2017年02月26日

「僕の叔父さん 網野善彦」を読んで



また投げ売り本で買ったのだが…

 いささか古い本に属してしまうので恐縮もするのだが、宗教学者としてとりわけ有名な中沢新一氏の『僕の叔父さん網野善彦』(集英社新書・写真)を裏の本屋の投げ売り本の中に見つけたのは、つい先日のことだった。実は私はこの歴史学者として大変に高名な網野善彦氏のことはかねて尊敬をしており数は多くないが、その本の何冊かで該博の知識・慧眼に触れてきた。それで、この本の発行時(たしか先生が亡くなってすぐぐらいだと思った)にも何とか「読みたい!」とは思っていたのだが、時間に紛れてしまった。それが、思いもかけず裏の古書店で見つけたという訳である。

 さっそく、一気というわけにはいかなかったが読み通してみた。期待したような軽めの本ではなかったのですが、なかなか面白く勉強になるところがあったところ。内容的には、この中沢氏が網野先生の義理の甥っ子(つまり、氏の父の妹の旦那が網野善彦氏というわけ)という関係にあり、幼い頃からの交流を通して人間的にも後の学問的示唆に関しても大いなる影響を受けていることを語った本であり、実証的な記録である。中沢氏がいろいろなエピソードを細部にわたって記憶をしていることにも驚いた(どうも、おばさんの証言も大いにその構成に寄与しているらしい)。何にしても、氏が人間的・学問的に網野善彦という人を敬愛していたことが、確実に伝わってくるイイ本でありますな。

 ただ、その評価ということになると、ハタと困ってしまうところもあります。ご存知のように、私は歴史には大変に疎い人間であり、日本史はとくにその知識に乏しい。そんな中でも、たしかこの網野先生の『日本の歴史をよみなおす』(筑摩書房)だったかなぁ、未だ若い頃に読んで「こんなにも読みやすく、分かりやすい歴史書があるのだろうか」と感激した覚えがハッキリと思い出される。それから、折に触れて目につく網野本を買ったりした。多くはないが、講談社からたしか2000年ぐらいに出た「日本の歴史」シリーズの最初の巻『「日本」とは何か』なども、大変に興奮をして読んだ覚えがありますな。とくに、「日本」という呼称に関しての論考は刺激的であったりアグレッシブな話でもあるな、とも思ったりしました。

 歴史好きの人ならだれもが良く分かっているように、この網野善彦さんという歴史家はかなり独自の視点と実証によって、それまでの歴史の通説を覆すような主張をいくつもされてきた方だ。とくに、「百姓」という呼称が、私たちの一般の理解のようにもっぱら「お百姓さん=農民」を指す言葉では決してなく、それ以外の漁民であったり商工民であったりも包含するものであることを断定的に論じられた。これも刺激的でしたな。そして、私はその明快な論理展開や“歴史の新しい見方”といったものに、コロリと嵌ってしまった。それから、大いなる網野ファンになってしまったという訳でアリマス。

歴史は事実でなくロマンなのか?

 一方で、私も後年のことだがこの「網野史学」と呼ばれるものが学会(従来の正統派の集団としてのそれ)からはかなり異端視され、異論も多く提出されていることを知った。むしろ、白眼視されるような雰囲気もあったらしい。これは、網野本がこの種の本としては異例の売れ行きをして一気に歴史学の寵児になってしまったことへの反発もあるのだらう。そして、氏がもともとマルキストであり出発点に民衆主義的なマルクス思想があったこととも無縁ではないのでしょうな。それでも、その後の氏の歴史研究が従来の実証主義的な民衆史観的な歴史学とは一線を画する形で展開されたことは面白いし、やはりこの方に独自のものであったのだ。それがまた、さまざまな論議を呼んだ原因となった。つまり、網野氏はもっともっと根本のところで、国家意思とは無縁の中沢氏の分析を借りるなら、「トランセンデンタル(超越的)な領域」につながる民衆の自由や原始的存在を出発点にした。そうした意思や存在感を体現したグループ(民衆)が、歴史上とくに中世には多数存在したとの論考である。

 自分らしくもなく話が難しくなってしまいました。実際、歴史的素養に乏しいものなので、今回の本は網野史学への尊敬もあって大変に面白かったのでしたが、一方で中沢氏の語り口を難しく感じる場面も一再ではなかったのアリマス。網羅的に述べることは出来ないのが申し訳ないが(最近は記憶力も極端に乏しい身)、文中とくに印象に残ったのは、網野史学の一つの核になった「アジールの研究」に関わる、これまた日本の歴史学の泰斗である平泉澄(きよし)・元東大教授との関係である(第二章 アジールの側に立つ歴史学)。

 アジールとは要するに、神や仏の支配する特別の地域や空間に入れば時の権力・権威が及ばなくなることやその場所を指す言葉。江戸時代の駆け込み寺のようなものを想像しても分かりやすいかもしれない。網野先生はこのアジールの研究を生涯の大きな主題とした。また、その研究の入口の部分で日本で最初にこの研究に緒を啓いたのが平泉教授だと認めているのだ。また、いろいろ啓示も受けたらしい。

