みわちゃん・いんふぉ リターンズ

ライター・みわよしこのブログ。猫話、料理の話、車椅子での日常悲喜こもごも、時には真面目な記事の「ごった煮」をお楽しみください。



2018年05月

[猫ばか日記]日本国憲法に名前をもらった猫

本日は憲法記念日。
お天気は曇り。日中は雨にならないようす。
窓辺のキャットタワーでは、猫の灯(あかり、0歳9ヶ月28日)がリラックスしています。

後ろ脚を絡めて、尻尾とともにキャットタワーの下に投げ出している姿。
なんともいえません。

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おーい、灯、あーちゃん、あっちゃん。
今日は憲法記念日。
キミの名前記念日でもあるんだよ。
なぜだろうね?

振り向く灯。
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京都生まれの子猫、後の灯がウチにやってくるご縁は、昨年2017年9月に浮上しました。
そのころ、社保審・生活保護基準部会では、2018年10月に実施される見込みの基準見直し(ほぼ引き下げ)の議論がたけなわ。
同じく社保審・生活困窮者自立支援及び生活保護部会では、現在、国会で審議されており衆議院を既に通過しやがった(怒)生活保護法改正案に関する議論がたけなわ。
生活保護法改正(政府)案は、こちら。生活困窮者自立支援法とセットで大変わかりにくいんですが。

どちらも、少しくらいのアメ、真っ暗闇だから目立つ程度の小さな灯りは含んでいるものの、全体として「アメ1個にムチ10000本」、どろどろグログロ、悲嘆と絶望の未来しか見えないようなもの。
社保審の傍聴は、ほとんど行ってませんでした。部会委員の中には頑張って抵抗する方もおられるのですが、結果として、政権・財務省・厚労省の暗黒面の思い通りにしかならないだろうという感じでした。
たまに傍聴に行くと、毎回泣きながら帰ってました。
たいていは傍聴に行く根性がなく、資料を読んでは、ハアハアハアハアと溜息をついていました。



他にも、あれがありーの、これがありーの、それがありーの。
公も私も、仕事も学業も、地域生活も障害者福祉も、何もかもが脅威に吹きさらされ、仕事の意欲どころか生き続ける意欲まで失われそうな日々の中で、なぜか、子猫を迎える縁談は順調に進みました。
2017年11月24日、子猫は私と一緒に新幹線に乗って、京都から東京へとやってきました。
あれやこれやに翻弄されたあげくに書籍企画を1本失った2時間後のことでした。

我が家にやってきた2日後、2017年11月26日の灯。生後4ヶ月。耳が警戒信号丸出しです。
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いきなりお姉ちゃんにされた咲(当時1歳6ヶ月)は、イジけました。
押入れの天袋でイジケていたところ、私に声をかけられて機嫌をなおして「みゃあ」と話しはじめた咲。
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シェルターの大所帯で5歳近くまで過ごした兄・瑠(当時9歳6ヶ月)は、すぐに積極的に子猫に接近し、話しかけ、仲良くなり、家族への統合を働きかけはじめました。
また、イジケる咲のフォローもしてくれました。
私は「お兄ちゃんイニシアティブ」に任せておいて大丈夫そうだと判断。実際にそうでした。

素晴らしいイニシアティブを発揮してくれた瑠。2018年1月。
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新しい妹を迎えた兄猫の瑠、姉猫の咲とのテンヤワンヤにまぎれて、失った書籍企画は、私の気持ちの中で全く引きずられずに済みました。不幸中の幸い。
現在は、むしろ「私が書く巡り合わせにならなくて、かえってよかった」と思っています。書いてしまったら、「その書籍を書いた人」というイメージに縛られてしまいます。その書籍を書かなかったから出来ることを、いま、やれていますし

さて、問題は子猫の名前です。
当時の私の頭の中に居座って私を悲しませていたのは、生活保護基準引き下げの可能性であり、生活保護法改正の可能性でした。
さらに、思い浮かべるとさらに悲しく情けなくなるのは、生活保護制度を創った厚生省(当時)官僚・小山進次郎の有名な自立論です(下線は私によります)。情けないのは、この生活保護の姿が、今の生活保護から消し去られようとしているようだからです。

