みわちゃん・いんふぉ リターンズ

ライター・みわよしこのブログ。猫話、料理の話、車椅子での日常悲喜こもごも、時には真面目な記事の「ごった煮」をお楽しみください。



障害者手帳

障害が「ない」「軽い」とする検査や判断は、本当に「適正」に行われているのか?

私は1995年ごろから急激に視力が低下し、1997年には矯正視力が両眼とも0.6以下になりました。
しかも生まれつきの外斜視の私は、
「両眼立体視? なにそれ? おいしいの?」
状態です。「両眼立体視」という現象があることは知っていますが、体験したことはありません。
この時期、私の視力は、身体障害等級で視覚の6級に該当していたことになります。視覚障害6級の規定は、
「一眼の視力が0.02以下、他眼の視力が0.6以下のもので両眼の視力の和が0.2を超えるもの」 
ですが、私の場合は(現在も)「両眼の視力」ってものがありません。 

この時期も毎日、自転車で最寄り駅まで行き、勤務先の最寄り駅から勤務先までの交通量の多い道を通って通勤していたのですが、毎日がスリルとサスペンスでした。幸い、幼少時から音楽をやっていたせいか非常に鋭敏な聴覚を持っていた私は、得づらくなった視覚情報の多くを聴覚で補うことができたのですが、1996年ごろから、非常に「静か」な自動車が増加したため、それも難しくなりました。2車線の道路を横断しようとして、右から走ってくる自動車の音は気づいたのですが、左から走ってくる自動車の音が聞こえなかったために気づかず、轢かれそうになったこともあります。

余談ですけど、当時は応用物理学会員でしたので、「応用物理」 誌に、
「大会のときの会場案内とか、ポスター発表のフォントとか、もうちょっと考えてくれませんか」
という投稿をしたことがあります。本名の「三輪佳子」で検索すればすぐ見つかるかと。いやもうホントに困ってました。当時は、ちゃんと見えてる範囲が10メートル程度だったわけです。ここまで見えてないと、行動する上で結構困りますよ。知らない地域でまず案内表示を見つけて会場にたどりつくこと、会場にたどりついたら場内案内を見つけること、受付に到達すること……が一つ一つハードルでした。

論文など大量の書類を読む必要がある職務がら、視力は死活問題でした。1994年ごろから、ぼつぼつ出始めていた音声読み上げソフトのデモ版を利用することが結構ありました。そのためにLinuxを利用し始めたということもあったんですが、すると上司に警戒されたり妨害されたりするんですよ。「職場に良いものを最初にもたらすのは自分でなくてはならない」という思い込みが激しい人でした。1997年12月、仕事納めの日、私は「職場でLinuxを使うな」と言う上司(現・産総研)と大げんかをしました。「職務に関係ないから」というのが上司の口実でした。その一ヶ月後、上司のお気に入りの部下が「これからはPC-UNIX」と言い始めました。上司は満足気にうなづいていました。あ、そういうことだったのね。

障害者福祉については良く知らなかったんですが、
「障害者手帳を取得したら、この問題は少しは、自分のまだ知らない機械その他の力で解決するんじゃないか」
と思ったんですよ(6級程度だと白杖くらいなんですけど、そこまで「何もない」とは知らなかったんです)。それで、当時、斜視の経過観察でお世話になっていた眼科に相談してみたんです。
片眼しか使えないという状態、治るものなら治したいと思ったので、斜視を専門としている眼科医がいたその眼科に数年来通院していました。ドライアイもありましたしね。でも当時、斜視については既に
「矯正不能」 
という結論に達していました。両眼立体視の機能そのものがなく、訓練によっても、レンズにプリズムを入れることによっても無理、ということでした。
で、斜視で「両眼視」のできない人間には、いかに視力に問題がなくとも、一つ大きな問題があります。ほうっておくと優位眼(利き目)しか使わなくなって、もう片方の眼を使わなくなってしまい機能が低下するという問題。優位眼でない方の眼がヤバいことになっていないかどうかのチェックのために、数ヶ月に一回通院していました。
で、障害者手帳の取得について相談してみたら、「とにかく検査してみましょう」ということになりました。視力と視野は検査した記憶があります。他にもいろいろ検査されたような記憶がありますが、よく覚えていません。それまで何回か受けてきた斜視の検査に比べれば、時間もかからず大変でもなかったんじゃないかと思います。斜視の検査って大変なんですよ。気分悪くなって吐いちゃったりすることもあるし。
その視力検査が、未だにトラウマになってます。あんな検査のしかたされると思ってなかったから、こちらに「疑いをもってみられる」に関するレディネスがなかったんです。

数年来の顔なじみの看護師さんに、いつものように視力検査表を使った視力検査をしてもらいました。今までは、私がちょっと
「これは上かな? 下かな?」
と20秒ほど首をかしげていると、それは「見えない」とされました。で、たとえば0.5の段で2つほど「タイムアウト」だと、0.6の段は1つをテストして「点に見えます」と答えることになります。それ以上の検査はされませんでした。これが通常の視力検査だと思います。
でもその時の視力検査では、その「見えている」と言えるのかどうか微妙なあたりで、看護師さんが目を吊り上げて、
「よく見てください」
「輪に濃淡はありませんか、太さの違うところはありませんか」
という感じで、「淡いところがある」「細いところがある」と答えると、それは「見える」とされるのです。
いかに「見えてるか見えてないか微妙」を「見える化(笑)」されたところで、矯正視力は0.6を越えないわけなんですけど、
「こんな検査をされるんだったら、もう見えづらくて不便なままでいい」
と思い始めました。そして、障害者手帳の相談をしたことを、心から後悔しました。
0.6がアウトだったら、0.7以上が見えるわけないですよね? でもその時の看護師は、視力検査表の一番下まで
「見えませんか?」
と検査しました。ただのぼやけた点にしか見えないもの、なんか書いてあるのかどうかさえ判然としないものについて「濃淡は」「太さは」と聴かれることが数十回続いたわけです。

以後、私はその眼科には一度しか行っていません。結果を聞きに行っただけです。
その嫌がらせめいた視力検査によってさえ、視力に視覚障害6級レベルの問題があることははっきりしました。視野にも問題がありました。身体の状態的には、継続して視力検査を行って「障害の固定」とみなされれば、障害者手帳の取得は可能な状態でした。医師はそう説明しました。でも私は、もう、あの嫌がらせめいた視力検査を受けたくなかったんです。その間に障害者福祉について少し調べ、6級程度だと本当に白杖くらいしかないということも判明しましたし。
その後も視力は絶賛低下中でした。一番ひどいときは矯正視力が0.4くらいかそれ以下まで落ちてたかな? 2000年代に入ってから、別の眼科で検査を受けたことがあります。まだ歩けていましたから、2004年より前のことであろうかと思いますが。眼科医は私の視力を「ロービジョン」というものだと教えてくれました。そして「今、いろいろロービジョン用の補装具は開発されているから、それを使ったほうがいいんだけど」と言いつつ、「でも障害者手帳の取得はできるかどうか」と眼科医はうつむきました。私の眼には器質的な問題はなく、したがって視力低下に関する医学的な説明がつかず、その状態では障害者手帳は取得できないから、ということでした。一台数十万円という補装具を自腹で購入できるような経済力は私にはありません。私はWebカメラやパソコンを組み合わせて拡大読書器のようなものを作り、何とかしのぎました。パソコンのフォントは簡単に拡大できますから、あまり大きな問題になりませんでしたしね。お外で大変なのは、もう数年来のことでしたから。気にはなるし、大変は大変ですけど、どうにもならない「大変」ではないし。その状態で危険少なく、困惑少なく、日常生活を送ることに関して、もう10年に近いキャリア(笑)があったわけですし。単眼鏡を持ち歩いていれば、はじめての海外でさえ何とかなりました。
ああそうそう。当時の私は、見えてるふりをしなくちゃいけない場面が結構多かったんですよ。見えてないふりじゃなくて。専門学校や社会人向け技術教育を中心に、講師業をずいぶんやってましたから。それももう、2000年以後は慣れたものになっていました。それも日常的なことではありませんでしたしね。1990年代後半、勤務先では、私がロクに見えてないことを利用したイジメに日常的に遭ってましたけど、2000年後に退職した後に出会った人たちは、私の視力がそこまで悪かったことに最初から気づいてなかったんじゃないかと。イジメられたくなかったから、もう最初から弱みを見せなかったというわけです。ちなみにその1990年代後半の勤務先は、障害者支援技術に注力していることで知られている沖電気工業でした。「TEPS」のような場で出会う沖電気の技術者たちは良心的だし、「外面と内面が全然違う」とかいうこともなさそうだし、製品も良いものです。でも私はずっと、社会やエンドユーザとの関わりが非常に少ない半導体部門(現在はほぼ消滅しています)にいました。もしも私が障害者支援技術に関わっている部門にいたのだったら、そんな経験はしなかったのかもしれません。視力について開示して、必要な配慮をうけて普通に働けていたのかもしれません。でも未だ、障害者支援の場面で「沖電気」という社名を見かけると、その「沖電気」で自分が経験したことを思い浮かべて、なんとも複雑な気持ちになります。どちらも「沖電気」に違いはないので。
まあ、そんな経験してきてますので、今でも、もし「健常者同様に歩けるふり」が可能なら、とっくにやってるでしょうね(笑)……いやほんと佐村河内氏以後、くだらん嫌がらせに遭うことが増えてるんですよ。わざわざ近づいてきて偶然を装って車椅子を蹴っていくオヤジとか、同じくわざわざ近づいてきて不注意を装って頭に荷物ぶつけるババアとか。それまでは数日に一回あるかないかだったんですが(「たまに」でも問題ですけど)、今は「不特定多数の人のいる場に一日いれば、一日数回」という感じです。忘れっぽい日本人、さっさと佐村河内氏のことを忘れてくれたらいいんですけど、こういうことは忘れられないでしょうね。なにしろ「障害者を見たら疑え!」というお墨付きを「お上」が出したも同然なんですから。それはもう、よくよく日本人健常者多数によって記憶され、繰り返し利用され、日本の「ふつう」の習慣、空気のようなものになっていくんでしょうね、はぁ……。

