猫と食事と西荻窪、ときどき旅する車椅子

ライター・みわよしこの日常つれづれ話



2013年11月

現代の「橋のない川」

「橋のない川」は、住井すゑの小説のタイトルです。
部落差別が目に見える深刻な問題であった時期、被差別部落への経路となる道や橋は設けられないことが少なくありませんでした。目の前の集落へつづく道がない・目の前の集落へ渡る橋がない風景は、言葉よりもずっと雄弁に、そこにある部落差別を物語っていました。
その後、いわゆる「同和対策事業」が盛んに行われました。その時期に数多くの道路や橋が設けられたため、「道がない」「橋がない」という風景を見ることはなくなりました。
では、目に見える差別はなくなったのでしょうか? そんなことはありません。
あなたの地域の福祉事務所は、もしかすると、現代版「橋のない川」なのかもしれません。

社会保障、特に生活保護について取材・執筆する機会の多い私は、北海道から九州までの日本の各地で福祉事務所を訪れています。
最初の動機は
「自分に辛く当たるケースワーカーがいる」
というような話を当事者の方に聞いたことです。私は、その方の地域を所管している福祉事務所を訪れ、担当ケースワーカーがいるようでしたら直接お話したいと思いました。とはいえ、不用意に
「受け持ち世帯の被保護者の方に辛く当たってませんか」
「 ◯◯さんが辛く当たられて苦しいと言っています」
とか言うわけにはいきません。かつて報道で重要視された「情報源秘匿の原則」の意味や重要性は、時代とともに変わってきていますけれども、 ケースワーカーに対する生活保護当事者のように政治的に弱い立場の方が情報源である場合には、現在でも情報源秘匿は重要な原則であると私は考えています。
だから、もし、そのケースワーカーさんにお目にかかることができたとしても、受け持ち世帯の方の話はできないというもどかしさがありました(このような場合には、「私が直接何か言う」という形ではない手段を考慮する必要があります)。
「生活保護について書くことの多いライターで、用事があって近くまで来たので、この地域の福祉事務所を見学させていただきたくて来ました」
と話し、本当に一般的な資料だけを頂戴し、可能であれば地域の事情を伺うのが精一杯です。長くても10分を超えることはありません。先方もお仕事中なのですから。
ところが、いくつかの福祉事務所で、このような取材ともなんとも言いがたい立ち話(車椅子族の私は座っていますが)を繰り返しているうちに、この1分~10分程度の立ち話で得られるものの大きさに気付きました。
最も得るところの多い収穫は、福祉事務所の建物やカウンター・机その他の什器・人員の配置を「わが目」で確認できることです。福祉事務所の建物は、自治体の通常の庁舎とは別の場所にある場合もあります。それ自体は、「福祉事務所に出入りする姿を見られたくない」というニーズへの配慮かもしれません。でも、いかにも「番外地」というような場所に福祉事務所相当部門を設け、プライバシーへの配慮もなにもない什器配置をしている福祉事務所もあります。もしかすると、建物やその位置づけが、お金をかけずに出来るはずの配慮までしづらくしているのかもしれません。
同じように「福祉事務所に出入りする姿を他人に見られにくい」というエントランスであっても、背景は大いに異なります。「配慮して、その人なりの自立を支援する」でもありうるし、「密室でさらに恥ずかしい思いをさせ、差別し、支配する」でもありえます。そして、建物や什器配置ほど雄弁に背景を物語るものは見当たりません。

素晴らしい例を一つ紹介します。
江戸川区の、ある福祉事務所(正式名称は異なります)の建物を正面から撮影したものです。福祉事務所への入り口は、左手奥にあります。


さらに見るべきことがあります。表示はどうでしょうか。漢字にふりがなはあるでしょうか。日本語以外の言語はあるでしょうか?

