「風のひとりごと」ブログ

東日本大震災および熊本大地震、さらに数々の豪雨で被災された方々へ、心からお見舞いを申し上げます。
 爾来、10数年の時が経ち現在は何とも退嬰的な日常になっていますが、マスメディアにいた人間として権力には対峙すべきとの姿勢や、世の出来事を注意深く観察する視点は変わらずにいるつもり。特に、2020年からは新型の伝染病という未曽有の災厄で世界観さえも変わりつつあります。人間の愚かさを見つめながらも、その聡明さと活力に期待をしてソロソロと進んで行きたいと思います。

何とかなった1日目

 本来ならもっと北向きのコースを辿るとされていた台風14号は予想されていた温帯性低気圧にもならずに台風のまま、列島を直撃をするらしい。勢力そのものは大したことはないようだが、やはりコース上に位置する人間として大変心配するところ。ちょうどそんな時期に、何度も「大変だ」と個人事情をかましていた、アノ市の広報紙配りの仕事が回って来たのだ。ちょうど、今日と明日とやる予定であった。

 それも、私がどうにも腰が激痛常態になり「何とか交代出来ないか?」と社長に泣きついたものなので、今日は代わってくれるというI君という歳若の御仁と一緒の二人勤務であった。つまりは、私が横乗りして、そのコースや配り手順といったものを伝授するとの触れ込み。

 でも、実際には彼の方がベテランの趣があるし、事前に渡しておいた配布先リストの住所をほぼ全部ゼンリンの地図のコピーで落とし込んでいたことには度肝を抜かれた。さらに、対象となる住所についても自分の住んでいる場所とそう遠くなく、大変に慣れ親しんだエリアなので「やりやすい」とものたまうのでアル。ホント気合が違うなと思った。私などより数倍も要領が良ささうなのだ。

 でも、それ以上に人柄が良さそうでずっと話が出来て面白かったことも幸い。私が始めた時に横乗りしてくれた御仁は悪い人ではなかったが、不満ばかりがブツブツを奏でられていて少しばかり閉口をした。やり易さの故だったのかどうか、私も本来なら荷物を一緒に運ぶようなことはしなくともいいのだが(ギャラは一切出ない)、ついやってしまってまた大変に腰痛が亢進をしております。やるんじゃ無かった。

 とまれ、“若さ”というのは、本当にイイものですな。

くたびれて愚痴ばかりを言うつもりもないけれど

 I君は歳格好からしたら40代の終わりか50に手が届くくらいだらうか。「もう無理は出来ません」と盛んに体力が無くなったことを嘆いていたものの、何のなんの私なぞがすぐに持ち上げられないような大きな束もヒョイと持ってしまうし、今は郵便局で勤務をしているのだが、「最近は20キロ超の荷物なんてのもあるのです」と平然と構えておりました。

 おかげ様で、今日は午前も午後も快調そのもの。私は早朝の勤務もあったため、車をN通運の敷地に残して近所までI君に迎えに来てもらった。多少の心配もあったので、午前の1便を終えたあとに一度車を取りに帰り、その後また電車に乗って朝方の待ち合わせをした会社近くのコンビニまで向かった。何しろ、自分一人の時よりは確実に4,50分は早く終わったものだったので、1時間を超える休憩を取ったのちに午後の便を再開。それでも、多少は普段より多かった(休みはやっていない公共施設などは他地区の荷物も運んだため)荷物はすべて、午後2時半を回るくらいには片付けてしまったのだ。ホント、自分一人の時より確実に1時間以上の時間を稼いでいるのでないでしょうか。

 言いたかったのは、そうしたボヤキだ。本当に寄る年波には勝てない気がします。I君は普段なら郵便局で早朝から、夜は9時ぐらいまでは働いているので、午後3時ぐらいに「一応、きょうの持ち分は片付けた。残った荷物も多いのだが、明日は無理として日曜以降にやっていこう」と告げると、本当に「こんなに早く帰っていいのかな。母親がビックリすると思う」とまさに申し訳なさそうな顔をしていた。

 つくづくに、溌剌と長時間不平も言わずに働いている人は違うな、と思いましたネ。

 私の結論は、これまで体を酷使した事で本当に疲れてしまったが、それもこれも所詮個人の事情。社長が理解をしてくれて、無理を言ってI君に来てもらったので感謝の言葉もない。そして、若さは何事にも対応を出来るのでアリマス。四の五の言っている私のような人間とも、また違うのですな。

 私と一回り以上も違う若さは、何らかの無理強いも跳ね除ける力がある。と、実感した時間でアリマシタ。

今日も動物、明日も赤ちゃん?