2009年になって、私の視力に影響を与えていた原因が判明しました。現在も服用している向精神薬です。医学的にどう説明されるのかは分かりませんが、向精神薬の量と私の視力には相関があります。「CP換算」という向精神薬量の目安がありますが、これが50mgを超えると視力に影響が出ます。生活だけではなく仕事にも影響しますから、現在は、精神科医とも相談し、向精神薬はなるべく少量を必要な期間だけ、というふうにしています。
紆余曲折の末、信頼関係を作ることのできる精神科医に出会って減薬に成功したら、視力の問題が改善した……というわけだったのでした。現在はたぶん、1.0くらいはあるんじゃないかなあ? と思います。問題はむしろ、老眼が加わったせいか、近くがより見づらくなったことです。2006年ごろから、資格試験などのときには文字の拡大をお願いしてますよ。特に英語は、視力に問題のない方向けのサイズだと厳しすぎるので。洋書はだいたい買ってから「さて、どうやって読もうか」と慌ててます。電子書籍ばんざい。
眼科には「メガネが合わなくなった」と感じた時に、数ヶ月~1年に1回くらい行っているわけなんですけど、視力検査の結果は良く覚えてないんです。私にとって重要なのは、生活や仕事に支障がないかどうかであって、視力検査の結果の数字じゃありませんから。

なお、視力検査での応答時間をどう評価するかに関する問題は、いまだ研究対象になっている状態のようですね。たとえば、こちらの慶應の論文とか。

 

3年前の東日本大震災より、日常の脅威

今日は3月11日です。東日本大震災から満3年です。
でも私にとっては、3年前の東日本大震災より、昨日の2つの出来事の方が大問題です。
3年前の東日本大震災では、東京も結構揺れたし、わが住まいでも「門柱折れる」「壁にヒビ」「浴室のタイル剥げ落ちる」「本棚3本倒れる」などの被害はありました。でもそれは3年前のこと。
昨日の2つの出来事は、近未来の私の生存・生活を危機に陥らせるかもしれません。 

●その一

昨日の午後、私は生活保護を申請する友人に付き添って福祉事務所に行きました。自分も(障害者福祉で)お世話になっている杉並区の福祉事務所です。といっても申請そのものには付き合っていません。
「何かあったら呼んでね」
といって、近辺にいました。
私は過去、3回ほど同様に生活保護申請に付き添って福祉事務所の近くや構内まで行ったことはあるんですが、カウンターや相談室の中、申請書を「出す」「出さない」の現場にまで付き合ったことはないんです。あくまで申請するのは本人なんだし、本人が申請できないとすればそれ自体が問題なんですから、最初から「福祉事務所性悪説」に立つようなことはせず、何かあったら呼んでもらえる態勢を整えておけば充分なのではないかと。で、結果として、中に呼ばれたことはありません。「もしかすると」ですけど、そういうバックアップ体制があって、本人がある程度落ち着いた態度で申請に臨んだ場合、いくらか水際作戦の類には遭いにくくなるのかもしれません。
しかし今回は気が揉めました。なにしろ友人は、相談室に入ってから4時間近く出てこなかったんですから。
私は最初の1時間は、猫糖尿病の臨床研究論文を読んで過ごしました。2012年10月、我が家の猫・摩耶(当時15歳)が慢性腎不全に加えて糖尿病を発症してから1年5ヶ月。日々のケアと治療費のやりくりが大変すぎて(当初の超大変な時期はとっくに過ぎましたけど)、糖尿病そのものについて調べたことはなかったのでした。その論文を読んで
「ひーっ! そんなに予後不良の病気でしたかーっ!」
と慌てたことを白状いたします。
まあ、でも、診断後の余命の中央値にそろそろさしかかろうとする現在、摩耶は元気だし、まだまだ頑張れそうだし……と気を取り直し、つぎの暇つぶし。バッグから本を取り出したのはいいんですが、既に読んでしまった本でした。丁寧に読みなおしたつもりでも10分。友人はまだ出てきません。申請に必要な書類は全部揃えて(何が必要なのかは本人が調べて揃えたということです)臨んだはずなんですが。
心配でしょうがないなあと思っていたら、お腹がギュルギュル言い始めました。心配と寒さで腹を下したようです。トイレに3回ほど行きました。それで合計15分ほどヒマが潰れたでしょうか。昨年11月半ば、日本南西部方面から私の生活の根幹を揺るがす攻撃があり、その時にも胃腸の具合が悪くなりました。今年1月半ば、その日本南西部の弁護士と対応を協議した翌日、2ヶ月ぶりに固体のUNKOが出ました。それで復調しかけていたというのに、2月半ば、佐村河内氏報道+田村厚労相の「障害認定を見直す」発言+ネット民の大喜び をシカゴで読んで、またUNKOが液状化。昨日朝は、半固体のUNKOが久々に出たところでした。それが午後、また液状化してしまった、というわけです。
ちなみに、私自身はストレスやプレッシャにそれほど弱い方ではないと思いますが、私の胃腸は弱いです。大学受験のころから、試験前日から当日まで固形物が喉を通りませんでした。大学の定期試験のときは、2週間ほどの試験期間全体にわたって固形物がほとんど食べられず、お粥・雑炊・スープの類をすすっていました。定期試験のたびに5kgほど体重を落としていたものです。若い女性としては、むしろ喜ばしいことでした。それに当時やっていた登山だの、かじっていたボルダリングだの、当時まだ続けていたフィギュアスケート(小学校高学年のときにちょっと習う機会があり、以後は可能なときに我流でやってました)だの、当時もやってて40歳くらいまで続けていた中距離走のためにも、体重が落ちて困ることはありませんでした。筋肉まで落とさなければね。ついでに、つけられる可能性のある勝手な「ご意見」を、先回りして潰しておきます。私にはっきりした運動障害が発生したのは42歳のときです。それと関係があるかどうかはわかりませんが、34歳の時に高熱を出して2日寝込んだ(寝込んでおり声も出せない状態だったため病院には行かず)ことがあって以後、走っていて突然片膝の力が抜けて転倒するということがときどきありました。でも10年近くもかけてゆっくり進行する運動障害の原因ってあるんですかね? それから、向精神薬を日常的に服用するようになった最初は29歳のとき。時間的関係からいって、心因反応説も、向精神薬の副作用説も、採用が困難かと思われるのですが。あ、心因反応は「屁理屈と膏薬はどこにでも……」という感じで、いくらでも「捏造」できるかもしれませんが。
話を、福祉事務所の相談室の中にいた友人に戻します。メールを打ってみたところ、数分後に返事があり、
「水際作戦の類に遭っているわけではないんだけど、書かなくてはいけない書類が多くて時間かかってる」
ということでした。何をそんなに書いているのかなあと思いましたが、とにかく待つしかありません。本人にヘルプを求められているわけではないんだし。
そして不安焦燥にかられた私は、決定的にまずいことをしてしまいました。自分自身の用事を済ませるために、福祉事務所の(身体障害担当の)窓口に一人で行く、ということです。
私は、昨日生活保護を申請した友人のように、杉並区と揉めたことのない人間ではありません。2007年、介護給付(ヘルパー派遣)を最初に申請した時に水際作戦に遭って以来、要注意・要警戒人物とされている可能性が高いです。そう見られている可能性がある以上、こちらも最大の注意と警戒を払わなくてはなりません。だからいつも、福祉事務所と接触するときは、場所が自分の住まいであれ福祉事務所であれ、弁護士や障害者運動家に同席してもらっています。相手は役所です。自分たちが過去にしたことを「正しい」とするために、なんでもやってくる可能性があります。役所性悪説に立ちたくはありませんが、昨日の翌日である今日は3月11日。災害の可能性には最大の警戒と最大の備えをすることは常識です。天災(の可能性)でなく人災(の可能性)というか自治体災(の可能性)というか、であっても同じこと。
自分自身の用事とは、介護給付を継続するための申請書に書類不備があったための修正と再提出でした。修正してほしいということだったんですが、どこをどう直せばいいのかよくわからなかったので、窓口で担当者に直接聞いてその場で修正しようと思ったんです。これ自体は別にまずくはなかったと思うんですが、その書類の修正中の会話、それから世間話めかしての会話で、私は一つ、明快なNoを言い忘れたんです。それから一つ、余計なことを言ってしまったんです。
私が現在受けている介護給付は、一ヶ月あたり約50時間です。これは1日あたりに必要な時間を一ヶ月31日分積み上げたものです。でも、現在までのところ最大で何時間使えたかなあ? 30時間程度かなあ? 私は、出張の多い月は、月の半分くらいは東京にいなかったりします。それに、土日を引き受けてもらえる介護事業所が未だ見つかっていませんので、土日は介護給付を使えていないのです。で、昨日、担当ワーカー氏に「使えていないけど、ゆとりの時間を希望するということですね?」と聞かれて、なんと答えたか忘れましたが、明快に「違います」と言わなかったんです。これがケース記録に「必要ないのに、ゆとりの時間を欲しがっている」と記録されたとしても、あまり不思議ではありません。これが、いい忘れた「明快なNo」です。
それから余計な一言とは。シカゴで佐村河内氏報道にまつわるもろもろを読んでいて腹を下した件。担当ワーカー氏が何と答えたか正確には記憶していませんが、「心因反応的なものになったんですね」というようなことを言われたんです。あああ、自分の愚か者! ニュースで下痢った話をしたうえに「心因反応」にNoを言わなかったとは!
最悪の可能性として私が2007年以来想定しているのは、杉並区が私の身体障害を「心因性のもの」「精神的なもの」としたがっている可能性です。身体障害者でなくして、ついで職業を維持していることをもって精神障害者でもなくして、すべての障害者福祉から私を切り離す。すると私は生きていけなくなる。かくして杉並区は、私に対して過去に行った不適切な対応を、私ごと消滅させることができる。めでたし、めでたし……。私自身には、ちっともめでたくない結末なんですけどね。
その最悪の可能性に結びつく言動を、昨日の私は二つもやらかしてしまいました。どうなるんでしょうか。
ちなみに昨晩は、喘息発作を起こしました。下痢→脱水→水分不足→喘息、という流れです。
「水分をしっかり撮ってリラックスして早寝すれば収まるだろう」
と見て、そのように対応しました。病院も救急車もイヤなんだもん。で、今朝は「ちょっと痰が絡み気味」程度に収まっております。しかし下痢は絶賛継続中。