 もちろん、この平泉という人は皇国史観の熱烈な信奉者でありアジテーターとしてつとに有名で、その功績に対しては網野氏も中沢氏も非常に懐疑的かつ攻撃的。ある意味当然でもあるとは思うものの、一方、この平泉という先生に対しては今でも熱烈な信者も多いようですな。関連するブログをいくつか読んでみたりしたが、業績を挙げながら澱みなく支持する方も少なからずいることに驚いたりした。

 私なぞはその高名を知っているだけのようなもので、他方で多少は関わり合いがあった平泉渉参議院議員(元科技庁長官、経企庁長官)のご父君というぐらいの知識ぐらいしか持ち合わせなかったのだ。今回、その行跡に対して激烈に非難する方々(歴史学者を含め)の一方で、その秀才のゆえか学問的業績を高く評価する見方が多いことにも変な感慨があったところですな。この本の中ではそうした面白さもあって、この章の部分が大変に刺激的だったのでアル。

 全く書評らしい書評にもなっていないが、結局歴史というのは決して事実の積み重ねや評価だけで出来上がるものではないということでせうか。今回、あるブログに「歴史を研究するのは学問であり、それは科学といってもよいが、歴史を知りまた書くのは、詩人でなくてはならぬ」(津田左右吉)との言葉があるのが目に付いた。やはり、網野善彦という方には元マルキストとしての眼があり民への慈しみがあったということですかな。

 現在の社会状況や私たちの歴史認識なぞということを考えても、歴史が単なる実証科学ではあり得ないことは分かるし、それは何処か主観的なものであることも分かる。でも、一方では科学的見方は必要であり実証的作法も必要ということなのでせう。網野善彦氏はその本質と要請を、ものの見事に巧まず体現をした人ではなかったのだろうか(この本を読むとその真面目さが良く伝わる)。そんな意味でも、新書版とはいいながら大変啓蒙的な本でアリマシタ。 

mitsutomi8866 at 15:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)読書や趣味の話題 

2017年02月25日

図書館

その静謐さの魅力

 もう数年の単位で行っていなかったと思う中央図書館に、きのうの昼頃から出かけた。思いついたようなものだが、読みたい本があったのと夕刻からの塾の教材を点検しておきたかった、との気持ちがあったため。家で行ってもいいようなものながら、暫くぶりに覗いてみたいとの思いが湧いた。

 自分の住む場所からは歩いても20分もかからない場所である。思えば、もう6年以上も前になってしまうが、かなりの期間遊んでいたことがあった(今思えば、良く出来たもの)ためこの場所には週に2、3回は通う形で随分とお世話になった。今になると変に懐かしい場所だ。

 今回も歩いてトボトボとこれまた近所の散歩コースを辿りながら、S神社を越えて行きついた。その静寂の加減は、私が通っていた頃と同じである。でも、入ってすぐの場所にある週刊誌・月刊誌や新聞を点検出来るスペースでは、当時よりもだいぶんに人が少ない気がした。今もそうだとは思うが、朝早くから帽子にジャンバー姿などのお年寄りが、居座るような形で何人もイスに腰かけて目を凝らしていたものだ。そんな人の姿は、ほぼ見かけなかった。

 すぐに向かった自習室も同じようなものでしたな。かなり広い教室なのだが、三人掛けのテーブル席でそのテーブルに一人ずつ、半分に届かないぐらいの割合で人がいるだけ。未だ春休みも始まっていないので、学生の姿もほぼない。何とも、ゆったりとした感覚でありました。

もう少し活用をしてもいいのでは?

 単なる懐旧でしか物が言えないのだが、使っていた当時の私がそうだったように、この場所は使いようによってはコンナにも有り難いところはないように思う。ただで好きな本が借りられる訳だし、自習のスペースだって考えようによっては今ごろお金を払わないで使える場所とてない。さらに、静かな環境でトイレで瞑想もできるし、水飲みの給水機だってここに据えられた奴は何故か大変に美味しいと、当時は感じていたものだった(今回はそんな感じはしませんでしたが)。

 怠け癖は現在、頂点に達している感さえある。時間は下手をすると当時と変わらないぐらいにあるのにちょっとでも暇があるとパチンコに出てしまったりケーブルで飽きずにドキュメントやアニメを鑑賞する日々。そのことに全く意味がないとも思わないけれど、少なくも生産的な前向きさとは言えないだらう。

 どうしても、時間があっても「自宅でも出来る」と考えがちながら昨日も得心をしたのは、その環境のせいで妙に落ち着いて勉強なり読書なりが出来る“最適さ”が、ソコにあるということだ。私は2時間半ほどしか居なかったのだが、下調べも読書もズンズンとはかどった感覚があった。自営で働く人も、大概が外に事務所を構えるのはこうした理由があるからなのだとも思う。作家の方だって、それなりの人は自宅以外に作業スペースを必ず作ることは良く知られたことですよね。

 まあ、説教できる資格なぞないのですが、私も以前のように有効活用をしたいと考えている。とにかく、もったいないですぞ。貴重な税金を遣って運営をされているのだから、「これでもか!」といった具合に何時も盛況であることも本来は必要なことなのだろう。それに反してきのうは妙に静かだったものの、自分が求めているのがその“静謐さ”というのも、何処か言っていることが矛盾をしていますナ。お粗末の限りで。

mitsutomi8866 at 08:22|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日常雑感でひと言 