 私たちの幸福感というのは、これは人や時代によって様々。必ずしも江戸時代の人々が今より不幸だったとは言えないだらうし、戦前の日本がまことに暮らしにくい統制国家だったというのも一種の幻想だろう。

 ただ、私たちは歴史の進歩史観といったものを何処か信奉しているところもあるので(私もそうだった)、昔よりは今の方がモノがあり幸福感に溢れていないと困るわけだ。しかし、これははなはだ怪しい。そして一面的な観方・解釈ということになるのかもしれませんな。

 一つに自死ということがあるのではないか。武士の世だって切腹という奴があったので、自死は当然の如くその辺にあったものだらう。しかし、今のような複雑な人間関係とか物質的な豊かさの中での行き詰まりといったものは、現代人に特徴的であるようにも思う。何より、子どもの自殺がコロナ禍でも増えているとの報道を聞くと、「昔は今のような子ども世界はあり得なかった」などと悪ガキだった私なぞは、真剣に思ってしまう。少なくも、子ども時代は以前の方が余程屈託なく幸福感に溢れていたハズだ(個人的に振り返ってそう信じている)。

 そこで、現代人とりわけ都会に住む人などにとっては、リラックス出来る場所や対象物がとりわけに興味と憧れの的になっていくのだらう。一番に手っ取り早いのはペットということになるのかもしれない。

 本当に、街中にはペットが溢れていますな。これも、私たちが子ども時代からは今のような家内犬や家ネコ、小型の愛玩動物が溢れていた訳ではないので、私も当初はそうした状況が良く呑み込めないでいた。しかし、ここまで来ると私たちは自分の癒しや愛情表現の代替として動物を選んでいるのではないかと、どうしても思えるのです。

動物病院に見える世相

 何時もではないが、ケーブルテレビのアニマルプラネットというコンテンツも割合と観る機会がある。今日の夜中も観ていたのだが、ここでの一番の贔屓に「デンバー動物クリニック」という奴があります。もう長期にわたって放映をされているもの。

 ジェフという愛情の溢れる獣医の方が、その持前の人間性や医師としての技能を遺憾なく発揮して、あらゆる階層の人たちの愛玩するペットの面倒を看る。場合によっては、お金のない人の料金を格安にし、出張でメキシコや貧困層の暮らす地域に出かけたり、災害(ハリケーン等)で飼い主から引き離された犬や猫を里親探しのために引き取ったりもする。まことに、動物への施術だけでなく、人情溢れる顧客との関係が描かれているのでとても興味深い。そして、その世界観といったものに納得させられ感心もするのです。

 ただ、それは能書きの一つであって、やはりホンネは動物を見ていると可愛いからに尽きるだろう。反対に、どんなペットに関してもその飼い主からはまことに可愛がられていることがそこかしこに知れて、そこがまた私の涙腺を緩くしたりする。本当に、自分の子どもと変わらないような愛情を注いでいることが分かります。

 以前は、こうしたペット類の愛玩動物にキツイ思い入れをしている人を見ると、「人間に愛情を注いだ方が何ぼか価値がある」などとうそぶき、思っていたりもしたものだが、この頃はちょっと認識を変えつつあるのだ。

 やはり、皆さん寂しいのではないでせうかね。癒されたいのが本音ではないのかと思う。老夫婦が犬を飼い、老体で世話をするのも、若い人が鳥や爬虫類に興味を持つのも、それが純粋に可愛くて「癒やされたい」と考えているのではないかとそんな目で見ております。

 決め付けはイケナイが、自分もそうした性情が出てきていることに気づいているからだ。私が好んで動物番組を観るのも、やはり癒されたいから。昔一回読んだ漫画本を再びに買い漁り、それを好んで読んでいるのも、そこにあるヒューマンストーリーに感動をするからである。それで、「そうだ。人間というのはそんなにも捨てたもんではないのだ」などと、一時の超現実を愉しんだりもする。

 小説ともまた違って、特に弘兼憲史さんのマンガなぞはその超現実性に少し引いてしまうところもあるが(特に「黄昏流星群」が極め付け)、これも夢と思って読めば何処かで“癒し”を与えてくれるのですな。料理をするのも同じようなものだし、日帰り温泉などはリラックス効果を極めたいの一念からに他ならない。他にはないのでアル。今は本当に、皆さんが「癒やされたい」と感じている、末法的な世の中なのではないでしょうかね。

朝夕に感じるの気配

 単なる個人的感慨には過ぎないが……。今年はやはり、全般に気温は低かったのではないだらうか。詳しくは述べられないが、暑かった時期は短く例年のような残暑も余り感じなかった。

 つまり、朝方などはもうすっかり涼しいのだ。今日も風がヒンヤリとして感慨深かったのだが、何時もなら早朝に出かけるときには空はすっかりと明るいのに、この頃は未だ薄暗い。季節の変化と“秋の匂い”といったものを感じる。