●その二 

福祉事務所を出た友人と私は、西荻窪のデリカフェに入りました。ふたりとも申請お疲れさま夕食会、といったところです。お店のページへのリンクをわざわざ貼っておくのは、「二度と行かない!」という自分の決意表明と、以下に出てくる「階段」「構造物」などが実際にどのようであるのかを自ら確認したい方々の利便のためです。とはいえ、お店には全く恨みはなく、長年にわたって美味しいものを食べさせていただき、気持のよい時間を過ごさせていただいたことを感謝しています。でも、二度と行きません。お店に来る他のお客さんや、お店に出入りする時にお店の前を通りすがる人を選ぶことは、私には出来ないんですから。
そのデリカフェの入り口には数段の階段がありますが、すぐ横に、手すりとして私が利用することのできる構造物があります。もう何年も、日常的に利用しているデリカフェです。階段の下に車椅子を停めて、手すり代わりに構造物を利用しながら自分に可能な方法で階段を上り、ついでドア手すりを手がかりにしつつ入り……という一連の手順を数年前に開発し、大きな不自由なく利用できていました。過去何年にもわたり、不愉快な思いをしたことはありませんでした。
昨日は、佐村河内氏の事件が大騒ぎになってから初めて、そのデリカフェに入った日だった……と思います。その前に入ったのは1月だったかもしれません。2月中旬のアメリカ行きを控えて、1月下旬から出発直前まで「あれも、これも、片付けとかなきゃ!」とドタバタ。デリカフェで外食するだけの時間の余裕もなかったんじゃないかと思います。「思います」というのは、あまりにドタバタしてて良く覚えてないからです。で、帰国後は佐村河内事件+ネット民+田村厚労相の反応 で食欲が萎えてましたしね。それに階段の上にあるお店って、いくら入り口に手すりとして使えるものがあっても、なるべく利用したくないんですよ。いくら「方法はある」とはいっても階段の登り降り自体がしんどいし、転倒や転落のリスクはあるし。
昨日は、友人と私の腹具合・食べたいものなどを考慮して、久々にそのデリカフェに入ったのでした。でも、もう二度と行かないでしょう。階段がしんどい、階段自体がリスクである上に、昨日は多大な人的リスクまであることを思い知らされましたから。「食事する」のために、そんな危険をおかすことはありません。美味しいデリの数々が食べられるお店ではありますが、それらの危険と引き換えにして食べたいほどではありません。
友人と私が入った時、デリカフェの店内には他にお客さんはいませんでした。あとから、40代後半から50代前半と思われる、小太り・ショートカット・化粧気なし・陰険陰湿そうで頭の悪そうな女性が入ってきました。そして私たちをジロジロと見て、近くの席につきました。女性は席についても、こちらをチラチラ見ていました。
なんでそんなに見るのか不思議でした。「生活保護のくせに外食」とか言いたいんでしょうか? でも、友人の申請にまつわる話は、女性が来る前に
「まあ、申請はできたんだから、あとは待つっきゃないよ、2週間」
というふうに終えていました。女性が来たあとに話していたのは、ほぼ、各国の扶助・障害者福祉制度の比較にまつわる話です。日本で言われている「アメリカの福祉は……」があまりにも「つまみ食い」すぎる、という類の。
そうこうする間にも、私の腹は下り続けていました。というわけでトイレに立ちました。ゆっくり転倒しないように慎重に一歩一歩。そのようすを、女性がジロジロというかギロギロというか、という視線で見つめ続けていました。そこで気づきました。女性は、階段の下に停めてある車椅子の主が誰であるのか、その車椅子の主がいかに「明らかに車椅子が不要と思われる」かを気にしていたのでしょう。もしかすると、それを見届けることが目的で、わざわざお店に入って飲食物を注文したのかもしれません。女性が何を注文していたのか、食べていたのかどうかは知りませんが。
トイレの中で出すものを出して、しばらく呆然としました。いつものように、いつもと同じようにしていることなのに、大変なことになってしまった、と。私がこのデリカフェに来なかった1ヶ月強くらいの間に、佐村河内氏の事件があったわけです。それを考慮していなかった私は、決定的に深刻な事態を招いてしまったようです。
私はトイレから席に戻りたくなかったんですが、そういうわけにもいかないので、席に戻りました。やはり、その女性にジロジロギロギロ見られつつ。
ケタクソ悪いので、すぐにデリカフェを出ることにしました。立ち上がって二人分の支払いをし(なにしろ生活保護を申請するくらいだから、友人は深刻にお金がないんです)、ドアに向かいました。友人にドアをあけてもらい、入った時の逆で階段を降りようとして、店の中を見ると、女性がこちらを凝視しています。目は吊り上がり、なんだか怨念を感じるような視線でした。私はその女性を知りません。怨みを買うようなことをした覚えもありません。私は女性の方をじっと見ました。友人が私に気付き、私の視線の先にあるものにも気づきました。友人は
「あれが、みわさんがよくツイッターで怒ってた『ジロジロババア』なんだ」
と言いました。私は
「うん」
と答え、女性の方を見続けました。女性は目をそらしません。そこで私は女性に対して拳を突き出すような動作をしました。女性はそれでも目をそらしません。友人が
「相手にしないほうがいいですよ」
というので、それ以上の行動はやめました。友人がいなかったら、私はお店に取って返し、女性に
「何を見てるんですか!」
と大声を上げたかもしれません。そのデリカフェを出入り禁止になってもかまいません。お店のスタッフのせいではないとはいえ、そんなケタクソ悪い目に遭うお店にわざわざ出入りする必要はありません。入り口の何段かの階段がいけないんです。入り口の何段かの階段を、私が車椅子を使う障害者のくせに、なんとか登り降りする方法を見つけて登り降りしてしまっていたからいけないんです。佐村河内氏の事件の後でも、それまでと同じように登り降りしてしまったからいけないんです。自己責任、自己責任。
ちなみに過去、そのデリカフェに入る時、
「通りすがりのババアがわざわざ足を止めてマジマジ見ていた」
ということはありました。入った後で路上をふと見ると、
「通りすがりのババア3名ほどが、車椅子と私を指さしながら何かを話しているようす」
ということもありました。私の方は、
「見たきゃどうぞ、話のネタにしたかったらどうぞ、誰かに言いつけるなり噂を広めるなり、ああもう勝手にしやがれ!」
と思っていました。お店を出る時、そういう物見高いババアたちを
「見世物じゃないんですよ、何見てるんですか!」
と怒鳴って追い散らしたこともあります。でも昨日の出来事は、そういう「今までどおりの対応をする」という選択肢を私から全く失わせるほど強烈な体験でした。
友人と別れたあと、私は
「さっきの女性は、次にどういう行動を取るだろうか」
と考えをめぐらせました。杉並区にチクるのだろうか? ま、チクられても大した違いはないでしょう。そんな街中の行きずりの人よりも、私にはもっと恐れなくてはならない存在(参考)があります。「行きずりの人がチクった」が実際に起こってしまうとしても、大した問題ではありません。少しばかり問題であるとしても、2007年以来続いている杉並区との間の剣呑な状態が、もう少し剣呑になって継続するだけのことです。今までと大差ない気持ち悪い状況が続くだけでしょう。それとも、女性はラジオ番組や新聞への投書を行うのだろうか? 私は過去、荻上チキさんのラジオ番組に出していただいて
「見たところ、明らかに身体にどこも問題がないのに病院に来ている仮病の生活保護の人がいる」
という看護師さんの投書にコメントしたことがあります。それは大変不思議な投書でした。「明らかに身体にどこも問題がない」あるいは「仮病」であるかどうかは、カルテを確認すればすぐ分かるはずです。看護師が「カルテを見たら病気ではないと書いてあった」とバラすことには別の問題がありますが。「明らかに身体に問題がない」「仮病の」の根拠は「見たところ」です。いろんな可能性が考えられます。見た目で分からない病気や障害は、いくらでもあります。看護師だったら、そんなことは私よりも良くご存知でしょうに。そういう内容のコメントをした記憶があります。
こんどは、自分自身が
「歩けるのに車椅子に乗っている偽装障害者らしい人を西荻窪のデリカフェで見た、しかもそのデリカフェの入り口には階段がある。その偽装障害者は、スタスタと普通に歩いてトイレに行き、階段を健常者同様に登り降りしていた」
とかいう悪意たっぷりの自称「正義」による投書をされるんでしょうか? そのとき、かつての私のように
「その嫌疑の根拠、そういう嫌疑をかけること自体に問題がありませんか?」
というコメントをしてくれるコメンテーターがいればいいんですけど、そういうコメントが放送禁止になったりして。
あるいは、その女性が杉並区職員なのかも。職務に忠実に(皮肉)、適正化のため(皮肉)、正義のため(皮肉)、自腹を切ってそういう行動をしていたのかもしれません。あるいは私服警察官か。しかし尾行している私服警察官が、ああまで怪しい行動を取ることもないかと。
さて、13時を過ぎました。私は今日まだ、住まいから一歩も外に出ていません。ああいう健常者がウヨウヨしている街に出るなんて怖いです。銀行に行かなきゃいけない用事をはじめ、外に行かなきゃ片付かない用事があるし、もうすぐ確定申告だから税務署にも行かなくちゃいけないというのに!