2017年02月23日

話題(talk topics)としての天候



雨の慕情

 今朝は珍しく朝から大粒の雨が降っている。「珍しい」と書いたところで別に現象としてそうではなく、最近でもけっこう降ってはいるのだが、こんなに激しく雨らしい雨は久しぶりという訳だ。そして、妙に生暖かい。手袋がまったくいらないくらいだから、この時期としてはかなり気温も高いのではないか。言うことに事欠くが、「春は近い」といったところだらうか(朝の散歩は近所の神社へ往復しただけだ・写真)。

 こうして書いていても、話題に詰まると天気や天候、果ては自分の趣味の話などに逃げてしまう心性を考えてしまう。若い頃から人と話をするのが商売だったので、この「話題」というものには随分と苦労をしたし腐心もしたものだ。

 以前も全く同じような話を書いた覚えがあるものの、よく知りもしない御仁と話しを始めるきっかけというものにはかなりの苦労がある。自分の場合には特に、警察暑に朝から訪れてしかめっ面をした幹部連中と挨拶を始めることから一日が始動をした。それが仕事だったので仕方がないのだが、やはりキッカケはこの“天気”の話かその朝のニュース、それに相手の趣味が分かる場合はその“趣味”のことに持っていくことが多かったですな。

 な〜に、他愛もないこと。ホンのキッカケでしかない。しかし、ただでさえ何を話していいのか分からないので、例えば相手の警察幹部が瀬戸内の何処かの県の出身者であるときなどに、ほんの少しだけ知っているその瀬戸内の穏やかな気候に話を向け、特産品や美味しい果物、魚の話題などに乗っかってくれればしめたものだ。本当は向こうもハナから邪見にする気はないことが後には分かるものの、当初の頃は本当に大変だった。懐かしく思い出します。

話を向けることは付き合いの基本

 しつこいようだが以前にも全く同じようなトーンで書いた記憶があるところ。つまり、この天気の話題なぞというのは俗っぽく意味もないと考える人もいるようながら、私は決してそうは思わない。人間の共通の興味を探すというのは、結構大変なことだ。社会や政治に関わることにはドラマチックなことも多いのだろうが、それを全く同じような視点・評価の中で話を進めるのは大変なことである。特に政治や宗教に絡むようなことになると、気をつけなければならないことの方が多い。

 それに比べてこの「天候」や「趣味」の話というのは導入にはぴったりなのですな。もちろん、そうした話だけで突き詰めた議論ができるなんてことは全くないのだが、罪がないのでお互いの語調や気分を探るにはもってこいのところがある。

 いまも、マンションの多少は顔見知りの方々とエレベーター等で顔を合わせても話題はもっぱらコレ。夏になれば「暑いですね」ばかりだし、今の時期は必ず「今朝方は未だ楽でしたね?」などと、しかめっつらで気まずいひと時を過ごすのを避けようとしたりします。

 要は、人が知り合いに成れたり親しく付き合っていく場合の前提には、話題や気遣いが必要ということなのではないだらうか。その点、講師を務める塾の子どもたちに対している時などは面白いですぞ。ここでも、私は何とか彼・彼女らとの接点を探ろうと思って色々話しかけることはかけるのだが、会話なぞが成り立つ訳もナシ。

 全く彼らは一方的にしか話をしない。自分の興味の持てること、そして、楽しかったことをごく一方的に話す。そして、この連中は相手の話は全く聞いてはいないのだ。

 この辺が以前記したADHDの特色であったり、発達の過程で得られたものが少ないことによる結果ということなのかもしれませんナ。未だまともに話せる子どもが多かったときには、月に一度ぐらい「道徳の時間」も開催をしていたのですが、この頃ではそれも難しいような様相になっているなぁ〜。つくづく、人と話をすること、同じ釜の飯を食べていない人間と仲良く付き合っていくことの大変さを思ってしまう。今日の“話題”の一くさり――。

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2017年02月22日

娘の懊悩

何がそんなに悲しいのか?

 自分の子どもが就職説明会のために地元に戻っていることは書いた。一昨日の月曜と共にきのうもそのためにご当地の県庁にいそいそと出かけて行ったところ(今は公務員受験でもこんなものを開催してくれる)。

 しかし、夕刻にはもう東京に戻らないといけないと言うので、オフだった私が彼女の好みのスパゲッティやポテトサラダ等を作って早めの食事に備えたのだった。そしてその食事時――。早めに戻っていた母親が何かれとなく様子を聞いていたことは分かっていた。ただ、よくよく聞き耳を立ててみると娘はシクシクと泣いているではないか。原因が分からずに困惑する……。

