面白い記事と感想

 少し前にこの欄で新聞を確実に読まなくなったと告白をしたことがあった。確かにそれはそうなのだが、全くという訳でもなく毎日パラパラとめくることはごく普通にやっている。きのう、何気なく目に止めた地元紙の2社総合面で「平成と私」という来年には終わってしまうという、この平成時代を振り返る連載ものが気にかかった。登場していたのは、県西部の選出であったかつての衆議院議員のY氏。大臣経験も2度ほどあるある意味では大物なのだが、一般の人には恐らく名前は馴染みがないだらう。それほど、目立つ人でもなかったので……。

 個人的にはその活躍の時代が重なることもあって取材を含めて2度ほど口はきいたことはある。でも、元々キャリア官僚の出身なのでいかにも官僚臭い人でアルなと余り好感は感じなかったことは覚えている程度。しかし、今回のインタビュー記事ではなかなか適切でかつイイこともおっしゃっていますな。こちらは、さすがに頭の良い人であるのは間違いないからでせう。

 先ず、平成の政治史について「ポピュリズム(大衆迎合主義)の時代だった」と一刀のもとに切り捨てている。含意はいろいろあるのだろうが、国民にとって政治が身近になった一方で、衆院の選挙区が中選挙区制から小選挙区制に変わったことが「大きな影響を与えた」というのは氏の実感とともにその通りだろうと思う。衆議院がその人個人を選ぶものから、政策本位で政策で政権を選択するというあり方に変わった。建前論としてはその通りだが、「目立つ人が有利になり政治家の質が落ちた」という発言にも大いなる共感を感じましたな。

 また政権交代は本来にやるべきであり、その事は間違いなく二大政党制も実現すべきという考えも表現する一方では、民主党政権は素人集団に過ぎたとも述べておられますな。これもその通りだろう。そして、一番に肝心なことは安倍一強内閣のもとでの「政治主導」の功罪についてですかな。このY氏は「私が役人の頃は、改ざんやうその答弁は絶対になかった」とハッキリ言っているし、政治家にゴマをすったり保身を図る役人ばかりになって不幸なのは国民だとも述べている。この辺も、実感とともに言うべきことを言っているなと思いますねぇ〜。

なぜ、気概のある政治家がいなくなった?

 一体に、政治家が小粒になり、役人も人事権を握られてからはすっかりと自己保身の塊になってしまった。イイことは何もない気がするが、どうだろう。

 かつて、自分の短い経験からしても直接話したことはないのだけれど大平正芳さんからも重用をされ外相・官房長官等を歴任した伊東正義さんなんて人もいたし、今よりもっともっと気骨を持って自分より上位にある人物に対してもハッキリものを言う人は特に自民党にはあふれていた気がする。

 これは自民党を離れた人ではあるけれど、経企庁長官も務めた田中秀征氏なんていうのは苦労人でもあるし政治家として気骨のある人だとは思っていた。一番に思い浮かぶのはつい今年になってからだったですか、亡くなった野中広務さんである。この人は私が政治部に配属された時には未だ少壮の人だったのが、アレよという間に大物の仕掛人になってしまったレジェンドだ。その民主政治・平和観も筋金入りだったと思いますな。さらにあまり好人物には見えないかも分からないけど、古賀誠さんなんていう人も好きでしたな。この人も苦労人だし、なかなかの人情家かつ剛腕の政治家であったのではないだろうか。だから、すべてに対して臆せずに直言ができたのではないかと思います。

 その他、挙げろと言われればまだまだいると思う気概のある政治家は、この頃は本当のトンと見かけなくなってしまった。腰巾着のような、権力に寄り添いたいという言ってみれば“追従型”の御仁ばかりだ。実に情けない。そして、実に期待感を失うのでアル。

 先のY氏の発言ではないが、本当に官僚が平気でウソをつくなどというのは大変なことなのでありますゾ。私は個人的に安倍首相がキライな訳でも何でもないが、やはりその運営に数々の欠陥はあると思います。それでも何とか持っているのは、一重に野党の力の無さ。そして、国民にも彼を代替する人物がいないことが伝わってくるからではないでせうかな。現首相の外交努力やその影響力といったものは、これは私でも認めざるを得ないところだ。今回も何とか、拉致被害者の帰国に道を開いて欲しいものだと心底思う。また、そのチャンスはあるのではないかとも感じる。

 話を先ほどのY氏のインタビューに戻せば、平成という時代のあとに求められる日本政治の在り方に関して、「中国の台頭にどう対処していくかだろう」とこれも大変に適切なことをおっしゃっている。その意味でも、今後の安全保障と外交のありようが政治を規定すると言ってもいいのではないか。やはり、気概・気骨を持った政治家・官僚は今こそ求められているのでアリマス。