みわよしこのなんでもブログ : 大学院

みわよしこのなんでもブログ

ライター・みわよしこのブログ。猫話、料理の話、車椅子での日常悲喜こもごも、時には真面目な記事も。アフィリエイトの実験場として割り切り、テーマは限定しません。


大学院

難忘的一夜 - ゼミ前日にブラ美さん(仮名)に転がり込まれた件

「難忘的一夜」とは、中国で天安門事件を指すときに用いられる言い回しであるとのことだそうです。
2ヶ月近く経過しても、私が未だに思い出し怒りを抑えられずにいる2014年7月下旬のある一夜の出来事を、ここに記録しておきます。

  • 事の顛末をざっくり言うと

ざっくり言うと、下記の通りです。
夫君の仕事の都合でインドに滞在している旧知のブラ美さん(仮名)が、日本に帰省していた。仮住まいは関西にある。
私が京都の大学院でのゼミのために京都に宿泊するときに、会って一杯やることにした。
ところがブラ美さんは終バス終電を逃し、私のホテルに転がり込んだ。
私は翌日ゼミであること、まだ準備をしていないということを何度も言ったが、ブラ美さんは私を話し相手にしつづけた。
翌朝、私は話したがるブラ美さんを振りきって無視し、ゼミの準備をした。
終わったらブラ美さんは意気消沈し、落胆した様子で、まったく饒舌でなくなっていた。

  • ブラ美さん(仮名)について
(プライバシーに配慮し、ディテールは変えてあります)
53歳、岡山県生まれ。短大卒。
オーストラリア人大学教員の夫と結婚。現在は夫の勤務先であるインドA州(ムスリムが多いことで知られるB地域)に在住。
娘2人の母。上は大学を既に卒業して就職。下は高校3年。

  • それまでのブラ美さんとの付き合い
SNSで知り合った。
2012年夏 日本の大学教員(女性)と3人で会った。特に問題ある感じではなかった。
2013年夏 彫刻家(男性)と3人で飲んだ。その後、有名広告代理店に勤務する若い男性(B市でブラ美さんに世話になったということ)と合流。私は終電があるからおいとました。

過去、一対一で会ったことはなかった。
今にして思えば、同席していた大学教員・彫刻家・有名広告代理店の会社員などが「歯止め」になっており、ブラ美さんの悪意や攻撃性が表面化しなかっただけなのではないかと思う。

  • ブラ美さんにどのように困らされたか
・居酒屋で

ブラ美さんは席に着くなり、大声で話し始めた。他にお客さんがいなかったのは幸いだったが、不思議だった。こんな無神経な言動をする人であったか? と。
ブラ美さんは「おみやげ」と言って、ガムテープで止めた紙袋を私に渡した。中には、そこのコンビニで売っている化粧品・地元名物という袋菓子・現在滞在しているインドの食器・自分が過去に使っていたマグカップなどが入っていた。私は、おみやげを貰うことを期待していたわけではなかったが、そういったものを「いかに価値があるものか」と説きつつも「現地の100円均一ショップで買った」と語るブラ美さんにどう反応していいか困った。
ブラ美さんは「傍若無人」という感じで、自分の話したいことを一方的に大声で話し続けた。口調は攻撃的だった。私がトイレに立つと、「それ、ステテコ?」と大声をあげた。私はユニクロの「リラコ」を穿いていたのだが、そういうことを大声で言うか?
ブラ美さんはその日、京都のお友達の家に泊めてもらうことになっていたが、携帯電話を忘れてしまい、相手の住所も電話番号もわからないという。とりあえず私のスマホでお友達のFBアカウントにメッセージを送り、連絡があるのを待ちつつ、お店の方にタクシーを読んでもらい、ブラ美さんのお友達の住まいがあるという方面に向かった。なお、飲み代は割り勘にした。
お友達の家には、ブラ美さんは行ったことが一度あり、近くにいけばわかるはずだという。

