2006年12月19日

卒業から1年

12月15日NIMBASの卒業式が行われた。PTのUさん、Tさんが無事ご卒業され式の模様を報告頂いた。感動的な式だったみたいだ。

式は、この時期のオランダらしい気候の中行われ、NIMBASの創業者/学長であるJosephineも引退したそうだ。彼女は経歴・ビジネスセンスはもちろんの事、素晴らしい人格を持ちNIMBASがここまできたのも彼女の功績に他ならない。以下、Uさんのご報告からの抜粋。

 

「20年前にオランダに高等教育機関(特にMBA)を設立するという私の夢からNIMBASは始まりました。」とう冒頭の言葉から「始めは小さな教室しかもてず、生徒を入れると教室がいっぱいになってしまったこと」「いろいろな人の協力無しにはこの夢は実現できなかった、特に勉強しようという意思をもった貴方(生徒)達がいたからこそ、ここまでやってこれた」。そして「いま私の夢はこうして実現し、私はこれをもって引退します。次は貴方達が自分の夢を実現する番です。」という最後の言葉で会場全員が立ち上がりしばらく拍手がなりやみませんでした。

 

私は卒業してから1年経ち、現在は某外資系メーカーでマーケティングを行っている。前職からの延長線上で1年経ち知識も蓄え、ようやくやりたい事が出来始めてきたが、試練や苦労、屈辱の連続であった。でもここまでやり遂げてきたのは、MBAで培った知識でも、学位でもなく、1年間やり遂げたという自信と、フォルダーというプライド、NIMBASの卒業生である誇りだった。これからもそれは変わらないだろうし、自分の頑張り如何により影響されることも多くなった。「自分の夢」を実現するためにこれからも頑張っていこうと思う。

  
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2005年09月21日

卒業論文終了!そして・・・

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先週、Management Project Report (卒論)を無事提出!研究期間を含めると4ヶ月にも及んだ作業がようやく終わった。この提出をもって、学校のカリキュラムは全て終わり、1年間のMBAプログラムが終了した。論文結果は、11月になるとの事だが、最低限、パスは出来るだろう。最後の論文の字数は15,000word。ページにして130ページ近く。長かった・・・

論文は、郵送で学校へ送ることも認められてるので、クロネコヤマト/UPS経由で送った。NIMBASは学校側へ論文を6部送らなければならないので総量が大きく、宅配費は2万円近くかかった。予想以上に高かったが仕方ない。

論文を書き終え、一定の充実感・満足感はもちろんあったが爽快感は正直あまりない。というのも、これからは就職活動が控えているのだ。今までの生活も重要だったが、これからの生活はもっと重要。その鍵となる就職活動がこれから本格的に始まるのだ。

休む間もなく、次の日から人材紹介会社への登録、企業との面接等目白押しの毎日。就職が決まったら決まったで、会社生活が始まる。欧州の友達のように1ヶ月間のバケーションも欲しいが、そんな事は、もちろん言ってられない。現実の世界が待っているのだ。

次のステージはもっと気合を入れていかなければ。若いうちは、ひたすら走り続けようと思う。

  
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2005年09月11日

English Check

久々の更新。最近は、卒論の最後の追い込みで書くヒマがなかった。言い訳だけど(笑)

さて、卒論について、先週担当教授から承認をもらい提出できることに。長丁場だったこの作業も確実に終わりに近づいてる。一応内容についてはOKなので、目次を作ったり、参考文献のページを整理したり、頭の使わない作業を敢行。でもこれが意外と時間がかかる。特に私のWordテクニックがそれ程でもないため、友人に聞いたり、ネットで調べたりと面倒臭く、フラストレーションが溜まる作業を行う。。自分で出来る作業はまだいいのだが、自分では出来ない"English Check"という作業がある。これは文字通り、英語のチェックであり、Nativeに見てもらったほうがmuch betterとの事。この学校は、オランダにあるがイギリス・ブラッドフォード大学のカリキュラムの履修なので、特に英語には厳しい。なので、学校から紹介されたnativeに打診。しかしまた、これが高く、一時間20〜30ユーロ。当然一時間で終わるはずもなく通常8時間くらいらしい。でも我々アジア人はもっと英語力が下なので10〜12時間。ということは、1時間25ユーロ×12時間だとすると、300ユーロ。1ユーロ=135円だとして、40,500円。ブラス送金である。。あまり経済的余裕のない私としては、いっそうの事、やらない事も考えたが、やはり確実を求めて、やることを決心。しかし友達にあたることに。グループで履歴書やちょっとした書類を見てもらってる仲の良いアメリカ人もいるが、彼も私と同じ立場なので恐らくテンパッテるだろう。。と思いだしたのが、うちに高校時代1年間ホームステイをした友人K。彼はカリフォルニア大学バークレー校を特待生で入り卒業した逸材。私の結婚式にも着てくれ仲が良い。でも忙しいだろうなと思いつつ打診すると、即答でOK! 助かった。。持つべきものは友である。。

彼の直しを元に、最後の仕上げを行い今週中には学校に提出する予定。ゴールは果てしなく近くなってきた!

