2020年08月07日

真夏の婚姻届け

あの日も暑かった

 きのうの広島原爆忌については、幸いにもちょうど黙祷の時に信号待ちになったため、1分間は無理だったものの、40秒ほどは頭を垂れることが出来た。その昨日は、やはり敬虔の気持ちになりますね。式典での広島市長の話も良かったし、若者による弔辞も感動ものでした。たまに大人を遥かに凌ぐそうしたセリフやスピーチを聴くことがあるが、やはり未来は子どもたちのものと痛く感じる。

 やはり、一番に形式的かつ中身のないのは、首相のそれでした。これ以上は言わない。

 その原爆の日について、また連想ゲームのようになってしまって恐縮をするが、翌日である今日は私たち夫婦の結婚記念日である。真夏の本当に暑い日に、渋谷区役所まで二人で届けを出しに行ったことを昨日の事のように思い出す。本当に、暑い日であった。直後にすぐそばで開業をしていた親友の医師であるT君のところに報告。彼は私たちの書類の連名者でもあった。

 あれから25年。今年は銀婚式に当たることは、年初の旅行の報告でも触れました。だからどうということではなく、私的な事ながらやはり感慨はあるのです。

 よく続いたとも思うし、嫁さんに忍耐ばかりを強いたことは大きな反省材料でもある。心ばかりのお礼をしないといけないとも思い、今日は夕刻から塾講師があるので明日、鰻でも食べに連れ出そうと計画をしております。もちろん、ささやかな贈り物も思慮するところ。

 手元不如意のもとで何時も誤魔化しばかりという気もしてしまいますが、お金がない人間が如何に感謝の意を表すかの、見本のようなケースになるのではないか(全くの手前味噌の言い草ですが)。言いたい放題はそればかりにして、超私的の話で恐縮をしながらこれからの真夏に当たり、さきの大戦の記憶であったり自分自身の暑い夏を思い出すつれづれに……。

年々に詠みてなほ詠む原爆忌 下村ひろし

mitsutomi8866 at 07:48|PermalinkComments(0)日常雑感でひと言 

2020年08月05日

それぞれの夏(8月6日考)

もうそんな頃になった

 今年は梅雨が殊の外長く感じたので、8月になって一気に“夏”の匂いを嗅いだことは既に述べた。同じように、急に夏になったという実感が季節感を乏しくしたようだ。気がついてみると、明日はもう8月6日でアル。原爆投下の日だ。

 少し前からこの原爆をテーマにしたテレビ番組や戦争関連の企画が予告されるようになり、何とも呑気に構えていた私も、「ああ、もうそんな時節になっているんだ」と意識を覚まされた思いがした。私自身、戦後生まれでもあるし、幼い頃は戦記物やプラモに夢中になったくらいで、戦争犯罪やこれを解剖する歴史観に特に造詣がある訳でもない。また、戦争を憎む気持ちはあっても、平和・平和とお経のように唱える空想的平和主義を信奉するものでもありません。

 とにかくも、歴史をキチンと検証してその意味合いを知ること。人間がいかに愚かなものであるかの、自覚といったものも大事だと思っています。その意味でも、この時期にいろいろ考えることは必要なことなのでせうな。本も読みたいし、地上波といわずケーブルではまた、その戦争モノを改めて吟味・熟読したいとは考えている。

 さて、そんな一介の市井の人間として考えることを、この際簡単に述べておきたいと思います。なぁに、大したことではなくて広島・長崎を迎えるに当たっての個人的所感のようなこと。現代や現在を併せて、日本人とその歴史を考えてみたいなどとも考えております。

私たちは変われているのか?

 大きな意味で私は、この日本という国が好きだし民族性に関しても、世界に冠たるものだと考えている。何時も話題にも出てくるが、人への差別意識といったものも、何のかの世界中でも最もその量は少量なのではないかと考えています。

 しかし、イケナイのは先に述べたような歴史意識に乏しいこと。お題目ばかりで実質を考えるに、得意ではないところがあること。そして何より、これが今回の主題ながら前世紀の遺物のような“官尊民卑”を、未だに引き摺っているのではないかしらと思ってしまうことでアル。

 国民としてはおおむね、民度は高いと思える。(これも、カッコ付きではありますが)。しかしながら、政治家の質は目を覆いたくなるほどだらう。コロナ騒ぎで多くの国民が喘いでいるときに、国会議員は誰一人として議員歳費を返上するとは言わないし、ましてやその中に紛れて当のその当事者の最高責任者と言えるべき副大臣と政務官が、不倫騒ぎの渦中にあると来たもんだ。笑止というのか、漫画を観ているようにしか思えないですな。

