「風のひとりごと」ブログ

東日本大震災および熊本大地震、さらに数々の豪雨で被災された方々へ、心からお見舞いを申し上げます。
 爾来、10数年の時が経ち現在は何とも退嬰的な日常になっていますが、マスメディアにいた人間として権力には対峙すべきとの姿勢や、世の出来事を注意深く観察する視点は変わらずにいるつもり。特に、2020年からは新型の伝染病という未曽有の災厄で世界観さえも変わりつつあります。人間の愚かさを見つめながらも、その聡明さと活力に期待をしてソロソロと進んで行きたいと思います。

また、何が言いたいか分からずとも

 また大仰なタイトルを付けても、その半分ほどはコケ脅しとも言えさうだ。難しい事を言いたい訳ではなくて、最初に結論を述べてしまえば「ヒトの心持ち、気持ちの持ちようは何時も同じではなく、変化をする。それも時として極端に……」ということ。何とも単純の事でアリマス。

 また、何故にそんな遠回しの事を述べようとするかというと、ここのところこの雑記についても現象面の事柄を多く述べてきた。かつて経験をしたことのないような災害と呼べるものがあったし、それに伴う都市の脆弱さのようなものも実感したため。一方、それに伴って本来書こうとしていた、自らの落ち込みや最新の心境といったものは後回しになってきた(ラトゥールに関わるエッセイも同じ)。なのだが、環境とその時々の心境が変化をすると、そうした思いや勢いも殺がれて来るのですな。いっそ、止めてしまうおうか、とも思うのだ。

 現実、そんな事って世の中にいくらでもありますよね。事態が変われば、対処法であったり問題を解決するための方策も大きく変わるというのは、良くあることだ。

 自分の心境といった面が出発点になっているため、此処に至って書こうとした中身はその“精神”に関わることという訳です。いっそ、簡単にまとめておくと、此処のところの失態と生活面の変化のおかげで自分の立ち位置がよく分からなくなっている点が一つある。イヤ、それだけでは分かりにくいのですが、要は自信をある程度は持って生きてきた自分の人生に、大きな陰りがあること。周囲から疎まれ、これまで信じていた信念のようなものにも大きな揺らぎがあることも大きい。自分の存在感が何処にも見えなくなって来つつあることを実感する――とでも言えば、イイのかしら。

 個人的な話なので、具体論はここら辺にしておきませう。一般論で言えば、もう仕事も中退もどきの年寄りオヤジには、全く家に居ても居場所はないということでせうナ。(苦笑)

人は皆変わる…それも当然

 「精神の話」と難しい事を銘打っているので、自らの精神史のような事も簡単に述べておきませうか。

 自分の話をするというのはごく難しいものですが、少なくとも自分の個人史に関しては中年の40歳代ぐらいまではおおむね、満足のいくものであったのではないですかね。学生時代もごく愉しかったし、就職も振り返って「世界一の会社」と自称した折り紙付きの某大会社に入ることが出来た。友人や先輩方についても、ごく申し分のないものであったと胸を張れる(これは実感です)。もちろん、失敗と呼べるような事もしでかしているし、仕事上でもさほどに自慢を出来るような事もない。

 でも、結婚もしたし子どもにも恵まれ、それこそ先述の自らの自信と信念のような部分で言うと向かうところ敵はナイーーそうやって本気で考えていたのではなかったでせうかネ。これも、現在の嫁さんの存在とその助力といった部分がかなりの程度を占めている事も、この際に感謝をしておきたい。

 その中核をなす部分が一部(大分か?)崩れてしまったという事なのですな。そこまで言うと、自分の現在の心象やその胸の中といったものが、皆さんの想像の範囲に含まれて来ると思います。要は自分の失敗や間違いにハッキリ気付き、それまであった自信・信念が吹き飛んだということなのですワ。

 これ以上言うと、見苦しいしまたボロが出るので大概にしておく。ヒトの心境やその気分といったものも、その時々で変わるし、大きく言えば人生というのはそうした心境(苦楽や喜び・悲哀といったもの)の集大成であると言うことが出来るのでせう(諸行無常也)。要は、単純のコトであります。喜びだけが何時までも続く訳はないし、他人(ひと)にも言えない苦しみを抱える方々だって数多くいるに違いない。そうやって、皆生きている。そして、日常の喜びであれ辛さであれ、大きく抱え込みながら生きておられるということなのでせう。

 そんな大きな“変遷”を甘受したいところながら、私は人間が大変にコマイもので未だにその整理(生理?)がまとめられないでオリマス。(また、大いに輪郭のはっきりしない話でスイマセン)