上の写真と同じ福祉事務所の中にある表示です。外国人の生活保護受給に関しては多様な意見があることを知っていますが、私はそれでもなお、言葉もままならない異国で困窮した方々への配慮は大切だと考えます。
こういうことの出来ない国、あるいは、こういうことを快くないと考える国民が多数いる国は、オリンピック・パラリンピックだからといって、外国の方に対する「おもてなし」を云々すべきではありません。

これでも足りないかも。他にスペイン語・ポルトガル語・タガログくらいは必要でしょうね。


トイレはどうでしょうか? 実際に障害者が問題なく利用することのできる多目的トイレが存在するでしょうか? 時期によりますが、生活保護当事者の相当の比率は障害者・傷病者に占められています。高齢で歩行が困難になりつつある方々も含めると、生活保護当事者の半数程度は手すり・トイレに関する配慮などを必要としていると考えられます。それらの「インフラ」は十分でしょうか? 自力移動・自力での日常生活が可能なように配慮することもできない自治体に、「経済的自立」「就労自立」とか言われてもねー。

見るべきものは、まだまだ他にもあります。
相談や申請目的での来所を拒むかのように、いかついガードマンがエントランス付近を警備していないでしょうか? もしそのような風景が見られるならば、その自治体がタテマエの世界で何を語っているとしても、生活保護行政にはあまり期待できません。
「いや、そういう目的でのガードマンではなくて」
ということにはなっているでしょうけれども、いかにも圧迫するかのようにガードマンや警察OBを配置している自治体は概ね例外なく、水際作戦その他の悪評が高い自治体でもあります。

口から出る言葉・表示したりインターネット上で公開したりする文字や文章を整えることは、建物を整えることに比べればずっと容易です。そしてそれらは「ホンネと裏腹のタテマエ」でもありえます。しかし、建物には「ホンネと裏腹」はありえません。良くも悪くもホンネだけが現れます。タテマエとホンネを使い分けたいのであれば、そのホンネが建物に現れます。
残念ながら、正式に取材申し込みをしているのでもない限り、福祉事務所の中で写真撮影を行うことは困難です。写真撮影を許可していただけたとしても、相談などで来所している当事者の方のプライバシーを守るため、撮影は慎重に行う必要があります。机の上にケース記録らしきファイルが広げられていたら、それが写り込まないようにアングルを考えます。隠し撮りなど、もってのほかです。というわけで、私も多くの写真は持っていません。
写真は残せないとしても、見ておくことには多大な意味があると思うので、行って見てみることを続けています。

さて、あなたの地域の福祉事務所は、
「生活保護にまつわるスティグマを増大させる場として」
「生存権保障の基盤としての生活保護を運用する場として」
「水際作戦の現場として」
「最後のセーフティネットの拠点として」
……
どのようにありたい場なのでしょうか。

生活保護に関心があるなら、まず、お近くの福祉事務所に行ってみましょう。
建物を見てみましょう。そして、入ってみましょう。いかついガードマンがいたとしても、入ること自体を拒まれることはありません。 
にこやかなケースワーカーの前に鬱屈を浮かべて背中を丸める当事者がいたら、「まあひどい」という表情を浮かべてケースワーカーの顔を見てみましょう。かなりの確率で、その当事者は「にっこり笑って五寸釘」的なイヤミ攻撃をされていますから。
ささいなことばかりですが、そんなことの数々は、時間はかかっても、お住まいの地域の福祉全般を底上げしたり、後退を食い止める力になります。
「見られている」「隠せない」という意識があれば、時間がかかっても自治体は変わります。


以下、アファリエイトです。

当事者・経験者から見た生活保護が分かります。
生きることは、それだけで機会です。
そして生活保護は「生きることを正義として国が支える」を具現したものです。
恥であるわけがありません。


生活保護を経験した和久井みちるさんのご著書。
生活保護当事者であるとは、どういうことなのか、よく分かります。



生活保護をテーマとしたマンガ単行本。
水際作戦の実際、申請に行った困窮者から見た福祉事務所の姿も描かれています。


拙著です(ソフトカバー(左)・Kindle版(右))。

 