3年前の東日本大震災が、大きな災害でなかったと言うつもりは全くありません。仙台にも石巻にも知り合いや友人がたくさんいましたし、従妹の一人は相馬で避難を強いられました。
でも私にとっては、3年前の東日本大震災より、日常のどこにでも潜んでいる脅威や落とし穴や罠、それらが近未来に強化される可能性の方が、ずっと深刻な「災害」です。

●補足1

「だから障害者手帳は定期更新制にすればいい。そうすれば嫌疑をかけられたときに障害者手帳を出せば済む話」
という意見がありそうです。
私の障害者手帳は、身体は更新なし、精神は2年ごとに更新されています。
身体の方は、2007年、1級(下肢2級+上肢3級)で申請したものが2級(下肢2級+上肢4級)に切り下げられる形でしたが手帳は取得できました。申請時と症状は変わりありません。杉並区の場合、肢体不自由の1級と2級では利用できる福祉サービスにあまり差がないので、「ま、いっか」と2級で妥協しました。しかしこれが3級になると、日常生活が事実上不可能になります。電動・手動とも、車椅子の交付は下肢の障害が2級であることが最低条件だからです。ちなみに2005年から2007年にかけての私は、障害はあれども身体障害者手帳はなく、一切の障害者福祉なしでしのいでいました。原理的に無理なことを続けるわけにはいかず、手帳を申請したのでしたが、その2年間、私がどんなふうに生きていたか想像することはできませんか? 障害ゆえに失う職業機会や収入機会がたくさんあり、補装具等の費用など出費は増えるわけです。しかも公認の障害者ではありませんから、障害者雇用の枠に入ることさえ出来ません。私自身、当時を思い返して「よく生きていられた」と思います。2匹の猫たちを守らなくてはならないということがなかったら、案外、あっさり自殺していたのではないかとも思います。障害者福祉が必要な人間に与えないこと、与えない可能性を高くすることのどこが「適正」なんでしょうか?
私は、身体障害者手帳の定期更新制の導入に反対します。定期更新制が導入されたら、更新のたびに、「どういう不利な扱いを受けるのか」「更新後はどうやって生きていけばいいのだろうか」と怯えなくてはならなくなるからです。そんな心配をしないで、自分のキャリアプラン、自分の将来計画を立てて、実現していきたいのに。「不利な扱いをされるのでは」「生きていけなくなるのでは」は、私の思い過ごしではありません。最初の手帳の申請時(2007年)に、級の切り下げに遭ってます。手帳が更新制の精神障害では、10年前から「適正化(自称)」による問題が多発しています。下の「補足2」をご覧ください。なんで佐村河内氏のような例外的な事例があるからといって、そうではない障害者が巻き添えを食わなくてはいけないんですか?
精神の方は症状も医師意見書の内容もほぼ変わらないのに、「3級→1級→2級」という不思議な動きをしています。理由はよくわかりません。理由は、私にも主治医にもなくても、たぶん東京都や杉並区にはあるんでしょう。
身体障害者手帳は更新なしですが、障害基礎年金では3年ごとに診断書を提出しての再判定が行われます。身体障害も精神障害も同様です。障害年金で「再判定なし」となる条件は、手帳よりずっと厳しいです。そこらへんにいる普通の障害者が「再判定なし」となる可能性は、まずありません。私も再判定を受けていますよ。
それでも、
「いや、2008年の北海道の偽装障害事件のときも障害年金が……」
とおっしゃいますか? 私の場合、障害年金の申請時に診断書を作成した医師と、再判定時に診断書を作成した医師は、別の地域の別の病院の別の医師なんですけど? しかも既に私が杉並区と揉めているので、偽装どころか、診断書を作成してくれるという医師、さらに、その診断書にことさらに不利な記述をしない医師を探すことにさえ苦労する状態なんですけど? 行政と当事者が揉めている場合、通常、医療は行政の味方です。ここは、強きを助け弱きを憎む、美しい日本(皮肉)なんですから。

……ここまで詳しく説明しても、言いがかりをつけたい人はつけるんでしょうね。はぁ。 

●補足2

最近、症状が変わらないのに手帳の級が切り下げられたり「手帳なし」になったといって悲鳴をあげている精神障害者が多いんですよ。公的な調査はありませんが、たとえばこちら。結果がどこかにまとめられているはずですが、URL見つけられず。
ちなみに、この調査が行われたのは2004年の話です。今はもっと大変なことになっています。
私は5人ほどの精神障害者の方に音声起こしなどの仕事をお願いしていますが、ここ3年ほど、その方々の手帳の更新や年金の更新のたびにオオゴトになっています。もともとの精神障害が悪化して、仕事をお願いできる状態ではなくなることもあります。「級が切り下げられたら」「年金なくなったら」という不安から仕事をやりたがって、でも不安焦燥感で仕事にならなかったりアウトプットの質が落ちたり。ときには「級が下がった(生活保護では障害加算に関連)」「手帳なしになった(生活保護では障害加算に関連)」「年金なくなった(生活保護を利用していない場合は収入ゼロに。一ヶ月あたり1万円程度の小遣い稼ぎ程度以上に働ける状態でもないのに、年金が切られるケースも)」で、さらに大変なことになったり。ここまで行くと、個人でケア出来る範囲ではありません。そこでソーシャルワークに力を入れている精神科医療機関につなぐことになるんですが、生活保護や自立支援医療を利用している場合、「転院する」を実現するまでが大変なんです。
5人が2年に1回(手帳)・3年に1回(年金)の再判定を受けているということは、ほぼ常時誰かが、「再判定前につき精神状態が……」「再判定の結果のせいで精神状態が……」ということです。自分も同じ問題を抱えています。
再判定がすべてを解決するかのように言う方々は、おそらく、再判定が10年前からどういうことになっているのか(症状や必要性を「適正」に反映したものではなくなり、むしろ過度に軽くなっている可能性の方が大きい)、その結果が日常生活や(限定されたものであるとはいえ)職業生活にどういう悪影響を及ぼしているのかまで考えているのでしょうか? 無責任に騒ぎ立てるのはやめてください!

自分のとある一日 - 障害者である自分は何に困っているのか

肢体不自由で障害者手帳(2級)を取得している私が、取得後もうすぐ満7年の現在なお困っていることがらを、ある平日の一日の時間軸に沿って書いてみます。

●目覚め
たいてい、猫の摩耶(もうすぐ17歳)に起こされて目覚めます。時刻は結構バラバラです。午前5時~8時くらいです。摩耶が私を起こす理由には、
「私が起きないと猫の朝食が用意されない」
ということもあるのですけど、慢性腎不全と糖尿病を抱えた摩耶は喉が乾きやすいため、水を飲みたいのです。それも浴室の水道の蛇口から出てくる新鮮な水を(汲み置きの水はいつも住まいの中の数ヶ所に置いてある)。
摩耶、私の頬に顔をすりつけたり、顔を肉球ではたいたり、時に顔面に腹ばいになったりなどして私を起こそうとします。
いや、私、最初の「みゃ!」で目が覚めてはいるのです。しかしながら、まず、「上体を起こす」「脚をベッドの外に出す」「立ち上がる」が、いちいち「あぎー!」「ぎえー!」といった痛みを伴い、「せーのっ!(はあはあぜいぜい)」っと勢いつけて、やっとこやれる動作なんですよ。毎日のことなので「ベッドから出る→痛い・疲れる」と頭にインプットされちゃってて、なかなかやる気が出ないのです。あー、摩耶! 掛け布団をめくって私の顔をひっかくなんて、やめなさーい!……わかったよ、カーチャン起きるからさ。ぐえー!(上体を起こすときの悲鳴)