 これは、哀れですよ――。

気持ちが繋がる脳の線

 今日も、きのうも触れた最近の深刻な自分の精神状態に関して書いてみようかな、とも思ったところだが、やはりその描き方には機微に触れる部分と難しさがあるようだ。敢えて、少しだけ飛ばさせてもらって、前回触れたお腹の調子に関してある種の気付きのような心情を綴ってみたい。

 なあ〜に全然大したことではないのです。かつ、これまでにも医学的にも現象学でも肯定をされてきたような事。つまりは、人間の精神や心境といったものが、このお腹の調子――腸管の働きにも大いなる関係があるとの事実である。

 実は、きのうの調子の悪さから一転して、今日の夜中や明け方には従来の便通とその習いが蘇った気がした。多少とも尾籠になりますが、未だ多少は軟便ではあるもののその“通じ方”は快調であった。「オっ? 感じは戻ったな」とも感慨が深かった(?)ところ。

 伴って、体全体の気分というのか爽やかさというのか、体調と言えるようなものも戻るのですな。きのうの今日だったので、余計にその思いが強烈であったという訳だ。

 触れたように、胃潰瘍や精神性の排出障害ではないが、ストレスやイライラによって途端にお腹の調子が悪くなる、という方も多いのではないでせうかね。以前にも一度触れたこともあるが、決して歳を重ねてからというだけでなく、若い頃からこの腸管の調子によって苦労をしているという友人等が多数いたことにも驚いたことがアリマス。

老いの一つでもある便通障害

 ただ一方、一般論で言えば、排尿にしろ排便であってもその調子に狂いが生じるとなると、これは加齢による部分が圧倒的に大きな割合なのではないでせうかね。自分個人の事しか分からないので、推定にしろ体験にしろだうかうと決め付けられないところも多いのだが、やはり残尿感や残便感にしても先述の精神性の排出障害にしても、歳を召してからの人からその声を聞くことが多いのでアル。

 自分の場合も圧倒的にさうであったですな。現在細々とやっている配達の仕事に関しても、やり始めたのは50代も半ばを過ぎていたので何が気になるといって、仕事中の便意というのがその気がかりの最たるものであったのでした。私の場合は小の方は、若い頃からかなりの我慢が出来る方だったので最近はかなりの頻繁さのそれではあっても、普通かそれ以上の踏ん張りは利くような気がする。しかし、大の方は駄目ですな。気がついた時には、かなりの切迫感を伴うことは他の人と同様、あるいはそれ以上のところがあるようにも思います。

 基本的には自分の意思で、勝手にコンビニに飛び込むことが出来るような仕事であるにしても、事情が許さない場面があったりする。他の人と組んで仕事をしている時と、高速道路などで一定の時間はトイレを探すことが出来ない場合。これで失敗をした事も、数回はあるのですよ(これ以上は言いません)。

 まあ、話が話だけにこれ以上は個人の感慨としてとどめておきますが、人間の臓器とくに腸管は脳神経との大きな連関があることは、最近の研究やこれまでの探求でも確かめられているところ。だから、一昨日の体験ではないけれどお腹の調子を壊してしまうと、気分が優れないだけでなく体全体の体調と言えるものが、ほぼ底のような状態になってしまうのでせうな。今更に分かりました。

 幸いに、私は内臓の機能や我慢強さといったものは、他の人よりは恵まれているように思っております。でも、無理は禁物だしましてこの歳でムチャをやると、一気に悲鳴を上げるといったところカナ。体験的真実が良く分かった、ごく最近の腸管事情のお粗末でした。

まさかこうなるとは

 本来なら、もう少し繊細で深刻な個人譚らしきものを厚かましく書こうとしておったのですが、きのう食したもののせいで1日調子が悪く、それが今日の夜中の果てまで続いたのでその事に触れてみたいと気が変わった。もうすぐに明け方で今日も仕事は一応にあるけど、やっと調子が戻ったかなといったところ。

 何の事はない、お腹の調子が悪かったのでアリマス。きのうも一応、遠隔地のお弁当運びがあって帰ったのはやはりお昼過ぎ。嫁さんはご飯を炊いておったけれど、それも何となく面倒くさいと思い、きのう買ったお稲荷さんもあったので、カップラーメンでもと食べたのがいけなかったようだ。カップそばは好きなので、それだけでだうかう言うことはないが、選んだのはカップヌードルの「激辛麺」であったのでした。まあ、好奇心からですな。

