「風のひとりごと」ブログ

東日本大震災および今回の熊本大地震で被災された方々へ、心からお見舞いを申し上げます。
マスメディアを志望する若手のために「平成マスコミ塾」を主宰してきましたが、自身の仕事が忙しくなってしまったため、現在は休止状態です。 今後も若手のマスコミ志望者のためにお手伝いをしたい、との気持は変わりないものの、これまでよりは小規模に読者との交流や勉強会をめざしていこうと考えました。 ここでは、自分のメディア論を含めて意見を述べるとともに、勉強会の早期開催を目指します。

個人的“非日常”の総括

落ち着いた毎日に?

 きのう、まさに1週間ぶりに塾に出かけた。小学生の子どもらは何を思ったかあるいは日にちを勘違いしたのか、結局誰も来ず仕舞いだった。手持無沙汰そうな塾長のI先生としばし休み中の行動や日常などについてベチャクチャと話をし、先生が久しぶりに帰ってきた息子さんとのひと時を大変に楽しんだことを知った。そして、塾長がいかに息子さんを溺愛をしているかもさらに分かったところ。

 夜の部は4人の優等生たちが来てくれた。早い時間にまた大きな声で挨拶をしてくれた天才少年T君にはさっそく、「休みの間は何処かに出かけた?」と聞いてみたのだが、「そりゃ、ずっと勉強ですよ」と怒ったように言われにべもなかった。聞いた私が悪いのか……。

 その他は別に変わるところもなしに、英語の解説なども何時もの通りですっかり元のペースに戻った感じ。少しだけ時間が長く感じたりもしたが、今後はまた暑い夏と格闘をしながら変化の乏しい日常に舞い戻るのだらうと考えたところでした。重ねた印象にもなるのだが、6日も1週間も休日といえるものが続くこともごくないので、ここのところの日常をざっと好意的に振り返ってみることにしたい。非日常などとも記したが、な〜んのこともない非日常といえるほどの変わったことがあった訳では決してない。あくまで便宜的にそう記しただけであります。

 全体に落ち着いていて、ノンビリと懸案を意識したこともなかったのは先述した通り。先週末の親友Oとの飲み会もごく愉しいものだったし、その後に記した1円パチンコ奮戦記もほぼその通りで別にウソを書いた訳ではありません。ただ、そんなにイイことばかりが続くわけもないのは自明のことで、その後は2回続けて大きく負けてしまった。都合で1万円近くも負けてしまったものだろうか。それでも、トータルではプラスではあったのですが。

仕事も全くなかった訳ではなく

 その他、普段早朝に運んでいる特別の医薬品に関しても、先生方も休みが多いだろうから少なくなるのかと踏んでいたが、今週は火、水、木と3日間連続であったことにもビックリした。しかも、全部別の病院である。こんなことは普段からもナイことだ。ちょっと変わった経験ということで、面白かったし変化のせいでゾクゾクするようなところもありましたな。これも“非日常”と言えるのかどうか。

 今週は火曜日も水曜日も道路がガラガラで仕事は大変に楽であったのでしたが、一昨日からは完璧に元に戻っていたようだ。渋滞も普段の通り。それまでは、予定より10分ほども早く着いたりして戸惑ったのでしたが……。

 一方、働きの少ない私を憐れんでということにでもなるのかどうか、暫く入っていなかったお弁当の配送のお手伝いも今日、明日と久しぶりに入っている。

 これも実に他愛のないことだが、きのう予定のペーパーを送ってもらった(FAXで)ものを見たら、後で自分の勘違いと分かるものの2カ所で3人の別々のお客さんに配る予定が書かれていた。私は宛先に両方とも私の名前があるものだとばかり思ってしまって、そのスケジュールのタイトのことに驚いたのだ。

 1、2件目は区の端っこにある総合体育館へ何かの大会のメンバーに大量にお弁当を届けるそれ。その量もともかくだったのだが、1軒目の時間指定は10時。そして2件目は10時半だった。同じ会場なので、おそらくもう少し早く2件目の人に届けても嫌がりはしまいと一人考えたところ。ところが、もう1件ある別口は、場所が県の武道館でエラク遠いのだ(隣りの隣りの市)。

 以前にも行ったことがあり、ここは市内の中心からだと早くても4、50分の時間は楽にかかる。それが、配達の時間指定が10時半から11時なのですな。――これには慌てた。何処をどんな風に考えても県の体育館の方に10時ちょうどに着いてすぐに2件のお客さんにお弁当を渡し終えてからすぐに向かわないと、絶対に間に合わないと考えたからなのでした。「これは時間指定を守っていたら、絶対に3件目に間に合わないゾ」と感じたのであります。それで、またきのうからグジグジと悩んでいたのですナ。「何とかテキパキと済ますほかないなぁ」と……。

 まあ、結論を言ってしまうとこれは全くに私の誤解だった。1、2件目の体育館の方は別の女性が手伝いで同じ派遣で来てくれていて、その彼女の担当だったことが分かった。私は宛先を見間違えていたのだ。朝にそのお弁当屋さんに行って彼女と話し、そのことを納得したときの安心感といったらなかったですナァ〜。

