SWEET TIME

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2022年の始まり🎍
今年もよろしくお願い致します🙇🏻‍♀🐶💕

年末年始の振り返り(。・ω・)✏️...

●12月31日(金)
大晦日は旦那の実家へ。
何も作らず買った物を重箱に詰めるだけなのに、なんかやたらと時間がかかった(*_*)

時間がなくなってきたけど、年内最後のお散歩に連れて行きたいので
平日のお散歩コースを👨🏻🐶👩🏻


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キレイに詰められない( ˘ω˘ ; )
市販の立派なおせちじゃないし、お寿司もオードブルもいらないねってことで買わなかったけど、
この他にお刺身とか茶碗蒸しもあったので十分でした✨

お義母さんがいない大晦日の夜。
泣いたり笑ったり、話題は大半がお義母さんのこと。
こんな大晦日を迎えることになるなんてね、まだ信じられないな。


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いつでもおとなしいこむむちゃん


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退屈になってお父さん(旦那)の指をちゅっぱ


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顔を隠してネンネ


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やっぱり自分のおうちが一番落ち着くね❤️


自宅に戻って、紅白の最後の方だけ見れました。
紅白ってそんなに面白いわけではないのに、私も旦那も紅白派。
例年なら、お風呂も済ませてしっかり全部見る!
大晦日の夜と紅白への気合いがすごい🔥(笑)
旦那の実家でも紅白つけてたけど、なんやかんや集中して見れなかったのは仕方ない。


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●1月1日(土)
快晴で迎えた元旦の朝🌅


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旦那は用事があったので、初散歩はこむと二人🐾


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夜は私の実家に妹家族と集まりました。
クリスマスは二年連続集まれず、去年のお正月も妹家族は顔だけ出して帰ったので
みんなで集まれたのは2020年のお正月の温泉以来で二年ぶり😭💕


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久しぶりの集合で楽しい時間が過ごせました(⁎˃ᴗ˂⁎)


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今年もバアバの作る大好きなお雑煮と茶碗蒸しも食べれたし💛


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ロールケーキとチーズケーキを持って行ったんだけど、妹がスイーツを作ってきてくれてた🎵
いつも簡単な物なんだけど、何かしらスイーツを作ってきてくれるので嬉しい🎶


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チビ&チビコにいっぱい撫でてもらうこむちゃん


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妹の旦那さんにちゅっぱするこむちゃん


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チビコにガムを食べさせてもらうこむちゃん


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そして今年もまたチビコがお年玉をくれました


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中学生・高校生と、成長するにつれて部活とか忙しくなって、なかなかゆっくり会える時間はなくなってるけど、
いつ会ってもこむちゃんをかわいがってくれるし、本当にかわいくてかわいくて仕方ない😍

二十歳になったチビもそう。
体は大きいし、もう春には社会人3年目になるのに、私の中ではいつまでも小さい頃のままかわいくてかわいくて仕方ない😍

二人に会うとめっちゃ嬉しいやら癒されるやらで、アドレナリン?アルファー波?出まくって、大袈裟じゃなく心が満たされる(*´д`*)(笑)
髪を触ったり、あちこちボディタッチするおばをイヤがらず受け入れてくれて
『かわいい』を連呼するから笑ってる二人。
なんでこんなにかわいいの😭💕(笑)
名残惜しい帰り際には必ずハイタッチでオテテをムギュムギュ😁


●2日(日)
この日の夜、お義兄ちゃんが帰省したのでお迎えに行き、旦那の実家でごはん。


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大晦日の時に使いきれなかった物や、前日のバアバのうま煮なども入れて
こうやって詰めればそれなりになる(?)😁


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また退屈なこむちゃんはネンネ


大晦日に続き、お義兄ちゃんも加わって、お義母さんの話は尽きません😌
でも!それ以外の話!
政治だの歴史だの、私にはチンプンカンプンな話。
お義母さんがいないと私も退屈( ´д` )


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帰宅後、こむちゃんは気分転換にマット遊び


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疲れてグッスリ💓


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●3日(月)
この日のお散歩はめっっちゃ寒かった💦
気温は-8度、でも風が強いから凍えそうで💦
それでもこむは元気いっぱい楽しそうだった、すごいな😅