 何ともおどろおどろしい感覚の味でしたが、別に美味しいとも不味いとも思わなかった。そして、さほどの辛さも感じなかったのです。

 でも、思い返すとこれしか原因が考えられないけれど、その後ずっと具合がオカシイ。昼寝でもしようと思って横になっても、何とも気分が悪いのですな。夕食も多少は食べたのだけれども、だうにも食が進まないのだ。

 早めに就寝をしてからも、その事情は変わりませんでしたな。夜中に何と4回も起きてトイレに駆け込んでしまった。それで、やっとこれが下痢であると気付いたのでした。最後はお尻が痛くなるような思いは、ホント久しぶりだった。漸く、先述のように落ち着いて来たところです。辛いものは決して苦手でもなく、むしろかなり好きな方の自分ではあるが、やはり何でもイイという訳でもないようだ。やはり、唐辛子はたっぷり入っているのでせうからネ。

過ぎたるは何とか…

 これだけではただの失敗と個人譚であって、何の謂いかも分からない。

 でも、ツラツラ考えると激辛は大変なブームでもあるのではないでせうか。ペヤングなんかでも、かなり派手ハデしいのがありますよね。カップ麺についても、その種類の多さに驚くといったところ。さて、どんなもんかと考えたことが体の面倒の引き金を引いたようだ。

 世の中全体に、極端な主張であり極端な好みといったものは蔓延をしつつあるような気がする。決して、その事だけを非難は出来ないと思うものの、やはり何処かに心的な欠落感があってそこから刺激を求める志向が導かれているのかとも考える。別にそこまで思わずとも、ただの「趣味か?」と言ってしまえばそれまでながら、個人的にはやはりその極端さや二極分解といったものが、世相を良く表しているような気もするのです。違っているのかな?

 イヤ、やはり今の時代といったものはマイルドであったりどっちつかずの“中庸”は流行らないのだらう。政治状況もおんなじ。イタリアでも右派政権が生まれるとの由だし、女性首相と目される方でもだうもその目には危険な趣を感じる。「昔の栄光を。ロマノフ王朝を」というのは、何処かプーチンさんのロマンにも通じさうだし、習近平さんにしてもエルドアンさんにしても同じようなものだ、と何かの本で読んだ覚えがある。そこを、時代錯誤と言えないところが現代史の欠損・欠落ではないでせうかね。

 また、訳の分からない事を言っていますが、極端の激辛が決して激辛批評のような生産性のないことを身に染みた次第。皆さんも、体を慮って「激辛」の主張、食べ物には注意をしませう。

普段通りが一番と知る

 個人的にというより、私のいる地区全体でバタバタとした週末だった。大分、その騒ぎも落ち着いたかとも思ったが、私も意識していなかったものの、隣り街の清水区では未だに6万戸以上が断水をしているとのこと。これには驚いた。

 自然災害による取水口の不全によるものなので、誰の責任とも言えない。しかし、土曜日に経験をしたように、水を遣えないというのは本当に困る事なのですな。身に染みて感じたところだった。今日も全国ニュースになっていたが、当該の方々はトイレはおろか食事、風呂、洗濯とあらゆる日常動作が出来ないことになってしまう。その不便さが、T市長曰く「1週間以内に何とかします」だから、「オイオイ」ということになるのだらう。自衛隊の出動要請をしたとの事なので、それが賢明。と、老婆心ながら言っておきませう。こうした工事は、軍隊の工作部隊に叶うところはマズないだらうと理解している。

 そうそう。きのうも私はわり方近くにある日帰り温泉に行ったものだが、駐車場(かなり広い)に入るにも列を作り、実際に湯舟に入っても芋の子を洗うようであったので心底ビックリした。こういう事だったのですな。清水区の方々は風呂も入れないので、きのうは親子で出かけた人が多かったようだ。これまた、ニュースになっていた。これも気づかなかった。当たり前にあると思っていた風呂でさえ、いざ無くなると本当に困るのですヨ(衷心から)。

仕事があるコトの有難み

 災害(大雨)による被害は一刻も早い復旧を願うしかないが、一方で個人生活にもボチボチと日常性とヘタレの蔓延の要素が戻ってきた(一度、聞くだけだと言葉の意味は不明?)。

 今日は、朝の医薬品運びは何時ものY病院であり、その帰りに「行ける?」と社長に問われて、お弁当運びもあったものの、同じ方向で帰り道にあるT総合病院にチャーターの荷物を届けてきた。それから、おっとり刀でお弁当の定番であるイタリア料理の評判店であるS店に出向いたというところ。