 時間は十分。念のために朝9時過ぎには目的地に向かっていったので、バイパスも使って10時前には着いてしまい、近くのコンビニで20分ほども時間を潰してからの作業だった。そうならそうと、最初から分かっていたらきのうからの心配はなかったのにと……。何時もこうなのですな。一人で勘違いをし、一人で得心をして悩んでいたりする。分かってしまえばどうということもないことを、一人芝居で悲劇の主人公になる程にはもう若くもないと思うところだ。

 どうということもない1週間ほどでしたが、ここに来てやっと落ち着いてまた自分なりの進歩のない“日常”に舞い戻ってオリマス。ハイ。

祭りの終わり

お盆休みを終える時

 先週から個人的にもあったお盆休み。まあ、それなりに楽しかったと言っておきませう。

 土曜日は旧友のOと久しぶりに飲んで愉しかった。何度も言うように実に他愛もない時間といえばそうなのだが、やはり生活には生存に意味のない時間や空間はぜひとも必要だと思う。決められたレールは、それだけでは決して楽しいものではナイということだらう。

 その後も特記するような事は一つもないものながら、日曜ときのうも出かけてしまった1円パチンコは自分でも驚くほどに勝ってしまって慶賀の至り。日曜は4000円弱の儲けだったが、きのうもやはり3台目にやった機種(花満開という奴。知る人には懐かしいでしょう)が、1000円ほど使ったあとに6連チャンだかをしてくれて、しかもそのうちに3回も16Rがあるという僥倖だった。こんな事は、まず絶対にないといった風な珍事と思います。ハイ。

 ただそれだけの話ながら、この休み中は図書館にも2回足を運んだし(一昨日の月曜は恐れたように休みだった。代わりに喫茶店で勉強をした)、大した量ではないが読書もできたので良かったのではないでしょうかな。

 実は、きのうはないと考えていた朝の配達の仕事もあってこれも何回も言及をしたことのあるH総合病院に出かけてきた。曇りがちで時折雨もぱらつく天候だったのですが、気温も高くなく快適でしたよ。まあやはり、仕事を長くにしないというのも不安になるものだ。

 そうした一面でリラックスのできるものであり、一方では精神も肉体も大変弛緩をしてしまう休みも実質きょうでオシマイということになる。講師をやる塾の休みは今日までなので、明日も担当日ではないのだが気分のうえでは自分の休みは“終焉”ということになるのです。

戦争ドキュメントの極致

 空いた時間に何時も観ていたケーブルも、この頃はヒストリーチャンネルを筆頭にして戦争もののオンパレードである。歴史を振り返ることは大切なことと心底思っておるので、こうした番組を繰り返し流すことも必要なことだと思う。それにしても、大体が観たものばかりなので、好きで必ず観るにしても少しばかりは食傷気味でもありました。

 そんな中、きのうの夜にたまたまだったもののNHKスペシャルで観た「戦慄の記録 インパール」は圧倒的な迫力でした。よく知られるように太平洋戦争史上最大の無謀作戦といわれるインパール。その非道性とバカさ加減については、知れば知るほど唾棄をしたくなるほどの怒りが湧いて来る。これまでにもNHKは、故山本肇記者による優れたドキュメントがあり、これは私も数度観た。実によく出来た、当時終戦特集の最高傑作と思ったものだ。

 それが、今回はそれを上回るほどの衝撃である。当時のフィルムやイギリスに残されていた史料。さらに、作戦の直接の起案者、命令者であるといわれる牟田口廉也元中将の書き残した記録やテープ。さらに現地で描出した当時の歴戦の様子――そのどれもが圧倒的な迫力と悲しみを持って伝わる。実に、愚かなことを実に愚かな高級将校がやったものだと思う(実にその人間が牟田口某らでアル)。

 そのどれよりも凄かったのは、牟田口のお付きとして日常の世話をした少尉が書き残していたノートや記録をNHKが探し出してきたこと。この方も大変な死線を彷徨っていたことは、その残したもので自明だが、最後に90何歳だかの御年で老人ホームから現れたことには心底ビックリした。

 この方も絞り出すように言っていたように、牟田口を始め高級将校は日本兵を虫けらの如くとしか考えていなかったのだ。「5000も殺せば陣地が何とか取れる」と始終話していたというのは、本当のところなのだらう。5000というのは敵兵のことではなく、自身の皇軍の兵士のことでアリマス。信じられますか?