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夜はバアバのお雑煮と茶碗蒸しを目当てにまた私の実家へ😁


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また退屈でネンネ(笑)

実家に行くと、かなりの確率でジイジが旦那に頼み事をしてきます(¯―¯٥)
今回はPCのこと。
元旦に集まった時もそうだったから、お正月早々にさすがに旦那がかわいそうなので
『また次の時ね』って私が中断させたので、その続き💧


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バアバのベッドの上からお父さん(旦那)の作業を見つめるこむちゃん


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私とバアバに撫でられたりしながら


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眠くなってきちゃった


うちらも連日だったので疲れてて、21時頃には帰りました。


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●4日(火)
この日はお義母さんの初めての月命日。
なんかこう『お義母さんの月命日』って言葉すら、まだ違和感がありすぎる。
あれから1カ月が経ちました。
すごく濃い日々だったので『まだ1カ月!?』とも思うし、
お義父さんも『5年くらい経った気がする(笑)』なんて言うし😅
だけど、入院前の元気な姿が浮かんで、もう1カ月も経ってしまったなんて信じられなくも思うし。

お義母さんはピンクが好きだったので、骨壺カバーも棺もピンクにしました。
とてもかわいい❤️


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そして昨日のお散歩🐾


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少し積もって除雪が入ってないので歩きにくいし、
風が強く吹くと雪が舞って軽~く吹雪みたいになるので大変(*_*)


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今日は旦那が仕事始め。
本当は29日~5日までの8連休だったんだけど、
そのうち3日間は点検に出てたので、実質5連休って感じでした。

初詣はまだ行ってないし、初売りも興味ないし、スキーやスノボもしない我が家。
大したことはしてないくせに毎日ずっと時間に追われてる感じでした💦
休み中にのんびり一つくらい映画か録画してたドラマを見たかったんだけど、結局一つも見れず💨
本当に大したことはしてないから忙しいアピールしてるわけではなく(笑)
そもそも、起きるのが早い時で9時、だいたいは10時~10時半、これがそもそもの敗因か( ¯ω¯ )

昨日は身支度してる時に、録画してたCDTVをつけたんだけど、
JO1とINIちゃんが出てたのを今さら知った(°ω°)!
あの年越しSPは毎年録画する❣️
ジャニーズの年越しも❣️紅白も❣️
だけど実際に年越しする時は静かな『ゆく年くる年』(笑)


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大晦日って、なんであんなに普段の空気と違って感じるんだろう。
『もうすぐクリスマス🎄』ってワクワクするのと、クリスマスが終わって大晦日までの雰囲気が大好きだなぁ。
お正月も好きだけど『もう元旦終わっちゃった』『もう三が日終わっちゃった』っていうのが妙に悲しいから💧

だけど、なんてことない日常を過ごせるのが一番幸せなこと💡
もう誰一人欠けることなくみんな元気に過ごせるといいのにな。

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いつもなら妹家族と実家に集まるクリスマス🎄🎅🏻
去年はコロナで中止😭
そして今年はツリーすら飾る気持ちもなかったんだけど、
クリスマスが近づくにつれて、それも寂しくなってきた💦
こむちゃんとツリーの写真も残したかったしね。


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で、去年も言ってたんだけど、もう今までのツリーに飽き飽きしていて
ブルー・シルバー系だったオーナメントを買い替えようかとも思ったんだけど、
思い切ってツリーを新しく買いました🎄
思い切ってと言っても高い物じゃないんだけど(笑)


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ブランチツリーにしてみた✨
オーナメントは前からあるやつ、100均の。
急遽思い立って注文したので間に合わないかもと思ったけど
ギリギリ23日に届いて良かった🎶
今までのは120センチ、これは90センチ。
最初は『ちっさ💦』と思ったけど、こうしたらちょうどいいかも。


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無事にこむちゃんのクリスマス写真も撮れて良かった🐶


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毛が伸び放題で、なんかすごい貫禄が(笑)


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来年はオーナメント新しくしたり、
何かクリスマス雑貨も買いたいなぁ。


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ちなみにこのフレグランスジェルライト?アロマジェルキャンドル?
3年前にお義母さんが札幌での定期検査の帰りに
お土産に買ってきてくれたもの🎁