●午前
今のところ、家の中では歩いています。伝い歩きしたり。「細心の注意を払って、ゆっくり数歩歩いて呼吸を整えてまた数歩」だったり。室内用のロフストランドクラッチも持っています。使いたいんですけど、住まいが狭いためまことに使いづらく、登場の機会は少なくなっています。
用事がなくても、いったんは住まいの外に出て太陽光線を浴びることを心がけています。生活リズムをなるべく乱さない、昼は起きて夜は寝る、を強化するために。
外にでるためには、玄関たたきに下りる必要があります。床とたたきの間の正確な高さは測らないとわかりませんが、25cmくらいかなあ? 30cmはないと思いますが、いずれにしても神経を使う緊張の一瞬です。転倒してえらい目に遭ったことも、過去に何回かあります。手すりの類は設置していません。今のところは、20代前半でちょっとかじったボルダリングの技術の応用でなんとかなっています。壁と柱の間の凹凸、壁という構造材の存在そのものなど、ホールドとして利用できるものは結構あります。私自身は、まだ当面、手すりの類はなしでもイケるかなあと思っています。しかし、これも実は頭痛の種です。私の住まいに来た福祉事務所のワーカーさんたちに口で方法を説明し、目の前でそれをやって見せても「壁に手をついて軽々と移動していた」というふうにしか見えていないようなんです。開示してもらったケース記録には、そんなふうに書かれていましたから。たとえば、私の住まいの狭い玄関にブサイクで嵩高い手すりが設置されて「身体障害者の住まいらしさ」を演出してくれるようになれば(もちろん、手すりとしても役に立ってくれるでしょう)、私はこんなことで悩まずに済むのかもしれませんが、玄関の出入りを安全にするために私が「あったらなあ」と思っているのは、床や壁に固定するタイプの手すりではありません。世の中で「福祉器具」のカテゴリに入れられているものではありませんが、「あったらすごく助かるし安全になるだろうなあ」と思っている補助具のイメージがあります。高価なものでもなんでもありません。ただ、それを自分で作ったり設置するのは無理だし、ヘルパーさんにも(契約上)頼めません。障害者向け住宅改装のプロだと「何かあったときの責任が」ということになり、オリジナルな補助具の制作・設置はさらにお願いしにくいのです。というわけで、住まいの玄関には今のところ、補助具の類は何もありません。それにしても、ケース記録というものは謎の多いものです。ありもしないものが記録されていたりもします。「高さ140cmの郵便ポスト」とか。あるけど使ってない郵便ポストがウチには確かに一つあります。使ってない理由は、小さすぎてウチに届く大量の郵便物に対応できないからです。その小さいポストに郵便物が無理やり押し込まれてしまうと、私には取り出せなくなります。私は、その高さに手を伸ばして何秒か維持することはできますが、その高さでは力は入らないんですよ。さらに気持ち悪いのは、その記録をしたワーカーがどこを測って「140cm」ということにしたのか全く分からないということなんです。ポストの上端でも下端でもありませんし、基準とした高さも不明です。まあこれは常識的に見て地表面からでしょうけど。問題は、ケース記録のそのくだりが、「こいつの障害は本人申告よりもずっと軽いにきまっている」という文脈で記録されているということです。私はそのポストから郵便物を出し入れしていたんだそうです。記憶にありませんが、その「郵便物」というのははがき一枚程度、それも封筒と封筒の間に挟まったりとかしておらず軽く取れる状態のものだったのではないかと思います。もし、当時(2007年~2008年。以後はそのポストは使ってません)のいつものように、大量の郵便物がぎゅうぎゅうに押し込まれてポストの上の端から高くはみ出しているような状態だったら、当時の私にも現在の私にも、その郵便物を抜き取ることはできません。しかし、「私は……で困っている(ので、このように解決を図っている/解決できないでいる)」といったことを福祉事務所のワーカーに説明しても、口では「そうなんですか」とにこやかに聞き取られても、決して記録されることがありません。記録されるとしたら「本人は……と言っていたが、それは障害を重く見せかけるためのウソであろう、なぜなら……という事実があったからだ」という文脈においてのみ! です。そこに書かれている「事実」が、私の障害の状態を反映した「事実」であるとは限りません。私は物理系の実験屋でしたが、その記録の傾向を見ると「データいじり」というイメージが浮かんできます。学会発表でも「都合のいいデータだけつまんだな?」という発表は結構ありますよ。研究者どうしだったら質疑で「それはなんなんですかー!」と突っ込めるところですが、あちら障害福祉サービスを認可したり支給したりなさる「お上」、こちらは有り難くも認可いただき支給いただく障害者。学会のように気持ちよく突っ込むわけにいきません。まあ、私を障害者福祉の対象から外して社会保障費を削減したいという自治体の意図は、ケース記録を読み返せば、よーくわかります。そのために、公的なケース記録にウソというか意味不明の記述までする必要があるのでしょうか? この話をし始めると長くなるので、今回はやめておきます。けれども、北海道で偽装障害者が多数発覚した2008年よりも前、佐村河内氏のことが話題になった2014年よりもずっと前の2007年から、一部地域の福祉事務所・一部ワーカー(全部ではないと期待したいですし、他地域にそうではないワーカーさんもいることは知っています)は障害者性悪説で動いており、「この人の障害は本当は軽いのだ」ということを強化する内容の記述をケース記録に行っていたということは、ぜひ知っていただきたいところです。私には、佐村河内氏の一件が「良い」きっかけとなって、このような障害者福祉の「裏」運用・「裏」ケースワークの実態を法制度に反映して堂々と実施できるようになる、と田村厚労相以下現政権の閣僚や厚労省の官僚の一部(だと思いたい)が「きゃっふきゃっふ♪」というように見えるのですよ。
外で太陽光線を浴びるついでに、玄関たたきに置いてある猫のトイレ(現在、摩耶の他に瑠(5歳)がおり、猫トイレが4つあります)を掃除したりとか。私は
「手に使い捨てのポリ手袋をはめて、尿を吸って固まった猫砂や猫のUNKOをつかんで別の袋にポイポイと放り込み、最後にポリ手袋を裏返しながら脱いで捨てる」
という方法で猫のトイレの掃除をすることが多いです。2005年に運動障害が発生して以後は、手で猫トイレ掃除用のスコップを扱うのは、かなり困難になりました。現在は、持病がら多飲多尿の摩耶がいるので、猫トイレの中に猫砂の大きな固まりが出来てしまうのではありますが、その固まりだって(ポリ手袋をはめた)手で分割すれば何とかなります。ここ数ヶ月はずっと、「ねこのきもち」オリジナルの紙の猫砂を使っています。「固まる」といっても、そんなに固い固まりにはなりません。鉱物質の猫砂はガチガチに固く固まるし重たいので避けています。我が家の猫たちが一番好むのは鉱物質の猫砂なのですが、カーチャンの障害のため妥協してもらっています。
……猫砂の材質や銘柄にまで言及しながら、「はぁ」と溜息をついております。ここまで細かく書くのは、「●●が出来るなら、身体障害二級に該当する障害ではない、なぜなら自分が知っている●●は××だから」という主張が現れる可能性への対策です。ただの可能性、ただの思い過ごし、ただの取り越し苦労であれば、それに越したことはないのですが、どれだけ備えてどれだけ対策しても「充分」ということはないだろうと思うんですよ。合理的な対策をどれだけしても、「言いがかり」「いちゃもん」レベルの主張に対する対策にはなりません。ましてや「言いがかり」「いちゃもん」が「数は力(しかも、現政権が実のところ支持してくれてるし)」になってしまう可能性に対しては、まったく有効性がありません。猫砂は「ねこのきもち」オリジナル製品で、と書きながら、私は自分が近未来に生きていけなくなる可能性をリアルに思い浮かべて涙します。電動車椅子を取り上げられたら、障害年金などの経済的な「底上げ」によって障害によって発生する膨大なコスト・ハンディキャップを埋めることができなかったら、私は文字通り生きていけなくなります。そのことに関する理解が日本で「多数派」「世論」になることはあるのでしょうか? 自分の生存のために期待したいのですが、同時に、期待するような愚かさを持ってはいけないと思います。日本生まれ日本育ちの日本人を50年やってきた経験は、私に「期待しちゃいけない!」と警告します。
急ぎの仕事があるときは、午前6時くらいから机に向かって原稿書いてます。調子がよければ、ここにオンライン英会話レッスンが入ったりなど。
ヘルパーさんが来る前に、洗濯機を回しながら、お風呂にお湯入れながら、料理をしながら、ご飯を電子レンジで加熱しながら、摩耶に朝の注射(インシュリン注射を一日二回、皮下補液を一日一回)を打ちながら、メールチェックしながら……という感じ。仕事してる人の朝は、まあだいたいこんなものでしょうけれども、ぎりぎりの体力で結構休み休みやっているところ、台所の流しの前に休んだり座ったまま作業したりするための椅子があったりするところが健常者との違いでしょうか。 
調子にはものすごく波があります。心身とも。ですから、こんなに家事をこなせないときもあります。ヘルパーさんが来た時に何も済んでないこともあります。で、そういうときには別の悩み事があります。ヘルパーさんに「今朝起きられなかったのは仕事のせいですか」と尋ねられることがあること。それは福祉事務所の気にしていることでもあるようであること。もう2年以上前のことになりますが、当時私の住まいに来ていたヘルパーさんが、逐一、動向を福祉事務所にチクっていたようであったことがあります。ヘルパーさんとの会話内容そのもので、福祉事務所のワーカーに毎週のように電話でチクチク攻撃されたということがあって。現在来ているヘルパーさんもそうなのかどうかは知りませんが、以後、ヘルパーさんの前では、和やかに世間話をしているふうを装いつつも、何を言うか・どう答えるかについては「福祉事務所が入れたい探りの一環なのかもしれない」という前提のもと、細心の注意を払っています。最悪を想定して備えること、防災の基本じゃないですか? 私の場合は、防ぎたい「災害」が日常そのもののあらゆる場面に潜んでいるということです。壁に口あり、障子に目あり。障害者になったら、なおさらそうなるわけです。ヘルパー派遣をまったく受けないで暮らすとしても、事情はあまり変わらないですよ。障害者であることそのもの、障害者福祉を使っていることそのものが「災害」の原因なんですから。日本の障害者が迫られているのは、多くの場合、「日常のプチ災害(となる可能性)の連続を受け入れて生き延びるか、プチ災害を拒んで生きることを断念するか」の二択。私は生き延びることを選択したので、日常がプチ災害の可能性の連続となっており、プチ災害の可能性を「可能性」以上にしないために消耗しております。こんな二択を迫られること自体がおかしいんですが。
ヘルパーさんに「仕事の状況は?」と聞かれた時、期待されているのは「仕事が忙しい」「今、仕事が大変」「仕事で疲れている」「仕事のせいで調子が悪い」という返事であるようですが、私は「まあ、ぼちぼちです」とか「疲れてますけど、別に仕事のせいではないですよ」と答えます。そういう質問をするヘルパーさんは、たいへん不満そうな表情をなさいますが、仕事以外にも心労の種が結構多いんですよ。それが大人の生活ってもんじゃないですか? だいたい、仕事のせいであろうが何のせいであろうが、疲れてて起きられない・いつものように動けないときには無理をしたくないし、ヘルパーさんに仕事について話すのは好きではないのです。相手がヘルパーさんだからというわけではありません。フリーランスのライターの仕事というものを出版業界の外にいる人が理解するのは、おそらく不可能です。だから、仕事のアウトプットそのもの以外は見せたくも話したくもないのです。「誤解を招かずに理解を得る」ということが、おそらくは原理的に不可能なのですから。一つだけ「理解を得ることが原理的に不可能」ということの手がかりとなる説明をしておきます。「フリーランスのライターが仕事で忙しいと言っている」というとき、その人が何でどんなふうに忙しいのだと想像しますか? 原稿の締め切り? 取材? 打ち合わせ? どれも「仕事」の一部ではありますけど、「今週は雑誌原稿の締め切りが4回あってねえ(けれども、原稿執筆に専念できる)」は、むしろライターとしては「ヒマ」な状況に属します。これは出版業界の中にいる人でないと、まず理解できないかと。ライターってのはアウトプットする仕事が多くて稼げている時ほどヒマで精神的なゆとりがあり、仕事が少なくて稼げていないときほど時間にもサイフにも余裕がなくて大変であったりします。稼げていないときに「だったら、なんでハローワーク行かないの!」とか言われることは(過去に一度本当にありました)、すぐに自殺を考えるレベルの打撃になります。「今」稼げていない、「すぐに」入金の目処がないということだけをもって、今その瞬間も続けている職業上の努力が全否定されているも同然なんですから。特に私の場合、もう50歳という年齢になっていますから、障害者雇用枠でも企業に雇用されるのは非常に困難かと思われます。まだライター稼業の方が、収入・経済的自立に関する可能性が高いんです。そういうことを冷静に考えての判断が、「なんでハローワーク行かないの!」と全否定される。こんな悲しいことはありません。そんな打撃を受けないためには、仕事のことはなるべく口にしない、特にグチめいたことは決して言わないことです。相手がどんなに聞きたがっても。
ヘルパーさんが来ているときに行う重要なタスクの一つに、入浴があります。脚の筋力が少なく、その上に関節が若干変形していたり筋肉が固まっていたりする私にとって、現在、入浴中は「唯一」といってよい運動の機会です。浴槽の蓋や縁を利用して、ストレッチや若干の筋トレらしきことに励みます。浴室に遊びに来る猫をかまったり、猫に歌を歌ってやったりとかもしますし、もちろんリラックスを試みたりもしますけど。入浴に使うお湯は毎日入れて毎日抜きます。猫溺死のリスクを避けるため、汲み置きはしません。水道料金とガス代を考えると、毎日の入浴に一日あたり150円程度を使っていることになります。イタいんですが、これが唯一の運動の機会であることを考えると、いたし方ないかと。たぶん、まだ水泳はできると思うので、できるうちはやりたいとも思います。昨年秋、高知県で2年ぶり(たぶん)に泳ぐことができました。泳げはするけれども、2年前よりも体力も技術もガタ落ちです。日常的に泳いだほうがいいんです。それに、住まいから徒歩5分程度のところに美麗な公営プールもあります。でも、別の問題があるため、その近所のプールには過去3年近く行っていない(気持ち悪くて行けない)のです。このことについては今回は書きません。長くなるし、話が逸れすぎるので。
そんなこんなのうちに、ヘルパーさんの来訪時間(1時間~1.5時間程度)は終わります。ヘルパーさんが退出したあと、ぐったり疲れた感じになります。必要不可欠かつ最小限の対人接触なんですが、精神的に非常に疲れます。「こんなことを言ったらヘルパーさんはどう思うだろうか」「もしかしたら会話が盗聴されているんじゃないか」というようなことを、やや妄想チックに考えてしまわずにいられないからです。それは精神科のビョーキのなせることです。だからといってヘルパーさんが来なかったら生活できない。もしも、自分の妄想でもなんでもなく、ヘルパーさんに若干の問題や多大な問題(平手打ち十数発、顔をひっかく、暴言などを過去に何回も経験しています)があっても、とにかく自分は「問題の利用者」と考えられないようにしなくては。ヘルパーさんの問題行為が虐待レベルであれば「ヘルパーさんが来ることのデメリット>>ヘルパーさんが来ることのメリット」です。そうなれば、クレームを申し立てざるを得ません。そして介護事業所にクレームを申し立てたら、まず100%間違いなく「では引かせていただきます」とヘルパー派遣を中断されます。誠意ある対応や謝罪を受けたことは一度もありません。「じゃ、明日からヘルパー派遣やめます」ならマシなほうです。「ヘルパーが虐待に至ったのは、あなたのせいじゃないですか」と責められたことも。入浴介助中のヘルパーに顔を引っかかれたことがあるんですが、その介護事業所の責任者によれば「みわさんが甘えて顔までヘルパーに洗わせたから」だそうでした。私は洗顔をヘルパーに頼んだことは一度もないんですけどね。虐待レベルでもそういう対応を受けるんですから、ましてや虐待レベルに至らない程度の問題行為、問題であるのかどうか微妙だけど自分に困惑をもたらす行為、「もしかすると探られているのかなあ、気持ち悪い」程度であれば、ただただガマンするしかありません。入浴するために、洗濯された衣類を身に付けて打ち合わせに行くために、ある程度は清潔な住まいで暮らすために。とにかくガマン。そういうジレンマが、私の日常にはたくさんあります。表情や口調で挑発されても、絶対に乗らないように。どんなに注意してガマンしていても、問題は起こるときには起こってしまいます。そのときに、自分が「問題の利用者」ということにされる可能性を最小にできるように。わざわざ作らないのはもちろんのこと、そう解釈される可能性も最小にできるように。ヘルパーさんがいる時間帯というのは、介護事業所やヘルパーさんが実際にどう考えているか・どう思っているかと無関係に、最大限の緊張と注意を必要とする時間帯なのです。こちらが、自治体からの介護給付という形でヘルパー派遣を受けている障害者であるからです。
ヘルパーさんが退出したあと、私は溜息をつきながら、ときには「ああ今日も私はたぶん、問題の利用者にならずに済んだんじゃないかなあ」とほっとして肩で息をしたりしながら、ときには「なんで、こんなにオドオドビクビク卑屈にならなくちゃいけないんだ?」と涙ぐんだりしながら、台所の椅子に座ってコーヒーをいれ、本を読んだりしながらコーヒーを飲みます。朝食を食べる時間帯は、まちまちです。午前7時~10時くらいまでの間に、というところでしょうか。
そのうちに、なんとなく仕事モードに切り替わります。締め切りの迫っている仕事、近々迫りそうな仕事の下書き、差し迫った仕事がなくてブログ書きたかったらブログエントリーなど、何か書きます。11時から13時くらいまでの間に、6000~8000文字くらい書いてますかね。これは私の通常のペースです。調子悪いと2時間で4000文字くらいに落ちることもあります。いまどき、文筆業でご飯食べようと思ったら、少なくともこのくらいのペースで原稿書けないと厳しいでしょうね。私の原稿書きのペースは、20年前からこんな感じです。調子よい時・悪い時を平均すると、20年前よりは少し速くなってるかも。