  
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2005年08月28日

コンピタンシー

缶詰状態でせっせと作業を進めている論文だが、何とかゴールが見えてきた気がする、まだDraftベースではあるが。。
 
肉体的にも精神的にも安定し、働き盛りの30代前半に10代の受験生のような生活をしてるのは正直、かなりフラストレーションが溜まる。今は自分の地盤を固める時期(自分で作った道だが・・)なので辛抱しなければならないとは分かっているが、時々無性に焦りを感じる時がある。まあ、働いてれば働いていたで、このままでいいのかと焦りを感じるかもしれないが。。
 
常に今の自分に納得いかないのは、常に自分の上に目標を置いているからだと思う。しかしがなら、それは常に負い目を感じている自分があるからだと思う。自分には特異な才能がないため、常に目標を作ってそれに向かって努力しないと、おいていかれるのではという心配がいつもある。(すでに置いていかれてるかもしれないが(笑))才能に満ち溢れていて、負い目なんか無関係な状態が理想だったが、そうではない以上仕方がない。自分に鞭を打ち続けるしかないのだ。。
 
昔、恐らく中学生位の頃、特異な才能が無いことに気づき、今後鞭打ちの人生をしなければならないのかなあと漠然と思った事がある。今振り返ると、私の人生はまさにその通り。目標を作って、鞭を打って、また目標を作って・・・それが自分のコンピタンシー(行動特性)となっている。
  
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2005年08月25日

更新してませんでした。。

長らく更新してませんでした。。
 
一度書かない期間が開くとズルズルといってしまいますね。。
 
企業研修も先々週終わり、今は家に缶詰状態で論文を書いてます。来月15日に提出なのでピッチを上げてますがなかなか苦戦もしてます。アカデミック的な要素を加えつつ、確固たる説得力ある根拠を上げつつ、また当然英語での執筆なので微妙なニュアンスに苦しみつつ何とか書き上げてます。
 
これが無事提出出来れば、次は就職活動。やはり私も30代の働き盛りなので一息ついてる暇はありません。年末には子供が産まれるし。
 
頑張らなくては。。
  
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2005年07月18日

3連休!!

今週は3連休。毎日通勤してる身としてはかなり貴重である。特に私は研修先の会社に2時間近くかけて通ってるため、かなり嬉しい!
 
とはいえ、来週、このプロジェクトの中間報告を行う予定になっているのでプレゼン資料を作らなければ。。担当者レベルでは中間報告のdraftをチェックしてもらい、私の分析等に興味を持ってもらったので多少一安心したが、マネージャーレベルでどういわれるのか不安もある。今回のプロジェクトはマーケティングミックス、ブランドマネージメントを駆使した提案書になる為、関連本も5〜6冊程度読んだ。また業界も私のバックグランドとは全く違うので、業界本、競合他社の本、主にブランドの再生を果たしたサクセスストーリー本でブランドマーケティングを中心に描写された本を読んだ。(5〜6冊程度)後は、実際の店舗を回ったり、イベント、研修(勉強会)に参加したり、して、自分の感覚を研ぎ澄まし、定性的なデータも集めている。10週間という短期間でその会社にとって価値ある提案を出来るようにするため、とにかく必死にやっている。
 
日本でのプロジェクトの良い所は、もちろん日本語中心だから、参考文献もインタビューも英語に比べ格段にしやすいし、深く掘り下げる事が出来る。でも、短所というか、物足りないのは、新鮮さが外国に比べ、少ない事である。英語を話す機会も少ないし(プレゼンは全て英語だが)、英語の参考文献もあまり手に入らない。(高いし)英語力の低下を大いに懸念している。。
 
とはいえ、プロジェクト一色では、精神的にも良くないし、良いアイディアも浮かばないので、この連休は、リフレッシュと日焼け(笑)のために逗子海岸に行ってきた。実家からだと、原チャリ15分程度で行けるので、1回2時間を3回程度行ってきた。海開きをした様で、大変賑わってた。やっぱり日本の夏はいいなあと現実逃避に耽っていた。。
  
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2005年07月10日

今週

金曜日は東京フォーラム(バイリンガル用の就職セミナー)があったため途中会社を抜け出しお台場にある国際展示場へ。
 
前日Nyenrodeの小口さんよりあまり実りのないセミナーと聞いていたが正にそう。ターゲットが新卒や第2新卒でした。あまりに聞くところがなかったので、その後の欧州MBA同期の飲み会まで3時間も持て余してしまい、一人で歩いてパレットタウンやお台場公園、トヨタ自動車の展示場に行ったり時間つぶしをしてました。
 
その後、Bath, Warwick, Manchester, Nyenrodeの同期と新橋の焼き鳥屋で懇親会。初めての人がほとんどだったけど、現在の立場が一緒なので違和感なく、実りのある時間を過ごしました。就職活動の情報交換等今一番関心のなるトピックなので大変興味深かったです。
 
土曜、日曜日は妻と妻の姉家族と過ごしました。鹿児島産の芋焼酎など用意してもらい料理、お酒を満喫。たまにはこういう週末もいいなと思いつつ、電車内ではずっと参考文献、テキストを熟読してました。。日曜の夜は地元で祭りがあったので参加。僕はお好み焼きに目がないのですかさずゲット。美味しかった!日本の夏も蒸し暑いけどいいですね。祭りや花火など夏の風物詩を楽しむのも趣があってなかなか良し。勉強の合間を縫って今後も満喫したいですね。
 