「アンパンマンのマーチ」を愛した猫

2011年4月のことだったかと思います。
震災後、東北ほどの激しさではないとはいえ余震が続いていた東京の住まいで、私はYouTubeでなんとなく音楽を探して聴いていました。
きっかけが何だったか思い出せないのですが、合唱版「アンパンマンのマーチ」に行き当たりました。



膝の上には、猫の悠(♂・当時13歳)がいました。丸くなって寝ていました。
「アンパンマンのマーチ」が流れだすと、悠はむくりと起き上がり、「居ずまいを正す」という感じで聞き入りはじめました。
私はびっくりしました。
悠は音楽が好きな猫ではありましたが、そんなふうに音楽に聴き入る悠を見たのは初めてだったからです。
私が、現在も続く連載「生活保護のリアル」につながる予備取材を始めかけた時期のことでした。

そのうちに悠は、
「アンパンマン聴くよー!」
と私が声をかけると、タタタタタと走ってきて膝に飛び乗り、粗い鼻息と喉のゴロゴロで喜びを示すようになりました。
「アンパンマンのマーチ」を聴く悠の姿です。合唱版です。
 

オリジナルも好きでした。
2012年秋から冬にかけては、アニメーションにも関心を示すようになっていました。


2013年3月2日、悠は14年9ヶ月の生涯を閉じました。
数多くの病気との闘病を3年3ヶ月も頑張り通してくれましたが、末期がんには勝てませんでした。

1963年生まれの私は、「アンパンマン」で育ってはいません。
1984年に一人暮らしを始めてからはTVを持っていません。
ずっと「アンパンマン」を知らないままだった私は、悠のおかげで、アンパンマンのマーチに親しむようになりました。
機会があれば、TV放映も見るようになりました。
そして、「アンパンマン」の価値観が大好きになりました。
そこには絶対の善や絶対の悪はなく、悪役も完全に殲滅されることはなく、平衡と共存があります。
たった一つだけ絶対の善があるとすれば「食べ物を誰かに与えること」です。

このごろ、ときどき、 悠はなぜ「アンパンマン」だったんだろう? と思います。
悠が大好きになったのは、私の大好きだった「琉神マブヤー」でも「快傑ライオン丸(古くてすみません)」でもなく、多くの子どもに好まれている「しまじろう」でもなく、「アンパンマン」でした。
それ以前の悠の音楽の好みは、「シンドラーのリスト」「スカボロー・フェア」といったものでした。好みが渋かったんです。
なぜ「アンパンマン」だったんでしょうか? 今でも不思議です。
 
はっきりしていることは、悠が「アンパンマン」を好きになってくれたおかげで、私は「アンパンマン」を知ることができたということです。
そしていつのまにか、「飢えた人を救うことこそが正義」という価値観が私に流れ込んでいました。

私の連載「生活保護のリアル」書籍「生活保護リアル」をはじめとする社会保障に関する仕事のテーマソングは、きっと「アンパンマンのマーチ」なのです。



以下、アファリエイトです。
拙著「生活保護リアル」です。


Kindle版もあります。


「アンパンマンのマーチ」が入っているCDです。
悠に他の歌も聞かせてやればよかったなあと後悔しています。


絵本です。悠に読み聞かせてやりたかった。
意味は分からなくても、何か通じるものがあったことでしょう。

木べらを動かす手の「神聖」

私は「食」に関わることに、大きな関心と時間を注ぎ込んできました。
美味しいものを食べることも料理も大好きです。
特に注目してきたのは、料理家の辰巳芳子さんです。
60歳前後に世に出られた辰巳さん自身の歩み、お料理の進化ともども、関心を向けていました。
辰巳浜子さん・芳子さん母娘のご著書からは、
「女性のキャリア形成」
「ワーク・ライフ・バランスの考え方」
など、さまざまな面で多くを学ぶことができます。