・タクシーの中で

ところがブラ美さんの説明は要領を得ない。「自動販売機がある道を曲がって、暗い道を登っていく」というものである。そんな道はいくらでもある。タクシーでブラ美さんが「こっちだったと思う」という方面に行ってみても該当する住まいは見当たらない。引き返すにしても、もう終電も終バスもないブラ美さんをどうするかが問題なので(放り出せばよかった!)、私は宿泊を予約しているホテルに電話し、「一人帰れなくなった人がいるんだけど、空きはありますか」と尋ねた。空きがあり、受け入れ可能ということだ。
ブラ美さんは、このことを後に
「みわちゃんが、私と話したいからそうしてくれたんだと嬉しかった」
と言った。また、タクシー代約4000円は
「私が遠回りさせたから」
とブラ美さんが払った(強引に割り勘にしておくのだった。このことも後に恩着せがましく言われることになったから)。
なお結局、ブラ美さんが「泊めてもらう約束をしている」という人からのお返事はなかった。友人関係も、泊めてもらう約束も、もしかすると最初からなかったのかもしれない。


・ホテルで(翌朝まで)

ホテルに着くと、シングルルームの空きはなくツインかダブルだという。女同士で寝る趣味はないので、ツインにしてもらった。ブラ美さんは「やったー!」と言った。後にブラ美さんは「みわちゃんが私と話したいからそうしてくれたんだと思った」という。私はダブルベッドで女性と寝たくなかっただけだ!
部屋に入るなり、私はパソコンと参考書籍を出して作業を始めようとした。するとブラ美さんが横にやってきて
「みわちゃん、ブラジャーしてるの? 私、これ」
と、自分のブラジャー(レース付き、ベージュ色)を私の目の前にぶら下げた。アンダーバストの締め付けがないのだそうだ。
「きついブラジャーしてるとガンになるよ」
とブラ美さんは言った。
私は「明日はゼミで、準備が必要」と再三繰り返していた。ホテルの部屋に入ってからも何回も繰り返したのだが、聞こえなかったかのように、ブラ美さんは自分のしたい話を話すのであった。
私は
「30分くらいちゃんと話を聞いたら気が済むんだろうか」
と相手することにした。でも、1時間ほど一方的な話を聞いた痕に
「じゃ、私は明日の準備をするから」
と何度か努力したが、ブラ美さんは
「それでね……」
と話し始め、私を解放しなかった。
午前3時過ぎ
「じゃ、寝るから」
と私がベッドに入ると、ブラ美さんはなおも話しかけ続けた。
「宗教を信じている人は寛容だと思う、あなたも宗教を持つべきだ」
という内容だった。私は
「ごめん、寝かせて」
と頭から布団をかぶって寝た。

・私の身体障害に対して

ブラ美さんからは「何かあったら手伝うから言ってね」と何回か言われた。何も頼んでなくてもこれだけしゃべられて妨害されるのなら、何か頼んだらどういう代償が待っていることか。怖いから何も頼まなかった。

・ホテルにて(翌朝)

朝、私が目覚めると、ブラ美さんはいなかった。近所の喫茶店で朝食を食べるというような書き置きがあった。私はこれ幸いとホテルの朝食を食べにいった。するとブラ美さんがいた。自分の好みに合うような喫茶店はなかったのだそうだ。
私はそそくさと朝食を食べ、ブラ美さんが何度もバイキングのおかわりを繰り返しているなか、自室に戻った(近所のネカフェ情報などが全く分からなかったので、とっととチェックアウトするか、またはそこで作業するしかなかった)。
私が机に向かって必死で作業しているところに、ブラ美さんが戻ってきて話し始めたが、私は
「今、作業してるから!」
と言い、作業の手を止めなかった。途中、何回かブラ美さんは話しかけてきたが、私は
「あと○分くらいで終わるから」
と言い、相手しなかった。
なんとか私はゼミ発表の資料を作り上げることができた。そしてブラ美さんは不機嫌になり、あの饒舌さはどこに行ったのか? という感じだった。
後にブラ美さんは
「大丈夫だと思った時にだけ話しかけた」
と言っていた。それがもし事実であったとしても、ブラ美さんの「大丈夫だと思った」は、まったく当たっていなかったということだ。
お昼ごろ、ブラ美さんと私は京都駅で別れた。ブラ美さんによれば、この時、私は
「こんどは私の結婚生活の話も聞いてね」
と言ったことになっている。私は
「こんどは私の話も少しくらいは聞いてね」
くらいは言ったかもしれないが、結婚生活の話と言ったことはない。過去10年以上、結婚生活というものと無縁なので、語るべき結婚生活がないのだ。
  • ブラ美さんが私に語ったこと
下記のとおり、極めて下らない話の数々であった。後にブラ美さんは「みわちゃんに、種まきをしてあげたんだ」と語ったが。
百歩譲ってそれが本音であったとしても、なぜ、「明日ゼミ発表で、まだこれから資料を作らなくちゃ」と私が言っている時に「種まき」をする必要があるんだ?