最低生活の保障と共に、自立の助長ということを目的の中に含めたのは、「人をして人たるに値する存在」たらしめるには単にその最低生活を維持させるというだけでは十分でない。凡そ人はすべてその中に何等かの自主独立の意味において可能性を包蔵している。この内容的可能性を発見し、これを助長育成し、而して、その人をしてその能力に相応しい状態において社会生活に適応させることこそ、真実の意味において生存権を保障する所以である。社会保障の制度であると共に、祉会福祉の制度である生活保護制度としては、当然此処迄を目的とすべきであるとする考えに出でるものである。従つて、兎角誤解され易いように隋民防止ということは、この制度がその目的に従つて最も効果的に運用された結果として起ることではあらうが、少くとも「自立の助長」という表現で第一義的に意図されている所ではない。自立の助長を目的に謳つた趣旨は、そのような調子の低いものではないのである。
(小山進次郎『生活保護法の解釈と運用』(1951年) 92ページ)




生活保護制度の目的は、生活保護法第一条に示されているとおり、最低生活保障と自立の助長です。しかし「自立の助長」に対しては、制度発足直後から「働いて生活保護が不要になること」のみの狭い意味に押し込められる圧力が働き続け、今やそれ以外の側面は「風前の灯火」といってよいほどです。なんとも調子の低くなってしまった生活保護制度を、日本人は「当たり前」と思い込まされ続け、疑いを持たなくなっています。

子猫を迎えるにあたり、私は生活保護制度の根源である日本国憲法の「生存権」という明るい灯火にちなんだ名前をつけて、自分を励ましたいと思いました。
小山進次郎にちなんで「コヤマちゃん」だの「進次郎ちゃん」だのという名前をつけるわけにもいかないので、この自立論の意味を反映した名前をつけようと考えました。

職業生活の最初が光半導体だった私は、「光をはなつ」「光る能力」という意味合いがある名前にしたいなあとも思いました。光を生み出すこと、光を生み出す力。
故・林厳雄さんに始まる日本の光半導体研究の歴史があったから、半導体は光るようになり、少ない電力消費でパワフルに光るようになりました。そして街角の信号機はLEDに置き換えられ、中村修二さんたちがノーベル賞を獲得しました。
誰かが「光らせたい」「光らせよう」「光らせられるはず」と思ったから、半導体は光り、半導体の光が世の中に満ち溢れるようになったのです。まさに地上の星。


なんとも強欲な猫の名付けですが、まずは、「光(光ること・光るもの)」「花咲く」あたりでしょうか。
「瑠」は兄貴猫、「咲」は姉貴猫の名前で”予約語”となっています。
だったら「光」かな? 「花」かな?  呼んでみると、しっくり来ません。
「三輪 光」「三輪 花」で画数占い(笑)をしてみると、大変よろしくありません。
それに「光らせたい」「開花したい」という希望、「光らせよう」「開花しよう」という意志、「光らせられるはず」「開花できるはず」という意欲こそ、子猫の名前に反映したいものでした。
今は調子を低くされているかにみえる生活保護制度の光を見出し、すべての人の可能性が開けるように方向灯がかざされてほしい。
自分だけで出来るとは思いません。
でも、多くの人が少しずつ「やりたい」「やろう」「やれるはず」と思ったら、出来るかもしれない。