明日からまた一週間が始まるけど、今週末は3連休だし頑張らねば。。
  
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2005年07月03日

再会

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   FLETSADSLモア・ (47M対応)    フレッツ・ドットネット対応
Bフレッツ
(画像は「フレッツフォンVP1000」IPテレビ電話端末)
 
前会社の上司のご栄転祝いに呼んで頂き、1年振りに上司、先輩、後輩達に会いました。
 
前の上司は、私が最も尊敬する上司の一人で今後目指していきたい人です。PJと論文の合間でしたが、行かないという選択肢は自分には考えられず参加させて頂きました。組織変更や人事異動等あり、私が在籍していた時のメンバーはほぼ解体してしまいましたが、あの頃の古き良き時代(ってまだそんなに経ってませんが・・)の方々とお会い出来るのはこの上ない幸せでした。 
 
私は、前の職場に一切に不満もなく、またメンバーには本当に恵まれてましたので退職するのは本当に大きな決断でした。なので、退職するという言葉を言うのが本当につらく、その言葉を言った瞬間、その幸せだった空間から自分が離れてしまうの事が本当に悲しかった事を今でも鮮明に覚えています。
 
この夜は、そんな空間に戻ってこられた幸せな瞬間でした。
 
最後は、在籍時に担当(?)していた結びの締めを指名して頂き、おまけにお祝いの当事者でもないのに新宿のど真ん中で胴上げまでして頂きました(笑)
 
職場を退職してからもこうして声を掛けて下さり、本当に感謝で一杯です。またよろしくお願いいたします。
  
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2005年06月24日

最近・・・

帰国して間もなく一ヶ月が経とうとしているが、既にプロジェクト先へ毎日通勤してる事から、朝の満員電車にも慣れ、オランダに居た頃を遠い昔のように感じる今日この頃。日本は梅雨にしては雨は少ないが、湿気の高いジメジメした日が続いてます。
 
プロジェクトは、東京の某欧州系外資企業。興味のあった業界、かつ興味のあるマーケティング戦略がテーマとなってるので非常に興味深く楽しい。が、やはり取り掛かる前から懸念してた事が現実的に。。このMJ(マネージメントプロジェクト)は以前説明したように、学校の卒業研究のようなもので非常に大事な「科目」です。で、当然学校のカリキュラムだから学問的要素は必須で、対素人(テーマに関する知識のない人)を想定してるので、会社概要から現在のポジショニングまであらゆる要素を入れる事が期待される。
 
対する企業が課してくるテーマは、概念的な漠然とした結論より、より実践的な具体的な提案を望んでおり、基礎的な事、業界を取り巻く環境等にあまり時間を費やす事を望まない。また、私の場合、この成果を30分の役員会議でプレゼンする事になってるので、重点を絞り、時間配分も意識してプロジェクトを進めなければ双方にとっての良い結果とならない。
 
となると、結構相反する二つのテーマを同時にやる事になるので平日は会社のプロジェクト、週末は学校のレポートといった具合になっている。でも、社会復帰する前の良いリハビリにもなるし、今までのMBAで習得してきた知識の整理にもなるので前向きな気持ちで取り組んでいる。それに奨学金も今回のプロジェクトでは出てるので尚更モチベーションは上がっている。
 
ともあれ、体だけはいつも言ってるけど、資本なので大事にしながら取り組みたいと思う。という感じなので、あまり日本を満喫してないですね。まっ、しょうがないか、学生だから。。
  
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2005年06月02日

無事帰国しました。

先日、無事帰国致しました。。
 
先週土曜日の昼過ぎに着き、そのままこれからお世話になる実家へ(次の就職が決まるまで居候)。一年間離れた日本でしたが、全く違和感がなく、その日から普通に日常生活に馴染みました(笑)今はインターネットで日本の様子も逐次分かりますし、たった一年離れていただけなので日本の様子も日本を見る目もあまり変わっていませんでした。(自分自身の中身は変わってると信じているが・・)高校時の留学は、当時日本についての情報源がほとんどなく、日本人とも殆ど接してなかったので半浦島太郎状態でしたが、今回は殆どありませんね、今の所。無論、あると社会復帰に時間がかかり、あまり好ましくありませんが・・・
 
今週は、来週から始まるマネージメント・プロジェクトに向けての資料作り。ずっと部屋にこもって取り組んでます。日本は梅雨の季節が始まりそうで天候は悪く、日照時間も欧州に比べ格段に短いですが、その分諦めがつきプロジェクトに没頭出来ます(笑)帰国日に会いに来てくれたオーストリア人の友人は、「これから欧州は最高の季節に移っていくのに、その間プロジェクトを実施しなければならないのは、酷な事だよ」と言ってました。その点では良かったのかも(笑)。帰国しても9月中は学生なので、本分である勉学に集中します。
  
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2005年05月26日

オランダ生活がいよいよ終わります・・

しばらくの間ご無沙汰してました。。
 
欧州は新緑が素晴らしく、日も22時近くまで延び、最高の季節になってきました。オープンカフェも活気があり、ビールも大変美味しい季節です(笑)
 