・岡山県の封建的な両親のもとに生まれた。弟と二人きょうだい。そもそも封建的なので、長男である弟が大切にされていた。弟は出来が悪かったため、「出来が悪い子ほど可愛い」という面からも大切にされていた。不満はあったが、今は両親とも弟一家ともまあまあ良好な付き合いができている。家族だから、最終的には分かり合えた。
(感想:あからさまな虐待に遭うようなことはなかったらしい)
 
・インドA州B地域(Tさんが数年来在住している地域)の日本人会婦人会で、東日本大震災以後ボランティア活動をしていた。内容は主に募金。
(感想:これは、そうしかなりようがないと思う。さらにA州B地域内での募金と日本への送金は容易なことではなかったらしい。Webで公開されているA州B地域日本人会の会報に、彼女の手記が載っていた)
 
・一度、婦人会で、募金を届けた東北の被災地を訪問したことがある。東北の人々が支給される手当金に甘えて働かないことが問題になっていた。
(感想:私はそのとき、そもそも働こうにも、震災前から充分な就労先があった地域ではなかったことを指摘しようとした。2010年に私が石巻を訪れてハロワにも行ったときの話をしようとしたが、遮られた)
 
・東北の人たちは、被災者といってもお金を持っている人が結構多かった。家や家財などにそれほどの被害を受けたわけでもないけれども、余震が続いているのでとりあえず避難所にいた人も。一人10万円(?)の手当金が配られて、食べ物は炊き出しなのでお金を使う機会がない。そういう避難所に真珠のミキモトが訪問営業し、いい商売をしていた。
 
・日本人はそれほど心正しい民族でもなく、略奪も若干はあった。ご遺体から指輪やネックレスなど貴金属を盗んで売る人もいた。ご遺体の指を切り取って指輪を盗む人もいたが、それは日本人ではなく中国人。
(感想:とりあえず、被災地関連はここまでにしておきます。ブラ美さんは非常に多くを被災地について語りましたが。日本の中にいても、激甚被災地の現状を知ることは容易ではないのに、なぜ海外にいる彼女のほうが「自分はたいへんよく知っている」という態度に出られるのか不思議でした。しかも東日本大震災後、訪問したのは2011年中か2012年前半の一回きりだったという話)
 
・友人の研究者H子さんが白黒はっきりつけたがる性格でイヤだという話
(感想:私はここで「データとロジックで勝負するのが研究者だ」という話をしたら、「じゃ、こんどH子と会ってみる?」とのこと。どういう意味だろうか? 会ったら「白黒はっきりつけたがるイヤな奴」と私も思うだろうとでも? この話は7月25日の1時~3時くらいの間に行われたと記憶。彼女は後日、その時刻に自分はすでに寝ていたと主張)
 
・スウェーデンがイスラム圏からの難民を寛容に受け入れていたら人口の50%がイスラム系になったという話。イスラム文化では、富める者は貧しい者に喜捨をすることで神に評価されるので、貧しい者は「喜捨されてやっている」という意識でいる。だからスウェーデンがそういうふうになるのは当たり前。
(感想:結果として起こったことは事実かもしれないけど、なんかすごい偏見だなあと思う。もしかするとイスラム教の教義には、そういう内容が実際に含まれているのかもしれないが)
 
・B地域で親しくしている大家族で、赤ちゃんが哺乳瓶の黒い液体を飲んでいるので、何だと聞いてみたらコカコーラだったという話。やめろといったら、「あとで永久歯が生えてくるから大丈夫」と答えられた。永久歯にも悪影響が出ると話したら、ブラ美さんがいるときには「ブラ美が来ているから」と目の前ではやらなくなった。赤ちゃんは乳歯がボロボロに。永久歯の歯並びにもやはり悪影響が出ている。
(感想:これはまあ、そうだろうと思う)
 
・B地域に働きに来ているフィリピン人やインドネシア人の話。ドミトリーをベッド一つ単位で借り、それをさらに昼勤と夜勤でタイムシェアして住居費を浮かせ、本国への仕送りを増やしたりしている。
(感想:これもまあ、ありうることだと思う)
 