 ただ、それだけの事ながら、一方で歩いているだけでましてや仕事で動き回る時の汗には閉口をするものの、その暑さの感じぬようになるとそれはまたそれで一抹の寂寥を感じる。別にロマンチストをきどっている訳でも何でもなくて逆。私は滅法寒さには弱い方なので、「これからまた落ち込むか?」と恐れの方が先立つのでアリマス。

 身辺のことを詳しく報告をするほどに厚顔でもなくまた野暮も控えるが、自分は調子の悪さは相変わらずで家庭内も微妙の平穏を保つだけといったところか。ただ、嫁さんと子どもは数日後から一緒に旅行に出かけると報告をもらったため「大変にイイことだ」と喜んでいる。

 コロナ禍で閉塞感なり欲求不満が高まることが、イザコザの遠因になっているようにも思うし、何しろ心の解放感がないのが何とも寂しい。これで季節が寒さに向かふとなれば余計だらう。ここは十分に羽を伸ばしてきて欲しいと願うのみ。

 私は相変わらずで、バカの一つ覚えを変えておらない。夕飯を工夫して献立を立てることに一番の喜びを感じ、暇さえあればコンビニで昔読んだ愛読のコミック本を仕入れている。最近は以前単行本で買った谷口ジロー氏の『孤独のグルメ』を扶桑社文庫で小型の奴を買い、往時を思い出しながらニヤつきながら読んだ。ついでに、傑作である『父の暦』を再読して涙を流していたりもしていた。

 日帰り温泉行は二日と空けずに習慣化した気がする――そんな他愛もない日常だ。平和でアル。

切りすぎし髪の中まで秋の風 朝倉 和江

あれから20年、どう変わったのか

 あの日から20年と言われても、私たち日本人にとっては「そうか、そんなになるのか?」というぐらいの面持ちだらう。一方では、米国人にとっては決定的に違う部分があるに違いない。彼らは圧倒的に当事者であるからでアル。

 私もケーブルテレビが好きなので、この時期になるとヒストリーやディスカバリーで必ずその特集ともいうべきフィルムや特集番組が流されるので、その意識は持っていたつもり。でも、やはり何処かで対岸の火事といった気持ちがなしとはしない。がしかし、今更ながらにあの世界貿易センタービルの凄まじいばかりの瓦解や、その直下で逃げ惑う人々の姿を見ると、何とも言えない虚しさや現実とは思えない超越感のような気持ちが襲って来る。

 つまりは、当事者であるアメリカ国民は本当に怒った訳であるし、実際その後にアフガニスタンにも侵攻しタリバン政権を潰した。オサマ・ビンラディンを殺して正義を気取ったけれど、今度は20年を経てアフガンをタリバンに奪回をされてしまった。歴史とはまこと皮肉なもので、本当にアメリカの報復行動そのものが正当化をされうるものであったのかは、これは本当に分からないのではないですかね。

 「戦争になるのか。ビンラディンを殺して、敵を討つんだ」と言っていた米国民もここに来て、本当にアフガンへの侵攻とかこれまでの軍事行動の意味を掴みかねているのではないだろうか。

 話を元に戻すと、言いたかったのは貿易センタービルの破壊という行為は、やはり米国民にとっては圧倒的な出来事であるし戦争行為そのものであったということ。歴史的にケネディの暗殺に匹敵するくらいの衝撃時であったのではないでしょうかね。誰にも忘れ得ないその日であった訳だ。

 だからこそ、未だに彼らの会話には頻繁に「ナイン・イレブン」という言葉が出て来るのであります。

日本人も歴史を捉え直さないと

 勢いに任せて書いていると、自分でも何が言いたいのか分からなくなってくる。要するに、当事者では無かった私たちと違って、この9月11日は米国にとっての絶大の意味があるということ。

 例えは悪いかもしれないが、実態は違うにしても私たちにとって「サンテン・イチイチ」が全くに忘れられない日であるのと同様だ。災害と犯罪行為の違いはあるにしても、それくらいに国民のとっての衝撃が伴うものであったその一日である。悲しみと大きな犠牲を伴ったことでは同様の側面を持っている。

 それにしてもというか、日々の早さも感じますネ。20年前のその日、私は夜のNHKニュースを見ていて、リアルタイムで画面に映し出されるビル火災の映像も茫然と見つめていたように覚えている。最初は小型機か何かが事故でビルに突っ込んだと思っていたのだ。日本のアナウンサーもそうだったけれど、多くの人が何が起きているのか、起こっている事態は全く理解出来ないでいたのではないでせうかしら。

 いま、再放映をされている当時の米国のニュース映像を見るとアンカーの人は「これはテロなのかもしれない?」といち早く外国からの攻撃を疑っている。さすがに、当事者としての冷徹の観方を持っていることに感心をさせられてしまう。

