恋のときめき

もう二度とは取り戻せない、あの胸の高鳴り

大輔は、ベッドの上からミノリに声をかけた。
「ミノリも眠そうだね。ベッドに上がったら?」
「え、でも3人って狭くないですか」
「大丈夫だよ。成せば成るよ。ほらね。」
大輔は酔い潰れた圭吾を端っこに寄せるとともに、自分もさらに端に寄った。
圭吾は壁際に、大輔が中央付近にいる形になり、ベッドに半人分くらいの隙間ができた。

「でも・・・」
「いいからいいから、とりあえず来てみなって」
「じゃあ・・・」
やっぱり押しに弱い女である。

ミノリがなんとか狭いスペースに収まった後、大輔はかねてからの欲望を実現させようとした。
「腕枕してあげるよ。好きなんでしょ」
酔っているとはいえ、イマイチ言い方が分からなくて、上から目線で「してあげる」と言ってしまった。
が、強気な気分になっている大輔は、断られる気がしなかった。
案の定といえばいいのか分からないが、ミノリも、
「ほんとですか」
と嬉しそうに応えたのだ。

思ったよりすんなりいって戸惑ったが、大輔は背中を向けているミノリの下に手を差し入れ、腕枕を実現した。
仰向けでぐっすり眠っている圭吾の横で、大輔とミノリが横向きに同じ方向を向いている。
大輔がミノリの後ろから抱き締めるような格好となった。

自分もミノリも、お酒でちょっとおかしくなっていたのだろうと思う。
大輔とて、どきどきしないはずがない。
でも、圭吾がいる状況ではどうこうしようというつもりはなかったし、腕枕しながらも他の部分には極力触れないように気をつけた。
「紳士であれ」
そんなフレーズが大輔の頭の中をめぐっていた。

その状態で、お互いの照れを隠すように、大輔とミノリは話し続けた。
お互い、恋人がいない状態だというような話もした気がする。

「腕、痛くないですか」
ミノリは盛んに聞いてきた。
「全然大丈夫だよ」
とそのたびに大輔は答えた。
多少しびれているような気はしたが、お酒で麻痺してよく分からないし、第一「痛い」と言った瞬間その夢のような時間は終わってしまうのだから、「痛い」などと言う訳がなかった。


そうしている時間が1時間ほどだったのか、はたまた5分程度だったのか、最早定かではない。

話の合間の少しの沈黙の後、ミノリが突然体を起こし、ベッドから降りてコタツにもぐりこんだ。
その間、ミノリは無言である。
大輔は驚いて半身を起こし、ミノリに問いかけた。
「どうしたの?」

か細い声でミノリが答えた。
「どきどきして眠れそうにないから・・・」

その表情は、半ばコタツにもぐりこんでいるために窺い知ることはできない。

しかし、明らかにミノリは興奮していたのだ。


(第五話に続く)

久しぶりに見たミノリは、ますます可愛くなっていた。
くりっとした目に、元から少し赤い頬。
幾分ほっそりした輪郭に、少し縦ロールにした髪が似合っていた。
可憐な少女が、洗練された大人の女性に脱皮しつつある過程を見る気がして、大輔は少し動揺した。

「お邪魔しまーす!」
玄関で戸惑う大輔を差し置いて、圭吾は遠慮なく中に上がり込む。
1LDKのミノリの家は、突然の訪問にしては十分に片付いているように見えた。
「物を収納に押し込んだんで、開けないで下さいね!」
「なにそれ、開けろってこと?」
「マジでやめて下さい!」
最初の戸惑いはどこへやら、圭吾の勢いにつられて、大輔もミノリもあっという間に学生時代に戻って騒ぎ出した。

その後、持ち込んだ酒とつまみで早々に始めた飲み会は、大いに盛り上がった。
「K先輩、自信満々でIちゃんに告白して振られた時の情けない顔と言ったら!」
「K先輩って言えば、その後K先輩とMちゃんが付き合ったってほんと??」
「いやいや、Mちゃんは圭吾さんのことが好きだったんですょ!」
「えー、マジ!?俺今からMちゃんに告白する!」
「もうMちゃん彼氏いますから!」
そんなサークルのくだらない内輪ネタで盛り上がり、馬鹿笑いばかりしていた。
内容のない話ほど害がなく、面白いものはない。
3人ともアルコールにはそれほど強いとは言えないが、他愛もない話をサカナにジャブジャブ飲んだ。

飲み始めて4時間以上たち、10時を過ぎた頃には、ゲームが始まり、アルコール度数40%のズブロッカも投入された。
ゲームといっても、「山手線ゲーム」や「たけのこニョッキゲーム」など、飲み会を盛り上げてお酒をどんどん飲むための単純なゲームである(たけのこにょっきゲームは3人では成り立つとは思えないが、どうやって遊んでいたか、大輔はもはや覚えていない。)

「たけのこたけのこ、ニョッキッキ!」
「1ニョッキ!」
「1ニョッキ!」
「はい2人の負けー!」
ゲームの勢いと、ズブロッカの威力は凄かった。
ゲーム開始から1時間、11時過ぎにはもう3人とも意識朦朧、時間的に帰れなくはなかったが、既に大輔も圭吾も帰れる状態ではなかった。

ミノリも帰ってほしそうな素振りはなかったし(大輔は酔っていてもそれくらいの空気は読める自信があった)、なんとなく泊っていっても良いだろうという雰囲気になっていた。