というわけで、子猫の名前は、最終的に「灯(あかり)」となりました。
「三輪 灯」は、画数占い(笑)の結果も上々でした。
自分自身が54歳という年齢ですから、灯が天寿を全うするまで自分が生き延びられない可能性も、充分に考えられます。
何があっても守られてほしいのですが、現実的な備え以外に出来ることといえば、運のよさそうな名前をつけること程度。とはいえ、占いは信じてません。
この程度のことで、わが”ね子”の幸せを願いたい養母の欲が満たされるなら、ま、よいではないか、よいではないか。
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命名のころ、2017年12月3日の灯。だいぶウチに慣れてくれました。
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灯を警戒していた咲ねーちゃんも、すぐに仲良く遊ぶようになりました。
2017年12月16日。灯がやってきて約3週間後。ケージ生活は避妊手術が終わるまででした。
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日本国憲法の生存権規定と生活保護法と小山進次郎さんと、日本の光半導体の歴史に名前をもらった灯さん。
とりあえず私の日々の生存を励まして、終わらせずに今日も維持し、少しでも前に進ませる力になってくれてます。
自分が絶望にうずくまる時の「ごはんちょうだい!」、悲嘆に暮れる時に響き渡る猫トイレがひっくり返される音。
そこにあるのは、空腹が満たされたら満足し、出すもの出したら快適、惹きたい関心を惹けたら嬉しいという、基本的な生の喜びの数々です。
それが自分にもある限り、まあ、今日死ななくていいんじゃないか?
生存権と生活保護法と小山進次郎さんにちなむ名前を持つ灯さんが、今日も楽しそうに過ごしているんだし。
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もうすぐ夕方。
街に街路灯が灯りはじめ、家々の窓から灯がこぼれるでしょう。
光半導体に関わってきた多くの人々、私もその末席につながる人々が光らせている地上の星。




生存権と生活保護法と小山進次郎さんと、関わった人々が生きて命あったからこそ出来た光半導体に名前をもらった灯さん。
灯さん・瑠にーちゃん・咲ねーちゃんに励まされながら、カーチャンの私は今日も生き、夜になったら眠ることにします。

『あたらしい憲法の話』は、猫への読み聞かせには、ちょっと難しいかな?



咲と灯が大好きな猫用ベッドです。









[猫ばか日記]瑠、10歳になりました

2013年4月14日、もうすぐ5歳で我が家の一員となった保護猫男子・瑠(りゅう)。
本年2018年4月14日、我が家での生活が満5年となりました。
生後半年まで過ごしネグレクトを受けたお宅・その後の4.5年を過ごしたアニマルシェルターより、我が家が長くなりました。
そして5月1日、10歳になりました(2008年5月生まれということは判明していたので、獣医さんが5月1日生まれにしてくれました)。

毎日、落ち着いて過ごしています。

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私のベッドの下がお気に入り。
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咲(1歳11ヶ月)・灯(0歳9ヶ月)のふたりの妹猫たちの、良きお兄ちゃんです。
ときに、廊下を走る灯を飛び越えていく元気な姿も見せてくれます。

灯を抱いてグルーミングする瑠です。
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瑠、お誕生日おめでとう。
見切り品のマグロ切り落としでお祝いだ。
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元気に楽しく長生き。
カーチャンの望みは、それだけです。

我が家御用達キャットフードです。

[このブログについて]なぜ、今ごろブログ?

長らく休眠ブログになっていた本ブログを、復活させることにしました。

  • なぜ、今ごろブログ?
noteはじめプラットフォームサービスが充実してきた現在ではありますが、「ここなら安心して著作物をお預けできる」と確信できるところは、未だ見つかりません。
言い換えれば「どんなことがあっても、言論の自由と表現の自由を守ります」というスタンスを明確にしているプラットフォームは見当たらない、ということです。プラットフォームというスタイルを考えると、「原理的に無理」というべきでしょう。

  • みわよしこの発信は、そんなにヤバいのか?
私は生活保護はじめ、世の中の議論や「炎上」を引き起こしやすいテーマを数多く取り扱っております。どのような炎上が、プラットフォームにどのようなご迷惑をおかけするか、予測がつきません。
また、私の所属していた(いる)団体や関係者からの、何らかの働きかけやご迷惑もありえます。昨年、所属している障害者団体の内紛から当方の所属している職能団体にご迷惑がかかることが実際にありました。
新聞・雑誌などのレガシーメディアは、ある程度はそのような迷惑・圧力を織り込んでいます。対応経験も蓄積されていますし、専門家を社内に抱えていたりすることもあります。
しかし、ネットでスタートしたメディアやプラットフォームには、一般的に、そのような構えはありません。