 要は、私たちの考えるべきこと、意識しないとイケナイことは、20年を経て歴史的な検証は果たして出来ているのか、あの当時からどれほどの変化があって先を見据えた政治・社会行動が出来ているのかということでしょうね。何とも心もとない。当事者であったアメリカだけでなく、それに追随をしてきた私たちにしたところで、進行している分断や差別のさらなる進捗に対してなし得ることも少なくなって来ているのではないでせうか。

 歴史的な日である「9・11」に対して、単なる通過点で終わらせるには惜しい過ぎる。私どももコロナ禍の日本を今日的に捉え直すべきでしょうし、独裁的国家の跋扈とともに米国が唱え続けてきた自由や正義に対して、本当のところを見つけ直すように努力をするべきなのでしょうナ。

その日の意義を考えるの事

 全くの戯れでしかないのだが、書く気もなかった日常雑記を記してみたい。タイトルに取った「今日は何の日」は朝必ず聴いているNHKラジオの中で出てくる一つのコーナーである。確か「マイあさ!」という早朝からのニュース番組の中で折に触れてこの「その日の意味合い」という奴が短い解説とともに紹介をされる。

 他愛もないことながら、私はこのコーナーが好きなのですな。以前にも一度紹介したことがあったように覚えているが、朝方に何気なく聴いていると昔のことが思い出されて妙に懐かしい気分になることと、もっと歴史的な出来事になると「フーン」と妙に感心が伴って、頭が良くなったように感じられるところがイイのです。

 以前、一度このコーナーに触れた時にその日の意味合いについても一応調べて考えたのだが、全く何の感興もない普通の日だったため、ガックリしたことがあった。今日も恐れてはいたものの、一応は調べてみたところで同じようなものでしたな。何の特別もない。

 今日の日の意義を一番に表していると思うのは、昭和26年の今日(兄の生まれた翌年だ)、日本が戦争に負けた連合国側と平和条約を結んだ日。いわゆる日米講和条約の締結された日であるというところだ。それ以外に、「ハヤシの日」だとか「国際識字デー」とかあるけれど、何のことやらさっぱり分からない。

 普段の日だって同じようなものと思うが、やはり毎年8月12日になれば、自分もその渦中にいたといえば言える日航機墜落事故(JAL123便)の事を思い出すし、それはやはりとてつもなく大きな意味を持って「今日は何の日?」の冒頭から迫ってくる。ある意味、2月26日もそうかもしれないし8月15日や12月8日だってそうかもしれない。そして、ついこの間、嫁さんに「今日は何の日か知ってる?」と聞いたのは9月2日の意味合い。米戦艦ミズーリ号の艦上で終戦の調印式が行われた日であった。

 やはり、それぞれの日に起こった出来事があるし、その意味合いといったものもある。ただ、その意義や伝わり方に軽重があるだけである。自分の個人史の中で、それが意味のある時には本当に懐かしかったり意義深く迫って来る時間が貴重なので、大変に好きなのですな。

今回も意義は分からず

 ただし、今回も何等かの意味を今日の日に求めようとしてもそれは失敗に終わったやうだ。日米講和が成った日と言えば、それはそれなりの重さを持って迫ってくるものの、ハヤシライスを考案したはやしさんの生まれた日と言われても、「それがどうした!」となるし、「休養の日」だとか言われてその由来が「9(きゅう)と8(よう)」の掛け合わせからだと知った時に、何処かで体中の力が抜けるのを感じる。記念日というのは、この類が実に多い。

 じゃぁと、この日に生まれた偉人・有名人に関して何処かスノブの心持ちでいろいろ名前を検索してみても、中国の玄宗皇帝の生まれた日と言われて喜ぶ人もいないだらうし、島津勝久も良くは知らない。ドボルザークぐらいでやっと「この人は有名人だろう」ぐらいには思うけれど、その他にはこれといった名を見つけられないですな。松本人志なんて人は大っ嫌いだし、「太平洋ひとりぼっち」の堀江謙一さんの名前やレーサーの鈴木亜久里さんの名前を見つけて、やっと自分の年代を知るくらいだ。

 そうそう、元サッカー選手の中西哲生さんなんて名前もありましたが、私は割り方この人は好きであります。頭の良さが光るし、番組でのコメントは実に的確だ。スポーツ選手には珍しい人だと思う。だから、周囲のいわゆる識者やそうしたコメンテーターの質が知れようというものかもしれない。

 またくだらない所感と感想もどきに堕しました。別に特別のことを言おうとした訳ではなくて、NHKラジオのさる番組のファンであることを述べたのみ。もう少し気の利いた表現や所感を出せるかなとも思いましたが、いかんせん9月8日はホントウに9月8日でしか無かったということで――。