 私たちはあまりに、「国家、国家」と言われて来たがために、個人を犠牲にして従うことだけに汲々としてきた。もちろん、戦後の復興のためにはいい点も多々あったものの、犠牲にした精神や目を半分つぶってしまったところもあったのではないですかな。官僚諸氏も以前はもう少し国家意識があった人もあるように思うが(私も何人も知っている)、今は自身の出世のために卑屈になりきることにその全精神を集中しているように見えるのだ。

 あともう一つは、戦後の復興のために必要だったものに重厚長大産業がある。もともとは戦争遂行のための国策であった鉄やアルミ、電力といったものが戦後もその保護のもとに大きな発展を遂げた。そのことと過大なてこ入れに全く疑念を抱かなかったことも、今のある点での不幸を生んでいるような気もしてならない。

 もちろん、大手を振って武器を作るなんてことは出来なかったが、それに代わる産業は育てて来たし、前記の電力にしろ鉄やアルミにしても「国策民営」という形で発展を推進して来たのですな。それが、ある種の公害を生んでしまったり多くの税金投入による無条件の保護政策を助長して来てしまったのだ。これも誰も疑問には思わなかったのではないでしょうかね。

 だから、異様に高い電気・電話料金や公共料金になって跳ね返ってきていることは、ちょっと探っていけばカラクリも分かるようなことではないのかしら。つまり、私たちは戦争中とほぼ変わらない意識や官尊民卑思想の中で、対象を変化はあっても国力の復興が成ると信じてきた陥穽がある。それが、何処か当事者意識や自分の頭で考える社会観、我が身に引き寄せた政治体制を作ることを、阻害したのではないかなぁ〜。8月の暑い空気と青い空を仰いでのひとり言です。

mitsutomi8866 at 14:59|PermalinkComments(0)歴史と日本人 

2020年08月02日

梅雨明けと夏の空

小暑真夏の空も近い?


本当に実感した夏の匂い

 誰もが思いつくような表題になって恥ずかしい限り。しかし、待望の梅雨明けがあったとなると、やはり触れない訳にもいかないように感じた。

 ご当地も関東地方等と同様、きのうが「梅雨明け」の宣言でありました。確かに、周囲の様子はこれまでと少しだけ違い、青空ものぞき暑さも場所にもよるが猛暑日のニュースもそろそろと聞くような環境になって来た。今朝方も仕事があって、市内のさる場所にエアコンの部品を運んだ。まさに、その夏の匂いを象徴するような仕事なのだが、個人的には荷物の多さにビックリしたところ。先週も先々週の日曜もそうだったのだが、今年は何故か量がやたらに多いなぁ。去年はそんなことは全く無かった。何かカラクリでもあるのかどうか、今日も1台ではとても積み切れず応援で配車担当のSさんを呼んでしまった次第。Sさんも実情を知っているだけに、「今年はオカシイね」とお互い顔を見合わせ苦笑をした。

 一方、仕事を終えたあとにコンビニで束の間の休憩を取ると、場所が例の登呂遺跡のすぐそばで周囲に緑が多いものだから、セミの声の凄まじいこと。「嗚呼、これは夏だ」と一人ごちたところでした。

 今日は近所の神社にお参りにも足を延ばしたが、やはり暑さや空気は完全に夏のそれだ。夕刻からはちょっと雲が出てきて雨の匂いも再びして来ておりますが、やはり夏始動の実感はゆるぎないものがアリマシタ。ハイ。

磯の香と梅雨晴の日と俄かなる 藤田 湘子

mitsutomi8866 at 17:26|PermalinkComments(0)日常雑感でひと言 

2020年07月31日

「日本平夢テラス」



ちょっと足を伸ばして

 もう梅雨明けかと思ったら、未だこちらの地方では足踏みのようだ。昨日は多少晴れ間もあったものの、今日は朝から曇天。もう8月になるので、「そろそろいい加減に」と思うのは私だけではないでしょうな。

 さて、また超私的なことになってしまうが、きのう伊豆に住んでいる実兄が仕事の打ち合わせのために私のいるS市内を訪れていた。もう随分前からその事は聞いていたのだが、前回にもあったように今回も待ち合わせをして「お茶でも飲もう!」ということになったもの。

 私的なことになってしまうので、兄貴のことは最低限に済ましておく。1950年生まれで私よりは3つ上。学年では4つになる。まあ、余り仲の良い兄弟とはいえなかった若年時ながら、オカシナもので歳を取るとたよるものとてなく、身内もほぼいなくなってしまったため今は大変に仲良くしております。職業は音楽家。もともとフルートの演奏が専門だったものだが、作曲もてがけるし(ヒット曲もあり)新しいアーティストの発掘などもやってプロデューサーとしてもそれなりに実績がある。メディアへの露出も結構なものがありますので、私なぞよりはよほどの有名人と言っていいだらう。著書も多数。