こんな季節の真っ只中、既にご存知の方も多いかと思いますが明日でオランダ生活を切り上げ帰国致します。次のモジュールはManagement Projectで、日本での実施を決めたからです。このMPとは簡単にいうと卒業研究のようなもので、自らテーマ(MBAレベル相当の)を決め、実際に企業に入り、約10週間のプロジェクトを行います。通常のインターンシップとは微妙に違い、この成果物については卒業論文という形で学校側にも提出する事が義務付けられております。当然評価の対象となり、字数15,000words(A4で約80ページ・・・)で40単位(通常の授業は10単位)に当たるので相当手強いです。しかしながら、今まで習得してきた事柄の総決算となりますので密かに楽しみにもしてます。恐らく地獄を見る機会に直面するとは思いますが。。
 
Queens Day以来の更新で、その間の出来事を散文的に。学問的な所ではAdvanced Strategic Managementのレポートと格闘。。衰退の方向へ向ってる企業のケーススタディで、最近10年間の戦略とパフォーマンスの分析及び評価、その間行ったM&Aの評価、今後の戦略の展望等授業内容が全て網羅されてる課題でした。比較的時間があったのですが、可笑しなもので、時間があると変な余裕を感じてしまい、結局自分が設定したギリギリの日までかかりました。。
 
プライベート、特に外国人とのパーティーについては、まず同期のT氏のタイ人のフラットメート主催の会があり、タイ料理を鱈腹食べました。彼は心臓外科の先生でユトレヒト大学で研究を行い次はアメリカの大学病院で研究するとの事。タイでは相当エリートなんだろうな〜。次の週は、NIMBASのイタリア人、オーストリア人、台湾人を招きJapanese Dinner Partyを。同期のT氏との合作も慣れたもので満足してくれたと思います。ちなみに手巻き寿司、稲荷寿司、肉じゃが、生姜焼き、味噌汁を作りました。
 
またユトレヒト在住の日本人の方々とも食事、飲み会を行いました。アメリカと日本の弁護士資格を持つM氏とは妻のBlogを通じて知り合い、夫婦共々ご一緒させて頂きました。人格も素晴らしく、奥様も明るい方で楽しい時間を共有出来ました。またこちらへ赴任されてるT氏夫妻。こちらも妻を通じて知り合い、武道の話等、熱い話が出来ました。とても良い方々です。そして、オランダのばいばいネットを通じて知り合いになった、ユトレヒト大学で臨床心理学を研究されてるS氏。某大学で教鞭をとってる方で、やはり人格が素晴らしくとても熱い方で、是非将来も付き合っていきたい方です。このように将来も付き合っていける素晴らしい方々に出会えた事は私にとって最大の財産で、何事にも返られない物です。両親にもここユトレヒトに来てもらい本当に充実した1年間でした。
 
私のオランダ生活はここで終わりますが、日本でのMPがありますし、その後、いよいよ新たなステージが始まります。完全な社会復帰が出来るか多少不安はありますが(笑)、ここで得た知識、経験を十二分に生かして頑張っていきたいと思います。充電期間の長期化は、スペックを劣化させてしまいますので(笑)そろそろ本格的に働きたいです。収入も得なければなりませんしね。明日は寂しくもあり、楽しみな帰国日です。そうそう、ここまで理解を示し、支えてくれた妻には、本当に感謝してます。ありがとう!
  
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2005年05月01日

Queen's day

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4月30日はQueen's Day。オランダは立憲君主制を取っているため女王が居り、その女王を祝福するための日です。ただし、この日は現女王の誕生日ではなく、前女王の誕生日らしいですが。。
 
しかしながら、この日は本番で、前夜祭なるものが前日に。聞けば、前々日からお祭り気分になってる人もいるとか(笑)というわけで、前日も酒を飲みながらユトレヒトのお祭り気分になってる街をクラスメートと探索しました。なんと移動遊園地が駅近くの広場に出来てました。。
 
当日は、アムステルダムに。街中の道路は歩行者天国となっており、街中を走るトラムも運休の模様(郊外を走るトラムは動いてましたが)。オレンジのTシャツ、帽子等、ワンポイントでオレンジ色を纏い、祝福ムード一色でした。でも、何かのイベントがある訳でもなく、ひたすら街を歩き回ってるだけ。。この日は露店も許可なしに出店する事が出来るらしいので露店が多くそれを横目にみながら歩き回ってるだけでした。しかし、日本のお祭りも言ってみればそれに近いですよね。要は、この祝福ムードを多くの人と共有する事が大事なのでしょう。
 
夜は混雑し、電車に乗って帰って来れない危険性があったので、夕方頃一足先にユトレヒトへ。2日間Queen's Dayを満喫しました。
 
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2005年04月25日

London trip

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先週授業が全て終了し、レポート提出も一ヵ月後なので最後の欧州を満喫しようと妻と二人でロンドン旅行へ。
 
急に決めた事であったが、幸運にもeasyJetで比較的安いチケットが取れた(一人往復約100euro(約14,000円))ため2泊3日でいざロンドンへ。オランダから飛行機で約45分という近さ。欧州内は本当にどこに行くのも時間がかからなくて良い。交通費も、特に航空券は競争激化のため消費者が一番恩恵を被る事になり、これを利用しない手はない。ヨーロッパ人、特にオランダ人は夏は南仏やギリシャ等のリゾート地で過ごし、冬はオーストリア等へスキー、スノボーに行くとの事。EU統合によりビザや通貨の問題がないため気軽に行けるとの事。羨ましい限りである。
 