 兵站を全く無視した、世界の歴史の中でもその例はまず見ないといわれる最悪、無謀の作戦インパール。兵士を虫けらの如く扱った非道と無謀、そして論理より感情・私情を最優先させた陸軍の馴れ合いによって判断が遅れ、3万もの兵士が死んでいったことを考えると報われるものは何もないだろう。そして、その6割が作戦の中止、撤退後だというのだから言葉を失うのだ。「嗚呼!」と空を見上げる。

 この番組の最後で語られるように、愚かな高級将校をいただいた日本は不幸であった。しかも、誰一人責任を取ることなく、戦後ものうのうと生き延びさらに最後まで自己弁護を強弁していたことをこの番組でも知った。また、言葉を失うのである。ある意味、今でも体質は変わっていないのかもネ。近時周辺のキナ臭さを感じながら、また同じことを繰り返さないように願う――それのみである。

お盆休みの一隅で

ちょっと調子が狂うが…

 東京で生まれ育っているせいか、お盆休みといえばこの時期と決まっている。しかし、ご当地では場所にもよるのだが新盆で先祖を迎えるところが圧倒的で、初めはけっこう驚くというか馴染みがないことが夥しかった。そんな意味では、ご当地ではお休みが2度巡ってくるような感慨に捕らわれる。

 それにしてもの夏休み、そしてお盆休み真っ盛りではないのかしら。初日の金曜日は皆の思惑がたまたま一致してしまったとでもいうのか、午前中の道路の込み具合というのは特に酷かった。東名でも久しぶりに50キロ以上だかの渋滞を見たとあって一驚をしたものです。個人的にもきのうは東京に出向く用事があり、それを利用して高校時代の親友Oと久しぶりに一献ということになった。場所はいつものように新宿で、一軒目は餃子屋さん。二軒目もいつものようにショットバーの老舗Eでありました。話の内容は他愛もないものながら、共通の友人がかなり多いので(必ずしも高校時代に限らない)その友人の噂話や、キャラクターについて面白おかしく寸評をするのはこれもいつもの通り。Oは脚色もかなり上手い男なので、笑ってばかりでお腹を抱える内容と個人評価でありました(決して腐してばかりではありませんので)。愉しい時間を過ごさせてもらった。先ずは、連休の前半戦は万々歳といったところだらう。

 東京も、この時期になれば多少は混雑が和らぐのかと思えばそうではなく、外国からのお客様を含めて地方から出てくる人間もけっこういるのだ(私もさしずめその一人か?)。相変わらずの人出の多さと歩くことの困難さに地元の日常を振り返ったりした。ただ、道路はもっと混んでいるのではないかと想像したものの、存外に空いていたのと帰りの中央線は車両がガラガラなのにはけっこう驚きました。

 今朝方きのうのお酒は多少とも残っていたのだが、きょうは完璧にまたお休みなので衝動を抑えきれずに午前中は一円パチンコである。ここのところ全くと言っていいくらい勝てなかったものが、きょうは珍しく3台目の台がけっこう出てくれた。4000円ほども費消はしたのだが、7600円の儲けで都合3600円だけは勝った。大したお金ではないにしても、やはり負け続きの後だと嬉しいものだ((´∀`*))。

一抹の寂しさ・不安も

 今日までは当然の如く休んでしまった。一方、明日は朝の配達の仕事はないとは言われていなかったためてっきりあるものだと踏んでいたら、きょうになってメールがあり「ナイ」とのこと。これで、塾も完璧にお盆の休みになってしまっているため、私も6連休ということになってしまった。

 世間並というと聞こえはいいが、な〜に何もしないだけで生産性もない単なる休みでアルというだけのことである。今は社会的なことはほぼやっていない身に等しいので、これで仕事がない毎日となると反対に寂しさが湧いてきたりもする。やはり、会社勤めの時や若い頃とは全く違いますな。

 明日からの生活もどうなっていくのか。家庭料理の方はとりあえず今日も夕食を作ることになっているし、明日明後日ももしかするとそうした羽目に陥るかも。きょうも、嫁さんは先ほど私に「食事は何時ごろにナル?」と一言聞きながら街中でやっているイベントをのぞきに出かけてしまった。取りあえずは平和な風景であります。

 明日からも無為な時間は多くなるのだろうなぁ〜。休日の意義を考えるならそれもいいかもしれないし、最近はあまり観ていなかった高校野球でも観戦をしてみるか。

 それとも、少しでも懐にお金があればまたイソイソとパチンコ屋に出向いてしまうのだろうか。Oから言われた「パチンコなんかやったって誰が喜んでくれるわけでもない。家庭料理の方が何ぼか意義と意味があるんでないのか」との忠告を噛み締めたいところ。とりあえずは何とか生きて、休日を凌いでオリマス。

「山の日」一考



何も分からない休日

 訳の分からない休日が多過ぎる。

 たしか、去年だかでも同じようなことを書いた覚えがアル。「山の日」とは一体、何ぞや? もともとはどうと言うこともない発案だったのではないだらうか。調べると2013年だかに超党派の議員連盟でその発足が審議され、2014年に制定、去年から施行されたとある。新しいからその実体が分からないというのではなく、もともと海のものとも山のものともつかないのがこの日なのでアル(洒落で言っている訳ではアリマセン)。

 しかも決まりかけたもともとの制定日は8月12日。しかし、これは日航機123便の墜落の日であり、その落ちた場所も御巣鷹山ということになればシャレにはならない。それで、一日繰り上がっただけというのだから恐れ入ります。「海の日があるのだから、山の日も」というのは安直に過ぎるような気がする。