 こうなると父親というのは無力のもので、人にもよるのだらうが私なぞは触らぬ神に祟りなしといったところでしょうかね。どうせ「大したことではない」とも考えてしまうし、「自分にできることとてない」とも決め込んでしまう。原因が分からぬまま、駅まで送り届けたあとに嫁さんにそれとなく尋ねてみた。「県庁の職員の人に質問をされて、どうも上手く言えなかったみたい。ちょっと前置きが長すぎて最後まで聞いてもらえなかったと話していた」とのこと。そこまで聞くと、自分とも似ているところがあるのかとも考えてしまう。きっと、言いたいことが多過ぎて上手く表現できなかったことに失望したのだらう。それで、自分はもう「採用はされない」とも考えたといったところかな。

 でも、県庁のベテランと若手がわざわざ庁内見学を案内し仕事の様子を説明してくれるとの主旨。また、一方では質疑応答もただのセレモニーである。そこで採用が決まる訳でも何でもないだろう。それでも、自分もそうだったが印象が悪いと試験にも「きっと反映される。自分は落ちる」と思い込んでしまうのでせうな。

 真剣な取り組みは可としないとイケナイのだろうが、どうも神経が細か過ぎて自己撞着に陥るクセがあるようだ(この辺は私と実に良く似ている。嫁さんもそう言っていた)

さて、どうなっていくのでしょう

 一人娘だったこともあり、どうも甘やかして育ててしまったことは否めないのかもしれない。意地は悪くないし、それなりに素直であることは認めたいところだが、社会生活や現実の荒波には弱いところがあるようだ。思い込みが強過ぎて、ちょっとした些細なことですぐに立ち止まり悩んでしまう様子を嫁さんからよく報告を受ける。

 でも、どうなんですかね。今は恵まれた時代でもあるし、彼女も不自由という点ではさほどのところはなかったように思う。私なんぞは自慢でも何でもないのだが、中学一年の時にはもう両親が他界していなかった。だから、その後の進学にしても大学入学、就職の算段もすべては自分ひとりの判断と手続き実行ののちに行っていたものだった(もちろん、親代わりの人はいたのだが手伝ってもらったことは殆どない)。

 比べること自体も詮無いことかもしれないものの、それでも「そんなことは大したことでも何でもないよ」と言いたいところですな。試験自体は難しいものだろうが、長い人生を悩みながら進むことは必然でもあるし、すべて自分で受け止めてやっていかなければならないものなのでアル。

 すべてはこれから。最後に嫁さんとも話したのは、「素直には育ってくれたのだからそれでいいし、私らに出来ることとてない」ということ。大人になってすべて自分で判断し、その責任と名において成果を勝ち取っていくのは皆がやっていることだ。頑張ってくれよ、お嬢さん!

mitsutomi8866 at 05:20|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日常雑感でひと言 

2017年02月20日

片付いたかな?

ちょっとした齟齬かしら

 終末の土日、自分はいい気になって東京で浮かれていたが、自宅の方ではそれなりに大変な作業が続いていたようだ。きのうは都での幸福感を抱きながらも、何時ものように飲み過ぎの体で疲労困憊といった調子で家に戻った。ちょうど、娘が就職説明会のために帰っていたこともあり、嫁さんは彼女と二人で例の大規模修繕に備えたベランダの整理をずっとやってくれていたよう。そして、自分はズルをこいたような形になったが、未だ半分ほども残っていたウッドブロックはきれいに片付いていたのだった。

 問題はここからですな。自分でも多少は後ろめたさはあったものの、何しろ疲れていたし細かい作業を続けている嫁さんには余り声もかけないように恐る恐る……。それが夕食を間近にしたぐらいの時間に、恐れていたように「夕ご飯はどうするのぉ〜?」とけだるい声が響いた。とても自分が「俺がやるよ」と言えず有り合わせのものでもイイと思ってダンマリを決め込む。しばらくしてから「外に食べに行かない?」と来た。「いいよ」と二つ返事だった。

 それで、夕刻6時過ぎからお互いに疲れていたこともあり、親子三人でごく近所にある有名居酒屋チェーンMのフランチャイズ店へ。あまり腐してもいけないのだが、このお店はちょっとだけ曰く付きの場所だった。もともとは建設会社の社長さんか何かが金満にいわせて道楽で韓国料理店を始めた場所だった。しかし、客は入らずにほどなくして潰れ、その後もイタリア料理だか何だかが続いたように覚えているのだが、全く上手くいかなかった。そして、ノウハウに乏しかったのかどうか、最後はそのMになって今に至っている格好。それでもどうも、現在はそれなりに回転をしているようだ。

 未だ出来立ての頃に一度行ったような覚えもあるものの、中身については余り大したことはないなとの思いだった。しかし、その後は工夫も凝らしているようで、その安さの割には「中身がある」といった評判を知り合いの人から聞いたりしてした。

 久しぶりに行ってみると、今風の個室仕立てになっており運ばれてきた料理がどれもかなり美味しいのでびっくりしたのです。メニューも豊富だし、お酒の類もこれでもかという程にある。なんだか“変身”を遂げているような感じだったですなぁ。店員さんの接客もごく良かった。

 とくにこの種の居酒屋チェーンでまず美味しいそれを食べたことはない焼き鳥。これが結構な美味さなのにビックリだ。最後に占めのような形で食べたじゃこの石焼きチャーハンも大変に美味でした。見直したなぁ〜。

締め切りに間に合ったのかな?