話は逸れたが、ロンドンの感想。ロンドン(イギリス)といえば紳士の国、女王に代表されるとおり歴史と伝統を重んじる国とイメージしていたが、個人的な感じとして、それはあまり間違っていなさそうだ。人は、たまたまかも知れないが電車の行き先が分からなかったり、道に迷ってると近寄ってきて親切に教えてくれたり、ちょっとした所でもレディーファーストを当たり前のようにするし、建物も歴史的なものが多く、また綺麗に整備されている。街中には大きな公園があり、それもまた整備が行き届いているし、さりげなくイングリッシュガーデンを彷彿させる綺麗な庭園が広がっている。道路も左側通行(恥ずかしながら知らなかった・・・)だし、もちろん英語(かなり聞き取り難いけど・・)だし、仮に駐在等で住んでもあまりストレスを感じないのではないだろうか。
 
ただ、現実問題として、英国通貨であるポンドがとにかく高く、結果、物価も欧州(大陸部)に比べ大分高い気がする。会社を辞めてきてる私達には相当きつい(苦笑)結局一切買い物する事なく、食事もスーパー等で済ませる日もあった。。イギリス産業はサービス業が中心で、しかもコールセンタ等人件費を抑えにかかってるものはインド等に移管し、結果イギリス国内のいわゆる労働階級層の失業は多くなってきてしまってるとの事。しかし一方で、イギリス経済が停滞してる理由は、マネージメント層の人材不足と指摘し、その該当者には労働ビザの発行を優遇するとの記事も。アメリカの様に貧富の差が広がるのも時間の問題だろう。
 
ロンドンは世界3大都市といわれるだけあり、思った以上に大都会だった。。普段、オランダの田舎生活になれてるので(笑)でも、自分達の経済事情等考慮すればオランダ・ユトレヒトの方が住みやすいかな。住んでるのでもはや都状態です(笑)
 
 
  
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2005年04月23日

キューケンコフ公園

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渡蘭前「オランダといえば風車、チューリップ」をイメージしていただけに、チューリップは是非見たいと思っていたもの。(因みに風車は昨年、キンデルダイクで見てきました)そのチューリップで有名なオランダ屈指の春の観光スポットであるキューケンコフ公園へ行きました。
 
この公園はライデンからバスで約30分程度の所にあり、開園期間は5月末まで。昨年オランダに来たのが8月だったのでその時は見れず、今日までのお預け。最高の天候に恵まれ行ってきました。
 
こんなに花が美しかったのかと思うほど花一面に覆われた公園で、世界各国から観光に来る理由が分かる気が。しかしながら、最初の2時間は興奮状態でカメラ片手に激写しまくっていたが、だんだん綺麗な花にも慣れてきてしまった。。(贅沢だが・・)やはり花に関する知識が相当不足してるので見方が浅くなってしまい、結果飽きてしまう。。帰国したらデジカメの画像を見返して勉強しようかな〜。
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2005年04月20日

Advanced Strategic Management

最後のElectiveの授業。また、6月からはManagement Projectが始まるため実質上自分にとっての最後のNIMBASでの授業です。早いなあ〜。
 
Advanced Strategic Managemenは3月に受講したStrategic ManagementのAdvenced版(その名の通りだが・・)。SMがBusiness strategy中心だったのに対しASMはCorporate strategyが中心。Diversification, acquision, mature industry, corporate governance等いわゆる経営企画部等で扱う戦略が中心。ケースは英国の格安航空会社easyJetのeasygroupのdiversification strategyについての検証やSwissair航空、イタリアFiatのcorporate governmentやcollapseしていった過程の分析等。教授はマーケティングも担当していた方でかなり辛口評価をする人。課題もレポートだが、かなり難しそう(分かり難そう・・)なのでじっくり取り組まねば。。また、Strategyは今までcoreやadvancedで扱った内容、特にアカウンティング/ファイナンス系をフルに活用し定量的な要素も盛り込まなければならないためタフなレポートになりそう。最後の総決算の意味でも頑張らねば。
 
これが終われば6月からはManagement Project。日本の某外資系企業でのプロジェクトの受け入れが決まったので5月末には帰国する予定。(プロジェクトは8月半ばまでで、その後レポート提出。因みに9月半ばが提出締切日)オランダ生活も残すところあと僅か・・・
  
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2005年04月11日

Wien (Vienna)

4月10日
 
朝8時のECに乗りウィーンへ。オーストリアはNIMBASの仲の良い友人の母国であり、個人的にも今回の旅行で一番楽しみにしていた場所。約4時間半後、ウィーン南駅に到着しました。早速駅を出てトラムに乗ろうとすると、寒い・・・冬を感じさせる程でした。今回の旅行では不思議な事に南下するに従って気温が下がっていきます(笑)内陸だからなのか、たまたまそうなのか不確かですがウィーンの寒さには驚きました。南駅からトラムで約15分、西駅に着き、そこでトラムを乗り換え予約していたホテルへ。中心部に近いホテルでスタッフの対応も良し。ただ部屋は清潔だけどかなり狭い。3つ星だから仕方ないか・・・
 