 もちろん、国民の休日が増えること自体に正面から異議を唱えるつもりはありません。休みが増えるのは基本、イイこと。しかし、一方ではその意義というものもしっかり意識したうえで、休めることへの“感謝”の気持ちも何処か必要なものではないだろうか。これは、これまでにも何回も言ってきたことと同じでアル(少ししつこいかしら)。

 学生はともかく(夏休みがある)、サラリーマンにとってはありがたい休日だといったところで、その有り難さを自覚することなしに休みだけを増やすことには個人的、心理的抵抗がありますナ。

 でも、ホンネのところで休めることは嬉しいと思う気持ちがあるのも皆さんと同じ。私の場合は収入が減ってしまうという難点はあるものの、世間並みにきょうから3日間、上手くいけば6日間ほどは何もなしで終わってしまう可能性があるところ。予定通りという訳ではないが、明日は野暮用がてら古い親友Oと新宿で飲む予定にもしている。それだけが楽しみの“暑い夏”といったところか。夏バテには愉しい時間が一番でアル。

霧をゆき父子同紺の登山帽 能村登四郎

生活の“辻褄合わせ”

何処か誤魔化しも

 「辻褄が合う」というのは、多くの人が理解をするように一応は結論を得る、合うべきところで終始が符号することを言うように思います。でも、どうだらうか。けっこうやるべきことが出来なかったり、本来ならもっと良い成果が出てもいいところで「一応は何とかなった」との意でも遣わないだろうか。

 まさに今の私の生活もそんな感じ。明日の生活に困るという風情でもないものの、では心配事がなかったり目指す成果を現しているのかとなると、決してそんなことはない。何時も不足感や、欠乏感を抱えているというのも本当のところデス(個人的な話で何時もスイマセン)。

 ちょっとした事で悩み、ちょっとした事で「フンフン」と頷いている。殊更に派手ではないものの、たまにであれば愉しみ(主にお酒を飲むこと)もあるし、家庭内のいざこざといったものも今のところは懸案としてはない。だから何とかなっているとはいえ、「落ち込むなぁ」と思うこともかなりにあるのですな、コレが。

 ごく下らない近事を言えば、もう1月ほど前になるのだが家の1階の駐車場で何時ものように車庫入れをしていたときたまたま嫁さんと出掛けた後で、その後の予定などを運転席と助手席でべちゃべちゃ喋っていた。後ろをろくに見ないで、チョコチョコとハンドルを動かしていたら本当に不注意なのですな。気がついた時にはもう右の車体が柱にガリとこすっていて、そのまま停止。動かせば万事休すというところで、そのままバックする訳にも行かないので何とか前にすすり抜けた。ものの見事に後部のドアの一部をこすってしまった。かなり目立つという風でもないものの、ごく一部は塗装も剥がれてしまっていました。その後の運命はお察しの通りである。

 擦りキズは嫁さんの専売特許だったのだが、私は長いことしていなかった失敗だった。その後はけっこう落ち込むことしきり。何とか直したいと考えて、機会に知り合いの自動車屋さんだったりスタンドで「どのくらいで修理できる?」と聞いてみると、これが予想を超えてけっこうな値段なのですな。4、5万でできるなら、今度臨時の収入があったときに直そうとも考えたものの、その後は長く放っておいた(もちろん、サビも出てしまう)。

落ち込んでばかりもいられない?

 それがこの間の車の定期点検のときの事だ。前述の修理代は8万だか9万ほどのお金はかかるとのことだったためいったんは諦め、ディーラーで見てもらったときに見積りだけを取ってもらってその後に何とか備えようと考えておったのでした(何とか直すことも考えていた)。

 しかし、担当の整備の人はキズを観るなり「ああ、これは万のひとケタではきかないですね。周りを全部代えないといけないので」とにべもなく一言。その後は「ペイントで錆止めの応急処置だけなら、工賃はタダだし千円単位で出来るのは出来るのですが……」とも付け加えた。今の私には十数万円の費用はとても工面は出来ないため、その後は何とか応急処置の算段だった。

 結局、何とかそのWさんに頼み込んで「自分でやったらどうですか? 僕らがやっても同じようなものですよ」という謙虚さを跳ね返して、カーショップで何とか似た色のタッチペンを買って来てペイントだけはやってもらったのでアリマス。もちろん、周囲の色とは違ってしまうので全く目立たないということはないものの、それでも「何とかなった」ということなのですナ。これが一つ、「辻褄を合わせた」ということなのかどうか、本格的に直せないことは自明だったし、かと言って何時までも気になるのは困りものなので「自分でやるよりは遥かに上手いハズ」のWさんの好意に甘え、その後は何とか心の平静を取り戻しているという訳である。

 もう一つは、これは自分の生きがいにもなっている塾での教え子たちのこの頃。問題児が多いこともともかくながら、中学生には何人か「何とかしたい」と考えているごく普通の子どもたちがいる。そのうち二人は受験生ということもあって、ちょっと張り切り過ぎたきらいがあったやも。そのうちの一人が長く通ってくれなくなったことは一度、書いた。