やはり秋の気配は感じるところ

 何時も、話題を殊更にしているようで恐縮をするが、今日は二十四節気の「白露」。読んで字のごとくというのか、草木の葉につく露が白く見えるところからの命名のやうだ。要するに、それだけ大気に寒気が混じるようになってきたというところだろう。

 これまた何時も同じような事を話していて恐縮をするところですが、今年は普段なら実際の季節感とは多少ともずれるハズの二十四節気に関して、その語感と季節感が妙にマッチするところが面白い。いや、逆にいうと微妙に恐ろしいような気もしますな。それだけ、不順な天候が増えたのに、それが中国の季節ごよみに寄り添ったということなのでせう。

 ちょっと前から東京では本当に涼しくなってしまっているようだし、わが地方に関しても朝方は冷気を感じて格段に涼しくなったと思う。昼間は未だ30度近くまで気温は上がるが、現状を見る限りはこれから急に暑くなるということもないのだらう。

 そして、その季節感のように虫の声に風情を感じたり、台風の多さにおののいたりと本来のような日本列島ならばいいのだろうが、世情は相変わらず新型流行病と自民党の総裁選挙でかまびすしくて猶自分本来の日常といったものからは程遠い。多くの人がそうでありますように、私も相変わらずに敗北感が強くイライラばかりもしているのでアル。

 皆さまにおかれては、どのやうに過ごしておられるのだらう?

 人生というのは一面でなるようにしかならないが、反面では何もしなければ無為で殺伐の日常が待つだけである。何とか、愉しくて口笛の一つでも吹けるような毎日とも思うものの、それはなかなかに……。とにかく、病気になって周囲に迷惑をかけないようにと、また自分なりの愉しさのようなものを追求したいと考えるだけの日々――。

なにがなしたのしきこころ九月来ぬ 日野 草城

この頃の難しいこと

 世の中が複雑化するに連れ、平凡に生きようと思っても環境が許してくれなかったり、ノンビリしたいと考えても先立つものが無ければにっちもさっちも行かない。「なかなか生きにくい世の中だ」と感じるのは、私を含めた周辺だけの話ではなく、そこかしこに迷える子羊がいるのではないだらうか。

 要因はいろいろ考えられるのだろうが、一つにはやはり現代社会と言われるものが大変に複雑になってやるべきこと・考えることが多くなってしまったから。今一つは、これは肝心のことと思うが、地域社会に以前のようなまとまりや繋がりが無くなり、手助けの装置やアシストの機構が働かなくなったためではないでせうかね。つまりは、普通にやろうと思っても、今の人たちには課されたものが多すぎる感じがするのです。一概には言えまいが、私らの子どもの頃の方がよほどノンビリはしていたようには思う。

 最近、心の病のこととか、集団でもどうしてもそこに馴染めない、不適合を起こしたりするような人々が目立つようになってきた。もちろん、これも今に始まったことではないとは思うものの、前述のようなカバーといったものが少なくなって来たため、どうしても声を上げたり行動を拒否したりする人が目立つようになってくるのだ。それが現代。

 こうした世の中、現状を考えたとき、私たちの持っている義務感や責任、その問題点の中に、どうしても「周囲に合わせる」という要請があるような気がしますね。

 これはいろいろ考えて来るとほぼ明らかだらう。生まれたときから親に教えられ、学校に行けば行ったでさまざまな規則、集団での思考・行動を迫られる。ましてや、日本という国の中ではとりわけ同調圧力がすべての場面で強く働くので、そこから外れるのはなかなか難しい。結局、「とりあえずは合わせよう」という事になるのではないでしょうかね。

 でもねぇ〜。この合わせるという作業も、一般に思うように簡単なものではないかもしれないですな。私自身は幼い頃から、そんなに意識はしたことは無かったのだが(私はもともと集団志向は強かった)、この頃になるとやっとそんな「合わせることの難しさ」を考えるようになってきた。

 楽に合わせられる技量や体力があればいいのだらうが(もちろん意識も)、そうでない時には疲れますよ。下手をすると本当に不適合を起こしてしまう。

複雑化は意識の枝葉も多くした?