 さて、彼を誉めるのが本来ではないので、きのうの話を簡単に済ませておきませう。こちらの県庁関係の建物で福祉関連(彼はいま、音楽療法の仕事を熱心にやっている)事業の参画者としての打ち合わせを行って、出て来たのが午後2時40分ぐらいだった。私は嫁さんと一緒に向かえに行き、そのまま少し離れた場所にある「日本平夢テラス」(巻頭写真)という場所に行ったというてん末である。

 近くのレストランでも良かったのだが、嫁さんが「どうせなら行ってみない?」というので、ノコノコと平日の行楽地に向かったもの。実はここはもう出来て1年8カ月ほどになるのだが、未だ行ったことが無かったからだ。

さすがの眺めはそうだった

 私のいる市内というのは、観光地としては観るべきものは余りない。敢えて言えば、お城(城址公園)の周りとこの日本平周辺ぐらいですかな。知る人は知るだらうが、この目的地からさらに山間にある久能山東照宮(家康の墓所)という場所にロープウェイが延びており、歴史ファンの人などには親しい場所であろうと思います。市内の人間にとっても一度は訪れたことがあるハズの場所だ。

 さて、その新しく出来た展望施設の夢テラスはその場所を探すのに苦労をしてしまったのだが、案内に沿って小高い場所を目指すとありました。でも、案内がないと分からないよね。もっとデーンと構えているのかと思ったら、そうでもありませんでした。

 コロナ騒ぎのせいで入り口で消毒とモニターによる検温が厳しくあるし、矢印がやたらにあって一方通行でしか進めないのに辟易をしたが、3階部分の展望スペースはなかなかのものでした(写真)。思わず見惚れてしまった。



 市内でも一番と言えるくらいの高い場所なので、至近にある清水港の港が良く見えるし三保の海岸や駿河湾の眺望も一望のもとに目を潤す。ちょっと目を転じれば市内の様子もなかなかの借景になりますナ。ちょっとビックリするほどのイイ眺めでありました。ああ、きのうは多少の晴れ間とともの曇天でありましたが、これで冬場の晴れた日などは富士山は最高ではないかしら。さすが、展望施設と銘打つだけのことはあると思ったなぁ〜。

 家族での久しぶりの会話は割愛。兄ちゃんは一応演奏家なので、コンサートも中止になり生活は本当に大変なようだ。それでも、前記の福祉関連の仕事とか個人事業家として今回の国の援助資金なども「申請したら、大変だったけれど貰えた」と多少の喜色と共に話しておりました。何はとまれ、元気そうなので安心をしたところ。1時間と20分ほどをそこで会話し、その後駅まで送っていきました。余り、期待もしていなかったけれど、日曜に行った美術館と同様になかなかいい場所を拝んだと思ったところデス。

mitsutomi8866 at 08:46|PermalinkComments(0)日常雑感でひと言 

2020年07月27日

「秋野不矩美術館」



雨の強く降る日曜日

 少し前の予告通り、きのうは引き籠りを打開しようと西の山間部にある「秋野不矩美術館」(浜松市天竜区二俣町)を訪れて来た。まあ、ごく順調に向かったし、ごく順調に展示された日本画展を愉しんで来たといったところ。

 ただ、全国ニュースにもなっていたように、ご当地でも大気の動きが活発化をしていて急に降り出す雨に悩まされたところも確かにあった。特に到着した近辺とちょうど帰ろうとした際に結構な雨があったりしたものだから、どことなくモヤモヤしたものもあったですな。それもともかく、今回観に行った展示を簡単に紹介しておきます。

 私は良く知らなかった東京・千駄ヶ谷の佐藤美術館という場所が所蔵する日本画が中心だった。「花と緑」をテーマにして大家もいるし私は親しくない画家も取り混ぜた50人ほどの方の作品を展示してくれたもの(展示テーマは「花と緑の日本画展」)。有名どころでは美術館の主人である秋野不矩さんのほか、小倉遊亀さん、特徴的な富士で有名な片岡球子さん、東山魁夷や高山辰雄といった巨匠の名前もあってなかなか見応えのあるものでした。

 秋野不矩さんに関しては、どうでせうかな。私もご当地に来るまではその人物を知るものではなかったので、文化勲章受章者とはいいながら一般の方には良くは知られていないかもしれません。静岡県のそれこそ美術館のある場所の出身者で、京都で大学の先生も長く勤めておられた。一番に有名な特色は後年になってからインドを訪れたことでそこを痛く気に入り、インドの風物を主題した絵を数多く描いたのでその異国趣味と同時に、色彩の豊かなモダンな絵を描く人として有名になったのではないかしら。私は日本画は詳しくない者なので、余りいい加減のことも言えまいが……。

絵には満足、しかし引っかかりも

 今回は、美術展そのものが目当てというより、以前からこの美術館は「訪れてみたい」と考え続けていたものながら、遠方ということ(しかも山間地)があって来る機会がなかった。それで、ちょうど嫁さんが「行かない?」と誘ってくれた幸いがあり、二つ返事で乗ったというものだった。