朝から何も食べていなかった為、早速ガイドブックでチェックしていたレストラン「Zum Figluller」へ。ここは特大のシュニッツェルという薄いトンカツのような揚げた豚肉が有名で早速それを注文。美味!Sidedishでサラダを頼みそれも美味。値段も11ユーロ程度。観光客相手の店にも関わらず店の雰囲気も良く、美味しく値段もリーズナブルなのはかなり嬉しい。ただ、会計時に「この値段にはチップは含まれてません」とわざわざ言ってくれるのには笑ってしまったけど。王宮シュニッシェル
 
 
                                      
                                                                                        
 
 
 
 
その後シュテファン寺院を見て、グラーベン通り、コールマルクトを通り王宮(ホーフブルク)へ。皇帝居館、銀器・食卓調達コレクション、シシィミュージアムを見学。ハプスブルク家の栄華を感じさせる豪華で格調高い品々が展示されていた。あの有名な皇妃エリザベート(シシィ)のミュージアムも見学出来感動。今夜鑑賞予定のミュージカル「Elisabeth」の前に見れたのは幸いだった。その後、ミュージカル公演会場であるTheater an der Wienへ。以前妻に誘われ帝国劇場で見て以来、家の中でもCDを何度も聞かされ、ついに私自身も洗脳され(笑)この日をかなり楽しみにしてました。劇場前には、観光バスが2台程張り付いており、入り口付近・会場内とドレスアップした人達で一杯に。シャンペーンを飲んでる人、ワインを片手に歓談してる人とこれから始まるミュージカルを心から楽しみにしてる様子。会場は思ったよりも狭かったですが、その分ステージまでの距離が近く、また私達が予約した席は、2階のボックス席の最前列で出演者やオーケストラの人達の顔がはっきり見える程の至近距離でした。
そんな環境なので、舞台は非常に迫力があり、始まった瞬間から引き込まれていきました。ドイツ語なので聞き取りは出来ませんでしたが、以前帝国劇場で見た記憶と、妻にあらすじ、場面の説明をしてもらったので問題ありませんでした。舞台は3時間なのにも関わらずとても早く感じました。とにかく感動。ウィーンに着たら、オペラかミュージカル鑑賞は必須だと思います。
 劇場内エリザベート
 
 
 
 
 
 
               
4月11日
 
今晩乗車予定のNightCityLineが20時半西駅発なので、駅構内のロッカーに荷物を置きウィーン観光へ。まずはハプスブルク家の夏の離宮、シェーンブルン宮殿へ。何となくヴェルサイユ宮殿にも似てるが敷地はこちらの方が広いのでは。ここでも皇妃エリザベート、フランツ・ヨーゼフ1世の当時の様子が分かる展示がされており、宮殿の豪華さにまたしても感嘆。ウィーン観光する場合、フランツ・ヨーゼフ1世時代の歴史はおさらいした方が見応えも大きいと思う。宮殿内見学の後は、庭園を通り丘にあるグロリエッテへ。そこから一望出来る宮殿敷地内は何とも言えない程素晴らしくまたしても感動。天気も午後から晴れ上がり、敷地内にはマラソンをしてる地元民も所々で見かけました。
 
 
 
 
 
 
その後、Heitzinger Brauというビーフ料理で有名なレストランで食事。そこで頼んだビーフと野菜のスープが最高!先ずスープを飲み、その後鍋に入ってるビーフを取り出し好みのソースをかけ食べる。脂身がほとんどなく肉も軟らかくとにかく美味。これで20ユーロなので驚きです。ウィーンの食は美味しい上、ボリュームもあり、それでいて安い。レベルの高さをとにかく感じます。普段、オーストリア人の友人が言ってる通りでした。
 
次に、市内のリンク内をトラムで周り、Demelでお茶したり、街中を歩いたり、市立公園を見学したり天気も良くとにかく心地良かった。ウィーンは、芸術、食ともに充実しており、店員のサービスも特にオランダと比較すると数段良い。歴史も感じられる素晴らしい場所です。間違いなく自分の観光した中で最も好きな国の一つです。
 国立オベラ劇場
ヨハンシュトラウス像
 
 
 
 
 
 
 
夜は予定通りNightCityLineに乗り翌日ユトレヒトに到着しました。
因みに来週からは、授業が始まります。。
  

2005年04月09日

Praha

4月8日
 
Berlin〜Praha行き電車は写真の通り6人一組のボックス席。Berlinで乗った時には我々を含め5人居り心地悪かったが、次第に人が降り最後には私と妻の二人だけに。足を伸ばし本を読みなかなか快適だった。国境付近で警察がパスポートチェックに来た時には一瞬不安が過ぎったが、特に問題なく通過。取り合えず安心。
 
Berlinから約5時間後Praha Holesovice駅に到着。街並みは見る限り、昔の社会主義の面影が残っており、暗い雰囲気。両替商でチェコ・コルナ(Kc)へ60ユーロ程交換。チェコ・コルナは国外では両替出来そうにないので最低額のみ交換。地下鉄乗り場まで行く途中、ホテルの勧誘が多く非常にうざい。地下鉄は新しく、3つの路線があるが色分けしており分かりやすい。乗客の服装・雰囲気も先進国とあまり変わらないが、所々に怪しそうな人はいたので一応注意。チェコの地下鉄はスリが多いと聞いていたので。
 