 それもともかく、その大規模修繕に備えた片付けは今日が期限だったのだ。用意した衣装ケースに大量に詰め込まれたウッドデッキ。そして、やっかいだったのは大量に集めたフラワーポットやプランターに入れられていた土の処分だった。これまでも何回にも分けて近所の公園等に捨てに行ったりもしていたものの、それでも追いつかないぐらいの量があった。

 さらに、嫁さんも疲れているものだから、「なぜ、キチンと世話もしないのにこんなにも買い込んでくるだけ、買い込んでくるのか」とブツブツ。以前からそうだったが、初めは熱心にやっていてもそのうちに放ってしまう私の性格にも呆れた様子で、途中ちょっとした言い争いのような恰好にもなって切れかかる。きょうは始末をしなければいけない大量の荷物を運ぶことだけに気持ちを傾注していたので、今ある植木をきれいに「植え替えたら?」とか言われても、土をいじるのがかなり面倒になってしまったからなのでしたな。

 ことほど左様で、自分が悪いことも分かるのだが、それはそれでなかなか進んで体を動かすことは難しいのでアル。ちょっとした反抗期のようなものだ。

 それでも、何とか昼前からウッドデッキの分については自分の軽貨物に載せて嫁さんの実家に運んだ。さらに、一生懸命にアチコチと彷徨をしながら市内を流れる大きな川の河原を探して、何とか見つけた河川敷に大量の土を撒かせてもらったところだった。大粒の雨が降ってきたりして大変でしたな。一方で、ホコリが舞い上がらなくて良かったには良かったけれど……。

 未だ完璧ではないものの、それでも何とか一通りの作業はできたようだ。マンションの知り合いの方々に会っても、皆さんが「大変だ、大変だ……」とこぼすことしきり。今日会った長老格の方はウッドデッキを部屋一つ使って仕舞い込んだようなことも話しておられた。これからの4カ月近くは作業の本格化でまた大変。そして、次の作業の時(十数年後になるのか)には、到底足も腰も動かないだらうと想像をしてオリマス。

mitsutomi8866 at 14:17|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日常雑感でひと言 

2017年02月19日

お煎餅と私

無類の煎餅好き!

 東京からの帰途、疲れた体を引きずりながら「何か自分を癒してくれるものはないか?」とフト考えて近所にある老舗の煎餅屋さんに立ち寄った。A煎餅店という場所でなかなかの歴史を持っておりもちろん味も美味しい。自分の中では上位にランクする贔屓の場所であります。

 自慢ではないが、「煎餅フリーク」を自称する。おでんおじさんの側面もあることにはあるが、小学校時代から冬のこたつの中で熱い日本茶をすすりながら、煎餅を食べることの無類の愉しみにしていた。育ててくれたおばあちゃんからは何時も「ジジイみたいだ」と言われていた。

 でも、その煎餅好きが言うので間違いはないと思うが、この頃のおせんべいというのは何であんなに不味いのでせうかね。とくにスーパーなどで販売している奴は酷い。アミノ酸やうまみ成分の大集合体であり大本の美味さなど何処にも残っていない。煎餅といいながら、もって非なるものでアル。

 先日、嫁さんの友人で私の煎餅好きを痛く理解しているH男さんという方が東京から遊びに来た折に、浅草の老舗の手焼き煎餅屋さんのものを運んできてきれた。これは、滅法美味しかった。醤油の香りがするだけで適度の硬さのある、あの昔ながらの煎餅であった。たまにではあるけれど、こうした製品には感激をしたりします。

日本人の文化でもある煎餅が…

 昔はごく普通に食べられた店先で焼いていて、その醤油の甘い香りが美味しさを想像させるようなもの(完成品)がどうにも出回らなくなった。大手の煎餅屋さん(メーカー)の大量生産や姿勢といったものも問題なのだらうが、食べる人はもっと文句を言い評価をしたらどうなのでしょうかネ。

 私のいる市内では、前記のA煎餅のものを定期的に求めているけれど(ここは変わり種の餅菓子もあって、これまた大変に完成度が高い)、以前にはもっと街中にT煎餅屋さんというこれも家内工業的に昔ながらの煎餅を作り続けていたお店があった。これも大変なファンだったのだが、お店が火事に遭うという悲劇もあって今はどうも廃業をしてしまったようだ。嫁さんの実家のすぐ近くに製造工場があったりして、その甘い香り(自分にとっての)に何時も魅せられていたというのに……。何とも残念でアル。

 しつこいようながら、日本中に煎餅ファンも多くいると思うのでネットワークを作って情報交換をしたり、それこそ古いお店を訪ね歩くツアーなんかも面白いかもしれないですな(もう、実際にはあるのかもしれないけれど)。

 中にはパリパリ感があって醤油の味がすればいいというような人もいるかもしれないものの、味の劣化という意味では他の食品に比べても煎餅はワーストの部類に入るのではないかとも思う。それだけに美味しい煎餅に巡り合いたいとの希求と、一方の日本の食文化をないがしろにするその精神と金儲け主義に反発を隠し切れないのです。