2012年、辰巳さんのドキュメンタリー映画「天のしずく」が作られたと知り、観たい観たいと思っておりました。

・「天のしずく」公式サイト
http://tennoshizuku.com/

・予告編


やっと数日前(11月21日)、東京都写真美術館で見ることができました。未見の方、ぜひご一見を。2013年11月29日まで。
http://syabi.com/contents/exhibition/movie-2128.html

辰巳さんご自身も、登場される方々も、居ずまい・お声・言葉の数々が力強く感動的です。
とりわけ私が強く感動したのは、宮﨑かづゑさんという女性がスープを作るシーンでした。
宮崎さんは少女期に発症したハンセン病(現在は完治)のため、左右どちらの手にも指がほとんど残っていません。しかし宮崎さんは、指のほとんどない手で、長年のお友達のためにスープを作りつづけました。
生命を支える食、その食を作って愛する者に与えたいと望む人間、その望みを実現しようとする人間の手。
私は、美しさに心を打たれました。指のない両手が木べらを握っているようす、その両手の動き。何もかもが美しいのです。茶道の達人の所作、世界トップレベルのバレエダンサーの動きにも通じる美しさがあり、それ以上なのです。
一言で言えば、「神聖」です。
指があるかないかなど、どうでもよいことです。

「生命は大切」と言うことは誰にでもできます。
でも、本当に生命を大切にすることは、容易なことではありません。
どうすれば大切に出来るのか。
日常の食から、大切にしはじめてみることならば、誰にでも出来そうです。
「天のしずく」は間違いなく、そのための手がかり、最初の一歩への勇気を与えてくれる作品です。


以下、アファリエイトです。

・「天のしずく」DVD・ブルーレイ


・辰巳芳子さんのスープについて、考え方や背景も知りたい方は、ぜひこの一冊を。私の愛読書の一つ。



・私が東京で一人暮らしを始めて間もない時期に購入した辰巳芳子さんのご著書。
保存食を身につけたいと思う方、必携。
残念ながら現在は絶版。

 

生活保護法改正案を利用して、憎い家族に「倍返し」する方法はあるか?

「水際作戦の法制化」をはじめとする批判の多い生活保護法改正案
さまざまな人々の反対にも関わらず、今国会で成立してしまうかもしれません。 
もちろん私も反対しています。どこが改正案なんでしょうか。改悪案です。
しかしその私の身近には、困窮者をさらに痛めつけるような政策は決して歓迎していないにもかかわらず、密かに改正案成立に期待している友人A氏がいます。年収1500万円の企業経営者です。
昔、自分を傷めつけた父親やきょうだいたちを今でも憎んでいるA氏の主張は

「だって、改正が成立したら、扶養義務が強化されて、三親等内の親族に姻族を含めて扶養照会が行くんでしょ? それを利用したら、 あいつらの顔を潰して生活をメチャクチャにできるじゃないか。オレ、生活保護法改正案が成立したら、生活保護を申請するんだ! 倍返しだ!!」

というものです。 
彼の目論見には実現の可能性があるでしょうか? あるケースワーカー経験者に尋ねてみました。
 
--年収1500万円でも生活保護の申請はできるのですよね?

「できます。資産が一億円あってもできます。申請書に必要な書類を添付して提出すればいいんです。必要な書類とは、給与明細、年金、固定資産、預金残高など、資産と収入の状況が分かるもの、それから現住所、住居の状況が分かるものなどです」

参考:「自立生活サポートセンター・もやい」サイトより
「Q&A・生活保護編」
生活保護の申請の実際、必要な書類などが良く分かります。

--この場合も扶養照会は行われるのでしょうか?