 今でこそ「個性重視」とか「自分のやりたい事をやりなさい。それで良いんですよ」としたコメントがそこかしこで氾濫をするものの、自分らの小さい頃はそうでも無かったような……。昔は何より、皆と同じことをすること出来ることが大事で、それが最優先の生活課題だった気がする。とにかく、周囲に合わせるしかなかったのだ。

 子どもの時、一番に恐れたのが仲間外れにされること、どうしてそうなるかと言えば同調出来ないと思われるからで、ならない為には「合わせる」ことが最優先とされたのではないかしらネ。

 今あるいろいろな問題も、根っこにはこうした意識がある。全てが悪いとは言わないものの、余りに刷り込みをされると、ほぼ恐怖心を伴いながら「周囲に合わせよう」とするのではないか。

 心の問題もその低層にはこれがアリマスな。また、今盛んに議論されるようになってきた差別意識の解消とか、性的マイノリティーの方々への同調といったものにも、こうした意識が絡んでくる。私自身も古い価値観とか差別意識は未だに引き摺っている気がしますが、やはりそれは「合わせよう」と意識・無意識の思い込みがあるからのような気がするところ。

 本来的に自然にその時代や空気、周囲の状況といったものに「合わせる」ことが出来さえすれば、何の問題もない。特に日本の場合は“問題”は起こらないだろう。しかし、逆の場合は結構困るのですな。

 私の場合や、周囲で起こっている問題は、この辺に原因の根っこがあるような気がしています。家庭内のちょっとした不調和やストレスといったものも、自分が空気を読んでいなかったり歳を取って変化をしないといけないところで、その状況に「合わせる」ことが出来なかった故だと今にして思ってしまうところがある。

 まあ、だからどうすると言われても、今更に心情も世渡りといったものも変えられないのですけどね……。

 とにかく、今の日本とか現代社会というのも、口先ばかりで本当の平等とかダイバーシティとかいったものはないので、お題目ばかりで分かったような事を言っています。本当に個性の強い方とか、日本のような同調圧力に馴染めない人には、この頃はかなり辛い場面が多いに違いない。これは少しずつ、変えていかなければいけない環境と、私どもの意識ではないでせうか。最近、柄にもなくそんな事を思って日常を過ごしている。

なるべくしてこうなった?

 「驚天動地」なる言葉があるが、本来であれば国の最高責任者である首相が直前まで「党の総裁選に立候補し、再選を期します」と言っていたものが急に「出ない」と言い出す。つまりは、総理大臣を辞めると広言すれば、それはまさに「驚天動地」の事態だらう。

 しかし、今回の場合はどうもそうではない。また、そうした驚きといったものがかなりの程度少ないと思える。何となれば、もっと早い段階でそろそろ潮時であり、何処かで辞任を言い出すのではないかと、私なぞも思っていた部分があるからだ。

 実は、きのうのある段階までつまりは、菅さんが昼前の役員会で辞任を言い出すまでは「コロナ、コロナと国民の生命、安全といいながら、現実は衆院選の直前に総裁選、さらには人事や内閣改造までやるという。これは一体、狂気の沙汰ではないのか?」と、その延命策や現政権の体質といったものをこの欄でも批判をしようと考えておりました。それが、その矢先でのニュースであった訳ですな。

 確かに直前まで二階幹事長を交代さす、自民党の役員人事や内閣の改造等で清新のイメージを演出することばかりを考えて、肝心のコロナ対策なぞ何処吹く風との趣だったので、きのうの会見ではいきなり「新型コロナ対策に専心したい」なぞと言い出されると、驚きを越えて吹き出してしまうところがありますな。

 思うに、これは想像でしかないのですが、ご本人のそうした姿勢や人事による締め付けといったものが党内からも総スカンを食らったのではないでせうかな。きのうはいきなり「菅さんは公約通りによくやった。成果は大きい」と褒め上げる人がちょこちょこと出てきて、そのことも驚きだったが、本当にそうなのかどうか。やはり、一番に大きいのは新型伝染病という脅威に対して、これまでの発想や体制を超えた非常時の感覚がなかったことではないでしょうかな。

 今更ながらに言いたいのは、やるべき事はもっとあったし、出来ることもあったのでアル。それが出来なかった(やらなかった?)ことに最大の責めがある。今回のきのうのお昼までの事態についても、それは自分の保身と延命策でしかなく、国民は置き去りにされたと感じたとしてオカシクない。それに気づくのが、全くに遅れたということではないでしょうかと思うところ。

事態は刻々変わり、見えない先行き

 事態は大変に流動的なので、これから自民党の総裁選に誰が出てくるのか定かではないし(名乗りを挙げている人は確かにいるが)、その後の衆院選だって下手をすると11月までずれ込むだらう。

 しかし、今回の出来事に絡めてもハッキリと言えることは、日本の官僚および官僚的体質という部分では、これは政治の世界も似ているが自分及び組織を守るためなら「何でもする」ということだ。つまりは一種の排外主義、エリート主義といったものは体質として国の上層にはあるということなのですね。

 私は記者時代付き合っていた親しい官僚からもそのことを直接、聞いたことがある。「Mさん、私らは自分の部局を守るためなら何だってやる。嘘だってつきますよ」と……。昔はこうした公務員諸氏にしても政治家にしても、自己保存本能のほかに「国を思う気持ち」といったものも持ち合わせていたような気がするが、それの最近はほぼ失せてきているやうだ。

