い友人らと飲む機会があった。

 あまり詳しく触れるとご当人のプライバシーに及ぶ場面があるかと心配もするのだが、私がご当地の支局時代に友人として付き合った読売の記者だったH氏。今度新職場に変わることになり、わざわざご当地に来てくれたのだ(私のためでは決してないが)。彼は本当に敏腕といえる仕事のできる人だったが、案の定というか、本社に戻ってからは法務とか総務の部門に転じてあれよあれよという間にエラクなってしまった。つい数年前まで、かの読売巨人軍の代表を務めていた。そう言ってしまうと、チョンバレになってしまうが……。

 当日は当時親しかった記者仲間と家族、それにうちの嫁さんを含めて県警の関係者(警察官を含む)、さらに飲食店の店主といった人たち8人が集まり、今回関連会社の社長に転じることになった同氏の歓送会との名目だった。初めての関西方面での勤務ということで、もう住居は定めてあるものの社長就任は株主総会までお預けでそれまでの時間に本社や関係者の人たちと送る会をこなしているとご本人も話していましたナ。支局当時の話なぞも随分出て、本当に楽しい会合になった。

少しばかりの気遅れも…

 その愉しい宴(珍しく皆でカラオケも楽しんだ)に直接言い及ぶものではないのだが、H氏などを観ていると本当にその如才のなさと何事にも一所懸命の姿勢といったものに、感激もし感心もする。「だから、エラクなるのだろうなぁ〜」とつくづく思うのだ。これまた直接関係はないものの、本屋に行っても直接・間接に知っていたり一緒に仕事をしたことのある記者仲間だった連中の本が目についたりして、少しばかりの興奮と気遅れを感じたりもする。

 実際、先述のこちらの支局時代の仲間でも国会議員になった奴が数人いるし、関西方面で長く勤務をしていたときの知り合いでも随分と名前を耳にする人がいる。

 この間、新聞を何気なく見ていて思ったのも、自分の通信社時代の同期でも役員になった奴がもう4人ほどもいるようだ。次期の社長もそうではないのかなぁ。

 だからどうのと言うことがある訳でもなく、途中から道を外れたので今があることは分かっており、そこでの自分の行く末ということになる。それが風雨ばかりで険しいものになるのか、それとも今回の梅雨の晴れ間のように青空といったものも見えてくるのか、ちょっとばかり考えてしまうということでアル。決して現況を嘆いている訳ではありませんぞ。そこは念のため。親しかった人間がエラクなるのは自分にも嬉しいし励みにもなるもの。しかし、実際には「コイツが?……」というような奴もいるので、かなり複雑の心境になることもある訳ですな(これも全くのホンネだ)。

 もうこれ以上は嫉みになるので止めておきませう。今の生活の中で鼓舞される部分もある訳で、夏に向かって何か希望といったものを見つけようと克己心を奮い立たせるばかりであります。

そして、人は前へ進む(ゆっくりだが)

十分に愉しんだからイイか?

 慌ただしいといえばそうなのだが、何しろ自分の愉しみのためなので仕方がない。きのうは、お昼前からのとんぼ返りの東京行。充実していたと言えば、そうも言えるカナ?

 朝の仕事は休みではなかったため、時間的に行きも新幹線を使うしかなかった。お昼頃のこだまに乗り、一路東京へ。頭の髪もだいぶんに伸びてむさくるしくはなっていたのでそのまま床屋の友人のK君のところに寄った。いつも他愛もない話ばかりながら、彼はサービス精神が旺盛なのであれこれと質問は多い御仁だ。だから、こちらも世間話ができて楽しい。また、家庭内の暗い雰囲気を伝えて微苦笑。

 髪を当たったあとも時間は大分余っていると考えてそのまま東京駅前の丸善まで本の物色に赴いたところ。しかし、実際に店内に入ると14、5分ほどしか余裕がないのが分かり、またとって返して山手線に乗った。きのうの講演の場所は帝国ホテルだったのだ。歩いても行ける距離なのだが時間の関係で一駅行。ここも、たしか実兄の出版記念パーティーで赴いたときが最後だらうから、十数年ぶりになるのかな。その威容には何時も多少ビビるが、広いホテルなので中に入ってしまえば関係ない。

 エっ? 誰の講演だったのかって。女性キャスターの走りとの触れ込みだったが、今でも活躍をしている安藤優子さんという方です。皆さん知っていますよね。私も現役当時、何回か取材でご一緒したことがあった。当時は大変に清新な印象だったが、歳を逆算してみると私より少しだけ下の世代になるようだ。道理で当時は若く見えた訳である。話の内容についてはとくにどうということもなかったですな。こう言っては失礼だが、かなり際どい体験もたくさんしていると思うし、実際に湾岸戦争の取材譚や山口組の山一戦争のときの体当たり取材の話などは、タネとしては大変に面白い話だと思うのだが、専門の訓練を受けていらっしゃらないせいか話はさほどのものとは思わなかった。悪い人だとは思わないが、少しだけインパクトに欠ける印象。

飲み会は十二分に愉しみました

 では肝心の飲み会の方のお話。場所は彼ら3人がお店を見つけてから連絡という話で、実際に講演の最中にメールが来た。東京駅の黒塀横丁の「U」というお店とのことだったのだが、地下連絡通路にあるその横丁の何処を探してもないのだ。最後に近くのお店の人に尋ねたところ、二階の別のストリートにあることが分かりました。いつもながら、いい加減な奴らだ。

 それもさておき、会話は愉しかったですよ。本当に小学校時代の遊び仲間(それも特にみな仲が良かった)が一通りの人生を終えて、こうやって過去を懐かしんだり現在の愉しみを縦横無尽に話し合うのは、興味が尽きないものだ。

 小学時代に流行った自転車での遠出の話。缶蹴りや野球に興じた、懐かしの日々。そして、現在の仕事の事や軍事オタクであるNとTの独壇場となる自衛隊や在日米海軍等の最新艦の話など……。よくまあ、これだけアチコチに話題があるものだと、ワイワイガヤガヤの3時間半ほどだった。

 何時もながら勉強にもなります。私が例のように、自分の子どもにまつわるイライラや不調感などに話を及ばすと、半分は頷いてくれながら「そんな悩みがあるうちが華。今の俺にはそれもないから、かえってつまらないよ。男はもっとずっしりと構えていないと……」とN。本当にそうだよね。大変に反省もしたところだった。

 これからは定期会ということにしよう。名前はさしずめ「富小6年2組会」といったところか。コアの4人は何時も会うことにして、たまに他の連中(女子を含む)も入れてやってもいいかな。気兼ねもないし、最近その様子を聞いているTにしてもOにしても、就いた仕事も順調だったようだし家庭も円満のようだ。Tは技術系ながら高級公務員だったので、今は半分悠々自適だろう。また近々に夫婦でイタリア旅行だとさ。イイなぁ〜。

 Oは初めは中堅の卸商社のような場所にいたらしいが、そこがかの有名なM物産に買収をされたのでいい意味で会社の規模が大きく安定したらしい。今も通う本社もその東京駅の「すぐそこだ」と話していましたな。親友のNも半分は自分の趣味に生き、半分は不定期の仕事とボランティアに充てていたりする。充実しているのではないだろうか。

 小生は金欠病が唯一の悩みだが、こうやって愉しんでいられる境遇と環境に感謝をしたい。そう思えば、家庭内のゴタゴタなどもどこかに吹き飛ばさねばといったところか。呵々、慶賀。
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