イブの日、お義父さんサンタが来てくれました🎅🏻
ちょうどこむのトイレをお風呂場で洗ってた時だったようで、チャイム鳴ったの聞こえず、LINEで気付きました。


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ケーキとチキンとシャンメリー🎂🍗🥂
いや~、嬉しかった😭
なんかもう気持ちが嬉しすぎてジーンと来て涙ボロボロ(笑)
これが普段のクリスマスなら、さすがに泣かない(笑)
今年はやっぱりね、お義母さんのことがあったばかりで、
お義父さんだって誰より辛くて、そして疲れてもいるのに、優しさがありがたくて😭
そして、お義母さんの気持ちも入ってるような気がして、泣きながら掃除してました😂


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旦那の実家の近くにある、めっちゃ昭和なケーキ屋さんのもの😁
このピンクのリボンも懐かしい~っ(笑)
スポンジはボソボソだけど、バタークリームのチョコクリームがおいしかった❤️


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こむちゃんは今年は豆乳イチゴケーキ🍰


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プレゼントは特になかったけど、
去年買って良かったダウンを色違いで購入。


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これ着てるとバームクーヘンみたいだし、ずんぐりむっくり感が最高😍
雪遊びする人間の子供のようにすら見えてくる親バカ😍


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今年も残り2日。
年末ギリギリ、体をカットして、顔もカットして、今日はシャンプーもしてスッキリ一安心✨
疲れてネンネしてるこむむちゃん💖


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大晦日、本当は自宅でゆっくりしたいけど、さすがに今年は旦那の実家で過ごします。
うま煮とか茶碗蒸しくらい作ろうかすごく迷ったけど、
今年はすごく疲れてるので何も作らないと決めた‼️😅
おせち予約しようかとも迷ったけど、旦那と相談してそれもやめて、
重箱に買った物を詰めて持って行くことで決定🎵
元旦には私の実家で妹家族と集まって、
二日にはお義兄ちゃんも帰って来るので旦那の実家へ行く予定🎍
寂しい気持ちは消えなくても、みんな少しでも楽しい時間になるといいな。


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今年もありがとうございました🙇🏻‍♀💕
良いお年をお迎え下さい✨

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秋のこむむちゃんの写真を載せていなかったので、今日はそれを残しながら🐶💕


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お義母さんが亡くなって17日。
まだまだ色んなことが思い浮かびます。
旦那と毎日尽きない話の中で急にボロボロ泣けてきたり😢
二人で『おかあさぁぁ~ん(」´Д`)」』ってちょっとふざけて笑ったり😁
そしてやっぱり、コロナのせいもあって何もしてあげられなかったことへの悔しさ、
何度も何度も同じ話になります。
一日中しんみりしてはいないけど、
なんていうのか、深い悲しみと寂しさが胸の中に大きくある感じ。
本っ当に再発してからの2カ月半はあっというますぎたので、
あのお義母さんがもういないなんて、まだ信じられなくて、
夢なんじゃないかって思うことも💦


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大晦日は、今年は私の実家で次の年は旦那の実家でと
毎年交互で年越ししてたのが懐かしい。
いつだったか私の実家で年越しする番、お義父さんから元旦に泊まりに来るよう誘われて、
私は『交互にしてる意味がなくなるしょ(`ω´)』と旦那に文句たれてたことがあったな😅
旦那・お義父さん・お義兄ちゃん、男性陣の話は政治だの歴史だの車だの、
私にはチンプンカンプンな興味ない話題ばかりで面白くない😑
子供もいなくて大人5人で何が楽しいんだろと、すごく辟易してた時期もあった( ˘ω˘ ; )


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昔はドライブもよく誘われて、今ほどではないけど当時も長距離ドライブは苦手だったので、
『行きたくな~い( ´д` )』って思ってたし、
まだうちの車が7人乗りじゃなかった時、私はいつも助手席だったけど、
お義兄ちゃんが帰省してた時には大人5人満席状態で、いつも旦那に『二台で分かれて行こうや』と促してたり😑


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お義母さんだけじゃなく、お義父さん・お義兄ちゃん、旦那の家族はみんな優しくて、一度もイヤなことなんて言われたことないんだけど、
それでもやっぱり義実家との行動を自分から積極的に、とはなれなかったなぁ。
よく一緒に温泉一泊も行ってたし、行ったらそれはそれで楽しかったんだけどね。