・更年期でホルモンバランスが悪い。娘も十代後半でホルモンバランスが悪い。だから母と娘でぶつかる。
 
・娘(こんど(?)高校3年、B地域で学費が一番高い高校に在学)の学校は、授業を受けるというのがなく、全部プロジェクト学習。
 
・娘はベッドの上でノートパソコンを開いて、背中を丸めてパソコンを使って学校のプロジェクトをやっていることが多い。
 
・下の娘が来年から大学。あと5年、学費がかかる。
 
・夫は64歳。B地域の大学教員。契約は単年度更新。まだ仕事があるだけマシ。
 
・もし夫の仕事がなくなったら、2週間で国外退去しなくてはならない。
(感想:そうなのかもしれない)
 
・夫への愛が冷めた。
 
・夫は教員なので、人に話をして指図するのが習い性になっているが、人に話されることや指図されることを嫌う。夫に何か別の選択肢を提案するようなことを「Don't control me!」と怒鳴られる。
 
・夫が日本の現在の仮住まいを気に入らないため、仮住まいの近くに新しくアパートを借りた。小型冷蔵庫などの家電・家具類を、自分が暑い日に台車で何往復もして運んだ。汗だらだらながして台車押している横を、トラックやバンが通って行った。誰も自分に「乗りなよ」「運んであげるよ」と言ってくれなかった。日本人はひどい。インドでもどこでも、「どこまでいくんだ?」と声をかけて荷台に乗せてくれるもの。
(感想:話からして、独立した歩道のある道路ではないだろうと思う。せいぜい二車線+路側帯、もしかすると一車線とか。車のほうは、気になったとしても停止できなかったという可能性がある。それにブラ美さんは車の運転ができる。「レンタカーを借りる」という選択肢もあったはず。その程度のお金もないということは考えにくい)
 
・夫のサラリーがよくない。教員なのでサラリーはそれほど良くはなく、プール付きのマンションには住めない。自分もプールのないマンションに住んでいるので、近くのジムに通っている。面倒くさいし、ジム代が高い(でも聞いてみると日本と同水準だった。月極で1万円ちょっとくらい)。ジムは会員にならないと、一回あたり2000円とか3000円とかして高い。(これも日本の通常のビジター料金程度だと思う)
 
・毎日寝る前に薬を飲んでいる。 
(と大変深刻そうな表情で言って、目の前で薬を飲んだ。その薬は抗不安薬か睡眠導入剤かというようなことを言っていた記憶がある。「私も飲んでるけど?」と返すと、不快そうな表情になった。「そうなの、大変ねえ」と言われたかったのだろうか?)
 
・B地域の日本人学校で、精神障害のある中学生の女の子が母親ごと排除された。
(感想:ありうることだとは思う(あってよいと言いたいわけではないが))
 
・ブラ美さんの馴染みのある日本の一地域で統合教育が始まった。モンスターペアレントが増えているので、統合教育が教員のストレスになるのではないかと心配。友人がそこで小学校教員をやっている。大変そう。
(感想:私はこのとき、統合教育は日本としてしないわけにいかないこと、分離教育と差別の関係、分離教育が地方では少子化で成立しなくなっていることを話そうとしたが、遮られた)
 
・B地域では、外に出ている車椅子の障害者はあまり見ない。しかしイスラム風の部族社会で大家族、親類同士の行き来もあるので、社会の方から障害児のところに来てくれる。
 
・おしゃべりは無駄ではない。大切である。コミュニケーションと情報交換と社交の機会である。
(感想:私が、彼女のおしゃべりから離れて自分の課題に向かおうとした時のこと。おそらく、おしゃべりを非難されたことが過去にもあるのだろう)
 
・日本在住中、身体の弱い子猫を大切に育てた。子猫は近所の子どもたちにも可愛がられていたが、早死にした。近所の子どもたちと一緒に、その猫の墓を河原に作った。一ヶ月後、工事が始まり、ショベルカーに墓が掘り返されてしまった。

(感想:よほどご本人にとって重要な話なのだろう。SNSで何回か書かれていた記憶がある。ただ、その一晩の間に、口頭で10回近くも繰り返された。おかしいと感じた)
 
・B地域の獣医たちは、伝染病の猫は治療せず安楽死させる。
 
・健康不安について。本来2つある臓器の片方がダメになった。もうひとつもダメになったらと思ったら心配。 
(感想:「わかるわかる」「大変ねえ」とか言われたかったんだろうか? 私だって健康不安ならいくつもあるし、すでに障害者で車椅子生活なんだけど?)
 