 美味しい煎餅を食べながら緑茶を飲む時間というのは、至福の時であります。何とかその食の伝統が失われていかないことを祈るのみ――。(*゚∀゚)っ

mitsutomi8866 at 17:10|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日常雑感でひと言 

2017年02月18日

M氏、都へ行く

また、愉しみではアル

 書くことに事欠いてしまうと、どうしても私的で日常の身辺雑記に堕してしまうのは人間の常である。そんな自分を半面恥ずかしくもあるのだが、どうも何時も読んでくれる友人などに聞くと「その方が面白いよ」という。そんなものなのかな、とも思う。他人のプライバシーを覗く楽しみがあるということだらうか。

 そんな訳で、ちょっと前にも記したように今日はまた、恒例の都参りでアリマス。

 午後の早い時間に高速バスに乗り夕刻の新宿バスタ行きを目指す。ホテルにも寄ってチェックインをしないとならないため、予定の時間には少し遅れてしまうかもしれないですな。会うのは書いたように、高校時代の親友O、これまた中学の親友であるT、そして先刻も記した大親友であった亡Hの紹介で知り合った昨年末にも一緒に愉しい時間を過ごしたHの大学同級生Sちゃんでありますな(奥さんも同道するハズだ)。以前から、そのHを鎹にして頻繁に会っていた仲間。だから、気ごころが知れているごく楽しい面々という訳だ。

 この間は久しぶりに仕事にかこつけた東京行だったものの、今回は純粋の遊び。そして解放感にあふれている日常の一コマということになります。一体、こんなに遊んでいていいのでせうかな。

美術展も覗きたいとは思うが…

 飲み会は飲み会でしかない。しかし、場所は赤坂の某会員制クラブ。以前にも記したように、バブルのときにはそのSちゃんの紹介で度々訪れたことがあったりした。クラス会のようなものをやったこともある。希望にあふれていた時期でもあったと思うし、思い起こすとノスタルジーと純粋な感慨しかないですな。

 今回もそんな思い出話に終始をするのだろうか。それとも、お互いの老いの嘆きや近況だけで終わってしまうのかな……。

 おそらくは2次会もあるだらうから、また久しぶりにスナックの甘い落ち着きや半面の喧騒といったものも経験をできるのかもしれない。

 一方で、明日は明日でこれも古い友人のお店で頭を散髪してもらう予定があるので、彼との会話も愉しみだ。こちらの方でも(彼は高校時代の友人の友人という関係)、さる仲間の思い出の会を近々にやる予定があるので、その見通しやどのくらいの様相と規模になるのかなど、直接の関係のある連中ではないのだが何故かそうやって“友人の友人”との関係で知り合って仲良くなった連中がたくさんいることに思いを馳せることにもなりそうである。

 そうそう、東京では美術展も長く行っていないので時間を遣ってそちらも覗いてみたいとの希望があります。ただ、一通り開催の催しを点検してみたりもしたのだが自分が「観たい!」と思うようなテーマはなかったようでしたな。少しだけ変わったものを物色してみようかとも考えている。

 そんなコンナ本当に他愛もないこと、そしてごくごく私的なことでしかないが、人間は俗事と伴に生き、そして些細なことに喜びと生きがいを見出すのだということ。歳をとると、そんなことしか考えなくなる。何にしても、充実感にあふれそうな週末だ。土曜日の早朝、せいぜいの私的エンターテインメントの予想でアル。

mitsutomi8866 at 05:04|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日常雑感でひと言 

2017年02月16日

ADHD



やっと進んできた理解

 一昨日、東京に製薬会社の記者発表のため出向いたことは述べた。その中身に関しては触れなかったのだが、実は「ADHD(注意欠陥・多動性障害)」についての発表であったのだ。これは本当に実に現在の自分にも関係のある疾患なので、勉強や知識習得の意味もあって出かけたというわけ。これから述べるように、本当に蒙を啓かれる場面は多かったと思いました。

 皆さんは、この病気についてどの程度ご存知だらうか。今でこそ普通に会話に出てくるような言葉ながら、つい20年ほど前までは殆ど知られてはいなかったのではないでしょうか。普通の理解でいうと、子どもの場合なら教室に入っても「不注意」「多動性」「衝動性」と極端な性格や行動があり制御ができなくなる子のことをいう。集団生活を旨とする学校などでは特に問題となる。結局は追い出されてしまう子も多いのだ。

 以前の自分ならさほどの注意を向けることもなかったのかもしれないものの、今は塾で対している子どもらは殆どがコレ。まともな感覚で付き合える子の方がむしろ少ないのだ。たまに自分の立ち位置が分からなかったり、言うことを聞いてくれない子供らに絶望的な気持ちになりさえするのは一再ではない。そこでの、このタイミングという訳だった。(今は言葉の響きが良くないのかどうか、「ADHD(注意欠如・多動症)」というのだそうだ)

 発表をしてくれ、さらにその後パネルディスカッションをしてくださったのは愛育クリニックの齊藤万比古(かずひこ)先生、学校現場からは筑波大名誉教授の石隈利紀先生、民間団体からNPO法人「えじそんくらぶ」の高山恵子代表との面々。それぞれの方が含蓄が深かった。