「まず申請した時点で、『あなたの息子さん(お兄さん)のAさんが生活保護の申請に来てます』 ということに関する通知が行きます」

 --世間体を重視する地方の方々には、それだけでインパクト大きそうですね。

「ただ、Aさんの場合、資産も収入もあるわけですから 、保護開始の決定はされません。だから、親族の収入・資産に対する調査は行われません。あれは『保護を開始しようとする時』に行うものですから」

 --うーん。それでは、破壊力はあまり期待できませんねぇ……。

生活保護法改正案に含まれている矛盾や穴をうまく突けば、「ウザいばかりの家族関係を壊す」「キモいだけのコミュニティを壊す」など数多くの「利用」ができそうです。
しかしまあ、そんな利用法のために生活保護法改悪に期待されてもねー、というのが私の本音。
A氏は正攻法で、自分を痛めつけた家族に対する「倍返し」の手段を合法的に保障する法律を作る運動をするとかしたほうがよさそうですね。
DVや虐待がなくならない理由の一つは、 加害者がお仕置きらしいお仕置きを受けないことにあるんですから、そういう法律、あったほうがいいんです、たぶん。

なお、生活保護法改正案がどれほど強烈な欠陥法であるかについては、「ダイヤモンド・オンライン」に執筆した拙記事
「生活保護法改正案は「欠陥法」!? 
元ケースワーカーが語る水際作戦の恐るべき実態 」
もご参照ください。 


以下、アファリエイトです。

本文中で言及した「もやい」理事長・稲葉剛さんの近著です。



「生活保護について理解するために、本を一冊読みたいんだけど」という方のために書いた拙著です。


Kindle版もあります。

小さな家族の、大きな医療費対策

2013年11月21日、滋賀県の動物病院による保険金詐欺事件が報道されました。
 

人気の動物病院「なぜ」 ペット保険詐欺事件

 腕が良く、顧客の信頼も厚かった獣医師がどうして――。保険会社からペットの保険金をだまし取ったとして草津署が草津市のクラーク動物病院の病院長を逮捕した保険金詐欺事件。病院長の奥村滋容疑者(46)は県内でも屈指の規模を誇る動物病院を経営する敏腕獣医師だった。病院はこの日も普段通り診療が行われ、ペットを連れた数多くの顧客が訪れたが、「信じられない」と困惑が広がっていた。(まとめ・池内亜希)

 同署の発表では、奥村容疑者は2011年4月、脱臼した犬の診察に訪れた飼い主に保険へ加入させた上で、保険が有効になった日以降に、脱臼が発症したとする、うその診療明細書などを作成。同年5月、保険会社から飼い主に対し、約29万円を支払わせ、保険金をだまし取った疑いが持たれている。奥村容疑者は容疑を否認しているという。

 クラーク動物病院が絡んだ保険金請求に不審な思いを抱いた東京の保険会社からの告訴を受け、同署は昨年12月、捜査を開始。脱臼した犬は、診察を受けた11年4月21日以降に手術や入院を重ね、飼い主は保険会社に約37万円を請求。この8割弱が支払われていた。

 保険会社に提出する診療明細書などには、脱臼の発症が、保険が有効となった同23日以降の日付で記されていた。保険加入の際、提出する書類には、けがや病気の有無などを問う欄があるが、「なし」の回答になっていた。

 同署による任意の事情聴取に対し、飼い主は「事実でない記載がなされていたのは分かっていたが、病院側の勧めに従って書類を作り、保険会社に提出した」などと説明。同署は飼い主についても書類送検を検討しているが、さらに病院側が他にも組織的な犯行に及んでいなかったか、余罪も追及する構えだ。
(以下略)
 

 慢性腎不全と糖尿病を持つ16歳の猫がいる我が家でも、猫の医療費は確かに頭痛の種です。

 今年3月までは、1歳下の甲状腺機能亢進症・慢性腎不全もちの猫もいました。この猫は、がんで他界しました。がん発覚時、既に末期状態だったため緩和治療しか行えず、幸か不幸か抗がん剤治療に踏み込んだ場合ほどの費用はかかりませんでした。