ホテルは地下鉄から15分程離れた所。3星だが1泊85ユーロと比較的高い。チェコの物価は先進国に比べ大分安いが、観光が大きな収入源となってるため、ホテル等所謂観光客が払うものに対しては先進国と同水準になってるとの事。ホテルは広く、受付も24時間で清潔感があったが、なんとなく殺風景で、シャワーもお湯は出るがガスをつけてから出さなければならずインフラはあまり整ってない感じ。
 
グラーシュ夜は観光ガイドに載ってるウ・メドヴィドクというビアホールで食事。チェコ伝統料理、グラーシェ、ローストビーフのクリームソース、ソーセージ、黒ビールを注文。味は私はOKだったが妻の口には合わず。ビールは最高。値段はもっと最高。一品約400円程。観光客だらけだったが良心的な値段で、スタッフの態度もgood。
 
4月9日
 
今日も天気が悪く、途中からなんと雨。午前中は、NyenrodeのN氏から薦められたヴィシェフラド、午後はプラハのメインスポット、カレル橋→プラハ城→旧市街広場へと足を運びました。どこも地下鉄圏内で、スポットが集中してるため一日あればほとんど回れます。
 
カレル橋上ヴィシェフラド
 
 
 
 
 
 
 
聖
フラニャ広場
 
 
 
 
 
 
 
ヴィシェフラドは丘の上にあり、モルダウ川とプラハ町並みが一望出来る絶好スポット。天気は悪かったのですが、景色は最高でした。そういえば小学校時代「モルダウの流れ」を演奏した記憶があるなあ。
 
カレル橋は、予想通り観光客で一杯。雨にも関わらず凄く活気がありました。橋の上では絵画や工芸品が売っており、橋の上からみる街並みは非常に美しく言葉になりませんでした。そこからプラハ城を目指すこと約10分。ファラチャニ広場に到着し観光チケットを買い城内を見学。城内から見るプラハの風景は良かったですが、城内の建築物は普通。。
 プラハ城町並み旧広場
                                                                          
 
 
 
 
 
 
バープラハ城を後にし、次は旧市街へ。旧市街広場にある市庁舎前で観光客が多く立ち止まっていたので上を見上げると大きな時計が。「12人の使徒像の天文時計」だそうで、毎時時間がくると12人の使徒像が姿を表す事。待つこと5分。ただの使徒の人形が鳩時計のように姿を見せるだけ。。あまりのしょぼさに失笑が。我々は直前にきて短時間しか待ってなかったからいいものの、これを見るため長時間並んでた人の心はいかに・・・
広場は、ベルギーのグランプラスよりも広く、美しく、何故グランプラスが世界遺産に登録されてるのか首を傾げたくなる程でした。その後、市民会館のカフェ「カフェ・ヌーヴォー」へ。格式があり天井が高く豪華で言う事なし。館内は暖かく非常に心地が良かったです。(お薦めです)その後、ユダヤ人地区、新市街を歩き、ホテル近くの駅へ。モールが近くにありそこで食事。まあ普通。
 
明日は8時発の電車なので早めに就寝。プラハは趣がありなかなか良かった。
 
  
Posted by miya0006 at 21:24Comments(4)TrackBack(0)プラハ

2005年04月08日

Berlin

4月7日

Rotterdam空港からBerlinまで飛行機で約1時間。オランダのすぐ隣にありながらなかなか機会のなかったドイツに到着しました。

夕方着だった為この日はプラハ行きチケットの購入(ツォー駅)と予約したホテル探し。駅員は受付の人こそ英語が通じるが、フォームにいる駅員の人はほとんど英語が話せず。地図を見せながらbody languageを交え何とか切符を購入しホテルのあるツォー駅へ。列車は大きく、清潔感があり液晶モニターによる駅案内がされてるため乗ってからはスムーズでした。

ホテルは駅から約15分。ベルリンは街自体広いが非常に整備されてるのでホテルまでも順調。ホテルは3つ星でスタッフは人の良さそうな初老のおじさん。全く英語を話さないが、私の話してる英語は理解してる感じ。私もおじさんの言ってる事が何となく分かり、言葉は心だなと納得してしまった。

バー夜は近所のイタリアン・トラットリアへ。本当はソーセージを食べたかったが伝統料理は近くでは見つからず。ビールだけはドイツ産で。オランダに比べ値段も安く味もまあまあ。ボリュームはあり満足。

 

ブランデンブルク門議会

 

 

 

 

カイザー・ヴィルヘルム記念教会

戦勝記念塔ジーゲスゾイレ

 

 

 

 

次の日は11時半の出発時間まで近場を観光。ドイツ連邦議会議事堂→ブランデンブルク門→戦勝記念館ジーゲスゾイレ→カイザー・ヴィルヘルム記念教会へと立て続けに見た。ブランデンブルク門は崩壊前には、ベルリンの壁がありくぐれなかったとの事。しかしながら、あまり下調べをしなかったせいか、あまり感慨深いものはなかった。その後、ツォー駅に戻りプラハ行きのECに乗車。