・若い時、日本ではよくディスコで踊っていた。今でも踊るのが好き。
 
・今年から、B地域の日本人会婦人部長になった。年一回の総会のやりかたを変えた。踊る時間を作り、自分がステージの上で「恋のフォーチュンクッキー」を踊った。他の会員から「今年はなんだか違うんですねえ」と言われた。心のなかで「だって会長が変わったんだから」と思っていた。
 (感想:そういうのがイヤな人は困惑するだろうなあ)
 

  • その後のブラ美さんの行動
3日後、短大の同級生のお宅にお茶に行って翌日まで滞在。「その同級生とよくしゃべった」とブラ美さんはSNSに書いていた。私同様、一方的に話を聞かされた上、泊まり込まれて迷惑しただけじゃないだろうかと思っている。
5日後、彫刻家(2013年に会った人)の個展に、お友達と待ち合わせて行った。お友達には買っていった高級ハンカチか何かを土産に手渡し、個展でもそれほど無作法だったり違和感を持たれたりする行動はしなかったとのこと。

これらの行動を見て、私は自分がされたことが何だったのかを理解した。
不要品やガラクタの詰め合わせを「おみやげ」にしてよい人間であると、軽く扱われたのだろう。
その軽く扱われるべき人間が大学院だゼミだと言っているから、是が非でも妨害しなくちゃいけないことになったのだろう。
その軽く扱われるべき人間が、大学院のゼミのために交通費と宿泊費を使って東京から京都に来ていたわけだが、だからこそ、その目的は叩き潰さねばならなかったのだろう。

  • 私が怒りをぶちまけて以後
私はSNSで、ブラ美さんに対して怒りをぶちまけた。
ブラ美さんは素直に謝罪する一方で、「覚えてない」「自分はその時刻に起きてなかったはず」などと表明した。
さらにその一方で、個人向けメッセージで「みわちゃんのためにしていたこと」「そんなことは言ってない」といった主張を「タクシー代は出してあげた」といった恩着せがましい主張、その他の自己正当化や弁解とともに繰り返した。
私はさらに怒り、絶交することにした。
ブラ美さんはそれを「スピリチュアルな意味のある出来事」と解釈して、自分のプライドを守ったようである。
 

2014.4.4 シンポジウム「博士人材が創造する未来」パネルディスカッションまとめ

立命館大学大学院キャリアパス推進室シンポジウム「博士人材が創造する未来」を聴講しました。
2012年度から文科省が公募を始め、現在継続中の「リーディング大学院」に関するシンポジウムです。

第3部パネルディスカッションをTwitterで実況中継していたので、まとめておきます。

パネリスト:榎木英介氏(医師・近畿大)、和田元氏(同志社大)、藤田喜久雄氏(阪大)、米山裕氏(立命館大)
ファシリテーター:西田亮介氏(立命館大)

 (西田)立命館のキャリアパス推進室でも活動しているのでファシリテーター。パネリストの方々から数多くの報告あった。猪俣氏からエビデンスに基づいた現状、榎木氏から今後の展望、各大学からグッドプラクティス。重たい現状を希望に切り替えていきたい。パネリストの皆さん、軽く一言を。榎木さん、感想を。
(榎木)各校の取り組み。自分の抱えている問題と共通するものが多い。心強い。博士が学術領域にとどまらずに活躍することを重視。院生の体験からも良い教育と感じられた。こういう取り組みが続けば、博士への社会の先入観除去できる。こういうことをやっているという情報発信必要。
(西田)各校からは? 

(米山)同志社、阪大の取り組みを見て、改めて、立命館の取り組みのフォーカス弱かったと実感。両先生にお尋ねしたい。本学の院生にアンケート。衝撃。回収率、昨年10%、今年5%。Webで。「研究について語り合える仲間がいる」と答えてくれたのが半数程度。仲間がいない。研究会や学会に参加しないという院生も4割くらい。院生が孤立して生活している。社会に出て行って影響力を与えられるように切磋琢磨してほしいのに。危惧。両大学、院生の行動変容は? 他の院生との差は?