 人事を武器にし、時に自らの生い立ちや下積み苦労を広言することで人心に寄り添い、そうした苦労から来る縁故主義(ネポティズム)も超一流だった現総理。今週号の「週刊文春」にも書かれているが、そうした側近やスポンサーにはあまり筋の良い人は少ないようだ。現実、これまで重用した政治家がことごとく逮捕されたり失脚をしたりしている。周辺での良くない噂は、その週刊誌の記事だけにとどまるまい。

 それにしても、文春はある意味、菅さんの行き詰まりと辞任を予言をしております。大したものであると思いますネ。また、一言だけ付け加えておくと、政治家や国策の動向を伝えるマスコミが近時、全く機能しなくなってしまったことも、事態を悪化・深刻化させている遠因だらう。本当に、自民党の広報紙かとあなたは誰々さんの広報担当かと思われるような記者ばかりが目立つのである。いやぁ〜、嘆かわしいですな。

 一人、週刊誌だけが奮闘をするのでアル。今一度言うと権力は絶対に腐敗する。そして、自己保身・保存の本能は政治家や官僚だけでなく、メディアの世界も確実に蝕んでいるのではないでせうかねぇ。

本当に夢は叶うのか?

 今回は考えも碌にまとまらないうちに、ある種の疑念を表明する。反対もあるだらうし、バカにされる部分もあるやもしれない。しかし、終末期を迎えた個人が、戯れに思ったことと捉えてもらえれば幸い。

 今を盛りのパラリンピックはもう折り返しを過ぎ、今度の週末ぐらいで終えるのだらうか。特別に熱心に観ている訳でもないのですが、やはり選手の活躍とメダリストのコメントには何時も感心をしている。そして、感動もやはり貰っていると言えるでせう。

 選手が口を揃えるのは、「諦めないで努力をすれば、必ず実現をする」という力強い宣言でアリマス。実際にそうして努力のうえで夢や目標を実現した方々の言なので、文句のつけようがないし本当にそうした現実を見せられて恐懼する。やはり、努力することの意味やその永遠性のようなことを想うのであります。

 でも、でもとでも言うのですかね。スポーツ選手や有名人の努力譚には何時も感心をするし、ある種の感動も与えてもらっている。また本当に「大変の日々を過ごされたんだろうな」と、想像の中で感激して涙を流したりもします。

 しかし、私たちがそうした方々の姿を見るのは華やかな晴れ舞台であるし、成功者にだけ与えられた権利とコメントであるのも間違いのないところだろう。世の中で長いこと生きてくると、上手くいくいかないが紙一重であるし、本当に努力を重ねているような人でも時に失敗を繰り返すことがナシとはしない。そんな現実も他方で想ったりします。

一種の諦観を持つのも悪くはないのでは

 ここで一気に後ろ向きになってしまうのは、やっぱり自分の今の生活についても上手くいかないことが多すぎる気がするため。また、もともと性格が弱いので、努力らしきことをしたこともそうは多くはないことを自覚するの故だ。

 まして、この歳になってくるとつい50代ぐらいまでは持っていた野望にしても夢にしても、そして「もう一発当てたい!」との邪の想念といったものも徐々に段々に萎んできてしまう。もう、ここまで来ると諦めが勝ってしまうのですな。「現状維持か、どこかで愉しみが見つけられれば……」と夢も希望もあったもんではない、とそんな現実が非情に迫って来るのです。

 やはり当然、人間の可能性とか努力をないがしろにするのは、大きな非難を浴びるところでせう。でも、それでもというのかしら、なかなか上手くいかないことを世の中や他人の責任にするのではなく、自分をキチンと見つめた上での“諦め”といった塩梅も、何処かアリなのではないでしょうかな。

 もちろんに、後ろ向きの言葉遣いを擁護する気もないし、居直って直言する度量もありません。でも、何でもかんでもが正義を標ぼうして、「差別は絶対にいけない」「皆が平等だ!」といった言葉遣いの中だけに安住をして、ポリコレのようなコメントばかりが横溢するテレビ画面にも辟易をするところなのでアル。

 現実の世の中は、「ちょっと違うんだよねぇ〜」とどうしても思ってしまいます。まあ、戯れ言であります。家庭内でのトラブルもあったりして、私も以前の強気は何処かに飛んでいってしまった。今は弱気の心根の中で、「諦めることも一つの選択では?」などと思っていたりします。バカが何処かで勝手のことをほざいていると、思って頂きたい。

小さな頃から性根は変わらず

 また性懲りもなく、暇に任せた言葉遊びになるやも。とお断りをしておきます。

 世の中には確かにキチンとしている人、片付けや整理の上手い人というのは存在する。数は多くないが、私もそんな人間を数人知っております。でも、それ以上に多いのは何時までも物を放りっぱなしでほこりや本類が溜まることも厭わない御仁だらう。私は間違いなく後者でアル。