 行きはバイパスを使って一般道を行ったこともあり、1時間と40分ほどもかかったでしょうかね。先述のように雨は結構降っていたのだが、美術館のある丘の上に昇るところで警備の人に止められ「上の駐車場は満杯なので、ここに停めてください」と入り口付近の駐車スペースを指示された。それから丘の上までオッチラオッチラ登ったのだが、これが割り方きつかったのですな。上に行けば、ちゃんと駐車場は空いていたので、これも不満の種になったところ。

 それもともかく、展示自体は佳品が多かったし、雨のせいで観客もごく少なかったので、本当に久しぶりに自由におおらかにゆったり見学出来たと思っております。先述のように詳しくない日本画家の中でも、親しい加山又造氏、上村松篁、淳之親子、稗田一穂氏、中島千波氏といった有名どころのほか、私の知らない作家の方でも結構イイのがあったなぁ〜。特に堀文子さんと関主税さんのそれぞれ『流れ行く山の季節』と『安房の春』は大変に良かったと思います。ずっと見惚れておりました。

 あとは余り訪問とは関係がないのだが、「秋野不矩美術館」訪問の簡単な感想をFBで報告はしておいたところ。ここで、自分の表現力の限界というのか、別の人物との比較の中で妙に落ち込む出来事があって意気消沈した。直接、私の投稿とは関係がないのだが、どうも世の中の流れに乗っていけない自らを振り返り、なかなかコロナうつを克服出来ない日常の気味のようだ。皆さんにおかれては、元気に県内で外出し、英気を養われんことを……。



mitsutomi8866 at 17:09|PermalinkComments(0)美術鑑賞 

2020年07月25日

連休の只中に居て(抄)

今という実感

 大したことをやっていないからそう思うのか。あるいは、歴史が変わってしまったので、皆さんも同様なのか? 今日も朝の仕事の帰りに親しいHさんに思わず、「みんな、何やっているんですかね?」と聞いて笑われてしまった。

 もう連休も3日目に入って、テレビでは相変わらず何処そこの人出と、「今日のコロナ」をやっているし、嫌いな小池さんの修辞でもたまにはイイことを言うと思った「暖房と冷房を同時にかけている」政府による混乱が、皆さんの精神に痛手を与えているようにぼんやりと考えるところ。

 本来であれば、この時期日本中が熱狂に包まれているハズであったのですな。特に意識をしていないで、今回の連休はオリンピックのためにわざわざ作ったようなものであることに後から気づいた。本当に、そのコロナ騒ぎさえ無ければ「すべてが違っていた。楽しいはずだった」という時期になるのでアリマスなぁ。

 個人的にも、先述したように今回のお休みほど期待やワクワクに乏しいものは無かった。渦中にあっても何をするでもなし、敢えて言えば本を多少は読み、ケーブルTVも普段よりは長時間聞き、唯一の愉しみである夕食作りには常より多大のエネルギーを割いているといったところだらうか。

 だからどうということもない――。

明日にわずかな期待も

 対照的なのは嫁さんでせうかね。連休だからどうということもないのだろうが、おけいこ事は相変わらず熱心にやっているし、ごく最近始めた水彩画に関しても先生に褒められたというだけあって、なかなかにキレイな絵を持って帰って来たりしている。完全防護のうえでの麻雀大会(アクリルの仕切りとフェイスマスクはある種滑稽だが)でも、お年寄りが多いとはいいながら40数人のうちで20番だったというのだから、ホンに大したものではないでしょうかな。

 きのうからは今県内の端っこで勤めている娘のところに遊びに行った。美味いものは食べてくるだろうし、親子の会話も弾んだに違いない。何処か蚊帳の外なのか、寂しい実体を伴って浮遊しているように見えるのは、親父だけでアリマスねぇ〜。

 わずかな期待は、その嫁さんが明日浜松にある有名な女流美術家の絵画館に「行きたい」と言い出し、二つ返事で承諾をした約束の実行だ。県内もいろいろ美術館を訪れたりはしているのだが、どうもここだけは遠方ということもあり行っていなかったものなのだ。

 楽しみではあります。当該の画家だけではなく日本画の有名どころの作品も結構出ているようなので、久しぶりに絵を観てゆったりと出来るのかもしれません。

 そのくらいですね。休みはすぐに終わるし、状況は常に予断を許さないのは窮屈の限りでアル。せめて、心持ちの幾分の解放だけは試みてみたいところ。

mitsutomi8866 at 17:53|PermalinkComments(0)日常雑感でひと言 

2020年07月22日

大暑(対処?)

