miyabitti2002

“Major Style - Indie Spirit”ヤマモブログextra.ver.

プロレス・格闘技、そして人間が好き。業界を縦横無尽に駆けるヤマモがお贈りする、OPENだけどSECRET、そしてVERY SMARTな日々。

2016年03月

14 3月

東北大震災後の長州力

こんな事があったのを記憶しています。


震災の後、ある被災地で 突然、自主的に炊き出しを行い始めた体格の良い男性がいて。
彼の元に地元の被災者の方々が三々五々集まり始めるが、その男性の背格好・風貌はどこからどう見てもプロレスラーの長州力。

だがもし本物の長州力なら、芸能人のように本人や所属プロダクションが取材を根回ししてカメラのひとつくらいは居てもいいはず。
なのに、彼が炊き出しを行っているワンボックスカーの周辺には その光景を報じようとするマスコミやテレビの姿は皆無。

しかしその状況の中で 当たり前のように黙々と鍋を煮込んでは、集まった被災者に炊き出しを配り続ける男性。


そして、「あのう・・・。もしかして長州力さんですか?」と遂に尋ねられる。

すると男性は特に表情を変えることなく

「ああ、そうですよ。」

と返事を返して、そのあとも何事も無かったように、ひたすら炊き出しを続けてゆく。

大きな鍋がようやく空になり、最後の一杯の炊き出しを地元の人に渡し終えると

普通にまた、何事も無かったように帰って行ったそうです。

5 3月

ハヤブサ=江崎英治さんの事

自分はずっと“江崎さん”と呼んでいました。

彼がハヤブサとして、FMWを担う存在になって 当時JWPの代表であった自分も様々な現場で御会いする事が出来ました。

礼儀正しい。明るい。そして、人なつっこい。

尚且つ、あのヴィジュアルと身体能力。さらにジョークが好きでいつも場を盛り上げる。
彼を嫌いな人など、本当にひとりもいなかったと思います。


彼は大仁田さんが去ったFMWにかつての隆盛を取り戻したいと、いつも必死でした。
会場で自分と出くわすと、いつものジョークを連発しながらも「山本さん、今のFMWをどう思いますか?」或いは「こういう場合って、どうなんですかねえ?山本さんだったらどうします?」とさりげなく自分に聞いてきました。
なごやかな会話でしたが、それでいて質問の内容はいつもシリアスで、彼の団体に対する使命感を強く感じました。

彼は天才でしたが、それ以上に人として大切な情や思いやりを併せ持つある意味パーフェクトな男性でした。
彼が、あのまま万全のコンディションであれば 間違い無く現在は日本のプロレス界の第一人者として業界を牽引する存在であった筈です。

多少、話が飛んで申し訳ないのですが

自分・山本は あの時に業界を追われるように団体を辞めて、更にその後も様々な所で使い捨てにされながらも 
今もMC・リングアナウンサーとしてこうして業界に居る事が出来るのは、時の趨勢に寄らず根強く自分を評価・支援して下さっている方々のおかげであり、とても得難いものだと思います。

しかしもし自分が今もプロレス団体の代表という立場であれば
あれもやりたかったし、これもやりたかった。
或いは「いやいや、俺はまだこんなものじゃない」という現在のプロレス業界に対する意地や嫉妬が全く無いと言ったら、それは嘘になります。

そして江崎さんの場合は、いちフロントの自分などとは比較にならない
既にスーパースターの立場でありながらの、あのアクシデントでした。本当に一瞬で奈落の底に落とされたと思います。
自分の同期の選手達が活躍を続け、後輩の選手達が育ち眩く光を放ち始める。
そしてプロレス業界は日々ダイナミックに動き、変化してゆく。

しかし、そのシーンには自分だけがいない。

あの頃のように試合が出来れば、この世界を自分のプロレスで、自分の感性でもっと様々な色に塗り替えてもっと大衆を感動させる事が出来たのに。

身体の自由を奪われて ただただ今のプロレスを見つめる事しか出来なかった江崎さんの言いようの無いジレンマはどれほどであったでしょうか。その中で昨日、彼は47歳の若さで逝きました。無念だったと思います。

ただ 江崎さんが不運で無かったとはけして言いませんが、彼の人生を悲劇として総括してしまう事は自分にはやはり出来ません。

絶望的な事故に見舞われながらも常にリング復帰を年頭に置き
尚且つ、唄を歌う事でファンに自身の存在を訴え続けたあの強いプロ意識。
チャレンジに次ぐチャレンジ。

正に「お楽しみはこれからですよ」と言いたげなそのヴァイタリティーは色あせる事がありませんでした。いやいや、実際あの状態になったら 普通の人だったら、あんなに頻繁に会場には来ないですよ。
本当なら我々が彼をもっと励まさなければいけないのに、むしろ江崎さんのほうからいつも勇気をもらいました。

改めて、江崎さん本当にありがとうございました。

自分が江崎さんと最後に御会い出来たのは、天龍さん引退の両国国技館のバックステージでした。

あの時、もっと話をしていればと思いますが。もう江崎さんは居ません。

ああそうか、もう会えないのか。

いやあ

やっぱり

淋しいなあ

こんなの、無いよ。


 



プロフィール

山本雅俊

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