直接お義母さんとの思い出話ではないけど、なんかあーいう時代も懐かしいなぁって蘇る。


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2012年に団地を出て、今の一軒家になってからは
大晦日はどちらの実家にも行かず自宅で年越しするようになって。
2013年にこむちゃんを迎えてからは、こむちゃんの車酔いの心配や一泊させるのにも不安があって、一緒にドライブも温泉も行かなくなって。
これはうちのバアバにも『こむちゃん来てから全然一緒に出かけてない』って言われたけど💦


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そして逆にうちらから軽くドライブとか誘うようになった時には、
トシをとってきた親は億劫になって誘いに乗ってこなくなり💦
せいぜい一緒にお墓参り、一緒に外で焼き肉くらいとか。
2016年にはお義母さんが膵臓癌になって、
近年はコロナもあって、本当に一緒に出かけることはなくなっちゃってたし、
近くに住んでるけど、お義母さんがかなりコロナを警戒してたので一緒にごはん食べるどころか、
顔を出すのも1カ月に一度くらいもザラ。
さすがに私も自ら『ちょっと実家行ってみないかい』って言ってたけど。

そう思うと、再発するまでのこの5年間、本当はとてもとても貴重なご褒美のような時間でもあったのに(膵臓癌は見つかった時点で末期がとても多いので)、
いくら本人の気持ち、コロナ禍とはいえ、
もうちょっとお義母さんとの時間を作れたんじゃないかと悔やまれます。


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印象強く残っているのは、
膵臓癌が発覚して地元の病院を退院後、
初めて4人で札幌医大を受診した2016年の暮れ、12月27日。
雪道でツルツルガタガタなので、トイレタイムのたびにお義母さんと手を繋いで、札幌に着いてごはん屋さんの行き帰りも手を繋いで。
お義母さんと手を繋いで歩いたのはあれが初めてだったので、なんかとてもホッコリする思い出。


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再発してからの2カ月半は辛いことばかりだったけど、その中でもちょっと笑えた話。
亡くなる二日前、モルヒネ投与後に呼吸が浅くなってお義父さんと旦那が駆けつけた夜、
少し落ち着いて意識もあり、お義母さんが『帰っていいよ』と言った時のこと。
お義父さんと旦那はお義母さんの手を握ったんだけど、
旦那のモノマネによると、お義母さんは弱々しい声ながらも『アルコール、アルコール』と。
『ウェットティッシュを取ってくれ』ということだったらしく渡すと、握られた手を一生懸命拭いていたらしい(笑)
しかも『もう一枚☝️』とまた拭き拭き(笑)
そして在庫も気にしていたらしく😂
あんな状態の中なのにね😅
コロナを警戒して小銭や買ってきた物を全部除菌してたお義母さんらしくて🤭


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もう一つは、緩和ケア病棟にいた時のこと。
寂しいだろうとお義父さんがリビングに置いてあるぬいぐるみを持って行ったんだけど『こんなの持って帰って』と、
何を持って行っても『必要ない』と返されてばかりで、夫であるお義父さんにはきつく当たることも多かったんだけど。
ある日、カーディガンを買って持って行ったら案の定いらないと。
でも『16,000円したんだぞ』と値段を聞いた途端に受け取ったらしい😂

この二つは笑い話として、旦那は親戚にも聞かせてみんなで笑いました🤭


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10月20日に余命宣告されてからは、
一日一日が過ぎるたび『今日は大丈夫だった』という安心と、
『年を越せるかどうか』と言われてたので、一日一日今年が終わりに近づくのが不安というか怖いというか。
朝になるたび『今日は大丈夫かな』『お義母さんにとっては苦しい一日の始まりなのかな』とか、
とにかく色々考えて毎日辛かった。
いよいよ12月に入った時、カレンダーの31日分の日にちを見ながら『本当にこのどこかで亡くなるの?』って、
でもそう考えた早々に急変してしまったんだけどね。
そんな風に毎日がお義母さんのことでいっぱいだったから、
もうお義母さんを心配する必要がなくなった今もその感覚が残っていて変な感じ。


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お義母さんとは気を遣わず話をするし、仲良くしていたけど、
二人だけで買い物とかランチとかするような、
特別にすごく仲のいい友達みたいな嫁姑というわけではありません。
でも、実の親とはまた違うけど、いて当たり前の大切な家族。
元気な頃、普段はマメに会わなくても平気だったのに、亡くなって会えなくなるっていうのは本当に悲しくて寂しいものだね😣