 発表の内容は、この病気に対しての親や学校の先生に向けたアンケートの内容を枕にするものだったが、分かりやすかったし自分にとっては新鮮で勉強になるものだったですな。

やはり前向きに捉えることが大事

 表層の理解しか言葉にすることができないのだが、先ず有病率が子どもの5%、成人の2・5%とかなり高いことも驚き。脳の機能性障害と考えられるのでその点では病気でしかないものの、環境因子もかなり重要なファクターになることは想像の通りであるし、大事な視点であるとも思った。さらに、成人になってからのうつ病や性格障害とも深く結びついていることなども、頭に入れておかないとイケナイ理解なのだろう。勉強になった。

 特に印象深かったのは、愛育クリニックの齊藤先生の慈愛に満ちた発表表現や子どもへの眼差しといったものかな。小児科の先生は本当に子どもへの愛情が半端でない人が多いのだが、齊藤先生にもそんなお顔とセリフ回しのようなものを感じた。先生の主張で蒙を啓かれたのは、いまはいい薬も出来ているそうなのだが「決して薬物治療が最初にありきではいけない」とはっきりと述べられていたことだ。これはそうなのではと思いますネ。病気への理解が進むのはいいのだが、逆に安易に薬にたよるようになるのは他の疾病と同じだろう。そんな気がしてハッとさせられた。

 さらに、他の発表者の方にも共通をしていたのは病気を前向きに捉えないといけないということだ。性格的には人懐っこいのが特徴(これは私も良く分かる)で、衝動的というのは「好奇心にあふれていることでもある」というのは確かにそうかもしれないとは思った。先のアンケートでも、親御さんも最初はショックを受けるのだが、最終的には子どもと共に「一緒に生きていく」との前向きの姿が見てとれて安心感が募る。

 最終的に発表の真意はその「病気を贈り物ととらえる」視点と共に、親と教師の連携、社会的支援が大切な疾患であるということだろう。それでも、日本という同質化社会でこの病気の持つ辛さというのは想像に余る。また、実際に私も教室で付き合っている訳ですが、その対応や治療というのはさほど簡単の事でもないだろうと心底思います。でも、周囲の人間が何とかして行かないとイケナイということなのでせうな。

 でも、ぶっちゃけ、教室で自閉症の子どもだったりこのADHDの激しい子らと付き合うのは疲れるものだ。塾長先生は専門家であり勉強もされているので対応は適切ながら、私は未だに「???」とうろたえることが多い。人懐っこさは人一倍ながら、また本当に可愛い子も多いのだがあっちに行き、こっちで暴れと制御ができないことはやはり夥しいものだ。

 今回は勉強にはなりました。だから、記事にするところまではイカナイのかもしれないが、意義があったことだけは報告をしておきませう。熱が入り過ぎて予定終了時間を20分も超過し、友人との飲み会が遅くなったことは愚痴でしかないのですが……。

mitsutomi8866 at 04:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0)マス・メディア 

2017年02月14日

珍しきコト珍しい週

やはり刺激が欲しいのか

 最近は執筆活動の面ではほぼやっていないに等しいのだが、製薬会社の記者会見の案内は頻繁に届く。以前、医療関係の取材が大半だったしスポーツ紙の連載なども手掛けていたことがあって、遠隔地に引っ込んでからもメールでせっせと発表のペラを送ってくれたり新薬の効能などの発表をしたいと呼び掛けてくれるのだ。

 ありがたいことでもあるのですが、当初何とか記事にできないかと足を運ぶことも多かったものの、かなりの交通費がかかることだし必ずしもネタになるかも分からないことが多い。そんな訳でこの頃はすっかり足が遠のいていた。また、こちらで運送の仕事なり塾の講師もあるので、夕方からの機会が多いとはいえ塾の仕事がある場合には行けなかった事情もあるのです。

 それがどういう気の回りなのか、きょうは塾の教諭もないしテーマも興味が持てるものだったことがあって、久しぶりに上京をすることにしたのだ。とは言っても、気まぐれで行くようなものなのでお金だけ遣ってすぐにトンボ帰りをするのは何とももったいない。それで、小学校以来の親友のNと東京駅で飲むことにした。会見の場所がその東京駅のすぐ隣りなので都合がイイとも思ったものです。

 製薬会社の会見そのものは、まあ通例のものでせう。今回はテーマがけっこう珍しいものだが、普段は新しい薬の効能やその知見に関して大学の先生に語らせるといったものが殆ど。要は宣伝である。それでも、その知見の中にこれまでにない新規性があったり、社会的に大きな話題になっている疾患に絡むようなものである場合などは工夫によって字になるため、ある種の予見を持って会見に臨むこともけっこうあったという訳だ。

 今回はまあ、かこつけて友人に会おうというようなものですナ。

週末も再び

 一方、これは全くの私的な愉しみでしかないのだが、今週は週末土曜日にも東京に出向くことになる。これは、かなり前から計画をしていたことで高校時代の親友Oに暫く会っていないことがあり、何とか関わりのある連中を含めて会えないかと自分が発議をしたもの。他の二人の友人(一昨年亡くなったHにゆかりのある連中だ)も都合がつくということだったので、今度は街中の赤坂で旧交を温めることにした。こちらの方は、手放しで愉しみだ。