 小さな頃、私は100%のおばあちゃん子だったのだが、この鹿児島出身のおばあちゃん(母の母親)から始終に「このビッタレが!」と怒られていた。ビッタレが鹿児島弁かはにわかに分からないものの、どうにも自分の周りを汚してちっとも片付けの出来ない人間をそう呼ぶらしかった。何時もそう言われていたので、どうにもビッタレ根性が抜けなくなってしまった。

 ちなみにと、話が明後日に飛んでしまうのだが、このおばあちゃんは薩摩おごじょでありかつ明治生まれ。話す言葉は全くの鹿児島弁であったらしく(私は小さかったのでそんな事も分からなかった)、自分も幼い頃は鹿児島弁を器用に話していたと、後年家族から聞いた。もちろん、おばあちゃんと始終一緒にいるのだから、意思疎通が出来るのは当たり前。ただ、これは外部から来る人はそうではなく、ご用聞きのお兄さん方はホトホトに苦労をしたらしい(母親は仕事で家にはいなかった)。そこで多くの場合、私が通訳を務めていたとこれも後年、おばさんや姉貴から聞いた。

 また、これも余計の後日談ながら周囲の人間が私が方言を遣っていることを心配したところ、母親が「そんなものは学校に行けば、直る!」と一喝。実際にそうだったとのこと。まあ、当たり前でしょうけどネ。

 そこで、そんなおばあちゃんの事も思い出しながら、ビッタレの直らない人間として週末の部屋片づけを思いついた次第だ。

 懐が温かければ、パチンコにでも出かけるところなのだらうが、さすがに土曜も日曜もという訳にもいかず、この間から忙しさの中での昔コミックの爆買いもあったところで、部屋の中はやはりまた大変に乱雑になっていたのが気になっていた。それで、きょうは殊勝に主に雑誌とそのコミックの類に当たっただけなのだが、せっせと片付けたところでアリマス。だいぶんに、すっきりとした一角もあるようであります(全体としては大して変わらない)。

言葉はやはり生き物だ

 また、ここで言葉遊びの一種になってしまうが、おばあちゃんの鹿児島弁を想っているうちに、自分も幾つかの地方で味わい豊かな方言を体験していることに気が回った。最初の頃はやはり大阪とか和歌山とか、関西方面のそれですかな。大阪弁などは今は大変に人口に膾炙しているので多くは語らない。しかし、思うのはここまで馴れ馴れしくてテンポの速い軽めの言葉というのも珍しいのではないか、と思うこと。もちろん、バカにするとかではなくて、やはりあのホンネ感とか猥雑な言辞が本当に自由に躊躇なく出て来る感覚というのは、私のような東京生まれには全きに驚異である。

 一番最初の勤務地は大阪だったので、喫茶店に入ったときの周囲の会話などには文字通り度肝を抜かれたものだ(詳細は遠慮します)。

 その他、同じ関西でも京都勤務もあるので、ここでは関西弁と一緒くたにすると京都の人に怒られるので、京都弁の蘊蓄も遠慮をしておきます。同じように、今は京都言葉もかなり一般化はしているでせうから。しかし、一般の京都人はあんな舞妓さんのような言葉遣いだけはしないことを押さえておいた方がいいでしょうな。また、同じ関西弁の範疇でも、私は神戸に短期間住んだこともあるのだが、やはり大阪のものとは又確実に違う。何処がどうだと言われると困ってしまうものの、何というかやはり神戸の人の言葉遣いはきどっております。イヤ、品があると言い換えた方がいいかも。

 私はいま東海のS市にいるが、日常的には標準語と極端に違う方言といったものは少ない。しかし、やはり語尾には特徴がありますな。相手によって(地元同士)では、そのアクセントは丸出しになるので驚くこともあります。ズラ言葉はまずないが、語尾に「〜ら?」というのは特徴的なところであり、イントネーションでも慣れないとビックリするような言い回しを垣間見るところ。

 でも、方言というのはホントにいいものですよね。地方の特色が先ず現れる範囲だし、その言い回し、抑揚といったものが人間性に影響するのも間違いのないところだと思う。秋田弁のように理解不能になってしまっても困るのだが、やはり地方の独自性と文化は大切にして欲しいと思うところだ。

 私は記者時代の取材やその他の仕事・旅行などで国内に関しては47都道府県すべての場所に足を踏み入れている。体験的に自分のしゃべる言葉や文化・風俗体験とほぼ変わらない、いやむしろ洗練をされているのではと思ったのは、何と言っても札幌。夜の街の風情と情味で一番かと思ったのは、何と言っても博多であります。ちょっと余計の物言いかも。とビッタレの週末所感でした。

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