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まだ色々やることは残ってて落ち着かない面もあるけど、
みんな体調崩さず年末年始を過ごせるといいな。
お正月にはお義母さんにもおいしい物をお供えしたいな👵🏻

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12月4日(土)11時42分
お義母さんが亡くなりました。

前回のブログから、その後の様子も書ける範囲で残しておきたかったんだけど、日々変化する容体にそんな余裕はありませんでした。
こういう話は手元に書き残せばいいのかもしれないけど、長く続けているブログなのでここに残したいので、長文になっています💦


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入院してからの病院での説明は病棟だったので、
コロナの規制で私は同席できず、
もちろん面会はみんな一切できず。

あれからお義母さんは、一番痛みが強い右肩骨への放射線が終わり、
右足付け根への放射線を始めたんだけど、
もう癌で骨がとけてきていて骨折の危険があり、
骨折予防の手術もリスクがあるのでできず、
車椅子になって今後歩くことはできないという状態になっていました。
そして10月20日には余命宣告をされ、年を越せるかどうかと。

とにかく面会ができないので様子がわからない毎日。
貴重な一日一日が何もできないまま過ぎて行くのが本当にもどかしかった。

お義父さんが毎日通って、看護士さんを通して洗濯物の受け渡しをしていたんだけど、
その時に入ってるメモ書きと
一日に一度だけ送られてくるメールだけが唯一お義母さんからのコンタクト。
だけど早々にそのメモも字は乱れ、支離滅裂なことを言っていたり、
スマホも使えなくなってきたりと、
強い痛みのせいなのか、強い痛み止めのせいなのか、強い不安からのせいなのか、わかりませんでした。


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入院から1カ月過ぎた頃、緩和ケア病棟に移り、
制限付きではあるけど面会ができるようになりました。
久しぶりに会えたお義母さんは、
なんとか起き上がることはできるものの、
私たちと目を一度も合わさないというか虚ろで、
会話も旦那が話し掛けることに振り絞るような声で答える感じで、その姿はショックでした。
私は掛ける言葉が全然見つからなくて、旦那の話すことに一緒に相槌を打つくらい。

1カ月の間、家族にも会えず一人で痛みと恐怖と闘っていたからなのか、
看護士さんにも言われたんだけど、
少し認知機能が落ちている面や、鬱状態になっている面がありました。

でも、緩和ケア病棟にいた数日間、もちろん『元気いっぱい!』ではないものの、
『今日は元気だったね』って思える日もあって。
ポツリポツリでも、いつもよりは発する言葉が多かったり、
旦那のことも私のことも、しっかり目を見てくれる日もあって、あれは本当に嬉しかったな。
しかも『みぅちゃんのこと、看護士さんがいいお嫁さんだねって言ってたよ』って。
そんなの看護士さんのお世辞でも、あんな状態の中でそれを伝えてくれるお義母さんの優しさが
これを打ってても泣けてきます。

緩和ケア病棟はとても親身にしてくれました。
お義母さんの人柄など知るために家族への聞き取りも丁寧で、本当にありがたかった。


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旦那は心身共に疲弊しているお義父さんの代わりに全てを対応していたんだけど、
二人がぶつかってしまった日があって。
旦那も辛い中で色んなことに気を配りながらやっていたし、
お義父さんも積み重なったやり場のない辛さで、
お互いそれが爆発して泣きながら大声で言い合いになり、
普段仲のいい二人のあんな姿見たの初めてだし、どちらの気持ちもわかるしで私も泣いて。
結局みんなお義母さんを想う気持ちは一緒なので和解できたけど、あれも辛かったな。


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色々事情があって転院をしなければならなかったんだけど、
転院前に一泊だけでも家に帰らせたいのでポータブルトイレを用意し、介護用ベッドの手配も進めてたんだけど。
この時私は、もちろん帰らせたいと思っているのに、トイレ介助の不安などモヤモヤした気持ちもあって、
でもそんな風に思う自分もイヤで。
結局、お義母さん自身が外泊することへの不安が大きくて帰らないという決断をした時は、
とても複雑な気持ちになりました。