 その後もわたしはほぼ顔を合わせていないのだが、じゃ来ていないのかとなるとそうではないのですな。どうも、もう一人のベテランの男先生――M先生のやる日には何時もではないが来ているようだ。それで、言い訳でも何でもなく一安心をしているところ。実のところ辞めてしまってチャラになることを恐れていた。自分に直接の責任があるのではないかとも考えたからだ。

 これがそうでもなさそうで(一部責任はあるのかもしれないが)、その他の子どもに関しても「どうも出席が良くないなぁ〜」と先週あたりは落ち込んでいたところ、きのうの授業ではほぼ全員顔を見せてくれたので安心を取り戻しているところなのです。

 他愛もないことながら、何処かで“辻褄が合う”ことで安心をし、何処かで本質を見落としがちなことも私たちの日常なのかもしれない。反省をしていますが、また何処かで繰り返すかもしれずデスな。もう今週末からは本格的なお盆休みに入る方も多いかも。私もすっかり忙しさから遠ざかっておりますが、小市民の愚痴と反省だけは相変わらずで……。

迷走台風(野分)

また肩すかしかしら

 もうそろそろその勢いも衰えてきたかに見える台風5号。初めは太平洋の真ん中で発生をし、かつ南に下っていたのでまさか影響があるとも思えなかったのだが、その後はご存知のような“迷走”ぶりを示した。さらに、拡大して大きな被害をもたらすとは考えもしなかったのだが……。

 私ども地方では、きのうからその進路に随分と気をもんでいた。当初の予想より東にずれているとも感じたため、きのうの夕刻からきょうの明け方にかけては雨だけは心配の種だったのだ。

 それでも、思ったような大きなビックリするような雨や風はなかったようですナ(台風は少しずつ北上を続けた)。今日の夜中に関しても早くから就寝をしていたため分からないものの、夜中に起きた限りでは「風はやはり随分と強いナ」と感じたくらい。

 詳しく行方を眺めていたものではないが、もう能登半島の辺りをうろついている(今朝の時点)ので、このまま日本海に抜けるのかしらね。まずは安心といったところ(ご当地ではついさっきまで青空がのぞきそうな雰囲気だったが、またにわかに掻き曇った。未だ、暴風圏の範囲なのかしら)。

 個人的な感慨しかないものの、仕事のあった昨日の昼までは全く影響はなかったし、雨といっても思い出したように降るくらいでした。また、夕刻からは塾の教授があったので心配はしたものの一時かなりの雨風が通り過ぎたくらいで済んだ。夜はまさに台風が迫っていた時だったので、ちょっと前と同じように「誰も来ないかな?」と思っていたくらいだったのだが、期待をする中学生3人と高校生の優等生の女の子が思いもかけず来てくれて久しぶりに張り切ったくらい。皆に一通り、英語の解説をしたところでありました。不思議なもので、こんな時に充実感を得られるとは思ってもいなかったのだが……。

 振り回され、甚大な被害ももたらした迷走台風。自然のことで何も文句も言えまいが、自分の生活や人生に照らしても何処か“迷走”が始まっている気がする。進路のハッキリしない、他人に迷惑をかける走りっぷりはすべての人に歓迎はされないだらう。もって瞑したい感想を与えてくれたと、また一人分かったように得心した次第。

颱風の名残の驟雨あまたたび 高浜 虚子

不倫は単なるフーゾクである



不倫は文化ではないでせう

 少し前に「不倫は文化でアル」と大声でうそぶいた二枚目タレントがいた。大方には失笑を買ったと思いますが、中には拍手をしたり頷いた人もいるのかなと何処かで考えたり……。

 しかし、どう考えても不倫は“文化”ではないのではないでせうかね。大きなことは言えないが、文化的な営みとなればそれは私たちの精神性を浄化したり気分や知識の向上を伴うものであるような気がする。他人の連れ合いとの情事は、どう考えてもそうした範疇には入るまい。いや、私は最近のように次々と芸能人や政治家の不倫騒動が新潮、文春の巻頭を飾っていることを殊更に取り上げようと意気込んている訳でもありません。

 それこそ、一昨日ですかね、同日発売の『週刊文春』(8月10日号)でタレントの斉藤由貴さんのスキャンダルが報じられ、何時ものごとく朝や昼間のワイドショーで取り上げられたとき、たまにはイイことを言うと思った長嶋一茂さんが「タレントの人の不倫騒動に特に興味があるわけではない。何で、こんなにも大々的に取り上げられ、ましてや当人が会見を開いたりするのか」と語気を強めたときに、「そうだ、そうだ!」と肯じた者でもあるのです。

 基本的に(あくまで基本はだが)、不倫騒動は当事者間だけのものでアル。影響があるとすれば、当人や家族、そして仕事先に及ぶ場合もあるだらうが、それはあくまで本人の責任の範疇だろう。当事者の周辺の波風はそれは大きなものになるかも分かりませんが、私たちが迷惑を被るわけでも何でもない。大きな声で非難をするようなことではないのだ(これは断言できる)。