 結局、田舎に引っ込んで非生産的、邪で自堕落な生活を送っているその日常から逃れたいとの思いもあるのですかな。決して、今の生活に倦んでいるという訳ではないのですが、やはり酒飲みの習性でたまに夜のネオン街やしじまに憧れる癖があるからかもしれない。また、無性に人と話したいという思いもあるのです。

 最近は少しだけ、現在の生活を哲学的に捉えなおしてみようという気になっている。そのために、以前啓発を受けた大学教授の書いた人生本なども読み直しているところ。

 勉強が足りないことは自明のことだが、やはり最近の世の中などを考えていても「歴史は繰り返すのかな?」などの思いが強い。ある種、第一次世界大戦後の帝国主義の時代に戻っているのかとの思いすらする。

 歴史に学ばないとイケナイ。また、私たちはとくにその習性に乏しいので、何処かで大事なことに判断ミスを犯したりするような気もしてしまいます。今回の訪米やその後の朝貢外交がそうした結果をもたらさなければいいな、と現在は思うだけです。

 一気に話が形而上になったとしても、私の人生はまだまだ形而下だらう。そのことを肝に銘じてこの素晴らしく珍しい“一週間”を過ごしたいと考えております。

mitsutomi8866 at 06:25|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日常雑感でひと言 

2017年02月12日

大規模修繕



何ともユーウツなこれから

 日々の暮らしに変化がないようなことを書いてしまっていたが、何のことはない全くその足元で一つ大きな変化は起きていた。自分の住むマンションの大規模修繕工事。

 マンション暮らしの人はよく理解すると思うけれど、殆どのマンションは築10年を超えて15年に届くくらいになると必ずリペアーのための修繕工事を行う。そのための費用も必ず積み立てておくという訳だ。それが自分のところでも愈々始まっているということ。もちろん、かなり前から分かっていたことでそのための説明も何度か受けている。ところが、実際に始まってみるとこれが、思った以上に大変なのですな。工事の人がみな、やってくれてオシマイということではないのです。

 いま、頭を悩ませているのはかなり広めのベランダにある余計のもの――つまり、プランター等の植木、植物の類とかたまたま置いている西洋風の椅子やテーブルその他の諸々は、外壁工事等の着手の前にはきれいに片づけておかないといけないからだ。ところが、自分の場合は下にウッドデッキを敷き詰めているし、いいようにラティスとかいう例の花の鉢植えを吊り下げておける垣根のような材木を置いているのでこの処置についても、ハタと困ってしまった。先週ぐらいから細々と作業をしているものの、気の遠くなるような作業でアル。

 入居したときには、多少ともモダンの生活がしたいと思い、高い買い物で業者の言いなりに付帯工事を行った。たしかに最初は見栄えのイイものではあったのでしたが、築14年にもなろうかという歳月の中では色は朽ちてくるし雨ざらしの周囲もなんとも雑然の極致になっていた訳だ。

 さて? 片づけるのはいいけれど、それを何処に置くというのか、もちろん、部屋の中なんゾに取り込めるわけはない。一時何処かに倉庫でも借りないといけないかと思案をしたが、これもけっこうなお金がかかる(工事は今年5月いっぱいもかかってしまうのだ)。

助け舟もあったにはあったが

 結局、嫁さんの功があって同じ市内にある彼女の実家が庭先に一時置いてくれることになりました。きのうはいよいよ、その大きなラティスを取り外して自分の軽貨物車で運ぶといった作業も行ったところ。何とか入るかと思った荷台も結局ギリギリで、長さははみ出してしまうので、助手席を倒してやっとという有り様でありました。

 まだまだ作業は4分の1程度が終わっただけなので、締め切りである今月中旬までは突貫の作業が続くのではないかしら。考えるだけでイヤになってしまいますな。

 ベランダをいいように構築をしたときには、私も一所懸命に花の苗を買い求め毎日のように植えるべく作業をしたものだが、どうもマンションの階上というのは風が極端に強く、なかなか動きがままならないことに加え、植物の類もこの風にやられてしまうことも頻繁だった。中には風にも強い花もあることはあるのだが、次々に枯れてしまう幾つかの花々と付き合っていくうちに当初の熱意はとっくに失せてしまいましたな(それでもいくつかの心を癒す鉢植えはあるので、それも嫁さんの家に預かってもらっている)。

 一方もう2週間もすると作業が本格化するので、ビニールシートが周囲に張られることにもなり、昼なお暗い生活にもなりそうだ。とにかくよく陽が当たることだけが取り柄の部屋とも考えている我が家。なので、これも悩ましいことが夥しい。仕方のないこととはいえ、その作業の大変さ・長期化に関しては軽く考えていた自分が恥ずかしくなるほどでアリマス。

 せいぜい、これからの4カ月弱ほどはもやしのような体と生活にならないよう、努めて外に出て外光を浴びる毎日に努めようかと考えているところ……。自分の日常の一コマになる一大イベントがあることを思い出したものである。

mitsutomi8866 at 08:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日常雑感でひと言