『外泊は無理でも外出という形もある』と看護士さんに提案され、
みんな全然思いつかなかったので大賛成で、本人に話そうとした矢先に転院が決まり諦めざるを得ませんでした。


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転院後の面会はお義父さんだけ特別に許可されました。
それまでの広くてキレイな病院と違って、建物も古く『病棟の空気感からして滅入る』とお義父さんは言っていました。
看護士さんたちも緩和ケア専門ではないので今までとは対応も違ったようで。
お義母さんは『何を言っても聞いてくれないから言わない』とか、
もう食欲も全然なくなっていたのに、下のお世話を気遣って更に食べないようにしたりと、
ものすごく気を遣っていたようです。


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転院して一週間経った頃からガクッと調子が下がり始めました。
お義父さんが言うには『生きるのを諦めてる』と。
それまでは、急変しない限りなんとか年は越せるかもと希望もあったんだけど、
本当に年を越せないかもしれないとみんな思い始めました。
悲しい気持ちだけのまま病院で死を待つなんて、そんな最期にさせたくなくて、もう退院させて自宅で看ようとみんなの意見が一致。
お義父さんも帰らせたいのは山々、でも家で看るのも不安が大きかったんだけど、
使える介護サービスをフルで使って、もちろん私たちも協力するからってことで決心し、
私も、外泊の話が出た時にあったようなモヤモヤは一切なくなり、
もうどうにでもするから帰らせたい一心でした。

明日本人の気持ちを聞こうってことになった翌日、モルヒネの投与が始まりました。
その日の22時頃に病院から連絡が入り、呼吸が浅くなってるとのことで、
お義父さんと、入れるかわからない旦那も駆け付けました。
呼吸や血圧が不安定だったけど少し落ち着き、意識もあって、
お義父さんは泊まり込むつもりだったけど、お義母さんに『帰っていいよ』と言われ二人とも0時過ぎに帰宅。
急変もありえるのですぐ連絡つくよう言われてたんだけど無事に朝を迎え、旦那も午前中出勤。
面会に行った時には眠っていたので顔だけ見て帰宅。


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翌日、4日(土)。
10時過ぎに血圧が低下してると連絡が入り、お義父さんと旦那が駆け付け、
旦那からの連絡で『今日かもしれない』と。
私も面会できるのか確認をとってもらっていて、すぐタクシーで追うつもりだったんだけど結局許可されませんでした。
強引にでも同行していたら、もしかしたら会わせてもらえていたのか悔やまれます。
そこでもう、私はお義母さんのことを看取れないんだと確定したので落胆しました。
旦那が『LINEで動画なら繋げる』と言うけど、そんな状況を撮影させるのもためらいがあり、
遠目から少しだけ様子を見せてもらいました。
ベッドに横たわるお義母さんが写った瞬間に泣きじゃくってしまった。
電話を切り、亡くなる連絡を家で待つしかない状況に耐えられないので
自分の実家に行くことにして泣きながら準備していたら
旦那から『亡くなりました』とLINE。
電話を切ってからたった15分後のことでした。
まさかこんなにもあっというまに逝ってしまうなんて。


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『家族が亡くなると悲しんでるヒマがないくらい忙しい』とは聞くけど、まさにバタバタ。
棺を置くスペースを確保しないといけないので、
ベッド二つを外に運び出したり、ソファーを隣の部屋に移動したり。
高齢のお義父さんにはさせられないので、旦那と汗だくでやりました。
義実家は暑いし狭いしゴチャゴチャしてるから大変。

そしてやっとお義母さんが家に帰って来れた。
痛みのコントロールのため、急遽慌ただしく入院して、まさかそのまま帰って来れなくなるなんて、あの時は思っていなかったのに。
でも、お義母さんはとっても安らかな顔をしていました。
夏からずっと痛みに耐え、夜もまともに寝れず、本当にどれだけの痛みだったのか・・
すごく悲しい気持ちと、やっとゆっくり眠れたねっていう気持ちが入り乱れます。

家族だけで見送ってほしいというお義母さんの遺言があったので、本当は誰にも知らせないつもりだったんだけど、
近くに住んでいる弟さんや妹さんもいるし、やっぱり黙ってるわけにもいかず。
道外の親戚も来て少人数の親族でお見送りをしました。
自宅葬という形にしたので、本当に色々大変だったけど、お義母さんを家で少しでも長く寝かせてあげられ、
私たちも、よりそばにいられたので良かった。
こむちゃんも火葬場以外はずっと一緒に過ごせたしね。