セミ

本格の暑さはこれから

 今日は大暑とか。図った訳でもないだらうが、ちょうど梅雨の晴れ間となり(ご当地の場合)やっと本格的な夏の匂いというのを嗅いだ気がする。湿度も非常に高い。

 二十四節気でいうのは、1年で最も暑い頃との意だが実際にはもう少し後が本格の夏になるのは、皆さんが意識する通りでありますな。ただ、今年の場合は梅雨が異常に長いことにも辟易をするけれど、本格的な休みや観光のシーズンとなっても、なかなかその駆動にまでは至らない感があるのがうらめしいと言えばうらめしい。例の go to キャンペーンとやらも今日の明日かららしい(ちょっと変かな?)。しかし、東京を外したことへの議論は大変にかまびすしい。私はどうだと判断する材料も持ち合わせないが、相変わらずの政府の迷走ぶりが「さもありなん」と思うだけでありますな。

 少しだけ個人的な感想を述べさせていただくと、今回の連休ぐらい期待感や喜びの乏しい休みというのも珍しいのだ。全くやる事はないし、先立つものもないし、何かをやってやらうという意識にも乏しい。世相の故ばかりではなく、個人的体たらくからであるのは自明ながら、何処か一般の意識の中にも期待感が乏しいのは何とかならないかとも思います。

 また、とって付けたようにいうならば、皆さんがこれからの新しい生活様式や疫病の行方に戸惑っているからでせうね。そこにどう対処(大暑)していくかを、意識する日がまさにこの明日からを迎える今日の日になったのは、何とも皮肉めいて思えるのでアリマス。

 気候変動の行方も気になるものだし、世界の方向性にも心配ばかりが募る。せめて、日常の小さな幸福感だけは失わないように、それこそ生活様式と意識の変化が求められているのかも……。

大暑なり出でず訪はれぬ髪詰めて 岩城のり子

mitsutomi8866 at 16:22|PermalinkComments(0)歳時記 

2020年07月20日

「バルト海のほとりにて」



これは第一級の歴史資料

 前回にも触れた、対戦前とその最中での武官としての諜報活動が大きな評価を受けている小野寺信氏(最終階級・少将)の奥さん(小野寺百合子さん)による『バルト海のほとりにて』(共同通信社)。発刊当時も大変に話題を集めた著作で名作として評価を受けている。私はかなり前に求めて、積読で読んでいなかったことには既に触れた(本来の初版は1985年に発行だったとのこと)。そして、ワクワクしながら読んだといっても、きのう読み終えたので丸3日間かかってしまったことになることにはなるが。

 しかし、期待に違わず本当に面白かったですね。近年でいえば、一番に読書の喜びを与えてくれた本と断定出来るかもしれない。それくらいにゾクゾクとするまるでスパイ小説のような展開を枠組みと内容にしている本だった。

 詳細にわたると長くなってしまうと思うので、その構成の大筋を説明してあとは個々の感想のようなことを述べてお茶を濁そうと思う。初めに説明しないとイケナイのは、主人公となる小野寺武官のことだらう。1897年(明治30年)の岩手県生まれ。陸軍幼年学校、士官学校、陸大を出て歩兵大尉。その後は陸大教官や参謀本部を経て、この本にその活動の一切が記されているラトビア公使館付武官(昭和11年〜昭和13年)。同様に昭和15年からスウェーデン公使館付武官となって、この本の活写する諜報や対欧州の作戦行動に携わることになる(戦後昭和21年に帰国)。初めに特筆をしておかないといけないのは、彼のもたらした情報はかなりの精度を持つものであり、ドイツ軍の英本土上陸の不可能性、ドイツの対ソ開戦、ヤルタ密約の存在などを大本営に伝達しながら、それらが悉く無視されたり疎んじられたことだ。その間の事情に関して、この『バルト海のほとりにて』ではバックグラウンドと共に詳述されております。

 私は歴史家ではないので、前述のように本を読んだ正直な感想をかいつまんで記すのにとどめておきたい。今回、感激の読書とも言えたのだが、この本は[鮖忙駑繊△い錣罎訐鏤砲箸靴討眤莪豕蕕里發里任△襪隼廚┐襪海函5述は詳細を極めるし、実際に在外の公使館の中でどのような人間模様が繰り広げられていたか、さらに国の命運を左右する情報が取得されていたかを、仔細に知ることが出来る。一番に驚いたのは、奥さん・小野寺百合子さんの記憶力の良さだ。実際に武官の嫁として暗号係としての任務が、その機微に触れる国家機密への接近を許していたにしても、ここまでも周囲の環境や人間関係に腐心し、それを自らの知識としてしまい込んでおられたことに驚嘆をする。これまた特筆を出来るのは、この本は女性でなければ決して書けなかったものであること。夫の仕事以外の欧州事情への目配り、周囲の環境への適合、何より一人の妻として母親としての視点が随所に表れていることであります。恐らく戦史関係の著作の中で、ここまで詳細に歴史の一コマと大戦中の邦人の生活の一般を縦横無尽に書いた本というのは、皆無だったのではないかと思うのだ。