 以前は毎日のように行っていたこのSさんにも、行くのは本当に久しぶり。実は、先週に関していうとこのお弁当の仕事は1件も入らなかったのだ。コロナ騒ぎの渦中の頃はもちろん、何カ月も仕事がないというのはあったのだが、大分勢いが戻って来たと思っていたところだけに最近の暇はやはり意外。

 これも原因に関しては、想像する部分があるものの、直接は言い及ばない。私の責任ではないとは思うけれど、やはり人心というのは推移をするものであるコト。諸行無常は生活のあらゆる場面で通用する真理であるということか(これも、何の意味だかサッパリ分からない)。

 まあ、ともかくも今日は午前はそこそこの仕事があった。お昼の12時半ぐらいに帰宅。そして、もう車に乗ることもないと思い、昼飯と一緒に発泡酒を2本飲む。腹に沁みますなぁ〜。こういう時だけは何時も何かをやっていないと、「呆けるな?」と心底思う。

 その後はまた、昼寝である――また何が言いたいのか分かりませんが、要は日常性は案外に大事であるということだ。何時もアルと思っていたって、電気にしろ水にしろ、その他の他人の愛情・思いやりでさえも何時もあるとは限らないのだ(この部分は強調をしたい)。

 普段、その有難みを知り感謝する事もないものに対して、これを機会に感謝を誠を捧げたいと心より思います(冗談ではありませんゾ)。

とにかく参った!

 「世紀の…」などと書くと、「何を大袈裟な」と言われそうだが、個人的な感覚としてはまさにそう形容をするしかない経験だった。ほぼ半日の停電。私はきのうの朝、午前3時には起きていたと思うが、その時はもう完璧に部屋の電気はすべて落ちていた。周囲を見ても真っ暗。灯りが見えるのは、ごく近くにある自家発電のある大病院2棟だけである。

 嫁さんは午前2時ぐらいに床に就いたと話していたが、その際には未だ電気は通っていた。だから、恐らくその直後ぐらいなのだらう。回復したのが、その日の午後2時ちょっと過ぎぐらいだったので、まさかの体で12時間近く全く電気は通っていなかったことになります。イヤ、私はこの土地に来て住んでもう40年以上の居住経験があると思うが、こんな事は前代未聞だった。確かにごく短時間の停電、1,2時間のそれも数回あったような記憶もあるものの、地方都市でも大きな場所と思える我がS市でこんな事が起こるとはついぞ考えておりませんでしたな。

 もちろん、最初は「せいぜい、2、3時間だろう?」と高を括っていたのは正直のところ。夜中にそれなりに降雨があり、雷が鳴り続けていたのは承知をしていたが(全国ニュースで知った方もあると思う)、その雷による停電でここまでの事態になるとは想像もしていなかったところだ。

 イヤ、現象面を語る事が本意ではないのだが、都市部の生活というのは電気が通じないということでここまで脆弱で機能不全に陥るとは、私も能天気で考えていなかったものなのです。

 先ず、トイレ。マンションにいるので、ポンプが動かなくなることで水は使えなくなる。私は今、夜中に2、3度はトイレに入ってだいたい大の方をすることが多い(それも結構な量が出る)のだが、きのうもそれで途方に暮れた。1回目については溜まっていた水がそれなりに流してくれたものの、時間をおいて入った2回目はもうダメ。あとから子どもや嫁さんに弁解するのに往生をしましたナ。

全ての原点は準備なのかもしれない

 幸いな事に、嫁さんがこんな事もあるかと思ったのか、災害の事態も考慮して水を30リットルほど用意をしてくれていたため、それを遣ってトイレは流し作業を行った。完璧ではないが、何とかなるものですな。後で聞いたが、同じマンションの他の人は簡易トイレで全て済ましたという方もいたようだ。

 ともかく、頻繁に便所に入ることは出来ないし、水も余り飲まないようにして事態の推移を見守ったつもり。それでも、4時間が経とうが、午前8時を過ぎてすっかり明るくなり一応は日常が戻ったとしても(もう雨は小降り乃至上がっていた)、全く電気が元に戻る気配はありませんでした。

 私はきのう、早朝の仕事も2件だか一応はあったのだが、午前7時前の時点で周囲の信号機は全く点滅をしておりません。未だ、車も少なかったのでみな恐る恐る走っているが、とても怖くて出かけられないと思い、社長のところにラインをして作業は勘弁をしてもらった。(実際、信号機だけ機能し出したのは午前7時を少し過ぎたくらいからだった)

 その後も虚しく時間は過ぎるばかり。情報も広報も全く無かったので途方に暮れるし、その不手際に腹も立てたりしたのですが、後で聞くと送電線を中継する鉄塔が2本だか雨のせいで倒れてしまったとの事だったので、「それならばアリか?」とも思った。それにしても、事態の説明ぐらいはしてもらいたいですよね。