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お義母さんは誰の陰口も言ったりしない、優しくて誠実で強い人でした。
結婚してから23年、一度もイヤなことなんて言われたことないし、
私がいない所でも『みぅちゃん、みぅちゃん』と気遣ってくれていたのを知っています。
おかずを届けていた時は、返してくる食器と一緒にメモ書きも入れてくれてたり、
札幌に検査に行くたび、遊びに行ってるんじゃないのに必ずお土産を買ってきてくれたり、
本当に良くしてもらいました。
私は看取ることができず、息があるうちに最後の『ありがとう』を言えなかったことがとっても悔やまれます。
伝えたかったことをたくさん手紙に書いて棺に入れました。


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葬儀を終えた今も、毎日やることがたくさんで、家に戻ると23時過ぎ。
ゆっくりお風呂に入りたいけど早く寝たいからシャワーにして、布団に入ったら5分もしないうちに朝まで爆睡の毎日。
正直めっちゃ疲れてて、毎日泣くから目はショボショボ。
でも、いい嫁ぶって言うんじゃなく、これも全部お義母さんへの感謝だと思って一つ一つこなしています。
何度ありがとうを言っても足りないくらい感謝でいっぱいです。

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9月28日は家族記念日👨🏻🐶👩🏻
こむちゃんが来て8年経ちました💖


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初めて我が家に来た日
こんなにちっちゃかった(⁎˃ᴗ˂⁎)


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いつのまにか、こんなに大きくなって😭💕
いくつになっても、いつでもず~っとかわいくて仕方ないこむむちゃん💖


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去年のブログ見返したら、去年も同じプリンケーキだった🍮(笑)


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こむちゃん、まだまだず~っと元気でいてほしいな。
ず~っと一緒にいたい😌


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ここからは、お義母さんの記録を残しておきたいので、関心持たれた方だけ🙇🏻‍♀
明るい話ではありません。


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●2016年12月
膵臓癌が見つかったお義母さん。
地元の日赤では手術ができず、札幌医大で手術可能となりました。
手術前に抗癌剤治療(TS-1とゲムシタビン)。


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●2017年3月
無事に手術終了。
膵臓癌は見つかった時点で既にステージ4で手術できないことが多いので、
本当にありがたかったです。
ステージは2a。

再発予防のための術後の抗癌剤治療(TS-1)は、
副作用がきつすぎたため途中で中止。

その後、3カ月ごとに医大で定期検査。
そのたび結果が怖いし、怪しい影が見えた時などもあったけど、
『異常なし』の結果に毎回胸を撫で下ろしてきました。

手術ができるのはほんの一握り。
そして手術できても再発の可能性が高く、5年生存率がとても低い膵臓癌。
2年経った頃には3カ月ごとの医大での検査も半年ごととなり、
たびたび『もう○年○カ月経ったね!』
『お義母さんすごいね😆』って旦那と話していました。


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今年12月には発覚から5年、来年の3月には術後5年、
大きな節目を迎えようとしていた矢先、
7月頃から肩が痛くて整形外科に通っていました。
50肩と言われたものの一向に良くならず、別の大きな整形外科でMRI。
詳しいことは言われず、日赤へ行くように言われる。
ちょうど医大での検査日が近づいていたので、
医大の整形外科の予約も手配してもらえました。


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●9月16日(木)
医大での検査の結果、左肺と右肩骨に転移。

コロナのため、地元に戻って2週間経過してから日赤に来るよう指示されたんだけど、
急遽、家族で来るように呼ばれる。


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●9月24日(金)
義両親と私たち4人で消化器内科で説明受ける。

他にも転移がないかPET検査をする。
転移がなければ、まずは肩の痛みを抑えるために放射線治療。

それを終えたら抗癌剤治療。
前に使った抗癌剤(TS-1)は副作用が強くて続けられなかったけど、
他の抗癌剤(FOLFIRINOX)はそれより更に強いからオススメしないと。
前に使ったもう一つの抗癌剤(ゲムシタビン)は、前と同じくらいの副作用は出る可能性があるけど、
頑張ってみる気持ちがあるならやってみましょうとのこと。
やってみて、やっぱり続けられないとなったら抗癌剤をやめて緩和治療。
やってみるか、最初から緩和だけにするか家族で話し合って決めて下さいとのこと。