●昼
取材が入っているわけでなくとも、外に出なくては片付かない用事が、いろいろとあります。銀行、郵便局などの窓口に行く必要のある手続きとか、役所に出向いたりとか、通院とか。 用事がなくても一日一回くらい、まとまった時間、外で日光を浴びたほうがいいと思っているので、なるべく外に出るようにしています。
気分転換がてら、JR西荻窪や荻窪の駅方面で昼食を食べることもありますし、そういう日が続くこともあります。 ただ、何か不愉快なことがあると、2週間・3週間、昼食を含めて外食をしないこともあります。「不愉快なこと」の例を挙げると
「幼児づれのお客さんがいて、幼児が車椅子に関心を示してまじまじと見たとき、たしなめもせず、私の目の前で(私に挨拶の類は何もなく)車椅子や障害者を話題にした」
「私が車椅子から降りて(慎重にすり足で・杖をついて・何かをホールドにして)歩いている姿を、あってはならないものを見るかのように見続けている人がいた」
といったことです。こういうことは「しょっちゅう」というわけではありませんが、一回だけでも、その後数日~数週間にわたって
「無理解な健常者がウヨウヨしていて怖いから外に出ない、用事だけ済ませたら、家にひきこもろう」
という行動を選択する動機になりますし、
「ヘルパーさんたちだって、ああいうふうに私に接したいんじゃないか、ホンネのところでは……」
とヘルパーさんたちに対して疑心暗鬼になる動機にもなります(ヘルパーさんたち個々人がどうこうという問題ではなく、「ふつう」の日本人健常者が私の住まいの中に入ってくるという(避けたいけど避けたら生活できない)ことに対する恐怖です)。そして残念なことに、佐村河内守氏が話題になってから、程度も頻度も増えました。通りすがりに罵声を浴びせていくオヤジとか、車椅子を蹴っていくオヤジとかもいたりします。今のところ、ひるまず、やられたら怒鳴り返すくらいのことはし、「意地!」で外に出て外食もしていれば外飲みもしていますが、いつ気持ちが折れて引きこもりモードに入るかわかりません。
「西荻窪」という大人の街に、私は25年にわたって住んでいます。おそらく、子どもじみた振る舞いをする大人に対する許容度の高い他地域に比べれば、事情はよほどマシなんだろうと思います。それでも「健常者怖いから外に出ない」モードに入ることが年に何回かはあります。
ちなみに米国は、そういう意味では怖くないんです。「ニューヨークやシカゴでちょっと人通りのないところにカツアゲのリスクがある」なんていうのは、別に健常者にとっても障害者にとっても同じことだし、むしろ障害者の方がやられにくかったりします。もし警察沙汰になったときには、カツアゲ+障害者差別で、加害者側の罪が重くなるわけですから。日本だったら「障害者のくせに、健常者と同じように街に出るからいけない」的な攻撃を(被害者となった障害者が)受ける可能性の高い場面ですけど。被害を受けた障害者が女性だったら、日本では間違いなく「世間」やネット世論に被害者が総攻撃されます。私、自分のTwitterやYouTubeでのやりとりやコメントから、いくらでもその実例を出せますよ。たとえばこちら。あまりひどいコメントは削除しましたし、コメントを許可制にしているので、最近はあまり酷いコメントはつきません。でも今でもときどき「うp主氏ね」とか来ますよ。