 何も出来ないのでラジオを聴いたり、本を読んだり、あるいはふて寝をしたりしておりましたが、それにしてもと思ったのは、「この規模の大都市でもこうも簡単に機能不全になってしまうのか」という教訓と体験。大きな災害が起こったとしたら、余り真剣に考えていなかったが、もっともっと酷い事態になるということでせう。

 イヤ、本当に参った。以前からマンションの役員の時などにも、建物全体で災害準備の構えを取るべきと進言をした事もあったのでしたが、皆さんは総論は賛成でもいざやるとなると足踏みをする人が多いようだ。その後も何度か話し合う機会はあっても、備蓄の問題や相互連絡網の事など、自分らに出来ることがあっても、その実現には至っていない。やはり、準備しか最悪の状況を忌避する手段はないと思いますので、何としても個人としてもマンション全体としても、創意工夫で取り組まないとイケナイと思った次第です(痛感!)。

 大災害が大変に恐ろしい事が、身近に経験出来た“悪夢”のようなローカル攻撃でありましたナ(私のいる葵区を含め、S市全体で最大12万戸が停電になったとの報道。けっこうな規模ですよね)。都市部の水と電気は生存の最小限資源かも。ガスは当面、携帯コンロで何とかなりますものネ。人間は経験をしないとその実質を知る事がないのを、痛く感じた台風15号の雨と余波でアリマシタ。



休日の意義にも思いが及ぶ

 先人が「暑さ寒さも彼岸まで」と言ったのは、当を得ていると言えるのだらう。今季についても、ちょうど彼岸に入ろうとすると急に涼しくなりました。ただ、このまま気温が下がるかとなると、だうもそうでもないようだ。最近の気候は分からない。

 さて、今日は「秋分の日」。国民の祝日である。今週の初めも私らには良く分からない「敬老の日」だったので、さる知り合いに「また、すぐに休みですよね?」と向けたら、その人は「そうだよ。何の日だかは知らないけど……」とごく明るく答えてくれた。他の祝日と違って、秋分の日はすぐに浮かびそうなものなどとも考えたけれど、そうでも無かったデスな。逆に考えれば、それくらいにこの祝日というものが身近から遠くなっているの故だらうか。

 これまでも、やたらと増えた「国民の祝日」に関して「その意味や意義を考える人がどのくらいいるのだろう?」と半分の嘆きと共に綴ったりしました。確かに休みが多い事を非難するのは当たらないのだらうが、一方で有難みが薄れるのは、どうなのかなとも思いますね。

 殊更にそんな事を考えるのは、歳を取ってから今のように毎日が日曜日のようなものだから、たまにこんな日を迎えても、以前のような有難みが薄い。やはり、毎日忙しく働き、常に生活上(私的な悩みを含めて)の問題を抱えて疲れている人にとっての休日というのが、その意義の頂点なのだと思うからだ。

 余り大上段に構えてもまた非難をされさうながら、最近は文句も悩みも小粒になりつつある。敢えてさうしている部分もあるけれど、それも寂しいことかもしれませんな。ボチボチでんな。今は、時間があると言いながら良く眠れるし、好きな読書もジョルジュ・ド・ラトゥールの巻に入ってから佳境を迎えているよう。――さういう自身、呑気で幸せの輩かと、フト思います。

つきぬけて天上の紺曼殊沙華 山口 誓子

いよいよ来たか?

 台風14号が過ぎ去り、にわかに寒くなって秋めいて来たことに驚いた人も多いのではないか。

 私もその一人なのですが、やはり「愈々…」と思ってしまってある種の脅威を感じますナ。この欄でも一度言及をした事があるやに覚えていますが、秋の風情に触れると急に寂しくなる私の性質であるからだ。これは高校生の折からであることも、その時に触れた気がする(何しろ、寂しくなって学校へも行けなくなってしまった)。

 今日も朝方、親しくしているOさんに控室で会ったりしたので、その事を何気なく触れると「随分に乙女チックなのですな。学生さんみたいだ」と言われてしまった。彼については、季節だだうのかうのとは全く感じないとのこと。ただ、「暑い、寒い!」との感覚だけだと言うことだった。

 「何か感じないとイケナイ? 感じた方がいいのかな?」とも言われるので、返事に窮した。やはり、一般に自然を観て「キレイだ。美しい」ぐらいの感じはいいけど、それ以上になると個人差が大きいのは、お互いが納得した点。私の場合はちょっと度を超している。

