こんな人間ではなかったが…

 別に興味を持って聴いていたという訳ではなかったが、今日は仕事の合間に聴いているNHKラジオの朝番組「スッピン」が何と30分間でチョン。その後に続いた国会中継を、前言のように聴くとはなしに聴いていて、気になる言葉が何度も出てきていた。アールセップ――皆さんの多くは聞き慣れている言葉なのかも分からないが、私はどうにもこの言葉を耳にしたのはごく最近になってからでアル。辞書にように解説するものでもないものの、RCEP(アールセップ)というのは東アジア地域包括的経済連携というものらしい。要はこれまで個別にやっていた経済協力協定(FTA)をアセアン諸国全体でやりませうという呼びかけのようなもののようだ。TPPにも通じるものがあるが、最近はごく一般的になっている言葉と了解する。その意味で、国会の質問の中でも頻繁に聞かれたものであった訳だ。

 今回はそうした経済用語についてどうこうとの意味で、ここで急に取り上げた訳ではありません。以前であれば、誰よりも先にそうした言葉や理念には敏感であったハズの身ながら、今はほぼ世事に疎くなってしまった自分を振り返る意味で感慨が深かったもの。

 そう、新聞を読まなくなってしまったのですな。放っておくと、朝夕刊に全く目を通さない(少し大袈裟なのだが)日があったりしたことも皆無とは言わない。別に時間がない訳でも興味がない訳でもありません。ただ、何となくそうした日常になってしまっている現状なのだ。

 何なのですかね。さすがにテレビのニュースに関しては、気づく限りは見るようにはしているつもりだが、本来の商売道具であった新聞に向かわないでいる時間が長いことに愕然とする。最近の調子の悪さもともかく、社会的な存在でなくなった自分とどうでもイイような興味や不健全な嗜好に流されている現況が、呆れるような不甲斐なさに繋がっているのかもしれない。

なぜ、自分を高めることを考えない?

 そうやって考えてくると、ゾクゾクと頭を遣わない日常が浮かんで来ますな。以前にも記したことがあるように、読書に関しても確実に読まなくなった(ごく最近、歴史書は読んでおります)。外出(そとで)と呼べばいいのか、仕事の際は別にしても以前のように街中に出てブラブラする時間も着実に減ってしまっているような気がする。人と会って話をするのも、配達仕事のときに仲の良い人と戯れ言を話すことはあるが、中身のある会話とは決して言えないだろう。塾のときにも前回書いたように塾長と世間話をする機会はほぼ無くなった。その代わりに子どもと話をしているかとなると、「休みはどうだった?」とか「今度、試験は何時なんだ?」なんてどうでもいいような短い会話はあっても、これも決して主題や長さがある訳ではない。

 歳を取ればみなそうだ、とも言えるのでせう。ましてや、日常的に外の仕事をしている訳でもなければ他人とコミュニケーションをとる機会もグンと減ってしまうのも、ある意味の必然かもしれない。

 しかし、それにしてもというか、自らの行動力・向上心の無さの故で頭がカスカスになるような日常を繰り広げているとすると、これは悲しい。

 やはり、最近の自分の自嘲の囁きや気分の落ち込みの限りといった部分にも大いなる関係がありそうでアリマスな。心しないといけない。もともと国会で議員の質問を聞く仕事をやっていたものが、遣っている用語の意味も分からないではシャレにもなりません。

 野党の質問は相変わらずの加計学園、セクハラ問題が主流で舌鋒にも疑問が残るような展開。世界の変動と覇権主義の勃興の中でのかじ取りにはいささかの疑問がもたげるような気がするが、それでも多くの国民が政治の行方に関心を持たねば、国の行く末にも暗雲は湧き上がってくるハズだ。自らを反省しながら、私ももう少し政治・外交問題に意を用いねばと考えた次第デス。ブツブツ……。