そして、最初に撃沈したのは、勢いよく飲むクセに実はあまり強くない圭吾だった。
12時前には、彼はミノリのベッドに倒れこんでしまった。

「寝ちゃいましたね・・・」
「やっぱこいつのこういうとこ、昔から変わんねえな」
圭吾がいなくなり、さすがに2人では少ししんみりした雰囲気になる。
大輔もベッドに上がり、圭吾の横に寝そべる形になった。
ミノリは、コタツに入ったまま。
そのまま2人でぼそぼそと話し始めたが、静かになると急に酔いを実感し、眠くなり始めた。
ミノリも、テーブルに寄りかかって眠そうにしている。

その時、急に大輔の脳裏に閃いたものがある。
ミノリのmixiのプロフィールに書いてあった、こんな一言だ(当時はmixi全盛の時代だったのだ)。
「好きなこと:腕枕をしてもらうこと」
もちろん、他にも色々あった中の1つなのだが、大輔には妙になまめかしく感じられ、記憶に残っていた。
酔って大胆になった大輔は、無性にミノリに腕枕がしたくなった。

(第四話に続く)

ミノリ、という子がいた。
出会ったのは大輔が大学3年の時だから、もう15年近く前になる。
彼女は、大学のテニスサークルの2つ下の後輩だった。
栃木出身で、最初は垢抜けなかったのが、1年もしないうちにみるみる可愛くなっていき、2年に上がる頃にはサークルで1,2を争う美女と目されていた。
もともと人並みのルックスで、お世辞にもモテるとは言えない大輔にとって、とても手の届かない高嶺の花だった。
ミノリは在学中に彼氏を3回ほど変え、大輔はただの仲の良い先輩の一人というくらいの位置づけでしかなかった。

とは言え、振り返ってみれば、大輔にも、もしかしたら一度きりのチャンスがあったのだ。

それは、大輔が大学を卒業して2年立った頃。
5月の気持の良い土曜日に、昔のサークル仲間である男4人が集まり、テニスをした、その帰りの車中。
「いやー、やっぱりテニスは久しぶりにやると楽しいな。」
「ブランクがあっても意外とできるもんだな。」
「これから定期的に集まってやろうぜ!」
そんな風に盛り上がっていた最中、4人のうちの誰かがポツリとつぶやいた。
「あれ、このあたりミノリの家近くない?」
「そういえば・・・」
この日のメンバーは皆ミノリの先輩に当たるわけで、ちょっと広めのミノリの家で鍋なんかをしたことがあり、家を知っていたのだ。
ミノリは、まだ在学中で、引っ越してはいないはずだった。
「ちょっと電話してみようか。」
お調子者で明るいキャラクターの圭吾が言い出した。
「いいね!」
大輔はじめ、皆乗り気になった。
久しぶりに学生時代の仲間とはしゃいでテンションが上がっているし、それにミノリは可愛い割にノリのいいやつで、急に電話したくらいで怒ったりしない。
行動力も兼ね備えた圭吾が、早速携帯を鳴らしている。
「お、出た。もしもし、ミノリ、久しぶり!」
突然の電話にも、ミノリはあっさり出たようだ。
「俺たち今ミノリの家の近くに来てるんだけど、今どこにいるの?」
「え、家にいるの?おい、みんな、ミノリ家にいるらしいぜ!」
じゃあちょっと呼び出して飲みにでも誘うか、って大輔が言おうとした時には、もう圭吾が携帯に話し始めていた。
「じゃあちょっと俺たち今からミノリんち行くよ。え、掃除?大丈夫大丈夫、俺ら気にしないから。それに10分くらいかかるから、その間にやっておけばいいよ!」
なんという強引さ。
さすがにこれは断られるだろう、と大輔他3人は思っていたはずだ。
「いいっていいって。そんな長居はしないから。そうそう、久しぶりだしいいじゃん。な?・・・、よしよし、そうこなくちゃ。みんな、オッケーだって。」
「マジで!?」
一同驚愕の、凄まじいまでの圭吾の押しの強さ。
こいつ、ヨネスケの後釜狙えるんじゃなかろうか。
でも確かに、ミノリは押しに弱いのもまた事実なのである。

それは思ってもみなかった展開だったが、圭吾は大真面目だった。
いいのかな、とは思いつつ、大輔も胸が躍った。
コンビニで酒やつまみを買い込んでミノリの家に向かう。

ところが、ここにきて、大輔と圭吾以外の二人は帰ると言い出した。
用事があるのか、社会人ともなればアポなしで女の子の家に乗り込むのが気が引けるのか。
しかし大輔は、圭吾のような行動力は持ち合わせてないが、図々しさでは負けていない。
それに、久しく会っていないミノリに純粋に会いたくもあった。
先輩・後輩としては、大輔とミノリは仲が良い方ではあったのだ。

結局、ミノリの家の近くで大輔と圭吾だけ車から降ろしてもらう。
帰っていく2人に別れを告げて家に向かう間に大輔はさすがに緊張していた。
だが圭吾ははしゃいだ様子で全く悪びれる様子もない。
(全く、大した大物だ)
大輔は内心舌を巻いたものである。

歩いてすぐに家に着く。
昔来たことのあるその家を見て、学生時代に戻ったような、甘酸っぱい気分になる。
と感慨に耽る間もなく、圭吾はもうベルを鳴らしている。
ドアはすぐに開いた。
「ほんとに来たんですね。」
そこには明るい笑みをたたえたミノリがいた。

(あぁ、可愛くなってる!)
大輔は、大袈裟ではなく、卒倒してしまいそうなほどの衝撃を受けた。


(第三話に続く)

このページのトップヘ