 何故、急に言い出したかというと、その涼しさだけではなくてきのう、落葉がハラハラと舞う様をきっちりと見てしまったの故。秋の虫の声と同時に、一番に応えるのがこの枯葉という奴なのですな。一般ならロマンの極致だらうし、秋の行楽や紅葉狩りには大いなる愉しみを感じる人の方が多いに違いない。ただ、一方には体調や精神に変調を来す人間がいることも知ってもらいたいところデス。

この危機は乗り越えないと

 今年は特に、かなり以前から精神の不調は募るばかりだし、つい最近には決定的なソレもあったりしてやはりここのところ調子は悪い。家の雰囲気も元に戻るまで至らず、嫁さんとの間では未だ余所余所しさが全く抜けていないのが辛いところです。

 やはり、心機一転で贖罪と反省の日々なので、そこに留意をしたところで不徳の人格はすぐに糊塗が出来る訳でもない。あまり大仰にアレコレ述べないで、ひたすらに修復を努めるしかないのでせう。この辺は友人らとの語り合いでも一致をしたところ。少しずつ、少しずつ……。

 話は急に変わるが、面白くない日常の中で唯一の救いである読書がある。前回、言及した異才・ジョルジュ・ド・ラトゥール(煩雑なので姓の部分はラトゥールと記します)のこと。書物は面白いばかりで、最後までの展開がごく愉しみ。一方、私もその作品を初めて観て驚愕をした2005年の国立西洋美術館の展覧会に関して、確かあったハズと思った図録がまとめてあった場所からすぐに見つかった。

 だうせ、当時は碌に読んでもいないだらうから、今回少しこの偉大の芸術家に関して書こうと思ったが幸いで、ジックリ読み込んでみたいと思っています。それにしても、「ちょっとだけ出かけてみるか?」とさりげなく訪れたこの美術展で、実際に作品を観た時の驚愕というのは、今でもアリアリと憶えていますナ。イヤ、これは「ちょっと……」と絵の前で茫然と暫く佇んだものだった。

 それくらいに、行く前のほぼ無い期待感と、実際に観た時のその輝きといったものに落差があった。フェルメールに初めて触れたときにも、それなりの驚きといったものはあったのですが、ここまでの衝撃では無かったですな。だうも、これは世界中の人々がさうだったやうだ。

 改めて、この大芸術家を思い出し、触れて観察することには大きな意義があるようにも思う。少しの間、関連の文献を読んでみることにしますので、その感想文に関しては、暫しお待ち頂けると有難いところ。秋のユーウツも、この絵に戯れることで少しは散逸をしさうでアリマス。

もう少し夢を持たねば

 たまたま聞きつけただけなのだが、今日は「空の日」なのだそうである。一瞬、「はぁ?」と思うくらいだが、好きな人にはそれなりに意義のある日なのではないか、と想像する。さしずめ、私の親友である東京のNなどは航空オタクでもあるので、ちょっとでも向ければアレコレ話し始めるに決まっている(だから、聞きません)。

 どうですか。「空の日」と言われても、確かに解説にあるように明治時代の1910年に徳川大尉が初めて代々木で飛行機を飛ばしたくらいの知識はある。さらに、この場所は自分の実家のすぐそばだったので、余計に感慨もアリマス。

 でも、それだけで終わってしまうのデスな。最近は手元も不如意なので「お金でも落ちていないか?」と地面には興味はあるが、空となると一向に、かな。航空機も嫌いという訳でもないものの、未だにあんなに重いものが空を飛ぶことが信じられないでいる。さらに、そこからもっと上にある宇宙に関しても、興味を持ち出したのはやっと最近になってからでアリマス。やはり、ディスカバリーを始めとするケーブルテレビの科学モノの影響が大きいのかなと思う。生物全体に関しても、さうなのだが、一体にこの地球というものが出来た経緯とか、その奇跡的な成り立ちと形状・太陽からの距離・大気の組成……こういった偶然が重ならないことには、私たちはココには居なかった事は良く理解を出来るようになってきた。

 まさに、奇跡としか言いようのない、自然や大地の恵みによって生かされていることは理屈では分かっても、その“真実”といったところは未だに私らの心に届いていないのでせうナ。だから、愚かな戦争をやっているし、未だに温暖化の真の脅威を理解していないでいるような気がします。

 また、手慰みで書いているようなところがありまして、再びに何が言いたいか分からない。理由は最近は暇だからではないかという気がする。仕事の量は一時より減りましたナ。だからと言えばさうだと思うが、昼寝の習慣は全きに定着をしてしまったようだ。以前は昼間に立ち働くこともけっこうあったので、そんな時間も無かったのでしたが……。一方、一度書いたように読書の時間は増えたので、いろいろ積読の書籍を読み直していたりします。