何故、面白いのか、それは単純

 もう少し、その各点に関して具体的に述べてみることを試みてみたい。

 先ず、,亡悗靴討呂笋呂衂換膸劼気鵑離ぅ鵐謄螢献Д鵐垢光っているように思います。当時の外交関係や歴史の転換点としての位置づけを、きちんと知識としても意識としても心得ていること。その筆さばきの素晴らしさで知ることになる。

 もっとビックリするのは、夫が関係したあらゆる外交官や旧軍関係の武官等についてもその交際の一部始終を記憶しておられることだ。もちろん、後から確認はしているのだらうし、夫の立場を守るための心遣いはあることは十分に推量は出来るにしても、きちんと客観情勢・事情を踏まえた抑制したタッチというのは、読み始めから感心するところでありました。点描だけしてみても、外交官として有名な大鷹正次郎氏の名前やラトビア・リガの武官として自分の後任の高月保氏、その後の小野打寛氏、何処で現れたかは忘れたが、226事件でも有名になった馬奈木敬信大佐(当時)等々、関係者の名前というのは詳細を極め、さらにリトアニアの公使館にいた杉原千畝氏の名前なども出てくるに及んで、読んでいて本当にほとほとに驚嘆をしていたところでありました。

 後はやはり、既に述べたように立場上国家機密や本当に外交・戦争の機微に触れる情報に接しられる位置にいたとしても、振り返ってそれを客観的に評価出来る人格というのはなかなかないのではないでせうかね。それをやったことが、この軍人の妻としての小野寺百合子さんを際立たせたことになったのだと思う。

 細かく述べるとキリがなくなると思うので、最後のに関して。本当に「ここまでの記述が出来るのか?」と感心をしたのは、百合子さんの妻として女としての生活実感があります。子どもへの心配とか、各国の外交官夫人との交際などもその庶民性や一端の華やかさが印象的なところが彼方此方に見られる。私の心持ちに一番の印象を残したのは、スウェーデン在任時のキノコ狩りの話だ。北欧の中立国として、その自然景観の美しさ、人情の温かさなどもかなり詳しく触れられているが、そのくだりの中に以下のような記述がある(本文141ページ)。

 「…秘書のチェスラーに誘われて昼休みの二時間ぐらいを、事務所から四、五十キロの郊外の森に出掛けることがよくあった。車はハイウェーに停めて、ズボンにゴム長のいでたちにめいめい籠を持って森の中に入っていった。(中略)しかし茸狩りはそんな実用面だけではない味がある。きつつきの音しか聞こえない森の静けさの中で、岩陰や木の根元に茸を求めて柔らかい苔を踏んで歩く気分は、本当にメルヘンの世界である。…(後略)」とこんな調子。大戦真っ盛りの頃の話である。ちょっとビックリするところはないだろうか。

一面の華麗さとその贅沢さの断面

 最後に蛇足になってしまうのかもしれないのですが、やはり通常の一般人からすると、どうしてもその外交官、公使館付武官としての生活は、ある面想像のラチ外にあるような贅沢さ・華麗さの極みを想像させるところがある。戦争中とはいいながら、外交や諜報活動に必要となれば本省からの送金の膨大さというのは、ちょっと私たちには理解が出来ないのではないでせうかな。

 ロシアの侵攻によってバルト三国の公使館が閉鎖され、その代わりとしての役割を担ったのがスウェーデン公使館という事情もあったようだ。事務所を借りるために奔走し、その内部を飾る家具や絵画といったものを調達する様子なども現れて来る。費用は使いたい放題であることもその記述でよ〜く知れる。

 また、現地の雇員として日本人やスウェーデン人等を雇い、さらに彼らとの交情や働きぶりに感謝する場面もしばしばに登場する。前記の仕事上の関係者との付き合いと同様にその描写は正直に尽きているものと想像する。それにしても、現地雇い入れの雇員に感謝するために、数百ドル、数千ドルの現金を渡す場面などに及んで来ると、「およっ?」とばかりに目を剥くのであります。日本の敗戦のあとに、そうした雇員の一部に感謝として5000ドルだかを渡す場面が確かあったが、これは今のお金にしたら数千万円ではないだらうか。とにかく、公使館というのはお金を持っていたのだ。

 もちろん、生まれも育ちも上流である百合子さんの記述には何のいやみも気取りもないし、ごく自然に中立国でバカンスを楽しんだり、連日のごとくにあるパーティーの準備、着るものの算段といったごく当たり前の作法としての外交生活の満喫として捉えられるところ。しかし、それにしても第二次世界大戦中の日常生活でありますからね。憧れもするし、余程にその中立国としての特殊事情があったことも想像が出来たりします。