米国では、日本の「障害者差別解消法(2013年)」と「バリアフリー新法(2006年)」を合わせたような法律(ADA(アメリカ障害者法)が1990年に施行されて、そろそろ25年。罰則つきの法律一個作ったくらいで障害者差別なくせないのは米国も同じなんですけど、「これじゃ……というタイプの障害者差別はなくせない」が明確になるたびに法改正その他の制度整備がなされていますし、並行して社会教育が粘り強く行われつづけてきています。結果、ここ数年間の米国では、少なくとも日本みたいに「日中、街の中にいる、ごくふつうの健常者が脅威」ということはありません。「景気悪くなったら障害者相手のヘイト・クライムが増える」といったことは米国にもあることはありますし、米国で障害者差別が撲滅されてしまっているわけでもないんですが、人の問題は、日本に比べれば全然マシな感じがします。日本が米国と比べて若干「マシ」といえるのは、交通インフラですかね。それも一部地域・一部路線に限られる話です。こんな国で2020年にパラリンピックやっていいんでしょうか? 「ホンネとタテマエ」にあふれた「ムラ社会」の日本、パラリンピック選手と海外から訪れる障害者の観客は「タテマエ」の世界で「ムラを訪れたマレビト」として「お・も・て・な・し」するんでしょう。ムラの中にいる日本人障害者、特に日本人女性障害者に対しては、もしかしたら現在以上に差別を続けたり強化したり排除したりしつつも。でも、たとえば未だ「ハンドル式電動車椅子で新幹線に乗れない(一部例外あり)」という問題を、日本は、その時までにどうしておくつもりなんでしょうか? これは欧米の常識的な障害者から見たら、まぎれもない障害者差別なんですが。話がそれました。
私の「引きこもりモード」は、仕事のための外出や出張・猫の通院のための外出・自分の健康状態を最低限維持するための通院外出だけは
「根性! 気合! 大事な『ね子ども』らを守るため!  ファイト! それ、玄関ドアに突撃だ!!」
で出来てしまうので、「社会的引きこもり」と分類される方々に比べれば軽いものではあるんですが。いくら「健常者怖いから外に出られない」モードに入っていても、向精神薬が切れたら精神科に行かざるを得ません。使ってる薬の量は大したことないんですけど、まったくないと3日もちません。精神科の「アウトリーチ」? 健常者が怖くて外に出られなくなっているような時に、住まいの中に健常者(しかも力関係では自分より上の精神医療関係者)が入り込んでくるなんて冗談じゃないです。怖すぎます。
それにしても気になるのは、交付されてから7年目になる電動車椅子です。交付された2007年、電動車椅子の耐用年数は、厚労省によって「5年」とされていました。確か2009年、よくわからない理由によって厚労省は耐用年数を「6年」としました。その「6年」も超えています。4年目くらいから、修理の頻度が増えました。公費で修理できるとはいえ、モーターユニットから異音がすると、ギクっとします。故障の予兆では? 故障であるとして、修理に何週間かかるんだ? その間は手動車椅子を(車椅子の業者さんに)貸し出してもらってしのぐわけだけど、今、手元に残っている福祉タクシーチケットで、その間に必要なタクシー利用はまかなえそうか? 私の住まいから西荻窪駅までは、徒歩15分程度の距離ですが、善福寺川の谷を下りて上って……というコースです。私が車椅子を手動運転して到達するのは無理なのです。過去にもそういうことは何回かあり、そのたびに、恐ろしい勢いで減っていく福祉タクシーチケットを見ながらヒヤヒヤしました。電動車椅子をメーカー修理すると、場合によっては1ヶ月以上の時間を必要とするのです。
もちろん、補装具業者さんとも、「そろそろ新規交付を受けないと危ない」という話はしています。ただ、私の電動車椅子は話がややこしくて、電動ユニットが7年目、本体が5年目なのです。本体は厚労省的には、まだ寿命ではありません。でも本体も新規交付の対象になるまで待つのは危ないでしょうね。なんでこんなチグハグなことになったのかについてもドラマがあるのですが、書くと長くなるのでやめておきます。で、電動車椅子の新規交付を受けるなら、どのタイミングで、どういう形態で、自費負担は……というところの調整が先延ばし先延ばしになっている現状です。そんな電動車椅子で、外国だって行っちゃうわけです。滞在中は「どうか故障しませんように!」と祈るばかりですが、運転には日本にいるときよりもずっと注意していますよ。車椅子の弱い部分に可能な限り負荷をかけないように。毎日、宿に戻ったら、どんなに疲れていても車椅子の点検と整備だけはします。緩みかけているボルトはないか、折れそうなスポークはないか、などなど。
「家の中程度でも歩けるんだったら手動にせよ電動にせよ車椅子は不要なのでは」というようなことを言いたがる人もいます。「少しでも歩けるんだったら、訓練すれば車椅子はいらなくなる、頑張れ、甘えるな」といったバリエーションも。でも私の住まいから最寄りバス停までは200メートル程度あります。現在の私は、そこまで歩いて行くことはとても無理です。「鍛える」「努力する」「身体能力を弱らせない」といったことと「日常生活を支障なく危険少なく行う」「職業生活でアウトプットを出して(障害年金を併用してでも)経済的自立を維持する」といったことのバランスを取り続けてきた結果が現状です。善意めかして(あるいは本当に本人は善意のつもりで)「訓練したら?」と言われると、泣きたくなります。現状がすでにベストエフォートの結果である可能性を、その人は全く考えていないってことなんですから。善意であるなら、そんなことは最初から口にしないでほしいんです。善意のつもりであればあるほど、こちらは対応に苦慮するんです。善意であろうが悪意であろうが、迷惑なだけです。同じことを行政サイドが言うのは、まだ分かるんですよ。「障害者福祉を削減したいんですね、わかります」と自動的に脳内変換するのみ。脳内変換して、理解はします。同意はしません、自分、社会的にも生物学的にも殺されたくありませんから。もし押し付けられるなら、あくまで闘います。殺されないために、そうするしかありませんから。「少しは鍛えたら?」の類の言葉を「ふつうの人」に「善意」で言われるのは、日常、一番困っていることの一つです。
「なんで病院でリハビリ受けないんだ」というご意見もありそうです。病院でリハビリ受けようとしたことは過去に何回かあるんですよ。ただ、無理なく通えそうな近所の病院で「引き受けることはできるけど、病院に来てやるのではなく、日常生活の中でやった方がいいんじゃないの?」とアドバイスを受けたこと(そこでアドバイスされたあれこれが、私の現在の日常生活に組み込まれているわけです)、「リハビリを受けに来てもいいよ」という病院があるにはあったのですが遠方で日常的な通院は無理なこと、いずれにしてもリハビリは6ヶ月間に限定されているため、6ヶ月間だけの病院のリハビリより日常生活の中で無理なくやれて継続できることを考えたほうがいい、なにも筋金入りの病院嫌いである私をリハビリのために通院させなくても、というリハビリ科医師たちの2009年~2010年ごろの共通の見解によって、リハビリはほとんど受けないままで(肢体不自由になったときの検査入院中にちょっとだけリハビリを受けたことがあります)現在に至っています。
なお、この他、徒歩10~15分圏のリハビリ科のある複数の病院で、引き受けてもらえなかった経験があることを付記しておきます。2008年ごろの話なんですが、行って相談すると引き受けてもらえそうな感じなんですよ。で、「今かかっている(身体の)医師の連絡先(意見書)をお願いします」と言われて、それに応じると断られるという。そのときの(身体の)医療機関は、杉並区の福祉事務所から紹介されたところでした。その医療機関が「引き受けてくれるところを見つけてあげましたからぁ」というリハビリ科に行ってみると「運動機能に関するリハビリはウチではやってない」ということでした。そんなこんなで、「病院でリハビリ」は、ほとんど受けていないにもかかわらず、私の中では「病院のリハビリ科=リハビリそのものでお世話になろうとすると精神的にダメージを受けて情けない思いをする」という感じになってしまっています。たぶん、杉並区の福祉事務所から紹介された(身体の)医療機関は、何らかの理由によって、私がリハビリを実際に受けたら都合悪かったということなんだろう……と思いますが。

●午後
図書館に寄ったりとかして、午後3時~4時ごろ帰宅することが多いです。ホントは書店にも寄りたいんですよ。リアル書店の衰退が叫ばれて長いですけれども、西荻窪はこの5年で、書店数が増えている街です。ユニークな書店がたくさんあります。でも、車椅子で動きまわっても迷惑にならないほどのスペースのある書店はありません。では杖(ロフストランド・クラッチ2本。今使ってるものにはカフがついていません。腕が入らないので外してしまいました)を使って徒歩で入る? 連続して3分が精一杯です。そして、その、全身の筋肉をガタガタ言わせて脂汗かきながらの3分の間に、誰がどういう目で、路上に停められている車椅子と私を見るでしょうか? 考えるだけで、書店に入るモチベーションが萎えるでしょ? 隣の吉祥寺まで行けば、車椅子に乗ったままでゆっくり店内を見られる書店もあるんだから、どうしても西荻窪で書店に入らなくてもいいじゃないの……などと自分に言い聞かせて、書店は路上からちらっと中を見るだけで通り過ぎます。
帰宅すると、昼寝します。時間がないときは、横になって目をつぶって15分だけ。眠りはしません。疲労がたまっているときは、寝付きにくければマイナー・トランキライザーも使って、短時間でも眠ります。「昼寝のつもりで4時間寝ちゃった」ということもあります。「昼寝のつもりで目が覚めたら翌朝」も過去にはありましたが、最近はありません。そんなことをしたら、猫の摩耶に夜のインシュリン注射を打てませんから。
起きたらまた仕事。夜にかけて、電話がかかってきにくいモノカキ仕事ゴールデンタイムです。気持よく集中して仕事します。

● 夜
夕食を軽く食べることもありますが、たいていは何も食べずに仕事しています。特段の事情がない限り、22時には切り上げるようにしています。眠前の向精神薬のうち効き始めが遅いタイプのもの(今使っている薬ではメジャートランキライザー)をまず飲み、読書したり音楽聴いたり猫をかまったりしながら晩酌してクールダウン。ああ忘れずに摩耶の夜のインシュリン注射も打たなくては。湯たんぽも用意して布団に入れておかねば。沸かしたお湯で、ついでに翌朝のコーヒーも淹れておくか(冷めたコーヒーを翌朝平気で飲める体質です)。
そのうちに、向精神薬が効いて気分が緩んできます。そこで「すぐ効く」タイプの薬を飲んで横になります。眠れるかどうかは、あまり気にしなくなりました。明け方まで眠れない日もありますし、いつ寝入ったのか覚えてないほどスカっと眠れる日もありますが。