 この猫は最後の数日、苦痛はなかったようです。穏やかに、ただ気だるそうに横たわっていました。穏やかに眠る猫を眺めているだけで、私は幸せでした。「ただ、生きていてくれるだけでいい、ずっとずっと一緒にいたい」と願いました。一方で「今の状態が続いたら、何ヶ月で我が家は経済的に破綻してしまうのだろう?」とも考えました。猫たちの生活をささえる唯一の人間である私の仕事は、この猫の病気によって、かなりの制約を受けていたからです。

 人間ではないけれど、大事な家族の一員。だけど、無限に医療費・時間・エネルギーその他のリソースをかけてやることはできない。この悩みは、動物の家族を持つ多くのご家庭に共通でしょう。

 本エントリーでは、著述業という職業につきものの激しい経済的アップダウンを宿命とする私が、延べ4頭の猫(現在は2頭)の医療費をどうしてきたか、紹介します。

  1. 治療より予防。予防できないなら早期発見を。発症してから・進行してからの後手後手の治療になると、莫大な費用が発生しがちです。少なくとも年に1度のワクチン接種+健康診断(血液検査を含む)を欠かさない。可能であれば、健康診断は5歳過ぎたら年に2度、10歳過ぎたら年に4度。とはいえ私の場合、お金がなくて「年に1度」が「1年半に1度」「2-3年に1度」であった時期もあることを、正直に白状します。幸い、猫たちの病気のほとんどは比較的早期に発見することができました。結果オーライではありましたが、定期健診をケチったことは、心底、後悔しています。
  2. かかりつけ獣医師との間に、強固な信頼関係を。「強固」の目安は、お金の相談ができること。我が家のかかりつけ獣医師さんと私は、手術が必要なときに「今、お金がなくて、次の入金予定は1ヶ月先なんですが」「では1ヶ月先まで安価な手段で進行を抑え、1ヶ月後に手術をしましょう」という会話をすることができる関係です。年単位の付き合いが必要な慢性疾患の場合には、「一ヶ月に◯円までで出来ることはないですか」という相談になります。最初からそうだったわけではありません。猫たちのために私が変わっていくプロセスが、獣医師さんとの関係性を変えた感じです。愛する小さな家族のために「出来ることは何でもしてやりたい」というのは自然な心情ですが、無理をしたら「出来ることは何でも」を続けることはできません。まず、経済的に持続できないほどの無理はせずに、どこまで出来るか検討することが必要です。良心的な獣医師なら、その検討への参加を拒むことはありません。
  3. 保険より貯金。できれば、保険と貯金は両方欲しいところですが、どちらか片方の余裕しかないのであれば貯金を。少なくとも猫が10歳になるまでに、30万円(できれば50万円)を。猫の生涯にかかる医療費のうち変動費にあたる部分は、それだけあれば何とかなります。もし、飼い主に万一のことがあったときには、施設で猫の余命を全うさせるのにも役立てられます。
  4. 特に高齢の動物の場合、慢性疾患にかかる固定費の部分が、経済的には大きな問題となります。でも経営と同じく、経費圧縮は固定費で行うべきなのです。食事など日常生活への配慮は、そのまま治療費圧縮と良好な治療成績につながります。日々の観察と記録は、ルーチンとして定期的に行うべき検査の間隔を、若干は長くすることができる場合もあります。
  5. 飼い主自身が勉強とスキルアップに励みましょう。「お金はないけれど、愛するこのコのために出来るだけのことをしてやりたい」という気持ちがあれば、少なくとも高等教育を受けた人なら、臨床獣医学の英語論文を読める可能性があります。また、慢性疾患の治療の中には、飼い主が自宅で行うことのできること、むしろ自宅で行ったほうがよいことも数多く含まれています。自宅での皮下注射が可能だったら、動物が体調を崩している時、「対処に必要になる可能性のある薬剤を注射器ごと処方してもらっておく」ということが可能です。あなたが「必要に応じて電話で相談し、注射は自宅で自分でする」も可能な飼い主になっておけば、夜間に動物病院に駆け込む必要もなくなりますし、もちろん緊急料金・夜間料金も必要なくなります。あなたの小さな家族にとっては、「ただでさえ具合が悪いところを、動物病院に連れて行かれ、愉快でない治療をされる」の回数が減ることになります。当事者力を発揮しましょう。
  6. 少しでも多くの仲間と、少人数でも頼りになる協力者を。ネット上ではなく生活圏に、地域に。このことの重要性は、改めて言うまでもないでしょう。
 改めて整理して書いてみると、伴侶動物に特有の事情でも動物医療に特有の事情でもなく、「どのように、日々の生活の質を上げておくか」にかかっている感じもするところです。
 伴侶動物の医療費は、保険があっても100%自費診療です。まったく望ましからぬことですが、人間の医療も今後は、限りなく100%自費診療に近づいて行きそうです。その近未来、自分の医療と医療費についてどう考え、どう立ち向かい、どう付き合えばよいのか。
 伴侶動物の生・老・病・死に付き合うことは、自分自身の老いや病気についての数多くのヒントと気付き、それから数多くの経験を与えてくれる機会の一つなのかもしれません。少なくともそういう意識があれば、医療費に頭を抱える飼い主は、主体的に向き合う意欲ある飼い主に変わります。私自身もそうでした。