先生はどちらでもアリだと思うって。
辛い抗癌剤で体調悪い日が増えるより、
緩和で自分らしい生活を送る、ってね。

お義母さん、ストレスで顔面神経痛に。
以前にもなったことがあるんだけど、
お義父さんが言うには、その時よりも酷いと。
私たちと日赤で別れたあと、顔面神経痛の方の病院へ毎日の点滴に向かいました。


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●27日(月)
お義母さんPET検査


●28日(火)
4人で放射線科の説明受ける。
PET検査の結果、左肺と右肩骨だけじゃなく、左肩骨にも転移。

とにかく右肩の痛みがかなり酷くて、
肩から手首の方までも痛みが出ていて、
強い痛み止めも効いていない状態。

でも、一週間毎日放射線をあてて、
それで痛みはほぼ抑えられるらしい。
右が終わったら次は左に一週間の予定。

他の転移の有無は、消化器内科の受診の時に教えてくれるとのこと。
でもなんかチラッと『あるねぇ』みたいに言ってたのが聞こえたんだよね。

そしてお義母さんは、放射線の前準備で午後からまた出直し。
病院にかかるだけでも疲れるのにね。
夜痛くて寝れなくて起きるから、お義父さんも目を覚ます、
二人の疲弊してる姿がかわいそうで。


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●29日(水)
夜、日赤から明日入院するようにと急な連絡が来て義両親はバタバタ。
痛み止めを変更するので、そのコントロール?だとか。


●30(木)
お義母さん入院。


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●10月1日(金)
当初から予定していた消化器内科での説明。
全ての転移の有無がはっきりわかる日でもあり、私も行くつもりだったのが、
コロナなので本当なら家族は一人だけ、
でもお義父さんは高齢なので旦那も同席。
私はお留守番になりました。

結果、既にわかっていた左肺・右肩骨・左肩骨の他、
右腕・首・腰・右足の付け根、全身あちこちの骨に転移していました(内臓は言われなかったらしい)。
これからは痛みと転移のスピードとの戦いになるそうで、
来週から放射線が始まるけど、どこまでできるかと。

それと、骨折を防ぐ治療を並行。
おそらく抗癌剤治療は無理で緩和ケアになるんじゃないかと。
抗癌剤は、やっても余命が2~3カ月延びる程度のもので、
その2~3カ月も副作用で寝込むことになるくらいなら緩和ケアの方が、ということらしい。
ステージは4bで、余命ははっきり言わなかったらしいけど、
今までも自分なりにネットで膵臓癌を調べたり、
闘病している方、されていた方のブログもたくさん読んできた中で、
だいたいの検討はついてしまう。

そして、今は入院して痛みを抑えてるわけだけど、
実はこの前まで飲んでた痛み止めより弱いものらしい。
入院してるという安心感から痛みが和らいでるらしく。
このままずっと入院はできないので、
自分で精神的(?)にコントロールできるよう慣れてから退院になるそうです。


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なんか急にこんなことになってしまった感。
腕の痛みがまさか骨転移だったなんて。
しかもあちこちに。

膵臓癌が見つかった頃は何度も泣いたのに、
転移が見つかった今、旦那も私も一度も泣くことはありませんでした。
きっとこの約5年間、いつかはこういう時が来るって思ってきたから、
どこかで覚悟ができつつあったのかな?と思ったんだけど、
昨日、旦那と二人で喋っていて旦那が、ここまで元気にいれたことを感謝する言葉を言った途端、
二人してボロボロ泣けてきて😭
二人で『こんないきなり泣くなんて😂』って笑いつつも涙が止まらなくなっていました💦


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自分の親なので、旦那はもちろんのこと、
血の繋がりのない嫁の立場の私も
家族になってもう20年以上、辛いのは当然で。
できるだけ気持ちを切り替えられるようにして、
自分たちの生活や体調も大事にしながら、
やって行きたいと思います。


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これからきっともっと辛い状態になってくるはずなので、
とにかく痛みだけは抑えられて、
一日でも長くお義母さんが穏やかに過ごしていけることを祈っています。

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