 それがこの騒ぎでアル。

 私も「余程の大物でなければ、不倫なんぞに興味はない」とうそぶいてきましたが、そこは基本では興味はあります。今回も、文春の記事は丁寧に読んでしまった(ご本人たちが否定をしたのはご愛嬌。日本にウソの文化が蔓延ることを心底恐れます)。まあ、とにかく凄いですな。これまでに文春バズーカとやらでその生態を暴かれた芸能人・政治家の累々たる男女の数々。最近は、負けてはならじと新潮の方も大変に気を吐いております。直近では元SPEEDの今井絵理子さんの略奪不倫はクリーンヒットとも言えるのでせうかな。これは、後述をするように社会性も兼ね備えた大変なスクープであると思います。

 冒頭の写真も同じく新潮が糾弾した、重婚の中川俊直代議士(47)。そろそろ世間もその“重罪”を忘れてきたとでも思ってか、ご本人は政治活動を再開しているらしいがその罪はそう軽いものでもあるまい。鉄面皮というのはこういうことを言うのかしら。少し前になるけれど、俳優の渡辺謙さんの場合にはやはりその影響は多大で取り返しのつかないものであるのでせうが、どこか可哀そうな気もする。

理屈ではなく実質の迷惑を考えるべきだ

 あまりクドクドと述べてしまうと本質を外すことになるので、手短に言いたいことだけを述べておきたい。

 ご本人に経済的にも心情的にも余裕があるのなら、多くの人が不倫をどこかで探っている部分があるだろうし(あくまで男の場合です)、そうした行為を私たちがどうこう言えるものでもあるまい。それは、人類の歴史が証明をしているような気がします。えらそうに言えば、それだけ私たちの業は深いのでアリマスな。

 ただ、直近の例で言うと先述今井某氏、そのタレントとしての名前と「障害児を育てる健気な母」とかいう嘘っぱちで参院議員になったこの方は、どうにも許しがたい御仁として怒りが沸々と湧いて来るのである。先ず、その公人としての節度のなさ、また選挙民を裏切ったともいえる背信の言動、もっといけないのは大阪での出張不倫などに際してもまず間違いなく、公費を支出していると考えられることである。税金で、こうした背徳行為に勤しんでおられるわけだ。これは、前記のタレントさんなどとは全く事情が違うのですな。政治家は、そうした意味で多くの国民の目と耳に晒され、その行状を点検されることは仕方がないことだと思う(最低限のプライバシーまでないとは言わない。安倍首相とは関係なく……)。

 彼女、そして写真で晒した中川代議士などは即刻、議員を辞職すべきだろう。そのくらいの“犯罪”を犯しておると、個人的にも総括的にも思います。

 話をまとめておけば(また、クドクドとなってすいません)、不倫は文化なぞではなくて単なる風俗でしょう。社会的な一現象だといってもいい。その気のある人が、その甲斐性の中において自己責任でやられるのではあれば、それをどうこうと言える立場には多くの人はない(私も同じ)。ただ、家族とくに子どもに残す傷跡や、その後の凄惨さを考えるならば余程の覚悟は必要にはなるでしょうがね。他人事みたいですが(本当は他人事と強弁をしないとイケナイのだが……)。

 一方、お金のない人や先に記した社会の木鐸といわれる人が行っては、これは大変にイケナイ(前記の人の場合は間違いなく人生を棒に振ることになるでせう)。影響もそうだし、後者の場合は必ず何処かで税金を取り込んでいることは間違いないと思われるからだ。それだけ、私たちはもっと大きな声で糾弾をしないといけないのでありますナ。これは心底思います。

 本当はもっと大きな声で、もっと鋭く今井某氏を非難しようと思ったのですが、どうも私も歳のせいか世情の流れに埋没をしてしまうところがある。しかし、今回の件だけはいけない。彼女は他のタレントや政治家の誰よりもその罪が重いと感じる。子どもさんに対し申し訳が立たないと思わないのだろうか。本人にも、一度聞いてみたいところだ(何処かのメディアが鋭くやってくれませんかネ?)。スイマセン、つい興奮をしました。以上。

組閣

キレイにまとめたなァ〜

 第3次安倍改造内閣がきょうの午後、発足する。

 と言っても、少し前から観測人事は大変に盛んだったし、大方きのうの時点ですべての閣僚の人事が事前に洩れていた。政治報道に携わったことのある人(私も端くれだ)だったら分かるが、“組閣”というのは政治記者にとって一種の華か苦行のようなもので大変に忙しいのでアル。事前の準備もそうだし、とりわけ目玉の人事や閣僚名簿を察することは大きな仕事になる。これまでも主要人事が多く洩れることはあっても、ここまでキッチリと事前にリークされることは稀ではないか。

 これまた菅官房長官(留任)の深謀遠慮が分かるのですな。その記者操縦のひとつとして親しい記者に華を持たせ事前に苦労をいくらかでも軽減しようとしたのでせう。こうやって、恩を売るのだねェ〜。大変に上手いと思います。

 さて、細かい点には触れないが、顔ぶれを観て個人的な感想としては、「これは上手にまとめたな。重厚感があるし、意見の必ずしも合わない人物も取り込んでいる。ちょっとばかり唸るところもあります」といったところ。直前までは「安倍内閣はもうもたない」とも正直感じていたが、これで一時的にもせよ雰囲気は変わるのではないか。支持率も多少は上がるような気がします。