 貧乏人の僻みはそのくらいにし、本当に最後にこの小野寺百合子さんの人格とインテリさを表すものとして、彼女が戦後、スウェーデン社会研究所の設立に尽力し日瑞の交流・友好に寄与したこと(瑞国国王からの勲章も授与)。さらに例のムーミンで有名な『ムーミン谷へのふしぎな旅』の翻訳者であることにも触れておきたい。本当に大変な方。また、この『バルト海のほとりにて』はまさに名著と呼ばれるに、相応しい本であることを強調をしておきましょう。

mitsutomi8866 at 09:39|PermalinkComments(0)読書や趣味の話題 

2020年07月17日

目先を変える(余話)

確かに変わっていく眼差し

 通常、金曜日は朝の仕事は休みのコトが多いので、すっかり油断をしていたところできのうの通知はまた、以前初めて訪れたという隣り街のS病院だった。これもいささか驚いた。他の病院の分も今日は少ないハズ(実際に4件しかなかった)なので、私に振らなくてもいいようにも思う。しかし、やはり人手が足りないのでせうかね。

 それもともかく、やはり慣れというのは恐ろしいもので今回は全く「はぁ、そうですか?」というようなものだった。手順も分かるし、結構な時間を近所のコンビニで待機をしないとイケナイのも同じ。ただ、確かな発見とも云えるのはここは普段行く場所より遥かに“近い”ということである。今回、分単位までは詳しくしなかったが、貨物センターから近くにバイパスがあることもあり30分はかからないのでありました。普段行っている西方のY病院なりH病院は朝でも下手をすると1時間前後かかるので、随分違うものでもあるのですな(その分、ギャラもかなり安い)。

 ただ、それだけながら何時も言う通り仕事があるのはイイことで、おかげで今回は邪なことをあまり考えるでもなく、作業を終えてすぐに帰って来たのでこうやってこの時間にブログに向かっているということにもなる。「目先を変える」云々と言ったのは、そうした個人の話もあるにはあるが、世の中全体でも「随分と変わって来てしまったよなぁ〜」といった感慨を、簡単に記したいと思った故でもあるのであります。

 コロナ騒ぎはひと段落はついたかとも思えたが、またぞろ東京その他で随分と感染者が増え出してひとしきり集団ヒステリーのような状況が近づいて来ております。

 何時も言っていて、反発もあることは十分承知ながらこの感染症が正体は未だ良く分かっていない懸念は十分あるものの、これまでのインフルエンザとも同様の性情を持つものであることも理解の前提にしていた方がいいように思う。

 つまりは、長く付き合うことを考えながら生活状況を整えていけばいいということ、かしら。これまでの時点で結果論ながら十分に抑え込んでいるのだから、重傷者や死者を出さない術を万全に考えて進めればさほどは神経質にならないでもいいように思えることだ。

 しかし、世間というか、多くの人はそうは捉えていないようでアリマスね。

目先は何処まで変わるのか?

 それぞれの立場の人が言いたいことを言い合う。――その事自体は決して悪いことではない。しかし、今回の件は感染症の専門家の人はとにかくもこれ以上広がらないことを一義に考えるだらうし、これまで陽の当たらなかった分野での発言権を確保しようと、多少とも粋がっていらっしゃるようにも思えてしまう。だいたい、日本の医療はこうした感染症、解剖学、生理学といった基礎の分野には冷たいので、中には必要以上に発言(発現?)しようとしている某女性なども観られるところ。

 議論自体は悪いことではないにしても、以前から言うようにもっと根本になる私たちの文明や文化論の視点から、疫病を見直すことも必要ではないでせうかね。人の死やより良く生きることと同義であると言ってもいい、生活体制の見直しである。

 その意味で、日常生活を変える、目先を変えるとの方向性なら仕方がないこととも考えますが、とにかくも感染を広げないことに闇雲に対策するというのでは、これから先の皆さん方のお互いの距離の取り方や、生老病死に対する考え方への懸念もアルのであります。

 また、余計の事とも言われてしまいそうながら、今日の一件といい個人的には“目先”はちょっとだけ変わりつつあります。前述した『バルト海のほとりにて』は暇を見つけて読書を続けているが、読むことが愉しみで何とか早急に読了しようと考えている。中には、義務感だけで読んでいるような本も確かにあったため、気分が大分に変わって来ているのは事実だ。仕事も一時は大分減ってしまったものの、明日あたりは3件も依頼があって、これも目先が変わって来ていると言えないこともないかもしれません。

 とにかく、日本や世界が変わらないとイケナイ時期であるのは分かりますが、決して覇権主義や一国単独主義を増長させるような世の中に、しないようにとも強く思うこの頃でもアリマス。

mitsutomi8866 at 09:37|PermalinkComments(0)日常雑感でひと言 

2020年07月15日

吾が読書癖の曖昧



あまり読んでないなぁ〜

 コロナ騒ぎによる引き籠り事情の故ばかりではないのだが、ここのところ日常には時間があり「読書は積極的に進めねば」とかなり力んでいたところ。しかし、実際にはなかなか難しいですな。仕事を終えたあとにお昼にかけて時間があったとしても、メシを食ったらすぐに眠たくなってしまう。これは夜も同じで夕食ばかりが生きがいになってしまっているため、これでクチてしまうと明朝にも備えて碌に読書もしないで寝てしまうのが日常だ。