 一度、この欄でも自分の美術遍歴に絡めて紹介したフランスの画家・ジョルジュ・ド・ラ・トゥール。日本でポピュラーになったのは2005年の展覧会からだと思うが、その後に出された解説本をいま、読んでおります。これも、当時買ったものを始めの一部を読んだ切りでそのままになってしまっていたもの。やはり、これも改めて読むとゾクゾクするほど面白い。未だ、終わっておりませんが読了しましたらぜひ、その感想を書いてみたいと思っています。また、取り留めのない日常雑記でご勘弁を……。



まあ、いろいろ言うだらう

 敬老の日。本来であればこれに引っかけて「休日の意味」といった事でも書こうかなと考えていたが、きのう新聞である“記事”を読んだことから気が変わった。これもこの頃ニュース頻繁で、亡くなった安倍晋三さんの政治的評価にも関係する拉致問題絡みだ。分かりやすく言えば、故人の名誉にも関わることでアリマス。

 きのうの地元紙の紙面を何気なく読んでいた時、ある記事でいささか驚いた。冒頭にも掲げた、安倍さんのあとに襲ったのかな、元総理の福田康夫氏への共同通信のインタビュー記事。2002年に一時帰国した拉致被害者5人に関して当初あった政府の被害者の北朝鮮帰還方針に、安倍元首相が強硬に反対したことは当時もかなり有名な話である。“帰国派”だった福田氏(当時・官房長官)との間で一触即発の議論と騒動があった事は、当時も何度か報道はされたハズ。福田氏は、今回の記事でこれを全きに否定をしているのである。

 まあ、傲岸不遜のこの人らしいとは思いましたネ。「死人に口なし」で、安倍さんが亡くなったことを幸いにとでも考えているのか。目立ちたがり屋で常に上から目線の、この総理らしくない総理が言いそうな事なのかなとも思った。何故、印象深いのかと言うと、私は安倍第一次内閣の成立直前の2006年9月、「人間・安倍晋三の実像」というドキュメンタリー記事をネットニュースとして3回にわたり配信をした覚えがある(今でも、けっこう読まれているようだ)。そこでかなりの政治家や評論家の人の話を聞いたのだが、ある信頼出来る古い知り合いからこの話を聞いた。実際には、報道以上のすさまじさであったようだと、その人も話しておりましたな。関係者の証言は一致しておるのだ。

 当時の官邸関係者(安倍さんは官房副長官)の中で、この非情の帰国に反対したのは安倍さんと中山恭子内閣府参与の二人。あとは大方、賛成の体で有名になった田中均・外務省アジア・大洋州局長ももっぱらの賛成派だった。安倍さんの努力と剣幕がなければ、5人は北朝鮮に送り返されていた可能性が高い。最終的には5人の意思を確認したうえで、永住が決まった経緯はこの福田氏の言うことも間違っていない。

政治家に必要な資質や胆力

 相変わらずの普段の嘆きではないが、「何だかなぁ〜」と思ってしまいますね。確かに政治や外交というのは、非情であり現実に沿ったものでなければならないのだらうが、今一つ政治力に必要なものがあるとすれば、それは“情”といったものではないでせうかね。

 有名政治家でも同じ事を言った人がいるのだが、私も政治に必要な要素の中に「人情」というのは必然のものではないかと考える者です。最終的に人間を突き動かすのは、やはり情であり人間一人の胆力であるということ。

 今更、議論を難しくする気はないのですが、確かに安倍さんが行った政策遂行やいわゆる安倍外交と言われるものには、多くの一定しない評価があるような気がする。陣営(野党を含む)によっても、その判断はバラバラでせう。

 でも、この北朝鮮外交や拉致被害者への温かい眼差しに関する限りは、私は個人として安倍さんは立派な政治家であったのではないか、と思う。その他の国に関しても、あれだけ多くの国にあれだけの短期の間に訪れたことは、やはり彼自身の持つ信念というのか、どこかナショナリズムとグローバリズムを巧まずして混在させるような危うさはあるものの、やはり国民国家の体裁を取り戻すという信念はあったのではないかと思います。安倍外交には、それを基軸にした一定の評価を下すべきであるとも思うのです。