  • そもそも、みわよしこは存在が悪なのかもしれない
さらに「均等法世代」として、男社会で買ってきた恨みつらみの数々もあります。とはいえ、「ハゲ!」と罵倒したわけではなく、そのような言動の恨みを買っているわけではありません。そんなハイレベルな話ではないのです。
私は「女がいるというだけでイヤ、補助的でないだけでイヤ、辞めないだけでイヤ」という男たちの中で働いてきた時期が長く、「同じ職場に居やがった」「総合職だった」「なかなか辞めなかった」に加え、「今でも社会から消えていない」という恨みつらみを買い続け、もしかすれば今も新たに買い続けなくてはならない世代に位置しています。
「均等法世代」の多くは、バブル崩壊・業界再編・リーマンショックなどで職業の場を去り、のぶみ氏の(炎上した)『あたし おかあさんだから』と同様に出産・育児・パート労働の世界に入りました(注)。

お勧めはしませんが、商品情報。


私は「絶対に職業人の世界から消えない」とあがきつづけています。このことも、私自身に対する攻撃、または私の活動の場に対する攻撃をもたらしえます。「5年間、パワハラでボロボロにしてやろうとしたのに逃げられてしまい、会社からは追い出せたけど社会からは追い出せてない、ちくしょう」といったことはありえます。
「派閥抗争の敗者を退職後まで追いかけて、最終的に潰す」といったことは、伝統的な企業では、男性が対象でもフツーにあります。女性だったらなおさら、と考えておくべきでしょう。

  • 被虐待経験の「詰め」は、親が死んでも終わらない
また私は、原家族での被虐待経験があり、現在も後遺症に苦しんでいます。被虐待経験者の多くと同じように、望むことは経験が「なかったことにされない」こと、「そういう経験をした」と語れることです。「#MeToo」と同様です。
私が20代だった1980年代には、虐待は「特に問題ある家庭の問題ある親によって稀に引き起こされること」と認識されていました。また、内田春菊さんの『ファザー・ファッカー』は、むしろ特殊な事例として注目を浴びました。



その時期を振り返ると、被虐待経験を語ることが当たり前になってきた昨今は、隔世の感があります。

しかし虐待した側は、虐待が語られることを望みません。これもまた当然です。何をされても決して黙らなかった私に対して、虐待を行い、黙認し、なかったことにしようとしてきた原家族メンバーが、今、私に望むことは、私から発言力を奪い、社会的に「消えた」ものとすることかもしれません。
少なくとも、そうであっても何の不思議もありません。 「そうではない」と確信するに足りる材料は、何もありません。

  • 私は黙らない、そのためにもブログ復活
最終的に黙らずに済む手段を確保するためにも、ブログを復活させることにしました。
とはいえブログだからといって、言論の自由・表現の自由が守られる担保はありません。
ライブドアさんのご都合で消し飛んでしまう可能性は、いつでもあります。
しかしプラットフォームに比べれば「少しは安心できるかな」と思います。
ブログサービスには、長年の歴史があり、名誉毀損・中傷などに関する紛争や解決や判例も積み重ねられてきています。だから少しは安心、少しだけ安心なのです。

そういうわけで、ブログを復活させます。
どうぞ、よろしく。

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著書です(2009年-)
「おしゃべりなコンピュータ
 音声合成技術の現在と未来」
(共著 2015.4 丸善出版)


「いちばんやさしいアルゴリズムの本」
 (執筆協力・永島孝 2013.9 技術評論社)


「生活保護リアル」
(2013.7 日本評論社)

「生活保護リアル(Kindle版)」
あります。

「ソフト・エッジ」
(中嶋震氏との共著 2013.3 丸善ライブラリー)


「組込みエンジニアのためのハードウェア入門」
(共著 2009.10 技術評論社)

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東日本大震災後、
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