 何より“目玉”は野田聖子さんの総務相でしょうネ。事前に一億総活躍相だか何だかの打診を受けたとの観測もあったが、それでは収まらないのは自明だろう。重要閣僚ということでの総務相は、本人にも異存はないと感じる。そして、もう一つは河野太郎前行政改革担当相の外相。これも予想を超えたところがあった。おそらく、首相は最後まで岸田外相の留任を模索したのでせうが、これまた収まらないことは目に見えている。岸田派や本人との蜜月も演出しないとならないし、党三役に就けることは早くから納得したのではないかとも思わせますな。

 ともかくも、岸田派からは4人と従来の倍増の閣僚を抜擢し異例の厚遇でしょう。麻生さんや出身派閥にも配慮したいところだろうから、これはいずれも3人でそれに次ぐ。岸田さんには恩を売ることで将来に備えていることなども考えると、絶妙という気もしますな。

反省もし将来にも備えたということ?

 話が前後するが、眼目はいわずと知れた「自分とは意見を異にする」人でも重用をしていると思わせる今回の組閣ということになる。野田総務相は以前から安倍さんとは一線を画するという旗色を匂わせていた人であったし、河野外相にしてもこの方は本当にハッキリと物を言う人だ。だから、政治・外交の局面で衝突をすることも辞さないといった意気込みは伝わってくる。国民にとっても、「この人たちだったら暴走に歯止めをかけられるのではないか」との気分を引き起こす誘引剤になる可能性もありやなしやといったところか。

 褒めてばっかりいても仕方がないのですが、何度も言うように今回の人事は恐らくはかなりに練ったものであるということ。一方で、悪名高き萩生田光一官房副長官が党の要職である幹事長代行になったり、主要な安倍ファミリーは殆ど生き延びて留任になっていることも気にはかかっている。大変な思いで練ったものではあっても、大胆な決断までは至らなかったということですかな。先のことは分からないのだが、多少は持ち直してもその本質が変わるところはないといったところか――。

 私も政治部経験は実質半年ほどで短いのですが、その間に2度も組閣を経験するという“幸運”に恵まれている。就任時の首相だった竹下登さんはほどなくリクルートで辞めてしまったたし、後を襲った宇野内閣は女性問題であっと言う間に潰れてしまった。その後の海部内閣は安定をしていたのだが、これも前職と同じように問題なく竹下さんの傀儡政権でありましたな。今となってみれば、短い間に色々と経験を積ませてもらったものだと思っているところ。

 再びに強調すると、政治部記者にとって組閣というのは大変なお祭りではあるのです。そこで恩を売られた記者諸兄が、これから安倍内閣にどのように対峙をするというだらうか。

 あまり期待はできないのかな。何といっても、今は選挙をやったところで受け皿が全くない。民進党の体たらくを見ているとよぉ〜っく分かります。小池さんの新党に多くを期待するのも危険だと考えるし、全く芸能人の不倫騒動ではないが(きょうの斉藤由貴も面白いネ)、飾らず正直に正論を述べウソをつかず、この国をまっとうな方向に導こうという人はいないのだろか。夕方以降のニュースを観ようとも、その感想は変わらないだろうと思います……。

休みとお金

人間は贅沢なものだ

 休みが多い。

 今の早朝の配達仕事のそれはもちろん、不定期のもので毎日あると決まっている訳ではない。しかし、やり始めの当初はほぼ毎日あったような気がします。オフはあったとしても週に1日か2日だった気がするが……。それがこの頃は様変わりだ。きょうもまた、休みなのだ。

 先週やったのは確か2日間だけ。その前に至っては1日だけだった。さすがに「ちょっと……」という気になる。人間というのは本当に贅沢なもので、以前は「明日はありません」と手配の方からメールが来ると大変に嬉しかったものだ。「そうか、明日は存分に遣えるな」と半分は飛び上がるような気持ちだった。一方、雇われているわけではないので(あくまで下請けだ)、やればやっただけの給金しかない。ただでさえ働きが悪いので、このまま行けば来月あたりは悲惨だらう。ことココに至ると、「もう少し回してもらえると助かるのだが」と愚痴のひとつも出てきそうな気分でアリマス。

 そう考えると、生活の実態に関しても不安が湧いてくる。以前は何回か話したこともあるように、大変に羽振りのいい時期もあって生活に困るということはなかった。財布の中身にしても何時も数万円のお金は入っていて、モノを買うときにも気にしたこともなかった。

 それがこうしてカスカスの生活を続けるようになると、常に財布の中身を把握しているのだから面白い。きっちりといまどのくらいに所持しているかが分かる。それだけ、みみっちい日常になっている訳ですな。つい先日までも、綱渡りのような日常で、きのうまでは数千円の所持金しかなかったのだ(実に情けない)。