(和田)答えるのが難しい。リーディングプログラム、みんな興味持つのはいい。学生ではなく親の問題かもしれないが、修士相当で「就職しろ」という親。頭痛い。希望者が増えていかない。こういうプログラムが走っていると、われわれは声を出せる。企業に就職したら数年で海外に出される。それで学生のモチベーションを高められていることがある。二つ目。サブメジャーが院生の負担。忙しい。他の院生から見ると、忙しい人が近くにいる。それは良い刺激。

(藤田)学生の選抜。阪大のプログラム、いずれかの研究科の入学者から選抜。合宿型。ワークをさせて、リーダーシップが取れるかどうか。ストレス下で行動がどうなるか。もともと持っているものが他の学生と違う学生を伸ばせているかと思う。ただ時限プロジェクト(?)今後が問題。一気にはできない。

(榎木)孤立してる院生がいるという話。自分も10年以上前、学部学科を問わない若手研究者ネットワークをつくろうとした。今も続いている。そういうところに来る院生、意識高い。でも他の一般の研究室にこもっている院生との違いが大きくなる一方。なんとかしなくてはと本を書いた。でも本は読んでもらえなかったり。意識の格差どうするか。現在進行中の問題。

(西田)アウトリーチの問題もあるかも。推進室のプログラム、受講者が集まりにくい。アンケート取っても、研究室にいない層がかなりいる。NPO、社会の中で、この問題をどうアウトリーチして参加呼びかけるか。意識高くない層を巻き込むことについてアイディアは? 

(藤田)工学部機械工学。(聞き取れず) 

(和田)博士だけではなく修士にも関係。大学院で専門性をつけて企業に。でも専門性あるだけでは企業でがんばれない。社会全体の問題。何年か経つと職場で仕事ができなくなっている。企業側にとっても問題になるほどの社会現象。大学のミッション、社会に出る前の教育重要。でも「人間が生きるには何が必要か」といった根本が必要。開発途上国に学ぶこと重要。フィリピン、生きること重要。ポスドク、次のポスト、必死でアピール。日本、みんなで知恵を出さないと。

(榎木)藤田さんの分野依存という話。確かにある。「バイオだけは無理」ということがある。そこに大きな問題あるかなと。広い層を巻き込むことの重要性。今は来たい人が来ている。意識高い層しか来ない。文科省から「降ってくる」とかいう形で上から仕組みを変える必要があるかと。NPO経験から。

(西田)いまの3名の先生方は理系。人文社会系の立場から、米山さんは? 

(米山)ドクターは就職しんどい。企業インターンシップ等の取り組みはあるが希望者がいない。研究室の先生が3ヶ月のインターンシップに難色を示す。大学の先生方、大学院改革に関する意識まだ低い。学生だけではなく教員も。人文系、修士でも就職きびしい。ましてや博士は。企業からのニーズがない。どう働きかけていくかが問題。北欧、人文社会系の博士、マネジメントで活躍できる。日本の社会も、そういう人材を活用できないとグローバル競争に勝てないという認識あるが、採用に至らない。大学も努力の必要があるが、企業にも変化を求めなくては。人文系、理系よりずっときびしい。

(藤田)入り口出口の問題。優秀でも出口がない。この10年、諸外国でも院生が増えている。なぜ増えたか。高度人材が求められているから。日本の人材のレベルをあげないと。求められるレベル変わっている日本でいう高度人材ではなく、もう少し幅のある人が求められている。その違いを埋められると、優秀な人が博士に行きたがるようになると思う。イギリス、エジンバラ大学の取り組み。学部より博士の方が就職がいい。育成がうまくいくと好循環が起こる。大学だけでなく社会全体の問題として産業界の人の使い方も含めて変えていく必要。

(米山)リーディングプログラムで活躍できる素質を持った元気な学生、簡単に就職。そういう人材を吸引できないところで、この種のプログラムは日本では苦戦。日本の高等教育、18歳にかたよる。大学院も22歳にかたよる。社会経験ある人の還流弱い。そこを変えていくような大学改革をどうデザインできるかが課題。

(和田)大学改革=意識改革。学生がなぜ院に行きたがるか。一部、就職のばしたい。それでかまわない。心の準備、専門能力の準備。教えてほしい。教員が「専門だけ教えてればいい」と思うから学生は不満を持つ。2年、5年で育たないそこを変革しないと。「質の保障」という言葉は嫌い。でも学生の顔を見て教育しないと。そうすればアンケートにもよい答えがあるのでは。院生、その人しかやれないオリジナルな研究をしているはず。それを自由闊達に話し合う機会は必要。研究の話が教員としかできないのは普通。先生たちに「研究者育成」とかんがえるのをやめてほしい。その院生をどうすれば、本人にとって一番幸せなキャリアパスを作れるか。そういう観点から育成してほしい。