 恥ずかしい限りなのだが、それでもここのところは図書館で借りた本も週に1冊は必ず読んでいたし、その他の自分の図書本に関しても一度読んだ本であったり、買ったのはいいけれど本棚にあるだけになっていた本を改めて読んでみたりしておりました。

 最近でいうと、一度は読んだ本で再読したのが好きな川本三郎さんの『郊外の文学誌』(新潮社)が代表であり、古本屋で興味を持って買いそのままになっていた生江有二さんの『ガダルカナルの地図』(角川書店)なども、読んでみたらエライ面白いのでビックリしたところだった。

 ただ、全体に読書量が少ないのですな。これは全く歳を取ると共に読まなくなってしまったと心底思います。これでも、若い頃はそれなりに読書好きであり漫画本も好きだったけれど、文学や推理小説の類いも随分と読んだものだと覚えている。しかし、その後の精進がなくこれがいけない。仕事を持ってからはその商売の故もあってノンフィクションばかり読んでいた気がするし、いわゆる雑本と呼べるようなそこいら辺の本はそこそこ目を通していても、名作の誉れが高い文学なりエッセイ本はその量からすると圧倒的に少ないと自覚をしておりました。

 あまり具体的に挙げても詮無い気はするが、夏目漱石は有名どころしか読んでいないし、芥川龍之介は好きなので、これは全集まで持っているくらいですが、それでも代表作をだいたい読んでいるくらいのものだらう。鴎外や露伴に至っては、名前を聞けば誰でも知っているような2、3の著作しか読んではいない。これではダメですよね。自覚します。

優れた著者は例外なく読書家

 だいたい、その嘆きの対象である最近の読書に関しても優れた作家とか著作者と呼べる人は、まず例外なく大変な読書家であります。前記の川本三郎さんがいい例だらう。この方は映画にも大変に造詣が深いが(評論家だから当たり前か?)、その読書に関しても本を読んだときに「ここまで読むか?」と思えるような関連の名もない著者の著作であったり郷土史にまで網羅的に目を通していることが知れてひれ伏してしまう。ひとつの事に関して、評価や評論めいたことをする場合には、先ず欠かせない態度ということになるのでせうかな(自分には出来そうにない)。

 作家を目指すような人には欠かせない資質なのでしょうが、だいたいエッセイにしても論文にしても名文をものする人はその読書量において、誰よりも勝っていると考えるのが普通なのでしょうね。学者さんについてもそうだし、市井の方でもたまに驚くような名文に出くわすことがあるが、大概はそうした方は幼い頃からの読書歴が満身に身についているものなのだ。

 今回、その自分の読書癖の貧相さに関して書こうとしたものながら、あまり具体に言ってしまうと恥ずかしさでいたたまれなくなる。それで逆に、そうした態度とは真逆の方でけっこうな文章をものする人の事に触れてみたいと思った次第。巻頭に掲げた1冊の本――『バルト海のほとりにて』(共同通信社)。刊行当時もけっこうな話題になった本だと覚えているが、最近でもこの著作をもとにしてNHKがドラマを作ったりしたことでその話題が蘇ったと感じていたりした。

 著者の小野寺百合子さんは、第二次世界大戦当時のバルト三国ラトビア駐在武官だった夫・小野寺信氏の妻であり、その夫の戦時中の情報担当官としての行動を記録したこの本をものした人である。もちろん、私は未だ本を全部読んでいないのでその人格は分からないのだが、やはりかなりのインテリジェンスのある方とお見受けする。つまり、こうした本を書けるぐらいの読書歴を持っている方ということなのでしょう。だから、取り上げた次第。

 話は前後してしまうが、私がこの本を購入したのはもう10年以上前のことである。刊行当時(2005年という)に話題になって興味は持っていたものの、そのままになっていて、たまたま書店で見つけて購入した。しかし、その後はずっと読んではいなかったという訳である。それが、この今回の状況の中で本棚にあるのが目についたことから、読み始めたのでアリマス。そしてこれが、実に大変に面白く、ワクワクする展開の本であることに最初の部分を読んだだけで気がついたのだ。

 つまりは、本を書く才能というのはやはりその人のインテリの具合であり読書量ということではないのでせうかな。本の内容を詳述するのが本意ではなく、一介の奥さんと考えられる人でも優れた著者となり得るのが本のダイナミズムであり、面白さであるということ。そうした現実に照らして、自分の読書量が足らないことを恥じるばかりでアリマス。今回の件をいいことに、これからはせいぜいに読書に励みたい。(おかしな結論ですいません)

mitsutomi8866 at 11:07|PermalinkComments(0)読書や趣味の話題