後記:
なお、我が家の「猫貯金」、実際はあまり手を付けておりません。
猫の医療費のうち固定費部分は家計費に含めていました。その固定費部分が増大するときには極力、私自身の生活にかかわる固定費から何かを削る方針としたからです。
変動費の発生、つまり、その猫貯金に手を付けなくてはならなくなる事態は、それほど多くありませんでした。
結果、猫を見送るごとに貯金が増えています。今まで見送った猫たちが、それほど多額の治療費を必要とする病気に罹らなかったから、という幸運はありましたけれども。

猫という家族を抱え、その家族が老いや病気に直面するたびに、私は自分自身の家計管理スキルを上げて行くことを自分に課してきました。
猫の残してくれる優しく豊かな思い出、自分自身の経験値・知識アップに加え、経済的にも残るものを生み出せば、次の猫・あるいは自分自身の次のステップに使うことができるわけです。
最初から「こうしたい」と考えていたわけではなく、多忙かつ何かと余裕のない中で必死で猫を守ってきたら、結果として、そうなっていました。

これから、いつまで、何頭の猫とどういう生活をするのか分かりません。
でも、心の面でも現実的な面でも、これからも、
「猫がいてくれたから豊かになった」
と言えるようにしていきたいものです。






以下、アフィリエイトです。
猫の病気について書籍を一冊持っておくなら、こちらがお勧めです。
出版から時間が経っているのがやや難なのですけれど、内容が平易かつ充実しています。
さらに、「では飼い主として何をすればよいのか」が分かります。


我が家で長年愛用している犬猫用アプリ「きゃどっく」(発売元リンク)も紹介しておきます。
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人間のお腹の不調にも効きます。イチ推しです。


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「みわちゃん・いんふぉ」内を検索
著書です(2009年-)
「おしゃべりなコンピュータ
 音声合成技術の現在と未来」
(共著 2015.4 丸善出版)


「いちばんやさしいアルゴリズムの本」
 (執筆協力・永島孝 2013.9 技術評論社)


「生活保護リアル」
(2013.7 日本評論社)

「生活保護リアル(Kindle版)」
あります。

「ソフト・エッジ」
(中嶋震氏との共著 2013.3 丸善ライブラリー)


「組込みエンジニアのためのハードウェア入門」
(共著 2009.10 技術評論社)

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