安定までは遠い道のり

 話の視点を少しだけ変えてみると、そうした日ガネが乏しいこともあって今のような仕事・生活になってから実にクレジットカードで買い物をすることが多くなってしまった。現金のある時はなるべく使わないようにしていたのだけれど、一時からこれが実に気兼ねなく便利であることが分かってしまって最近は使い放題だ。そして、何時も月末の支払いになり慌てる。……今月もいくばくか手持ちが足りなくなってしまった(嫁さんから借りたりとこれも実に情けない)。

 もともと経済観念といったものを全く持ち合わせない性質なので、持っていればほぼ100%使ってしまう。そして、多少とも余裕があれば悪いことをすぐに考えるという訳でアリマスな(フフフ…)。

 以前に比べればお酒も飲まなくなってしまったし、遊びといっても大人しいものでせう。たまに1円パチンコに行ったり、時間に余裕があれば日帰りの温泉だったりマッサージだったりをたまに愉しむくらいである。

 実のところ今回も塾の講師代が入って暫くは息をつけるだろうし、体を動かす仕事以外にも原稿書きもわずかながらやっているので何とかそのギリギリの生活を凌いでおります。今月は臨時の収入も何とかありそうで、そうなるとまたパチンコにも出かけるのでしょうな。これもみみっちい話になる。

 あとは食事を作ることが唯一の趣味のようになってしまっているため、きょうもそうながら早朝から「何を作るか?」とそればかり考えている。ほぼ週のうち半分は作っているため、そのための材料代もバカにはならないものである。奥さんに比べても、アレもコレもと何でもすぐに買い求めて来てしまうといった風情かもしれない。

 そんなこんな、貧乏という訳でもないのだが決して楽ではない暮らし。それでも、余分のお金を持っていればすぐに“悪事”に走ることは目に見えているので、マンションの住人の奥さんからも「オタクの奥さんが羨ましいわ」と言われているうちが華だろう。本当はもっと派手な暮らしがしたいことは論を俟たないのだが(ちょっと言葉の遣い方がおかしいかもしれませんが)……。平和な暮らしである。きょうも借金を清算したのちは、トボトボとパチンコ屋に行き、日帰り温泉で汗を流したのちに買い物ということになりそうでアル。暑いのでまた、おそばか素麺にするかな。子どもが喜んで食べてくれるのも愉しみのうち……マスマス平和である――。

安倍川花火大会



毎年、愉しんではいますが

 きのうは恐らく日本中でそうだったと思うのだが、各地で花火大会が催されていたのではないか。わが街でも恒例の安倍川花火大会が無事に挙行された。これまでにも何回か紹介したことがあったように、我が家はマンションの高層階にありこの大会会場を望める場所にあるため、絶好のロケーションといってもいいのだらう。これまでにも何組もの人たちを招待して一緒に愉しんできたりしておりました。

 きのうはこれも恒例になるが、義理のお兄さんやお姉さんの夫婦、そして姪っ子夫婦などが集まって都合9人。直前の大雨を心配したりもしたけれど、それでも午後の5時過ぎから酒を酌み交わしながら、一時の“夢”を愛で、楽しんだところです。

 とりわけ特記するようなこともないのだが、私も全国で花火を少ない機会ながら観たことがある。長岡の花火を筆頭に大阪・富田林のそれとか隅田川の花火も有名ながらココのそれもなかなか大したものですよ。打ち上げるのは総数1万5000発。特別広い会場になる訳でもないと思うものの、60万だか70万だかの人が集まるというのだから恐れ入る。

 これまた今更のような気もするものながら「真夏の夜の夢」というのか、一瞬のうちに華麗な姿を現しまた消えていくというその様が、私たちの心持ちに合っているのでせうな。観ていながらでも大きなそれが打ちあがると、街中に「オー」と大きな声がこだましているのが知覚をされたりもするのでアル。

個人の宴としては絶好の機会です

 さて、私的なことになってしまいますが、我が家の風情というのもなかなか夏場のそれにふさわしいもの。普段は見向きもしない部屋のレイアウトや空調にも気を遣い、料理の準備と同時進行に掃除をしたり西向きの大きな窓の直近にテーブルを移したりして万端の準備であったのでせう。

 男性陣はどちらかというと花火はそっちのけで飲んでばかりだったのだが、何時ものように私の料理にも「美味しい、美味しい」と言ってくれ、すぐ上のお兄さんに至ると最後は完璧に酔っぱらっておられましたな。

 2時間ほどの夏の夜空の饗宴はあっと言う間に終わった。今回は男性陣もそうだったのだが、女性陣は特に私の子どもを含めてけっこうな井戸端会議の舞台となったようです。花火が終わってからも談笑が絶えなかった。普段から何時もあるような光景ではないので、なかなか良かったのではないでしょうかな。

 また取って付けたように言えば、こうした機会は貴重ともいえるだろう。実際に血のつながっている兄弟や親戚付き合いではないのだが、だから余計というか私もそうした関係の大切さや意義のようなものを嫁さんと一緒になってから感じ入っていたりする。ご機嫌のお兄さん(けっこう遠方から来ている)を玄関から見送りながら、「眠いし、疲れた」とは考えていたものの、「何とか格好がついたし、楽しかったので良かったナぁ」と改めて思ってみたりした週末でありました。ちょっとした出来事の次第。
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