  
Posted by miya0006 at 20:45Comments(0)TrackBack(0)ベルリン

2005年04月07日

ドイツ・中欧(チェコ・オーストリア)旅行

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滞在許可書問題も晴れ、いざドイツ・中欧旅行(ベルリン(独)、プラハ(チェコ)ウィーン(オーストリア))へ。
 
旅行日程は下記の通り5泊6日。そのうち1泊は寝台列車泊です。
 
4月7日  ユトレヒト→(電車)→ロッテルダム→(飛行機)→ベルリン(泊)
4月8日  ベルリン→(電車)→プラハ(泊)
4月9日  プラハ(泊)
4月10日 プラハ→(電車)→ウィーン(泊)
4月11日 ウィーン(寝台列車)
4月12日 Duisburg(独)→ユトレヒト
 
時間・予算の関係上かなりタイトなスケジュールですが美術館・博物館等で時間を費やさなければ主要な所は押さえられるかなと思い組みました。
 
航空機はスペイン旅行でも利用したTransaviaをネットから、ベルリン→プラハ、プラハ→ウィーンの電車チケットはベルリン駅、プラハ駅でECの2等席をそれぞれ購入。ウィーン→DuisburgはCityNightLineのサイト、Duisburg→ユトレヒトはユトレヒト駅でICEのチケットを、ホテルはそれぞれBookingのサイトから予約しました。又、妻の要望でミュージカル「エリザベート」のチケットもネットから予約しました。
 
無事に全てのチケットが取れてる事を願い、ユトレヒトの自宅を後にしました。
  
 
  
Posted by miya0006 at 19:14Comments(0)TrackBack(0)ベルリン

2005年04月06日

Residence Permission

次の授業が4月18日からで、課題も幸いこの期間中無いので念願のベルリン・プラハ・ウィーン旅行を計画。しかし問題が・・・
 
"Residence Permission(滞在許可書)"が先月で切れていました。。
 
Residence Permissionとは3ヶ月以上滞在する場合必要な許可書で、私の場合1年制プログラムに参加してるので当然必要。最重要事項なので、オランダ入りした次の日から手続きをはじめました。(手続きに関しては以前書いた「入国後の手続き」を参照)面倒な手続きを踏んで正式な滞在許可書がくるまで、仮の滞在許可書を貰っていましたが有効期限が半年間のため2月下旬で切れてしまいました。その間、正式版が来るはずでしたが全く来ません。
 
これが無効だと所謂「不法滞在」になってしまい、国外にも行けなくなり、今回の旅行も行けなくなるので確認のためUtrechtのTown Hall(市役所)に行きました。しかしながら、例の如くたらい回しをされ、挙句の果てには「この件については、Immigration Officeの範疇なので連絡してくれ」と冷たくあしらわれる始末。またImmigration Officeに電話してもパンク状態で、なかなか繋がらず、出ても、またたらい回しにされ全く確認出来ず。
 
学校のスタッフにオランダ語で確認してもらうと、どうやら私の提出した「自己資金証明書」(銀行の口座証明)に書かれてる金額欄が手書きだったため無効になり、その旨書いた手紙を私宛に既に12月頃送ったとの事。しかしながら私はそんなものは全く受け取ってません。
 
学校に相談しても、「基本的に許可が無いと国外には出られない。だから今回の旅行もキャンセルすべきだ」と一般論を言われ、全く解決せず。今回の旅行のため、航空チケットや電車チケット、ホテル予約にミュージカルのチケットを取ったためキャンセルした場合金銭的な痛手はかなり大きい。。加えて、この期間を逃すと今後行く機会が減ってしまうため後には引けない。。困った挙句同期のT氏に相談すると、彼のフラットメートのタイ人も同じような状況でしたが、Town Hallで事情を話し滞在許可の延長をしてもらったとの事。即、Town Hallに行きました。
 
が、また失望することに。状況を説明しても、「有効期限が切れていても、”今手続き中だから”と言えば問題はない。切れてる奴は沢山いるから。Immigration Officeの手続きは時間がかかるから。」と、”本当かよ??”と疑うような答えが返ってきました。「正式版がないと、本当の証明にはならないから延長のスタンプが欲しい。」と言っても「誰に必要って言われたんだ?何で必要なんだ?」という埒のあかない会話が続いたので切り上げました。
 
旅行の前日、やはり滞在延長許可書がないといくら何を言っても正式な証明にならないのでまずいと思い、再度言って尋ねると今度は前日とは違うスタッフで、あっさり延長許可書をもらえました。「3ヶ月の延長許可書をあげるけど、また3ヵ月後正式版が来なかったらまた許可書を出してあげる」と全く違う対応をされました。オランダ、恐らく欧州全土に言える事だと思いますが、スタッフによって対応(知識レベル・サービスマインドレベル)が全く異なるので複数の人に打診した方がいいかと思います。こんな重要事項でさえこんなに違う対応なので。(今までも同様な体験を何度もしました)
 
幸い、問題が旅行前に解決したため念願の中欧旅行に行くことが出来ました。因みに正式版の許可については、12月にそのような郵便は書いていない旨の手紙を学校スタッフに書いてもらい、オランダで開設した口座証明を沿えて再度Immigration Officeに送りました。結果は当分先になるでしょう。こっちのサービスの質の低さには毎回失望させられます。。
  
Posted by miya0006 at 17:35Comments(2)TrackBack(0)オランダ新生活