(西田)今後の展望、大学だけで解決できない問題について、一言。(榎木)教員の意識大切。結局そこ。大学院、ポスドク問題。でも旧帝大全然動かない。そこを変えていくこと、これからの主戦場。継続して議論させてほしい。

(和田)学生さんへ。自信もってよい研究をしてほしい。仕事ができるということを証明したようなもの。だから大学院生活を充実させて。

(藤田)研究は孤独という話。自分たちのプロジェクト、チーム。でも企業の経営者、チーム、議論はするけど、最後は一人で決断。個人として強くなってほしい。研究のある種の孤独感をつきつめていくこと、重要ではないかと思う。責任ある仕事は孤独。そこは気にしなくてよいのでは。意識改革、そのとおりだけど、意識の伝搬、心、意識の問題。少数から。意識を変えざるを得ない道筋が見えて、規模も確保できるところまで、辛抱できるか。今回は7年間。学生が出てくるのは?年先。個別のプログラムを超えた少し広いところで考える必要。

(米山)リーディング大学院、ぜひ成果を。本学、学部の規模に比べて大学院小さい。D、M合わせて3000人。研究科20。かなり細分化されたユニットで研究、教育。大学院の制度改革を含めた大きな課題。意識のところ大事。政策課題として取り組まねばと思う。大学院、今日の議題にあがったプログラム、学生参加を超えた施設の課題など、いろんな課題がありうる。リーディング大学院、学生の集う空間。本学でも、学生の集える環境づくり、施設拡充、努力しているところ。一つ誤解ときたい。学生の孤立感が問題。研究は一人の作業。でも指向性として、自分の発見を他の人に伝えたいという意識あるべき。人とつながりつつ自分が進んでいく感覚、どう院生に広めたらいいか。そこも課題。

(西田)質疑応答に。

(院生)先生方へ。参加している学生、もともと意識高い。意識を高めていけていない学生に対しては? しかたない? すくい上げる取り組み? 

(西田)なかなか積極的に参加できない学生を巻き込む取り組みは? 

(和田)何度もPR。それより研究室に一人はプログラムの院生。「くたくたになるけど、やりがいある」。それが重要。みんなに来て欲しいとは思っていない。大変。でもプログラムの院生を通じて他の院生に伝わるものがある。

(榎木)「参加してよかった」という具体的な何か、「楽しかった」「得した」が必要。大学の方々の強い発信+学生も媒体、好循環を。

(福大PD)ホームページ見て参加。福大でも始めようとしている試み。自分も参加。先生方へ。専門性+汎用性のある能力。大学の役割も変わっている。地域への貢献。教員でも職員でもないURA、調査員、教員の事務の中間のような役割、各大学ではどう位置づけられているか?

(西田)新しい職業の位置づけは? 

(藤田)阪大、そういう人多い。第三カテゴリーの職種。博士課程の人材の出口、博士号があるから出来る仕事が増えつつある。サイエンスコミュニケータなども。高い専門性、能力が求められる。本人も先入観をすてて、自分の持っている何かをよりよく活かすこと重要。

(米山)立命館、大学院教育を受けた人、専任教員以外の進路が増えている。任期なしで採用すると人事ローテーションの中での処遇が難しい。任期つき、プロジェクト単位にならざるを得ない。各大学で多く見られる現象と思う。学習支援、研究支援、ニーズはたくさんある。大学がキャリアパスとして位置づけるところまではいっていない。大学の人事というところでは難しい面があるのが現状。

(榎木)今の話重要。友人にサイエンスコミュニケータ、URA勤務多い。みんな単年度契約だったり、不安定。理研も単年度契約。キャリアパスとしていくなら改善の必要。大学で取り組み必要だと思う。

(西田)では本日ここまで。ありがとうございました。(拍手) 
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著書です(2009年-)
「おしゃべりなコンピュータ
 音声合成技術の現在と未来」
(共著 2015.4 丸善出版)


「いちばんやさしいアルゴリズムの本」
 (執筆協力・永島孝 2013.9 技術評論社)


「生活保護リアル」
(2013.7 日本評論社)

「生活保護リアル(Kindle版)」
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「ソフト・エッジ」
(中嶋震氏との共著 2013.3 丸善ライブラリー)


「組込みエンジニアのためのハードウェア入門」
(共著 2009.10 技術評論社)

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