 さて、冒頭からの感想に戻ると、やはり信念や胆力のないリーダーは駄目ですな。前記・福田康夫氏と安倍さんは同じように政治家二世という(安倍さんは三世)ことで微妙な距離感があった。さらに両氏ともサラリーマンを経験しているが、福田さんの方が遥かに長い。その辺も、微妙に後押しをしているのかな。私は福田氏のお父さん(福田赳夫氏)とは、官邸で何度か話をしたことがあるが、ご子息のような尊大さはまるで無かったけどなぁ。むしろ、謙虚な人だったのだが。

 やはり、世襲でしか人材を輩出できないような今の仕組みにも問題がある。もっと言えば、社会全体の新自由主義、貧富の差や差別意識とその社会的容認といったものが、志のある人間と胆力造成の現出を阻んでいるような気もしてしまうのですヨ。ちょっとしたきっかけの思い付きでありましたが、福田康夫氏――総理経験者と言いながら、私はだうしても好きにはなれないのです。

思えば、時の流れが違う

 「もう週末の土曜日か?」とも言いたいところながら、最近は残念ながら以前のような時間の早さを感じなくなっている。仕事も忙しくはないし、曜日の観念に関しても8月を終えてから日曜は完休になっているくらいで、土日を平日と敢然と分けるような心的要素がないのだ。

 折しも、世間一般では今日から3連休ともっぱらの噂だ。台風が近づいて行楽に大きな邪魔をしている事は残念な事ですが、それでも個人的には何も感じない。だって、遊びにも行けないものですものネ。

 少し前までならば、“週末”という言葉にはそれなりの喜びなり期待感なりを織り込める余裕があったハズだが、だういう訳かそうした文字通り余裕というのが無くなっているようであります。

 考えてみれば、ちょっとばかりオカシなもので、何故私たちはこの1週7日間という単位で動いているのかな、とも考える。普通ならもっと10日とか15日(ちょっと長いか?)とかキリのいい単位というのはありますよね。一重にキリスト教の安息日の関係と太陽暦のゆえかもしれない。私はその辺が疎いので、詳しい方に教えてもらうしかないが、安息日は本来土曜日になるのでせうかね。だから、1週に1日だけは休まないとイケナイというのが、先人の教えということかなと理解はしている。

 それにしても、私は日常忙しく立ち働いている訳でもなし、1日数時間の単位でちょこちょこ労働をしているだけである(今日もさうだった)。考える時間もあるし、最近は睡眠欲も旺盛なので昼寝などももっぱらになってしまった(何故でせうかね?)。

 だから、本来の議論に還ってみると、週末という言葉に以前のような「やッと感」や「勤め人の持つ歓喜と裏腹の不安」という心象がまとわり付いてこない。それだけ気楽なのだから、何も文句を言うものではないのですが、それでも先述のような急に襲う睡眠欲といったものに、「果たして、これも老化の体現であるのか?」とちょっとした不安にも襲われます。

時間の過ごし方は益々難しく

 また、何時ものように喋り出しても、何が言いたいのか分からなくなる。

 要は、日日の過ぎ方、個人としての過ごし方――これまた最近は個人的に問題を抱え込んでしまったりしたので、多少とも心持ちと意識といったものが変化している風も感じている。そうしたものから、以前とは「随分と違うなぁ〜」と思ってしまう事が、度々でアルということ。

 だうと言うこともないのだが、変われば変わるものだとも思うし、何故ここまで追いつめられたような窮乏感が漂うのかと、自らの来歴をまさぐるのです。

 良く分からない部分もあるものの、結論めいて言えば歳をとって新陳代謝が衰え、以前のような体力・気力がないがために、喜怒哀楽が縮こまったのですかね。それはアルかもしれない。だから、週末の喜びと以前のような月曜日への恐れがないのかもしれない(勤めている人はホントに大変)とも思ったりします。

 また、理解不能だけでなく下らない意識を押し付けてしまいました。多くの方々は連休を愉しみ、遠出への期待で夢を膨らませていらっしゃると思う。コロナ禍がやっと緩んできたのだから、そうした行動と皆さんの喜び発散の機会は何としても作っていくべきと心底思います。

 老人のひねくれ加減と、先述した体力の減衰がその心に余計の負荷(歪み)をかけているということ。そうそうと、言い忘れたのですが、この間話した身体右側の腰の痛み――これが今日は大層に楽なのです。ここのところ、歩行にも困難を来していたものが、何故か急に痛みが和らぐ。この辺も、安定しない老人の身体的特徴なんですかね。健康食品(グルコサミン)もバンテリンも「全く効かない」と観念をしていて、ここのところ放り出していたものが、何もしないで軽快をするのは何とも解せないばかりナリ。全く、世の中とおんなじだ。

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