●番外編
汚い話で恐縮ですが、外出中の尿失禁が実は結構な頻度であります。2014年に入ってからだけで5回くらい。やらかしてしまうと、車椅子のクッション2枚を丸洗い、シートに水をかけて拭き取ることを数十回繰り返して脱臭剤を吹きかける、という作業が発生します。この半年くらいは、尿意に気付いた次の瞬間には漏れちゃってるという感じです。「トイレを見つけたら入る」は習慣にしていますが、それでも万全ではなく、ときどき、やらかしてしまいます。尿だけではなくUNKOについても同様。「入浴中にリラックスしたら出てた」ということが一度あって以後、「いかなる手段を用いてもUNKO出してから入浴」という習慣をつけました。トイレ事情の分からない地域に出かける時には「大人用紙オムツを使うかどうか」で悩みます。荷物に余裕があれば入れておくし使います。

●補足 
・「時間食い」の習慣は、若い時から意識して減らしてきた。TV持ってない歴30年。ネットサーフィンの類は、ここ4年ほどは「やる!」と決めて30分・1時間集中してやる感じ。
・ 「こまめに料理している」というイメージを持たれているようだけど、実際には、ほぼ、1日1品(ご飯やパンを含む)しか作っていない。台所で何か作業して過ごす時間は1日30分以内(煮込み等の時間を除く)に「総量規制」している。料理大好き、台所で一日中でも遊んでいられる。でも、台所で遊んでいたら仕事にならないので。台所にはIHヒータとオーブンレンジがあるけれども、住まい全体の電気の容量が小さく、台所でIHヒータとオーブンレンジを同時に使うとブレーカが落ちる。なお、炊飯器は持ってない。ご飯は鍋+IHヒータで炊いている。電気炊飯器で炊いたご飯が美味しいと思えないし、電気炊飯器を清潔に維持するのは鍋より大変。自分の体力筋力に見合う方法を探っているうちに、こうなった。
・「猫の皮下補液をどうやっているのか」という疑問を持たれるかなあ。「点滴パックにラインつけて直接猫に」は自分には無理と早々に見切りをつけ、50 ml シリンジでやれるように工夫した結果が現状。それにしても「どうやって?」という疑問持たれるかもしれない。「シリンジに補液剤を引く」「シリンジを押す」とかは、一般的には結構な「力技」だからねえ。手技の詳細について説明してたら本が出来てしまいそうだから止めておくけど、指の筋力でやらなくてはならないという法律はない。重力に手伝わせることだってできる。掌、自分の腹など使えるものは何でも使ってる。「猫の保定どうやってるんだ?」って?猫の保定とシリンジの操作を両方とも両手両腕総動員でやってるわけなのですよ。針を押さえる手がないわけだけど、文具のクリップでもなんでも、使えそうなものは何でも使う。ついでにいうと、現在、猫の摩耶は治療に大変協力的で、力で押さえ込むとかやる必要が全くない。でも協力的になる以前でも、工夫すれば私の身体でなんとかなった。猫の顔にタオルかぶせて首周りをマジックベルトで止めて、おとなしくしてもらった上で段ボール箱に入れて、その箱の中で補液とか注射とか。
・料理の手技、特にパン焼きについてもちょっとだけ。「力入れてこねる」「生地を台に叩きつける」とか自分に出来るわけないことをやらずに済むように方法を工夫した結果。そういうことを「パン作りに必須」と思いこんでる方々は、まずフィリップ・ビゴさんのような真っ当なプロの製パン技術書を一冊ちゃんと読んで欲しい。「力を入れる」「叩きつける」に類する話が一言でも出てくるかどうか。ついでに生地の水分量とか(スプーンですくえるような生地でも型に入れて焼けばパンになるし)、一回あたりで何グラムの生地を扱っているのかも気にしてみてほしい。そういうことを全部考えあわせたときに、なお「肢体不自由で筋力が少ない人にやれるわけがない」と言い切れるかどうか。さらに、この他に「粉と水を混ぜる方法」とか結構工夫しまくった結果が現状なわけで。別にもったいぶって秘密にするつもりは全然ないんだけど、マジ、私が製パンの話書いたら本が一冊できちゃうよ。そのくらい、自分の「できない」を補うための細かいノウハウをたくさん開発したわけ。
 

佐村河内守氏をめぐる一連の騒動について

基本的にあまり関心ないんですが、思うところを書き留めておきます。

・ゴーストライターへの報酬→安すぎる 

交響曲を含む20曲で720万円は安すぎると思います。あまりゴーストライターをバカにするもんじゃないですよ。もし、妥当な対価を支払っていたら、ゴーストライター氏による告発はなかったのかもしれません。

・曲そのもの→どうでもいい

「いい曲」「感動的」などと人に勧められ、ちらっと小耳にはさむ程度に聴いてみたことだったら何回かあります。特に印象に残らず、また聴いてみたいとも思いませんでした。
 
・楽曲に対する評価→時間が下す

楽曲に対する評価は、時間が下すと思っています。優れた曲であれば、どういう物語のアヤがあろうが、本当に作曲したのが誰であろうが、10年後、30年後、100年後に未だ聞かれているでしょう。
 
・障害偽装→本当だったら、てめえ、一発殴らせろ!

 
聴覚障害を偽装していた件に関しては、
「事実だったらボコボコにしたる!」
と思っています。脳内言語はもう、博多弁のケンカ言葉で
「きっさーん、くらさるーぞ」
です。
告発とかなんとかタルいことやってないで、この手でボコりたい。できるなら、の話ですが。
「聴覚障害のある作曲家であることをウリにしたい」
という低すぎる志で障害偽装やられたら、本物の障害者が思い切り迷惑するんです。

・佐村河内氏が障害者手帳を返納すればそれで済むのか?→たぶん、そんなことはない
  
日本的に「障害者手帳を持っている人だけが障害者」ということにしてしまうと、障害のある/なしの違いは白と黒のようなものなんですが、実際には広いグレーゾーンがあります。そもそも、日本の障害認定の厳しさと(公認の)障害者の比率の低さは、先進国の中では異常なのです。
佐村河内氏が、聴覚障害がないにもかかわらず聴覚障害による障害者手帳を取得していたのか、あるいは聴覚障害だったのだけど軽快した後にも障害者手帳を返納していなかっただけなのかは知りません。
ただ、
「医師の判断を重く見ての障害者手帳の発行、しかも再判定なし」
は、不正・不適切とは言いがたい側面を持っています。
考えてみてください。
現に障害があり、生活に制約や支障が発生しているけれども、何らかの理由(原因疾患に関する確定診断がつかないなど)で障害者手帳の交付基準を満たさない場合、その人は
「障害があるけれども、障害によるハンディキャップを、障害がありながら自腹・自力で埋めなくてはならない」
という状況に陥るのです。そして、それは不可能なのです。
そういう状況に陥った人は、生きるために不可能なことを続けて自滅するか、生きることを断念して社会的にも生物学的にも死に追い詰められるか、の二択を迫られることになります。
このようなケース多数を、医師の裁量権が救済してきました。
私もそういうふうに救済されたので、現在があります。
「再判定なし」での障害者手帳発行にも、同様の背景があります。手帳発行の裁量を行った医師がいなくなった場合、同様の裁量をする医師に出会えなかったら、その人は再判定のときにどうなるんでしょうか? 
本当に、生きていけなくなるんですよ。
細々とでも職業生活を営んでいた障害者は、「障害者」と公認されなくなったら、その細々とした職業生活も不可能になるでしょう。
佐村河内氏の件を「偽装」「偽装」と騒ぎ立てる人たちに、そこらへんを少しくらい考えてほしい。そう願ってもバチは当たらないと思います。

・そもそも「障害(者)」って何?→少なくとも「日本で障害者手帳の交付を受けることが可能な人」のことではない

一連のゴタゴタの背景の一つとなっているのは、「グレーゾーンの人に障害者手帳を出す」です。これは不正の温床として咎められるべきことなのでしょうか?
つい先月、日本政府も批准した国連障害者権利条約の前文のこのあたりを読めば、「グレーゾーンの人に障害者手帳を出さない」こそ、まぎれもない障害者差別であることをご理解いただけるかと思います。

(e) 障害〔ディスアビリティ〕が形成途上にある〔徐々に発展している〕概念であること、また、障害が機能障害〔インペアメント〕のある人と態度及び環境に関する障壁との相互作用であって、機能障害のある人が他の者との平等を基礎として社会に完全かつ効果的に参加することを妨げるものから生ずることを認め、
(f) 障害者に関する世界行動計画及び障害のある人の機会均等化に関する基準規則に規定する原則及び政策指針が、障害のある人の機会を一層均等化するための国内的、地域的及び国際的な政策、立案、計画及び行動の促進、形成及び評価に影響を及ぼすに当たり重要であることを認め、

「障害のある人の権利に関する条約」 および 「障害のある人の権利に関する条約の選択議定書」 川島聡=長瀬修 仮訳(2008年5月30日付) より)←日本外務省訳より原文を正確に反映しています

たまに、グレーゾーンがあることを悪用する人がいるからといって、グレーゾーンの人が生きていけなくなるような適用をしてはいけません。
そんなことをされたら、私も生きていけなくなりますから、私は自分の生存のために「そんなことはしないでほしい」と主張します。 
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著書です(2009年-)
「おしゃべりなコンピュータ
 音声合成技術の現在と未来」
(共著 2015.4 丸善出版)


「いちばんやさしいアルゴリズムの本」
 (執筆協力・永島孝 2013.9 技術評論社)


「生活保護リアル」
(2013.7 日本評論社)

「生活保護リアル(Kindle版)」
あります。

「ソフト・エッジ」
(中嶋震氏との共著 2013.3 丸善ライブラリー)


「組込みエンジニアのためのハードウェア入門」
(共著 2009.10 技術評論社)

Part5「測定器、使えてますか?」は、
東日本大震災後、
環境測定を始められる方々のために
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